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(1)

合理的期待均衡モデルによる流動性・価格発見力の 分析 : 基本モデルと近年の研究動向に関するサー ベイ

著者 松本 宗谷

雑誌名 同志社商学

巻 72

号 3

ページ 457‑475

発行年 2020‑11‑24

権利 同志社大学商学会

URL http://doi.org/10.14988/00027829

(2)

合理的期待均衡モデルによる 流動性・価格発見力の分

1

──基本モデルと近年の研究動向に関するサーベイ──

松 本 宗 谷

Ⅰ はじめに

Ⅱ モデルの設定

Ⅲ モデルの均衡と分析

Ⅳ 近年のREEモデルの進展

Ⅴ 終わりに 補論A 補論B

Ⅰ は じ め に

本論文の目的は,証券市場における流動性と価格発見力の形成について,「合理的期 待均衡(Rational Expectation Equilibrium)モデル」(通称:REEモデル)を用いて考察 し,続いて近年の研究動向をサーベイすることにある。

REEモデルは,Grossman(1976)やGrossman and Stiglitz(1980),Diamond and Ver- recchia(1981)などが発端となって証券市場分析に持ち込まれて,以降マーケット・マ イクロストラクチャー研究で広く活用されているモデルの1つとなっている。これは,

REEモデルの分析が非常に扱いやすいこと,そして証券市場のモデル化として解釈上 優れた特徴を有しているためである。

REEモデルの優れた特徴は大きく分けて2点挙げられる。1点目に,REE モデルが 世界中の証券市場で採用されているザラ場方式の市場ルールを分析するのに適している というものである。ザラ場方式とは,定められた取引時間中のどのタイミングでも,ト レーダーが注文を発注することができ,指し値板の同じ気配価格で売り注文と買い注文 が発注されたとき,注文が約定されるという取引システムである。ザラ場方式は,東証 の日中取引やニューヨーク証券取引所,ヨーロッパの証券市場の大部分など電子的に高 度化された市場で広く採用されている。そのため,REEモデルによって現実の多くの

────────────

1 本論文は,著者の博士学位論文「マーケット・マイクロストラクチャーと証券市場の効率性−日本の株 式市場を対象とした流動性・価格発見力の分析−」の第2章の一部を加筆修正したものである。

457)87

(3)

証券市場の価格形成メカニズムを分析することが可能となり,理論モデルとして支持さ れ続けられてきたと考えられる。また,現実のザラ場方式ではトレーダーは指し値注文 と成り行き注文という2つのタイプの注文形態を使い分けることが主流である。REE モデルでは,トレーダーの提出する需要関数を価格に条件付けられた指し値注文として 解釈することができ,一方で非合理的なノイズトレーダーから提出される需要は成り行 き注文として解釈することができる。これにより,REEモデルではあたかも指し値板 が形成されているように捉えることができると言え

2

る。マーケット・マイクロストラク チャー研究では,どのトレーダーが証券市場に流動性を提供し,どのトレーダーが流動 性を消費するのかを明らかにすることが重要視されている。これは,証券市場が常に取 引機会を提供するためにどのトレーダーがその役割を果たしているかを考えるためであ る。このことからも,指し値注文と成り行き注文の解釈が可能なREE はザラ場方式の モデル化として優れていると考えられている。

REEの2点目の有用性として,非情報トレーダーの合理的な価格予測(合理的期待)

と私的情報の抽出行動をモデル化することで,私的情報を持たないトレーダーはどのよ うに現在の証券価格からファンダメンタル情報を読み取るのか,その予測をどのように 投資行動に反映させるのか分析できるようにしたことが挙げられる。これによりREE ではウィークフォームでの市場効率性だけでなく,現在の証券価格が現在の私的情報を 完全に織り込んで決定されているか,というストロングフォームでの市場効率性につい て理論的な分析を展開することができるようになったと言える。マーケット・マイクロ ストラクチャー研究では,こうした証券価格の情報伝達能力は価格発見力とも呼ばれ,

市場に偏在する私的情報を証券価格が集約し発信することができるか,その効率性の指 標と捉えられている。

以上のように,REEモデルは現実の証券市場デザインに沿いながら,証券市場の流 動性や価格発見力を分析するのに向いていると言える。そこで,本論文では,REEモ デルの基本的モデルを考察し,改めて流動性や価格発見力といった証券市場の経済的機 能がどのように決定されるのかを整理する。モデル分析の後半では情報探索インセンテ ィブの問題も取り扱い,特に価格発見力がどのように決定されるのか,Grossman and

