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  ジ ェ ル フ ァ ニ オ ン に よ っ て ギ ョ レ メ 七 番 と 命 名 さ れ た 聖 堂︵ 図 1︶ は、 地 元 で は﹁ 留 め 金 の 聖 堂 T okalı Kilise ﹂ を 意 味 す る 呼 称 で 親 し ま れ る、 珍 し い 建 築 プ ラ ン を 有 す る 聖 堂 で あ る 1︶ 。 か つ て 大 天 使 修 道 院 の 主 聖 堂 と し て 作 ら れ、 現 在 は 三 つ の 聖 堂 の 複 合 体 に なっている。まずビザンティン帝国が同地を得てすぐの九世紀に下 部聖堂が建てられ、十世紀の第一四半世紀には、下部聖堂の上に旧 聖堂が制作されたと思われる。共同体が大きくなり、シンプルなバ シリカ式の旧聖堂では手狭になったらしく、早くも十世紀半ばには 旧聖堂東壁面を破壊して、独特な構造を持つ新聖堂が掘り進められ た 2︶ 。新聖堂の 内 陣 は東西に亘る三つのヴォールトからなり、 アー ケードと細い通路が三つのアプシスを持つ 聖 域 と内陣を区切ってい る。北にはアーケードで繋がる礼拝堂が残る。   このうち旧聖堂と新聖堂にフレスコ装飾が残るが、旧聖堂は﹁ア ルカイック・グループ﹂と呼ばれるローカルな様式で飾られており、 新聖堂は首都から招いた画家が描いたとされる様式︵メトロポリタ ン・グループ︶である。十世紀半ばとされるまとまった図像を残す 聖堂は、同時期の作例が乏しいこともあって非常に貴重である。本 稿は、トカル新聖堂の北小祭室︵ 聖 体準備室 ︶とその周辺のプログ ラムについて論じる。プロテシスは典礼の際、聖体の準備に用いら れた空間であり、トカル新聖堂においても聖域内には聖体と聖餐に 関係する図像が置かれているが、ここでは小祭室のみならず、その 近隣の図像との組み合わせによって、重層的なプログラムが構成さ れていることを指摘する。まず北小祭室とナオスの北側に描かれた 図像及びその配置を確認し、それらの関係を読み解いていく。

トカル新聖堂のプロテシス

3︶   トカル新聖堂の聖体準備室アプシスには、マイエスタス・ドミニ ︵荘厳のキリスト︶が描かれている︵図 2︶。宝石で飾られた玉座に 坐るキリストは右手で祝福し、左手に聖書を持つ。大天使ミカエル とガブリエルが脇を占める。キリストの上方に半円の天、両隣にセ ラフィムとケルビム、足元には炎の輪が置かれ、エゼキエル幻想に 基づく図像であることがわかる。背景は明るい青で、下半が緑色に 塗られている。コンク下部のフリーズは三つの区画に分けられ、中

──

堂(

)北

──

 

絵理子

美学 . 第 67 巻 2 号(249 号)2016 年 12 月 31 日刊行 .

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央 の パ ネ ル に︽ ア ブ ラ ハ ム の 饗 宴 ︾ が 描 か れ る︵ 図 3︶。 左 の 区 画 に は 魂 を 量 る 天 使 と 悪 魔 4︶ 、 及 び 聖 ゾ シ モ ス 5︶ か ら 聖 体 を 授 か るエジプトのマリア 6︶ の二組がそれぞれ向かい合って立ち ︵図 4︶、 右の区画には聖アントニオス、柱上行者シメオン、聖テモテ、聖エ ピファニオス、聖アルセニオスの五人が並ぶ。中央の区画のみ背景 が青で、左右パネルは明るいオレンジだが、地面を表す緑色の色帯 は全区画が同じ高さで塗り分けられている。順に見ていく。   ア プ シ ス 中 軸 か ら 北 に か け て 展 開 す る 長 方 形 の 枠 内 に 描 か れ た ︽ ア ブ ラ ハ ム の 饗 宴 ︾ は 中 央 に 立 つ 人 物 が 剝 落 し て い る が、 左 端 に 自 宅 の 戸 口 に 立 つ 赤 い マ ン ト の サ ラ 7︶ 、 右 半 分 に 旅 人 た ち の 坐 る 食卓が残っている。聖三位一体の中央の人物は、十字のついたニン ブスに青い衣を着、巻物を持つキリストとして描かれており、コン クに描かれた坐像のキリストの真下に位置する。両脇に坐る旅人の うち左側の人物はほぼ剝落しているが、二人とも翼を持ち、白い衣 を纏っている。中央の人物には翼がなく、代わりに放射状に広がる 葉 を つ け た 樹 木 が 左 右 に 伸 び て い る。 同 図 像 が 描 か れ た 枠 の 中 で、 饗宴の食卓が右半分に寄せられた形になっているのは、上に描かれ たマイエスタス・ドミニのキリストとの照応関係を意識した構図で あろう。食卓の上には高坏と杯、テーブルクロスの手前には小さく 牛が描かれている。白い衣の上に薄緑のマントを着けた膝下の一部 のみが残る中央の人物は、給仕をするアブラハムと考えられる。旧 約︽アブラハムの饗宴︾によって予型論的に﹁三位一体﹂を表象す る ビ ザ ン テ ィ ン 図 像 に は、 二 つ の 系 統 が あ る。 一 つ は ア ン ド レ イ・ ルブリョフ Andr ei Rublev のイコン ︵トレチャコフ美術館︶ のように、 三 人 の 旅 人 を 等 し く 天 使 と 描 く も の で、 今 一 つ は 本 作 例 の よ う に、 中央の人物に十字架のニンブス等を付すことによって主なる神であ る こ と を 示 す も の で あ る。 前 者 は 天 使 を 均 一 の 表 現 で 描 く こ と に よ っ て、 各 位 格 の 同 質 性 homoousios を 強 調 す る。 後 者 は 創 世 記 に お い て、 ﹁ 主 は ア ブ ラ ハ ム に 言 わ れ た ﹂︵ 18: 13 ︶ と 記 述 さ れ て い る ことに基づいて、 一人を﹁主なる神キリスト﹂としたものである 8︶ 。 カ ッ パ ド キ ア で は カ ラ ン ル ク・ キ リ セ Karanlık Kilise ︵ ギ ョ レ メ 二三番︶が両タイプの折衷的な表現を採り、三天使は一様にニンブ スに十字をつけている。   剝落著しい左の区画は他の二つと比べて狭く、向かい合う二組の 立像がひとつの枠に収められている。左端に立つ天使は右手に天秤 を下げ、左手と顔を上に向けている。対する人物はこの区画内でた だ一人ニンブスがなく、赤い翼に赤い衣で脚がむき出しである。天 使と悪魔が、死者の魂を秤にかけてその運命を話し合っている場面 と さ れ る 9︶ 。 悪 魔 と 背 中 合 わ せ に 立 つ の が 聖 ゾ シ モ ス で、 前 に 立 つエジプトのマリアの口元に聖体の載ったスプーンを差し出してい る。特にエジプトのマリアは傷みが酷いものの、両者共に頭上の銘 を読み取れる。この二組が同じ枠内に描かれていることは両図像に 何らかの関わりがあることを示唆するが、前者の内容が不明瞭であ るため、決定的な説はない。エジプトのマリアの聖体拝領に関して は、死を前にして聖体を求めた聖女の図像が聖体準備室に置かれる ことで、先に見た︽アブラハムの饗宴︾と併せて相乗的に、聖餐の 教義を強調するものと考えることが出来る。   右の区画は先に述べた五聖人が並べられているが、これも傷みの ため顔などが判然とせず、辛うじて読み取れる銘によって同定され る。それぞれが、修道制や砂漠︵エジプト︶との関係が指摘されて

