• 検索結果がありません。

多文化時代の宗教教育 : トルコの「宗教文化と道徳」の教科書を事例に

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "多文化時代の宗教教育 : トルコの「宗教文化と道徳」の教科書を事例に"

Copied!
10
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

多 文化 時代 の宗教教育

一 トル コの 「

宗教 文化 と道徳」 の教科 書 を事例 に一

宮 崎  元 裕

(初等 教 育学 科 准教 授) は じめ に   地 理 的 に ヨー ロ ッパ とア ジ ア の狭 間 に位 置 す る トル コ は,1923年 の トル コ共 和 国 成 立 以 来, イ ス ラー ム 教徒 が 国民 の 大 半 を 占 め る 国家 と し て は 異 例 な ほ ど,政 治 的 に も西 洋 的 な 理 念 ・制 度 を取 り入 れ て き た 国 家 で あ る。 今 日 ま で 政 治 的 に トル コ に 最 も大 きな 影 響 を もた ら した の が 世 俗 主 義(laiklik)の 導 入 で あ り,世 俗 主 義 は 教 育 に も大 きな 影 響 を与 え て き た。 特 に1970年 代 以 降 は,世 俗 主 義 を 支 持 す る世 俗 主 義 勢 力 と, イ ス ラー ム に 好 意 的 な 政 党(以 下,親 イ ス ラ ー ム 政 党 と略 す)の 対 立 が 明 確 に な り,そ の対 立 が教 育 に影 響 を与 え て きた 。 親 イ ス ラ ー ム 政 党 は 宗 教 指 導 者 養 成 を 本 来 の 呂 的 とす る イ マ ー ム ・ハ テ ィプ 校 を支 援 し,そ れ に対 し て,世 俗 主義 勢 力 で あ る 軍 部 は 宗 教 教 育 を 国 家 の管 理 下 に 置 くこ とを 意 図 して 軍 政 下 の1982年 に小r一学 校 に お け る宗 教 教 育 を 必 修 と した。 ま た,義 務 教 育 を従 来 の5年 間 か ら8年 間 に 延 長 す る1997 年 の 義 務 教 育 改 革 を提 唱 した の は 軍 部 だが,軍 部 の 意 図 は,義 務 教 育 期 間 の 延 長 に よ っ て 親 イ ス ラ ー ム 政 党 の 支 持 基 盤 と な っ て い る イ マ ー ム ・ハ テ ィプ 校 の 中等 部 を廃 止 す る こ とに あ っ た と され る 。   この よ うに,ト ル コの 教 育 は世 俗 主 義 及 び 世 俗 主 義 を巡 る 対 立 か ら大 き な影 響 を受 け て きた 。 義 務 教 育 期 間 の 延 長 とい う重 要 な教 育 改 革 で さ え も,世 俗 主 義 を巡 る 対 立 が 直 接 の 契 機 に な っ て い る こ と を見 て も,世 俗 主 義 の影 響 の大 き さ は歴 然 と して い る。 そ れ ゆ え,先 行 研 究 に お い て は,公 立 学 校 に お け る 宗 教 教 育 に つ い て も, 世 俗 主 義 との 関 連 が注 目 され て きた 。 トル コの 世 俗 主 義 は,当 初,フ ラ ンス の ラ イ シ テ をモ デ ル と した 厳格 な 政 教 分 離 を志 向 してお り,公 立 学 校 にお い て 宗 教 教 育 を行 う こ と は,本 来.世 俗 主 義 に矛 盾 す る。 実 際   トル コで も共和 国 成 立 直 後 に宗 教 教 育 はい っ た ん 廃 止 され て い る に もか か わ らず,そ の宗 教 教 育 を世 俗 主 義 勢 力 自 身 が 必 修 化 した の は なぜ か,と い う点 が 先 行 研 究 で は注 目 され て き た。 そ の 先 行 研 究 で は,親 イス ラ ー ム 政 党 に支 持 され た イマ ー ム ・ハ テ ィ プ校 の 発 展 を 抑 制 す る た め に 公 立 学 校 で 宗 教 教 育 を必 修 化 せ ざる を え な い状 況 に な っ た た め. 「世 俗 主 義 国家 の 管 理 下 に お い て,世 俗 主 義 に 矛 盾 しな い 宗 教 教 育 を行 う こ と は世 俗 主 義 に 反 し な い」 とい う論 理 に よっ て,必 修 化 され た こ とが 指 摘 され て い る1。   この よ うに 公 立 学 校 に お け る宗 教 教 育 の 必 修 化 が 世 俗 主 義 勢 力 と親 イ ス ラー ム政 党 の 政 治 的 対 立 が 持 ち 込 まれ た 結 果 だ っ た こ と もあ り,こ の 宗 教 教 育 の 教 育 的 な 意 義 は,ど ち らか とい う と否 定 的 に捉 え られ る傾 向 が 強 か っ た 。 しか し, 必 修 化 の経 緯 は ど う あ れ,こ の 宗 教 教 育 は積 極 的 な教 育 的 意 義 を有 して い ない の だ ろ うか 。 こ の 点 が 本 稿 の 問 題 意 識 で あ る。   こ の宗 教 教 育 の 内 容 は2000年 に大 き く改 訂 さ れ て お り,Kaymakcanは,改 訂 前 後 の 宗 教 教 育 を比 較 し,2000年 を 契 機 とす る 変化 を伝 統 的 な 宗 教 教 育 か ら現 代 的 な 宗 教 教 育 へ の 重 要 な変 化 と位 置 づ け て い る2Faこ う した 改 訂 を経 つ つ, 教 育 的 な 意 義 を高 め て い る に もか か わ らず,こ の 点 に 関 して は,わ が 国 で は ほ と ん ど研 究 され て い な い 。 な お,Kaymakcanの 研 究 は,本 稿 の 問 題 意 識 と近 い もの で あ るが.2000年 以 後 の 一165一

