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インフルエンザ菌の薬剤耐性と抗菌薬治療に関する研究

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インフルエンザ菌の薬剤耐性と抗菌薬治療に関する研究

インフルエンザ菌 (Haemophilus influenzae) は、幼小児の鼻咽頭の主要な常在菌として知ら れている。一方で、中耳炎、副鼻腔炎などの感覚器感染症や気管支炎などの下気道感染症、 肺炎、さらに髄膜炎などの起炎菌ともなる。本菌の感染症治療には、主に-ラクタム系薬が使 用されるが、その耐性菌である-lactamase-producing ampicillin-resistant H. influenzae (BLPAR) と-lactamase-non-producing ampicillin-resistant H. influenzae (BLNAR) がすでに出現している。

特に、日本ではBLNAR の割合が多い。BLNAR の耐性機序は、-ラクタム系薬の標的部位で あるペニシリン結合タンパク(PBP) のアミノ酸置換による薬剤親和性の低下であるため、ペ ニシリン系のみならずセフェム系薬などにも低感受性を示す。そのため、BLNAR による感染 症には、マクロライド系薬やキノロン系薬が代替薬として使用されている。 マクロライドやキノロン系薬については、2009 年に azithromycin 小児用細粒が上市され、 2011 年には小児呼吸器感染症に使用できる唯一のレスピラトリーキノロンである tosufloxacin が上市されている。抗菌薬の使用量と耐性菌の出現・拡散は、密接に関連しているため、新 規抗菌薬導入に伴い、インフルエンザ菌の薬剤感受性が変化している可能性がある。 そこで、本研究では、地域急性期病院である横浜労災病院 (以下当院) において検出され たインフルエンザ菌の抗菌薬感受性を評価し、分離した抗菌薬低感受性株や耐性株の患者背 景等により抗菌薬の治療効果を解析した。 第1 章: 急性期病院におけるインフルエンザ菌臨床分離株の薬剤感受性の推移 当院におけるインフルエンザ菌の薬剤感受性の経年変化を明らかにすることを目的とし、 2017 年に分離されたインフルエンザ菌 (n = 57) の薬剤感受性及び菌株の遺伝学的背景を解 析した。さらに、2007 年に当院で実施された感受性試験の成績との比較を行った (Table 1)。 その結果、ampicillin に対する感受性率は減少傾向を示した。そこで、ampicillin に対する耐性 メカニズムを解析したところ、PBP3 に変異を持つ BLNAR の割合が 64.9%と最も多かった。 また、-ラクタマーゼ産生菌が有意に増加していた (P = 0.03)。さらに、-ラクタム系薬以外 の抗菌薬では、clarithromycin 感受性株が有意に減少していた (P = 0.001)。キノロン系薬に対 しては、全ての株が感受性を示した。しかし、感受性基準株と比較したところ、感受性が8 か ら32 倍に低下した低感受性株が 4 株認められた。これら低感受性株は、全てキノロン系薬の

標的部位であるDNA gyrase サブユニット GyrA にアミノ酸置換を有していた。さらに、2 株

は DNA topoisomerase IV のサブユニット ParC にも置換を有していた。これら低感受性株は、

全てBLNAR であった。遺伝学的背景の解析として、multilocus sequence typing (MLST) を行

ったところ、57 株の臨床分離株は 26 種の sequence type (ST) に分類され、多様性に富んでい

ることが明らかとなった。加えて、マクロライド耐性株ならびにキノロン低感受性株のST を

比較すると、全て異なる遺伝学的背景を示した。

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株の拡散ではなく独立して耐性変異を獲得したことが示唆された。

2 章: 急性副鼻腔炎患者から分離された外来耐性遺伝子獲得型インフルエンザ菌の解析

第1 章の疫学解析において、clarithromycin および azithromycin の最小発育阻止濃度 (MIC)

