早稲田大学審査学位論文(博士)の要旨
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(2) 博士(社会科学)学位申請論文審査要旨 2020 年 2 月 12 日 論文提出者氏名:川口 徹(早稲田大学大学院社会科学研究科後期博士課程) 論文題目:地方自治体の反核兵器政策の展開―安全保障政策を巡る中央政府との対峙― Ⅰ.研究の背景と目的 本博士論文は、1970 年代から 2000 年代にかけてなされた地方自治体による核兵器の規制 を目指す政策とその政治過程を分析することにより、自治体が安全保障の主体となる可能 性を論究したものである。一般的に安全保障は国家の専管事項とされ、自治体を含む他の 主体による関与は認められないとされている。しかし、安全保障において国家が求める安 全と自治体が求める安全が必ずしも同一とは限らない。特に地域住民の安全を守る上で、 中央政府の政策との衝突は十分に有り得る。本論文はこのような安全保障政策が抱える根 源的な争点について、自治体がどのように市民団体と連携しながら中央政府の政策に影響 を与えてきたのかを検証するものである。 本論文は、安全保障にかかる政策のうち、特に核兵器問題に焦点を当てている。日本政 府は核兵器について「核を作らず、持たず、持ち込ませず」といういわゆる「非核三原則」 を方針としている。これは沖縄返還を政治的課題とした佐藤栄作が、1967 年の国会にて答 弁したのがその由来である。しかし、佐藤自身は首相就任にあたって当初は核の保有を検 討しており、「非核三原則」は彼の政治的信念からの発言とはいい難い。むしろ沖縄返還に あたって「核付き返還」との批判をかわすための方策であった。現に佐藤は 69 年の沖縄返 還を決定する日米共同声明と同時に、有事の際には沖縄への核持ち込みを認める核密約に 署名していたことが、今日では明らかになっている。 いわば領土返還を遂行するために生まれた「非核三原則」であるが、71 年の国会では沖 縄返還協定の承認に関連し「非核三原則」確認の決議もなされた。この「非核三原則」の 実効性について、懸念は大きく2つある。ひとつは「持ち込ませず」の保障である。日本 政府は米軍側が核兵器を持ち込む際には予め協議がなされる「事前協議制度」によって担 保されているとした。もうひとつは「核の傘」である。 「非核三原則」によって核兵器を否 定しながらも米国の核戦略は承認し、その庇護下にあることで日本の軍事的安全保障は維 持されると日本政府は説明してきた。 このような疑念をはらみながら「非核三原則」がこれまで曲がりなりにも支持されてき たのは「平和国家としての日本」にふさわしい国是として多くの国民が共感してきたから に他ならない。そして地方自治体は地域住民の支持を受けながら、「非核三原則」の着実な 実施を実現すべく、様々な反核兵器政策を採用していく。これは決して各自治体が無批判 に「非核三原則」を取り入れたということを意味しない。日本政府の「非核三原則」は建 前にすぎず、「すでに核兵器は米国によって持ち込まれているかもしれないし、核の傘は必.
(3) 要不可欠」が本音であると理解しながらも、 「地域住民の安全」と「平和国家としての日本」、 この両者の実現を図り、中央政府の矛盾を突くことを目的として地方自治体は反核兵器政 策を採用し続けてきたのである。 著者はここに「安全保障は国家の専管事項」という通説に異議を申し立て、地方自治体 が平和秩序形成の主体となりうる可能性を本論文で提示する。 Ⅱ.研究方法 (1)分析枠組み 安全保障と地方自治体に関する先行研究について、国際関係論のみならず行政学、政治 学、社会学までにわたって渉猟する。特に、従来の中央政府主導の伝統的国家安全保障に 対する批判的安全保障論の立場から、研究対象を①国際社会、②中央・地方関係、③地方 内部の3つの分類に基づくガバナンス論に依拠する。その上で地方自治体は国際社会およ び国内社会の多様な主体との連携を行いながら中央政府と対峙する、という特徴を導き出 す。つまり、自治体による国内からの中央政府への働きかけを中心に扱いながら、国際社 会への働きかけ(外的条件)と自治体内の市民運動との相互作用(内的条件)に着目し、 そこに表出するガバナンスに注目する。 (2)資料 資料として首長による著作や新聞・雑誌に掲載された記事に加え、日本政府や地方自治 体が発表した文書資料を活用している。また、公表されていないが、著者が日本非核宣言 自治体協議会事務局(長崎市原爆被爆対策部平和推進課)に依頼することで入手できた、 最新の非核宣言自治体に関するデータも活用した。以上のように、現時点でアクセス可能 な資料をできうる限り収集した上で、本論文は構成されている。なお、各資料は添付資料 として本論文末にまとめて掲載してある。. (3)本論文の構成 序. 章. はじめに 第1節 先行研究の傾向 (1)国際社会から中央政府に安全保障政策の変更を迫るアプローチ (2)国内から中央政府に安全保障政策の変更を迫るアプローチ (3)地方社会中心アプローチ 第2節 ガバナンス理論における本稿の位置付け (1)分析枠組み (2)ガバナンス概念が登場した背景.