(2)

宗 教 教 育 が 具 体 的 に は どの よ う な 内 容 な の か に つ い て は十 分 に触 れ られ て い な い 。   以 上 の よ う な研 究 状 況 を踏 ま え,ト ル コの 宗 教 教 育 の教 科 書 の 内 容 を具 体 的 に 分 析 す る こ と を 通 じて,宗 教 間 の相 互 理 解 が 求 め られ る 多 文 化 時 代 の宗 教 教 育 と して 積 極 的 な 意 義 が あ る こ と を明 らか にす る こ とが 本 稿 の 目的 で あ る 。 ト ル コの 宗 教 教 育 に 関 して は,わ が 国 で は これ ま で こ う した 観 点 か らは 十 分 な研 究 が 行 わ れ て い な か っ た が   臼本 と同 じ く政 教 分 離 を指 向 す る 世 俗 主 義 を掲 げ た トル コ にお い て,ど の よ う な 宗 教 教 育 が 行 わ れ て お り,ど の よ う な意 義 が あ る の か を 明 らか に す る こ と は,日 本 の 宗 教 教 育 の あ り方 を考 え る 上 で も重 要 と考 え られ る。   本 稿 で は,ま ず,先 行 研 究 を も と に世 俗 主 義 との 関係 に注 目 しな が ら トル コの 宗 教 教 育 の歴 史 的 背 景 につ い て 整 理 す る。 そ の 上 で,ト ル コ の 宗 教 教 育 の 教 科 書 の 内 容 を 具 体 的 に検 討 し, この 宗 教 教 育 の 意 義 と問 題 点 に つ い て 考 察 す る 。 1.ト ル コの 宗 教 教 育 の 歴 史 的 背 景 (1)公 立 学 校 に お け る宗 教 教 育 の 廃 止 と再 開   トル コで は1923年 の 共 和 国 成 立 以 来,一 貫 し て 世 俗 主 義 が 国 家 原 則 と して 重 要 な意 味 を持 ち 続 け て お り,教 育 に も大 きな 影 響 を与 え て きたc 1923年 の 共 和 国 成 立 直 後 に,伝 統 的 な 教 育 機 関 で あ る マ ドラ サ は 廃 止 さ れ,国 民 教 育 省 の管 轄 下 で教 育 は西 洋 的 な 学 校 体 系 に一 本 化 さ れ た 。 こ の西 洋 的 な学 校 体 系 の 中 で も,し ば ら くの 問, 宗 教 教 育 は行 わ れ て い た もの の,そ の 後 段 階 的 に廃 止 さ れ て い き,1930年 前 後 に は,あ らゆ る形 態 の 宗 教 教 育 が 完 全 に 廃 止 さ れ た 。   しか し,そ れ まで の一 党独 裁 制 に代 わ っ て, 1945年 に複 数 政 党 制 の導 入 が 決 定 され る と,状 況 は 一 変 す る 。 国 民 の支 持 を集 め る こ と を 意 図 して,様 々 な 形 態 の 宗 教 教 育 が 再 開 され て い っ た の で あ る 。 公 立 学 校 に お け る 宗 教 教 育 は, 1949年 に小 学 校 の 第4,第5学 年 に 選 択 教 科 と して 導 入 さ れ,さ らに,1956年 に は 中学 校 に, 1967年 に は 高 校 に も導 入 され た。