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金柄学

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(1)429. 報. 生目. △諏. 研究. 民事手続判例研究会. 名古屋南部大気汚染公害訴訟 (平成12年11月27日判決・平成元年(ワ)第913号事件判時1746号3頁、判タ1066号104 頁、一部認容・控訴・和解). 金柄学 一事実の概要 本件の原告は、名古屋市南部などの地域(本件地域)に居住、勤務し、公健法 又は名古屋市条例により気管支喘息、肺気腫等の指定疾病の認定を受けた者又は その相続人であり、被告は、本件地域に工場、事業所、(本件各工場)を有する被. 告会社10社及び本件地域内を走行する国道1号線、同23号線、同154号線及び同 247号線(本件各道路)を設置管理する被告国である。本件は、右のような原告ら 127名(弁論終結時における患者数)が、本件地域内の本件各工場、本件各道路が 主要汚染源となって排出する大気汚染物質により、健康被害等の損害を受け、ま. た受け続けているとして、平成元年3月に、被告らに対し、環境基準値(現行環 境基準値。ただし、二酸化窒素については旧環境基準)を超える大気汚染物質の排出. の差止めと共同不法行為に基づく損害賠償の請求をしたものである。. 原告らの請求は、1)被告会社及び被告国のそれぞれは、原告らの居住地にお いて、二酸化窒素及び浮遊粒子状物質にっいて環境基準(二酸化窒素については旧. 環境基準)に定める濃度を超える汚染となる排出をしてはならない、2)被告会 社は、原告らの居住地において、二酸化硫黄が環境基準に定める濃度を超える汚 染となる排出をしてはならない、3)被告会社と被告国は、大気汚染により原告 らに健康被害を及ぼしたこと、死亡に至らしめたことによる損害の賠償をせよと いうものである。. 二判決要旨 本判決は、結論として、損害賠償請求については、被告会社に患者96名に対す.

(2) 430. 早法78巻2号(2003). る総額2億8,962万円の支払、被告国に患者3名に対する総額1,809万円の支払を 認めた。. また、差止請求については、「被告国は、原告番号106の原告に対し、国道23号 線を自動車の走行の用に供することにより、排出する浮遊粒子状物質につき、同 原告の肩書地において、一時間値の一日平均0.159mg/m・を超える汚染となる排出. をしてはならない。ただし、その測定方法は、左記による。1. 地上3〜10m. の位置において、濾過捕集による重要濃度測定方法又はこの方法によって測定さ. れた重量濃度と直線的な関係を有する量が得られる光散乱法、圧電天びん法若し くはべ一タ線吸収法によって測定する。2. 評価に当たっては、年間にわたる一. 日平均値である測定値につき、測定値の高い方から2%の範囲内にあるもの (365日分の測定値がある場合は7日分の測定値)を除外して評価を行う。ただし、. 一日平均値が0.10mg/m・を超える日が二日以上連続した場合にはこのような取扱 いを行わないこととして、その評価を行う」とした。. 本判決は、その理由として以下のように判示している。. i)訴訟物の特定性について 「不作為請求の特定の方法としては、禁止されるべき侵害行為を逐一特定する という方法のほか、侵害の危険を生じさせている特定の発生源の存在を前提とし て、除去されるべきあるいは未然に防止されるべき侵害の結果を特定するという 方法が認められ得る。. ところで、本件差止請求権が目的とするところは、一定の数値を超える大気汚. 染状態を作出しないことを実現することにあると解されるところ、侵害行為の発 生地点は被告国の支配領域内にあり、被告国の職務遂行過程においてその対策を 採ることになる。そして、右のような目的を実現するための手段、方法は複雑、. 多種、多様にわたることが推認される。この場合、原告らに対し右のような結果 を実現するための手段、方法について具体的な特定を要求することは、正確な科. 学知識及び情報を持たない一般市民である原告ら側に対し極めて困難な事態を招 くことは明らかである。他方、被告国側は原告ら側に比べて大気汚染物質の排出. 量等に関する正確な情報を容易に取得する能力を有しており、また、得られた結 果に基づき排出量の削減方法等をどのような手段で達成するかを具体的に検討、. 選択することも容易な立場にある。そして、被告国側にその具体的な方法を選択 する余地を与えることにより、無用な社会的混乱を生ずるおそれを回避すること もできる。. そうすると、本件のような生命、身体に対する侵害を受け、あるいは受けるお それのある者が原告らとなってその被害の発生の防止を求める際の差止請求にお.