(4) (3)安全保障を地方自治体の視点で捉える問題視角の展開 (4)ガバナンス理論の動向と本稿におけるガバナンスの定義 第3節 研究対象の位置付け (1) 研究対象 (2) 本稿の構成 第1部:仮説編―安全保障領域におけるガバナンス 第1章:1970 年代―長洲一二の安全保障観 はじめに 第1節 日米同盟と新たな安全保障 (1)日米同盟を中心とした安全保障 (2)安全保障に関与する地方自治体 第2節 民際外交と長洲一二 (1)民災外交の起源と特徴 (2)長洲一二の「中道」 第3節 在日米軍基地問題・核兵器問題を巡る止揚 (1)総合安全保障 (2)中央政府との止揚 おわりに 第2章:2000 年代―規範的理論とアイデア はじめに 第1節 自治体平和政策という課題 (1)自治体平和政策が議題となる理由 (2)自治体平和政策が議題となる経緯 第2節 自治体平和政策を巡る学説 (1)政治学からのアプローチ (2)平和的生存権 (3)対話型立法権分有説 第3節 無防備地域条例制定運動の現状とアイデア再考 (1)国民保護計画策定との比較における無防備地域条例制定運動 (2)条約・憲法・条例の架橋 おわりに 第2部:事例編―安全保障に関与する地方自治体の政治過程 第3章:1970 年代―非核神戸方式による国際環境の機能的変化 はじめに 第1節 天津市との友好都市提携に至る過程 (1)貿易促進の希求と中国の反応.
(5) (2)宮崎辰雄の訪中 (3)友好都市提携の淵源 第2節 非核神戸方式が成立する経緯 (1)接収解除されない第 6 突堤 (2)第 6 突堤の返還 (3)非核神戸方式が生まれるきっかけ (4)宮崎の思想 第3節 非核神戸方式に対する中央政府と米国の反応 (1)非核神戸方式の波及と中央政府の見解の変遷 (2)米国の見解と非核神戸方式の効力 おわりに 第4章:1980 年代―非核自治体宣言が提示した争点志向型の連携 はじめに 第1節 非核宣言自治体の概要 第2節 1970 年代以前の非核宣言自治体 (1)原水禁運動の分裂 (2)原水禁運動の再展開 第3節 非核宣言自治体が増加した理由 (1)核競争と日米関係 (2)始動する反核平和運動 (3)非核自治体宣言運動の高まり 第4節 非核自治体宣言の思想 (1)民際外交と非核自治体宣言 (2)市民発意 (3)国際連帯 おわりに 第5章:1990 年代―高知県における非核港湾条例を巡る議論とガバナンスの萌芽 はじめに 第1節 港湾の非核化を検討するに至った経緯 (1)1999 年 11 月の高知県知事選挙 (2)住民の間で評価が割れた非核港湾条例 (3)橋本大二郎の安全保障観 第2節 日米安全保障体制を巡る対話 (1)日米安保重視路線の問い直し (2)日米安全保障体制の「再定義」を巡る日米両国間の対話 (3)周辺事態を巡る中央政府と地方自治体との対話.
