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目 次 0. はじめに 2 1. 先 行 研 究 主 な 要 素 現 代 クメール 語 の 呼 称 詞 に 関 する 先 行 研 究 坂 本 (1972) 岡 田 (1992) 三 人 称 代 名 詞 についての 先 行

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(1)

現代クメール語の三人称代名詞

平成 21 年1月提出

外国語学部 カンボジア語専攻

言語・情報コース

(2)

1

目次

0. はじめに

2

1. 先行研究

3

1.1. 主な要素

3

1.2. 現代クメール語の呼称詞に関する先行研究

5

1.2.1. 坂本(1972)

5

1.2.2. 岡田(1992)

7

1.3. 三人称代名詞についての先行研究

8

1.3.1. 坂本(2001)、(1988)

8

1.3.2. Huffman(1970)

9

1.3.3. Jacob(1968)

9

1.3.4. Khin(1999)

9

1.4. 他言語の三人称代名詞についての先行研究

9

2. 原則

10

2.1. 出現する三人称代名詞

10

2.2. 三人称代名詞の選択基準

12

2.2.1. 「話し手」、「聞き手」、「第三者」の関係

12

2.3. 三人称代名詞の原則

12

2.3.1. 親族間

13

2.3.2. 非親族間

16

3. 原則に従わない場合

20

3.1. 身分の差

20

3.2. 話し手-第三者の親疎関係・感情

21

3.3. 女性らしさ(結婚適齢期)

21

4. その他の用法

24

4.1 噂話の/kèe/

24

4.2. 夫婦の場合

26

4.3. /puok/「~たち」

27

4.4. 三人称代名詞+指示詞

29

4.5. 三人称代名詞と名詞+三人称代名詞

30

4.6. 二人称詞としての/kɔət/

32

5. おわりに

32

参考文献

35

付録

(3)

2

0. はじめに

クメール語も日本語と同様に敬語を用いるが、クメール語の「敬語」は動詞よりも人称

1

によって表わされると考えられるため、適切な人称詞を選ぶことが必要とされる。人称

詞の選択には、自己(話し手)と聞き手との関係、会話で言及される第三者との関係が考

慮される。

坂本(1972)によれば、クメール語の親族呼称を選択する際には世代、年齢、性別が三大

要素となって考慮され、世代、年齢、性別の順に優先される。また話し手と聞き手、第三

者との親密さを表すために、非親族であっても親族名称が転用されることが多い。親族呼

称以外の呼称については岡田(1992)に詳しく、親族間では世代と年齢が、非親族間では実

年齢が考慮すべき要素とされている。しかし先行研究中では主に一人称と二人称が扱われ

ており、三人称についての言及は皆無に等しい。

系統は異なるが、同じ東南アジア地域に話者人口の多いタイ語とラオ語でも非親族間で

親族呼称を転用し、さらに人称詞の選択には親疎関係が影響する。とくにラオ語では、目

上(上位者)については失礼に当たるため三人称代名詞を用いない、とされている。しか

しながらタイ語の研究(三上 1981)でもラオ語の研究(鈴木 2007)でも、人称代名詞の中

でも一人称、二人称についての考察が中心で、三人称についての言及は少ない。

クメール語の三人称代名詞にはどのようなものがあるのだろうか。先行研究で三人称代

名詞を独立した項目として説明しているものは、Khin(1999)と坂本(1988)である。両者が

共通して挙げている語もあるが、全体としては三人称代名詞として挙げられている語の数

も説明も異なる。また、坂本(2001)、Huffman(1970)、Jacob(1968)は、入門書という性質

もあるが、巻末の索引でそれぞれの語に辞書的な説明がなされているのみである。即ち、

三人称代名詞の種類について明確にされてはいない。

さらに、三人称代名詞の選択基準も明らかではない。

「尊敬的代名詞」や「ぞんざいな代名

詞」(坂本 1988)という定義はあるものの、明確な選択基準は示されておらず、親疎関係で

どのように用法が変わるのか、についての説明もない。

以上に示したとおり、クメール語の三人称代名詞にはどのようなものがあるのか、三人

称代名詞の選択基準は何か、はまだ明確にされていない。そこで本稿では、三人称代名詞

の選択基準、用法を明らかにし、三人称代名詞の体系を示すこと、の2点を研究の目的と

する。

なお、本稿では、岡田(1992)を参考に、文学作品

2

から例文を集め、分析したが、現代小

説の会話文からのみ三人称代名詞を抽出し、叙述部分は扱わなかった。個人名、親族呼称、

1人称詞とは、自己や会話をする相手、会話に登場する第三者を呼ぶ語のことである。人称詞の中には名前、 親族名称、親族呼称、職業名称、人称代名詞などがある。 2出所に4~6ケタの番号がついているものは、東京外国語大学カンボジア語専攻のデータベースを使用さ せていただいた。なお、それぞれの小説の特徴やあらすじについては付録を参照。

(4)

3

役割名称は三人称代名詞として扱わない。また、再帰代名詞

/kluon/

3

とゼロ代名詞

4

につい

ても、それらを扱うと対象が膨大になりすぎること、それぞれを見分けることがそもそも

難しいことから、本稿では三人称代名詞として扱わなかった。以下、出所の示されていな

い例はすべてインフォーマント

5

から得た例である。例の音韻表記は坂本(1988)に従い、先

行研究からの引用も、本稿に掲載するに当たり表記を統一した。

1. 先行研究

1.1. 主な要素

本稿で扱う用語を主に坂本(1972)と岡田(1992)をもとに以下に定義する。

「三人称代名詞」とは、名前や職業名詞や親族名称などを用いずに第三者を指すための

語のことである。日本語でいう「彼」「彼女」「彼ら」「あいつ」「あの方」などの語のこと

である。クメール語の三人称代名詞には尊敬的なもの、侮蔑的なものなど、第三者によっ

て、いくつかある三人称代名詞を使い分けなければならない。

「親族名称」とは、親族の中でその人は自分から見て何に当たるか、と説明するときの

呼び方である。いっぽう親族呼称とは、親族の中のある人を、自己が呼ぶときの名前のこ

とである。「私の従兄(いとこ)です」と言うときの「従兄」は親族名称だが、「お兄ちゃ

ん、遊びに行こうよ」と従兄に話しかけるときの「お兄ちゃん」は親族呼称である。

クメール語では一人称、二人称、三人称で親族間・非親族間に関わらず広範に親族呼称

を用いる。非親族間では親族呼称を用いることにより親近感や尊敬の意を表すことができ

る。この「親族呼称の転用」はクメール語以外にタイ語やラオ語、日本語にみることがで

3再帰代名詞/kluon/の先行詞はどのように特定されるのかについて述べた岡田(1995)は、/kluon/が単文 あるいは主節にある場合、副詞節にある場合、名詞修飾節にある場合、補文にある場合の4つの場合に分 け、それぞれで先行詞はどこにあるのか、例を挙げて分析している。すべての場合で、先行詞は先行する 文または節の主語である。しかし/kluon/が名詞修飾節の一部である場合には例外的に先行する文・節の 主語以外も先行詞となりうる。その場合、文脈で先行詞を判断する。分析の中で多くの例が挙げられてお り、その中では/kluon/の先行詞は老若男女を選ばないということがわかる。強いて言えば、/kluon/が三 人称代名詞の代わりに用いられるのは、先行詞が人の名前であり、先行詞のある文・節を際立たせたい場 合に用いられているようである。また所有関係を明確に示すことができるようである。 4ゼロ代名詞の先行詞はどのように特定されるのかについて述べた岡田(1994)は、主語でも補語でもゼロ代 名詞の先行詞となれるということを証明し、また同じ構造の文でも動詞や副詞句を変えることでゼロ代名 詞の先行詞が変わるということを証明している。そこから、クメール語のゼロ代名詞は統語的な規則から ではなく、言語外の要素から特定されるという結論を導き出している。その後、先行詞があいまいである 文を例に挙げ、その先行詞はクメール語の話し手/聞き手の「常識」や文脈などの、言語外の要素から判 断されるという結論を補強している。/kluon/と同様、ゼロ代名詞も老若男女を問わず先行詞にすること ができる。ゼロ代名詞を用いる場合と用いない場合には何か基準があるのかについての分析は、ここでは なされていない。

