九州大学学術情報リポジトリ
Kyushu University Institutional Repository
ユーラシア草原地帯東部の初期騎馬遊牧文化の展開 過程
戴, 玥
http://hdl.handle.net/2324/2235993
出版情報:九州大学, 2018, 博士(文学), 課程博士 バージョン:
権利関係:
(様式3)
氏 名 :戴 玥
論 文 名 :ユーラシア草原地帯東部の初期騎馬遊牧文化の展開過程
区 分 :甲
論 文 内 容 の 要 旨
本論文は、初期鉄器時代の草原地帯東部における青銅武器・馬具の変遷を検討し、当時の騎 馬遊牧文化の展開過程を解明するものである。初期騎馬遊牧文化の展開過程については、具体 的な目的としては大きく2点に分けられる。まずは青銅武器・馬具を対象として草原地帯東部 の騎馬遊牧文化の動態を通時的に明らかにすることである。次には環境変動に伴う人間集団の 移動を背景として、本質的な文化・社会の変化という視点から騎馬遊牧文化動態の形成要因を 明らかにすることである。
上記の2点の目的を遂げるために、第1章では遊牧文化の展開過程に関する研究史とその問 題点を整理し、さらに本論文が扱う資料、使用する方法を明らかにする。
次の第2章では、騎馬遊牧文化の通時的な展開過程について、青銅短剣を対象として分析し た。草原地帯東部ではミヌシンスク盆地のタガール文化の拡散を契機として、青銅短剣がカラ スク式からアキナケス式へと大きく転換したことを指摘した。具体的に言えば、短剣第Ⅰ期に はカラスク式が南シベリアから長城地帯にかけて盛行しており、アキナケス式がミヌシンスク 盆地に生まれる。短剣第Ⅱ期になるとカラスク式が終焉してしまい、アキナケス式が南シベリ アから内蒙古中南部以西・燕山地域・黒海北岸まで広がっていったことを指摘した。
第3章では、騎馬遊牧文化の通時的な展開過程について、青銅刀子を対象として分析した。
草原地帯東部では同じくタガール文化の拡散を契機として、青銅刀子がカラスク式からタガー ル式へと転換したことを指摘した。刀子第Ⅰ期にはカラスク式が草原地帯東部で盛行している が、ミヌシンスク盆地を挟んである程度の東西の地域差も存在する。刀子第Ⅱ期になるとタガ ール式がミヌシンスク盆地から内蒙古中南部へと拡散する。また燕山地域を中心とした長城地 域では、第Ⅰ期に生まれた玉皇廟式が、第Ⅱ期になると燕山地域から内蒙古中南部へ拡大しな がら、燕国系の刀子へと大きく転換していくことも指摘した。
第4章では、銅鏃の形態の分析に基づいて騎馬遊牧文化の青銅武器の機能的な変化について
検討した。その結果として、銅鏃の型式の間には両翼鏃⇒三翼鏃⇒断面三角形鏃の変化があり、
型式の組列には鏃身の細見化や断面の充実化といった傾向があることを指摘した。これらの変 化の傾向は、銅鏃第Ⅱ期に実戦で使用される武器の機能強化の視点から説明できる。
第5章では、銜と鑣の連結方式の分析に基づいて遊牧文化の青銅馬具の機能的変化について 検討した。その結果として、青銅轡には革紐で緊縛する結合式⇒銜を鑣に通す嵌入式⇒鑣を銜 に通す挿入式という変化があることが明らかになった。詳しくいえば結合式は馬具第Ⅰ期に草 原地帯東部全体にも及んで急激に広がるものである。馬具第Ⅱ期になると、青銅轡は結合式を 祖型として、南シベリア以西において嵌入式、燕山地域において挿入式という二つの方向に向 かって分岐するものである。馬具第Ⅲ期には、挿入式が草原地帯東部全体において拡散してき た。これらの形態の変化は銜と鑣からなる轡の連結の安定性の改良と関連することを指摘した。
こうした分析結果を基に、第6章では、通時的な草原地帯東部の騎馬遊牧文化の動態とその 形成要因について、異なる物質文化の要素の総合的な検討から考察し、初期鉄器時代の騎馬遊 牧文化の展開過程を解明した。その結果として、騎馬遊牧文化の第Ⅱ期の紀元前6世紀は選考 するカラスク文化の終焉に伴って、タガール文化が前半期から後半期へと大きく転換した時期 であることを明らかにした。この時期には、温暖と湿潤の気候変動に伴って草原地帯の遊牧集 団が西の南シベリアから東の長城地帯へと移動する可能性がある。遊牧集団の移動とともに、
南シベリアの青銅武器は、トゥバ地域から内蒙古中南部以西にかけて、人間社会の高位な階層 の間に拡散していき、それにより南シベリアから長城地帯にかけてゆるやかな地域間の一体性 を形成した。また遊牧集団の内部では、銅鏃と同轡の機能的な改良に基づいて、弓を射ること を有効な軍事的な手段として、馬に乗ることを快速な移動の機動力として戦闘能力が高まった ことを意味し、その社会の複雑化の進展が想定される。いっぽう、気候変動と鉄製農具の普及 に伴って、中国の北方辺境では農耕集団が長城地帯を超えて北方・東方へと拡張した。それと ともに、これまでの南シベリアの遊牧集団の青銅武器の拡散方向と異なり、燕山地域を中心と した東の長城地帯から西の南シベリアへ物質文化の要素が広がった。こうした草原地帯東部の 遊牧文化の展開過程は、農耕集団の動態と関連する可能性もあることを指摘した。