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(1)

EU社会政策の発展とイギリスの欧州化 : EU社会政 策指令の国内法化をめぐる政治過程(一九七九〜一 九九七年)

著者 根來 友我

雑誌名 同志社法學

巻 63

号 4

ページ 2009‑2118

発行年 2011‑11‑30

権利 同志社法學會

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000013850

(2)

(    )EU社会政策の発展とイギリスの欧州化同志社法学 六三巻四号二五三

E U 社 会 政 策 指 令 の 国 内 法 化 を め ぐ る 政 治 過 程 ( 一 九 七 九 ~ 一 九 九 七 年 )

根    來    友   

 章   ㈠   ㈡   ㈢  章   ㈠   ㈡   ㈢  章 

二〇〇九

(3)

(    )同志社法学 六三巻四号二五四EU社会政策の発展とイギリスの欧州化   ㈠   ㈡   ㈢ :﹁﹂﹁  ㈣ :﹁﹂﹁  ㈤ :﹁  ㈥ :﹁  ㈦  章   ㈠   ㈡   ㈢  章   ㈠   ㈡   ㈢  二〇一〇

(4)

(    )EU社会政策の発展とイギリスの欧州化同志社法学 六三巻四号二五五

序 論

 一九八〇年代から一九九〇年代にかけて市場統合および通貨統合を主眼とする欧州統合が加速化する中で、それまで加盟国独自の政策領域と認識されてきた社会政策において、EC/EU の共同体レベルでの立法を通じた規制の拡大がみられた。経済的側面に偏ったそれまでの統合を改めて、共同体レベルで共通の社会政策を導入することにより、域内市場で活動する労働者の権利を保障する、いわば﹁人の顔をした﹂統合が新たに追求されたのである 。 共同体レベルで社会的側面(

so cia l d im en sio n

の拡大がみられた一方で、当時のイギリス国内の社会政策は異なる政治的・経済的文脈に規定されていた。一九七〇年代後半から、イギリスはインフレの悪化や労働組合によるストライキの多発により深刻な経済停滞を経験した。そうした経済停滞に関する批判の矛先は、肥大化し、非効率化した福祉国家へと向かい、保守党政権による新自由主義的経済運営の下、社会政策の徹底的な合理化・効率化が進められた。単純にすれば、共同体レベルでは社会政策の規制強化が進められた一方、イギリス国内レベルでは社会政策の規制緩和が進められたのである。 こうした状況を背景に、当時のイギリス保守党政権はEU社会政策の発展に対して非協調的な態度を貫いた。また、社会政策の分野に限らず、市場統合を超える新たな統合の進展に対する消極的な態度は、しばしば懐疑的(

sc ep tic al

)と形容され、ヨーロッパ各国からすれば、イギリスは厄介な(

aw kw ar d

)、気の進まない(

re lu ct an t

)パートナーであると評価されてきた 。 しかし、EUの政策分野及び権限の拡大に対して非協調的な態度を見せてきたとはいえ、イギリス自身も欧州統合の進展に伴う相応の変容を避けることはできなかった。イギリスでは早い段階から、外務省(

F or eig n an d

二〇一一

(5)

(    )同志社法学 六三巻四号二五六EU社会政策の発展とイギリスの欧州化

C om m on w ea lth O ffi ce :

FCO)、内閣府の欧州局(

E ur op ea n S ec re ta ria t

)、在ブリュッセルのイギリス常駐代表部(

U K

P er m an en t R ep re se nt at io n:

UKREP)、そして首相官邸などにより構成される欧州政策ネットワークが構築されていた 。こうしたネットワークは共同体レベルの政策決定にイギリスの利害を反映させる一方、イギリス国内の政策アクターに対して、共同体レベルにおける政策立案情報を提供することによって、国内の政策アクターがEUの政策過程に初期段階で介入することを可能にしている。 そうした欧州統合の進展に伴うイギリス国内政治の変容に注目すれば、共同体レベルの政府間交渉の場でみられた消極的な態度を指摘するだけのこれまでの研究の見方は、欧州統合に対するイギリス政府の役割について一面的な評価にとどまっていると言わざるをえない。また、既存の欧州統合理論でも、主にEUの制度発展及び政府間交渉の説明を目的としてきたため、国内レベルで政府が果たす役割について必ずしも十分に関心が払われてこなかった 。 事実、欧州統合をめぐる加盟国政府の役割は、共同体レベルにおける政府間交渉のみに限定されない。加盟国政府は、閣僚理事会の場で欧州委員会が提案した法案の審議と決定を行うだけでなく、共同体レベルで形成されたEU法を国内で履行する義務を担っている。日々生み出されるほとんどのEU法は、加盟国政府によって国内法へ転換されることで、その法的効力を発揮するのである。したがって、加盟国政府の役割は、国内レベルにおけるEU法の実施過程を含めて分析されなければならない。EU法を国内法化(

tr an sp os iti on

する過程に注目すれば、欧州統合に対する加盟国政府の態度について再評価を行うことができるのである。 当時のイギリス政府は、社会政策指令案の決定に際して幾度となく拒否権を行使することで、EUからの影響を排除しようと試みた。そうした拒否権の行使は、EU社会政策に対するイギリス政府の消極性を表すものとして注目されてきた。その一方で、国内レベルにおいて、イギリス政府は、共同体レベルで決定された社会政策指令の国内法化をすみ 二〇一二

(6)

(    )EU社会政策の発展とイギリスの欧州化同志社法学 六三巻四号二五七 やかに実施することで、EUと歩調を合わせていたことはほとんど注目されてこなかった。欧州委員会によるEU指令の適用状況に関する報告書 では、社会政策指令の国内法化に関して、イギリス政府による国内法化の迅速性と実施率の高さが指摘されている。つまり、イギリスは共同体レベルの交渉で社会政策の発展に対して消極的な態度を固持しつつも、国内レベルでは社会政策指令を積極的に導入するという一見矛盾する対応を続けていたのである。 さて、イギリスの国内政治は、EUの社会政策指令の国内法化によっていかなる影響を受けていたのか。これまで国内レベルにおける加盟国政府の役割についてほとんど注目されてこなかったにもかかわらず、EUの政策が加盟国の国内政治に与える影響については、研究者などの間では共通の認識が存在していたようである。すなわち、加盟国がEUから受ける影響は、EUの政策決定過程における加盟国政府の自律性に関わっているという認識である。具体的には、閣僚理事会における特定多数決制の導入が加盟国の自律性を制限することで、加盟国の国内政治は変容を余儀なくされると考えられてきた。つまり、閣僚理事会における決定方式が、EUの加盟国への影響を規定するとみなされてきたのである。 しかし、そうしたEUから加盟国への影響に対する理解は、必ずしも実証的に導き出されたものではなかった。また、EUからもたらされる影響の大きさについても、閣僚理事会における決定方式の変更(全会一致制から特定多数決制へ)を基準に理解されてきたため、その評価はEU指令の国内法化による実際の影響を反映したものとはいえない。したがって、イギリス政府によるEU指令の国内法化を分析することは、EUから加盟国に及ぼす影響の大きさが、閣僚理事会における決定方式の違いに起因するのかどうかという点を明らかにするうえで重要と思われる。 本稿では、イギリス保守党政権(一九七九年から一九九七年)によるEU社会政策をめぐる共同体レベルでの交渉と国内レベルでのEU指令の国内法化について検討する。そして、EU社会政策指令の国内法化を通じて、当時のイギリ