5 インフォーマントとして、Samreth Sothea 氏と Sea Lida 氏にご協力いただいた。Sothea 氏は 1973 年、

カンボジア王国コンポンチャム州に生まれ、1980 年にプノンペン市へ移住した。1994 年から王立プノンペ ン大学で文学部で教鞭を執る。2003 年にフランスへ2ヶ月間留学したほか、2008 年4月から来日中。Lida 氏は 1985 年、カンボジア王国プノンペン市に生まれた。交換派遣留学生として1年間日本に留学したほか、 2007 年 10 月より来日中。

(5)

4

きる。

自己の「世代」を同世代、自己の親の世代以上の世代を上の世代、自己の子ども以下の

世代を下の世代と認識する。クメール社会では親族名称・呼称を選択する際、年齢や性別

よりも一番に世代を重視する。話し手の年齢が相手もしくは話題にしている第三者より年

上だとしても世代が下であれば目下の者として、その世代にあった名称・呼称を選択しな

ければならない。結婚した当事者同士は同世代と見なされる。三人称代名詞については世

代や年齢がどのように関係しているのか、またはしていないのか、坂本(1972)での言及は

ない。

同世代間では「年齢」が考慮される。相手や第三者の年齢がはっきりとわからない場合

にはその人に対して年上のほうの親族名称を用いる。例えば、年齢がはっきりしない同世

代の相手に対しては「お姉さん」または「お兄さん」と呼びかける

6

。坂本(1972)によれば、

目上の者に対して二人称に代名詞を使うことはないが、「あなた」という意味で同年代の相

手に二人称として尊敬的三人称代名詞

/kɔət/が用いられることがある

7

「男女差」については、クメール社会では男性のほうが女性よりも上位とされる(坂本

1972)。

「上位者・下位者・同等」については、自己よりも相手もしくは第三者の立場が上位か

下位か、同等を判断することはクメール語の呼称詞選択において重要である。立場を判断

する際に考慮されるのは世代・年齢・性別で、前から順に優勢である。クメール語では親

族呼称を選択する際、まずは自己より世代が上か下か同世代かを判断し、同世代ならば自

己よりも年上か年下か同年齢かを判断し、同年齢ならば相手の性別をみるのである。本稿

では自己よりも上位の人を上位者、下位の人を下位者、同じ立場の人を同等、と呼ぶこと

とする。

「年長者・同年代・年少者」については、上位者・下位者・同等とは異なり、年齢のみ

が考慮されたときの呼び方とする。

「同年代」は同年齢の人だけでなく、2~3歳年長、年

少の人も含めた範囲を指す。

「血縁関係」については、血縁関係がなくても親族名称が広く名称または呼称として使

われている。親族間では三人称代名詞

/kɔət/、/kèe/を使うことはほとんどないが、姻族間

で用いる。義理の息子のことは

/kɔət/と言うが義理の娘のことはそう言わない。配偶者間

では妻が目上の人に夫のことを話すときには

/kèe/を使うことがあり、まれに/kɔət/を用い

ることもある。一方夫は妻を

/kèe/と呼ぶことがあるが/kɔət/は用いない。

「敬意」については、日本語に敬語や侮蔑的な言葉遣いがあるのと同じように、クメー

ル語にも敬語や侮蔑的な言葉遣いがある。クメール語は尊敬的な動詞もあるが、どちらか

といえば名詞で敬語をつくる言語だといえる。名詞で敬語をつくる、とは、上位者の名前

6 坂本(1972)によれば、クメール語では非親族に対しても親族呼称を転用する。 7 坂本(2001)では「※ /kɔət ʔaeŋ/ ①あなた ②彼.彼女(/kɔət/より親しみがあり、従って親しくない 人に対して使うと乱暴)」という記述がある。

(6)

5

や職業名詞を何度も呼ぶ、目上の親族呼称で相手や第三者をよぶ、といった方法がある。

三人称代名詞についていえば、クメール語の三人称代名詞は尊敬度によって使い分けら

れていると先行研究では示されている。第三者の呼称を選択するとき、親族名称では話し

手と聞き手のうち目下の者が基準になる。また、親族名称や名前、親族名称+名前、職業

名称、職業名称+名前と比べ、三人称代名詞を用いる場合にはそれは失礼になるのかとい

った言及もない。

「結婚適齢期」については、話し手が結婚適齢期である場合、三人称代名詞の選択に影

響がある。結婚適齢期とは 10 代後半から 20 代のあいだを指す。

1.2. 現代クメール語の呼称詞に関する先行研究

現代クメール語の呼称詞に関しては坂本(1972)と岡田(1992)が詳しい。坂本(1972)は親

族名称と呼称の体系を詳しく明らかにしている、岡田(1992)は呼称詞の中の一人称と二人

称の用法の原則について述べている。坂本(1972)では非親族間について述べる際にも職業

や地位を考慮に入れていなかったが、岡田(1992)では職業を考慮した場合についても論じ

ている。

坂本(1972)では、親族呼称の選択では世代・年齢・性別の3要素があり、前から順番に

重要とされる、と述べている。岡田(1992)は親族間では世代と年齢と親疎関係が、非親族

間では年齢と親疎関係が上位者・下位者を決定する要素となる、と述べている。結婚適齢

期にある未婚の男女間以外では、性による上下関係はない。それから下位者に対しては親

疎関係が働くが、上位者に対しては親疎関係が働かない。

坂本(1972)と岡田(1992)に共通して呼称詞について明らかにされていることは、呼称詞

を選択する際には世代・年齢・性別が考慮されるという点、親族間と非親族間では呼称詞

の選択基準が異なるという点、下位者に対しては親疎関係が働くが、上位者に対しては親

疎関係が働かないという点、の3点である。

しかしながら坂本(1972)では親族呼称について論じているため、人称代名詞については

詳しくない。また岡田(1992)では人称代名詞を扱っているものの、一人称と二人称のみで、

三人称代名詞の用法は明らかにされていない。

1.2.1. 坂本(1972)

坂本(1972)では、親族名称と呼称について詳しく述べている。本稿で三人称代名詞につ

いて論じる前に、クメール語の呼称詞体系を概観する。

親族名称は血族、姻族に分け、血族の中でも直系血族と傍系血族に分けて論じている。

直系血族では、G+1

8

以上の世代に相手の性の区別があり、G+5、G-5まで名称があ

る。話し手の性は関係ない。傍系血族では、母親、父親どちらの系統かの区別はなく、年

齢の大小による名称の区別が自己の世代以上にある。傍系血族は、父の世代の血族ならば

8 自己の世代を G+1 と表し、G+1 は自己よりも 1 世代上、G-1 は自己よりも1世代下を意味する。

(7)