Stiglitzの逆説からストロングフォームでの効率性が成立し得ないことを解説する。

本モデルの設定の特徴は,次のとおりである。1つめに,CARA-Gauss型の仮定を用 いてシンプルなモデルを用いることである。CARA-Gauss型モデルとは,モデル中のト

────────────

2 ただし,REEモデルではトレーダーの需要関数は価格に対して連続的に変化し,かつ注文数も無限に 分割可能であると仮定している。しかし,現実の指値板では,価格には刻み値(価格の幅),注文数に は単元(最小注文数)が存在するため,離散的な需要関数の定式化が必要となる。「あたかも」という 表現は,こうした離散的事象を捨象すれば,REEモデルが指値板のモデル化として妥当であるという ことを指している。

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レーダーがCARA型の効用関数を有しており,全ての確率変数が正規分布に従ってい ると仮定するモデルの総称である。CARA-Gauss型モデルの最大の特徴は,トレーダー の効用最大化問題を平均−分散効用の最大化問題に変形することができるという利便性 を備えている。2つめに本論文のモデルは情報トレーダー・非情報トレーダー・ノイズ トレーダーの3タイプの市場参加者から構成されている。その内,情報トレーダーおよ び非情報トレーダーは代表的な個人を仮定している。このことは,トレーダーが[0,

1]インターバルに連続的に存在すると考えるVives(2008)といったモデルと異なる

ものの,分析の複雑性を排除した上で重要な結果の変更が生じさせず,モデルの簡便化 につながる。3つめに,情報トレーダーが私的情報としてファンダメンタルの一部を直 接観察できると仮定している点にある。このことで,私的情報をもとにした条件付き分 布のベイズ更新問題を回避しているが,やはり価格発見力の形成やストロングフォーム での効率性の否定といった重要な結果は失われていない。いずれの3つの特徴も簡便な 基本モデルを構成するためのものである。

その後,近年のREEモデル研究の進展についてサーベイを行う。上述したような扱 いやすさからREEモデルにかかる仮定の一般性を高める研究,その性質を再考する研 究が生まれている。本論文では,こうした研究の方向性について整理し,どのような研 究が派生しているか述べる。

本論文の構成は次の通りである。2章ではREEモデルの設定を説明した後,トレー ダーの最適化問題から需要関数を導出し証券価格を導出する。3章ではモデルの均衡に ついて流動性と価格発見力の観点から比較静学分析を行い,情報獲得インセンティブと 証券市場の価格効率性の関係性について述べる。4章では,近年のREE モデルに関す る既存研究を本論文のモデルと比較しながらサーベイする。5章では,結論と今後の研 究課題について述べる。

Ⅱ モデルの設定

期間1と期間2から成る2期間モデルを考える。この経済には,2つの証券が存在 し,それぞれリスク証券と無リスク証券と呼ぶ。リスク証券の価値は,期間1では不確 実な確率変数であり,その価値を!%#$%"#%と表す。リスク証券の価値は2つの部分か ら構成されており,1つはマクロ経済要因によって決定される$%であり,もう1つは,

証 券 個 別 の 要 因 に よ っ て 決 定 さ れ る#%で あ る。$%は 平 均$で 分 散"$$の 正 規 分 布

$%!!!$,"$$)に,#%は平均0で分散"#$の正規分布#%!!!"$"#$)にそれぞれ従っている。

両要因ともに,期間2に価値$と#が実現する。無リスク証券は,期間1に1単位の 投資を行うと,期間2に確実に#"#"単位の収益を生み出す資産である。ただし,ここ

合理的期待均衡モデルによる流動性・価格発見力の分析(松本) 459)89

(5)

では+'%#と収益率を基準化す

3

る。

この経済では,期間1の終わりに証券市場で取引が行われる。この証券市場には,3 タイプのトレーダーが参加する。1つめは,期間1のはじめに証券の価値のうち,私的 情報,"としてマクロ要因,"%.の実現値を知ることができる情報トレーダーである。2 つめは,証券の真の価値を知ることができず,証券価格pのみを観察することのでき る非情報トレーダーである。両トレー ダ ー は,と も に 絶 対 的 リ ス ク 回 避 度 が!の CARA型効用関数を有していると仮定する。さらに3つめとして,モデル外の外生的 な理由により,確率的な注文%+)##!#$#)%"を発生させるノイズトレーダーの存在を仮 定す