二〇一三

(7)

(    )同志社法学 六三巻四号二五八EU社会政策の発展とイギリスの欧州化

スはEUからどのような影響を受けていたのか、言い換えれば、どのような変容をしたのか、あるいは変容したとすればどのような変容であったのかという問題について分析を試みる。その際、近年注目されている欧州化(

E ur op ea niz at io n/E ur op ea nis at io n

)の概念を参考にして分析を進める。

第 一 章  先 行 研 究 と 分 析 枠 組 み

㈠ 先行研究と問題関心 本稿では、保守党政権期のイギリスにおけるEU社会政策指令の国内法化の分析を通して、EUからイギリスに対する影響がいかなるものであったのかを検討する。本章では本稿で用いる分析枠組みの導入にあたり、まずEUとイギリスの社会政策に関する先行研究を整理し、本稿の問題関心を明らかにする。 これまで、EU社会政策の発展に対するイギリスの対応は、イギリス政治外交史・欧州統合史研究において、欧州統合をめぐるイギリスの態度と結び付けて認識されてきた。EUとイギリスの関係を示す上で広く用いられてきたジョージ(

S. G eo rg e

)による﹁厄介なパートナー(

A n A w kw ar d P ar tn er

﹂やターナー(

A . T ur ne r

)とゴウランド(

D . G ow la nd

)の﹁気の進まないヨーロッパ人(

R elu ct an t E ur op ea ns

₁₀

﹂という表現がある。これらの研究によれば、イギリスは他の加盟国と比べると、加盟直後から欧州統合に対して消極的であり、また敵対的でもあった。もっとも、こうしたイギリスの態度は、EU社会政策に対する態度だけではなく、CAP還付金問題をはじめとするEU予算をめぐる対立や、欧州通貨統合、欧州委員会や欧州議会の権限強化、閣僚理事会での特定多数決制の導入など欧州統合の諸側面に対する対応を通じてみられるとされた ₁₁

。EU社会政策の展開は、いわば欧州統合の副次的側面であり、それに対する 二〇一四

(8)

(    )EU社会政策の発展とイギリスの欧州化同志社法学 六三巻四号二五九 イギリスの態度は、統合の主要な側面に大きく規定されていたと理解されてきたのである ₁₂

。 したがって、外交史や欧州統合史の研究からは、欧州統合一般に対してイギリスは﹁消極的﹂であるというイメージが定着し、EU社会政策に対しては、単純にイギリス対ヨーロッパという対立構造で認識されてきた。そのため、外交史や欧州統合史の研究では、共同体レベルでの交渉及びその結果が、イギリス国内の社会政策に、どのような影響をもたらすのかという点について十分な分析がなされてこなかったのである。 また、外交史研究とともに、共同体レベルにおける社会政策の展開を扱った研究はこれまでかなり蓄積されてきた。なかでも、共同体レベルにおける社会政策の発展と加盟国への影響をめぐる分析は、主に欧州統合論と歴史的制度論において、共同体レベルの社会政策に対する加盟国の自律性に焦点をあてて行われてきた。 欧州統合初期において、共同体レベルでの社会政策はほとんど議論されなかった。その後、社会政策に関連する新たな条文及び特定多数決制が、一九八七年の単一欧州議定書、一九九三年のマーストリヒト条約によってEUの基本条約に記載されてきた。しかし、そうした発展は限定的であり、抜本的な改革が行われたわけではなかった。社会政策についてEU基本条約への根拠条文の記載が限定的にしかなされなかった状況は、シャルプ(

F. Sc ha rp f

₁₃

及びモラブシック(

A . M or av cs ik

₁₄

などを中心とするリベラル政府間主義(

lib er al in te rg ov er nm en ta lis m

)の視点から、次のように考えられる。 シャルプは西ドイツの連邦政府と州政府の関係からEUと加盟国の関係を類推している。シャルプによれば、西ドイツの連邦政府及びEUの欧州委員会は弱い権限しか有しておらず、常に下位レベル(西ドイツの州政府、EUの加盟国)との間での連動した合意形成(

in te rlo ck in g

)が必要となる。そのため、EUにおいては、加盟国政府間の調整の必要から、﹁共同決定のわな﹂(

jo in t-d ec isi on tr ap

₁₅

と呼ばれる全会一致 ₁₆

を原則とした状況下で、統合を進展させるための

二〇一五

(9)

(    )同志社法学 六三巻四号二六〇EU社会政策の発展とイギリスの欧州化

決定を余儀なくされる。その結果、統合の進展は、加盟国間での妥協に応じた展開を強いられる。 一方、モラブシックは加盟国の選好(

pr ef er en ce s

)と権力(

po w er

)を重視する。そして、欧州統合の進展とは、加盟国の選好が形成される加盟国国内レベルと政府間の取引が繰り広げられる共同体レベルにおける﹁二層のゲーム(

tw o- le ve l g am e

₁₇

﹂の所産であると考える。つまり、国内レベルにおいて加盟国政府は、各々の利益を実現させようと政府に働きかけてくる多様な利益集団との駆引き・調整を通じて、欧州統合に対する加盟国の政策選好を形成する。そして、共同体レベルにおいて、加盟国政府の代表者たちは、国内で形成された政策選好を最大化させようと、政府間で取引(

ba rg ain in g

)を行うと想定するのである。その際、加盟国政府は、政府間取引において生じる様々な取引コストを最小化するために、限定的かつ、管理できる範囲で、EU諸機関に権限を委譲すると考えられている ₁₈

