小説﹁舞姫﹂の指導実践例 一読書感想文を中心にして1
今 瀬 剛 一
はじめに
私は過去二十年の間高等学校で現代国語を教えつづけて
きたものであるが︑森鴎外の﹁舞姫﹂ほどむずかしい教材
に出あったことが無い︒あの古文とも思われるような文語
調の文章は現代の生徒たちにはとても理解し得ない表現で
あろうし︑またあの主入公太田豊太郎の生き方自体も現代
の生徒からみるとかなり縁遠いものであるらしい︒総じて
生徒たちにはいわゆるわからない教材ということになって
しまっている︒しかし反面︑﹁舞姫﹂ほど美しい文体で書か
れている小説はなかなか他に類を見ないであろうし︑豊太
郎の苦悩の中に真の人間の弱さを見ることも事実である︒
そして何よりもエリスの美しい心は時代をこえて人の心を
打つもののようである︒こう考えると何とか﹁舞姫しを生
徒たちに教えたい︒あの美しい文体をあるいは内容を生徒
たちの胸にやきつけたいという思いがわいてくるのである︒
以下︑この不思議な魅力をもつ小説﹁舞姫﹂について︑
その問題点をあらい出しながら.私の日頃の実践例の一端
を述べて御批判をあおぎたい︒
一読後の感想文から見た問題点
私は生徒たちに﹁舞姫﹂を通しての内面化をはかるため に感想文を書かせる方法をとってみた︒一読の段階で書か せた感想文は内容をとらえるという事実さえむずかしい生 徒にとって︑かなり負担であったようであるが︑私にとっ てはそこに生徒たちの問題点をみつけたような気もしてむ しろ好都合でもあった︒生徒の反応は次のようであった︒ なお︑﹁舞姫﹂は⁝読するだけで一時間の時間をも要するの で﹁読む﹂作業は家庭学習として生徒達に課した︒また︑
一読後の感想はむずかしいので︑あらすじや疑問点をでき
るだけ書きぬかせるようにした︒
④内容がほとんど把えられず︑ほとんど何も書けなかっ
た生徒︵クラス四十五人中九章︶
︵例︶この九人の中には登場人物の名前さえはっきりと書
き出せない者もいた︒
②内容は蓄えたがこまかい所へいくとよくわからない部
分のあった生徒︵クラス四十五人中二十九名︶
︵例︶相沢謙吉の友情の理解できなかったもの
エリスの発狂の理のつかめなかった者
豊太郎とエリスの愛の発端を理解できなかった者
③こまかい内容までよく読みとれた生徒
︵クラス四十五人中 七難︶
︵例︶わずかな人数であるが︑この者たちは内容を正しく
把えていたと思う︒本来の学習をスム⁝ズにできる
のはおそらくこの者たちだけであろう︒
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そこで私はまず内容を正しく把握させるために生徒たち
に次のような資料を作成配布した︒
oストーり一の概略を書いたプリント
o内容が一目でわかる登場人物中心の図解
o難語句の意味を書いたプリント
次に生徒たちがあげた疑問点をその主なものだけあげて
みよう︒
(一
j文章の内容がどうしてもわからなかった部分
①﹁なんらの光彩ぞ︑わが目を射んとするは︒なんらの
色沢ぞ︑わが心を迷はさんとするは﹂
②﹁ショ〜ペンハウエルを右にし︑シルレルを左にして
終日兀坐するわが読書の窓下に︑︸輪の名花を咲かせ
てけり︒﹂
③﹁大洋に舵を失ひし舟人が︑はるかなる山を望むがご
ときは︑相沢が余に示したる前途の方針なり︒﹂
④﹁余は明旦︑ロシアに向かひて出発すべし︒従ひて来
べきか︒﹂
⑤﹁いかで命に従はざらむ︒﹂
⑥﹁わが舌人たる任務はたちまちに余を拉し去りて︑青
雲の上に落としたり︒﹂
以上は生徒たちが内容がよくわからないと言ってあげた
部分である︒もっともっと沢山あるのであるが︑その中か
らおもだったものを書きぬいてみた︒④.④.⑤は言葉そ のものや表現にむずかしい所があって理解できなかったの であろう︒②︑③.⑥はそれぞれ比愉的な表現がわかりに くかったようである︒特に②のコ輪の名花﹂の内容がわ からない者が多いのにはおどろかされた︒いずれにしても 生徒たちが疑問点としてあげた点についてはくわしく説明 を加えてやる必要があると思う︒