(3) 研究会報告(金). 431. ける請求の特定の程度は、その危険を発生源及び結果を特定することにより、権 利を侵害する直接の原因である一定量を超える大気汚染の形成の結果自体を防止 することを求めれば足りる。そして、被告国側においてどのような手段、措置を 採って右原因となる事態を防止するかにっいてまで、原告ら側が、判決を求める. 段階において、具体的に主張する必要はないと解するのが相当である。また、本. 件差止請求において、差止の対象となる一定量を超える大気汚染はその濃度を数 値によって客観的に特定することができるから、濃度を一定の数値以下にするこ とが達成されたか否かによって、被告国側が不作為債務を実現するのに適した措 置を採ったかどうかを事後的に判定することは十分可能である。. したがって、本件差止請求は訴訟物として特定していると解するのが相当であ る。」. li). 執行可能性及び執行方法について. 「そもそも、本件差止請求等の給付を求める訴えにおいて、執行法上の制約等 に基づき執行不能となる給付を求めることも、判決が言い渡されることにより被. 告側がこれに応じた履行を任意にすることが期待される等として、許されると解 することができるなら、仮に原告らの請求に基づく執行が結果において不能とな っても訴えの利益自体は認められることになる。. しかし、右のように解することができなくとも、本件にあっては前記のとお り、差止めの対象となる大気汚染の濃度が客観的に特定された一定の数値以下に. まで低下したことを事後的に判定することは十分可能である。すなわち、既に実. 際に大気汚染物質の測定が実施され、距離減衰調査等が実施されている現在の技. 術水準からすると、大気汚染物質の基準値を示せばその値を超えたか否かの測定 や発生源の特定は技術的に可能である。なお特定の地を基準として一定濃度を超 える物質の排出の差止めを認めたとしても、執行等に当たり当該の地のみで測定 をする必要はなく、これと合理的な範囲で近接している地において測定した結果. をもって当該地の数値を推認することも可能である。したがって、被告国及び執. 行裁判所において、大気汚染物質の数値を測定、把握することは、これが困難で あることは明らかであるが、およそ不可能であるとまでいうことはできない。. また、継続的な侵害行為による被害発生が現に継続して認められる場合におけ る差止請求の強制執行の方法にっいては、少なくとも間接強制の方法によること が可能である。. したがって、本件差止請求請求には執行の可能性を認めることができ、右がお よそ存在しないという被告国の主張は採用できない。」.

(4) 432. 早法78巻2号(2003). 三. 評. 釈. (結論に賛成である力乳その理由付けに若干の疑問がある。). 本判決は、生活妨害における抽象的差止請求に関する判決である。伝統的な見 解によれば、一般に差止請求の内実をなす作為・不作為は、なすべき行為または なすべきでない行為の種類、態様、場所等を明示することにより特定されるとさ. の. れており、抽象的差止請求は訴訟物が不特定であるがゆえに不適法となる。しか. しながら、この種の事件では、侵害行為の発生源が総て被告の支配領域内にあ り、侵害の発生や伝達のメカニズムが複雑で、有効な防止措置を被害者が確知す. ることのできない場合が少なくないという実際上の状況に対応し、抽象的差止請 求の適法性を認める方向で、判例・学説ともに解釈論を展開してきた。. まず、判例の展開をみることにする。抽象的差止請求を不適法であると解する わ. 判例は、その根拠として、①抽象的差止請求は、被告に作為を求めるものにほか ならないが、実現手段としては多数の方法が考えられるので、被告が履行すべき. 義務の内容は特定されていない、②「請求」は民事訴訟手続において、審理判断 の対象や被告の防御権行使の主題となり、判決の既判力の客観的範囲や二重起訴 の範囲を画するので、厳格な特定が要求され、③作為義務が一義的に特定されな ければ間接強制も執行不能であり、間接強制の要件としての不作為義務の特定に も欠け、強制執行が不可能であること等を挙げる。これに対し、抽象的差止請求. の. を適法であると解する判例は、①結果達成を目的とする請求が常に具体的作為・. 不作為により特定される必要はない、②被害回避の観点から原因の除去を求める ことが必要かつ十分であり、原告による具体的作為などの特定が困難である一方 で被告がそれを検討しやすい立場にある、③原告が被告に対し侵害の差止めとし. て何を求めているかは明らかであるから、訴訟物として特定されている、④抽象. 的差止請求は、間接強制によって、間接強制が功を奏しない場合には、将来の為 の適当の処分の弾力的運用により執行することができる、という点を適法性の根 の. 拠として挙げている。. 判例を時系列的にみると、横田基地訴訟判決以降、若干不適法説に立つ下級審 判例が見られるものの、近年、適法説に収敏する様相を呈しており、本判決も適 法説を採用している。. 抽象的差止判決の執行方法として考えられるのは、①不作為義務違反の結果の 除去のための代替執行(民執171条1項、民414条3項前段)、②不作為義務違反のあ る場合の将来のための適当の処分(民執171条1項、民414条3項後段)、③間接強制. (民執172条)の三種類である。これらの執行方法の相互関係について通説は、間.

