目次 はじめに
1.行政処分ならば公権力の行使か 2.公権力の行使(抗告訴訟)不用説 3.その他公権力の行使(抗告訴訟)
4.判例による公権力の行使(抗告訴訟)概念の利用 5.形式的行政処分
6.形式的行政処分の新構成 7.私見による類型化
8.公権力の行使(抗告訴訟)とは おわりに
はじめに
従来の観念からすると,行政処分は行政事件訴訟法3条(抗告訴訟)の 公権力の行使であり,行政処分は公権力の行使(国賠法)と解されてきた としてもよい1。しかし,指定確認検査機関の確認処分にかかる不法行為 について,民法の不法行為規定を適用する裁判例2がある。これは,指定 確認検査機関の行政処分を公権力の行使(国賠法)として捉えていないこ とを意味し得る。すなわち,公権力の行使(国賠法)でない行政処分が前 提とされているように思う3。私見はこのような裁判例を支持するのであ り,イメージとして図1のようになる。ここにさらに,同一文言である公 権力の行使(抗告訴訟)の位置付けを求めるとどのようになるか。これが 本稿のモチーフとなっている4。
処分と公権力の行使の関係
松 塚 晋 輔
さて,公権力の行使(抗告訴訟)の概念については,従来検討が不十分 であったといわれる5。しかし,近年,「公権力」をタイトルに含める貴 重な業績が発表され6,解明作業が進展している。しかし,本稿はこれら を後追いするのではなく,処分と公権力の行使の関係を検討するものであ る。その際,本稿は行政処分をめぐり,「公権力の行使」(抗告訴訟),「処 分」(抗告訴訟)及び「公権力の行使」(国賠法)の関係がどのように理解 できるか,図などを用いて可視化するつもりである。私見による類型化も 示すことになるが,私見に賛同が得られなくても,各関係図は議論を明確 にする素材として貢献できることを期待している。
ある学説の整理では,行政事件訴訟法3条2項において,「行政庁の処 分」(狭義の処分)と「その他公権力の行使に当たる行為」とは,本来,
並列関係に立ち,両者が「処分の取消しの訴え」にいう「処分」(広義の 処分)となり,さらに,この広義の「処分」に「裁決」(3条3項)を加 えたものが,抗告訴訟の対象たる「行政庁の公権力の行使」(3条1項)
であるとする(図2)7。この学説からすると,公権力の行使(抗告訴訟)
は,処分を含む概念となる。
この学説の整理に見るように,2つの「処分」を混同して誤った解釈を導か ないよう,広義の処分と狭義のそれとを区別する用語が割り当てられている。
本稿では,狭義の処分と広義の処分の使い分けにならいつつ,広義の処 図1
R 行政処分
P 公権力の行使
(国賠法)
分,すなわち「処分その他公権力の行使」(行訴法3条2項)を行政処分と 呼ぶことにする。実際にも,最高裁が抗告訴訟の対象性を判断して結論を 表現する際,抗告訴訟の対象となる行政処分という語が用いられている8。 但し,公権力の行使(行訴法3条1項)という語が,行政処分(広義の 処分)を包摂するという使い方をしない。私見による類型化と相いれない からである。つまり,私見では,全ての行政処分が公権力の行使(抗告訴 訟)というわけではないからである。このことは最初の検討対象である。
公権力の行使の語については,行訴法3条1項又は3条2項のもの(抗 告訴訟)と,国賠法1条のものとがあり,本稿では,( )内にいずれの 用語か明記するが,いずれかに特定できない場合は,( )で明記しない。
1.行政処分ならば公権力の行使か
「公権力の行使」の語は,行政事件訴訟法,国家賠償法,行政不服審査 法,行政手続法などで使用されている。行訴法解釈上,抗告訴訟の対象に ついての定義において用いられている。とりわけ,行訴法3条1項では,
取消訴訟は,行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為の取消しを求
公権力の行使(抗告訴訟)
図2
処分 裁決
(狭義)
その他公権力 の行使
(抗告訴訟)
処分
(広義)
める訴訟である。
判例上,抗告訴訟の対象たる「行政庁の処分とは行政庁の法令に基づく 行為のすべてを意味するものではなく,公権力の主体たる国又は公共団体 が行う行為のうち,その行為によつて,直接国民の権利義務を形成し又は その範囲を確定することが法律上認められているものをいう」(最高裁判 決昭和39年10月29日9)。ここで注意すべきは,「公権力の主体たる」国・公 共団体が行う行為であって,行政処分が公権力の行使とは記されていない 点である。この判旨部分だけを見ると,行政処分ならば公権力の行使とい う等式は出てこない(「公権力の主体」が記されているだけ)。
しかも,最判ごみ焼却場事件が判例として援用する最判昭和30年2月24 日農地境界査定処分無効確認請求事件10は,行政処分の観念として,公権 力の行使という言葉を用いていないのである。
但し,最判ごみ焼却場事件はさらに述べる。「設置行為によつて上告人 らが……不利益を被ることがあるとしても,右設置行為は,被上告人都が 公権力の行使により直接上告人らの権利義務を形成し,またはその範囲を 確定することを法律上認められている場合に該当するものということを得 ず,原判決がこれをもつて行政事件訴訟特例法にいう『行政庁の処分』に あたらないから……上告人らの本訴請求を不適法であるとしたことは,結 局正当である」。