がそれぞれ64 g/mL、16 g/mL と、他の耐性株と比較し高度耐性を示す株 (2017-Y3 株) が 認められた。そこで、その菌株及び患者背景を解析した。各種耐性遺伝子の有無をPCR 法 で検討したころ、本菌株は外来遺伝子である-ラクタマーゼをコードする blaTEM-1、マクロ ライド排出ポンプをコードするmef(A)、テトラサイクリン耐性遺伝子 tet(M) を保有してい ることが明らかとなった (Table 2)。これらの遺伝子ならびにその周辺領域の塩基配列を解析 し相同性検索を行ったところ、mef(A) および tet(M) の周辺領域は肺炎球菌や口腔内レンサ 球菌の遺伝子群と99%以上の相同性を示した。この菌株が分離された症例を解析したとこ ろ、5 歳の基礎疾患を持たない女児の急性副鼻腔炎症例であった。本患者からは、本菌株の 他に肺炎球菌も分離されていた。本研究では、この肺炎球菌の解析を行うことができなかっ たが、当院内での感受性検査では、マクロライドならびにテトラサイクリン系薬に耐性、 quinupristin/dalfoprististin に感受性を示した。この表現型は、肺炎球菌における、mef(A) お よびtet(M) 保持株の表現型と一致している。以上のことから、2017-Y3 株における mef(A)

およびtet(M) は、共存する肺炎球菌などから、種間を超えてインフルエンザ菌に水平伝播 した可能性が強く示唆された。 一般的に、多剤耐性菌は、抗菌薬曝露が多い患者から分離されることが多い。しかし、本 症例は過去に過度な抗菌薬曝露が確認されていない小児外来患者であることから、このよう な多剤耐性株が今後さらに出現し、拡大しうることが強く示唆された。また、過去にも、イ ンフルエンザ菌で同様の外来性耐性遺伝子を有する株が分離されているが、この株は、1 例目 とは地理的に異なる環境の病院から分離されており、遺伝子型 (ST) も異なる株であった。す

Table 1. Antimicrobial susceptibilities of Haemophilus influenzae clinical isolates

S% S%

Ampicillin 4 / 8 0.25 - 8 25.0 16 / ≥64 0.25 - ≥64 8.8 Ampicillin / sulbactam - / - - - 8 / 16 0.25 - 32 21.1

Amoxicillin - / - - - 8 / ≥64 0.5 - ≥64

-Amoxicillin / clavulanic acid 8 / 16 0.5 - 16 37.5 4 / 16 0.25 - 16 52.6 Ceftriaxone 0.25 / 0.25 ≤0.063 - 0.25 100 0.125 / 0.25 ≤0.063 - 0.5 100 Cefotaxime 1 / 2 ≤0.063 - 2 100 0.5 / 2 ≤0.063 - 4 94.7 Cefcapene 1 / 2 ≤0.063 - 4 - 2 / 8 ≤0.063 - 8 -Cefditoren 0.25 / 0.25 ≤0.063 - 0.5 - 0.25 / 0.5 ≤0.063 - 1 -Meropenem 0.125 / 0.5 ≤0.063 - 1 93.8 0.25 / 0.5 ≤0.063 - 1 96.5 Tebipenem - / - - - 0.5 / 1 ≤0.063 - 2 -Clarithromycin 8 / 8 4 - 8 100 8 / 32 2 - ≥64 57.9 Azithromycin 1 / 2 0.5 - 2 100 1 / 2 0.5 - 16 96.5 Levofloxacin ≤0.063 / ≤0.063 100 0.016 / 0.032 0.004 - 1 100 Tosufloxacin - / - - - 0.008 / 0.016 0.004 - ≥2 -Moxifloxacin - / - - - 0.016 / 0.063 0.008 - 1 100 S%, percentage of susceptible isolates; ‐, no data or breakpoint was not defined.

MIC50/90, minimum inhibitory concentrations for inhibiting the growth of 50%/90% of the isolates ≤0.063

Agent 2007 (n = 16) 2017 (n = 57)

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Fig. 1. Time-kill kinetic assay of quinolone low-susceptible Haemophilus influenzae LOD, the limit of detection, 20 CFU/mL; A, ATCC49247 (Susceptible); B, 2017-Y11 (low-susceptible); CFU, colony forming unit

なわち、日本において単一の株が拡散している訳ではなく、新たに生じた株であることが強 く示唆された。 3 章: キノロン低感受性インフルエンザ菌に対する tosufloxacin の抗菌効果 第 1 章で、当院においてキノロン低感受性株が新たに出現していることを見出した。これ らは、小児から分離されていることから、小児で使用されるキノロン系抗菌薬である tosufloxacin の低感受性株に対する臨床的な抗菌効果を検討した。Tosufloxacin の小児投与量 (6 mg/kg) における最高血中濃度 (Cmax) は 1 g/mL である。そのため、Cmax、1/2 Cmax