(6) 第3節 非核港湾条例を巡る対立 (1)対立の潜在化 (2)対立の顕在化 (3)強調された安全保障観 (4)中央政府・米国に影響を与えた非核港湾条例 おわりに 第6章:2000 年代―平和首長会議によるガバナンスの展開 はじめに 第1節 荒木武の自治体平和政策 (1)広島平和文化センターの財団法人化 (2)平和問題調査会・広島平和研究所の設置 (3)平和首長会議の結成 第2節 平和首長会議の展開 (1)平和首長会議に通底する理念 (2)2020 ビジョンの下での国内の市民団体・住民との連携 第3節 平和首長会議と地方自治体組織・国連との連携 第4節 「核の傘」を巡る中央政府と平和首長会議 (1)「核の傘」からの離脱を申し立てた平岡 (2)「核の傘」を重視する中央政府 (3)「核の傘」から離脱を申し立てた秋葉 (4)「核の傘」離脱に向けた平和首長会議の戦略 おわりに 終. 章 はじめに 第1節 分析結果の整理 第2節 結論 第3節 今後の課題. 参考文献一覧 初出論文一覧 添付資料 Ⅲ.本論文の概要 第1部の仮説編と第2部の事例編で構成されている。第1章では、民際外交の提唱者と して 1975 年から 20 年間にわたって神奈川県知事を務めた長洲一二に焦点を当てる。長洲 の安全保障観は在日米軍基地問題と核兵器問題への対応が背景にあった点を明らかにする。 第2章では、安全保障領域における中央政府と地方自治体との管轄の分有を内包する規範.
(7) 的理論を考察し、多元的な主体による連携の可能性を示唆する。 第2部は時系列で事例を扱っている。第3章では、1970 年代の非核神戸方式を分析し、 同方式の特徴が国際環境に機能的変化を与える自治体国際活動であったことを述べる。つ まり、核問題という高次の政治課題を地域経済や住民生活の課題に落とし込むことで中央 政府への非対抗性に基づく核兵器積載艦船の神戸港入港拒否決議を採択させた点を指摘す る。第4章は 1980 年代に増加する非核宣言自治体を考察する。非核宣言自治体は核兵器を 争点に「市民発意」 (自治)と「国際連帯」 (連帯)に基づく、争点志向型の連携であった。 また、ローカル・コミュニティ主導の可能性を示唆する地方自治体の国際平和活動であっ た点も指摘する。 第5章は 1990 年代の高知県議会で審議された非核港湾条例を分析する。同条例は「安全 保障は中央政府と地方自治体との間における相互作用」との安全保障観に基づく当時の橋 本知事の提案であった。結果的に廃案になったものの、同条例をめぐる一連の議論が中央 政府と米国に与えた影響を評価する。第6章では 2000 年代の平和首長会議の軌跡を通じて 安全保障領域で果たした役割を考察する。同会議は 2017 年のノーベル平和賞受賞組織「核 兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN) 」が主導した核兵器禁止条約で最初の賛助団体でもあっ た。平和首長会議は「核兵器禁止条約」を戦術に自治と連帯を通じて、「核の傘」離脱に向 けた論理を提示する。また、自治体の国際活動が実現された事例として強調する。 終章では上記各章を踏まえて、安全保障領域では「国家にとっての安全」 (安全価値)と 「国民・住民にとっての安全」 (人権価値)の衝突は依然として続く一方で、従前の中央政 府主導の安全保障に対して地方自治体の自治と連帯に基づく新たな安全保障の変化が起き ていることを5つの観点から指摘している。 各章の概要 序章では先行研究を整理し分析枠組みを提示した上で、近年の安全保障論とガバナンス 論の潮流を確認している。批判的安全保障論では、 「国家が、他国から、国家のために、軍 事的方法で安全を確保する」という、これまでの国家安全保障の前提を問い直し、「国家以 外の誰が(何が)、何から、国民・住民のために、非軍事的な方法で安全を確保するか」ま で議論の射程を広げている。このような安全保障論の発展が、自治体による安全保障政策 への関与を捉える研究を可能にした。さらにガバナンス論は、一元的な統治機構の作用の みならず、多元的な主体が織り成す相互作用に着目する。これらの議論を受けて本論文は ガバナンスを「安全保障に係る『公』的な課題を巡り、多元的な主体による連携などを通 じた『治める』というプロセス」として定義する。 第 1 章は、1970 年代後半に在日米軍基地問題・核兵器問題に対峙した長洲一二神奈川県 知事の安全保障観を分析した。戦後日本の国際政治学における進歩派を代表する坂本義和 を援用しながら提示された長洲の安全保障観は、民際外交という概念で現れる。そこでの 地方自治体の役割とは中央政府との協働である。中央と地方の関係は対抗ではなく止揚に.