この判旨は,公権力の行使(抗告訴訟)が行政処分の要素であることを 示しているとも解される。しかしながら,この判旨部分からしても,必ずし も,行政処分ならば公権力の行使という等式は導くことはできない。公権 力の行使(抗告訴訟)と行政処分が部分的に重なっている可能性もあるか らである。その他にも,行政処分,裁判などの国の行為を,個別的ながら
「公権力を行使して法規範を定立する国の行為」と述べた最高裁判決もあ るが11,同じように,上の等式は必然でないし,行政事件訴訟の判決でも ない。
さて,代表的学説として,田中二郎によると,行政行為とは,「行政庁
が,法に基づき,優越的な意思の発動又は公権力の行使として,人民に対 し,具体的事実に関し法的規制をする行為」である12。ここでは,行政行 為13には公権力の行使であるという要素が含まれている。
行政処分の捉え方に関する有力な見解と言われているものとして,規範 的公権力行使説があるとされる14。これは,実体的行政処分と形式的行政 処分とを区別せず,「抗告訴訟で争うべき公権力性」が法規範によって付 与されているか否かで,行政処分性を判定しようとするものである。この 説でも,「公権力性」が決め手である。
他方で,判例・学説は,一方的な権利への介入のような公権力の行使
(抗告訴訟)とはいえない行為であっても,抗告訴訟の対象となることを 認めているとする解説があるとされる15。また,「行政が営む公役務活動 を司法審査になじませるためには,抗告訴訟をいわゆる権力行政の分野の みに留めることは適切でない」16 という指摘がある。権力行政が公権力の 行使(抗告訴訟)であるならば,公権力の行使(抗告訴訟)以外の作用に も抗告訴訟が及ぶと読み込めよう。このような論理は,行政処分ならば公 権力の行使(抗告訴訟)とする理解に対立するものである。
2.公権力の行使(抗告訴訟)不用説
大橋洋一『行政法①第2版』は,「公権力の行使といった不明確な概念 は使用しない」と前置きする。そして,「行政行為とは,法令に基づき,
個別の事例で,市民の活動の自由を規制する義務の賦課,及び,その具体 的権利の創設・変更・取消しを内容とした,行政庁による一方的行為であ る」とする17。
また,厳密には,不用説ではないが,公権力の行使の概念を極めて狭く 捉える説として,高木光説がある。つまり,「公権力の行使」(行訴法)
は,行政処分を「なすこと,又はなさないことの意味に限定して」用いる とする説である18。
図3
しかし,これらとは反対に,「『公権力の行使』概念の柔軟化を進めるの であれば,『公権力の行使』概念を維持する必要はなく」なるという考え に懐疑的な見解もある19。
さて,公権力の行使(抗告訴訟)不用説は図3のように示すことができ よう。おそらく,公権力の行使(国賠法)でない処分(参照,はじめに)
というものは想定されていないであろうから(これまで議論されていな い),公権力の行使(国賠法)は行政処分を包摂して描く20。
3.その他公権力の行使(抗告訴訟)
「その他公権力の行使」(行政事件訴訟法3条2項,抗告訴訟)に関し て,「そのような行為としては,行審法[平成26年改正前のもの]2条に いう『公権力の行使に当たる事実上の行為で,人の収容,物の留置その他 その内容が継続的性質を有するもの』=『公権力的事実行為』が挙げられ るにとどまる」という記述が見られる21([ ]内は著者が付した)。 別の解説も,判例は「事実行為の権力性」を例外として,「抗告訴訟の 対象となる公権力の行使にあたる」ということと「抗告訴訟の対象となる 処分にあたる」ということは区別していないと評する22。
ここで,私見であるが,行政事件訴訟法の「処分その他公権力の行使」
(3条2項)では,「その他の」という用語が用いられていない。「その他
公権力の行使
(国賠法)
行政処分
の」であれば,「公権力の行使」は「処分」を含む概念であることは明瞭 であった23。しかし,条文上は「その他」が用いられており,このことを 重視すると,「処分」と「公権力の行使」が並列関係に立つことになるの ではないか。つまり,「処分」は,理論上「公権力の行使」とは限らない ことが含意されているように解せられる。しかし,「処分」が全く「公権 力の行使」でないということは考えられない。よって,「処分」を「公権 力の行使」たるものと,そうでないものとに分類するのが自然である。こ のように考えると,公権力の行使(抗告訴訟)概念は不用とはいえなくな り,行政処分を定義し分類する上で,新たな役割が見えてくるのである。
では,行訴法3条1項(「この法律において『抗告訴訟』とは,行政庁 の公権力の行使に関する不服の訴訟をいう」)の意義として,なぜ1項に 処分の語ではなく,「公権力の行使」の語のみが記述されているのであろ うか。学説では,行訴法3条1項の公権力の行使の概念が同条2項のそれ とは別個の意義をもつことは稀であるといわれている24。とすると,行訴 法3条1項の「公権力の行使」は,包括的な概念ではなく,例示されたも のと解されることになる25。
4.判例による公権力の行使(抗告訴訟)概念の利用
最高裁判決には,公権力の行使(抗告訴訟)を重要な要素として,行政 処分性を導いていると読み込める例がある。例えば,最判平成
15
年9月4 日労災就学援護費不支給処分取消請求事件26である。「労働基準監督署長 の行う労災就学援護費の支給又は不支給の決定は,[a
]法を根拠とする[b]優越的地位に基づいて一方的に行う公権力の行使であり,[c]被災労 働者又はその遺族の…権利に直接影響を及ぼす法的効果を有するものであ るから,[d]抗告訴訟の対象となる行政処分に当たる」とする([ ]内 は著者が付した)。