1982年 に は 公 立 学 校 に お け る宗 教 教 育 が 必 修 で あ る 旨 が 憲 法 で 明 記 さ れ,公 立 学 校 に お け る宗 教 教 育 は 「宗 教 文 化 と道 徳 」 と い う名 称 で 必 修 教 科 と な っ た。   199t年 に は 義 務 教 育 改 革 が 行 わ れ,従 来 の小 学 校(5年 制)と 中学 校(3年 制)は,8年 制 の 初 等 教 育 と して 統 合 さ れ た が,「 宗 教 文 化 と 道 徳 」 の授 業 は.現 在,初 等 教 育 に お い て は第 4学 年 か ら第8学 年 ま で の5年 間,週2時 間 の 必 修 教 科 と して 行 わ れ て い る。 な お,イ ス ラ ー ム 教 徒 で は ない 者 に 限 り.こ の授 業 を受 け な い 権 利 が 保 障 され て い る35。 (2)イ マ ー ム ・パ テ ィプ 校 の 発 展   トル コの 宗 教 教 育 を 検 討 す る 際 に 避 け て は通 れ な い の が,イ マ ー ム ・ハ テ ィプ校 の 存 在 で あ る。 イ マ ー ム ・ハ テ ィ プ校 は,宗 教 指 導 者 の養 成 を 目的 に1951年 に 設 立 さ れ た 公 立 中等 教 育 機 関(中 等 部3年,高 等 部4年)だ が,1974年 以 降 は公 立 普 通 学 校 と制 度 上 同等 に扱 わ れ る よ う に な り,卒 業 生 に は 一 般 の 大 学 入 学 資 格 が 与 え られ る よ う に な っ た 。 これ を契 機 に,生 徒 数 が 急 激 に増 加 し,1996/97年 度 に お い て,ト ル コ の 全 中 等 教 育 機 関 の 生 徒 数 に対 して イ マ ー ム ・ ハ テ ィ プ 校 の 生 徒 数 が 占 め る 割 合 は,申 等 部 (中 学 校)12.2%,高 等 部(高 校)9.0%に 達 し た ㌔   一 般 の 大 学 入 学 資 格 が 与 え られ る よ うに な っ た 以 降 に生 徒 数 が 急 増 した こ とか らわ か る よ う に,1974年 以 降 の この 学 校 は,宗 教 指 導 者 養 成 校 と して よ り も,む しろ公 立 普 通 学 校 の オ ル タ ナ テ ィ ブ と して 機 能 して い た 。 授 業 内 容 に 関 し て も,イ マ ー ム ・ハ テ ィプ 校 の 授 業 内 容 は,公 立 普 通 学 校 で行 わ れ て い る もの と 同等 の 授 業 内 容(世 俗 教 科)に 加 え て,宗 教 教 科(ク ル ア ー ンや ア ラ ビ ア語 の 学 習 な ど)が な さ れ る とい う 形 を と っ て い る 。 授 業 時 間 で 見 る と,宗 教 教 科 よ りも世 俗 教 科 の 授 業 時 間 の ほ うが 多 く,総 授 業 時 問 に 占 め る 宗 教 教 科 の 時 問 の割 合 は 中 学 校 で24%,高 校 で40%と な っ て い る。 この 授 業 内 容 か らみ て も.イ マ ー ム ・ハ テ ィプ 校 は宗 教 指 導 者 養 成 に特 化 した もの で は な く,宗 教 教 育 を 重 視 した公 立 普 通 学 校 の オ ル タ ナ テ ィ ブ と して 位 置 づ け る こ とが で きる 。 そ して,こ の 学 校 の 生 徒 数 の急 増 は,公 立 普 通 学 校 に お け る宗 教 教