4

る。

続いて,証券価格*の決定方法について説明する。期間1のはじめに私的シグナル を受け取った情報トレーダーは,効用を最大化するような需要計画%(!*"を提出す

5

る。

非情報トレーダーは証券価格のみを観察し需要計画%-!*"を提出する。ノイズトレーダ ーは,確率的な注文%)を行

6

う。証券市場では全トレーダー注文が市場に発注された 後,需給が一致し注文がすべて清算されるように証券価格*が定まるとする。

また,すべての確率変数は独立であると仮定する。

1 各トレーダーの需要計画および証券市場の需給清算

ここでは,各トレーダーの最適化問題から需要計画を導出し,証券価格の決定につい て分析する。

はじめに,情報トレーダーの需要計画を導出する。情報トレーダーは,期間1のはじ めに証券の真の価値の一部.を知ることができる。したがって,情報トレーダーの最 適化問題は,次の(1)式で表される。

)(*%( !&!"+!*"%($.'!$

%!$&+&!"+!*"%($.' (1)

ただし,!&"'は期待値演算を,$&+&"'は分散演算を表している。(1)式を%(について 微分し,一階の条件を用いることで,情報トレーダーの需要計画は次の(2)式となる。

────────────

3 したがって,無リスク証券の取引については明示的な分析を行わない。

4 モデル外の外生的な理由とは,ライフサイクルにおける投資と消費の調整や,他の証券ペイオフをヘッ ジする目的でのポートフォリオリバランスなどが考えられる。

5 このように証券価格の依存し注文数を変化させる注文形式は,指し値注文と呼ばれている。本モデルで は,情報トレーダーと非情報トレーダーはともに,価格に対する需要計画であるから指し値注文を行っ ていると見なすことができる。本モデルでは,情報トレーダーと非情報トレーダーが指し値板を形成し 流動性を提供している。

6 情報トレーダーや非情報トレーダーと比べて,ノイズトレーダーは証券価格とは無関係に注文を行う。

このように,証券価格に依存しない形でただちに約定を求める注文形式は,成り行き注文と呼ばれてい る。本モデルで流動性を消費するのは,ノイズトレーダーである。

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(6)

#%$!&"+"*'!'

!"$(&"+"*' (2)

ここで,正規分布の標準的な条件付き期待値,分散の計算を用いると,

!&"+"*'$*

"$(&"+"*'$#$%

となる。この結果を(2)式に代入した,(3)式が情報トレーダーの需要計画である。

#%$*!'

!#$% (3)

次に,非情報トレーダーの需要計画を求める。非情報トレーダーは期間1に私的シグ ナルを知ることができないが,証券価格'を観察することはできる。これは,情報ト レーダーの需要計画#%!'"とノイズトレーダーの平均的な注文数#&$#を予測するこ とができれば,自身の需要計画と合わせて証券価格がどのように定まるかが予測できる からである。したがって,証券価格'を観察した非情報トレーダーの最大化問題は次 の(4)式で表すことができる。

)(*#) !&!"+!'"#)"''!$

%!"$(&!"+!'"#)"'' (4)

(4)式を#)について微分し,一階の条件を用いることで,非情報トレーダーの需要計 画は次の(5)式となる。

#)$!&"+"''!'

!"$(&"+"'' (5)

以上で求められた各トレーダーの注文をもとに,証券価格を導出する。証券価格は,

次の清算条件(6)式を満たす。

#%##)##&$# (6)

この(6)式は,(3)式と(5)式を代入すると,

*!'

!#$%#!&"+"''!'

!"$(&"+"''##&$# (7)

合理的期待均衡モデルによる流動性・価格発見力の分析(松本) 461)91

(7)

となる。

2 非情報トレーダーによるシグナル抽出と証券価格の決定

ここでは,(7)式を満たす証券価格を明示的に求めるため,非情報トレーダーの行う シグナル抽出を解説する。その後,証券価格(を明示的に導出する。

(7)式を満たす証券価格を明示的に求めるには,証券価格の決定と非情報トレーダー の需要計画を同時に決定しなければならない。そこで,本モデルでは証券価格に「線形 性」の仮定をおくことで明示的な解を求めることにする。

証券価格が線形であるとは,証券価格が次の(8)式に従うことである。

(%%$$%"+%$&"#%' (8)

(8)式において,$, %および&は価格決定を特徴づけるパラメーターである。%は,

情報トレーダーの受け取るマクロ経済要因に対する感応度を表し,&はノイズトレーダ ーの注文に対する感応度である。$はそのどちらでもない定数項である。この$, %お

よび&は,計算を進めた後,事後的に係数を一致させることで内生的に決定される。

(8)式を仮定することで,非情報トレーダーの需要計画を変形することができるよう になる。非情報トレーダーは,証券価格を観察することで,証券価値に関する新しい情 報量,を抽出することができる。

,%%(!$%%"+%$&"#%' (9)