(8) その目的が据えられており、その構成要素として人々による自治と連帯が必須とされた。 「安全保障は中央政府の専管事項」という考え方が未だ根強い当時において、中央政府、 自治体そして市民の協働によって構想される安全保障像は新規性に富み、今日の安全保障 領域におけるガバナンス論に通底するものであったという。 第 2 章では、安全保障領域における中央政府と地方自治体との管轄の分有に関する近年 の規範的理論について、政治学・法学分野の議論に基づいて論じた。加えて、多元的な主 体間の連携可能性を提示した。特に 2000 年代に入り、国民保護法制定に関連して展開され た無防備平和地域条例制定運動は、多様な主体の討議から安全保障領域の形成を企図する ものとして理解できる。規範的理論・連携可能性に関するアイデアは、長洲の安全保障観・ 構成要素の延長線上に位置づけられる。 このように第1部において 1970 年代における長洲の安全保障観・構成要素を扱った第 1 章と、2000 年代における規範的理論・アイデアを扱った第 2 章が仮説として提示するとこ ろは、安全保障領域におけるガバナンスの萌芽と展開にほかならない。第 2 部では、本仮 説を立証するため、1970 年代以降、核兵器を巡る日本の安全保障に関与することで中央政 府と対峙した地方自治体の政治過程を分析し、地方自治体の反核兵器政策の展開を明らか にすることを試みた。 第 3 章では、1970 年代に成立した非核神戸方式の成立過程を検証した。非核神戸方式と は、米国・中央政府に対する対抗意識やイデオロギー対立に由来するものではなく、経済・ 住民の日常生活を基礎として成立したものであった。結果として、米軍艦船の神戸港への 寄港は今日まで行われておらず、これは自治体国際活動が国際環境の機能的変化を与えた ものとして評価できる。その一方で、非核神戸方式の理念に、当時長洲が示していた連帯 の概念はなく、 「安全保障領域における中央政府との協働」といった安全保障観を確認する こともできなかった。すなわち、神戸非核方式に安全保障領域におけるガバナンスの萌芽 を認めることはできなかった。 第 4 章では、非核宣言自治体が 1980 年代に増加した要因を分析し、非核自治体宣言が有 する思想的意義を明らかにした。非核自治体宣言の拡大に貢献したのは、市民団体であっ た。その運動の思想的基盤を提供したのが、非核・平和運動に尽力した日本文学者、西田 勝である。その思想が有する「市民発意」(自治)と「国際連帯」(連帯)を通して見えて くるものは、争点志向型の連携の提示にほかならない。これは、長洲が提示した自治と連 帯の理念を発展させたものといえる。なぜならば、長洲による自治と連帯の理念は「人々 の有機的な行動」など普遍的ではあるが具体性には乏しいといわざるを得ない。それに対 して、非核自治体宣言は核兵器という明確な「争点志向」の理念に基づいていた。これに より地方自治体が反核兵器政策で連携する可能性が提示されたのである。 第 5 章では、1990 年代の高知県における非核港湾条例を巡る議論の過程を分析し、その 特徴を明らかにした。冷戦の終焉を迎えた日米安全保障体制は、 「日米同盟の深化」の名の 下に対米協力が強化されていく。それに対して政府と自治体との対話は十分に成されなか.