これについては,もちろん,公権力の行使(抗告訴訟)性が行政処分
の要素である(
a+b+c
→d
)と述べているものと読むことができる。しか し,本事案は,典型的な行政処分ではなく,救済を目的とした形式的行政 処分の中で論じていると解することもできる。あるいは,公権力の行使(抗告訴訟)の語を用いたのは,a+c→
d
だけでは不十分であったからで はなかろうか(問題となった通知は,法律に基づいているのではなく,要 綱に基づいているにすぎないから,行政処分に該当するのか疑問が投げか けられる)。この場合,公権力の行使(抗告訴訟)は,行政処分たらしめ る強い意味を持つことになる。逆に,判例上,公権力の行使概念(抗告訴訟)は,抗告訴訟を拒否する 文脈で否定的にも利用されている。例えば,最判平成23年6月14日老人福 祉施設民営化選考行政処分取消請求事件27がある。「市長がした本件通知 は,上告人が,契約の相手方となる事業者を選考するための手法として
[
e
]法令の定めに基づかずに行った事業者の募集に応募した者に対し,そ の者を相手方として当該契約を締結しないこととした事実を告知するもの にすぎず,[f
]公権力の行使に当たる行為としての性質を有するものでは ない」として,「本件通知は,[g]抗告訴訟の対象となる行政処分には当 たらない」という判示から明らかである(e+f
→g
又はe
→f
→g
)。もち ろん,ここからは,公権力の行使(抗告訴訟)性が行政処分性の要素にな っているという読み方(e+f
→g
)はできる。この場合,法令の定めに基 づいていない(e)ことと公権力の行使でない(f)ことで,行政処分性を 否定したと解釈できよう。しかし,公権力の行使(抗告訴訟)という語が,行政処分の枕詞あるい は修飾語(弱い意味)にすぎないと見ること(
e
→f+g
)は不可能であろ うか。この場合,公権力の行使(抗告訴訟)が行政処分を含んでいると読 むことは必然ではない(e
はf
とg
を導くにすぎないので,f
とg
に論理 上の関係がないから)。いずれにせよ,公権力の行使(抗告訴訟)の不存在だけで,行政処分の 否定が語られてはいない。
しかし,公権力の行使がないため,抗告訴訟の対象がないという端的な 論理をとった事例がある(最判昭和62年5月28日日本原射撃訓練事件28)。 その他,最判昭和
56
年12
月16
日大阪国際空港事件29は,民事訴訟の救済を 否定するために,公権力の行使概念を用いた。5.形式的行政処分
(1 )兼子仁によると,「形式的行政処分は,厳密に…実体的行政処分の要 素を備えてはおらず,とりわけ公権力行使の実体を欠いている行政の 行為でありながら,広く利害関係者がその法益救済のために行政機関 の行為を直接に捉えて対世的な是正判決を求めうるという利点をもつ 取消訴訟の活用を認める際に,もっぱら救済の必要上から取消訴訟に かかる『行政処分』『公権力の行使』という法制度的形式に該当するこ とが肯認されたものである。」30この兼子の定義では,形式的行政処分 は「行政処分」や「公権力の行使」に該当させられている。
また,藤田宙靖『行政法Ⅰ』31 や高木光『行政訴訟論』32 は,形式的 行政処分に関して,兼子の定義を援用しつつ,「抗告争訟の対象」で あると表しており,慎重な表現となっている。
しかし,もともと公権力行使の実体を持たないことを前提とする場 合33留保が必要である34。形式的行政処分については,公権力の行使
(抗告訴訟)の実体を有することを認識された,またはそれに取り込 まれたと説明するほうが適切に思う(私見)。公権力の行使(抗告訴 訟)の概念自体が明瞭でないのだから,もともと公権力の行使(抗告 訴訟)でないということもあり得ないからである。
しかし,そもそも,「形式的行政行為という用語法は,実益がな い」35 として,形式的行政処分を否定する見解もある。それは,当該行 為形式を立法者が選択した点で,あらゆる行政行為は「形式的」であ るからとする。
(
2
)このように,形式的行政処分論には積極論と消極論とがあるが36, 賛否は別にして,私見による類型化(7)との関連で,形式的行政処 分を位置付けておきたい。形式的行政処分の類型には,①法律があえて行政処分性を付与して いるもの(法定の形式的行政処分)と,②もっぱら救済の必要から行 政処分性を付与するものとがある37。これには,権力的な行為に関し ては救済を与えるべきという論拠がある38。
もっとも,①も②も法律の根拠を探す点では同じで,純粋に救済の 必要だけから行政処分性を認めるわけではない。
従って,①は処分として扱おうとする法律の根拠を比較的見出しや すい場合であり,②はそうでない場合で,救済の必要上行政処分性を 付与すべきものを指すことになる。とりわけ,①の形式的行政処分の 存在理由は,もっぱら救済のためというよりも,行政機関に案件処理 の再検討の機会を与えるとともに,紛争の早期解決を目的とする立法 趣旨にある39。学説上,法定の形式的行政処分として,補助金の交付 決定(補助金適正化法25条),公務員の不利益処分(国家公務員法89 条以下,地方公務員法
49
条以下),行政財産の目的外使用許可(地方 自治法238条の7),供託官による供託金取戻請求の却下(供託法1条 の4以下)が挙げられている40。また,土地改良事業計画にも異議申 立てが法定されている(土地改良法87条6項以下)。②の形式的行政処分には,行政処分性拡大という傾向の下,少くな い判例が当てはまるであろう。これを私見では,「その他公権力の行 使」(抗告訴訟)に該当させる41。これらは,最判ごみ焼却場事件の定 式(「直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法 律上認められているもの」)に厳密には当てはまらない場合であるか らだ。