︵二︶現代から考えてどうしても行動や考え方が理解できな
いと思われるもの︒
④エリスが金に困って泣いていること︒
②豊太郎が出世するためになぜエリスの愛をすてなけれ
ばならなかったのか︒
③なぜ.豊太郎は話方大臣や友人にほんとうの自分の考
え方を説明できなかったのか︒
その他︑生徒たちのあげた疑問点は沢山あるが︑ここに
書きぬいた三点は特に多かった︒これらにみな共通してい
ることは現代社会と鶴外の生活した明治の社会との間の社
会状況や考え方には大きなちがいがあるということである︒
①の問題なども現在の生徒の経済状態ではとても理解でき
ないであろうし.また②なども出世ということ自体が現在
の生徒たちにはわからないことなのではないだろうか︒こ
の辺のことになるとちょっとやそっと説明しても生徒たち
はそう簡単に理解しないであろうし.また︑これ等は内容
を憂える上からいってもテーマと直接つながることなので
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ある︒ ﹁舞姫﹂のむずかしさは古文調の文体もさることな
がら︑とくにこのような時代的背景をどう教えるかにある
と私などは考えてしまうのである︒
感想文のテーマを設定して内容の掘り下げ
各時間ごとに感想文のテ⁝マを次のように設定した︒
切豊太郎の性格をどう思うか︒事への対し方はどうか
ωエリスの考え方態度はどうか︒なぜ発狂したか
㈲相沢謙吉の﹁舞姫﹂における役割について
国豊太郎の自我の覚醒の過程を追ってみる
㈹物語の主題について考える
各テーマはそれぞれ少しずつ主題へ追るためのものであ
るが︑各テーマ別に内容を把えることにより全体の内容を
充分よく理解するためにも効果的であったと思う︒次に各
テーマについてくわしく述べてみたいと思う︒
ωのテーマについて
このテーマに対する生徒たちの反応はとくに男子生徒と女
子生徒で考え方に相違があったのを面白いと思った︒男
性は豊太郎の性格に対して多少なりとも寛容であるのに
対して︑女性はその二重人格的生き方を強いられる豊太
郎に対してかなり亡きびしい意見もあった︒
ところで︑豊太郎の性格︵事への対し方の特徴︶は次
の三か所は少くともとり上げてもらいたいと思った︒
①﹁わが心はかの合歓といふ木の葉に似て︑物触れば縮み て避けんとす⁝⁝中略⁝⁝船の横浜を離れるまでは︑あ つばれ豪傑と思ひし身も.せきあへぬ涙に手巾をぬらし つるをわれながら怪しと思ひしが︑これぞなかなかにわ が本性なりける︒﹂ ②﹁余は守るところを失はじと思ひて︑おのれに敵するも のには抵抗すれども︑友に対していなとはえ答へぬが常 なり︒﹂ ③﹁余はおのれが信じて頼む心を生じたる人に︑卒然もの を問はれたるときは︑咄嵯の間︑その答への範囲をよく も測らず︑直ちにうべなふことあり︒さてうべなひし上 にて︑そのなしがたきに心づきても︑しひて当時の心虚 なりしをおほひ隠し︑耐忍してこれを実行することしば しばなり︒﹂ 生徒たちの感想文から判断するかぎりは①は多くの者が とらえていたが︑わりあい②︑③をとり上げた者がすくな かった︒これでは主題に迫れない︒なお︑これ等の三つの 性格はじつはふかい所︑つまり弱く主体性のないというと ころで共通していることも生徒たちにとらえさせたい︒こ うした性格が結果的に豊太郎に二重人格的態度をとらせる のであるから︑この点の指導はとくに大切である︒ ωのテーマについて 生徒たちの反面はほとんどエリスに同情的であった︒た
だ一︑二の生徒であるが︑その喜目的な恋と男性依存の生