。 以上のように、リベラル政府間主義の立場では、加盟国政府が最も重要なアクターとみなされる(国家中心アプローチ:

st at e- ce nt ric a pp ro ac h

₁₉

。欧州統合の進展とは、共同体レベルで各加盟国政府が、自国利益の最大化、主要な政府間での取引、政府間で行われる(EUに対する権限の)委任の信頼性を向上させようとするインセンティブなどに基づく合理的選択の結果であるとされる ₂₀

。したがって、EUの諸機関は、加盟国政府が自国内の対立を解決するために、政府間取引により形成された道具(

to ol

)であるとみなされる。 また、特定多数決制の導入など国家主権の委譲を伴う制度改革についても、加盟国利益と調和する範囲で全会一致により決定がなされる。その結果、あくまで加盟国政府はEU諸機関に対して自律性(

au to no m y

)を維持しようとするため、制度改革の内容は限定的になるとされる ₂₁

。 以上のような、リベラル政府間主義の議論を参考にすれば、新たな社会政策の発展に際して常に全会一致が前提となるため、イギリスを含む加盟国がその決定に排他的な決定権(または拒否権)を有しており、新たな条文の制定や特定 二〇一六

(10)

(    )EU社会政策の発展とイギリスの欧州化同志社法学 六三巻四号二六一 多数決制への移行は限定的になると考えられる ₂₂

。 こうしたリベラル政府間主義の分析に対して、歴史的制度論(

his to ric al in st itu tio na lis m

)の立場から、欧州統合に対する加盟国政府の自律性について批判がなされた。その批判の中心は、リベラル政府間主義がEUの基本条約改正や政府間会議など主たる政府間交渉(

gr an d b ar ga in s

)のみに注目しており、欧州委員会などEU諸機関が行う日常業務、加盟国や各種利益団体との間での交渉(

da y- to -d ay p oli cy m ak in g

)、そして、特定多数決制に基づく決定の持つ影響を軽視している点であった ₂₃

。 ピアソン(

P. P ie rs on

)は、歴史的制度論の立場 ₂₄

からモラブシックのリベラル政府間主義に対する批判を展開する。ピアソンによれば、加盟国政府は﹁EUの政策の発展に重要な役割を果たしているが、政府間交渉の言語では理解されえないほど密集した制度的環境に埋め込まれている﹂ ₂₅

とされる。そして、密集した制度的環境の中では、加盟国政府の選好とEU諸機関の活動との間にギャップが生じるため、加盟国政府は欧州統合の発展を必ずしも自律的に統制していないと考えるのである。そうしたギャップは、以下の要因により生じるとされる。①EU諸機関の(部分的な)自律性、②意思決定者の時間的限界、③予期しない結果、④政治指導者の選好の変化、⑤超国家的アクターの(潜在的な)抵抗、⑥修正への制度的障害(基本条約改正の困難さや全会一致制など)、⑦サンクコスト(

su nk c os t

₂₆

。(図1参照) 加盟国政府とEU諸機関の間に存在するギャップにより、共同体レベルの社会政策は加盟国政府の意図しなかった発展(

un an tic ip at ed c on se qu en ce s

)を遂げたとピアソンは主張する ₂₇

。たとえば、ピアソンは、一九七〇年代に共同体レベルで実施され、比較的成功したといわれる﹁男女間の賃金平等﹂政策を取り上げている。﹁男女の賃金平等﹂政策に関する成功は、当時の時代的潮流であったフェミニズム運動の影響をうけた欧州司法裁判所が、この分野では数少ない理事会指令やローマ条約の規定(一四一条)を拡大解釈することで実現したとされる。あるいは、一九八〇年代後半以

二〇一七

(11)

(    )同志社法学 六三巻四号二六二EU社会政策の発展とイギリスの欧州化

降のEU社会政策指令の拡大の背景には、単一欧州議定書において労働環境分野に関する特定多数決制が導入された結果、当初いずれの加盟国も予想しなかった高い水準の安全衛生基準に関する指令が数多く形成されたためであると指摘している ₂₈

。 リベラル政府間主義と歴史的制度論による加盟国政府の自律性に関する議論について注目すべきは、両者はそれぞれ欧州統合における別々の局面に対する説明を行っていることである。 第一に、欧州統合における加盟国とEUの関係を、リベラル政府間主義は基本条約改正や政府間会議など主たる政府間交渉に注目して、より短期的視点から見ているのに対して、歴史的制度論はEUの諸制度の変容をより長期的な視点から分析を試みている。後に検討するが、EU社会政策の根拠条文や特定多数決制が限定的にしか導入されてこなかった状況は、リベラル政府間主義の分析により明らかにされてきた。一方で、そうした状況下でも、採択された社会政策指令の件数が着実に拡大している状況は、歴史的制度論により説明されてきたことが指摘できる。一九七〇年代以降のEU社会政策の展開を理解するためには、両者の視点は不可欠である。 第二に、リベラル政府間主義と歴史的制度論による加盟国政府の自

加盟国の選好

図1 欧州統合への軌跡

EC政策の形成

加盟国の交渉 国内条件の変化

時間軸  T0

EC政策の形成 政府間交渉

T1

堆積した政策 サンクコスト

予期せぬ結果

加盟国の選好 加盟国の交渉

他のアクターの影響力

(欧州司法裁判所など)

T2

出典:Pierson 1996, p.149.

二〇一八

(12)

(    )EU社会政策の発展とイギリスの欧州化同志社法学 六三巻四号二六三 律性をめぐる議論は、閣僚理事会における異なる決定方式を念頭に置いている。欧州統合に対する加盟国政府の自律性を強調するリベラル政府間主義では、全会一致制による決定を重視している。一方で、加盟国政府が自律的存在ではないと主張する歴史的制度論では、特定多数決制に基づく決定に注目している ₂₉

。 共同体レベルでの社会政策の発展とその加盟国への影響をめぐる分析は、以上のような理論的立場から説明が試みられてきた。一方、イギリス国内の社会政策については、共同体レベルでの社会政策の展開を必ずしも考慮に入れて分析されてきたとはいえない。言い換えれば、EUとイギリスの社会政策をめぐる研究は、EU社会政策とイギリス社会政策という二つの研究分野を横断して十分に分析されておらず、EU及びイギリスのみを対象としたそれぞれ別個の社会政策研究となっていた ₃₀

