日本の物語にみる「性別越境」の意味に関する文化 : 心理臨床学的研究
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(2) 聖俗入り乱れた浅草には,僧侶から浮浪人,不. ィティは固定的でかついずれかに寄るものであ. 良少年,売春婦にいたるまで“あらゆる階級,. るという前提があるように思われるが,性別概. 人種をコッタにした大きな流れ”があり,“人間. 念を超えた「性別越境」の観点に立ち,“私”の. の色々な欲望が,裸のままで踊って”いたとい. 女装の意味を考察すると,果たして“私”の男. う。このうちには異性装者もいたとされ,浅草. 性アイデンティティは真に確立されたものとい. において異性装,ひいては性別を越境すること. えるのだろうかという間いが立つ。. 自体が特異なものとは思われていなかったこと. 女装を試みたことについて過去形で振り返る. が理解でき,その浅草を舞台とする作品で性別. “私”の語りは,肉体的に男性であるという事. 越境が描かれたことも納得される。. 実に即していることもあれば,身体的特徴を離. 第二に,当時の異性装と犯罪との関連性が挙. れて精神的女性へと移っていくこともあり,肉. げられる。1873(明治6)年に公布された違式. 体と精神とが目まぐるしく交流する。化粧をす. 註違条例のなかで異性装を違法としたことによ. る場面で,白粉の“甘い匂いのひやひやとした. り,こののち異性装と犯罪とは密接に関連づけ. 露が,毛穴へ沁み入る皮膚のよろこび”や,紅. られ,社会悪として扱われていったという背景. を塗ることで“溌刺とした生色ある女の相に変. をもつ。『秘密』の“私’’は,女装して外出する. って行く面白さ”といった,初めて化粧をする. 自らを“殺人とか,強盗とか,何か非常な残忍. 男性の心持ちを覚えながら,いざ外出すると“体. な悪事を働いた人間”のように思いこみ,“ヒ育. の血管には,自然と女のような血が流れ始め,. や麻酔薬”を着物に忍ばせっつ,“犯罪を行わず. に,犯罪に附随して居る美しいロマンチックの. く’’という感覚を味わう。白粉の下には“「男」. 匂いだけ”を嗅いでいるが,これは“私”が女. という秘密が悉く隠され”ていることを認めな. 性に変装するという性別越境的な展開自体に,. がらも,一方では“眼つきも口つきも女のよう. アウトローな匂いを読者に嗅ぎ取らせる効果が. に動き 女のように笑おうと”する“私’’もま. あったものと考えられる。. た存在している。やがて“女’’との再会で直面. H 個別性. する“自分の扮装を卑し”む気持ち,“女らしい. 栗原(2008)は‘‘私”の女装について,“彼が. と云う点からも,美しい器量からも,私は到底. 拘泥したのは‘見る/見られる’関係性の中に. 彼女の競争者ではな’’いという気づきは,“私”. 自らを置き,羨望の視線を一身に浴びてその頂. 自身が獲得した女性アイデンティティに対する. 点に君臨する”ことであり,この行為を“フェ. 決定的な幻滅を意味するであろう。. ティシズム的”で“表層的”だとしている。光. 結果として,“女”との関係性のなかで“私”. 石(2009)も,“「私」は,〈女である〉ことより. は男性へと揺り戻されていくが,少なくとも. も,〈女になる〉〈女を装う〉こと自体に快楽を. “私”にとって女装は,自らの男性アイデンテ. 感じている”とし,“アイデンティティをめぐる. ィティの解体を意味し,女性アイデンティティ. 問題ではない”と論ずる。このように,多くの. との連続的越境,あるいは共存の状態を通して,. 国文学研究にあっては,“私’’の女装は表層的で,. 男性アイデンティティを再構築する過程として. “私’’はあくまで男性アイデンティティである. 捉えることができる。. ことが明確化されている。. (主任指導教員)辻河昌登. こうした論考では,ジェンダー・アイデンテ. (指導教員)辻河昌登. 一147一.
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