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活態度を批判する者も見られた︒なお﹁発狂﹂の原因をエ
リスの側からのみ考えた者が多かったが︑これは豊太郎の
姿勢と対比的に考えなければほんとうの内容がつかめない
ということは指導する必要があると思った︒エリスの態度
については次の点をとり上げた者が多かった︒
①﹁かれは物語するうちに︑おぼえずわが肩に寄りしが︑
このときふと頭をもたげ︑またはじめてわれを見たるが
ごとく︑恥ぢてわがそばを飛びのきつ︒﹂
②﹁かはゆきひとり子を出しやる母もかくは心を用ゐじ︒
大臣にまみえもやせんと思へばならん︑エリスは病をつ
とあて立ち︑上津神もきはめて白きを選び⁝⁝︒﹂
③露国に滞在中にエリスがよこした手紙の内容︒
その他︑とくにエリスについては母親と比して精神的な
面からとり上げた者も多かった︒
㈲のテーマについて
このテ⁝マはとくにいろいろ面白い感想が多かった︒当
初の予想では男子生徒に賛成者が多く女子生徒に批判的な
者が多く出るだろうと思っていたところが︑結果はまった
く逆であった︒この辺にも現代性がヶかがえるように思っ
た︒なお︑相沢の態度や言葉についてたくさんの疑問が出
されたが︑次の二つはとくに考えるべきであろう︒
①﹁またかの少女との関係は︑よしゃかれに誠ありとも︑
よしや情交は深くなりぬとも︑人材を知りての恋にあら ず︑慣習といふ一種の惰性より生じたる交はりなり⁝⁝︒﹂ ②相沢ははじめからエリスと豊太郎をひきはなすことを考 えている︒日本へもどるときもエリスの同伴を全然考え ていないのはどういう理由なのだろうか︒ これらは時代のちがいということもあろうが︑同時にま た作者鴎外の姿勢のようにも思える︒いずれにしてもこの 疑問にはじゅうぶん答えてやるべきであろう︒ 国のテーマについて 自我はついに覚醒しないでしまうが︑むしろ自我の覚醒 などと言うことがいかにむずかしいかということを考えさ せるべきであろう︒とくに次の所に注意する︒ ①﹁余は父の遺言を守り︑母の教へに従ひ︑人の神童なり など褒むるがうれしさに怠らず学びしときょり︑官長の よき働き手を得たりと励ますが喜ばしさにたゆみなく勤 めし時までただ所動的︑器械的人物になりてみつから悟 らざりしが︑⁝中略⁝奥深く潜みたりしまことのわれは︑ やうやう表にあらはれて︑昨日までのわれならぬわれを 攻むるに似たり︒﹂ ②﹁ああ︑ドイツに来し初めに︑みつからわが本領を悟り きと思ひて︑また器械的人物とはならじと誓ひしが︑こ は足を縛して放たれし鳥の︑しばし羽を動かして自由を 得たりと誇りしにあらずや︒﹂
①は自我の覚醒かに思ったものなのであろうが︑実は単
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なる母や官長への反発にすぎなかった︒いわば擬似自我覚
醒というべきもの︒しかもこの意識がエリスへ接近する動
機となり︑はては悲しい結果へむずびつくことも注意した
い︒そして︑もがいてももがいても自己脱皮できない悲し
さ②の内容を充分考えさせるべきであろう︒此の辺のこと
になると生徒たちの反応もきわめてすくなかった︒
㈹のテーマについて
物語の主題として生徒たちがあげたもののうち︑特に多
かったものを次にあげてみよう︒
①エリスという一人の女性を発狂させた男の考え方とその
生き方︒
②太田豊太郎が自分のこれまでの生き方に疑問をもち外国
の女性との恋愛におちいる︒しかし︑結局は相手の女性
に多大の犠牲をしい︑自分も傷ついてしまう︒
③外国で自由の気風にふれた一人の青年が人間愛の精神に
めざめるが︑結局はその人間愛は栄達の心と望郷の念の
ためにふみにじられてしまう︒
④エリスのひたすら豊太郎につくす立派な女心︒
⑤豊太郎の恋愛と仕事を両立させられないなやみ︒
これらは生徒たちの感想文の内容から比較的多いものを