(5) 研究会報告(金). 433. 接強制は前二者の方法による強制執行ができないものにしか利用できないとする ラ. (間接強制の補充性)。. 執行方法について、多数の判例は、間接強制に基づき執行することができると している。これに対して、近年、まず、将来の為の適当の処分の内容を工夫して. 具体化することが可能であり、仮にこれらが不可能であれば、間接強制によるこ (7) とが可能であるとする判例、逆に、問接強制をして債務者にその機会を与え、こ. れが功を奏しない場合に将来の為の適当の処分又は代替執行の方法をとるべきで (8). (9〉. あるとする判例があらわれている。これら近年の判例は、一請求権一執行方法の. 原則と間接強制の補充性について、明確な理論展開をしているものはなく、動揺 しているといえる。本判決が、「少なくとも間接強制の方法によることができる」. と判示しているのは、決して、間接強制のみを唯一の執行方法として考えている. のではなく、間接強制が功を奏しない場合、将来の為の適当の処分の弾力的活用 を念頭においているものと考える。. これに対し、学説は判例の動向とは異なり、訴訟物の特定性について適法性を 肯定する見解が多数を占めている。. 学説を大別すると、抽象的差止訴訟における訴訟物の特定方法につき一定のメ. ルタマールを立てる説、実体法上の選択権の帰属を基軸とする説、紛争解決手続. 全体の中で当事者問の自主的な交渉を重視する説、執行手続における困難を克服. するため判決手続において一定の具体的防止措置を例示列挙する説に分かれて (10〉. いる。. 抽象的差止訴訟における訴訟物の特定方法につき一定のメルクマールを立てる (11). (12). (13〉. 説には、竹下説(侵害結果説)、上村説(保護範囲説)、松浦説(侵出行為説)があ る。. これらの説は、総じて、個別具体的な侵害行為を逐一特定するのではなく、一 定のメルタマール(侵害行為及び侵害結果)を特定していれば、訴訟物の特定性を 充たしているとみる見解である。. 次に、実体法上の選択権の帰属を基軸とする説であるが、松本教授は、抽象的 差止請求を認める必要性及び許容性について、実体法的考慮から、侵害防止措置 の選択権は、加害者側に属するので、そもそも、発生源を特定して一定種類の生. 活妨害を一定程度及ぼすことの禁止を内容とする不作為請求は問題がないと主張 (14). される。. 紛争解決手続全体の中で当事者間の自主的な交渉を重視する説は、訴訟手続は 紛争解決に向けた一つの契機(一里塚)にすぎないので、紛争の終局的解決を動 ラ. 態的に捉えようとする考えである。. 最後に、執行手続における困難を克服するため判決手続において一定の具体的.

