次世界大戦後の歴史的切断を経ていないタイでは︑それらの制度が独自に発展してきたのである︒
しかし︑日本にしてもタイにしても︑なぜ︑いまもって天皇制や王権︑天皇家や伊勢神宮の祭祀︑タイ上座仏教サンガの権威にすがって国家の護持と国民統合を図ろうとするのだろうか︒強い伝統主義や権威主義からの説明ではなく︑そのような中心なしに国家の共同性を想像できず︑国民相互の信頼︵ソーシャル・キャピタル︶を形成できない国民の弱さから説明できないだろうか︒中心への忠誠や共同体における安心感で自己の弱さを隠蔽するパーソナリティは︑他者への非寛容や排除行動に結びつきやすい︒偏狭な宗教や政治集団のみならず︑国民が概して歴史や民族としてのユニークさを言いたがるというのも境界を気にする日本とタイに共通した特徴であろう︒
いずれにしても︑矢野氏の書籍によって考えさせられることは多く︑タイ研究者のみならず日本研究者に参照してもらいたい書籍であることを述べて書評を終えることとしたい︒ 藤原聖子著
﹃ ポ ス ト 多 文 化 主 義 教 育 が 描 く 宗 教
││イギリス︿共同体の結束﹀政策の功罪││﹄
岩波書店 二〇一七年三月刊A5判 ⅷ+二八〇+一二頁 四五〇〇円+税
伊 達 聖 伸 宗教教育の国際比較研究に一〇年来取り組んできた著者による︑現代イギリスの宗教教育の変化と特徴を明らかにするモノグラフである︒英米系の最先端の宗教学理論にも通じた著者が︑シラバスや教科書を具体的な素材とし︑現代イギリスの宗教教育のあり方に一定の評価を与えつつ︑批判的な眼差しを注いでいる︒宗教学を専門とする研究者はもちろん︑日本の一般読者も意識して書くという関心を窺うことができる︒
本書は五つの章を序章と終章で挟む構成で論じられている︒まずは内容を紹介したい︒
序章﹁宗教と教育におけるコミュニタリアン的転回﹂では︑本書のテーゼ︑先行研究との関係︑本書が解明しようとする問いが示される︒著者は︑公立校でも必修科目であるイギリスの宗教科について︑一九七〇年代以来の﹁文化人類学的な発想をもとにした異文化理解教育型﹂が近年になって﹁公共哲学・政治哲学的観点による市民性教育型﹂への﹁コミュニタリアン的転回﹂を遂げたと指摘する︒この転換は︑早くから多文化主義
アプローチへの転換は比較的近年のことだという︒ 第二章﹁イギリスの宗教教育史││コミュニタリアン的転回以前﹂は︑一九世紀から二〇〇〇年代に入るまでのイギリスの宗教教育の変遷をたどる︒国教制を敷き︑英国国教会が長く教育を担ってきたイギリスでは︑一九世紀前半まで教育は国が担うものという観念はなかった︒一八七〇年に基礎教育法が制定されると︑完全に公的資金で運営される公立校での宗教教育の内容は各地方の教育委員会に委ねられた︒二〇世紀に入ると︑地方教育局︵LEA︶ごとに作成されたアグリード・シラバス︵学習指導要領︶に基づき︑超教派的なキリスト教教育が行なわれた︒モデル的シラバスは︑聖書学習を通じてキリスト教的信仰を育むことを目指している︒一九四四年教育法は宗教科を公立校での必修科目に定めたが︑これは教会が国家の教育権の拡大を認める代わりに宗教教育の場所を確保した意味合いを持つ︒二〇世紀前半から半ばにかけて︑宗教教育には全体主義と共産主義に対抗するナショナル・アイデンティティの構築が期待された︒シラバスは基本的にキリスト教倫理一辺倒で︑他宗教に言及する場合もキリスト教の真理性は自明視されていた︒