のtosufloxacin 存在下で、残存菌数の変化を経時的に測定した (Fig. 1)。その結果、感受性株 は1/2 Cmax でも 6 時間で検出限界以下まで殺菌されたのに対し、低感受性株は 8 時間後でも 残存が認められた。すなわち、低感受性株は、tosufloxacin 治療に抵抗性を示す可能性が示唆 された。 そこで、2017 年と 2018 年に当院でインフルエンザ菌が分離された症例の背景を後方視的 に解析したところ、初期治療として市中クリニックでtosufloxacin 内服薬が使用され、治療効 果が得られず当院に紹介となった症例が 2 例あることを見出した。いずれも、呼吸器感染症

の原因ウイルスである respiratory syncytial virus や human metapneumovirus の迅速診断は陰性

であり、分離されたインフルエンザ菌が下気道感染症の起炎菌であると推定された。次いで、 これらの症例と分離株について詳細な解析を行った。この症例から分離されたインフルエン ザ菌 (2018-Y34、2018-Y40 株) の感受性を測定したところ、いずれもキノロン標的領域にア ミノ酸置換を有する低感受性株であった (Table 3)。2 症例とも肺炎、気管支炎の症例であり、 いずれも-ラクタム系薬に変更後軽快していた。この結果は、キノロン低感受性株が、 AMX/ CVA S385T N526K

None V189I None

AMP, ampicillin; AMX/CVA, amoxicillin/clavulanic acid; CDN, cefditoren; CTX, cefotaxime; CLR, clarithromycin; AZM, azithromycin; LVX, levofloxacin; MIN, minocycline; PBP3, penicillin-binding protein 3; a, Compared to Haemophilis influenzae Rd; b, This factor would not be transcribed successfully because of a frameshift mutation

16 0.016 0.063 blaT EM-1 mef (A) tet (M)b

AcrR L4 L22

2017-Y3 1658 32 2/1 0.125 0.5 64

LVX MIN -lactam Macrolide Tetracycline PBP3 Strain ST

MIC (g/mL) Resistant gene Amino acid substitutiona AMP CDN CTX CLR AZM

Table 2. Antimicrobial susceptibility and molecular characteristics of Haemophilus influenzae 2017-Y3

LOD Tosufloxacin concentration 0 2 4 6 8 10 12 0 2 4 6 8 0 2 4 6 8 10 12 0 2 4 6 8

ATCC49247 (Control) 2017-Y11 (quinolone low-susceptible)

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tosufloxacin 治療に抵抗性があることを裏付けていると考えられる。すなわち、キノロン低感 受性株へのtosufloxacin の使用は、効果が期待できないことに加え、耐性菌化を誘導する可能 性がある。通常、キノロン低感受性株は日本国内の多くの病院内で行われる感受性検査基準 では感受性と判定されてしまう。そのため、臨床的にはほとんど評価されてこなかった。以 上のことから、tosufloxacin 等の広域スペクトルの抗菌薬を使用する際には、キノロン低感受 性インフルエンザ菌株の存在を考慮しなければならないと考える。本研究ならびに本症例の 解析結果は、小児領域におけるキノロン系抗菌薬適正使用の重要性を示している。 総括

薬剤耐性 (antimicrobial resistance, AMR) は、世界的に深刻な問題となっており、早急な対 策が必要不可欠である。特に、セフェム、キノロン及びマクロライド系薬等の広域スペクト ル抗菌薬の不適切な使用は、AMR の一因となることが示されており、慎重な使用が求められ ている。本研究では、小児市中感染症起炎菌であるインフルエンザ菌を対象として、感受性 動向の調査ならびに低感受性菌に対する抗菌薬の薬効解析を行った。その結果、-ラクタム 系薬だけでなく、キノロンやマクロライド系薬に対する低感受性株や耐性株が増加している ことを明らかにした。このうち、キノロンについては、臨床ではすべて感受性と判定されて いるにもかかわらず、水面下で低感受性化が進んでいることを示した。また、これらの株は、 抗菌薬治療に対して治療抵抗性を示す可能性があることを基礎的ならびに臨床的観点から明 らかにした。以上のことは、キノロン低感受性株について、現在使用しているキノロン系薬 のブレイクポイントの再考ならびに全国規模でのサーベイランスの必要性を示している。抗

菌薬適正使用に関する取り組みは、近年antimicrobial stewardship program (ASP) として周知さ

れている。AMR 対策として ASP の実践は必要不可欠であり、薬剤師は ASP の中心メンバー

として抗菌薬適正使用に貢献する必要がある。本研究成果は、AMR を防ぐ観点から広域スペ

クトル抗菌薬を漫然と投与することを避け、適切なde-escalation を推奨する必要性に加え、抗

菌薬使用開始後の有効性評価を含めた抗菌薬適正使用が重要であることを示している。 【研究成果の掲載誌】

(1) J Infect Chemother 25, 385-387 (2019), (2) J Global Antimicrob Resist 18, 104-108 (2019), (3) 医療薬学, in press.