例えば,最判平成
16
年4月26
日食品衛生法違反通知事件(後述), 最判平成17年7月15日病院開設中止勧告事件民集59巻6号1661頁,最判平成
17
年4月14
日登録免許税事件民集59
巻3号491
頁などである。また,公権力の行使(抗告訴訟)としての事実行為も,「その他公権 力の行使」(抗告訴訟)に該当し,形式的行政処分はここにも見出さ れ得よう42。とりわけ,最判平成20年9月10日土地区画整理事業計画 事件43において「実効的な権利救済を図るという観点から見ても」と いう表現がなされていることからすると,土地区画整理事業の事業計 画の決定は,②に含められよう。
具体例として,最判平成16年4月26日食品衛生法違反通知事件44を 見てみると,通関実務では,検疫所長が食品等を輸入しようとする者 に食品衛生法違反通知書を交付した場合,食品等輸入届出済証は交付 せず,税関長に食品衛生法違反物件通知書を交付して,輸入許可を与 えないよう求め,税関のほうでは,関税法基本通達に基づいて食品等 輸入届出済証等の添付がない輸入申告書は受理しないという取扱いが なされている。このような実務に関して,最判ごみ焼却場事件の定式 にいう「直接」性や「法律上認められているもの」の要件が欠けてい るようにとられるであろう45。しかし,続けて最判は,「食品等輸入届 出済証の交付は厚生労働大臣の委任を受けて検疫所長が行う当該食品 等が法に違反しない旨の応答であり,食品衛生法違反通知書の交付は これに違反する旨の応答であって」,「法
16
条が定める輸入届出をした 者に対する応答が具体化されたものである」としている。この思考過 程では,検疫所長の一方的な認定判断(公権力の行使(抗告訴訟)性)が重視されたことがうかがえる46。
さらに,国立学生の退学処分47はここで扱われる。確かに,これら の実体は民事契約と変わらないし,行政手続法や行政不服審査法の適 用も予定されていない(特に,学校による処分について,両法律には 適用除外する明文規定がある)。しかし,行政庁による一方的な判断 であることが肯定され,救済の必要から,公権力の行使の実体を有す ることが認識されたと考えられよう。
①と②の形式的行政処分を分ける意義として,①の場合,公定力や 不可争力が及ぶが48,②には公定力や不可争力を必ずしも想定しなく てよいという違いが挙げられる49。②は救済の必要から行政処分性を 付与されるのであり,公定力や不可争力が救済の障害となるべきでな いからである。
公定力に関しては,勧告(行政指導)に行政処分性を肯定しても,
公定力はないとする見解がある50。「公定力などの権力的徴表は行政の 行為の実体法上の客観的属性として認められるものであり,訴訟手続 のうえで抗告訴訟の手続が利用されるか否かによって作り出されるも のではないから,たまたま救済の便宜をはかるために行政行為以外の 行政庁の行為が抗告訴訟の対象とされたとしても,そのことによって 本来公定力や不可争力をもたなかった行為が突然公定力などをともな うことになるいわれはない」からであるという51。
6.形式的行政処分の新構成
①と②の区別は相対的であるし,両方を併せ持つ形式的行政処分もあ ろう。例えば,最判昭和59年12月12日税関長通知事件民集38巻12号308頁 で,通知について法的効果があるか争われ,その行政処分性(私見では厳 密に,公権力の行使(抗告訴訟)性)が肯定されたが(すなわち②),現 在,関税法
91
条で,税関長の通知に関する審査請求が法定されている(す なわち①)。しかし,形式的行政処分の認定は困難な作業であるから,① が容易に認められれば,思考経済的に,もはや②を探求する必要はないと すべきであろう。例えば,①については,当該行為に行政不服審査法の適 用52や抗告訴訟による訴えが当然に予定されていることなどが目安となろ う。ゆえに,①の形式的行政処分の認定は,②の性質を未決にしただけ で,②の性質の不存在を確定するわけではない。例えば,雄川一郎によると,各種の社会保障や社会保険の給付(国家公
務員共済組合法,生活保護法,健康保険法,厚生年金保険法等)に関し て,債権債務関係として処理できるにもかかわらず,その給付決定は,法 の介在によって「形式的・法技術的には『公権力の行使』たる行政行為で あるが,それは公権力の発動の実体の随伴しない形式的概念である」とい う53。その行為は,行政不服審査法や行政事件訴訟法においては,「公権 力の行使」に当たる処分として扱われる54とする。このように,雄川説で は,「公権力の行使」たる行政行為と表現されているが,これを私見に引 き写すと,立法によって処分性を付与された行為に当たるものがある。そ れは,公権力の行使(抗告訴訟)性が未決の行政処分である。この場合,
私見では雄川説は,形式的・技術的に「処分」であるが,公権力の発動の 実体が未決である,と書き直されることになる。
同様に,「『形式的行政処分』は,明らかに行政行為ではないのであるか ら,狭義の『行政庁の処分』ではなく,『その他公権力の行使に当る行為』
の一例だ」と解説するものがある55。この記述の前提は,形式的行政処分