(6) 434. 早法78巻2号(2003). 防止措置を例示列挙する説であるが、執行手続の複雑化、侵害の防止方法を執行. 機関へ白紙委任することを懸念し、判決機関において、執行機関において採るべ. の. き執行方法を債務名義に反映させようとするものである。. 学説は、訴訟物の特定性について、理論構成を異にするもののその適法性を肯 定しているのに対し、抽象的差止請求の執行方法について、原則として間接強制 であるとしている点までは一致しているが、さらに進んで「将来ノ為メ適当ノ処. ぐ. の. 分」を積極的に活用すべきか否かについて争いがある。. 間接強制に限るとしている見解は、判決機関と執行機関の分離の原則及び現行. の執行手続においては、将来の為の適当の処分の弾力的活用は困難であると ラ. する。. これに対し、将来の為の適当の処分の適用に積極的な学説は、執行手続の複雑 化を一応甘受した上で複雑化の実体を再検討し執行手続の柔軟化と合理化を図る. 方法という抽象的差止判決・執行の解決アプローチと債務名義手続内で執行内容 く の を決定する解決アプローチに大別される。. 四検. 討. 本判決は、まず、抽象的差止請求における訴訟物の特定に関して、請求の特定 の程度を判断する前提として、生活妨害の発生とその防止の特徴によるべきこと を示している。すなわち、①侵害行為の発生地点は被告国の支配領域内に存し、. 被告国の職務遂行過程においてその対策を採ることになり、②侵害の防止を実現 するための手段、方法は複雑、多種、多様にわたることが推認され、③正確な科 学知識及び情報を持たない一般市民である原告側に対し結果を実現するための手 段、方法について具体的な特定を要求することは極めて困難な事態を招くことは 明らかである一方で、被告国側は原告ら側に比べて大気汚染物質の排出量等に関. する正確な情報を容易に取得する能力を有しており、また、得られた結果に基づ き排出量の削減方法等をどのような手段で達成するかを具体的に検討、選択する. ことも容易な立場にある。この点、抽象的差止請求を適法とした判例根拠の②に. 従っているといえよう。このような生活妨害の特徴を前提に、本判決は、抽象的 差止請求における請求の特定の程度として、「その危険を発生源及び結果を特定 することにより、権利を侵害する直接の原因である一定量を超える大気汚染の形 成の結果自体を防止すること」で足りると判示している。請求の特定の程度に関 して、本判決は、抽象的差止請求を適法とした判例の根拠①に従っているといえ. よう。また、学説との関係では、抽象的差止訴訟における訴訟物の特定方法につ き一定のメルクマールを立てる説に近い見解を採っており妥当な判断といえる。.

(7) 研究会報告(金). 435. 特に、本件のような大気汚染、騒音訴訟などにおいては、その発生原因となる 行為(特定の大気汚染物質の放出、列車の走行)及び行為の態様・結果(大気汚染の. 発生、騒音の発生)を客観的な数値によって示すことで請求は特定しているとみ るべきであろう。. 以上のように、本判決は請求の特定の程度を判断するにあたり、生活妨害の特 徴を踏まえた上で、被告側にその具体的な方法を選択する余地を与えることによ り、「無用な社会的混乱を生ずるおそれ」を回避することが可能であるとしてい る。確かに、生活妨害の発生メカニズムは複雑であり、その防止方法も原告側よ り被告側が対策を立てやすいという判断は、生活妨害の実態を捉えた適切なもの であろう。しかしながら、生活妨害の特徴から、抽象的差止請求を認めるという. 必要性は基礎付けられるとしても、専らこの理由だけから抽象的差止請求の許容 性を認めてもよいのだろうか。私は、生活妨害の実態を踏まえた上で、実体法と. の調和を考慮しつつ、強制執行の方法も視野に入れ、生活妨害事例における防止 措置の選択権の帰属についても理論的に解明すべきであると考える。すなわち、. 抽象的差止請求においては、被害者には、実体法上、一定種類の侵害を一定の程 度を超えて被害者に及ぼすことを禁止する請求権を有しているに過ぎず、侵害の. 防止手段の選択権は、費用と実効性の側面において利害関係を有する加害者に属 する。かく解することにより、経済的な観点からは、債務者は自己に最も有利な. 措置を選択する余地が生じるし、また、侵害防止の実効陸との観点からも、債務 者が現実に採用しやすい防止措置を講じることが可能であり、様々な防止手段を. 相互に創意工夫することによって総合的に侵害を防止しうると考えられるからで ある。したがって、生活妨害の実態という側面と実体法上の選択権の帰属という 観点から、判決手続の段階においては、防止手段の選択権は加害者側に属する。. 次に、生活妨害の抽象的差止請求の執行に関して、本判決は、作為義務が一義 的に特定されなければ間接強制も執行不能であり、間接強制の要件としての不作. 為義務の特定にも欠け強制執行が不可能であるとする不適法説にたつ判例の根拠 ③に対し、「執行法上の制約等に基づき執行不能となる給付を求めることも、判. 決が言い渡されることにより被告側がこれに応じた履行を任意にすることが期待 される等として、許されると解することができるなら、仮に原告らの請求に基づ く執行が結果において不能となっても訴えの利益自体は認められ」、本件大気汚. 染訴訟においては、現在の技術水準によれば、大気汚染の濃度が客観的に特定さ. れた一定の数値以下にまで低下したことを事後的に判定することは十分可能であ るとしている。本判決は、さらに、一連の大気汚染訴訟の中でも、侵害の程度の. 測定につき、「特定の地を基準として一定濃度を超える物質の排出の差止めを認 めたとしても、執行等に当たり当該の地のみで測定をする必要はなく、これと合.