(3)

発 達 教 育 学 部 紀 要 育 だ け で は満 足 で き な い 国民 が 一 定 数 以 上 存 在 して い た こ とを 示 して い る5。   こ の よ う に 高 度 な宗 教 教 育 を 求 め る 国 民 の ニ ー ズ を満 た して い た イ マ ー ム ・ハ テ ィ プ校 で あ る が,1997年 の 義 務 教 育 改 革 に伴 っ て,中 等 部 の3年 間 が廃 止 さ れ る こ と に な り,1997年 以 後 は4年 制 の 高 校 と位 置 づ け られ て い る。 (3>世 俗 主 義 と宗 教 教 育 の 変 遷   以 上 の よ うな 共 和 国成 立 以 降 の トル コの 宗 教 教 育 を巡 る状 況 は,4期 に 区 切 る こ とが で きる 。 第1期 は宗 教 教 育 の廃 止 が な され た1923年 か ら 1949年 ま で,第2期 は宗 教 教 育 が 再 開 さ れ て い っ た1949年 か ら1974年 まで,第3期 は イ マ ー ム ・ハ テ ィ プ校 の 生 徒 数 が 急 増 した1974年 か ら 1997年 ま で,第4期 は イ マ ー ム ・ハ テ ィプ校 の r_等 部 が 廃 止 され た1997年 か ら現 在 まで で あ る 。 こ の 全 て の 時期 に お い て,宗 教 教 育 を巡 る 問 題 は 世 俗 主 義 と関 連 して 論 じ られ て い る。   第1期 は,宗 教 教 育 を 廃 止 す る こ とが 世 俗 主 義 の あ るべ き姿 と認 識 され て い た 時 期 で あ る 。 トル コ の世 俗 主 義 は,厳 格 な政 教 分 離 を志 向 す る フ ラ ンス の ラ イ シテ をモ デ ル と して お り,当 初,宗 教 教 育 の 廃 止 を 臼指 した こ と は不 思 議 な こ とで は な い 。 日本 で も公 立 学 校 で 必 修 教 科 と して 宗 教 教 育 を行 う こ と は,世 俗 主 義(政 教 分 離 主 義)の 観 点 か らは 受 け 入 れ難 い こ と と され て い る の と同 様 で あ る 。   しか し,第2期 に お い て,公 立 学 校 に お け る 宗 教 教 育 が 再 開 さ れ る 。 直 接 的 な 原 因 は複 数 政 党 制 の導 入 に 伴 い,国 民 の 要 望 に 応 え る必 要 が 生 じた こ とで あ る 。 この こ とは,共 和 国 成 立 以 後,厳 格 な 世 俗 主 義 に 基 づ き上 か ら行 わ れ た 改 革 が 十 分 に 国 民 に浸 透 せ ず,宗 教 教 育 を 求 め る 国 民 が 多 か った こ と を示 して い る。 イ ス ラー ム の 復 活 と も言 わ れ る 政 策 転 換 が な さ れ た この 時 期 は,フ ラ ンス モ デ ル の 厳 格 な世 俗 主 義 が 明 確 に 後 退 した 時 期 と 理 解 で き る。 た だ し,後 退 し た と い っ て も世 俗 主 義 は依 然 と して 国家 原 則 で あ り続 け,し だ い に 世 俗 主 義 を 巡 る新 た な 対 立 が 明 らか に な っ て くるの が 第3期 で あ る 。   第3期 に世 俗 主 義 の 観 点 か ら最 も注 目 を集 め た の は,イ マ ー ム ・パ テ ィプ校 で あ る。 