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いる 10︶。﹁エジプトの﹂ マリアが聖域内に描かれる 11︶ことと併せて、 活動地域に基づく聖人の選定があったと見られる。

北ヴォールト及び東壁アーケードの図像、

フリーズのキリスト伝

  聖域とナオスの間には細い通路があるが、北小祭室の正面に立っ て見上げれば、ナオスの北ヴォールト東側とアーケードのスパンド レ ル が 視 界 に 入 る︵ 図 5︶。 数 歩 右 に 進 め ば、 ア ー チ の 間 に、 北 小 祭室と主アプシスに挟まれた東壁に描かれている︽聖母の眠り︾と コ ン ク の エ レ ウ サ の 聖 母 を 見 る こ と が 出 来 る は ず で あ る。 ま ず 北 ヴォールトの東側から見ていく。   前述の通り、新聖堂のナオスは三つのヴォールト天井を持ち、南 北壁に半円状の壁面をつくる独特の壁面構成になっている。キリス ト伝図像は北ヴォールト東側上部から始まる。 ゆとりある構図の ︽受 胎 告 知 ︾ で あ る︵ 図 6︶。 翼 を 広 げ た ガ ブ リ エ ル が 地 に 降 り た ち、 右手を掲げて発話の姿勢を取っている。衣は翻り、左手に杖を持つ。 建築モティーフの前で足台に立つマリアは、左手に二本の糸巻を持 ち、右手を肩に引き寄せて掌を上に向けている。その足元には持ち 手のついた水瓶が置かれている。 この水瓶は、 彼女が水を汲みに行っ た時に突然ガブリエルから言葉をかけられ、恐れて戻ってきた時の も の で あ ろ う︵ ヤ コ ブ 原 福 音 書 11: 1 ︶ つ ま り こ こ で は﹁ 井 戸 の 受 胎告知﹂と一般的な﹁糸巻きの受胎告知﹂とが合体されていると見 ることが可能である。   続くエピソードである三主題は、赤い線で区切られた下の枠に収 められている。通常、左から右に描かれた物語は進むものだが、こ こ で は 右 か ら 左 に 物 語 が 進 行 す る 12︶。︽ ご 訪 問 ︾、 ︽ マ リ ア を 咎 め る ヨ セ フ ︾、 そ し て︽ 水 の 試 み ︾ で あ る︵ 図 7︶ 13︶ 侍 女 が 戸 口 に 立 つ建築物の前で、エリサベトがマリアを抱き寄せ、頬に口づけてい る︵ ル カ 1: 39-56 、 ヤ コ ブ 原 福 音 書 12: 2-3 ︶。 訪 ね て き た マ リ ア が 左 側に、迎えるエリサベトが右側に描かれるのはこの図像の定型通り である。その隣、衣が触れ合う位置に再びマリアが描かれ、左隣の ヨセフに対し、右掌を胸の前に掲げて疑いを否定している。ヨセフ の顔は剝落しているが、右手はマリアに向けられて、婚約中の身で あるにも拘らず身ごもったことを問い質す身振りである︵ヤコブ原 福 音 書 13: 1-3 ︶。 こ の 主 題 も、 仕 事 か ら 家 に 帰 っ た ヨ セ フ が 左、 迎 えるマリアが右に立っている。すなわち各主題のみを眺めると、一 般的な構図のまま描かれているため、登場人物の進む方向は左から 右 と い う こ と に な る。 し か し 各 主 題 の 進 行 方 向 と は 逆 行 す る 形 で、 物語は左へと進む。北壁との交点に当たる左端に祭壇とキボリウム が置かれ、祭壇の後ろに立つ祭司ザカリアが両手で大きな杯を両手 で持ち、身を屈めるマリアの口元に宛がっている︵ヤコブ原福音書 16: 1-3 ︶。 マ リ ア は 両 手 を 衣 に 隠 し、 杯 を 支 え る よ う に 添 え る。 後 ろではヨセフが小さな瓶を呷っている。 例えばオフリドのパナギア ・ ペリブレプトス聖堂︵一二九四/九五年︶や、セルビアのストゥデ ニ ツ ァ 修 道 院﹁ 王 の 聖 堂 ﹂︵ 一 三 一 四 年 頃 ︶ に 描 か れ た 同 主 題 で は、 マリアとザカリアの位置は逆転している。図像配置の進行方向に合 わせて構図を変えたと思われる。この区画は、ヤコブ原福音書の通 りに読むならば物語図像が右から左に並べられているわけだが、こ の点については後に立ち戻ることにして、次の主題を確認しよう。

