◎論説漢民族をどう見るか
﹁客 ﹂ 概 念 と ﹁客 家 ﹂
海南島憺州・臨高地区におけるエスニシティの重層構造瀬川昌久
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はじめに
海南島は中国国内では最も南の辺縁部に位置する省であ
る︒気候的にも亜熱帯に属し︑リー(黎)族︑ミャオ
(苗)族等の少数民族が人口の二割近くを占めている︒こ
うした意味においても海南島は文化的・民族的な多様性を
もつが︑同島のもう一つの顕著な特色は︑多数を占めてい
る漢族自体が︑きわめて多様な下位集団から構成されてい
る点である︒
その中には客家も含まれている︒客家といえば︑広東省
北部︑福建省西部︑江西省南部を中心に︑中国南部の広い
地域に分散して居住していることで知られる漢族の中の一 方言集団である︒海南島にも︑確かに客家話系の方言を話
す客家の人々が住み着いているが︑一方において海南島で
はその漢族人口のマジョリティが話している海南話が﹁客
話﹂と呼ばれたり︑よりミクロなスケールで﹁客﹂として
区別される移住民が存在するなど︑﹁客﹂という概念は客
家系住民に限定されることなく︑重層的・多義的に使われ
ている︒
本論文では︑海南島西部の憺州地区での実地調査の事例
を基に︑海南島の一地域社会における﹁客﹂概念について
考察し︑それが元来もっていた先住者に対する後来者とい
う相対的な意味合いと︑近代的なコンテクストの中でより
固定的に使われるようになった﹁客家﹂という概念との重
層性を明らかにする︒そして︑このことを通じて中国南部
「客 」概 念 と 「客 家1 X37
の漢族の中で客家というサブグループがもつ特質を明確に
するとともに︑中国社会における前近代的エスニシティの
あり方と︑近代以降のその展開をつなぐ一連の過程を理解
するための手がかりを提示する︒
文化的モザイク地帯‑海南島西部地区1
ほぼ楕円形をした海南島を︑北西部の臨高︑憺州地域か
ら南東部の陵水にかけての斜めの線で二分するとすると︑
リー族などの少数民族の居住地域はその線の南西側にほぼ
集中するのに対し︑北東側は漢族がその住民のほとんどを
占める︒さらに︑漢族住民だけをみても︑海口市から陵水
県にかけての北東側は主に﹁海南話﹂という閾語系の方言
話者の居住地域であるのに対し︑臨高県︑憺州市から三亜
市にかけての南西側は漢族住民の中に多様な方言が認めら
れるという点で対照的である︒
本論文が主要考察対象地域とする北西部の憺州・臨高地
域(合計面積約四六〇〇平方キロメートル︑人口約一二〇
万人)について言えば︑そこで話されている漢語方言とし
て﹁憺州話﹂﹁軍話﹂﹁臨高話﹂﹁客家話﹂﹁白話﹂﹁海南
話﹂︑そして﹁普通話﹂の七つを挙げることができる︒普
通話は中国語の標準語であるし︑また臨高話は言語的な特 徴の上からは非漢語系とされることから︑これらを一括し
て﹁漢語方言﹂と呼ぶのは適切でないかもしれないが︑こ
れらの七つの言葉を話している話者たちは︑いずれも民族
籍の上では漢族に分類されている︒さらに︑漢族以外の言
語としてリー族の﹁黎話﹂があるので︑これを加えれば︑
当地域内で話される言葉は計八種類ということになる︒
もちろん︑世界中の他の多言語併存地域と同様︑この地
域でも使用言語の違いが地域内の社会行為において常に最
重要な指標とみなされているとは限らない︒個人が自分の
帰属を決定したり社会関係構築のための基礎として援用し
たりする指標には︑ざっと概観しただけでも姓︑民族︑
ジェンダー︑出身地︑行政区分︑党籍など多様なものがあ
り︑使用方言はあくまでその中の一つにすぎない︒しか
し︑同地域の住民たちは地域内に多数の言語が併存してい
ることを前提として生活しており︑そうした使用言語・方
言に基づく自他区分というものに日常的に言及している︒
ところで︑同地域のおいて使用言語・方言の区分が社会
的指標として意味をもつには︑以下の二つの様態が区別で
きる︒一つは︑個人が﹁本来(もともと)﹂いずれの言語
コミュニティの出身であるかを問題とするものである︒す
なわち︑備州話を話す村落の出身︑あるいは両親ともに軍
話の話者である家庭の出身といった︑出身コミュニティの
言語的・文化的帰属を問題にするものである︒これはま
憺 州 ・臨 高地 域主 要郷 鎮
■圃■ 憺州話 巨≡ヨ客家話 圏 臨高話
匡 コ 軍話 慶囮 白話[口]黎 話
憺 州 ・臨 高 地 域 の 方 言/言 語 分 布(概 念 図 、 正確 な もので は な い) 139‑一 「客」概念 と「客家」
た︑古くからの地域住民の家系であるか︑比較的新しい外
来移民の血筋であるかの区別にも結びついている︒国営農
場の白話コミュニティ出身者や︑海南話話者の都市住民な
らば︑例外なくここ一︑二世代内の新しい移民であること
を意味するからである︒
他方︑二つめは個人が実際に話すことのできる言語によ
る区分というものが存在する︒多くの言語が併存する同地
域では︑一個人がバイリンガルどころか数個の方言を操れ