。 たとえば、エリソン(

N . E llis on

)とピアソン(

C . P ie rs on

)のイギリス社会政策の代表的なテキストでは、クラム(

L . C ra m

)による﹁EUの中のイギリス社会政策﹂という章 ₃₁

が設けられている。その章では、EU社会政策の発展(基本条約の改正ごと)と、それらに対するイギリスの対応が分析されている。そして、基本条約の改正に伴う社会政策分野への特定多数決制の導入が、イギリス国内の社会政策を変容させていると彼女は主張している。しかし、この分析では、EUにおける社会政策がイギリスにどのようなプロセスで、どのような変容をもたらしているかを明らかにするものではなく、歴史的制度論が主張するように共同体レベルでの特定多数決制の導入が加盟国の自律性の喪失につながるという認識を共有するに過ぎない ₃₂

。また、バローズ(

N . B ur ro w s

)とメイア(

J. M air

)は、共同体レベルでの社会政策の展開と、加盟国の対応についてより詳細な分析を行っているが、基本的にはクラムと認識を共有している ₃₃

。 以上のように、既存の研究では、EU社会政策の発展に伴う特定多数決制の導入が、加盟国政府の国内社会政策に関する主権の一部委譲、または空洞化(

ho llo w in g ou t

)をもたらし、同時に、共同体レベルへの主権の委譲により加盟

二〇一九

(13)

(    )同志社法学 六三巻四号二六四EU社会政策の発展とイギリスの欧州化

国政府は、社会政策分野に関して自律性を失っていると主張されてきた ₃₄

。こうした主張は、リベラル政府間主義や歴史的制度論の主張と同様に、加盟国政府の自律性の有無に関するゼロサム的な評価に基づくものであると考えることができる。その結果、既存の研究では、イギリス政府が共同体レベルで形成されたEU社会政策指令の国内法化を進めることで、実際にどのような影響がみられたのかという点について詳細に分析されてこなかった ₃₅

。 EU指令は、その法的性格上、それらが閣僚理事会において全会一致制もしくは特定多数決制のどちらで決定されたにかかわらず、加盟国の国内法に優位し、加盟国はそれらを国内法に転換する義務を負う。そのため、EUから加盟国に与えられる影響のメカニズムについては、共同体レベルでの社会政策の発展や決定方式の違いによる加盟国の拒否権の有無に注目するだけでなく、実際に形成されたEU指令を取り上げて、国内レベルの政治過程であるEU指令の国内法化に注目して検討される必要がある。 本稿では、EUで形成された指令がイギリス政府によってどのように国内法化されているのか、また国内法化によってイギリスは変容するのか、もし変容するのであればいかに変容するのかについて分析を行う。その際、社会政策分野における特定多数決制の導入が、イギリスの社会政策研究によって指摘されたように、イギリスの社会政策に大きな変容をもたらしたのか検討する。 以上のような先行研究の整理と問題関心の提示を踏まえたうえで、次に本稿で用いる分析枠組みを示すことにしよう。

㈡ 分析枠組み 現在まで、欧州統合と加盟国をめぐる議論は、新機能主義や歴史的制度論、もしくは政府間主義やリベラル政府間主義といった理論的立場から分析されてきた。こうした既存の欧州統合理論では、統合の目的やプロセス、成果を概念化 二〇二〇

(14)

(    )EU社会政策の発展とイギリスの欧州化同志社法学 六三巻四号二六五 し説明することに関心が払われてきた。また、統合の進展に伴う加盟国権限のEUへの委譲は、加盟国の自律性や権限の弱体化を意味するのか(EUの集権化)、それとも強化を意味するのか(EUの分権化)というゼロサム的な分析に収斂していたことは先述したとおりである。そのため、加盟国の国内レベルにおいて、EUから受ける影響とそれに伴う変容に注目した実証的研究が十分になされてこなかった ₃₆

。 近年、欧州統合はその政策範囲を拡大し、環境政策や本稿で扱う社会政策など様々な分野で、共同体レベルの立法もしくは政策調整がみられるようになった。域内市場の完成や欧州単一通貨ユーロ(

E ur o

)の導入などにより、統合の超国家的側面が先例の無いレベルまで到達したとの認識が広がるようになった。そのため、近年の欧州統合の進展は、加盟国の国内政治になんらかの影響を与えているのではないかと考えられている ₃₇

。同時に、EUによる加盟国の国内政治への影響に関する実証的研究が進むにつれて、既存の欧州統合理論が主張してきたような加盟国間の収斂は必ずしもみられないことが明らかにされた ₃₈

。むしろ、EUの新しい規範やルールなどを加盟国がそれぞれのやり方で国内に取り入れることで、加盟国ごとに異なる変容メカニズムが存在していることが認識されたのである。 以上のような状況を背景に、欧州統合をめぐる研究は、統合のメカニズム自体を分析するものから、﹁欧州統合の進展に伴う国内政治の変容﹂ ₃₉

の分析にその関心がシフトしてきている。また、そうした研究の担い手は、欧州統合論だけでなく、比較政治学や公共政策論などの立場から分析が行われている。後者の立場では、EUを一つの政体とみなすことで、他の政体(たとえば国家)と比較した場合どのような特徴を有し、どのように動いているのかについて分析される。欧州化(

E ur op ea niz at io n

E ur op ea nis at io n

)  ₄₀

の概念は、こうした欧州統合研究の進展を背景に登場してきた。以下、欧州化の概念について簡単に触れ、その分析の視点や枠組みを、欧州化の概念に内在する問題点に留意しつつ言及する。

二〇二一

(15)

(    )同志社法学 六三巻四号二六六EU社会政策の発展とイギリスの欧州化

 欧州化の概念は、しばしば指摘されるように、研究者の間でその内容について必ずしも一定の定義が存在せず、様々な文脈で多様に用いられてきた。そのため、一般に欧州化の議論を始めるにあたり、﹁欧州化とは何を意味するのか﹂を検討する必要があるとされる。 多種多様に存在する欧州化の定義について、オルセン(

J. P. O lse n

)は五つの分類を行っている ₄₁

。すなわち、①加盟国の拡大などに伴うEUの外部境界線の変化、②共同体レベルでの組織・制度・原理・原則などの発展、③EUにおける制度・組織・政策・政治的行動のパターンなどが加盟国のガバナンス・システムへ浸透する過程、④EU以外へのEU政治形態の輸出、⑤欧州政治統合プロジェクトである。こうした分類の中で近年の欧州統合研究において最も注目されている概念は③の分類である。ラドレック(

R . L ad re c

)は、この分類の先駆的な定義を行っている。彼によれば、欧州化とは﹁EUの政治的経済的ダイナミクスが国内政治や政策形成の組織的論理の一部となるに従って、その政治の方向性と形式を再構成していく漸進的な過程である﹂ ₄₂