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  ︽水の試み︾を経て身の潔白を証明したマリアとヨセフの物語は、 北壁リュネット頂部に続く。縦に区切った二区画に︽ヨセフの夢︾ 、 ︽ ベ ツ レ ヘ ム へ の 旅 ︾ が 描 か れ る。 横 た わ る ヨ セ フ の も と に 天 使 が 訪れ、 ﹁ヨセフ、 恐れず妻マリアを迎え入れなさい︵マタ 1: 20 ︶ 14︶ と告げる。左の区画には、右から左に旅する一家が描かれる︵ルカ 2: 1-5 ︶。 ヤ コ ブ が 先 導 し、 驢 馬 に 乗 っ た マ リ ア、 ヨ セ フ が 続 く。 左 隅には岩山が置かれるが、このモティーフは隣接する︽降誕︾の岩 山と同じ表現をとる。更なるエピソードは北ヴォールトの西側に描 かれるため、ここで右から左に物語が進まざるを得ないことは当然 と 言 え る が、 ヤ コ ブ 原 福 音 書 で は、 ︽ ヨ セ フ の 夢 ︾ は︽ 水 の 試 み ︾ よりも前に語られるエピソードである︵   14: 1-2 ︶。   北 ヴ ォ ー ル ト 西 側 上 部、 ︽ 受 胎 告 知 ︾ と 対 に な る 位 置 に︽ 降 誕 ︾ が 配 さ れ る︵ 図 8︶。 三 角 形 の 岩 山 の 中 央 で マ リ ア が 寝 床 か ら 身 を 起こし、彼女を挟むようにキリストが二回描かれる。キリストが寝 かされている飼葉桶は棺のように描かれ、牛と驢馬が幼子を覗き込 む。産婆と侍女がキリストに産湯を使わせている。右隅には頬杖を ついたヨセフがマリアたちに背を向けて坐っている。山頂左右には 天使たちがキリストを拝み、天を仰ぎ、羊飼いたちにお告げをする。 頂部にはベツレヘムの星が瞬いており、そこから発された光が横た わるキリストの足を過ぎ、真っ直ぐ産湯のキリストに降り注いでい る。 キ リ ス ト の 産 湯 が﹁ 洗 礼 ﹂ の 予 示 で あ る の な ら、 ﹁ イ エ ス は、 神 の 霊 が 鳩 の よ う に ご 自 分 の 上 に 降 っ て 来 る の を ご 覧 に な っ た ﹂ ︵マタ 3: 16 他︶を思わせる表現である。   赤 い 線 で 区 切 ら れ た 下 の 区 画 に、 ︽ ベ ツ レ ヘ ム の 星 を 見 つ け る マ ギ︾と︽マギの礼拝︾が、再び右から左に並べられている︵図 9︶。 右に立つ三人のマギのうち、最も年長の博士は右手を翳して上を仰 い で い る が、 こ れ は 枠 の 区 切 り を 越 え て、 上 部 に 描 か れ た︽ 降 誕 ︾ のベツレヘムの星を見ていると理解すべきであろう。複数の図像が 枠を超えて結びつくのは、本聖堂装飾の重要な特色である。右端に 立つ若い博士もまた横顔を晒して見上げており、手には巻物を持っ て い る 15︶ 隣 で は、 再 び 描 か れ た 三 人 が、 マ リ ア の 膝 に 抱 か れ る 幼いキリストに身を折って贈り物を捧げる。マリアの後ろにはヨセ フが立ち、小さく描かれた天使が聖母子を示す。   続くエピソードは、 西壁から北壁にかけて、 アーケード上のフリー ズ に 枠 線 の 区 切 り な く 並 べ ら れ て い る。 左 か ら 右 に、 ︽ エ ジ プ ト 逃 避︾ 、︽神殿奉献︾ 、︽博士たちとの問答︾ 、︽洗礼者ヨハネの召命︾ 、︽キ リストに挨拶する洗礼者ヨハネ︾ 、︽洗礼︾ 、︽荒野の試み︾ 、︽マタイ の 召 命 ︾、 ︽ 四 使 徒 の 召 命 ︾、 ︽ カ ナ の 婚 礼 ︾︵ 図 10︶ で あ る。 ︽ 博 士 た ち と の 問 答 ︾ ま で は 西 壁 フ リ ー ズ に 描 か れ 、︽ カ ナ の 婚 礼 ︾ は 北 壁 と 直交する東壁アーケードのスパンドレルにかかる。このフリーズは このまま右に向かって聖堂を一周しており、東壁はアーケードのス パンドレルという形で南壁まで続いているが、スパンドレルの癒し の 奇 蹟 の み 、 エ プ ス タ イ ン に よ る と 右 か ら 左 に 読 む 16︶ 便 宜 上 、 左 から右に列挙すると、 ︽二人の盲人の癒し︾ 、︽らい病患者の癒し︾ 、︽キ リストと寡婦︾ 、︽腕萎えの男の癒し︾と続き、 ︽水腫病の男の癒し︾ で南壁フリーズに接続する。再び左から右に進行方向が戻り、南壁 に︽役人の息子の癒し︾ 、︽ヤイロの娘の蘇生︾ 、︽中風患者の癒し︾ 、︽ラ ザ ロ の 蘇 生 ︾、 ︽ エ ル サ レ ム 入 城 ︾、 ︽ 最 後 の 晩 餐 ︾、 そ し て 西 壁 に 一 部分だけ残る︽洗足︾が並ぶ。洗礼者ヨハネにまつわるエピソード が 丁 寧 に 描 か れ て い る ほ か、 ︽ 荒 野 の 試 み ︾ に お い て 足 元 に 水 瓶 ら