(9) った。このような安全保障環境において高知県知事の橋本大二郎は非核港湾条例案の実現 に動く。これは「安全保障は中央政府と地方自治体との間における相互作用」という橋本 の安全保障観に基づいていた。条例案は可決しなかったものの、外務省と米軍は非核証明 を提出するに至る。非核港湾条例を巡る議論は、中央政府との対話の機会を少なからず引 き出し、安全保障領域におけるガバナンスの萌芽をみることができた。 第 6 章では、2000 年代における平和首長会議の発展を分析した。平和首長会議は核兵器 禁止条約成立への取り組みが評価され、2017 年にノーベル平和賞を受賞した核兵器廃絶キ ャンペーン(ICAN)の最初の賛助団体である。国内の市民団体、国内外の地方自治体、さ らには国連との連携により、2000 年代に飛躍的な加盟都市数の増加を成し遂げた。さらに 中央政府に対して、 「核の傘」からの離脱を申し立てている。そこには平岡敬、秋葉忠利ら 歴代の広島市長の貢献があった。日本政府は核軍縮について地方自治体との対話を試みる。 その一方で、核兵器禁止条約に対し消極的であり、 「核の傘」による抑止力を重視し続けて いる。その意味では平和首長会議が中央政府に影響を与えているとはいえない。しかしな がら、平和首長会議は核兵器廃絶を目標とした自治と連帯の理念に基づく行動の中で、核 兵器禁止条約を戦術として「核の傘」離脱に向けた論理の構築を行っているのである。 【結論】 ここまでの議論を、内的条件(国内における自治)・外的条件(国際社会における連帯) に加えてガバナンスに整理すると、次の表のように示される。 事例. 内的条件. 外的条件. (自治). (連帯). △. ×. ×. 〇. 〇. △. ×. ×. 〇. 〇. 〇. 〇. ガバナンス. 1970年代: 非核神戸方式 (神戸市) 1980年代: 非核自治体宣言 1990年代: 非核港湾条例を巡る議論 (高知県) 2000年代: 平和首長会議. 上表の補足を行えば、今日まで効力を発揮する非核神戸方式は、これまでに高知県やニ ュージーランドに参照されている。しかし自ら行政区画としての神戸市を出るものではな く、より広域な地理的領域において連携を見出すことはできなかった。すなわち、内的条 件は「△」であり、外的条件は「×」となる。 非核自治体宣言についていえば、自民党の一部の議員と非核都市宣言自治体連絡協議会 は、反核兵器政策に向け連携した。したがって、ガバナンスは「△」となる。.
(10) 高知県における非核港湾条例を巡る議論では内的条件・外的条件ともに整っていなかっ た。しかし、日米から対応を引き出し、ガバナンスの萌芽が看取された。この高知県の事 例結果の逸脱は、どのように理解すればよいのであろうか。推測の域を出るものではない が、その理由に首長のイニシアティブが考えられる。神戸市長の宮崎辰雄は、非核神戸方 式の導入の理由を問われた際、 「中央政府の非核三原則に従ってやっているだけ」と回答し た。これに対し橋本は、「非核三原則を中央政府と一緒になって守る」とした。ここには、 両者の安全保障観に明らかな差異があることが分かる。すなわち、橋本は宮崎と比べて、 安全保障へ主体的に関与する積極性を示した。ただし、高知県における内的および外的条 件の欠落は、最終的に、非核港湾条例が廃案となる要因のひとつであった。本事例は自治 と連帯なくして、非核神戸方式は拡大しないことを示唆する。 平和首長会議については、今日、加盟団体における住民との連携が、課題として、挙げ られた。その一方で、国内外における連携とともに加盟自治体の拡がりは、人々の「核兵 器はどこにも置けない」という意思の拡大にほかならない。 ガバナンスに注目した場合、1990 年代に萌芽し、2000 年代にかけて展開の様相をみせて いることが分かる。したがって、本論文の結論として、国境を越え他国の地方自治体・市 民団体と連携しながら、国内では当該地方自治体内部の住民を含めた多様な主体と連携す ることによって、中央政府の核兵器政策に影響を与えようとする地方自治体の反核兵器政 策の展開が明らかになった。この結論が示唆することは、地方自治体が、核兵器という争 点を巡り自治と連帯を行うことで、旧来の安全保障を巡る中央政府との枠組みを再構成し、 中央政府とともに、平和秩序形成の主体となる可能性にほかならない。 最後に、地方自治体の反核兵器政策の展開を再検討する上で必要な今後の課題が 5 点に まとめられている。