Table 3 Antimicrobial susceptibility of two quinolone low-susceptible Hamophilus influenzae isolates

AMP AMC CRO CTX MEM CLR AZM LVX TFX MFX NOR GyrA ParC 2018-Y34 8 16 0.25 1 0.5 16 2 0.5 2 2 >2 Ser84Leu Ser84Ile 2018-Y40 8 16 0.25 2 0.5 16 2 0.5 2 2 >2 Ser84Leu Ser84Ile MIC (μg/mL) Amino acid substitution

AMP, ampicillin; AMC, amoxicillin/clavulanic acid; CRO, ceftriaxone; CTX, cefotaxime; MEM, meropenem; CLR, clarithromycin; AZM, azithromycin; LVX, levofloxacin; TFX, tosufloxacin; MFX, moxifloxacin; NOR, norfloxacin

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論文審査の結果の要旨 インフルエンザ菌 (Haemophilus influenzae) は、幼小児の鼻咽頭の主要な常在菌であるが、中耳 炎、副鼻腔炎、肺炎や髄膜炎などの起炎菌ともなる。本菌の感染症治療には、主に-ラクタム系 薬が使用されるが、その耐性菌がすでに出現している。-ラクタム系薬耐性菌による感染症には、 マクロライド系薬やキノロン系薬が代替薬として使用されている。マクロライドやキノロン系薬 については、近年、アジスロマイシン(AZM)やレスピラトリーキノロンであるトスフロキサシ ン(TFLX)が小児用抗菌薬として上市されている。抗菌薬の使用量と耐性菌の出現・拡散は、密 接に関連しているため、新規抗菌薬導入に伴い、インフルエンザ菌の薬剤感受性が変化している 可能性がある。そこで、本研究では、申請者が勤務する横浜労災病院 (以下当院) において検出さ れたインフルエンザ菌の抗菌薬感受性を評価し、分離した抗菌薬低感受性株や耐性株の患者背景 等により抗菌薬の治療効果を解析した。 第 1 章では、2017 年に分離されたインフルエンザ菌 (n = 57) の薬剤感受性及び菌株の遺伝学的 背景を解析し、2007 年のデータと比較した。その結果、-ラクタム系薬耐性菌の増加が認められ た。さらに、-ラクタム系薬以外の抗菌薬では、クラリスロマイシン(CAM)感受性株が減少し ていた。キノロン系薬では、全ての株が感受性を示したが、感受性が 8 から 32 倍に低下した低感 受性株が 4 株認められた。これらの低感受性株は、全てキノロン系薬の標的領域にアミノ酸置換 を伴う変異が認められた。さらに、これら低感受性株は全て β-ラクタム系薬耐性を示す多剤耐性 菌であった。遺伝学的背景を解析したところ、多様性に富んでいた。従って、近年のインフルエ ンザ菌は、多種の抗菌薬に対する感受性が低下しつつあり、特定菌株の拡散ではなく独立して耐 性変異を獲得したことが示唆された。第 2 章では、第 1 章で分離したマクロライド系薬に高度耐 性を示す株 (2017-Y3)の特徴及び患者背景を解析した。本菌株は外来遺伝子である-ラクタマ

ーゼをコードする blaTEM-1、マクロライド排出ポンプをコードする mef(A)、テトラサイクリン耐性

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ら、起炎菌として分離されたインフルエンザ菌はいずれもキノロン標的領域にアミノ酸置換を有 する低感受性株であった。本 2 症例は-ラクタム系薬に処方変更後軽快していた。この結果は、 キノロン低感受性株が、トスフロキサシン治療に抵抗性があることに加え、安易なトスフロキサ シンの使用は耐性菌化を誘導する可能性があることを示唆している。

Table 1. Antimicrobial susceptibilities of Haemophilus influenzae clinical isolates
Fig. 1. Time-kill kinetic assay of quinolone low-susceptible Haemophilus influenzae     LOD, the limit of detection, 20 CFU/mL; A, ATCC49247 (Susceptible); B, 2017-Y11    (low-susceptible); CFU, colony forming unit
Table 3 Antimicrobial susceptibility of two quinolone low-susceptible Hamophilus influenzae isolates

参照

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