一九六〇年代以降は︑生徒の精神的成長を重視する﹁体験的﹂アプローチ︑キリスト教以外の宗教を学習内容に加える﹁世界の諸宗教﹂学習スタイルが一般化していくが︑その﹁宗教観﹂はリベラル・プロテスタントの特徴を持つと著者は指摘する︒宗教学者の関与も見られ出し︵ニニアン・スマート︑ジョン・ヒック︑ジョン・ハル︶︑一九七五年のバーミンガム・シラバス以降は諸宗教を平等に扱う教科書が増えていく︒一九 を進めてきたイギリスが︑それを自己反省して﹁共同体の結束﹂︵community cohesion︶を重視するようになった変化の反映だという︒そして本書を︑①公共宗教論とポストセキュラー論︑②イギリスの宗教教育・教科書研究の文脈に位置づけつつ︑近年の変化と内容をどのように評価すればよいのかという課題を提示する︒
第一章﹁﹁宗教と暴力﹂の学習方法││日英教科書比較﹂は︑日英の教育に対する考え方の違いがよく表われているものとして﹁宗教と暴力﹂というテーマを取りあげ︑読者がイギリスの宗教科の特徴を徐々に把握できるようにしつつ︑日本の教科書における宗教の扱い方の特徴を浮かびあがらせる︒日本の﹁倫理﹂の教科書では︑宗教が﹁現実にどうであるかということよりも本来の思想・理念においてはどうかということが示される﹂と著者は言う︵三一頁︶︒日本社会は宗教アレルギーが強いが︑教科書は宗教とは本来命を大事にするものという調子で記述され︑論争的主題は避けられる傾向にあるという︒著者自身の教科書執筆の経験も織り込みながら︑文科省は﹁宗教とテロは無関係﹂という観点に立っていると指摘する︒しかも検定制度のある日本では︑教科書の記述は文科省の方針にしたがう格好になる︒一方︑検定制度のないイギリスでは︑教科書は多様で﹁宗教と暴力﹂というテーマを大胆に扱うものもある︒そのような教科書では︑各宗教に戦争を肯定する思想もあることに触れ︑宗教と暴力についての多様な見解を教科書内に提示し︑議論や考察のアクティヴィティを盛り込んでいる︒ところで︑宗教の﹁不都合な﹂部分にもあえて光をあてる問題志向型
を教えることが義務づけられた︒現在は﹁教育の自由︑信教の自由︑経済競争の自由︑民主主義の自由が学校という場でせめぎ合っている﹂状況と著者は見立てている︵一四〇頁︶︒
第四章﹁異文化理解型からどう変化したか││二〇一〇年代の教科書の分析①﹂は︑宗教教育が﹁文化人類学﹂的な発想の﹁異文化理解型﹂︵多様な宗教の総合的な提示︶から﹁公共哲学・政治哲学﹂的な発想の﹁問題志向型﹂︵問題を把握し共同体の結束を促しつつ解決をはかる︶へと変化した様子が︑具体的に教科書の構成や記述にどのように現われているかを分析している︒転換前後の教科書を比較対照しつつ︑著者は以下の五点に変化のポイントを整理する︒①信仰を表現するものとしての﹁象徴﹂への注目から︑信者が何を価値化し社会に関与しているかという﹁行為﹂に注目する力点の移動︒②生徒が自分の行為や判断を支える原理を意識化し﹁より良い﹂意思決定をするよう促す傾向の増大︒③﹁他者の宗教﹂を理解するだけでなく︑﹁評価﹂し﹁批判﹂する態度の登場︒④他者を﹁承認﹂することから︑その他者が﹁良い信者﹂になれるよう働きかけて統合を実現しようとする姿勢への変化︒⑤従来あまり取りあげられなかった宗教間の対立を扱うようになったこと︒
第五章﹁公共的宗教の諸相││二〇一〇年代の教科書の分析②﹂は︑宗教の社会倫理的な側面が強調されるようになった結果︑どのような問題点が新たに生じているのかを論じる︒﹁共同体の結束のために協力する宗教の事例をあれもこれもと盛り込んだ結果︑矛盾が発生していたり﹂︑﹁コミュニタリアン的政策が︑貧困・不平等といった構造的問題を隠蔽し︑市民たちが 八八年の教育改革法は公立校の宗教教育はキリスト教を中心とすることを明文化したが︑九〇年代半ばに出版されたウォリック大学の研究者たちによる宗教教科書は︑宗教現象学と解釈学的人類学の手法で各宗教の信者の信仰生活にリアルに迫ろうとし︑﹁人類学的発想に立つ多文化主義的・異文化理解教育型の宗教教育﹂の﹁一つの頂点﹂を象徴している︵一一六頁︶︒