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しきものが置いてある点、癒しの奇蹟に多くの壁面が割かれている 点などは注目に値するが、本稿で論ずるべきは何よりも︽カナの婚 礼 ︾ で あ る 17︶ 長 方 形 の 構 図 に 収 ま る よ う に 描 か れ て き た 各 主 題 と異なって、東壁スパンドレルにはみ出している同主題を確認する。   アーチの連なる建築モティーフの前に、シグマ型のテーブルを囲 んでキリスト、マリア、四人の使徒たちが坐る。卓上には高坏があ り、左端のキリストが手を伸ばして祝福している。隣に坐るマリア は右手を挙げて息子に話しかける身振りである。婚礼の食卓である 以上、宴席には新郎新婦や親族の者が居るべきだが、描かれている のは明らかに使徒たちである。彼らの後ろに再び描かれたキリスト が、壁の交差部を越えて手を伸ばしている。東壁には水瓶に水を注 ぐ召使いと、杯で味見をする世話役が描かれる。この半分の幅しか ないスパンドレルには、細長い壁面を利用して、六つの水瓶が重ね られている。その一番上の水瓶に召使いが水を注ぐ様子が表現され ているのだが、青い線で描かれたこの水に、北壁東端に立つキリス トが右手を差し入れて祝福している。エプスタインは一番上の七つ 目 の 水 瓶 を キ リ ス ト が 祝 福 し て い る と 書 い て い る が 18︶ こ れ は 福 音書の本文通りに六つの水瓶に水を汲んでいるところであり、注が れている水に触れてキリストが奇蹟を行っていると見るべきであろ う。東壁のみを見れば、キリストの右手のみが描かれて水をワイン に 変 え て い る と こ ろ で あ る 19︶ こ れ は 新 聖 堂 に 描 か れ た キ リ ス ト 伝の中でも特異な構図を持つ主題である。同じ壁面を持つのは対に なる位置にある、東壁スパンドレルと南壁に描かれた︽水腫病の男 の癒し︾だが、これは半分しかないスパンドレルの幅が余りにも狭 いため、キリスト及び使徒二人の上半身しか収まらず、キリストに 助けを求める患者と彼に肩を貸す人物は南壁に押し出されたと考え ることが出来る。しかし︽カナの婚礼︾は北壁に残された空間が十 分とは言い難いにも拘らず、わざわざキリストを重複させて着席の 様子と奇蹟を行う瞬間とを描いている。聖堂を一周するこのフリー ズにおいて、殆どのキリストは常に銘文の余地を残した枠いっぱい に描かれているが、この︽カナの婚礼︾では他の人物より抜きんで て大きく表現はされず、水をワインに変える奇蹟を行うキリストに 至っては、使徒たちのニンブスに隠されて上半身しか見えない。他 の 主 題 を 確 認 す る と 、 南 壁 の ︽ エ ル サ レ ム 入 城 ︾ と ︽ 最 後 の 晩 餐 ︾ に おいて比較的キリストが小さいため、画家は着座の状態で大きく描 くことが出来なかったのかもしれない。それでもなお、重複して描 かれた奇蹟を行うキリストが例外的に小さく、やや強引に描き込ん だように見えるのは確かである。既に奇蹟によって変えられている ワインを確認する世話役だけでなく、ワインが水に変化する瞬間を どうしても描きたい理由があったのだろうか。そしてそれは、北壁 と東壁の交わるこの位置に描かれなければならなかったのだろうか。

北小祭室周辺における水の強調

  さて、もう一度聖体準備室の前に立って、上から下へ眺めてみよ う︵図 5︶。北ヴォールト東側頂部に︽受胎告知︾ 、その下の枠では 右から左に︽ご訪問︾ 、︽マリアを咎めるヨセフ︾ 、︽水の試み︾が収 められ、 更に下がってプロテシス開口部を囲むスパンドレルに、 ︽カ ナの婚礼︾のうち変化したワインを味見する世話役、水瓶に水を汲 む召使い、その水に触れて祝福するキリストの右手のみが描かれる。