6

父の年齢、母の世代の血族ならば母の年齢を基準に考える。自己の年齢は関係ない。〈イト

コ〉、〈マタイトコ〉、〈マタイトコの子〉まで名称があるがそれは「当事者同士が共通に持

つ直系親族について、それを共有する間柄」という意味である。その共通に持つ直系親族

は祖父ではなく、祖母であり、母系制社会を反映しているようにも見える。自己よりも上

の世代の血族は、(直系):(傍系)という対立ではなく、(直系+直系の年長):(直系の年

少)の対立をしている。

姻族では、配偶者の血族の名称は、自己との実際の年齢関係ではなく世代が考慮される。

血族名称との本質的な差異はない。

呼称では、直系血族のすべてについて、相手の性による区別はない。直系と傍系との区

別が、名称においてはG+1とG-1とに見られたが、呼称ではG+1にしか見られない。

名前だけ、又は

/ʔaa/+名前の形の呼びかけは、親族には限られないので、世代が下の者、

もしくは同世代で年少の者に対しては、親族としての特別な呼称はない。

親族間での呼称の形式には以下の4種がみとめられる。

A)世代が上の年長者及び同世代の年長者(但し男→女をのぞく)に対してはいわゆる親

族名称を用い、相手の名前を使わない。

B)世代が上の年少者に対してはAに更に相手の名前を添える。

C)世代が下の年長者、男から同世代の年長の女、及び女から同世代の年少の男に対して

は相手の名前のみを用いる。

D)同世代の年少者(但し女→男を除く)及び世代が下の年少者に対しては相手の名前の

前に

/ʔaa/をつける。

すなわち、相手への呼びかけ方は、先ず相手が自己よりも

1)世代が上であるか下であるか

2)年長者であるか年少者であるか

によって定められ、同世代の相手に対してはさらに

3)相手の性

が考慮に入れられる。そうしてすべての親族のうち

① 世代が上の者→最も強い

② 年長者

③ 男性(②と同等)

が目上とみとめられる。

姻族についても、以上の法則に従う。結婚の当事者は上記の同世代間の法則に則る。子

どもが生まれてからは子どもを指す三人称代名詞

/vèə/または子どもの名前を使って、「~

のお母さん」という意味で妻を

/mae vèə/(もしくは/ʔaa/+子どもの名前)、/mak vèə/

(もしくは

/ʔaa/+子どもの名前)で呼ぶようになることもある。姻族に対する呼びかけは

血族に対する呼びかけよりもやや遠慮・丁寧さが現れる。

代名詞的な場合、一人称には相手が自己よりも目上ならば

/kɲom/、目下ならば/ʔaɲ/を

(8)

7

使うのが普通である

9

。相手が幼い場合は「お父さん」などと相手から見た自己の呼称を用

いることもある。二人称には親族には呼称をそのまま使うほか、目下に対しては

/ʔaeŋ/を

用いることもできる。目上に対しては代名詞を使わない。三人称には親族同士の会話中で

第三の親族について話す場合、会話をしている者のうち目下の方から見た親族名称又は呼

称を用いる。呼称に

/ʔaeŋ/を添えて「お前の」という意味をはっきりさせることもある。

妻が目上の人に夫のことを話す場合、名称又は

/kèe/又は/kɔət/を用いる。いっぽう夫は妻

のことを名称又は

/kèe/又は/ʔaa/+名前を用いる。名称および呼称については常に世代が

上のものが基準に置かれたが、「彼〈女〉」の場合には目下〈世代が下〉の者に基準が置か

れる。

1.2.2. 岡田(1992)

岡田(1992)は一人称詞と二人称詞について、親族内の場合と親族外の場合、について論

じ、そして以上の二つの場合を合わせてみたときの一般原則を述べている。また職業を考

慮した場合についても論じている。研究方法としては小説中の登場人物の呼称詞の分析と、

インフォーマントによる呼称用法の分析の二つの方法を用いている。前者は現代クメール

語の小説中に出てくる呼称をそれぞれの小説ごとに分析して表にあらわし、まとめている。

特に、ゆれのある呼称用法(親子間、結婚適齢期にある未婚の男女間)についてはより詳

しく分析している。インフォーマントによる呼称詞用法では、多数のインフォーマントに

対して年齢を 12 に区分し、さらにその区分の中で親しさを3段階設定し、それぞれの場合

にどのような一人称詞・二人称詞を用いるかインタビューを行った。その結果をまとめて

いる。職業を考慮した場合では、職業を5段階に区分し、職業ごとによる呼称用法の違い

を、親族内・親族外での呼称用法の原則に照らし合わせて検討し、その職業がカンボジア

社会でどのような位置を占めているかを考察している。

親族内では、上位者に対しては一人称詞に人称代名詞

/kɲom/、あるいは相手からみた親

族呼称を使い、二人称詞には親族呼称、親族呼称+FN(ファーストネーム)を使う。下位

者に対しては一人称詞に人称代名詞

/kɲom/、/ʔaɲ/、あるいは相手からみた親族呼称を使

い、二人称詞には人称代名詞

/ʔaeŋ/、親族呼称、親族呼称+FN、FN などを使う。特に小説

内では一人称、二人称ともに親族呼称を使うことによってお互いの親密さ、結びつきの強

さなどを表現している。上位者、下位者を成立させる基準は世代、年齢であり、上位者と

されるのは世代が上、年長者である。世代のほうが年齢という基準よりも優勢に働き、性

による上下の差は見られなかった。親疎関係に応じて呼称用法にゆれが見られることもあ

るが、それは一時的なものに過ぎない。

親族外での呼称詞の使い方は親族内での使い方とほぼ同様である。ただ、相手が高齢に

なると相手の絶対的年齢に応じた擬似親族呼称(相手の世代・年代を自分の親族の親族名

称に当てはめた呼称)を使うこともある。小説内では、年齢差があまりなく、親しさを表

9 そのほか、親しい間柄での会話での一人称として/knèə/や、尊大で丁寧でない一人称/j

ə̀əŋ/

がある。

(9)

8

現するために関係語

/sɔmlaɲ/や/mɯt/を使うことがある。上位者、下位者を決定する基準

は年齢のみである。結婚適齢期にある未婚の男女間での呼称用法を除いて、性による差異、

あるいは上下の区別は見られない。このほかに、年齢という基準のほかに親疎関係という

基準が加わり、上位者は親疎関係に応じて多種の二人称詞から選ぶことができるが、下位

者に対しては親疎関係が働くが、上位者に対しては親疎関係が働かないということがいえ

る。言い換えれば上位者に対しては親しくしてはいけないが、下位者に対しては親しくし

てよいという社会規範があるともいえる。

親族内、親族外の呼称用法を通してみると、基準は年齢と世代、親疎関係である。一人

称詞と二人称詞を比較してみると、二人称詞の方が種類が圧倒的に多い。一人称詞よりも

二人称詞によって親密度や丁寧度を表すことがわかる。

岡田(1992)では一人称詞と二人称詞しか扱っておらず、三人称詞の体系の分析はまだし

ていない。岡田(1992)で言われているように、戯曲や小説などでは登場人物の感情や登場

人物同士の関係を表すために、実際の生活で使われる呼称よりも多種の表現が用いられて

おり、また、丁寧な呼称が用いられている。

1.3. 三人称代名詞についての先行研究

クメール語の三人称代名詞の研究はほとんどされていない。クメール語の先行研究には

坂本(2001)、(1988)、Huffman(1970)、Jacob(1968)、Khin(1999)があるが、それぞれ三人

称代名詞とみとめている語にも違いがあるうえ、三人称代名詞を体系立てて説明している

のは Khin(1999)と坂本(1988)のみである。

/kɔət/が尊敬的だという点、/vèə/がぞんざい

だという点、

/kèe/には不特定の人、一般の人を指す、という点は共通しているが、明確な

用法は明らかにされていない。

1.3.1. 坂本(2001)、(1988)

坂本(2001)は辞書である。それぞれの語について以下の説明がなされている。

/kɔət/(代名)(丁寧)彼.彼女.

/kèe/(代)彼.彼女.(←のほうが丁寧/尊敬).(名)一般の人々.他人.

/lòok/(代)(男性への2人称及び3人称代名詞).

/nèəŋ/(代名)①あなた(年下の若い女性,または男性への呼び掛け)②彼女(←若い

女性に).