=「その他公権力の行使」(抗告訴訟)である。しかし,形式的行政処分 は,私見による類型化によれば,「その他公権力の行使」(抗告訴訟)だけ ではなく,「処分」の場合もある。よって,この記述は②の形式的行政処 分のみを指すものと解されるべきであろう。
著者の関心テーマであるが,指定確認検査機関の行う建築確認など,私 人による行政処分はどのように位置付けられるのか。私人は行政庁にはな り得るが,公共団体には当たらないため,最判ごみ焼却場事件の定式にお ける「公権力の主体たる国又は公共団体」に該当しない。しかし,指定確 認検査機関(建築基準法)は,不服申立制度適用の明文規定などにより,
立法によって処分(行訴法3条2項)性を擬制された行為として理解され ることになる。また,それは文言上,確認「処分」である。このように,
救済の必要からあえて行政処分性を認める②の形式的行政処分とは縁遠い ので,②に分類することはできない。しかし,形式的行政処分論は指定機 関(私人)の行為を念頭に置いてこなかったがゆえ56,にわかに,これを
①に分類するのも違和感がある。しかも,私見では,法律によって行政処 分性を付与されてはいるが,公権力の行使(国賠法)性はない57。あえて言 えば,亜種の形式的行政処分といえよう。
ここで,形式的行政処分を可視化してみたい。円
P
は公権力の行使(国 賠法)の範囲を,円Q
は公権力の行使(抗告訴訟)の範囲を,円R
は処 分(抗告訴訟)の範囲を表す。元来,円PQR
の順に同心円であり,QR ともP
内にある(図4)。その後,形式的行政処分論で,Q
とR
がずれた ものと解する(図5)。7.私見による類型化
ここまで,公権力の行使(抗告訴訟)と処分の関係を中心に考察してき たが,ここで本稿のモチーフ(参照,はじめに)に従い,公権力の行使
(抗告訴訟)と公権力の行使(国賠法)を連動させてみたい。
まず,公権力の行使(抗告訴訟)は公権力の行使(国賠法)に包摂され る。両方の公権力の行使を同一次元に捉えるから,両者の核心部分は一致 させることになる。但し,広狭の違いはある。とりわけ判例学説とも,後 者は非権力的な行政活動を含む広義説に立っているからである。それで も,公権力の行使(抗告訴訟)ならば公権力の行使(国賠法)という定式
図4 図5
Q 公権力の行使
(抗告訴訟)
R 処分
Q
P 公権力の行使(国賠法)
R
P
は通常維持できると解する。但し,逆は真でない。例えば,一般に行政指 導は公権力の行使(国賠法)であるが,公権力の行使(抗告訴訟)ではない。
懸案の指定確認検査機関による確認処分は,国賠法の適用を受けないと 解するので58,Rの一部が
P
から露出し,露出した部分に位置付けられる と解する(図6)。これは民営化の現れの1つといえる。新規の行政処分 であるが,形式的行政処分論からすると亜種の形式的行政処分と呼ぶこと になろう(従来の形式的行政処分では注目されてこなかった)。そうすると,P公権力の行使(国賠法),Q公権力の行使(抗告訴訟)
及びR処分(抗告訴訟)の関係について,図6のようなイメージが出来上 がり,領域AからEを認識できる。以下,網羅的ではないが代表的な裁判 の事例を列記しつつ,説明する。
領域
A
公権力の行使(国賠法)であるが,公権力の行使(行訴法)でも処分でもないもの(例,行政計画,行政指導,公証,公 務員の採用内定通知)。
領域
B
公権力の行使(国賠法でも行訴法でも)であるが,処分でない もの(例,国立学校学生の退学処分,税関長の通知,食品衛生 法違反通知書による通知,病院開設中止勧告,代執行の戒告,
第2種市街地再開発事業計画の決定,土地区画整理事業の事業 計画決定,就学援護費決定通知,保育園廃止条例制定行為,人
図6
公権力 の行使
(抗告訴訟)
B
公権力の行使
(国賠法)
A
C 処分 E
D
の収容・物の留置等その内容が継続的性質を有する事実行為)。 領域
C
公権力の行使(国賠法でも行訴法でも)であり,処分であるもの(最判ごみ焼却場事件の定式が当てはまる行政処分)。 領域
D
公権力の行使(国賠法)であり,公権力の行使(行訴法)性が未決で,処分であるもの(例,税関長の通知,補助金適正化法 による補助金支給決定,弁済金供託の取戻請求の却下,指定 管理者による処分,弁護士会による懲戒処分)。
領域
E
公権力の行使(国賠法)でなく,公権力の行使(抗告訴訟)性 が未決で,処分であるもの(=新規の行政処分)(例,指定確 認検査機関による確認処分)。新規の行政処分と従来の形式的行政処分の位置関係が,この図で可視化 できると思う。従来の形式的行政処分論は,もっぱら
B
とD
が検討対象 であり,各々②と①の形式的行政処分に多くが対応する。Eは救済の必要から行政処分性が認められているのではなく,不服申立 制度が規定されていることなどから,立法で行政処分性を付与されている のである。
B
は,「その他公権力の行使」(抗告訴訟)に符合する。Bは,最判ごみ 焼却場事件の定式には当てはまらないが,それに準じた行政作用を取り込 む先であるので,包摂的な領域である。Bに取り込まれ得ない行政作用の 多くは,Aに入る。Bは特に救済のために認められる行政処分の領域であるから,
D
やE
と異なり,Bには公定力や不可争力は必ずしも妥当しないと考えることが できる。つまり,救済を目的とする②の形式的行政処分には公定力や不可 争力が否定され得ると解する。公定力や不可争力が救済に役立たない点,背理であるからだ。しかし,
D
とE
は立法によりあえて処分とされたの であるから,公定力や不可争力は認められよう。例えば,補助金適正化法 に基づく補助金の支給決定59は,D