この 時 期 は,親 イ ス ラ ー ム 政 党 が 支 持 を拡 大 した 時 期 で,親 イ ス ラ ー ム 政 党 と世 俗 主 義 勢 力(最 大 の 世 俗 主 義 勢 力 は 軍 部)の 対 立 の 構 図 が 明 確 に な っ た 時 期 で もあ る。 親 イ ス ラー ム政 党(当 時 の名 称 は 国民 救 済 党)が 与 党 と して加 わ った 連 立 政 権 に お い て は,イ マ ー ム ・パ テ ィプ 校 に対 して 好 意 的 な 政 策 が な さ れ,こ の 時 期 の イマ ー ム ・ハ テ ィ プ校 の 発 展 を 支 え た 。 例 え ば,イ マ ー ム ・ハ テ ィプ 校 の 生 徒 数 急 増 の契 機 と な っ た,1974年 の 卒 業 生 へ の一 般 の 大 学 入 学 資 格 の 付 与 は こ の政 権 に よ る もの で あ る6。   一 方,親 イ ス ラー ム政 党 の 勢 力 拡 大 とそ の 支 援 に よ り発 展 す る イマ ー ム ・ハ テ ィプ 校 に対 し て,こ の状 況 を世 俗 主 義 か らの 逸 脱 とみ な して 危機 感 を募 らせ た の が 軍 部 で あ る。 そ の 軍 部 は   :i年 に 軍事 クー デ タを起 こ し。 親 イ ス ラー ム 政 党 で あ る 国 民 救 済 党 の活 動 を禁 止 した 。 この よ う に世 俗 主 義 の 擁 護 者 を 自負 す る 軍 部 で あ る が,軍 政 下 に お い て1982年 に公 立 学 校 に お け る 宗 教 教 育 が 必 修 化 さ れ た。 一 見 す る と,公 立 学 校 に お け る 宗 教 教 育 を必 修 化 す る こ とは 世 俗 主 義 と矛 盾 す る よ う に も思 え るが,世 俗 主 義 勢 力 で あ る軍 部 が 宗 教 教 育 の 必 修 化 に踏 み切 った の は 次 の よ う な論 理 に よ る。 つ ま り,「 宗 教 教 育 を世 俗 主 義 国 家 が 管 理 し,世 俗 主義 と矛 盾 しな い 宗 教 教 育 を行 う こ とは,世 俗 主 義 と矛 盾 しな い 。 む しろ 国 家 管 理 外 で 世 俗 主 義 と対 立 す る よ う な宗 教 教 育 が 行 わ れ て い る方 が世 俗 主 義 国家 の 危 機 で あ る 」 と い う論 理 で あ る?。 こ うい っ た 論 理 は,国 家 が 宗 教 教 育 を行 うこ と 自体 を政 教 分 離 に 反 す る と理 解 す る 日本 や フ ラ ン ス の論 理 と は 大 き く異 な っ て い る 。 し か し,親 イ ス ラー ム 政 党 と イマ ー ム ・ハ テ ィプ校 が 勢 力 を拡 大 して い く状 況 下 で そ れ に対 抗 す るた め に は, こ う した 方 策 を と ら ざ る を え な か っ た の で あ る 。 世 俗 主 義 を維 持 す る た め の 宗 教 教 育 と い う位 置 づ け が 明 確 に な っ た こ とで,そ の 後 の トル コの 宗 教 教 育 の あ り方 は 新 た な 局 面 を迎 え る こ と に な る 。   一 方 で,1983年 の 民 政 移 管 後 も,名 称 を福 祉 党 と変 更 した親 イス ラー ム 政 党 の 勢 力 拡 大 は 続 一167一

(4)