とされている。後にバッチ(

I. B ac he

)やジョーダン(

A . Jo rd an

)、ベルツェル(

T. B ör ze l

)やリッセ(

T. R iss e

)、ヴィンク(

M . P . V in k

)やグラツィアーノ(

P. G ra zia no

)らは、ラドレックによる欧州化の定義を発展させ、欧州統合の進展に伴い、﹁何が変化するのか(

dim en sio ns o f d om es tic ch an ge

)﹂という問題について、加盟国の﹁政策(

po lic ie s

)・政体(

po lit y

)・政治(

po lit ic s

)﹂の三つの分野に整理している ₄₃

。そして、こうした加盟国の﹁政策・政体・政治﹂が、欧州統合の進展により﹁どのようなメカニズムで影響を受けるのか(

m ec ha nis m s o f d om es tic c ha ng e

)﹂という問題について焦点があてられることになる。 EUと加盟国の関係をめぐっては、既存の欧州統合理論において重視されてきたように、加盟国が自国の利益をEUに﹁アップロード﹂する﹁ボトム・アップ(

bo tto m -u p

)﹂の側面と、EUで形成された政策、規範、ルール、手続きなどが﹁ダウンロード﹂される﹁トップ・ダウン(

to p- do w n

)﹂の側面という二つの側面 ₄₄

がある(図2参照)。本稿では、 二〇二二

(16)

(    )EU社会政策の発展とイギリスの欧州化同志社法学 六三巻四号二六七 社会政策指令の国内法化の過程を、EUから加盟国へ、いかに﹁ダウンロード﹂されているかに注目し、トップ・ダウン型の欧州化に即して分析を進める ₄₅

。 カポラソ(

J. C ap or as o

)によると、トップ・ダウン型欧州化の分析は、以下の三つのステップに基づくとされる ₄₆

。第一に、共同体レベルの統合の進展が注目される。加盟国は、EUで形成された政策や規範及び手続きに関して、その施行を欧州委員会や欧州司法裁判所により求められる。その際、EUと加盟国の間に何らかの﹁ずれ(

ga p

)﹂が、どのタイミング(

w he n

)で、どの分野(

w he re

)に存在するのか特定されることになる。 第二に、共同体レベルと加盟国レベルの政策、規範、手続きなどの間の﹁適合度(

go od ne ss o f fi t

)﹂が注目される。第一のステップで特定された共同体レベルと加盟国レベルの﹁ずれ﹂は、﹁適合(

fit

)﹂と﹁不適合(

m isfi t

)﹂の程度に応じて、﹁適応圧力(

ad ap tio na l p re ss ur e

)﹂が生じるとされる。つまり、共同体レベルと加盟国レベルにおける制度の適合度が低ければ高い適応圧力が発生し、加盟国はより大きな変容を強いられる。一方で、そうした適合度が高ければ適合圧力は小さくなり、その結果、加盟国はほとんど変容しないとされる。

図2 EU と加盟国の関係:ボトム・アップとトップ・ダウン

出典:Börzel 2003, p.46.

欧州統合 EU

トップ・ダウン 共同体レベルの政策決定

EUの政策、規範、

ルール、手続き 超国家的な制度形成

国内権限の委任

ボトム・アップ

加盟国 欧州化

二〇二三

(17)

(    )同志社法学 六三巻四号二六八EU社会政策の発展とイギリスの欧州化

 第三に、EUの影響を国内に媒介する要因(

m ed ia tin g fa ct or

)が注目される。高い適応圧力が発生する場合、加盟国は何らかの変容を強いられるが、そうした変容は加盟国の間で一様になるとは限らない。なぜなら、EUで形成された政策や規範及び手続きは、各加盟国に存在する様々な国内制度、アクターなどにより阻止されたり、逆にその導入に向けて積極的に推進されたりする可能性があるからである。こうした媒介要因として、公式・非公式の制度、政治的組織的文化の違い、拒否点や拒否権グループ、アクター間の影響力配分などがあげられる。 以上、トップ・ダウン型欧州化の分析手法について言及してきた。なお、欧州化の分析を行う際には、﹁欧州化の帰結(

ou tc om e of do m es tic c ha ng e

)﹂として、欧州統合の進展による加盟国の変容の大きさを測定し評価するための基準が必要となる。本稿ではベルツェルが提示する欧州化による変化の大きさに応じた慣性(

in er tia

)、反発(

re tr en ch m en t

)、吸収(

ab so rp tio n

)、適応(

ac co m m od at io n

)、変容(

T ra ns fo rm at io n

)という五つの基準を参考にする ₄₇

。(表1参照) ﹁慣性﹂は、変化の保留を意味する。これは、EUと国内の政策や制度及び手続きなどが﹁適合﹂した結果ではなく、変化を求める

表1 国内変容の程度

EUと国内制度

の「不適合」 変化の程度

慣性(inertia) 不定 小規模:加盟国は変化に抵抗 反発(retrenchment) 不定 マイナス:加盟国は自国の特異性

を主張し、あくまで国内政治の文 脈で政策を形成

吸収(absorption) 低 小規模:加盟国は国内の政策の変 更なくEUの制度を受け入れる

適応(accommodation) 中 中規模:加盟国は既存の政策を適

用することでEUの要求に対応

変容(transformation) 高 大規模:加盟国は既存の政策の変

更を余儀なくされる 出典:Börzel 2005とBache and Jordan 2006を参照して作成。

二〇二四

(18)

(    )EU社会政策の発展とイギリスの欧州化同志社法学 六三巻四号二六九 EUの要求に加盟国が抵抗するために起こる。こうした変化への抵抗は、EU法のコンプライアンスの問題を招き、欧州委員会による欧州司法裁判所への違反の提訴手続きなどにより、ますます適応圧力を高める可能性がある。﹁反発﹂は、EUと加盟国の違いをますます高める。加盟国は自国の特異性を主張することで、EUの要求に抵抗するばかりか、それらに矛盾する政策を追求する ₄₈