に入る(公権力の行使の実体は未決)。 これに対して,要綱に基づく補助金交付の決定を行政処分として解するならば,
B
に入る。但し,行政不服審査法の適用が予定されているなどの場 合は,Dに含め得よう。
B
とD
いずれにも,国賠法の適用がある。しかし,E
には国賠法は適 用されない。具体的な争点として,公務員の任用や不利益処分は,本来的に公権力 の行使(抗告訴訟)であり,行政行為であるのか,あるいは立法政策の 結果,処分とされているにすぎないのか争いがある60。一方で,公権力行 使61を執行担当させる行為である点に着目して,公務員の任用は,他の特 許行為と同じものとして,公務員の任用は公権力の行使(抗告訴訟)の性 格を有すると見ることもできよう。そうすると,公務員の任用・不利益処 分は
C
に入る。これに対して,公務員の任用・不利益処分は行政不服申 立制度(国家公務員法90条1項)などが設けられたことによって処分とさ れているという見解がある62。この学説に従うと,公務員の任用・不利益 処分はD
に入る(Dは公権力の行使(抗告訴訟)性が未決の領域)。この 論争については,公務員の任用・不利益処分には多様なもの(第三者に対 する公権力行使を執行担当させるか否か,現業か非現業かなど)があるこ とも問題を複雑化させている。従って公務員の任用・不利益処分をいずれか1つの領域に同定するよう な一般化はできない。但し,現業の公務員に関しては,公権力の行使(抗 告訴訟)性が乏しいように思われる。
供託法1条の4以下は,審査請求を制度化していることから,供託官の 処分は①の形式的行政処分に位置付けられよう63。また,供託官の処分に ついては,供託官が身分上の公務員であることに鑑み,行政処分性のみな らず,公権力の行使(国賠法)性を認めることにも障害はない。
8.公権力の行使(抗告訴訟)とは
(1 )杉本良吉は行政事件訴訟法の立案に携わっているが,それによる と,行政庁の公権力の行使とは「法が認めた優越的な地位に基づき,
行政庁が法の執行としてする権力的意思活動を指す」64。同様の説とし て,「行政行為の標識としての公権力の行使の内容としては,さしあた り一方性」が考えられるというものもある65。
(
2
)逆に,行政事件訴訟法制定当時,「公権力の行使」概念は,もっぱら 事実行為が想定されていたと66,極めて狭い公権力の行使(抗告訴訟)の捉え方もある。
(3 )同じく狭い捉え方として,高木光『行政訴訟論』によると,「公権力 の行使」(抗告訴訟)概念は,「処分をすること」と「処分をしないこと」
を包括するものとの説を主張する67。
(
4
)公権力の行使(抗告訴訟)は公定力のことであるとする見解がある68。 公定力とは,行政行為の結果を勝手に私人が否定することを許さない 効力のことである69。この説は,「行政行為の権力性とは結局のところ 公定性のことであり,その実定法的根拠は,行政事件訴訟法が採用し た取消訴訟制度である」とする70。つまり,「行政行為の権力性とは,すべての取消訴訟の排他的管轄というだけの意味に理解しておけば足 りる」という71。
(5 )規律力説を見ていこう。塩野説によると,処分の定義には,一方的 な法効果をもたらすという要素(規律力)があるとする72。注目されて いる理論である73。塩野説では,行政行為の一般的属性として規律力 を認め,ここに行政行為の権力性を見出だす74。民法の法律行為には 一般的属性として規律力はないとする。規律力に明文の規定があるわ けではないが,これを前提として制度が組み立てられているという75。
(6 )ここで,考察してみると,公権力の行使(抗告訴訟)=公定力とす
る(
4
)説は,私見の立場からすると,部分的にしか妥当しない。ま ず,公定力は,「公権力の行使」(抗告訴訟)に接合するのではなく,「処分」(抗告訴訟)のほうに接合していると解するからである。もち ろん,領域
C
には公定力が付いてくるが,領域B
には必ずしも公定力 があるとはいえない(形式的行政処分論も同じ立場である)からであ る。さらに,(
4
)説は循環である76と批判されている。この点,(5
)の 規律力説であれば循環は起きない。規律力の根拠は,それを前提とす る制度であり,行政処分の根拠法令であろう。そして,訴訟の際に,公権力の行使(抗告訴訟)は規律力を捕捉しようとする。これは,い わばセンサーの働きをする(センサーは規律力の法的根拠とならない が,規律力を前提とする)。
もし,(
4
)説を採ると,公権力の行使(抗告訴訟)は公定力を捕捉 するセンサーということになるが,公定力を実体法の中から探し出す こととなる。すると,実体法の中にすでに公定力を持った行政処分と いうものが存することが前提となる。このことが,(4)説の受ける批 判である77。但し,公定力(取消訴訟の排他的管轄)が実定法上見出さ れると解されるならば(不服申立てや取消訴訟で争うことが法定され ている場合,そこには公定力ある行政処分がある)78,それをセンサー がキャッチすることはある。私見では,処分(抗告訴訟)というもう 1つのセンサーによってである。これに捕捉された行政作用は,すで に行政処分であるから,公権力の行使(抗告訴訟)性を云々する必要 はないと解する(思考経済)。その他にも,執行力が公権力の行使(抗告訴訟)センサーで捉えら れるか問題となる。確かに,執行力79は特別の規定がなければ認めら れない行政処分の力である。しかし,執行力も行政処分発見の端緒と して,執行力のある作用は公権力の行使(抗告訴訟)に捉えられると してもよかろう。