第三章﹁共同体の結束へ││二〇〇〇年代以降の宗教教育﹂は︑﹁結束﹂や﹁共通善﹂が強調されるようになった時代の背景や教育界の議論をまとめる︒本書の副題に込められているのは︑このコミュニタリアン的転回以後 00の﹁共同体の結束﹂政策の﹁功罪﹂を問う姿勢だが︑著者は転回以前 00の﹁多文化主義﹂政策にも﹁功罪﹂を見る︒特に興味深い指摘だと思われるのは︑七〇年代までは﹁自分は何教徒というアイデンティティを必ずしも意識せずに学校生活を送っていた子どもたち﹂が︑多文化主義的宗教教育によって﹁自分の宗教・エスニック集団帰属を意識﹂し︑それと連動してイギリス国内の対立の﹁分割線﹂が﹁白人︱非白人間﹂から﹁マイノリティ集団間﹂に移ったことである︵一一九︱一二四頁︶︒
二〇〇〇年代に入ると︑政府や教育省は宗教教育にも市民性教育の役割を期待するようになる︒ただし︑宗教教育界は上からの改革を必ずしもそのまま受け入れてはおらず︑独自の観点からテロをはじめとするセンシティヴな問題も取りあげる問題先行型のアプローチなどを開発していった︒一方︑私立のイスラム学校は政府や社会から過激思想を教えているのではないかと疑われ︑二〇一四年にはすべての学校で﹁イギリスの価値﹂
的転回﹂を探り当て︑転回前後それぞれの特徴を明快に摑み出したことにあると言えるだろう︒
しかも著者は︑﹁共同体の結束﹂を新たな目的とすることで﹁一見して︑教育は全体として﹁良い﹂方向に向かっているように見える﹂︵二四二頁︶と評価しつつも︑転回前の文化人類学的アプローチにも︑転回後の公共哲学・政治哲学的アプローチにも︑等しく批判的な眼差しを向けている︒多文化主義から共同体の結束へと向かって舵を切ったイギリスの宗教教育界︵宗教学者を含む︶には︑おそらくその問題点は見えにくい︒イギリスの宗教教育の変化を︑ただ描き出すにはとどまらない本書の研究としての強みも︑そこにあるだろう︒
著者が異文化理解型にも問題志向型にも等しく批判的な距離を設けるのに一役買っていると思われるのは︑おそらく著者が自家薬籠中の物としているポストコロニアル批評の観点である︒実際︑異文化理解型が依拠していた宗教観はクリフォード・ギアーツ流の解釈学的人類学を反映しており︑それがタラル・アサドによって批判された曲折に本書は紙幅を割いている︵二四三︱二四六頁︶︒このような観点が︑問題志向型においても﹁イギリスの植民地支配︑帝国主義を反省するような記述は見あたらない﹂︵二三四頁︶といった指摘につながっていると思われる︒
本書が提示している興味深い論点のひとつは︑﹁テロに抗する教育﹂として考案されているはずの﹁共同体の結束﹂の強調が︑かえって宗教観の﹁原理主義化﹂を推し進めているのではないかという逆説である︒ここにはセシル・ラボルドの知見が 