(9)式の操作は,「シグナル抽出」と呼ばれている。非情報トレーダーは,個々の確 率変数の実現値を識別することはできなくとも,観察できる部分!(!$"の値から観察 できない部分!%"+%$&"#%'"の合計値を推定することはできる。これにより,証券価格 (を観察することと新しい情報量)を観察することは,情報量の意味で全く同値とな

7

る。

(9)式を(5)式に代入することで,非情報トレーダーの需要計画は次の(10)式と なる。

#*%!#"%#,%$!(

!"$)#"%#,%$ (10)

正規分布の標準的な条件付き期待値,分散の計算から

────────────

7 「情報量の意味で等しい」ことは,それぞれの分布が一致することによって確かめることができる。

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(8)

!%"'$,'&&+% &#+#

&##+#%'##(#"&!+'!+"%'$'(# (11)

#%*%"'$,&&#+#%#$#! &##+$

&##+#%'##(# (12)

となる。

(11)式と(12)式を(10)式に代入し,非情報トレーダーの需要関数を求めた後,

清算条件(2.7)式に代入して,)について解くと,証券価格は(13)式となる。ただ し,表記の見通しのため,!&&

'および" &#(#!#+#%#$#"%!##+##$#と定義した。

)& #$##(#

"%#$#!!##+#%#(#"+% "%!##+##$#

"%#$#!!##+#%#(#"+'% !#$#"%!#+##$#

"%#$#!!###+%#(#"$'( (13)

!&&

' (14)

" &#(#!#+#%##$"%!##+##$# (15)

証券価格は「線形性」の仮定を満たすように定めたことを利用すると,(8)式と

(13)式の係数を比較することで,%, &および'を特定することができる。具体的に は,次の(16)式,(17)式,(18)式からなる3本の連立方程式の解である。

%& #$##(#

"%#$#!!##+#%#(#"+ (16)

&& "%!##+##$#

"%#$#!!##+#%#(#" (17)

'& !#$#"%!#+##$#

"%#$#!!##+#%#(#" (18)

以上の結果を命題2.1としてまとめる。

Ⅲ モデルの均衡と分析

1 モデルの均衡

・命題1(合理的期待均衡モデルの証券価格)

証券価格の線形性を仮定すると,合理的期待均衡において,次の証券価格が成り 立つ。

合理的期待均衡モデルによる流動性・価格発見力の分析(松本) 463)93

(9)

&%#""#!'%"$!!%% (19)

"# "##"%#

#"'#""#"##"%#!"'#"#"##"' (20)

###"'#""#"##"%#!"'#""##"

#"'#""#"##"%#!"'#"#"##" (21)

$##"'#"##""#"$#"%#!"'#""##"

#"'#""#"##"%#!"'#"#"##" (22)

命題1の内容について補足する。REE モデルの証券価格は,価格付けを特徴付ける3 つのパラメーターによって記述される。それは①証券の平均的なファンダメンタルに対 する感応度を表す"と②マクロ要因の私的情報への感応度#,そして③ノイズトレー ドへの感応度$であった。各パラメーターの比較静学は,次の比較静学表にまとめる。

・命題2(REEモデルにおける価格付けパラメーターの比較静学)

REEモデルの価格付けパラメーターについて,次の表2-2で与えられる比較静 学の結果が成立する。

2-2 REEモデルにおける価格付けパラメーターの比較静学表

! "## "%# "'#

"

#

$

↑/↓

出所:著者作成

ただし,%"

%"##については次の(23)式が成り立つとき増加関数となり,符号が逆

になると減少関数となる。

"'#$"#"#$"%# (23)

以上の結果は,補論Aにて証明する。これらの結果は,証券市場の効率性を特徴付け る次節で活用される。

2 証券市場の効率性−流動性と価格発見−

ここでは,REE モデルの証券価格をもとに,証券市場の効率性について考察を深め る。証券市場には主に2つの役割があると考えられている。1つめが流動性であり,2

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(10)

つめが価格発見である。流動性とは,取引の円滑さを表す尺度であり,価格発見力とは 価格の情報伝達力の高さの指標である。

本モデルでは,証券市場の効率性を評価するにあたり,流動性"を(24)式として 定義す

8

る。

"# #

%$%)(

##

'#$#*$"%$#$$#($!#*$"$#$$"

$#*$#$$"%$#$%#($!#*$"#$$" (24)

(24)式は,ノイズトレードが1単位増加した際にどれだけ価格が変化するかという プライス・インパクトの指標となっている。本モデルでは,プライス・インパクトの指 標を係数'の逆数によって直接表現できる。"が大きいほど流動性の高い市場と評価 する。