このように,公権力の行使(抗告訴訟)は包摂的な概念と解すべき ではなかろうか。とりわけ,公権力の行使(抗告訴訟)の語は,救済 法上のものであるから,ある1つの要素で貫徹する必要がないと考え るのである。
(
7
)規律力説に対しては,民法上にも一方的な法関係の変動をもたらす 意思表示があり,これと区別できないと批判されている80。国公立学 校学生の退学処分は,私立学校学生のそれと同じ性質のものであるに もかかわらず,前者のみを規律として行政処分と位置付けることは筋 が通らないからである。ここに規律力説の困難さが見出されている。これに対する規律力説の再反論は,民事関係における一方的な法関 係の形成は,法律行為の一般的属性ではないのに対して,行政行為は 一般的属性として規律力が語られるというものである81。
この説明を補完する上で,行政処分は私的自治の産物ではないとす る法規創造力説が示唆的に思われる。法規創造力説によると,「行政処 分は,法律行為に類似するものの,法律行為ではない。裁判に類似す るものの,裁判でないことも明らかである」82。古くて新しい理論であ るが83,要するに,行政処分は「法律の法規創造力(法律は,新たな 規範を,公的権威をもって宣言する地位を承認されていること)の発 現形態のひとつ」ということである。私人は私的自治の下,法律行為 を行うのに対して,行政はそれを享受して行政処分を行っているので はないとする。この説は,公権力の発動の正体は,法律の法規創造力 への「期待という心理的なもの」であるとしている84。この点,古く より純粋法学などドイツの思考もまた,行政は司法とともに執行(「一 般的規範を適用して個別的規範を定立する法作用」)に属するとして いる85。また,これは,行政は理論的意義の行政マイナス司法86とする 手島孝説にも通ずると思われる。
このように,公権力の行使(抗告訴訟)の内包として,規律力説 と法規創造力説は相補的なものとして理解可能なように思う87。一方
で,規律力説は行政処分の要素を探求しているのであり,他方で,法 規創造力説は行政処分の根源を探求しているものと解される。
おわりに
本稿のまとめをしておきたい。
公権力の行使(抗告訴訟)の概念は不用とする学説があるが,判例では 積極的意味・消極的意味で利用されており,これを無視することはできな い。また,私見では,この概念に新たな意味を見出す。行訴法3条2項に おいて,公権力の行使(抗告訴訟)と処分は部分的に重なっているのであ り,前者が後者を包摂する概念ではないと解する。こうすることで,行政 処分の定義や分類において,公権力の行使(抗告訴訟)の新たな役割が出 てくるのである。
まず,典型的な行政処分には当たらない行政作用であっても,一方性や 優越性が見出されるならば,公権力の行使(抗告訴訟)に捉えられ,抗告 訴訟の対象とされる場合がある。行政処分性拡大と評される判例のいくつ かは,ここに入ると考える。阿部泰隆氏は,「抗告訴訟の対象となる行為 を,『公権力の行使』なる超不確定概念により定めている」と述べる88。 鋭い指摘である。しかし,不確定であるのは仕方のなかった面がある。救 済のために公権力の行使(抗告訴訟)を活用してきたと理解すれば,不確 定であるがゆえに,行政処分性を肯定することができたと評価できるから である。判例による行政処分性拡大は,実は公権力の行使(抗告訴訟)へ の取り込みでもあったというのが私見である。
また,本来の処分ではないが,不服申立制度の存在などによって,行政 処分性を擬制された行政作用(領域DとE)がある。処分として捉えられ た行政作用に関しては,すでに抗告訴訟の対象であるのだから,公権力の 行使(抗告訴訟)性を探求する必要はない。このように構成すると,形式 的行政処分の構造が明瞭になってくるのである。
さらに,本稿では,「公権力の行使」(抗告訴訟)の概念を再認識した上 で,「公権力の行使」(国賠法)とも連動させ構成してみた。擬制された処 分については,公権力の行使(国賠法)に当たるもの(領域D)と,そう でないもの(領域E)とに分けられる。指定確認検査機関による確認処分
(建築基準法)は後者に位置付けられるものと解する。
もちろん,この点には論争があり,指定確認検査機関の国賠責任を肯 定する学説が多いように見受けられる89。つまり,著者は少数の否定説を 採っている。従って,公権力の行使(抗告訴訟)の連動構成には異論があ ろう。しかし,公権力の行使という語が抗告訴訟と国賠法の両規定で独自 の意味を有していると解するにしても,それぞれの意味を探究しなければ ならないことに変わりはない。また,いずれの法律においても,公権力の 行使の外延ははっきりしていないのである。それならば,同じ文言である ことに鑑み,公権力の行使を同一次元で構成して,例外はその前提下で作 ることも可能と思われる。本稿はそれを試みたのである。
反対に,多数説を採った場合でも,図5の関係図までは共有しあえるの ではないかと考えている。
注
1 例えば,芝池義一『行政法総論講義第4版補訂版』(有斐閣,2006年)125頁,
阿部泰隆『行政法解釈学Ⅱ』(有斐閣,2009年)90頁。
2 東京地判平成25年3月22日
LEX/DB
インターネット文献番号25511700。3 拙稿「指定確認検査機関の賠償責任主体性」京女法学6号26頁以下。
4 この点については,拙稿「指定機関の分類と責任」京女法学7号22頁以下で,