(8) 436. 早法78巻2号(2003). 理的な範囲で近接している地において測定した結果をもって当該地の数値を推認 することも可能である」としており、測定方法を極めて柔軟に捉えている点で評 価でき、今後、大気汚染をめぐる侵害の程度の測定方法においてその指針となる. べき判断であると考える。私は、以上のような抽象的差止請求の執行可能性に関 する本判決の判断は適切であると考える。. しかしながら、本判決は、執行方法について「少なくとも間接強制の方法によ ることが可能である」と判示するにとどまっており、抽象的差止請求に基づく権. 利実現のための具体的な執行手続に関しての判断を避けているといえよう。本判. 決が述べている、「少なくとも」とは、原則として、間接強制を認めることがで き、間接強制によっては充分な効果が期待できない場合には、将来のための適当. の処分をも視野においているものと善解することができる。前述したとおり、判. 決手続の段階では、侵害防止手段の選択権は加害者側に属し、加害者は間接強制 の影響の下に侵害防止手段を選択し、侵害の発生、その到達を防止することにな る。本判決においても、原則として、聞接強制を課すことについては明言してい るが、仮に、加害者側において、侵害を防止するための措置を講じない場合、も しくは、十分な効果が得られないような場合には、権利実現の観点から、どのよ. うな執行方法を考えるべきなのであろうか。抽象的差止請求の執行方法について. は、将来の為の適当の処分の内容を工夫して具体化することが可能であり、仮に. 122) これらが不可能であれば、問接強制によることが可能であるとする見解、逆に、. 間接強制をして債務者にその機会を与え、これが功を奏しない場合に将来の為の. (23). 適当な処分又は代替執行の方法をとるべきとする見解を採っている判例がみうけ られるが、一請求権一執行方法と間接強制の補充性との関係を理論的に十分解明 しているものはなく、本件においても、執行方法についての理論的考察はなんら. なされていないといえよう。この点、私は、抽象的差止請求の強制執行を考察す る際にも、実体法上の規定に基づく選択権の移転の問題を中心に理論構成すべき (24). であると考える。すなわち、加害者が選択権を行使しない場合、若しくは、十分 な防止効果が現われない場合には、選択権に関する実体法上の規定(民408条). を類推し、選択権は被害者側に移転すると考える。この選択権に基づき、被害者 は、将来の為の適当の処分によって侵害の防止措置を要求することができる。こ. こで、請求権の各類型ごとに最適の執行方法がただ一つだけ認められ、債権者が いくつかの執行方法の選択肢の中からどれか一つを選んで行使できるのではない とする一請求権一執行方法の原則からは、抽象的差止請求権に認められる執行方. 法は間接強制に限られるのであり、将来の為の適当の処分まで認めるのはこの原. 則に反するのではなかろうかということが問題となる。確かに、抽象的差止請求 権から間接強制と将来の為の適当の処分というこつの執行方法を認めることは一.