私がまとめたものである︒②︑③あたりを中心にして感想
文をまとめた者は作品をよく理解した者と思っていいので
はないだろうか︒反面︑④︑⑤あたりを中心に感想文をま とめている者もいたが︑これ等の者は理解不足と考える他 はあるまい︒いずれにしてもこのテーマは前述の①〜④ま でのテーマの上に立つものであり︑﹁舞姫﹂の主題に迫る大 切なものであるので充分注意して指導したい︒ 効果的な授業の形態 ﹁舞姫﹂を学習する際の授業の形態は︑一斉学習︑班別 学習︑課題学習などいろいろ考えられようが︑私はこの三 つの学習を併用する方法をとった︒次にそれを指導計画の 中で追ってみたいと思う︒ 私の担当している生徒たちは能力的には中程度であるが
﹁舞姫﹂の内容︑時代背景をすぐに理解できる生徒たちば
かりではない︒したがって内容を充分理解させるためにも
時間はやや多めに全体で九時間ほど予定してみた︒
第一時
〜 第三時
第四時 一読後の感想︵物語のあらすじでもよい︶を書 いて作品の全体の概略を考える︒ ここで内容や表現語句のはっきりしない部分を 確実に理解させた︒授業形態は一斉指導の形態 をとって︑作者森鴎外や当時の社会背景につい ても説明を加えた︒
前述㈲の感想文を書かせた︒特に前に述べた三
つの部分を指摘して感想文を書かせた後に話し
あいをさせた︒班別に話しあいをさせ︑それを
後に班の意見として代表に発表させた︒内容は
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第五時
第六時 第七時
第八面 繋九時 前述のとおりである︒ テーマωについて感想文を書いて考える︒ 感想文を書き終わったあと︑班別に同じ内容で 討議をさせたい︒ テーマ働について感想文を書いて考える︒ 感想文を書きおわったあと︑班別に討議をさせ さらにその討議の内容についてそれぞれ発表さ せたい︒ テーマ国について感想文をまとめてみる︒やは り班別に討議をさせて︑内容についてはそれぞ れの班の代表に発表させたい︒ この時間はまとめとして次のことをしたい︒ ①﹁舞姫﹂の文学史的意義を考える︒ ②明治二十年代の鴎外の功績について考えてみ る︒ ③社会思想史上︑文明論的側面における﹁舞姫﹂ 鴎外の影響について考える︒ ④﹁舞姫﹂のもつ文学性について考えて︑まと める︒ この時間は一斉授業の形態で︑教師の講義を中 心に︑話しあいをまじえながら進めていきたい︒
最終授業としてテーマ囲について感想文を書か
せ︑ ﹁舞姫﹂の主題に迫るようにもっていきた い︒此の際の感想文は後に文集としてまとめる ものであるから︑時間をかけてゆっくりと書か せるようにしたい︒ まとめ 私がここにまとめた﹁感想文を中心とした舞姫の授業﹂ はあくまでも私のこれまでの実践の一つの例にすぎない︒ したがって︑私自身これが︸番いいと思っているわけでも ないし︑またこれを他の人にすすめようと思う気持など毛 頭ない︒たゴあのわかりにくい一つの教材﹁舞姫﹂という ものを生徒が主体となってまとあていくためには一つのい い方法であると思うし︑今後も私は折にふれてこうした方 法を国語の授業のなかにとり入れていきたいとは思ってい る︒そうした点から此の方法のよかった点︑悪かった点を 二︑三あげてこの文章のむすびとしたい︒ よかった点 ④授業が生徒主体に︑考えながら次第に内容をほり下げて できたと思う︒ ②生徒たちの態度がたいへん意欲的だった︒最後の感想文 はまとめて一冊の本にしたほどである︒ ③生徒の能力に癒じた﹁舞姫﹂の学習ができたように思う︒ わるかった点 ①理解させるべき内容にややおろそかになった点がある︒
②﹁まとめしがやや粗雑であったかも知れない︒
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