日本の歴史 22
日本の歴史 57
『経済で読み解く豊臣秀吉 :
東アジアの貿易メカニズムを「貨幣制度」から検証する』
上念司著 (KK ベストセラーズ 2018)
本書の請求記号 332.104‖Jon
稲垣宏行
織田信長や豊臣秀吉が活躍した戦国時代に は、大名や寺社などとの抗争以外にも懸案事項 がありました。それは主に貨幣制度の混乱です。
株式会社の代表取締役である著者は、彼らの時 代を経済的な視点から描いています。
日本は11世紀頃から中国より輸入された銅銭を 通貨としていましたが、1580年頃から原料の枯渇 が始まり、加えて摩耗や破損などによる「受け取 り拒否」の問題が生じたことが混乱の発端となり ました。これは現代で言う「中央銀行」に代わる 機関が無かったことが要因の一つだと、本書は 述べています。
また当時の日本には、まだ定まった通貨が存 在していませんでした。東日本の金に対して、西 日本は銀、京都などの近畿圏は米を通貨としてい ました。各々の通貨の価値は地域ごとに異なり、
経済活動は非効率となります。室町幕府も寺社勢 力も大名たちも自己の利益に固執し、関所を設け るなど混乱に拍車をかけていました。その状況に 風穴を開けたのが、信長と秀吉でした。
秀吉が、農地を実際に測量し収める米の量を 定めた「太閤検地」や農民の武装解除「刀狩」
を行ったことは有名です。しかし、実際には主君 の信長が既に同様の政策を始めていました。戦 乱防止のため城郭の堀を埋めて砦としての機能を 停止させる「城しろ割わり」や領地を石高で表すことを 可能にした「検地」を、本願寺との講話を結ん だ1580年頃から行っていたのです。
信長の死後は、秀吉が彼の政策を推し進めま した。大名や水軍を傘下に収め、本願寺など有 力寺社を無力化するなど国内の統一に成功しまし たが、その後の朝鮮出兵で挫折しました。要因 については様々な説が存在しますが、著者は秀 吉が制海や海軍強化を軽視し、陸地の制圧を重 視したことを大きな要因と見ています。
秀吉は海上(水上)での戦闘経験が少なく、
主戦場はやはり陸上でした。鉄砲を装備した多く の精兵、彼が長年、自身の兵法で勝ち進んで来 たことによる慢心などもありました。しかし興味 深いのは、彼自身が「貴穀千金」の理論に囚わ れていたという指摘です。その背景には、前述の 銅銭の枯渇による貨幣への不安があったようで す。また、この考えが有為な海域を持つフィリピ ンやマニラではなく、広い国土を有する朝鮮への 出兵に繋がったと著者は見ています。
中世日本の経済は、不思議と現代と似通って いる部分が見られます。銅の枯渇後、石見銀山 から発掘された大量の銀が中国大陸に流入、経 済を好況に変え貨幣制度さえ一変させました。さ らにその影響は中国の絹織物業を拡大させヨー ロッパをも呑み込むほどでした。これは現代の「グ ローバリズム」に匹敵すると著者は述べています。
「認知バイアス」という言葉もあります。これは 実態経済とそれに対する人々の認識の相違を指し ますが、一例として、バブル景気の終焉が日銀の 金融引締めを始めた1989年頃なのに、ようやく実 感し始めたのが1990年末頃だったことが挙げられ ます。そして、秀吉が海域を軽視して陸地(朝鮮)
を狙ったのも、その後の徳川幕府が米による納税
「石高制」を続けたのも、この認知バイアスによ るものだと著者は見ています。
本書を一読すると、経済については中世と現 代との違いにも拘わらず、あたかも時代を超えた 人類の知恵のように通用する部分が多いと感じま す。
また、本書は経済用語についても解り易い文章 や例えで述べられており、経済に対する知識が深 くない人でも親しめる内容となっています。
いながき ひろゆき(司書・管理運営課)
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図書館員の文献紹介と 資料の活用