1 つ目は「非核三原則」以前、すなわち 1960 年代における地方自治体 の反核兵器政策、2 つ目は他国の地方自治体による反核兵器政策、3 つ目は「沖縄問題」 、4 つは「原発問題」、5 つ目は核兵器に関する政策への世論の変化、である。これらは中央政 府のみが主体たる安全保障政策ではなく、民主主義の理念を礎としながら、安全保障領域 における中央政府と地方自治体とのあるべき関係を提示する上で、重要な作業となる。 Ⅳ.公聴会における主な質疑応答 [公聴会は 2018 年 10 月 6 日(土曜日) 、15 時から 16 時半まで実施] まず審査委員より本論文のキー概念である「止揚」について質問があった。それに対し 著者は、橋本大二郎が「自治体が国の安全保障に関与することによって安全保障政策が拡 大・進化する」と主張していたことを受けて、本論文におけるガバナンスの理念として止 揚があり、実態として行動と対話、その次の段階として協働があるとした。また、関連し て「対峙」については、1970 年代と比較して 90 年代以降では、自治体は反核兵器政策につ いて対抗関係になったと考えられたため、論文のタイトルに「対峙」を用いたと説明した。 次に、先行研究と比較した場合の独自性について議論された。国連などの国際機関やニ.
(11) ュージーランドなどの国家との関係に関する記述と、論文の目的である「中央政府との対 峙」との整合性はいかに図られているか、という質問がなされた。これに対し著者は、今 後の課題として、「ローカル・コミュニティ」の定義の精緻化を挙げた。これに加えて、国 境を越えグローバルガバナンスを構成する市民社会は理性を前提とするのに対して、一般 的に紐帯を想起させる狭域的なローカル・コミュニティはボーダーの内側での活動を重視 しており、本論文はその折衷を目指すところに独自性があると答えた。さらに反核兵器国 際レジームの形成に自治体が関与し、下支えになっている点が強調された。 また、他の委員からは欧州の自治体は対外活動が法的に厳しく制限されており、日本の 自治体は比較的活動しやすい法体系にあることが言及された。その上で、自治体による中 央政府への関与を「補完と対抗の中間」に位置付けるという視点も例示された。 そのほか、事例分析では首長が対象となっている中、非核自治体宣言のみ平和運動家の 西田勝を扱っている点について質問があった。著者は草の根運動で展開された非核自治体 宣言運動を分析するには、そのオピニオンリーダーである西田への分析が不可欠であると 述べた。そして神奈川県で非核宣言の制定過程に関する公文書の存在が判明したので、今 後はその分析に取り組む意思を示した。 Ⅴ.本論文の評価と審査結果 多元主義的な国際関係論において非国家行為体に分類される地方自治体は、サブナショ ナルな主体でもある。地方自治体は、国際社会および国内の多様な主体との連携を行いな がら、中央政府と対峙するところに特徴がある点に着眼する。国内政治および国際政治、 いずれの研究分野においてもその内的条件(国内における地方自治体、市民団体・住民と の自治)と外的条件(国際社会における地方自治体、市民団体との連帯)との相互作用を 分析する必要性は提唱されてきた。本論文はこの両条件を射程に捉えながら分析を試みた 独創的な研究である。 このような研究が可能となったのは、研究テーマを安全保障論、とりわけ核兵器の問題 に焦点を絞りながら、多様な行為体を包括的に把握する理論としてガバナンス論を採用し た点にある。安全保障の理論研究において、伝統的な「国家による国家のための」国家安 全保障のみならず、 「誰による、誰のための」安全保障なのか、その根源を問い直すことが 本論文では提起されている。安全保障概念の根本的転換ゆえに、これまで等閑視されてき た地方自治体の役割について再考が迫られている。つまり、 「軍事力を有しない地方自治体 による安全保障」というテーマが生起した背景を指摘する。 そして従来のガバナンス研究においては、日本政府の安全保障政策が「内外」(「内」と しての地方自治体・市民団体、 「外」としての米国)に左右されると指摘されているが、こ の場合、政府は「調整役」とされており、地方自治体そのものを対象としたものではない。 したがって、地方自治体を分析対象とした本論文が、これまでのガバナンス研究の欠落部 分に焦点を当てていることは疑いない。これらの点に鑑みて本論文のテーマ設定は妥当性.