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もう一方のスパンドレルには︽二人の盲人の癒し︾の断片が残るが、 これは東壁アーケードに並べられた癒しの奇蹟の文脈で読み解くべ き主題であろう。   既 に 見 た 通 り、 ︽ 告 知 ︾ の マ リ ア の 足 元 に は 初 め に 天 使 が 訪 れ た 際にマリアが持っていた水瓶が置かれている。彼女の手には糸巻が あり、これが二回目の告知であることが判るが、井戸から持ち帰っ た水瓶を敢えて描くことで、両方の告知が示されている。マリアの 妊娠が判った後のエピソードが、一般的な進行方向とは逆である右 から左に向かって置かれていることも注目に値する。それが︽ご訪 問︾を右に置きたかったからなのか、それとも︽水の試み︾を左に 置きたかったからなのか、視線を僅かに下げれば推測は可能だろう。 マ リ ア が ザ カ リ ア の 手 か ら 苦 い 水 20︶ を 飲 ま さ れ て い る 祭 壇 の す ぐ 下 に は、 ︽ カ ナ の 婚 礼 ︾ に お い て 水 を ワ イ ン に 変 え る キ リ ス ト の 右 手 が 描 か れ て い る。 プ ロ テ シ ス 手 前 の 東 壁 面 に は、 水 に 関 わ る モ ティーフが集中して並べられているのである。一度目の告知の際に マリアが水を汲んでいた水瓶、ザカリアがマリアの口元に傾けてい る試みの水を入れた杯、そしてキリストの右手によってワインに変 えられた水を湛える六つの水瓶。これは下から順に見た方がその含 意 を 推 測 し や す い だ ろ う。 ︽ カ ナ の 婚 礼 ︾ は、 キ リ ス ト が 人 前 で 初 めて見せた食物奇蹟であると同時に、水をワインに変えることから、 聖 餐 と そ れ に 続 く 受 難 の 予 告 で も あ る︵ ヨ ハ 2: 4 ﹁ わ た し の 時 は ま だ来ていません﹂ ︶。その上方では、マリアが苦い水を口に含んでい る。その祭壇の前で祭司の手から杯を受ける彼女の身振りは、中期 以降のビザンティンの聖堂アプシスの下部において良く見られる図 像である﹁使徒の聖体拝領﹂において、使徒がワインを授かる身振 り と 酷 似 し て い る 21︶ ま た 先 に も 触 れ た 通 り、 進 行 方 向 に 合 わ せ てマリアとザカリアはその位置を交替している。画家は奇蹟を行う キリストの手の真上に、聖体の置かれる祭壇を置きたかったのであ ろう。そして更に上には、キリストの誕生が告げられた時にも水は 傍らにあったことが目に見える形で示される。アタナシオスは﹃言 の 受 肉 ﹄ 18: 5-6 に お い て、 処 女 か ら 肉 体 が 形 成 さ れ た こ と と、 水 の 実体が葡萄酒に変化した奇蹟やパンの増加の奇蹟を並べて、創造主 で あ り 主 で あ る 神 の ロ ゴ ス に つ い て 論 じ て い る 22︶ こ れ ら の 奇 蹟 は 全 て﹁ キ リ ス ト が 神 で あ り、 か つ 神 の 子 で あ る ﹂︵   19: 4 ︶ こ と を 明らかにするためであったが、聖体準備室の前という箇所にこれら の図像が水の関与を強調しつつ示された時、鑑賞者にはもうひとつ の 意 味 の 読 み 取 り が 要 求 さ れ て い る と 考 え て 然 る べ き で あ ろ う。 ︽ カ ナ の 婚 礼 ︾ で キ リ ス ト が 反 復 さ れ、 右 手 の み が 東 壁 ス パ ン ド レ ルに突出するというレイアウトが採用された理由は、物語の左右を 通常と逆にすることで構図北端に置いた︽水の試み︾の祭壇と、そ こ で 杯 を 受 け る マ リ ア の 下 に 描 き た か っ た か ら、 そ し て 何 よ り も、 プロテシスの手前に来る位置に、水をワインに変える奇蹟の場面を 置きたかったからではないだろうか。聖体準備室アプシスの下部北 側では︽アブラハムの饗宴︾と︽エジプトのマリアの聖体拝領︾に よって、聖体のパンの強調が為されている。プロテシス手前の東壁 面においては、キリストの手に触れて水から変化したワイン、その 真上に置かれた祭壇、マリアが祭司から杯を受ける身振り、そして 告知を受けるマリアの足元の水瓶によって、聖餐のワインの強調が 為されていると言えるであろう。下方ではエジプトのマリアが聖ゾ シモスからパンを授かり、上方ではマリアが祭司ザカリアから杯を

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受ける。その間では、キリストの右手が正に水に差し入れられ、ワ インへと変化する奇蹟が行われているのである。

北ヴォールト西側とキリスト伝フリーズ

  北ヴォールトの東側では水及び聖餐のワインの強調を読み取るこ と が 出 来 た が、 西 側 は ど う だ ろ う か。 ︽ 降 誕 ︾ の 下 の 区 画 は、 や は り 右 か ら 左 に 読 み 取 る よ う に 配 置 さ れ た︽ マ ギ の 礼 拝 ︾ で あ っ た。 この下のフリーズに描かれるのは︽エジプト逃避︾ 、︽神殿奉献︾ 、︽博 士たちとの問答︾だが、生憎剝落が著しい。マギの礼拝を受ける聖 母子の真下に来るのは︽エジプト逃避︾の一部で、上半身裸のエジ プトの擬人像が聖家族を迎えているようだが、傷みのために細部が 確 認 出 来 な い。 ︽ 神 殿 奉 献 ︾ の シ メ オ ン が 幼 い キ リ ス ト を 抱 き 取 ろ うと両手を差し出し、体を折る仕草を、ヴォールトで聖母の膝の上 のキリストに贈り物を捧げようとする老いたマギの身振りと重ねる ことは可能かもしれない。もしマギの主題が左から右に並べられて いたら、聖母子は右端に描かれ、当然三博士の体の向きは逆になり、 マ リ ア か ら キ リ ス ト を 抱 き 取 る シ メ オ ン と は 反 対 向 き に な っ て し まっただろう。   重複して描かれた三博士は上段︽降誕︾に輝くベツレヘムの星を 見上げているが、この星から降り注ぐ光が飼葉桶に寝かされたイエ スではなく、 産湯を使うイエスに向かっているのは珍しい。 また、 ︽博 士たちとの問答︾から連続する北壁に、洗礼者ヨハネにまつわるエ ピソードが丁寧に描かれていることも一般的ではない。例えばキプ ロ ス 島、 ラ グ デ ラ の パ ナ ギ ア・ ト ゥ・ ア ラ コ ス 聖 堂︵ 一 一 九 二 年 ︶ では、幼いイエスが産湯から逃れるような素振りを見せるが、こう した作例は産湯を洗礼の予告として、イエスにまだ受難への心構え ができていないと解釈することも可能である。新聖堂において、ベ ツレヘムの星の光が、飼葉桶ではなく産湯のキリストに射すことと、 ︽ 洗 礼 ︾ に 先 立 つ エ ピ ソ ー ド が す ぐ 近 く の 壁 面 に 丁 寧 に 描 か れ て い ることを考えると、やはりここでも水にまつわる主題が重視されて いると言えるのではないだろうか。 また北壁面のみでも、 ︽洗礼︾ 、︽荒 野の誘惑︾ 、︽四使徒の召命︾で水が描かれており、特に︽誘惑︾に おいて水が描かれることは珍しいことからも、聖堂北側に水を描く 主題が集中していると言えるだろう。   北壁の東西二隅でそのような試みが為されているとなれば、南壁 の 同 箇 所 も 確 認 し て お か ね ば な ら な い。 ︽ カ ナ の 婚 礼 ︾ 同 様、 南 壁 と 東 壁 ス パ ン ド レ ル に 跨 っ て い る 主 題 は、 ︽ 水 腫 病 ὑδρωπικός の 男 の癒し︾である。癒しの奇蹟の中で、水と関わりのある図像と言え な く も な い 23︶ そ し て、 ︽ カ ナ の 婚 礼 ︾ の 対 角 線 上、 ︽ 洗 礼 ︾ に 先 立 つ エ ピ ソ ー ド の 正 面 に 描 か れ て い る の は︽ 最 後 の 晩 餐 ︾ で あ る。 シ グ マ 型 の テ ー ブ ル を キ リ ス ト と 使 徒 た ち が 囲 む 定 番 の 図 像 だ が、 これは言うまでもなく聖餐の教義を端的に示す主題である。果たし てこの規模の聖堂において、画家が対角線上の図像まで意識して配 置 を 工 夫 し て い た か は 推 測 の 域 を 出 な い が、 ︽ カ ナ の 婚 礼 ︾ の 食 卓 を囲んでいるのが、聖母子を除けば明らかに同色のトーガを纏った 使 徒 た ち だ け で あ る と い う 点 は、 明 記 し て お く 必 要 が あ る だ ろ う。 キ リ ス ト と 使 徒 た ち が 同 型 の 食 卓 に 着 き、 ︽ カ ナ の 婚 礼 ︾ で は 水 が ワインに変えられ、 ︽最後の晩餐︾ではパンが割かれる。予型的に、 そして象徴的に聖餐の教義が描かれるふたつの主題が、聖堂の隅で