自らソーシャル・キャピタルを構築し︑助け合えば問題は解決する︵政府側には責任はない︶と考える方向に促していたりといった問題面もすでに教科書に現れている﹂︵二〇三頁︶︒また︑﹁インド統治時代に触れながらも︑植民地問題にはまったく言及がない﹂こと︑﹁社会の混乱と暴力の原因を︑民族や宗教の違いに帰している﹂叙述︑﹁共同体の結束という美名の下で︑弱者へのシンパシーが減少している﹂事態などに︑著者は批判的な目を向ける︵二〇四︑二〇五︑二三四頁︶︒さらに︑家族や社会の絆を重視する枠組みや︑自己の行為の原則を意識しつつ意思決定をすることが望ましいとする規範に照らして諸宗教が切り取られるために︑﹁宗教に対する勘違い﹂や﹁信者の生き方が教条主義的になったり不自然になったりする﹂ことが指摘される︵二二三︑二二六頁︶︒紙幅の都合で逐一紹介できないが︑第四章と第五章の教科書分析がやはり本書の中心部分をなしていると言ってよく︑読み応えがある︒
終章﹁コミュニタリアン的転回の功罪﹂は︑転回以前・以後の特徴と問題点をまとめている︒展開以後の問題点として︑﹁テロに抗する=原理主義者に対抗するよう考案された宗教教育が︑逆説的にも︑原理主義的な宗教観を自ら広めている﹂事態に著者は特に大きな注目と関心を寄せている︵二四三頁︶︒
本書の意義は︑何と言っても﹁イギリスの宗教教育の専門家すら︑教科書や教材を体系的に把握しているということはまったくなかった﹂︵二七八頁︶ような状況にあって︑百冊を超える教科書を収集してコーパスを作りあげ︑そのような教科書と︑地域によって多様なシラバスを読み込み︑﹁コミュニタリアン
教科書に厳密に絞る禁欲的な叙述もひとつの考え方である︒だが︑著者自身が受けたという一九七〇年代後半のイギリスの授業の経験も交えて実感を読者と分かち合う姿勢があるのなら︵一二一︱一二三頁︶︑現代についても生徒の証言や研究者の声を何らかの形で交えて︑臨場感を出す工夫があってもよかったのではないか︒
評者がフランスやケベックの宗教教育の研究者が何を課題としているかを横目で見ながら推測で言うのだが︑おそらくイギリスの宗教教育の研究者は︑教材開発もさることながら︑いかに教員養成をするかという課題の前に立たされているのではないだろうか︒本書からもそれが窺われる部分はあるが︵一六頁︑一三一頁など︶︑教育実践の現場の問題点や課題について︑もう少し詳しく触れてもらう場面があれば︑状況をより具体的に理解するのに役立ったと思われる︒
もうひとつ気になるのは︑宗教教育をめぐる議論が社会において占める位置である︒これもフランスやケベックからの類推で言うのだが︑学校における宗教の位置は︑イギリスの言論界の知の勢力図を映し出す議論になったりはしていないのだろうか︒たしかに﹁保守的な勢力﹂と﹁多文化主義的な政策的意図﹂の拮抗という図式が示されていたり︵七一頁︶︑無神論者の宗教教育に対する見解への言及があったりはするが︵九八頁︶︑宗教学者や宗教教育の専門家だけでなく︑宗教についても発言するイギリスの有力な知識人の発言や論争なども効果的に織り込まれていれば︑現代イギリス論としても︑さらに魅力的な本になったのではないだろうか︒ 生かされており︑宗教を社会の役に立てようとする姿勢が孕みうる問題点が鋭く指摘されている︒しかし︑テロを引き起こすような﹁原理主義﹂者と︑意思決定の主体としての思い描かれている信者の姿が﹁原理主義﹂的であることは︑やはり峻別すべきなのではないだろうか︒もちろん著者も﹁注意喚起のためにあえて刺激的な言い方をすれば﹂︵二四二頁︶と断っているのだが︑﹁糾弾されるべき暴力﹂と﹁善意の誤解に基づく本質主義﹂は︑もっと厳密な区別を設け︵そのうえで妥当であれば再び関係づけ︶て論じる必要があるのではないだろうか︒