(12) と重要性を備えているといえよう。 長洲一二に関する議論を端緒に、具体的な分析に着手する。長洲の民際外交における主 体の多元性という特徴から、著者は今日のガバナンス論との共通性を指摘する。この視点 は本論文を貫通しており、1970 年代から今日までの日本の国際政治学および地方自治体首 長による政策論、さらには社会運動の理念までを安全保障を巡るガバナンスというフレー ムによって再構築を図る。ここにも著者の独創性が確かに見て取れる。加えて、いわゆる 国是として定着した「非核三原則」とその運用の現場たる自治体の相克が本論文の主題で あるが、その分析に際して紋切り型の中央対地方あるいは保守対革新といった対立関係へ 著者は安易に落とし込まない。その中から生まれる「止揚」に注目し、積極的な意義を見 出す。 また、神戸市や高知県の事例を取り上げることで、沖縄問題や原発問題以外にも、日本 の自治体に安全保障上の課題があることへ光を当てた。これは、米軍基地や原発を抱える 地域のみならず、あらゆる自治体にとって安全保障が普遍的な課題となることを示してお り、その意義は決して小なく、安全保障問題への学問的貢献度も高いといえよう。これら の議論を鑑みても論文構成が妥当性を有していることが理解できよう。 先行研究についても国際関係論のみならず、政治学、行政学、法学、社会学など幅広い 分野にわたる学際的なアプローチをとりながらも手際よく整理されている。論旨の展開も 条例、議院議事録、各紙報道記事などの豊富な資料や関連する研究に基づきながら適切に 行われている。そこに飛躍や逸脱は認められず、十分に説得的である。さらに専門用語の 用法や引用および注の付け方、文献リストの正確さなども学術論文として要求される水準 を問題なく満たしている。地域から創出される平和の可能性を提示した実証的な研究とし て、自治体の政策決定者へのインプリケーションにも富んでいる。 以上により、現代日本政治における地方自治体の反核兵器政策について、時系列に沿い 各地域の内実に迫る議論を展開しながら、その全体像を俯瞰しまとめあげた本論文は卓越 した研究成果だといえよう。 なお、今後の課題として本論文では5項目をあげている。特に審査委員会での質疑を踏 まえて3点に絞りたい。第1に、他国の地方自治体による反核兵器政策の考察である。自 治と連帯を本論文の主要な柱にしていることもあり、ぜひ「国際連帯」の背景を他国の地 方自治体との関係で明らかにして欲しい。第2に、2001 年の東日本大震災を背景とする福 島第一原発事故で「原発問題」が喫緊の課題になり、それが地方自治体の反核兵器政策に 大きな影響を及ぼしていることは想像に難くない。ぜひこの関連性を研究してもらいたい。 第3に、基地・核兵器問題を争点に掲げている以上、沖縄問題の考察は避けられないはず である。また、米国の反戦・平和団体との関係性を考察して欲しい。その前提で欧米文献 の分析や引用が本論文の内容を深めると思われる。.
(13) 【審査委員会の結論】 以上の所見と評価、公聴会での質疑応答に鑑みて、本論文審査委員会は全員一致で本論 文が「博士(社会科学) 」の学位を受けるのに値すると認め、ここに推薦するしだいである。. 審査委員 主任審査委員. 早稲田大学社会科学総合学術院・教授. 多賀秀敏. 審査委員. 早稲田大学社会科学総合学術院・教授. 山田 満 博士(政治学). 審査委員. 早稲田大学社会科学総合学術院・准教授. 奥迫 元 博士(政治学). 審査委員. 明治大学法学部・教授. 大津浩. 博士(法学).
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