/vèə/(代)(3人称).あいつ.あれ.それ(←物や事柄をさす.人に使うとあまり丁寧

でない).

坂本(1988)には三人称代名詞の項目がある。そこでは

/kɔət/と/vèə/の二種類が挙げら

れており、その違いは

/kɔət/(ていねい)、/vèə/(ぞんざい)である。それ以上について

は言及がない。

(10)

9

1.3.2. Huffman(1970)

He, she, they (polite):

/kɔət/ ,/kèe/; (condescending): /vèə/; (indefinite):/kèe/

1.3.3. Jacob(1968)

/kɔət/: n. pron., he, she, they, (respectful), you(friendly)

/kèe/: n. pron., one, someone, people, a person, he, she, they

/vèə/: n. pron., he, she, they (familiar), it (re animal)

以上の3者に共通しているのは

/kèe/が不特定の人をあらわす、という理解である。坂本

(2001)と Jacob(1968)では

/kɔət/が二人称として用いることができると述べている。

1.3.4. Khin(1999)

ここではほかの先行研究と違って、三人称代名詞が体系だてて説明されている。さらに

それぞれの語がどのような立場の人に向かって使われるのかも説明されている。

/kɔət/、

/kèe/、/prɛ̀əh ʔɔŋ/、/lòok/、/vèə/、/nɛ̀ək baat/、/nɛ̀ək muoj/が三人称代名詞とし

て挙げられているが、

/nɛ̀ək baat/については筆者の集めた資料中に一度も登場しないこと、

/prɛ̀əh ʔɔŋ/については王族にしか用いられないということが明らかであるため、/nɛ̀ək

muoj/については三人称代名詞というより名詞であるため、扱わない。/nèəŋ/は三人称代

名詞として挙げられていなかった。

/kɔət/ 成人を指すときに用いられる。礼儀正しい語で、若者が年上の者を指すときにはこ

の語を用いなければならない。

/kèe/ 青年や成人のことを指すときに用いる。子供について用いられることは少ない。1

人の人だけでなく複数の人についても使うことができる。親しい者の間で用いられ

ると、距離感を感じさせる。

/lòok/ 王族の祖先やなどについて話すときに用いることもできる。説法や古典文学の書物

の中ではこの語は経験豊富な人、例えば筆者や年配の人を指す。

/vèə/ 若者や青年、動物のことを指すときに用いられる。若者が年上の者や同世代の者に

ついて用いるときには軽蔑の気持ちを含むが、親しい者同士で用いるときには全く

軽蔑的な言い回しにはならない。

/kɔət/が丁寧な(礼儀正しい)語だという点は、他の先行研究と共通している。/kèe/

が親しい間柄で用いられるときには距離感を感じさせるという点には疑問が残る。

1.4. 他言語の三人称代名詞についての先行研究

クメール語の呼称詞、三人称代名詞の先行研究が少ないため、研究方法を参考にするた

めに他の言語の呼称詞の研究をみる。三上(1981)によるタイ語の研究と鈴木(2007)による

ラオ語の研究を参考にした。タイ語とラオ語はどちらも、おもに東南アジアで話されてい

(11)

10

る、タイ・カダイ諸語のひとつである。クメール語とは語族が異なるが、文法など似てい

る点が多くみられる。

タイ語とラオ語の呼称詞体系は、非親族間でも親族呼称を転用する点、尊敬的な人称代

名詞とぞんざいな人称代名詞が3語以上あり、それが場合によって上下関係を考慮して使

い分けられている点がクメール語と共通している。また注目すべき点として、「ラオ語では

目下の者が目上の者に向かって人称代名詞を使うことはなく、親族名称を用いる。同世代

間では人称代名詞を使うとかえって疎遠であることを表すため、一般的には目上から目下

に向かって、もしくは同等の者同士で人称代名詞を使う」ということがあった。また、ラ

オ語においては人称代名詞を使うことは失礼であると理解されていることがわかった。こ

れに対してクメール語では同様かどうかについて、坂本(1972)は明確な言及はしていない

10

三人称代名詞についていえば、クメール語とタイ語・ラオ語の三人称代名詞の選び方は

違っていることが明らかになった。クメール語では話し手と聞き手のうち、目下の方の者

と第三者との関係で決定される。ラオ語では話し手と聞き手のうち、第三者とより近い関

係にある方との関係で人称代名詞が決定される。タイ語では話し手と聞き手との関係によ

って決定される。

以上に示したとおり、クメール語の三人称代名詞にはどのようなものがあるのか、三人

称代名詞の選択基準は何か、はまだ明確にされていない。次の章から三人称代名詞の選択

基準、用法はどのようであるか、三人称代名詞の体系はどのようであるかを、分析してい

く。

2.原則

本章では三人称代名詞の用法の原則を見いだすため、さまざまな例を用いて分析をする。

2.1. 出現する三人称代名詞

登場したのものをすべて挙げる。どれが多く、どれが少なかったか表やグラフで提示す

る。

『ソパート』には、

/ lòok, kèe, mɔ̀nuh kèe, vèə, mèe nih vèə, kluon vèə, nèəŋ, nèəŋ

tɛ̀əŋ ʔɔh, knèə, nɛək tɛ̀əŋ ʔɔh knèə /の 10 種類が登場した。

10 小説でも実際の会話でも、頻繁に、目下の者が目上の者に向かって人称代名詞を使っている。親密な同

(12)

11

三人称代名詞

kèe m nuh kèe vèə mèe nih vèə kluon vèə nèəŋ nèəŋ tɛ̀əŋ ʔɔh kluon neang lòok knèə nɛək tɛ̀əŋ ʔɔh knèə

『萎れた花』には、

/ lòok, kɔət, kèe, vèə /の4種類が登場した。

三人称代名詞

kèe

47%

kɔət

25%

lòok

3%

vèə

25%

kèe

kɔət

lòok

vèə

『ソパート』と『萎れた花』に共通して

/lòok/、/kɔət/、/kèe/、/vèə/、/nèəŋ/がみ

とめられたが、これらのうち

/lòok/は僧侶、もしくは地位のある男性を指すことが明らか

である。それから

/nèəŋ/も/lòok/と同様、比較的若い女性を表すことが明らかである。ま

たこの二つの三人称代名詞はどちらも名称の前に付けて「~さん」という意味をつくる、

という働きを持っており、基本的には「~さん」のことを指す。ほかの3種の三人称代名

/kɔət/、/kèe/、/vèə/と/nèəŋ/、/lòok/とは性質が異なるため、本稿では基本の三人

称代名詞を

/kɔət/、/kèe/、/vèə/の3種と定めて重点的に分析をし、/nèəŋ/、/lòok/は

補助的な三人称代名詞として扱うこととする。

(13)

12

2.2. 三人称代名詞の選択基準

三人称代名詞3種の

/kɔət/, /kèe/, /vèə/の選択基準を分析する。なお、各例文の文頭

に * のついたものは非文であることを示す。

2.2.1. 「話し手」、

「聞き手」、

「第三者」の関係

基本的には話し手と第三者との関係で三人称代名詞が決定される。三人称代名詞は以下

のようにそれぞれの性質がまとめられる。

/kɔət/ 年長者について用いる。性を問わない。尊敬的。また、夫婦間で妻が夫について用い

る。

/kèe/ 同年代の男女について用いるほか、結婚適齢期の女性が年少の男性について、夫婦間

でそれぞれの伴侶について用いる。三人称代名詞のなかで最も広い範囲を占める。下

位者について用いることもあるが、ほとんど用いない。第三者が会話の場に居合わせ

るときには用いない。特定の人だけでなく世間一般の人、不特定の人について用いる

こともできるため、特定の人について用いると特定性が低い。あまり自分と関係ない

人、もしくは関係を持ちたくない人、という意味を含意する。

/vèə/ 年少者について用いる。

坂本(1972)によれば、「親族名称と呼称では常に世代が上のものが基準におかれ、また親

族間で『彼〈女〉』を用いる場合には目下(世代が下)のものに基準がおかれる」とあるが、

そうではない。話し手の立場が基準となる。そのため、同じ人のことを話題にしていても

それぞれ違う三人称代名詞を用いることもある。

以下は母親と息子による、同じ場面の連続した会話である。

(1) mak bɔɔŋ kɔət dee khao kɲom ruoc haəj nə̀v 母 兄姉kɔət 縫う ズボン 私 成し遂げる(完了)(未完了) 母さん!姉さん(、彼女)は僕のズボンをもう縫い終わった?