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示されている。

奇蹟伝のレクショナリーとの照合

  エプスタインは、東アーケードに描かれたキリストの奇蹟伝は右 か ら 左、 す な わ ち 南 か ら 北 に 読 み 解 か れ る と し た が 24︶ こ の 並 び 順は、各々齟齬がある四福音書本文の順序では説明することが出来 ない。他に順序の根拠になり得るものとしては、教会典礼の暦であ るレクショナリーがある。ここでは関係箇所を、福音書本文及びレ クショナリーと照合しておく。煩雑になるため、以下に列挙する。 ︽カナの婚礼︾   ヨハ 2: 1-11 ︵ヨハネ第二月曜、使徒トマスの週︶ ︽ 二 人 の 盲 人 の 癒 し ︾  マ タ 9: 2 7-31 ︵ マ タ イ 第 九 日 曜 ︶、 マ タ 20 : 29 -34 ︵マタイ第十二土曜︶ 25︶ ︽らい病患者の癒し︾   マタ 8: 1-4 ︵マタイ第三土曜︶ ルカ 5: 12-16 ︵ル カ第二火曜︶ 26︶ ︽ キ リ ス ト と 寡 婦 ︾  銘 は マ コ 12: 43 。 内 容 は マ コ 12: 41-44 ︵ ル カ 第 十六木曜︶ ︽腕萎えの男の癒し︾   マタ 12: 9-14 ︵マタイ第五月曜︶ 、マコ 3: 1-6 ︵四 旬節第一土曜、マルコ︶ 、ルカ 6: 6-11 ︵ルカ第四土曜︶ ︽水腫病の男の癒し︾   ルカ 14: 1-6 ︵ルカ第十三土曜︶ ︽役人の息子の癒し︾   銘はヨハ 4: 50 ︵ヨハネ第三月曜、 携香女の週︶   南壁の東、つまり︽カナの婚礼︾と対の位置にこの情景を配するの は意図的であろう。復活祭の翌週と翌々週の月曜という繋がりだけ でなく、この主題は﹁イエスは再びガリラヤのカナに行かれた。そ こ は 、 前 に イ エ ス が 水 を ぶ ど う 酒 に 変 え ら れ た 所 で あ る ︵ ヨ ハ 4: 4 6 ︶ と記述されるのである。 ︽ ヤ イ ロ の 娘 の 蘇 生 ︾  マ タ 9: 1 8-26 ︵ マ タ イ 第 六 土 曜 ︶、 マ コ 5: 22 -43 ︵マタイ第十四金曜︶ 、ルカ 8: 40-56 ︵ルカ第七日曜︶ 27︶ ︽ 中 風 患 者 の 癒 し ︾  マ タ 9: 1-8 ︵ マ タ イ 第 六 日 曜 ︶、 マ コ 2: 1-12 ︵ 四 旬 節 第 二 日 曜、 マ ル コ ︶、 ル カ 5: 17-26 ︵ ル カ 第 二 土 曜 ︶  描 か れ た モティーフからはテキストの同定が出来ない。 ︽ラザロの蘇生︾   ヨハ 11: 1-44 ︵ラザロの土曜、受難週に接続する︶   少なくとも東アーケードに関する限り、五場面はテキストの時間 的な順序でも、典礼的な順序でも説明できないことが判る。エプス タインの言う﹁右から左﹂の進行方向には根拠がない。四場面はル カ に 拠 っ て い る が 28︶、︽ 二 人 の 盲 人 の 治 癒 ︾ は マ タ イ 本 文 の い ず れ かに拠るため、すべてルカに依拠するわけではない。

結び

  以上、トカル新聖堂の北小祭室及びその周辺の図像を概観し、プ ログラムを検討してきた。プロテシスの内部では、アプシス下に描 かれた︽アブラハムの饗宴︾と︽エジプトのマリアの聖体拝領︾に よって、聖体準備室である小祭室の中で、パンを中心に聖餐の教義 が強調されていた。本稿は、一般的な図像の進行方向とは逆になっ ている箇所や、聖堂内の他の箇所と異なるレイアウトで描かれた主 題に着目し、 整理してその理由を探った。その結果、 ︽受胎告知︾ 、︽水 の 試 み ︾、 及 び︽ カ ナ の 婚 礼 ︾ の う ち ワ イ ン を 水 に 変 え る 奇 蹟 を 行