プライス・インパクトによる流動性の比較静学は,前節の命題2の比較静学表にて分 析済みである。よって,ここでは流動性の決定について命題2の結果を用いながら言及 する。まず,マクロ要因の分散#*$や個別要因の分散#$$が増加するほど'は大きくな り,市場流動性が低下する。これは,ファンダメンタルが不確実なほど,1単位あたり の注文にかかる逆選択コストが高くなるためである。また,絶対的リスク回避度!が 大きく,ノイズトレードの分散#$$が大きくなるほど,市場流動性"は小さくて済む。

トレーダーの要求するプレミアムが減少し,逆選択リスクが低下することがこの原因で ある。

続いて,2つめの流動性指標としてビッド・アスク・スプレッド#を定義する。ビッ ド・アスク・スプレッドはファンダメンタルと証券価格との乖離部分であり,平均的に トレーダーが負担する取引コストの大きさを表してい

9

る。

##!&"(!)('#!#!%

*!&"* (25)

ビッド・アスク・スプレッド#が小さいほど低コストで流動性の高い市場であると 評価する。(25)式で表されるようにビッド・アスク・スプレッドは,価格付けパラメ

ーター%と&で表される。それぞれのパラメーターの比較静学から,ビッド・アス

ク・スプレッドの変化は複雑なものとなることがわかる。ただし,絶対的リスク回避度 の増加については,ビッド・アスク・スプレッドは大きくなり,流動性が低下すること

────────────

$(は実際には確率変数であるからこの偏微分表記について注意が必要である。ここでは,「$(の確率 分布はそのままに,$(の実現値が1単位増加した際の証券価格)の変化」を意味するものとしてこの 表記を使用するものとする。

9 ここでのビッド・アスク・スプレッドは,取引が成立する前に予想されるスプレッドであり,正確には 気配スプレッドである。ビッド・アスク・スプレッドの種類については,2.5.1.1で詳説する。

合理的期待均衡モデルによる流動性・価格発見力の分析(松本) 465)95

(11)

がわかる。

続いて,証券市場の価格発見力について考察を行う。次の(2.26)式のように定義す る。

! % #

"#&&!(#%'% #

"#&&!(#('% "'$$#$"#%"$$

"#$!"'$$#$"#$"$$!"'$$"#$"" (26)

これは,価格を観察することでどれだけ正確に証券価値を予測できるかに着目した指 標である。条件付き分散が小さく!が大きいほど価格発見力の高い市場であると評価 できる。合理的期待均衡モデルでは,!は非情報トレーダーにとっての条件付き分散 の逆数と等しくなる。

・命題3(価格発見力に関する比較静学)

価格発見力!について,次の表2-3で与えられる比較静学の結果が成立する。

2-3 REEモデルにおける価格発見力の比較静学表

# "#$ "$$ "'$

!

出所:著者作成

命題3の結果は,補論Bで証明する。価格発見力!は,すべてのパラメーターにつ いて減少する。これはファンダメンタルそのものがより不確実な経済環境においては,

証券価格も真の価値を伝達することに失敗するためである。

価格発見に関する重要な研究として,Fama(1980)によって提唱された効率的市場 仮説が挙げられる。次の命題4は,合理的期待均衡モデルではストロングフォームで効 率的な市場が形成されないことを示している。

・命題4(REEモデルにおける非ストロングフォーム効率性)

REEモデルにおいて,ストロングフォームでの効率性を次の(27)式で表すと,

! % #

"#&&!(#''%#

"#$ (27)

(26)式と(27)式の比較から

! $! (28)

が成り立つ。

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96(466

(12)

ストロングフォームの効率性とは,証券価格にすべての私的情報が含まれている状態 を指している。もしもそうなれば,価格発見力はこの経済で最も情報優位に立つ情報ト レーダーの分散の逆数に一致するはずである。しかし,実際には,合理的期待均衡では この条件は満たされない。命題4の含意は,合理的期待均衡モデルではストロングフォ ームでの効率性が成立しないということを指摘している。この結果から派生する重要な 結果として,次の命題5はストロングフォームでの効率性の成立要因を示している。

・命題2.5(ノイズトレーダーの不参加によるストロングフォーム効率性の成立)

合理的期待均衡モデルにおいて,!&%# #ならば,

'%$$%!( (29)

$%# (30)

%%$ (31)

であり,'%(とな

10

る。このとき,

! %! (32)

が成立する。

これは,ノイズトレーダーが市場から完全に退出する環境になれば,ストロングフォ ームでの効率性が成立することを表している。このとき,いかなる証券価値が実現した としても,証券価格が完全に正確に証券の本源的な価値に一致し,価格発見力!は! に一致する。