vèə dee ruoc haəj vèə kɔmpoŋ t

ə̀

v ŋuut tɯk naa...

vèə 縫う 成し遂げる(完了)vèə ~している 行く 水浴びする 水 (強意) <あの子はもう縫い終わって、(あの子は)水浴びしに行っているところだよ!……> (RCTV p.160 ll.1-2)

この2人は長女について話しているが、息子は上位者である姉について

/kɔət/を用い、母

親は下位者である娘について

/vèə/を用いている。

2.3. 三人称代名詞の原則

岡田(1992)による一人称・二人称の分析では、親族間と非親族間でその選択に違いが

あり、親族間でのみ世代の影響を受け、非親族間では実年齢のみが選択の際に考慮されて

いた。三人称代名詞の選択でもその違いがあるかどうかを調べるため、ここでも親族間・

(14)

13

非親族間、各世代に分けて分析をする。

なお、話し手は三人称代名詞を使い分けられる知識があり、話す場はとくにかしこまっ

た場でもなく、内輪話をする場でもなく、話し手は第三者のことを知っている、という場

合を基本とする。

2.3.1. 親族間

親族間では世代上について

/kɔət/もしくは/lòok/を用い、同世代年長については/kɔət/

を用い、同世代年少については

/kèe/もしくは/vèə/を用い、世代下については/vèə/を用

いる。

2.3.1.1. 世代上

親族の上世代については、

/kɔət/、/lòok/を用いる。

以下は親族の上世代について

/kɔət/を用いる例である。

(2) mae kɔət mɯn tə̀v tèe kɔət tə̀v vɔət phot tə̀v haəj 母 kɔət (否定)行く(否定)kɔət 行く 寺 過ぎる 行く(完了) <お母さん(、彼女)は行かないわ。彼女はお寺へ行ってしまったわ> (PSP 4208)

10 代後半の女性が、母親も一緒にお祭りに行こうと誘いに来た同世代の男性に対して、母

親の不在を告げる場面のせりふである。

/kɔət/は女性の母親を指している。

以下に同様の例を挙げる。

(3) haet ʔvəj kɔɔ mɯn prɔkaek nɯŋ kɔət なぜ そうして (否定) 反論する ~にkɔət <どうして彼女に反論しなかったの?> (RCTV p.79 l.15)

ユイイー(20 代後半女性)の母親はルイチアン(23 歳男性)のことを自分の息子だと取り

違えている。息子になりすましているルイチアンに向かって、ユイイーが怒り気味に尋ね

る場面のせりふである。話し手はユイイー、聞き手はルイチアン、

/kɔət/で指されている

第三者はユイイーの母親である。

1世代以上うえの親族について話す場面は見つからなかった。父親について話す場面は

あったが、三人称代名詞を用いていなかった。三人称代名詞を用いる場合には

/kɔət/では

なく

/lòok/を用いていた。

以下は

/lòok/を用いる例である。

(4) ʔəvpòk ceɲcəm kɲom lòok srɔɔlaɲ rɔəp ʔaan kmeeŋ kmeeŋ nah 父親 養う 私 lòok 愛する 親しくする 子どもたち とても <僕の養父、彼は子どもたちが大好きで、とても仲よしなんです>

(15)

14

男の子(10 歳くらい)が初対面の友達(10 代後半男性)に、自分の養父のことを教える場

面のせりふである。話し手は男の子、聞き手は初対面の友達、

/lòok/で示される第三者は

男の子の養父である。

以下に同様の例を挙げる。

(5) rɯəŋ nih kɲom dəŋ mɯn dɔl tèe pr

ɔ̀

h lòok mɯn dael lɯɯ niijèəj 話 この 私 知る (否定) 着く (否定) ~だからlòok (否定) (経験) 聞く 話す dooc mdac sɔh laəj

~の様に どの まったく~ない (強意) <この話については、私はそこまでは知らないわ。彼がどんなふうに話しているかまったく聞い たことがないんだもの> (KLP 9204)

宝石商の娘ニアリー(10 代後半女性)とその使用人チャット(10 代後半男性)は恋仲であ

る。自分たちの関係について宝石商は知っているかどうか、チャットがニアリーに尋ねた

ところ、ニアリーは(5)のように答えた。話し手はニアリー、聞き手はチャット、

/lòok/

で示されているのはニアリーの父親である。

しかしながら以下にあげた例は 70 年前(『ソパート』)、55 年前(『パイリンの薔薇』)の

小説から抽出したもので、インフォーマントによると、今の時代はもっぱら父親について

/kɔət/を用いるということであった。

2.3.1.2. 同世代

以下に同年代者を指す場合の例を挙げる。同年代の中でも同年代年長、同年齢、同年代

年少に分けた。同年代年長については

/kɔət/を、同年齢については/kèe/を、同年代年少に

ついては

/vèə/を用いる。

同世代年長

以下は同世代年長の親族について

/kɔət/を用いる例である。

(6) jii coh bònthɯən vèə tə̀v naa bat tə̀v nɔɔ (感嘆詞) では (人名) vèə 行く どこ 消える 行く (感嘆詞)

<おや、じゃあブントゥアン、あいつはどこに行っちゃったんだい、なあ?> bɔɔŋ kɔət tə̀v cuoj stuuŋ mae cək

兄 kɔət 行く 助ける 田植えをする お母さん お父さん <兄さん、彼は母さんが田植えをするのを手伝いに行ったわ、父さん> (PSP 3007)

ブントゥアン(10 代後半男性)の妹サオポアン(10 代女性)が父親に兄の所在を聞かれ、

田植えに行ったことを教える場面である。話し手はサオポアン、聞き手はサオポアンとブ

ントゥアンの父、

/kɔət/で示されているのはブントゥアンである。

(16)

15

以下に同様の例を挙げる。

(7) ʔoo kɔət cèə bɔɔŋ koʔsɔɔl bɔɔŋ koʔsɔɔl cèə bɔɔŋ cii doon muoj kɲom (感嘆詞) kɔət ~である 兄 (人名) 兄 (人名) ~である 従兄 私 nɯŋ bɔɔŋ niʔsaj… ~と 兄 (人名) <ああ!彼はコソール兄さんよ。私の従兄のコソール兄さんとニサイ兄さんよ> (BDPR p.73 ll.16-17)

ティダー(10 代後半女性)が友人(10 代後半女性)と話しているところにちょうど従兄が

やって来たため、友人に、やってきたのが自分の従兄だと説明している場面である。話し

手はティダー、聞き手はティダーの友人、

/kɔət/で指されている第三者は従兄コソール(20

代後半男性)である。

同世代年長者について

/kèe/を用いる例は見つからなかった。

同世代同年齢

データの中に、親族の同世代同年齢に三人称代名詞を用いる例は見つからなかった。イ

ンフォーマントによれば、普通は第三者の名前を用い、名前を知らない場合にのみ

/kèe/を

用いるということであった。

同世代年少

以下は同世代年少について

/vèə/を用いる例である。

(8) huh cap taŋ pii tŋaj nih tə̀v jòjsaŋ pɯt praakɔt lɛ̀ɛŋ trɔɔlɔp (感嘆詞) 捕まえる ~から 日 この 行く (人名) 本当 本当 止める 帰る mɔ̀ɔk vɯɲ haəj vèə slap haəj