(9) 研究会報告(金). 437. 請求権一執行方法の原則に反する。しかしながら、私は、実体法上の選択権の帰 属という観点から、将来の為の適当の処分を求める請求権は、抽象的差止判決と. は別個の請求権であると考える。すなわち、将来の為の適当の処分を求める請求. 権は、加害者が選択権を行使しなかった場合、若しくは十分な効果が認められな い場合に選択権が被害者に移転することによって認められるのであり、①抽象的 差止請求権の存在(債務名義の存在)及び相当期間の経過(又は履行意思の不存在. 若しくはその蓋然性)を要件事実とする防止措置設置請求権という抽象的差止請 (25) 求とは別個の請求権が新たに生じるのである。したがって、将来の為の適当の処 分は、抽象的差止請求権とは別個の防止措置設置請求権に基づく執行方法である. ので、一請求権一執行方法の原則に抵触しない。また、間接強制の補充性から は、代替執行が不可能な請求権に限って、間接強制を課すべきであり(民執172 条1項)、抽象的差止請求権に基づく強制執行として、将来の為の適当の処分と. しての侵害防止措置の設置につき代替執行をすることができるとの解釈をとる と、まず、代替執行をすべきであって、間接強制による執行は認められないこと. になる。しかし、将来の為の適当の処分を求める防止措置設置請求権は、選択権 の移転の結果、新たに生じる抽象的差止請求権とは別個の請求権であるので、抽. 象的差止請求権に基づく間接強制の後に、防止措置設置請求権に基づく将来の為 の適当の処分による代替執行を求めることは、なんら、間接強制の補充性と矛盾 (26). するものではないと考える。. 本稿は、抽象的差止請求に関する訴訟物の特定と執行方法について、一請求権 一執行方法の原則と間接強制の補充性という問題を中心に論じたものであるが、. これらの問題と差止請求訴訟の構造に関する研究は、いまだその端緒についたば. (27〉. かりであり、今後、執行方法の適用順序、選択、併用をめぐる問題とあわせて研 究したい。. (1)小山昇「訴訟物論」『訴訟物論集』(有斐閣、1966)47頁、村松俊夫『法律実務講座民事訴 訟第一審手続(1)』(有斐閣》復刊版、1984)97頁。. (2)名古屋高判昭和43年5月23日〔傍論〕下民集19巻5〜6号317頁、神戸地判昭和61年7月 17日判時1203号15頁、千葉地判昭63年11月17日判タ689号40頁、東京地八王子支判平成元年3 月15日判タ705号205頁、大阪地判平成3年3月29日判時1383号22頁、横浜地川崎支判平成6年 1月25日判時1481号19頁、岡山地判平成6年3月23日判時1494号3頁。 (3)岐阜地判昭和43年5月9日下民集5〜6号232頁、名古屋地判昭和47年10月19日判時683号 21頁、千葉地判昭和48年10月15日判時727号74頁、千葉地一宮支判昭和54年11月30日判時963号. 79頁、名古屋地判昭和55年9月11日判時976号40頁、名古屋高判昭和60年4月12日判時1150号 30頁、大阪地判昭和62年3月26日判タ656号203頁、大阪地判昭和62年4月17日判時1268号80 頁、甲府地都留支判昭和63年2月26日判時1285号120頁、東京地判昭和63年4月25日判時1274.