﹁原理主義的な宗教観﹂が﹁原理主義者﹂を生み出すとはもちろんかぎらない︒ことは教科書と教室の違いにも関係するかもしれない︒問題志向型の教科書においては倫理的行為が﹁なんとなく﹂ではなく﹁意識すること﹂で作り出されていく点を著者は指摘し問題視するのだが︵二四二頁︶︑授業を受ける生徒が必ずしも﹁原理主義的な宗教観﹂を身につけていくわけではあるまい︒たしかに自分が〇〇教徒であることを意識させられることはあるかもしれないが︑それを執拗に求められたりしたら︑それこそ﹁なんとなく﹂違和感を覚えることも︑現代イギリスの教室空間のリアリティなのではないだろうか︒
ここには︑教科書をコーパスとし︑その表象を分析することの意義と限界の両方が現われていよう︒本書は教科書の表象分析という目的は十分に達成している︒一方︑現代イギリスにおいて宗教教育を受けることはどのような経験であるのかについては︑そもそも本書の主要目的から外れるということもあるのだろうが︑いささか隔靴掻痒の感が残る︒もちろん論述対象を
を問う姿勢は欠かせないだろう︒現代の宗教学者が持つべき態度として︑評者も大いに共感を覚えるところである︒もっとも︑事の性質上︑本書の回答は全面的なものではなく︑部分的なものであるだろう︒問いや問題意識を共有しつつ︑別のフィールドで構造やニュアンスの異なる回答を引き出すこと︒そのためのヒントが本書には多く詰まっている︒とすれば︑本書は狭義の﹁イギリス﹂﹁宗教教育﹂の範囲を超えて︑読まれるべき書物であるだろう︒ イギリスの宗教教科書の記述に﹁功罪﹂両面を見る本書は︑それと比較して日本の教育における宗教の扱われ方にも注意を向けている︵特に第一章と終章︶︒平和や共生を志向する学習目標は共通しつつアプローチは対照的であることを﹁単純にどちらが良い悪いということではなく﹂︵三二頁︶と断ってはいるが︑日本の宗教教育の現状に対する著者の評価はけっして高いものではない様子が窺える︒イギリスの宗教科が道徳教育の役割も果たしてきたことに鑑みれば︑日本の教育における狭義の﹁宗教﹂だけを切り出すのではなく︑道徳教育と宗教教育を有効に関連づけたうえで比較することも欠かせない︒もちろんこれは本書の範囲を超えてくるものだが︑︵文科省の態度や方針に釈然としないものを覚えたりもしながら?︶教科書執筆にも携わっている著者としては︑日本においてより望ましい宗教教育の実践的なあり方のことも︑きっと念頭にはあることだろう︒
﹁宗教﹂に公益性が求められる﹁ポストセキュラー﹂の時代にあって︑﹁宗教﹂が教育目的に沿って位置づけ直されるとき︑何が起こっているのだろうか︒﹁戦略的に宗教観が操作・改変されようとしている﹂事態を﹁どう評価したらよいのだろうか﹂︒これが﹁本書がもっとも問いたいこと﹂︵六頁︶だと著者は冒頭で述べていた︒その問題点を本書は明確にあぶり出している︒それを可能にした道具として︑教科書分析に用いたチェック項目︵二六︱二八頁︶は︑他の社会の教科書を分析する際にも参考になる︒また︑教科書のなかの宗教だけでなく︑広く現代社会における宗教の公共性を扱うときにも︑﹁功罪﹂両面 渡辺和子著
﹃ エ サ ル ハ ド ン 王 位 継 承 誓 約 文 書 ﹄
リトン 二〇一七年四月刊三一㎝ 三一一頁 六四〇〇円+税 髙 井 啓 介 本書は︑﹁エサルハドン王位継承誓約文書﹂について著者が長年にわたって行ってきた研究の集大成として執筆されたものである︒著者は本テクストに関するその時点での研究成果をまとめたものを博士論文として発表し︑その内容が一九八七年にDie adê-Vereidigung anläßlich der Thronfolge regelungAsarhaddons, BaM Beiheft 3, Berlinとして出版されている︒