来る 戻る (完了) vèə 死ぬ (完了) <ふう!この日からというもの、ユイサンは本当に帰って来なくなってしまったんだわ!彼は死 んでしまったのよ!> (RCTVp.89 l.7)

家出していた弟が殺される現場を見た感想を述べている。話し手はユイイー(20 代後半女

性)、聞き手はルイチアン(23 歳男性)、

/vèə/で示される第三者はユイサン(23 歳男性)

で、ユイサンは話し手ユイイーの実弟である。

2.3.1.3. 世代下

親族の下世代については

/vèə/を用いる。

以下は自分の子どもについて話す例である。

(9) pʔoon proh ʔaeŋ ʔəjləv cɛh kɯt craən nah cɔmpɔ̀h srəj srəj vɯɲ 弟 お前 今 ~できる 考える たくさん とても ~の方 女性たち ~の方

(17)

16

vèə mɯn crɔɔlaəh baəh dooc mòn tèe...

vèə (否定) 礼儀をわきまえぬ ~の様 以前 (否定) <お前の弟は、今じゃあずいぶん考えられるようになったじゃないか。女性のことについては、彼は 以前のように女遊びをしないし……> (RCTV p.49 l.16)

(9)は、長い間家出していた息子が改心して戻ってきたのを見て、母親が長女である娘に

向かって息子のことをほめる場面のせりふである。

/vèə/は息子(23 歳男性)を指している。

以下に同様の例を挙げる。

(10)ʔae naa kmuoj cae どこ 姪 姉

<あの子(姪)はどこ?姉さん>

vèə nə̀v cam ʔae laan ʔae nuh

vèə いる 待つ ~で 車 ~で その <彼女はそっちの車で待ってるよ> (PSP 8401, 8402)

知り合いの中年女性トーが中年女性ヌオンに、ヌオンの娘はどこにいるのかを聞く場面で

ある。ヌオンは自分の娘のことを

/vèə/を用いて指している。

インフォーマントによれば、年上の甥・姪については甥・姪の名前もしくは

/kɔət/を用

いるということであった。

2.3.2. 非親族間

次に、非親族間での三人称代名詞の用例について挙げる。世代上については

/kɔət/が用

いられ、同世代年長については

/kɔət/と/nèəŋ/が用いられ、同世代年少については/nèəŋ/

/vèə/が用いられ、世代下についても/nèəŋ/と/vèə/が用いられていた。同世代年長の

/nèəŋ/を例外と考えれば、非親族間では実年齢のみが考慮され、上位者については/kɔət/

を、下位者については

/nèəŋ/と/vèə/を用いると整理することができる。

2.3.2.1. 世代上

以下は世代上について

/kɔət/を用いる例である。

(11) kɲom jɔ̀l haəj ʔɔɲcəŋ tèe baan cèə kɲom cuop nɯŋ lòok ʔòm 私 理解する (完了) そのようだ (強意) だから~だ 私 会う ~と 伯父さん saan kɔət kɔɔ mɯn hèən niijèəj rɯəŋ pɯt prap mdaaj nɛ̀ək nèəŋ dae (人名) kɔət ~も (否定) あえて~する 話す 話 本当 言う 母 あなた ~も <(僕は理解した)なるほど!そうなのか、だから僕がサーンおじさんに会ったとき、彼もあえ て本当のことをあなたの母親に言わなかったんだね!>

(18)

17

話し手はルイチアン(23 歳男性)、聞き手はユイイー(20 代後半女性)

、第三者はサーンお

じさん(中年男性)である。ルイチアンは世代上のサーンおじさんについて

/kɔət/を用い

て示している。

以下に同様の例を挙げる。

(12) kɔət cèə mɔ̀ɔnuh cah baə kɯt tvə̀ə kaa ʔəvəj niimuoj niimuoj

kɔət ~である 人 年配の もし 考える 働く 何 ひとつ ひとつ səŋ tae mə̀əl dɔmnaə kaa nuh baan tluh vɛ̀ɛŋ cŋaaj ほとんど~である 見る 成り行き その (可能) 先を見通す 長く 遠く <彼女は年配の人だから、いろいろなことを考えると、ほとんどいつもことの成り行きを見て、 ずっと先まで見通すことができるんだよ> (PSP 7810(手紙))

ブントゥアン(10 代後半男性)が恋人ヴィティアヴィー(10 代後半女性)に向けて書いた

手紙の一節である。ブントゥアンはヴィティアヴィーの母親ヌオン(中年女性)が下した

決断は正しいから、それに従ったほうがよいと、ヴィティアヴィーに諭している。話し手

はブントゥアン、聞き手はヴィティアヴィー、

/kɔət/で示されている第三者はヌオンであ

る。

以上、上世代については

/kɔət/のみが見られた。

2.3.2.2. 同世代

非親族間の同年代者を指す場合には、親族間の同年代について用いる三人称代名詞と同

様のものを用いる。

なお、インフォーマントによれば、同年代者についての三人称代名詞は

/kèe/を用いるが、

普通は第三者の名前を用い、第三者の名前がわからなかったときにのみ

/kèe/を用いる。そ

の理由は

/kèe/は名前を知っている人について用いることについては抵抗を感じるから、で

ある。インフォーマント自身は友人に対して敬意を持っているため

/kɔət/を用いるという

ことであった。

同年代年長

以下は非親族の同世代年長について

/kɔət/を用いる例である。

(13) kɲom baan claəj prap kɔət thaa kɲom mɯn cɔŋ rɔ̀h nə̀v tii nih 私 (過去) 答える 言う kɔət ~と 私 (否定) ~したい 暮らす ~で (場所) この tèe cɔŋ ceɲ pii tii nih

(否定) ~したい 出る ~から (場所) この

<僕は彼女にこう答えました。僕はここで暮らしたくはない、ここから出て行きたいって> (RCTV p.129 l.7)

(19)

18

は 20 代後半女性である。

以下は女性が非親族の同世代年長の女性について kɔət を用いる、同様の例である。

(14) kɲom cɔŋ cuop nɛ̀ək bɔɔŋ saophèə daəmbəj còmrèəp kɔət... 私 ~したい 会う ~さん (人名) ~のために 申し上げる kɔət <私はサオピアさんに会いたいの、彼女に申し上げるために……> (BDPR p.104 l.4)

プリム(当時 20 代前半女性)はある事情からある人の愛人になっている。愛人の正妻サオ

ピア(当時 20 代半ば女性)に会おうとしてサオピアの部屋の前まで来たのだと、サオピア

の義弟(10 代後半男性)に言う場面である。話し手はプリム、聞き手はサオピアの義弟、

/kɔət/で示されている第三者はサオピアである。

同世代同年齢

以下は同年齢の男性について男性が

/kèe/を用いる例である。

(15) nae prɔ̀h ʔòm kuo tae dəŋ thaa jòjsaŋ pii mòn kèe mèən (呼びかけ) ~だから 伯父 ~するはずだ 知る ~だと (人名) ~から 以前 kèe ある cmɔ̀h mɯn səv lʔɔɔ doocnɛh haəj tə̀əp kɲom lòp lèəŋ nɯŋ kae prae

名 (否定) あまり 良い だから したがって 私 消す 洗う ~と 改める 変える ʔaakappaʔkeʔriʔjaa nih laəŋ vɯɲ…

悪行 この 上げる (方向の転換)… <ねえ、以前、彼はあまりいい名を持っていなかった(そこそこに悪名高かった)ということを おじさんはご存知だったはずです。だから僕はその悪行を洗い落とし、改善したんです……> (RCTV p.149 ll.3-5)