。﹁吸収﹂は、加盟国が既存の政策や制度及び手続きをほとんど変更することなしにEUの要求を受け入れるため、ほとんど変化はみられない。﹁適応﹂は、加盟国が既存の政策や制度及び手続きを核心的な部分を変化させないで、周辺的な修正を行うことでEUの要求に対応するため、その変化は中規模なものとなる。最後に、﹁変容﹂は、加盟国が変化を余儀なくされることを意味する。つまり、EUの要求に対して、加盟国は既存の政策や制度及び手続きの核心的な部分を含む大規模な変化を強いられる。 ベルツェルによる変化の基準の分類は、どの変化がどの基準に分類されるのか明確でないという点で、その客観性に問題がある。しかし、こうした基準を設定することにより、欧州化によって加盟国の﹁政策・政体・政治﹂が一様に変化するのではなく、それぞれ異なる変容の可能性があることを示した点で、ベルツェルの基準には意味があると考えられる。 最後に、欧州化の研究を進める上で直面するもう一つの問題について留意することが重要である。つまり、厳密に欧州統合の加盟国への影響を分析しようとするならば、各国の変容に与える欧州統合の影響を、グローバル化や脱物質主義、国内政治改革など、国内の変容をもたらす他の要因を区別する必要があるということである ₄₉

。たとえば、加盟国間における人・物・金の移動の拡大の状況は、それをもたらした要因としてEUの域内市場統合の影響を考えるのは容易いが、そうした移動の拡大がグローバル化や国内政治改革の結果である可能性も指摘できる。 欧州化の要因とその他の要因の区別は大変に困難な作業であるが、こうした作業は、欧州化以外の要因をすべて排除

二〇二五

(19)

(    )同志社法学 六三巻四号二七〇EU社会政策の発展とイギリスの欧州化

するために行うというよりは、むしろ欧州化という曖昧な概念の拡大解釈を防ぐために有効であるとも考えられる。つまり、欧州化やグローバル化、国内政治改革が、加盟国の変容に対して同時的(

co in cid en ta lly

)に影響を及ぼす可能性を排除せず、変容をもたらす因果関係の順序、影響のベクトルや質についてできる限り詳細に観察することで、欧州化による説明をより精緻化できると考えられる。

㈢ 小括 イギリスとEUの社会政策をめぐる研究は、必ずしもそれぞれの研究分野を横断した形で分析されてこなかった。そのため、EUの社会政策がイギリスに対して及ぼす影響については、加盟国政府の自律性に関するゼロサム的な認識に基づいて考えられてきた。すなわち、一方では、EUの社会政策に対して消極的な態度を固持したイギリスは、EUからの影響を排除しようと拒否権行使を繰り返す﹁厄介なパートナー﹂であるとされてきた。他方では、EU社会政策への特定多数決制の導入は、共同体レベルにおける加盟国政府の自律性を制限し、国内政治を変容させるメルクマールとみなされてきた。このように、EUの政策がイギリスの国内政治に及ぼす影響は、閣僚理事会での決定方式の違いによりゼロサム的に表現されてきたのである。 共同体レベルで決定されたEU指令は、イギリス政府によって国内法化されることで法的効力を発揮するため、実際にEUの社会政策がイギリスに及ぼす影響を分析するためには、国内レベルにおける国内法化の過程について検討する必要がある。 そこで、本稿では、近年注目されている欧州化の概念を参考に、保守党政権期のイギリスが、EUの社会政策指令を国内法化することによっていかなる影響を受けたのかという問題について分析を行う。 二〇二六

(20)

(    )EU社会政策の発展とイギリスの欧州化同志社法学 六三巻四号二七一  本稿では、欧州化の分析枠組みとその問題点を考慮にいれた上で、以下のように分析を進める。まず、二章において共同体レベルでの社会政策指令の発展について、また、三章において保守党政権下の社会政策の特徴について概観し、実際の国内法化のパターンを検討することで、イギリスとEUの社会政策の間の﹁ずれ﹂を明らかにする。四章において、イギリス国内の主要アクターの言説を観察することで、当時の国内政治アクターがEUの社会政策に対してどういった立場をとっていたのか検討する。その上で、五章において、EU社会政策指令の国内法化のパターンと、それぞれの変容の程度について分析し、本稿の結論を導く。

第 二 章  E U 社 会 政 策 の 発 展

 本章では、社会政策分野の根拠条文及び特定多数決条項のEU基本条約への記載過程と社会政策指令の形成過程に注目して、共同体レベルにおける社会政策の発展を概観する。その際、社会政策指令の拡大の時期に沿って時代を区分する。社会政策指令の発展を年代ごとに整理すれば、一九七〇年代後半から一九八〇年代前半(第一の波)と、一九八〇年代後半から一九九〇年代後半(第二の波)に区分することができる(図3参照)。なお、この時代区分は、社会政策分野における閣僚理事会の決定方式が一部変更された時期に対応している。すなわち、第一の波では、すべての社会政策指令の決定が全会一致制に基づいて決定されたのに対して、第二の波では、成立した社会政策指令の約半数が特定多数決制に基づいて決定されたのである。本章では、閣僚理事会における決定方式の変更によって、社会政策分野における指令の決定に対するイギリスや他の加盟国の関与が制限されたのかに注目する。 一九九七年以前に決定された社会政策指令は、六つの分野に分類できる。﹁移動の自由(

fre ed om o f m ov em en t

)﹂、﹁健

二〇二七

(21)

(    )同志社法学 六三巻四号二七二EU社会政策の発展とイギリスの欧州化

康と安全(

he alt h a nd sa fe ty

)﹂、﹁労働条件(

w or kin g c on dit io n

)﹂、﹁労働者の参加(

w or ke r p ar tic ip at io n

)﹂、﹁雇用の権利(

em plo ym en t rig ht s

)﹂、﹁ジェンダー(

ge nd er

)﹂である ₅₀

。それでは、時代ごとのEU社会政策の特徴を踏まえつつ、社会政策分野の発展に伴う指令の形成過程について見ることにしよう。

㈠ 第一の波:ローマ条約と社会政策 共同体レベルの社会政策 ₅₁

は、一九七〇年代後半になって脚光を浴び始めた。共同体レベルで社会政策指令の成立件数が拡大の時期を迎えるのは一九七五年以降のことである ₅₂

。しかし、EC設立当初の時期に、共同体政策としての社会政策という考え方が欠如していたわけではない。EC基本条約であるローマ条約(

T re at y

E st ab lis hin g th e E ur op ea n E co no m ic C om m un ity

₅₃

は、労働者の移動の自由や移住労働者の社会保障上の権利の保護に関する規定(四八、四九、五一条)、雇用機会の増大及び労働者の地理的ならびに職業的な移動を促進するための欧州社会基金の創設に関する規定(一二三から一二七条)を含んでいた ₅₄

。とりわけ、﹁社会政策﹂というタイトルの章(第三部第三章一一七から一二八条)

図3 社会政策指令の発展(1964-1997.5)

出典: EUR-Lex(http: //eur¯lex.europe.eu/)によるカテゴリ(Social Policy)

の1964⊖1997年5月の期間に決定された指令:Statisticsを除く。

※欧州委員会報告、緑書、行動計画報告書をもとに一部修正。

参考: Commission 1976, 1985, 1986, 1987, 1988e, 1989a, 1990a, 1991b, 1992, 1994a, 1995a, 1996a, 1997, 1998.