命題5の結果は,証券価値や価格に無関係に取引するノイズトレーダーがストロング フォームで効率性な市場の形成を阻害していると言い換えることもできる。この結果 は,Milgrom and Storky(1982)によって証明された無取引命題と呼ばれている。無取 引命題は,ノイズトレーダーが存在せず,私的情報と価格の間の差から裁定を行おうと する純粋に投機的なトレーダーのみが存在するとき,価格が私的情報を完全に顕示する ようになるため,価格とファンダメンタルが一致することを主張している。そうなれ ば,誰しも証券市場で取引を行う動機がなくなり,出来高が完全に消失するというもの

────────────

10 !&%# #のとき,#&&の分布は#&&""!#"#"へと退化する。これは,実際のところ確実に#&%#の実現 値が起こることと同じである。

合理的期待均衡モデルによる流動性・価格発見力の分析(松本) 467)97

(13)

である。実際,(29)式を情報トレーダーの需要関数と非情報トレーダーの需要関数

(3)式と(10)式に代入すると,

$&#+!(

!#$##! (33)

$*#!$"&"(%!(

!#%)$"&"(%#+!(

!#$##! (34)

となり,注文数はゼロとなる。

無取引命題の示すインプリケーションは,現実の証券市場の非効率性を指摘した点に ある。現実では,証券市場で活発に取引がなされており,出来高がないことは稀であ る。ということは,証券価格がファンダメンタルに一致するという完全に情報効率的な 価格形成が行われているとは考えにくいし,またノイズトレーダーのようなトレーダー の存在も否定できない。つまり,全てのトレーダーが合理的に情報と価格との裁定を行 っているとは考えにくいはずだ,と指摘したのである。無取引命題の下では注文数がゼ ロとなることから流動性は形成されず,価格発見力は最大である。

3 証券市場の価格発見力と情報獲得インセンティブ

続いて紹介するのは,「Grossman and Stiglitzの逆説」と呼ばれている命題である。

Grossman and Stiglitz(1980)は情報獲得インセンティブに着目し,ストロングフォー ムでの効率性が成立しないことを指摘している。ここでは,この主張を紹介するために モデルに修正を加える。

当初のモデルにおいては,情報トレーダーと非情報トレーダーはアドホックに分離さ れており,情報獲得を行って自発的に情報を入手するかどうかは分析されていなかっ た。ここでは,情報獲得プロセスを内生化するために,期間1以前の期間0と情報探索 コストをモデルに加える。

情報探索は,期間0に行われる。トレーダーは固定コスト'をかけて,情報探索を

「行う」か「行わないか」のどちらかを選択する。情報を探索した場合には,マクロ経 済環境に関する正確な情報+を入手し情報トレーダーになることができる。情報探索 を行わなかった場合には,非情報トレーダーになると仮定する。以上の修正の下で,情 報トレーダーの2値選択問題は次の(2.35)式で書き表すことができる。ただし,ここ で,"&は情報トレーダーの効用関数,"*は非情報トレーダーの効用関数である。

!$"&%

!$"*%%" (35)

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98(468

(14)

ならば情報探索を行い情報トレーダーになり,

"%#(&

"%#,&## (36)

ならば,非情報トレーダーになる。

ここで,CARA型効用関数を用いれば,

"%#(&'!'!!$"%!"*!*"%(&-&!#$!$&+%!"*!*"%(&-&!)% (37)

"%#,&'!'!!$"%!"*!*"%,&!#$!$&+%!"*!*"%,&% (38)

である。これは第0期で期待できる効用の大きさを比較して,情報トレーダーの期待効 用の方が大きければ,情報探索を行うことを意味している。

(37)式と(38)式を(35)式に代入し,指数関数をくくり出すと,この閾値は情報ト レーダーと非情報トレーダーの平均分散効用の比となる。この閾値を整理すると,次の

(39)式のようになる。

"%#(&

"%#,&'!'!") $&+%"*&-&

$&+%"*&.&

"

'!'!")!!"#$$

(39)

よって,情報探索選択について,次の命題6が成り立つ。

・命題6(情報トレーダーを選択するための情報獲得コストの閾値)

情報獲得過程を追加した合理的期待均衡モデルにおいて,情報探索コストが次の

(40)式で与えられる)

)%)'#

!()' #

!"#$$

"

(40)

より小さければ,期間0でトレーダーは情報獲得を行い,情報トレーダーになる。

情報探索コストの閾値)は,(40)式で与えられたとおりで,期間1の証券市場の価 格発見力!に依存する。そして,!が大きくなるほど,)は小さくなる。つまり,固 定コストに関する制約がより厳しくなり,情報トレーダーになることを選択しなくな る。