ルイチアン(19 歳男性)はユイサンという青年になりすましている。自分がにせもののユ

イサンだということをおじさん(中年男性)に向かって主人公が説明しているせりふであ

る。ユイサンは同い年で、おじさんは本物のユイサンのことを幼いころから知っている。

話し手はルイチアン、聞き手はおじさん、

/kèe/はユイサンを指している。

以下に同様の例を挙げる。

(16) nɛ̀ək nèəŋ niilaa kɲom còmrèəp lèə dae haəj (女性に対して)~さん (人名) 私 申し上げる 別れ (文の調子を弱める) (完了) pdam tə̀v daaraa phɔɔŋ thaa kèe mèən sɔŋsaa lʔɔɔ dooc cèə nɛ̀ək nèəŋ 伝える ~に (人名) ~してください ~と kèe 持つ 恋人 良い ~の様な あなた kɯɯ cèə sɔmnaaŋ kèe haəj

~である 幸運 kèe (完了)

<ニラーさん、私もおいとまします。ダラーに、彼はあなたのような素晴らしい恋人を持ってい て、(彼は)幸運だと、そうお伝えください>

(20)

19

ニサイ(20 代男性)が友人ダラー(20 代男性)の恋人ニラー(10 代後半の女性)に窮地を

助けられた。ニサイが別れの際にニラーに向かってダラーへの言伝を頼むせりふである。

/kèe/は同年代の同性の友人ダラーを指している。

同年代年少

以下は同世代年少について

/vèə/を用いる例である。

(17) mak vèə tə̀əp tae mɔ̀ɔk dɔl mac kɔɔ mak dəŋ 母さん vèə ~したばかりだ 来る 着く どのように そうして 母さん 知る <母さん!彼は来たばかりじゃないの、どうしてそうだとわかるの?> (RCTV p.49 l.16)

会ったばかりの若者(23 歳男性)を息子だと取り違えている母(中年女性)に、娘(20 代

後半女性)が問いただす場面である。話し手は娘、聞き手は母親、

/vèə/で示される第三者

は若者である。

2.3.2.3. 世代下

以下は非親族の下世代について

/vèə/を用いる例である。

(18) mac kɔɔ jaaŋ nih どのよう そうして ~の様に この

<どうして?>

kɲom cɔŋ ʔaoj vèə riən tɛ̀əŋ pii nɛ̀ək tiət pʔoon kɯt nih trəv 私 ~したい (使役) vèə 勉強する ~共 2 ~人 さらに (二人称) 考える これ 正しい haəj pontae bɔɔŋ jɔ̀l thaa soophaat vèə krɔɔ lòmbaak nah baə (完了) しかし (一人称) 理解する ~と (人名) vèə 貧しい 困窮する とても もし jə̀əŋ rɔ̀ɔk kaa ŋèə ʔaoj vèə tvə̀ə vèə treek ʔɔɔ cèəŋ jə̀əŋ ʔaoj vèə

私たち 探す 仕事 (使役) vèə する vèə 喜ぶ 喜ぶ ~よりも 私たち (使役) vèə riən tə̀v tiət 勉強する 行く さらに <私は彼ら二人ともさらに勉強させたいよ。きみがそう思うのは正しい、でも(僕は)ソパート、 彼はとても貧しいから、もし私たちが彼がするための仕事を探してあげたら、彼は私たちがこの 先さらに勉強させてあげるよりも喜ぶと思うんだよ> (SPT 3002)

ソパート(10 代後半男性)の主人であり、ナルン(10 歳くらいの少年)の養父である政府

高官(夫)がソパートとナルンについて妻と話す場面である。養子たちについて相談があ

る、という夫に対し、妻が「どうして?」と聞き、次に夫が相談内容を話している。1 つ目

/vèə/はソパートとナルンを指し、2 つ目以降の/vèə/はソパートのみを指す。ナルンは

ソパートよりも身分が高いが、どちらについても

/vèə/を用いている。

(21)

20

以下に同様の例を示す。

(19) nae jòjii mèən ʔaajuu bɔɔŋ jòjsaŋ pii cnam tèe tae vèə cɛh ほら (人名) ある 年齢 年上 (人名) 2 年 (強意) でも vèə (可能) srɔɔlaɲ nɯŋ cɛh thae tɔəm pʔoon vèə nah…

愛する ~を (可能) 世話する 弟 vèə とても… <ほら!ユイイーはユイサンよりも 2 歳しか年上でないんだよ……、それなのに彼女は彼女の弟 を愛して面倒を見てやることができるんだよ……> (RCTV p.138 l.18

)

ユイイー(20 代後半女性)とユイサン(23 歳男性)が食事をするところを見て、近所のお

じさん(中年男性)がユイイーをほめている場面である。話し手は近所のおじさん、聞き

手はユイイーとユイサンの母親(中年女性)、

/vèə/で示されているのはユイイーである。

以上のことをまとめると、三人称代名詞は原則的に、親族間あろうと非親族間であろう

と、選択の際に考慮される要素は同じである。年齢が優先的に考慮され、年長者について

/kɔət/、同年齢については/kèe/、年少者については/vèə/が用いられる。

3.原則に従わない場合

以上の場合を基本として三人称代名詞が選択されるが、あえて基本に従わないこともあ

る。基本に従わないことによって、話し手の第三者に対する感情を露骨に表し、また会話

の場の雰囲気を反映させているのである。

基本に従わないことによって表せる内容は主に

① 身分の差

② 話し手-第三者の親疎関係・感情

③ 女性らしさ(結婚適齢期)

である。

以上の要因とは別に、人の噂話をするときに、原則に反して/

kèe/が用いられることがあ

る。「噂話の

/kèe/」については別の章で述べる。

3.1. 身分の差

以下は同等の人について

/kèe/もしくは/kɔət/もしくは第三者の名前を用いるべきとこ

ろを、あえて

/vèə/を用いている例である。

(20) nɔ̀ɔ naa prap lòok thaa kɲom cool cət tə̀v niijèəj claəj clɔɔŋ nɯŋ vèə 誰 告げる あなた ~と 私 好きだ 行く 話す 問答する ~と vèə

<私が彼とおしゃべりするのが好きだなんて、いったい誰があなたに言ったというの!> (KLP 5603)

(22)

21

ある。この前文で、副郡長が「ニアリーと使用人チャット(10 代後半)が楽しそうに言い

合いをしている」とからかったのを聞いて、ニアリーが腹を立てた場面のせりふである。

/vèə/で指されているのはチャットである。ニアリーは同世代のチャットをあえて/vèə/で

指すことによって、チャットの身分が低いということを強調し、「そんな人と話すのが楽し

いなんてとんでもない」と高飛車な気持ちを表しているのである。

3.2. 話し手-第三者の親疎関係・感情

岡田(1992)で、「下位者に対しては親疎関係が働くが、上位者に対しては親疎関係が働か

ない」とあることから、三人称代名詞の選択の際にも、同じ原則がはたらくと考えられる。

つまり、上位者について

/kɔət/を用いていたところは、いくら親しくても変わらず/kɔət/

を用いる、ということである。

以下はその原則をあえて守らず、

/kɔət/を用いるべきところに/vèə/を用いた例である。

(21) hɯh kɲom khɔm tvə̀ə kaa bɔmraə vèə cɔŋ ŋɔəp vèə dooc cèə kmèən (感嘆詞) 私 一生懸命~する 働く 仕える vèə (未来) 死ぬ vèə ~の様だ ない rɔ̀ɔv

ɔ̀

l nɯŋ cuoj kɯt kuu chɯɯ cʔaal ʔvəj nɯŋ kɲom bɔntəc tèe… 忙しい ~で 助ける 考える 考える 同情する 何 ~と 私 少し (否定詞)… <ふう!僕は死にそうになるくらい彼に付き従い働いたんだが、彼は僕の痛みを少しもわかって くれようとはしなかった……> (RCTV p.105 ll.10-11)