7 6 5 4 3 2 1 0

修正 指令

1964 1965 1966 1967 1968 1969 1970 1971 1972 1973 1974 1975 1976 1977 1978 1979 1980 1981 1982 1983 1984 1985 1986 1987 1988 1989 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996

二〇二八

(22)

(    )EU社会政策の発展とイギリスの欧州化同志社法学 六三巻四号二七三 において、社会的分野での加盟国間の協力促進に関する規定(一一八条)や男女同一労働同一賃金の原則に関する規定(一一九条)などが置かれていた。こうした諸条項を根拠にして、共同体設立当初から一九七〇年代前半までに、労働者の移動の自由に関する政策が形成されるとともに、主に欧州司法裁判所の判決を通して男女同一賃金の実現などがなされた ₅₅

。 具体的には、労働力としての﹁ヒト﹂の移動に関して、その自由な移動を妨げる障害を撤廃する為に﹁移動の自由﹂に関する五つの指令 ₅₆

が形成された。本稿で取り上げる﹁移動の自由﹂に関する指令は、いずれもこの時期に形成され、加盟国国民が他の加盟国に移動、居留、労働する権利を確立し、移動を妨げる障害の撤廃をその目的としていた。その後のすべての社会政策指令は、そうした﹁移動の自由﹂の原則に適合的であることが求められた。 ただし、これら初期の共同体レベルの社会政策は、専ら労働力の確保及び加盟国間の公正競争の促進という観点から追求されていた ₅₇

。言い換えれば、ローマ条約における共同体レベルでの社会政策の展開は、公正な経済競争を促進する場合に限定されるべきだという新自由主義(

ne o- lib er ali sm

)の考え方が基調になっていた ₅₈

。社会政策分野の大半は、共同体レベルの政策ではなく、専ら加盟国の所管する権限であると認識されていたため、共同体レベルでの社会政策立法の必要性が議論されることはほとんどなかったのである ₅₉

。 一九六〇年代には、一九六三年に加盟国へのEC法の直接効果原則 ₆₀

と、国内法に対するEC法の優位原則 ₆₁

が欧州司法裁判所により提示され、法的統合の前進がみられた。その反面、一九六六年一月のルクセンブルグの妥協 ₆₂

により、閣僚理事会における決定方式について全会一致方式を原則とする慣行が形成され、その後、長期に渡って欧州統合に足かせがはめられたことにより、共同体レベルの社会政策の発展が抑制されたものと考えられる ₆₃

。 その後、一九六〇年代後半から一九七〇年代前半になって、フランスで大統領がド=ゴール(

C ha rle s d e G au lle

)か

二〇二九

(23)

(    )同志社法学 六三巻四号二七四EU社会政策の発展とイギリスの欧州化

らポンピドゥ(

G eo rg es P om pid ou

)に交代し、ドイツで社会民主党のブラント(

W illy B ra nd t

)が首相に任命された。つまり、ECは、一人の国家主権擁護論者を失う一方、社会政策を支持する二人の統合推進論者を得たのである ₆₄

。また、イギリスのEC加盟の最大の障壁であったド=ゴールの引退により、一九七三年一月にイギリスはようやくEC加盟を果たした。こうした加盟国リーダーの交代を契機として、共同体レベルにおいて、社会政策分野へのECによる積極的介入の必要性が認識され始めた。その背景には、共同市場設立後の加盟国の目覚しい経済発展にもかかわらず、共同市場の実現だけでは解決できない諸問題が共同体レベルで顕在化してきたという事情があった ₆₅

。 そうした問題に共同体レベルで対応するため、一九七二年一〇月にパリで行われた拡大EC(イギリスなど加盟予定国を含む)首脳会議で社会政策の重要性が宣言された。この宣言に基づき、一九七四年一月、閣僚理事会は、第一次社会行動計画(

So cia l A ct io n P ro gr am m e

₆₆

を決議した。この社会行動計画では、㈠完全雇用及び雇用条件の改善、㈡生活及び労働条件の改善と統合、㈢共同体の経済的・社会的決定への労使双方の参加と労働者の経営参加の拡大という三つの目標が掲げられ、その達成に向けてECが優先的にとるべき四〇ほどの具体的政策が掲げられていた。 しかしながら、新自由主義を基本路線としていたローマ条約では、共同体レベルの社会政策立法に関するEC機関の明確な権限規定が存在しなかったため ₆₇

、社会行動計画の具体化は順調には進まなかった ₆₈

。また、一九七三年及び一九七九年の二度にわたるオイルショックの影響で、加盟国においてインフレと失業の増大など景気後退が進むにつれ、徐々に関心が共同行動から離れていくことになった。 社会行動計画の具体化を停滞させたもう一つの要因は、一九七九年にイギリスでサッチャー(

M ar ga re t T ha tc he r

)保守党政権が誕生したことで、法案審議に関して全会一致を原則とする閣僚理事会において、イギリスが事実上の﹁拒否権﹂を行使し続けたことである。この当時、イギリスの反対により採択できなかった指令案として、﹁第五次会社法 二〇三〇

(24)

(    )EU社会政策の発展とイギリスの欧州化同志社法学 六三巻四号二七五 改正指令案﹂や﹁第一〇次会社法改正指令案﹂、﹁共同体規模の企業における労働者のための情報開示及び労働に関する指令案(フレデリング法案)﹂、﹁育児及び家庭責任休暇にかかわる指令案﹂、﹁自主的パートタイム労働にかかわる指令案﹂及び、﹁労働時間の短縮及び再編に関する理事会勧告案﹂等が挙げられる ₆₉

。以上のように社会行動計画の具体化は難航した。しかし、いくつかの分野において、EUの社会政策指令は増加の兆しを見せていた。 まず、﹁健康と安全﹂に関する指令 ₇₀