次の仮説を呈示した。指定確認検査機関は,処分権限を行政庁から具体的に委任 されているのではないから,公権力の主体に取り込まれない。その行為は,特別 の法律の規定(不服申立てができるとする規定)によって,行政処分性を付与さ れる。また,単独処分発給型の指定機関は公権力の主体に取り込まれていないか ら,行政処分を行っても,その行為は公権力の行使(抗告訴訟)とは限らない。
確かなのは,行訴法3条2項の「処分」であることだけである。このような公権 力の行使(抗告訴訟)性を確定できない処分には,公権力の行使(国賠法)であ るものと,そうでないものとがあるが,指定確認検査機関は,行政庁から委任を
受けていない点に鑑み,その処分は「国又は公共団体の公権力の行使」(国賠法)
に当たらない。
5 南博方他編『条解行政事件訴訟法第4版補正版』(弘文堂,2014年)35頁(高 橋滋執筆部分)。
6 仲野武志『公権力の行使概念の研究』(有斐閣,2007年),岡田雅夫『行政法学 と公権力の観念』(弘文堂,2007年),岡田正則『国の不法行為責任と公権力の概 念史――国家賠償制度史研究』(弘文堂,2013年)。
7 周作彩「処分性の拡大と行政行為概念の今日的存在意義」法学教室401号26頁。
その他,藤田宙靖『行政法総論』(青林書院,2013年)383頁以下。
8 周・前掲26頁注7)。例として,最判平成24年2月3日民集66巻2号148頁土壌 汚染対策法による土壌汚染状況調査報告義務付け処分取消請求事件。
9 民集18巻8号1809頁。本稿では,最判ごみ焼却場事件の定式とよぶ。
10 民集9巻2号217頁。
11 最判平成元年6月20日民集43巻6号385頁百里基地事件。
12
田中二郎『新版行政法上巻全訂第2版』(弘文堂,1974年)104頁。同様に,芝 池・前掲『総論』122頁。13
もちろん,行政行為と行政処分とは外延が異なり得るが,本稿では捨象して論 を進める。14
整理として,室井敬司「抗告訴訟の対象となる行政処分の範囲」高木光・宇賀 克也編『行政法の争点』(有斐閣,2014年)111頁。15 南他編・前掲37頁。
16 原田尚彦『訴えの利益』
(弘文堂,1973年)140頁。17
大橋洋一『行政法①第2版』(有斐閣,2013年)176頁。撤廃論として,阿部泰 隆『行政法解釈学Ⅰ』(有斐閣,2008年)80頁。18
「3条1項の『公権力の行使』,2項の『行政庁の処分その他公権力の行使』,44条の『行政庁の処分その他公権力の行使』をどのように解釈するか,判例学説
はさまざまに分かれているが,著者は,このような錯綜を解消するためには,ま ず立法者が想定していた『公権力の行使に当たる事実行為』というカテゴリーを 否定する必要があると考える。そしてより一般的に,公権力の行使概念が純化さ れ,行政に認められた特殊な行為形式たる『行政行為』=『行政処分』をなすこ と,又はなさないことの意味に限定して用いられることになれば,抗告訴訟のさ まざまな類型が理論的にすっきりと捉えられることになる。」高木光『行政訴訟 論』(有斐閣,2005年)132頁。19 高橋滋「訴訟類型論」ジュリスト1234号31頁。
20
外の円は,公権力の行使(国賠法)を意味する。なお,高木・前掲『行政訴訟 論』110頁においては,「『行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為』という表現は,『行政処分』が『公権力の行使』の典型例であることを示している」と述 べられている。
21
南他編・前掲41頁。同じく,藤田・前掲『総論』383頁以下も,3条2項の公 権力の行使(抗告訴訟)を補充的に解説している。その他にも,神橋一彦『行政 救済法』(信山社,2012年)92頁以下,園部逸夫編『注解行政事件訴訟法』(有斐 閣,1989年)34頁(山田洋執筆部分)。なお,同法は改正され,「行政庁の処分そ の他公権力の行使に当たる行為」については,行訴法3条2項と同じ構造であ る。22 高木・前掲『行政訴訟論』105頁。
23 参照,法制執務用語研究会『条文の読み方』
(有斐閣,2012年)36頁以下。24
南他編・前掲36頁。もっとも,「1項の『公権力の行使』が民事訴訟を排除す る機能を担わされる場合がある」ともいう。25
例示説と対立する学説として,周・前掲26頁,藤田・前掲『総論』383頁以下。
3条1項の「公権力の行使」は,「処分」をさらに一般化させたものとする説と して,小早川光郎『行政法上』(弘文堂,1999年)269頁。
26 判タ1138号61頁。
27 裁判所時報1533号24頁。
28
判タ645号146頁。「本件射撃訓練及び本件立入禁止措置はいずれも抗告訴訟の 対象となる公権力の行使に当たる行為に該当しないとして,その差止請求に係る 本件訴えをいずれも不適法とした原審の判断は,正当として是認することがで き,原判決に所論の違法はない」と判示された。29 民集35巻10号1369頁。
30 兼子仁『行政争訟法』
(筑摩書房,1973年)273頁。31 藤田宙靖『行政法Ⅰ第3版』
(青林書院,1993年)359頁。32 高木・前掲『行政訴訟論』108頁。
33
雄川一郎の説明では,「本来は非権力的な作用であるはずのものが,法律上,形式的には行政行為として構成されていることがある」とし,「公権力の発動の 実体の随伴しない形式的概念である」と述べられている。ここでは,「非権力的 な」や「公権力の発動の実体の随伴しない」との語が用いられている。雄川一郎
「現代における行政と法」岩波講座『現代法4現代の行政』(岩波書店,1966年)