ルイチアン(23 歳男性)の祖母が危篤状態になったとき、ルイチアンをこき使っていたボ

ス(中年男性)は、貧しいルイチアンがいくら頼んでも祖母の治療費を貸してくれなかっ

た。ルイチアンがそのときのことを思い出して、ボスの悪口を言う場面のせりふである。

話し手はルイチアン、聞き手はユイイー(20 代後半女性)

/vèə/はルイチアンのボスを指

す。ボスはルイチアンより上の世代だが、ルイチアンは祖母の命を救ってくれようとしな

かったボスを憎んでいるため、

/vèə/を用いている。

上位者についての三人称代名詞は親疎関係がその選択にほとんど影響しないため、もし

/kɔət/が他の三人称代名詞に変わっていた場合、それは話し手が第三者に対して相当な憎

しみや軽蔑の念を表したい場合である。

3.3. 女性らしさ(結婚適齢期)

結婚適齢期の男女では例外が生じる。話し手が女性で第三者が年下の男性である場合と、

第三者が結婚適齢期の女性である場合である。原則に敢えて従わないことによって、話し

手の女性らしさ、第三者の女性らしさを強調している。

話し手が女性で第三者が年下の男性である場合、第三者の同年代年少の男性について

/vèə/を用いず/kèe/を用いることがある。その方が丁寧な言い方だからである。あえて原

則に従わずに

/vèə/より一段階上の/kèe/を用いることにより、男女の差を露骨に表し、女

(23)

22

性らしさを表している。インフォーマント(23 歳女性)によれば、年下の叔父については

彼が幼いうちは

/vèə/と呼び、成長したら/vèə/とは呼ばず、名前などで呼ぶようになる、

とのことであった。

第三者が話し手よりも年少の結婚適齢期の女性である場合、

/vèə/ではなく/nèəŋ/が用

いられることがある。話し手が第三者の女性のことを「女性だ」とはっきり意識している

のだと表すことができる。夫婦間では夫は妻について

/nèəŋ/を用いることはできない。

また以上の2点以外にもインフォーマントによれば、同性同士の会話中で同性について

/vèə/を用いるのは、親しみをこめた表現として受け入れられるが、異性について用いると

偉そうに聞こえるのでよくないので、あまり使わない、とのことであった。

/vèə/は日本語

の「あいつ」にあたる三人称代名詞で、「きれいな言葉ではない」と考えられていることが

用いられない理由である。

話し手か第三者が結婚適齢期ではない場合、三人称代名詞には男女差が表されない。し

かしながら結婚適齢期の男女間では例外的に男女の差がはっきりと意識され、三人称代名

詞の選択に反映される。一人称や二人称は、結婚適齢期の男女でなければただの親族呼称

であるのに、気婚適齢期の男女が用いると不必要に恋愛感情を含んでしまうものもある。

そのため、とくに気をつけて適切な人称詞が選ばれる(岡田 1992)。同様に、三人称代名詞

でも結婚適齢期という要素が多分に影響するのである。

以下は結婚適齢期の女性が同年代年少の男性について

/kèe/を用いる例である。

(22) ʔoon taeŋ baep nih səŋ tae rɔəl tŋaj taə bɔɔŋ (一人称) いつも 様子 この ほとんど~である 毎日 (文の調子を弱める) (二人称) haəj baə ʔoon jaaŋ mac jaaŋ mac jòp nih pʔoon niisaj mɯn そうして もし (一人称) ~の様だ どの ~の様だ どの 夜 この 弟 (人名) (否定) baan tə̀v jèəm ʔae mɔ̀ntii pɛ̀ɛt tèe kèe ʔaac nɯŋ mɔ̀ɔk cuoj pjèəbaal (過去) 行く 番をする ~で 病院 (否定) kèe (可能) (未来) 来る 助ける 治療する ʔoon baan naa bɔɔŋ

(一人称) (可能) (強意) (二人称) <私はほとんど毎日、いつもこんな感じなのよ、あなた。それでもし、私がどうにかなったとし ても、今夜ニサイ君は病院に夜勤しに行かなかったから、彼が私を治療してくれるわ、あなた> (BDPR p.98 ll.14-16)

夜、用事があって出かけなければならないが夫(20 代後半男性)は妻(20 代後半女性)の

体調を気遣って、出かけようとしないため、妻が「心配無用だ」と告げるせりふである。

/kèe/は夫の弟で医師であるニサイ(20 代前半男性)を指している。妻にとっては義弟に

あたるため、親族とみなす。同年代年少については

/kèe/を用いることが多いが、結婚適齢

期の女性が同年代年下の男性について話すときに限り、

/kèe/を用いる。

以下に同様の例を挙げる。

(24)

23

(23) tèe mak kaa pɯt kèe cmɔ̀h lòjchèəŋ naa mak (否定) 母さん こと 本当 kèe 名前を~という (人名) (強意) 母さん <違うの、母さん!本当は、彼はルイチアンというのよ、母さん!> (RCTV p.211 l.19)

20 代後半女性が自分の母親に、23 歳のルイチアンという名の男性を紹介する場面のせりふ

である。話し手は 20 代後半女性、聞き手は女性の母親(中年女性)、

/kèe/で示される第三

者はルイチアンである。

以下に結婚適齢期の年少の女性について

/nèəŋ/を用いる例を挙げる。

(24) jòjsaŋ koon mèən pèək mɯn sɔɔm rɔ̀ɔm cɔmpɔ̀h nèəŋ rɯɯ (人名) (二人称) ある 言葉 (否定) 適切な ~に向かって nèəŋ (疑問) <ユイサン!おまえ、彼女によろしくない言葉でも言ったのかい?> (RCTV p.142 l.16)

近所の 10 代後半女性が食事の真っ最中に突然泣き出して帰宅してしまった。それを見た母

親が近所の 10 代後半女性が泣いた理由は自分の息子にあるのではないかと考え、息子に尋

ねる場面のせりふである。話し手は母親(中年女性)、聞き手は 23 歳男性、

/nèəŋ/で示さ

れる第三者は 10 代後半女性である。

以下に同様の例を挙げる。

(25) ʔoon phèə bɔɔŋ mɯn prɔɔkaek tèe bɔɔŋ mèən (名前の前につけて愛称をつくる) (人名) (一人称) (否定) 反論する (否定) (一人称) ある cət srɔɔlaɲ nèəŋ mɛ̀ɛn…(中略)… tae ʔoon phèə sɔmrap bɔɔŋ kɯɯ ʔoon 心 愛する nèəŋ 本当… (中略)… でも (人名) ~にとって (一人称) ~である 伴侶 lʔɔɔ cèəŋ nèəŋ naa… 良い ~よりも nèəŋ (強意)… <ピア!僕は反論するつもりはないよ、僕に彼女を愛する心があるというのは本当だ……(中略) ……でも、僕にとってのピアは、彼女よりも良いパートナーだよ……> (RCTV p.96 l.15)

(25)はある夫婦の会話である。この夫婦には子どもがいないため、後継者をつくるために

代理母(20 代前半女性)を雇ったが、次第に夫(20 代後半男性)と代理母が仲を深めていく

さまを見て、妻(20 代半ば女性)が悲しむようになる。夫が妻を慰めようとするせりふで

ある。夫は代理母について

/kèe/を/nèəŋ/を用いて指すことによって、代理母は妻として

認識していないのだという気持ちを暗に妻に伝えている。話し手は夫、聞き手は妻、

/nèəŋ/

で示される第三者は代理母である。

/nèəŋ/は女性であっても年長者について用いることはできない。/nèəŋ/を年長者につい

て用いることができない例を以下に挙げる。

参照

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