は、㈠職場の問題の特徴に関する把握、㈡疾病のリスト形成、㈢安全基準の比較、㈣最も適切な実践(

be st p ra ct ic e

)に基づいた情報の交換及び政策の向上を目的としていた。一九七〇年代には、一九七七年﹁職場の安全標識﹂指令(

77 / 57 6 E E C

)及び一九七八年﹁塩化ビニールモノマー﹂指令(

78 / 61 0 /E E C

)を皮切りに、一九八〇年﹁化学・物理・生物的要因﹂指令(

80 / 11 07 E E C

)と、これらの指令に関連した五つの指令 ₇₁

が決定された。閣僚理事会における全会一致による決定という制約のため、この時期に決定された指令の内容は、技術的な分野に限定されていたが、指令の基準を満たすために大きな是正が必要と見込まれたアイルランドやイタリア、ルクセンブルグなどは指令の実施に消極的であった ₇₂

。 ﹁雇用の権利﹂については、一九七〇年代の景気低迷や経済の国際化などに伴う企業の倒産、移転、譲渡などから労働者の雇用の権利を維持し、保護するための指令が全会一致で決定されている。まず、一九七五年に﹁集団解雇﹂指令(

75 / 12 9 /E E C

)が成立した。同指令は、リストラクチャリングに際して労働者と公的機関の関与を促すもので、加盟国の法制の調和化を目指すものではなく、政府・労使間の協議に関する共同体レベルでの最低基準を提示するものであった。また一九七七年﹁企業譲渡﹂指令(

77 / 18 7 /E E C

)は、企業譲渡前後に労働者の雇用条件が一方的に破棄されないよう労働代表団体に対する情報提供を徹底し、労使が協議する機会を設けることを明記した ₇₃

。続く一九八〇年﹁支払い不能﹂指令(

80 / 98 7 /E E C

)は、加盟国に労働者の未払い賃金を保障するための保障機関の設置を求めている。こうし

二〇三一

(25)

(    )同志社法学 六三巻四号二七六EU社会政策の発展とイギリスの欧州化

た労働者の﹁雇用の権利﹂を定めた指令が形成された背景には、ますます拡大するリストラクチャリングへの対応と、同時にそうした懸念と不安から労働者を保護するという繊細な対応が迫られていたことがあった ₇₄

。 ﹁ジェンダー﹂に関する指令は、一九五八年の﹁男女同一労働同一賃金﹂を定めたローマ条約一一九条 ₇₅

を根拠に形成された。具体的には、一九七〇年代後半に、一九七四年の社会行動計画及び国際連合が掲げた﹁一九七五年国際女性の年﹂に応える形で三つの指令が形成された。一九七五年に成立した﹁男女同一賃金﹂指令(

75 / 11 7 /E E C

)では、男女間におけるローマ条約一一九条の﹁同一労働同一賃金﹂の原則の適用を確認し、その解釈を拡大することで﹁労働の報酬や条件、組織構成といったあらゆる局面に関して性別に基づいたあらゆる差別を取り除く﹂ことが明確に示された。続く一九七六年﹁男女平等(雇用)﹂指令(

76 / 20 7 /E E C

)では、そうした差別を撤廃するために、加盟国に対して、雇用へのアクセス、職業訓練、労働条件(特に解雇条件)に関する男女間での均等待遇が規定された。また、一九七九年には﹁男女平等(社会保障分野)﹂指令(

79 / 7 /E E C

)により、公的社会保障制度について、加入要件、保険料の算定と納入、給付の算定等に関して、性に基づいた差別の撤廃が求められた。一九八〇年代には、さらに関連する二つの指令が成立した ₇₆

。 共同体レベルで﹁ジェンダー﹂分野の規範形成に成功した背景には、一九七〇年代以来の女性の経済活動の変容(女性のフルタイム労働への参入など)と、それに伴う家族形態の多様化(共働き、離婚、一人親世帯など)、そして西欧全体でジェンダー問題に対する関心の高まりや ₇₇

、それに伴う共同体レベルでの女性団体によるロビー活動の高まりなどといった要因が存在していた。一一九条を根拠にした﹁ジェンダー﹂に関する指令案の決定は、閣僚理事会での全会一致を必要としていたが、欧州委員会や欧州議会における関心の高さ、欧州司法裁判所における判例の蓄積により、加盟国政府の間にジェンダーに関する一定のコンセンサスが形成されたのである。 二〇三二

(26)

(    )EU社会政策の発展とイギリスの欧州化同志社法学 六三巻四号二七七  この時期の社会政策は、加盟国間の多様な社会政策を調和化(

ha rm on iz at io n

)させることで、共同体レベルで統一された社会規範の形成を目指すよりも、加盟国の間で共通する政策をEUの政策として取込む(

in co rp or at io n

)ことが目指された ₇₈

。欧州委員会による積極的な社会政策の形成に消極的な加盟国の拒否権を回避し、共同体レベルで社会政策指令を形成するためには、加盟国間でのコンセンサスが前提とされたのである。

㈡ 第二の波:単一欧州議定書以降の社会政策の発展 一九七〇年代後半から一九八〇年代前半は、欧州統合に対する悲観論(

E ur o- pe ss im ism

₇₉

が出現した時期であったが、一九八〇年代後半は、欧州統合の再開とそれに伴ってEC社会政策が実質的な展開を見せた時期となった。 一九八〇年代前半には、イギリスのサッチャー、ドイツのコール(

H elm ut K oh l

)、フランスのミッテラン(

F ra nç ois M itt er ra nd

)という新たな顔ぶれが揃った。一九八五年一月にはフランス前蔵相のドロール(

Ja cq ue s D elo rs

₈₀

が欧州委員長に就任したことにより、ドロール委員長のイニシアティブの下、ECにおいてより自由で開かれた経済の実現を目指す域内市場統合が追及されることになった。また、統合の経済的側面(新自由主義)のみに傾くのではなく、一九九二年の域内市場の実現に向けて社会的側面を伴った﹁ソーシャル・ヨーロッパ﹂のための政策目標をまとめた﹁域内市場白書﹂が打ち出され、イギリスを含む加盟国 ₈₁

の間で合意形成が試みられた。 一九八〇年代のEC社会政策に関する決定的な変化の幕開けは、一九八四年六月フォンテーヌブロー欧州理事会において、ドゥーグ委員会によって提出された報告書(通称﹁ドゥーグ報告﹂) ₈₂

であった。同報告書では、それまで社会行動計画の具体化を大きく停滞させてきた原因は、ルクセンブルグの妥協以降続く閣僚理事会の全会一致原則にあるとされ、ECの制度改革の中でも、特に閣僚理事会における決定方式の変更について言及されていた。

二〇三三

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