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う キ リ ス ト の 手 が 描 か れ て い る 聖 体 準 備 室 手 前 の 東 壁 面 を 中 心 に、 新聖堂の北側で一連の奇蹟と水との関わりが強調されていることを 明らかにした。また ︽受胎告知︾ のマリアの足元の水瓶、 ︽水の試み︾ の 祭 壇 と マ リ ア が 祭 司 の 手 か ら 受 け る 杯、 ︽ カ ナ の 婚 礼 ︾ で 奇 蹟 を 行うキリストの右手を縦軸に描くことで、聖餐の葡萄酒が特に示さ れていることを指摘した。聖体の準備や大聖入の際に利用されるプ ロ テ シ ス 内 外 に お い て、 エ ジ プ ト の マ リ ア は 聖 体 の パ ン を 授 か り、 聖母マリアは祭司から杯を受けている。その間を繋ぐ細い壁面にお いて、キリストの右手が水をワインに変える奇蹟を行う。また、北 ヴォールトの西側では、老いたマギと老祭司シメオンが幼いキリス トに体を折って敬意を表し、マギの見上げるベツレヘムの星は産湯 のキリストに降り注ぐ。赤い線で区切られて様々な場面が描かれる 同聖堂ではあるが、その枠を超えて各主題が結びつき、有機的に意 味を生成していた。聖体準備室という場所の機能を引き立てるよう に、それらは象徴的、または間接的に、キリストの奇蹟と聖餐の秘 跡を語り続けている。        ︵ 1︶ G. de Jerphanion, Une nouvelle pr ovince de l ’ar

t byzantin. Les églises

rupestres de Cappadoce , 2 vols in 4 par ts, Paris, 1925, 1932, 1936, 1942, I, p p.262-376; M . R es tle , Byzantine W all-Painting in Asia Minor I , G re en w ic h , 1967, p p.35-37, p p.111-116; A . C u tle r, “Apostlic Monasticism at T okalı Kilise in Cappadocia, ” Anatolian Studies 35 ︵ 1985 ︶, pp.57-65; L. Rodley , Cave Monaster y of Byzantine Cappadocia , Cambridge, 1 98 5, pp. 21 3-2 22 ; A. W . Epstein, T okalı Kilise: T enth Centur y Metr opolitan Ar t in Byzantine Cappadocia , W ashington, D. C ., 198 6; N . T h ie rr y, “La peintur e de Cappadoce au x ᵉ siècle. Recher

ches sur les commanditair

es de la Nouvelle Èglise de T okalı et d’autr es monuments, ” Constantine VII Porphyr ogenitus and His Age. Second Inter national Byzantine Conference, Delphi, 2 2-2 6 july 1 98 7,

ed. A. Markopoulos, Athens, 1989, pp.217-246; eadem,

“De la detation

des églises de Cappadoce,

” BZ 88 ︵ 1995 ︶, pp.419-455; C. Jolivet-Lévy ,

Les églises byzantines de cappadoce: Le pr

ogramme iconographique de

l’apside et de ses abor

ds , Paris, 1991, pp.94-108; H. W iemer-Enis, Die W andmalerei einer kappadokischen Höhlenkirche: die Neue T okalı in Göreme , Frankfur t, 1 99 3; eadem, “Zur Datier ung der Maler ei der Neuen T okalı in Gör eme, ” BZ 91 ︵ 1998 ︶, pp.92-102; R. W arland, “Das T emplon der Neuen T okalı Kilise in Gör eme, Kappadokien, ” B . Borkopp, T . Steppan, ΛΙΘΟΣΤΡΩΤΟΝ : Studien zur Byzantinischen K un st un d G es chi ch te Fe st sch ri ft f ür M arc el l R es tle , S tu ttg ar t, 2 00 0, pp. 32 5-3 32 ; C. Jolivet-Lévy et A. Er tu ğ, Sacred Ar t of Cappadocia. Byzantine Murals fr om 6th to 13th Centuries , Istanbul, 2006, pp.45-51, 55 -85 ; N. T eteriatnikov , “ The New Role of Pr ophets in Byzantine Chur ch Decoration after Iconoclasm. The Case of the New T okalı Kilise, Cappadocia, ” Δελτίον της Χριστιανικής Αρχαιολογικής Εταιρείας 32 ︵ 201 1 ︶ , p p.51 -6 3; R . W ar la n d , Byzantinisches Kappadokien , 2 01 3, D ar m st adt /M ai nz , pp .80 -84 ; C . J ol ivet -Lé vy , L a

Cappadoce. Un siècle après G. de Jerphanion

, Paris, 2015, pp.73-80. ︵ 2︶ 年代に関しては諸説あるが、本稿では近年主流となっている説を採 っ た。 初 期 の 論 争 に 関 し て は 下 記 に ま と め ら れ て い る。 E ps te in , pp.81-86. なお、 ビザンティンにおける独自性の帰属については、 手 がかりが極めて乏しいため慎重になる必要がある。制作に関わる書 類等は一切残されておらず、パトロンや画家の名前が銘によって判 明 し て い る 場 合 で も、 ど の 程 度 出 資 者 や 聖 職 者 の 関 与 が あ っ た か、