(10) 438. 早法78巻2号(2003). 号49頁、金沢地判平成3年3月13日判タ754号74頁、大阪高判平成4年2月20日判時1415号3 頁、横浜地判平成4年12月21判時1446号42頁、最一小判平成5年2月25日判タ816号137頁、大 阪地判平成7年7月5日判タ889号64頁、横浜地川崎支判平成10年8月5日判時1658号3頁、 神戸地判平成12年1月31日判タ1031号91頁。. (4)本稿における判例の根拠に関する分類は、川嶋教授の分類に基づいている(川嶋四郎「差 止請求訴訟の今日的課題」青山善充・伊藤眞編『民事訴訟法の争点(第3版)』29頁参照)。. (5)実体法と手続法の双方が作為・不作為の執行方法につき一致して到達した通説的理解は、 ①直接強制は認めない、②代替的作為義務については代替執行により、間接強制は認めない。. ③不代替的作為義務については間接強制による。④不作為義務については、その違反鎮圧のた めに間接強制、違反結果の除却のために代替執行を認める、というものである(香川保一監修 『註釈民事執行法(7)』〔富岡和厚〕(きんざい、1995年)196頁。目崎哲久「強制履行」星野. 英一編『民法講座第4巻債権総論』(有斐閣、1985)10頁、猪俣孝史「差止請求・執行論の素. 描」中川良延編『日本民法学の形成と課題(下)』(有斐閣、1996)979頁、中野貞一郎『民事 執行法』(青林書院、新訂4版、2000)681頁)。. (6)千葉地一宮支判昭和54年11月30日(判時963号79頁)、名古屋地判昭和55年9月11日(判時 976号40頁)、名古屋高判昭和60年4月12日(判時1150号30頁)、甲府地都留支判昭和63年2月 26日(判時1285号120頁). (7)金沢地判平成3年3月13日(判タ754号74頁). (8)横浜地川崎支判平成10年8月5日(判時1658号3頁)、神戸地判平成12年1月31日(判タ 1031号91頁). (9)これらの判例は、騒音事例、大気汚染事例と異なる生活妨害に関するものであるが、生活 妨害の態様に応じ、その執行方法において相違があらわれるのかという点についての、検討も 必要であろう。. (10)紙幅との関係から、学説の詳細な紹介及び検討は、金晒学「生活妨害における抽象的差止. 請求に関する訴訟物の特定と執行方法について(1)」早稲田大学大学院法研論集第99号121頁 以下を参照されたい。. (11)竹下守夫「生活妨害の差止と強制執行・再論」(以下「再論」)判タ428号(1981)32頁。. (12)上村明広「差止請求訴訟の機能」新堂幸司編『講座民事訴訟2巻』(弘文堂、1984)291 頁。. (13)松浦馨「差止請求権の強制執行」三ヶ月章・中野貞一郎・竹下守夫編『新版民事訴訟法演 習2』(有斐閣、1983)282頁。. (14〉松本博之「抽象的不作為命令を求める差止請求の適法性」自正34巻4号(1983)29頁。. (15)井上治典「請求の特定」井上治典・伊藤眞・佐上善和著『これからの民事訴訟法』(日本 評論社、1984)52頁、佐上善和「公害環境問題と差止訴訟の展開」ジュリ866号(1986)44頁。. (16)川嶋四郎「差止請求訴訟の今日的課題」青山善充・伊藤眞編『民事訴訟法の争点(第3 版)』(有斐閣、1998)31頁、同「差止請求訴訟における強制執行の意義と役割」ジュリ971号 260頁、同「差止請求一抽象的差止請求の適法性の検討を中心として」ジュリ981号68頁参照。. 訴え提起の段階において不作為命令を求め、訴訟手続の中で主張される加害者の事情が判明し てから、作為命令を求めるべきであるとする説もこの分類に含めることができよう(佐藤歳二 「工場騒音の差止め」西原道雄・木村保男『公害法の基礎』(青林書院、1976)256頁)。. (17)詳細な紹介及び検討は、金・前掲論文126頁以下を参照。.

(11) 439. 研究会報告(金) (18). 松本・前掲35頁、鈴木忠一・三ヶ月章編『注解民事執行法(5)』〔富越和厚〕(第一法規. 出版社、1985)92頁、富田善範「不作為執行(生活妨害差止の執行)」大石忠生他編『裁判実. 務大系7巻民事執行訴訟法』(青林書院、1986)499〜501頁、山本和彦「民事救済システム」 『岩波講座現代の法5』(岩波書店、1997)223−224頁。. (19)竹下・前掲「再論」29頁、上村・前掲302頁、丹野・前掲85頁、猪俣・前掲984頁。. (20)川鳴・前掲「差止請求訴訟の今日的課題」31頁、中野・前掲「非金銭執行の諸問題」479 頁、『民事執行法』(青林書院、新訂4版、2000)681頁、佐藤・前掲256頁 (21). 松本・前掲33頁。. (22)金沢地判平成3年3月13日(判タ754号74頁). (23)横浜地判川崎支判平成10年8月5日(判時1658号3頁)、神戸地判平成12年1月31日(判 タ1031号91頁). (24)尚、最近、ドイツにおいて、Immission訴訟における選択権の帰属の問題を詳細に論じ たものとして、Herbert. Roth,Das. Unterlassungsvollstreckung. 70.Geburtstag. (25). bei. Wahlrecht. des. Glaubigers. Immissionsurteilen,Festschrift. zwischen f廿r. Ak1ra. Handlmgs−und Ishikawa. zum. am27.November2001.S.443ff.がある。. 同じく丹野・前掲103頁註43。これに対し、川嶋教授は、不作為請求権とそこから派生し. た救済的な権限である除却処分または適当処分を求めうる地位との関係は、異種別個の請求権 ではなく、目的と手段、権利内容と救済方法という密接不利の関係に立つとされる. (川嶋四. 郎「代替執行論・覚書(二〉」法政1041頁)。. (26)私見の詳細については、金・前掲論文117頁以下を参照されたい。 (27) 間接強制の補充性を否定し、直接強制と間接強制の選択的・重畳的適用の可能性. を説くものとして、森田修『強制履行の法学的構造』(東京大学出版会、1995)1頁 以下がある。.

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参照

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