合理的期待均衡モデルによる流動性・価格発見力の分析(松本) 469)99

(15)

極端な例として,命題5で提示したストロングフォーム効率的な市場を考えてみる。

このとき,!##! !で! "! ""

!"#が実現していた。すると,対数関数の項は0となり,

右辺は0となる。これを満たす正の定数"は存在しなくなる。これは,誰しも情報ト レーダーになり得ないということを示している。なぜなら,ストロングフォームで効率 的な市場では事後的に証券価格を観察するというフリーライドを行えば,情報探索努力 なくして私的情報を全て入手することができるからである。

しかし,期間1から情報トレーダーが退出してしまえば,証券市場は非情報トレーダ ーだけで占有されることになる。誰もが情報トレーダーでないならば,市場に私的情報 は一切もたらされないはずである。この逆説的な問いを定式化したものが,「Grossman

and Stiglitzの逆説」である。この逆説は,ストロングフォームの効率性が本質的に存在

しえないことを主張している。REEモデルにおいても,ノイズトレーダーが存在しな いなどの特殊な環境を除けば,証券市場のセミストロングフォームで効率的であった。

この研究は,無取引命題とともに価格発見力がどのように決定されるのかを分析し,現 実の証券市場の価格発見力に着目することの意義を指摘した重要な研究であると考えら れる。Diamond and Verrecchia(1981)は,証券価格がトレーダー間の私的情報を集計 し顕示することができるかREEモデルを用いて考察している。

Ⅳ 近年の REE モデルの進展

前章までで,証券市場の効率性に関してREEモデルから得られる基本的な含意を紹 介してきた。本章では,近年のREEモデルに関する研究の進展をサーベイする。近年 のREEモデル研究の中心的な論点は,2つに分けられる。1つめは,トレーダー間の 非対称情報の構造や情報獲得インセンティブをより一般的な仮定に拡張した上で,証券 市場の価格発見力・情報集計機能がどのように変化するか分析するものであり,2つめ が解の存在性や一意性が認められるための必要・十分条件を再検討するものである。

①ファンダメンタルや私的情報の構造をより一般的な仮定に拡張した上で,証券市場 の価格発見力・情報集計機能がどのように変化するか分析する研究としては,Lou, Parsa, Ray, Li, and Wang(2019)が挙げられる。本論文のモデルでは,情報トレーダー は代表的な個人であり,受け取る私的情報はマクロ要因$の実現値であると仮定され ていた。しかし,Lou, Parsa, Ray, Li, and Wang(2019)は情報トレーダーをさらに複数 のグループに分割し,グループ間で受け取る私的情報が異なることを許容している。言 い換えれば,情報トレーダーの中にも優れた情報トレーダーと劣った情報トレーダーが 存在することを認めている。また,私的情報がグループ間で相関することを仮定し,そ れぞれのトレーダーが証券価格と自身の私的情報を活用して,ファンダメンタルを予測

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するモデルを考案している。一方で,CARA型効用関数や価格へ線型性といった仮定 は踏襲している。Lou et al(2019)は,こうした情報構造の下であっても,均衡が存在 することを示している。また,各トレーダーグループ全てでリスク回避度が閾値より小 さければ,均衡がユニークに定まることも示している。このような均衡では,トレーダ ーは自身の私的情報を証券価格で補完しながら需要関数を決定する。

Dávila and Parlatore(2019)はREE モデルについて取引コストの存在・費用関数の形 状がどのように情報獲得インセンティブに影響し,証券市場の価格発見力を変化させる か分析している。その中で,Dávila and Parlatore(2019)は,情報トレーダーがファン ダメンタルに関して,正確な情報を入手できるとき取引コストが注文数に対して一定で あるか線形に増加するか,二次関数的に増加するかを問わずに,取引コストの大きさが 価格発見力を上昇させる均衡が存在することを示している。

②解の存在性や一意性が認められるための必要・十分条件を再検討する取り組みの代 表として,Breon-Drish(2015)が挙げられる。Breon-Drish(2015)は,リスク証券の従 う確率分布に関して一般化を試みている。本論文で紹介した基本モデルでは,全ての確 率変数が正規分布に従っていると仮定されていた。このことが,非情報トレーダーがシ グナル抽出から得る条件付き分布もまた正規分布に従うことを保証していた。Breon- Drish(2015)はこの正規分布条件を緩和したとしても,条件付き分布が適当な指数分 布 族 に 属 し て い れ ば ユ ニ ー ク なREEが 成 立 す る こ と を 示 し て い る。Breon-Drish

(2015)は,ユニークなREEが存在するための十分条件の1つとして,私的情報'"を もとにした!の条件付き分布$!!%'""が(41)式のような指数分布族に従うことを考え ている。

