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日本の物語にみる「性別越境」の意味に関する文化 : 心理臨床学的研究

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Academic year: 2021

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(1)日本の物語にみるr性別越境」の意味に関する        文化一心理臨床学的研究  学校教育学専攻 臨床心理学コ]ス.    M10073C    片桐 亮.         問題と目的. そこで,r性別越境」に関する日本の文化史を整.  私たちの生きる社会にあって,高度に普遍的. 理しながら,そこで物語られる個別的な心理的. なレヴェルで二分化された概念として「性別」. 「性」を読み解くことが,「性」に関連した心理. がある。「性別」は,人間が誕生する段階で早々. 臨床援助を行ううえでも有益であると考えた。. に決定される生物としての「性(SeX)」を前提.  本研究では,日本の文化において語られる. とし,これをもとに社会的・文化的なコンテク. 「性」に対する洞察を深めるべく,物語作品に. ストによって規定され,時代にも左右される。. あらわれた「性別越境」の意味を,それぞれ個. 多くの人々は,日常生活を送るうえで,疑いな. 別に検討した。. く自らの「性別」を生きている。ところが,個.           方法. 人レヴェルの心を細かくみていくと,社会的r性.  女形という「性別」を超えて男/女が入れ替. 別」を超えたところに,人それぞれの心理的「性」. わる特徴をもつ江戸末期の歌舞伎作品『三人吉. が存在する。心理的「性」は社会的「性別」を. 三廓物買』(河竹黙阿弥作),女性の服装を身に. 内在化しながらも,ときに両義的で,曖昧で,. つけた男性が「性」の再構築をしていくという. 流動的なことがある。心理臨床の専門性を鑑み. ストーリーをもつ明治後期の小説『秘密』(谷崎. るに,この心理的「性」こそが取り扱われるべ. 潤一郎作)の二作品を取り上げ,①作品が生み. き問題であるものと考えられる。こうした心理. 出された社会的背景を前提とした,越境する性. 的「性」のありようを,本論では「性別越境」. の描かれた意味(社会性),②パーソナルな問題. と表現した。「性別越境」は,男/女という社会. として登場人物が性を越境した意味(個別性),. 的「性別」を前提としながらも,その境界にと. という二点に焦点を当てながら,テクストとそ. らわれず,あるいは境界領域の存在を認め,流. の周辺にみられる「性別越境」について,分析. 動性を抱えながら生きる状態を示唆する。. を行った。以下に分析の実際を要約して示す。.  とりわけ日本は今日に至るまで,文学・芸能.   考察(谷崎潤一郎『秘密』の場合). など様々な局面で多様なr性」が文化的に語ら. I 社会性. れ,多様な「性別」が立ち上がっては消えてき.  『秘密』と性別越境とを結びつける要素とし. た歴史を有する。r性別越境」そのものを文化と. て,第一に,当時の浅草という街の特質につい. して受容してきたことが,日本の特質であると. て取り上げねぱなるまい。浅草は,地理的に農. いえる。ところが近年の日本社会では,社会的. 村/都会の境界領域にあり,上京者たちの観光. r性別」ばかりにスポットが当たり,その向こ. 地/東京人の日常からの避難地という両面性を. う側にある心理的「性」は,社会問題としても. 備えた街であった。1931(昭和6)年に添田唖. 医療や臨床の分野でも不可視になりがちである。. 然坊が著した『浅草底流記』(1982)によれば,. 一146一.

(2) 聖俗入り乱れた浅草には,僧侶から浮浪人,不. ィティは固定的でかついずれかに寄るものであ. 良少年,売春婦にいたるまで“あらゆる階級,. るという前提があるように思われるが,性別概. 人種をコッタにした大きな流れ”があり,“人間. 念を超えた「性別越境」の観点に立ち,“私”の. の色々な欲望が,裸のままで踊って”いたとい. 女装の意味を考察すると,果たして“私”の男. う。このうちには異性装者もいたとされ,浅草. 性アイデンティティは真に確立されたものとい. において異性装,ひいては性別を越境すること. えるのだろうかという間いが立つ。. 自体が特異なものとは思われていなかったこと.  女装を試みたことについて過去形で振り返る. が理解でき,その浅草を舞台とする作品で性別. “私”の語りは,肉体的に男性であるという事. 越境が描かれたことも納得される。. 実に即していることもあれば,身体的特徴を離.  第二に,当時の異性装と犯罪との関連性が挙. れて精神的女性へと移っていくこともあり,肉. げられる。1873(明治6)年に公布された違式. 体と精神とが目まぐるしく交流する。化粧をす. 註違条例のなかで異性装を違法としたことによ. る場面で,白粉の“甘い匂いのひやひやとした. り,こののち異性装と犯罪とは密接に関連づけ. 露が,毛穴へ沁み入る皮膚のよろこび”や,紅. られ,社会悪として扱われていったという背景. を塗ることで“溌刺とした生色ある女の相に変. をもつ。『秘密』の“私’’は,女装して外出する. って行く面白さ”といった,初めて化粧をする. 自らを“殺人とか,強盗とか,何か非常な残忍. 男性の心持ちを覚えながら,いざ外出すると“体. な悪事を働いた人間”のように思いこみ,“ヒ育. の血管には,自然と女のような血が流れ始め,. や麻酔薬”を着物に忍ばせっつ,“犯罪を行わず. に,犯罪に附随して居る美しいロマンチックの. く’’という感覚を味わう。白粉の下には“「男」. 匂いだけ”を嗅いでいるが,これは“私”が女. という秘密が悉く隠され”ていることを認めな. 性に変装するという性別越境的な展開自体に,. がらも,一方では“眼つきも口つきも女のよう. アウトローな匂いを読者に嗅ぎ取らせる効果が. に動き 女のように笑おうと”する“私’’もま. あったものと考えられる。. た存在している。やがて“女’’との再会で直面. H 個別性. する“自分の扮装を卑し”む気持ち,“女らしい.  栗原(2008)は‘‘私”の女装について,“彼が. と云う点からも,美しい器量からも,私は到底. 拘泥したのは‘見る/見られる’関係性の中に. 彼女の競争者ではな’’いという気づきは,“私”. 自らを置き,羨望の視線を一身に浴びてその頂. 自身が獲得した女性アイデンティティに対する. 点に君臨する”ことであり,この行為を“フェ. 決定的な幻滅を意味するであろう。. ティシズム的”で“表層的”だとしている。光.  結果として,“女”との関係性のなかで“私”. 石(2009)も,“「私」は,〈女である〉ことより. は男性へと揺り戻されていくが,少なくとも. も,〈女になる〉〈女を装う〉こと自体に快楽を. “私”にとって女装は,自らの男性アイデンテ. 感じている”とし,“アイデンティティをめぐる. ィティの解体を意味し,女性アイデンティティ. 問題ではない”と論ずる。このように,多くの. との連続的越境,あるいは共存の状態を通して,. 国文学研究にあっては,“私’’の女装は表層的で,. 男性アイデンティティを再構築する過程として. “私’’はあくまで男性アイデンティティである. 捉えることができる。. ことが明確化されている。.          (主任指導教員)辻河昌登.  こうした論考では,ジェンダー・アイデンテ.            (指導教員)辻河昌登. 一147一.

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