ることも決して稀ではない︒軍話話者の村の出だが憺州話
も普通話も流暢だとか︑本土からの農場移民の子として生
まれたが白話も臨高話も客家話も話せる︑といった具合で
ある︒職場などでの人間関係の構築上︑どの方言がしゃべ
れるかということはそれなりの重みをもっている︒だか
ら︑もともとは外来者で循州話が上手く話せない人でも︑
憺州話が主に使われている職場の人間関係の輪の中に入っ
てゆくために︑わざわざぎごちない憺州話を使ってみせた
りする場合もある︒
ただ︑このようにどの言葉が話せるかということが︑こ
の地域では個人の社会関係や帰属意識にある程度関わって
いることは明らかだが︑同時にそれが﹁エスニックグルー
プ﹂や﹁エスニックカテゴリi﹂と呼び得るほど明確な境
界性をともなっていないことにも注目する必要がある︒循
州話︑臨高話︑軍話など︑それぞれの言語を指し示す言葉 は存在しても︑その話者を集合的に呼び表す言葉は必ずし
も明確な形で存在していないからである︒
例えば︑﹁循州人﹂﹁臨高人﹂という表現はある︒しか
し︑それらは行政単位としての﹁憺州市﹂や﹁臨高県﹂の
居住者ないし出身者という地理的な帰属と重なってしま
い︑憺州話話者であること︑あるいは臨高話話者であるこ
とだけを弁別的に示す概念とはなり難い︒憺州話の話者
が︑地域内の他の方言話者と区別する意味で自らを﹁憺州
ム 人[α§・8〒68]﹂と呼んだり︑臨高話話者が自らを﹁臨
高人[lim‑kou‑leo‑hun]Jと名乗ったりする場合はあるだろ
うが︑同じ彼らも海口など他地域の人間に対しては︑話せ
る方言の如何にかかわらず︑憺州市出身者︑臨高県出身者
という意味で﹁憺州人﹂﹁臨高人﹂と名乗ることになる︒
老人からの聞き取りによると︑軍話話者については古い
ハ 呼び方の自称として﹁軍人[gan‑jien]﹂︑憺州話話者から
の他称として﹁州人[8・‑O舅]﹂という呼称が存在したよ
うである︒これは憺州話話者に対する﹁村人﹂という呼び
方に対応したもので︑循州話が﹁村話﹂とも呼ばれていた
ことに対応した呼称であったと思われる︒しかし︑これは
古風な名称であり︑今日では日常的に使用されるものでは
ない︒また︑白話︑海南話それに普通話話者については︑
彼らを特定的に言い表すための﹁白人﹂﹁海南人﹂﹁普通
人﹂などといった言い方は存在しない︒したがって︑今日
これら各々の方言話者を集合的かつ明確に言い表そうとす
れぼ︑﹁講憺州話的人﹂(憺州話を話す人)︑﹁講白話的人﹂(白話を話す人)等の言い方で言い表すことになる︒
この点でやや特殊なのは客家話と黎話の場合であろう︒
客家話の話者である人々を集合的に表す﹁客家﹂という言
葉は今日でも日常的に使用されているし︑また黎話につい
ては︑少数民族としてのリー族を一応その話者に重なるも
のとして認識することも可能である︒ただしリー族に関し
ては︑後述するように現在の民族籍制度のもとではリー族
だからといって必ずしも黎話を話せるとは限らず︑民族的
な帰属と言語的なカテゴリーは一致しない場合もある︒
このように︑少なくとも現在では︑各方言の話者をもっ
て明確なエスニックグループやエスニックカテゴリーをな
すものとみなすことはできない︒地域内に存在する多様な
方言問の相違を︑個人の出自の確定や人間関係構築の手段
として状況に応じて参照しているというのが実態に近い︒
ただし︑過去においては︑局所的にこうした方言区分がよ
り明確なエスニックカテゴリーに結びついていた可能性は
否定できない︒それは︑上述の﹁軍人﹂対﹁村人﹂という
軍話話者と憺州話話者の間の区分にも見られる︒
また︑今日ではやや古風な言い方に属するが︑憺州話話
者が海南話を﹁客話[ρ.︒ゆーゴ5]﹂と呼び︑その話者を﹁客
人[ρ︑︒ご邑﹂とよぶ呼び方が存在する︒さらに︑かつて は臨高話話者は海南話話者を[宕ご‑kxek]([kxek]は﹁客﹂
か)と呼び︑海南話話者の側では臨高話話者をロ巴と巴
(﹁黎仔﹂か)と呼んでいたという︒後述のように︑同地域
では一九三〇年代以前には諸方言話者グループ問に反目や
抗争が生じたこともあるとされ︑それゆえに一部蔑称的な
ニュアンスのある呼称がエスニックラベルとして使用され
ていた可能性はあろう︒
しかし︑現在の憺州・臨高地域においては︑諸方言の言
語コミュニティが残存しつつも︑それらの多くはエスニッ
クカテゴリーとしての顕在性を帯びるに至らない状態で併
存している状態にある︒そして︑その中でもエスニックカ
テゴリーとしての顕在性を比較的濃厚に備えているのは︑
ひとつは﹁客家﹂のケースであり︑もうひとつは国家の民
族識別の下で制度的に規定されたリー族であると言えよ
う︒以下では︑まずこうした諸方言の話者グループについ
て︑その各々の概況と特色を整理しておく︒
二各方言話者グループの特色
e憺州話話者グループ
憺州話は憺州市地域では最も話者人口の多い方言で︑同
市内では共通語といってよい地位にある︒一九九六年編の
「客 」概 念 と 「客 家 」 141