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ここで,#'#の定数,%&&'""ℝを満たす任意の関数,! &!"ℝを満たす,すなわ ち非負の実数値をとる任意の関数である。(41)式は私的情報を観察した後の条件付き 分布が,私的情報とファンダメンタルの指数関数として得られることを求めている。こ の条件が本論文の基本的なモデルでも成立するような一般的な条件であることを確認し たい。本論文では,情報トレーダーの受け取る私的情報は'"&(であることから条件 付き分布は

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となる。(41)式と(42)式の係数および関数形を比較すると,本論文の条件付き分布 もまた

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(43)

というパラメーターのもつ指数分布族に含まれていることが確認される。Breon-Drish

(2015)は,多くの指数分布族の応用例として,私的情報がベルヌーイ分布のような離 散確率分布も検証し,分布がこのクラスに属することを主張している。

同じくファンダメンタル価値が正規分布に従わず,より一般的なペイオフをもつ場合 の市場均衡を分析している研究として,Chabakauri, Yuan, and Zachariadis(2014)が挙 げられる。Chabakauri, Yuan, and Zachariadis(2014)は,オプションやその他のデリバ ティブをREEモデルで分析するためにファンダメンタル価値を条件付き請求権として 定式化している。Pálvölgyi and Venter(2015)は,連続的な価格関数のもとでREE均 衡の一意な解が存在することを証明した後,非連続的な価格関数の下ではわずかな価格 の変化で非情報トレーダーの予測が大きく変動すること,非情報トレーダーが右上がり の需要曲線,いわゆるポジティブ・フィードバックな需要曲線を提示することなどを示 し,一般にはREEモデルに複数均衡が存在することを示している。Lou and Wang

(2020)は,REE均衡の存在性と一意性を証明するための新しい証明アプローチを提案 している。ここで取り上げた研究は,近年のREE研究の一部である。REEの柔軟な設定 と扱いやすさを考えると,今後もREEに関する研究が発展していくものと見込まれる。

Ⅴ 終 わ り に

本論文では,マーケット・マイクロストラクチャー研究で広く分析されているREE モデルを用いて証券市場の流動性や価格発見力がどのように形成されるのかを再考し,

近年の研究動向についてサーベイを行った。

本論文で用いたREEモデルから得られる基本的な結果は,以下のとおりである。ま ず,私的情報を知ることできない非情報トレーダーであっても,証券価格からシグナル を抽出することを手掛かりに,需要を形成することができる。その際に重要なのは,非

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情報トレーダーにとっての条件付き分散,すなわち証券市場の価格発見力である。証券 市場の価格発見力が高いほど,非情報トレーダーの需要は正確に注文される。そして,

証券の均衡価格は,リスク証券のファンダメンタル価値への感応度やノイズトレーダー 注文へのプライス・インパクトといったパラメーターで一意に存在することが示された。

流動性についてはプライス・インパクトとビッド・アスク・スプレッドを考察し,こ うした取引コストが,証券市場の環境が不確実になるほど大きくなり,トレーダーが証 券市場に参加するための負担を増加させることになる。

価格発見力については,ファンダメンタルの分散が小さくトレーダーのリスク許容度 が大きいときに,価格発見力は向上するという基本的な結果が得られる。さらに,理論 的には,特殊な環境を除いて,証券市場はストロングフォーム効率的になり得ないこと が示される。また,証券市場がストロングフォームで効率的ならば,そもそも価格発見 力を分析する意義は存在しない。しかし,セミストロングフォーム以下であるからこ そ,証券市場の情報伝達力がどのように決定されているか,その評価を下す手法を開発 することに意義が生まれる,というのがGrossman and Stiglitzの逆説から得られる含意 である。

続いて,近年のREEモデルに関する研究の進展を解説した。近年のREE モデル研 究は,REEの有用性を活用して証券価格のアノマリーを明らかにしようとする研究や,

より一般的な仮定の下での解の存在性や一意性・均衡の性質について検討する研究があ ることを述べた。

最後に本論文に残された課題として,REEモデルの動学化に関する議論を挙げる。

本論文では,2期間から成る静学的なモデルを分析した。しかし,証券価格のダイナミ クスを検討するためには動学モデルの構築が必要不可欠である。この点については,今 後の研究課題としたい。

補論A

補論Aでは,命題2の結果を証明する。価格付けパラメーター!, ",そして#を!,

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となる。以上の結果をまとめると,命題2で示した比較静学が成立する。(証明終わ り)

補論B

補論Bでは,命題3の結果を証明する。価格発見力!を", "#$, "%$および"&$で微分 すると,

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