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制作者の工夫があったか、などは立証し得ない。現在残されている ものからは、貨貲を提供して制作を依頼した人間の意志は少なから ず反映されている可能性が高いという以上に踏み込むことは出来な い だ ろ う。 記 述 の 際 は、 便 宜 的 に﹁ 献 堂 者 ﹂﹁ 寄 進 者 ﹂﹁ 画 家 ﹂﹁ 鑑 賞者﹂といった言葉を用いざるを得ないが、それぞれ必要以上の含 意はない。 ︵ 3︶ Jer ph an io n, I , pp .32 2-3 26 ; E ps tei n, p p. 67 -68 ; Jo liv et -L év y, Le s é gli se s byzantines , pp.99 f f. ︵ 4︶ Epstein, p.68. ︵ 5︶ 正しくは Ζώσιμος だが、ここでは銘が Ζόσιμας になっている。 ︵ 6︶ エ ジ プ ト の マ リ ア の 作 例 に つ い て は、 A . S ty lia no u, “T he C om -munion of St. Mar

y of Egypt and Her Death in the Painted Chur

ches

of Cypr

us,

” Actes du XIV

e Congrès Inter

national des études byzantines

3, 1976, pp.435-441; S. Tomekovi ć, Les saints er mites et moines dans la peinture murale byzantine , eds. L. Hader mann-Misguich and C. Jolivet-Lévy , Sorbonne, 2011, pp.127-130, 398-399. ︵ 7︶ ︽受胎告知︾のマリアと同じポーズである。 Jerphanion, I, p.326. ︵ 8︶ ヘ ブ ラ イ 語 版 で﹁ 彼 ら は ア ブ ラ ハ ム に 尋 ね た ﹂︵ 創 18: 9 ︶ と さ れ る 箇所は、七十人訳では﹁彼は彼に言った﹂となっている。 ︵ 9︶ Epstein, p. 25 . ジェルファニオンに拠れば、 ﹁モーセの遺骸を争う天 使 と 悪 魔 ﹂。 洗 浄 前 は 天 使 の 持 つ 天 秤 が 見 え な か っ た よ う で あ る。 Jerphanion, I, p.325. ︵ 10︶ Epstein, pp.25-26; Jolivet-Lévy

, Les églises byzantines

, pp.100-102. ︵ 11︶ キプロス島アシヌウのパナギア ・ フォルビオティッサ聖堂 ︵一一〇五 年︶でも、エジプトの聖マリアと聖ゾシモスがアプシスの左右に分 割されて聖域内に配されている。 Asinou acr oss T

ime, Studies in the

Architecture and Murals of the Panagia Phorbiotissa, Cypr

us

, eds. A.

W

eyl Car

r and A. Nicolaïdes, Dumbar

ton Oaks Studies, 2013.

︵ 12︶ Jerphanion, I, pp.327-328; Epstein, pp.68-69. ︵ 13︶ ト カ ル 旧 聖 堂 で は、 ︽ 受 胎 告 知 ︾、 ︽ ご 訪 問 ︾、 ︽ 水 の 試 み ︾、 ︽ ベ ツ レ ヘムへの旅︾ 、の順で物語が進行する。 ︵ 14︶ Epstein, p.69. ︵ 15︶ E ad em . エ プ ス タ イ ン 曰 く 民 24: 17 、 バ ル ラ ァ ム の 預 言。 バ シ リ オ ス二世のメノロギオンで十二月二五日の大聖入に祝われる。 ︵ 16︶ Epstein, p.71. ︵ 17︶ W iemer-Enis, Di e W andm ale re i ei ner kap pad ok is che n Hö hle nk irc he , pp.60-63. ︵ 18︶ Epstein, p.71. また、 ジェルファニオンの描きおこしには水に触れる キリストの手が描かれていない。 図 5を参照されたい。 Jerphanion, II, pl.73. ︵ 19︶ W iemer-Enis, Di e W andm ale re i ei ner kap pad ok is che n Hö hle nk irc he , pp.63-64. ︵ 20︶ 民 5: 18 ﹁姦淫の疑惑を持たれた妻の判決法﹂ほかを参照。 ︵ 21︶ 益田朋幸﹁聖母伝の視覚的予型論│ストゥデニツァ修道院︵セルビ ア︶ の ﹃王の聖堂﹄ ﹂﹃聖堂の小宇宙﹄ ︵ヨーロッパ中世美術論集 4︶、 益田朋幸編、竹林舎、二〇一六年、三五一│三七五頁。 ︵ 22︶ ﹃ 中 世 思 想 原 典 集 成 二   盛 期 ギ リ シ ア 教 父 ﹄ 上 智 大 学 中 世 思 想 研 究 所 編、 平 凡 社、 一 九 九 二 年、 九 〇 │ 九 二 頁。 英 訳 は ht tp :/ /w w w . newadvent.or g/fathers/2802.htm ︵ 23︶ カナの婚礼の記述でも ὕδωρ ﹁水﹂という単語が用いられる。 ὡ ς δὲ ἐγεύσατο ὁ ἀρχιτρίκλινος τὸ ὕδωρ οἶνον γεγενημένον ︵ヨハ 2: 9 ︶。 ︵ 24︶ 前出註 16参照。 ︵ 25︶ マ コ 10: 46 -52 、ル カ 18: 35 -43 も 、単 独 の 盲 人 の 癒 し が 語 ら れ て い る 。 ︵ 26︶ 共観福音書はほとんど同一の内容だが、マルコのみ病者の台詞に壁 画の銘文に見られる﹁主よ Kyrie ﹂がない。したがってマコ 1: 40-45 は除外できる。ルカ 17: 11-19 は患者の数を十人としている。 ︵ 27︶ 銘 は﹁ 死 ん だ 娘 に つ い て ﹂。 マ ル コ と ル カ は ヤ イ ロ の 娘 と 書 く が、 マタイは親の名について言及しない。 ︵ 28︶ ︽ 腕 萎 え の 男 の 癒 し ︾ マ コ 12: 41-44 は、 レ ク シ ョ ナ リ ー で は ル カ の 部に収められる。

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図1 トカル新聖堂北小祭室周辺図像配置

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図 6 受胎告知 図7 ご訪問/マリアを咎めるヨセフ/水の試み

図 8 降誕 図 9 ベツレヘムの星を見つけるマギ/マギの礼拝

図版出典

図1  Restle, Byzantine Wall-Painting

図 2 マイエスタス・ドミニ 図 5 北ヴォールト東側及び東スパンドレル
図 6 受胎告知 図7 ご訪問/マリアを咎めるヨセフ/水の試み

参照

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