き,親 イ ス ラー ム政 党 と軍 部 の対 立 が 再 び 激 し く な っ た結 果 と して生 じた の が1997年 の 義 務 教 育 改 革 で あ る。1997年 の 義 務 教 育 改 革 は,義 務 教 育 期 間 を 従 来 の5年 問 か ら8年 闘 に 延 長 す る もの だが,こ の 改 革 を提 唱 した の は軍 部 で あ る。 軍 部 の意 図 は 。 義 務 教 育 期 間 の 延 長 に よっ て, 親 イ ス ラ ー ム 政 党 の 支 持 基 盤 と な っ て い る イ マ ー ム ・ハ テ ィ プ校 の 中等 部 を 廃 止 す る こ と に あ っ た と され て い る ㌔   以 上 の よ う に,ト ル コ の公 立 学 校 で 宗 教 教 育 が 実 施 され て い る背 景 に は,ま ず 宗 教 教 育 を必 要 と考 え て い る 国民 が 多 か っ た とい う 事 情 が あ る。 共 和 国 成 立 直 後,世 俗 主 義 に基 づ い て 宗 教 教 育 を 廃 止 した もの の,国 民 の 宗 教 教 育 に対 す る要 望 が 衰 え な か っ た た め,国 民 の 要 望 に応 え る形 で宗 教 教 育 が復 活 し,厳 格 な世 俗 主 義 は後 退 を余 儀 な くさ れ た の で あ る 。 さ らに,公 立 学 校 に宗 教 教 育 が 導 入 され た 後 も,イ マ ー ム ・ハ テ ィ プ校 の 生 徒 数急 増 と い う形 で 公 立 学 校 に お け る宗 教 教 育 に満 足 して い な い 国民 が 一 定 数 以 上 い る こ とが 明 らか に な っ て い る。 そ れ に対 し, 軍 部 を 始 め とす る世 俗 主 義 勢 力 は.宗 教 教 育 の 必 修 化 と と もに 「宗 教 教 育 を 世 俗 主 義 国 家 が 管 理 し,世 俗 主 義 と矛 盾 しな い 宗 教 教 育 を行 う」 と い う論 理 を 明確 に し,イ マ ー ム ・ハ テ ィプ校 の 中等 部 廃 止 に よ っ て公 立 学 校 に お け る宗 教 教 育 へ の 一 本 化 を 行 っ た。   こ の よ う な紆 余 臨折 を経 た 後 公 立 学 校 に お け る宗 教 教 育 は 新 た な 局面 を迎 え て い る(第4 期)。 特 に,1982年 に宗 教 教 育 が 必 修 と さ れ る 以 前 に は 世 俗 主 義 国 家 で宗 教 教 育 を 行 うこ と 自 体 の 是 非 が 問 わ れ て い た の に対 し,1982年 以 後 は,宗 教 教 育 の 是 非 で は な く,宗 教 教 育 の 質 に 対 す る 注 目が しだ い に 高 ま っ て きた 。 そ して, 1997年 の 義 務 教 育 改 革 に よ っ て世 俗 主 義 を 巡 る 対 立 が 一 段 落 した 直 後 の2000年 に,宗 教 教 育 の 内容 は 大 き く改 訂 さ れ る こ と に な っ た 。2000年 以 前 の 宗 教 教 育 の 特 徴 と して 挙 げ られ る の は, ⑦ イ ス ラー ム の 歴 史 的 ・伝 統 的 な 側 面 を重 視 す る あ ま り現 代 の 実 生 活 との 乖 離 が 生 じて い た こ と,② 教 え られ る 内容 が 固 定 的 で 批 判 的 に 検 討 す る こ と は好 まれ な か っ た こ と,③ 宗 教 上 の 解 釈 の 違 い を で き る だ け 隠 そ う と して い た こ と, ④ 諸 宗 教 の 申 で イ ス ラ ー ム が 最 も神 聖 な 宗 教 で あ る こ と を前 提 と して い た こ と で あ る9F。2000 年 以 前 の こ う した 特 徴 は,2000年 の 改 訂 に よ っ て 大 き く変 化 して い る 。 そ こ で.以 下 で は,改 訂 後 の宗 教 教 育 の 内容 に つ い て,教 科 書 を元 に 具 体 的 に検 討 す る。 2.ト ル コ の 宗 教 教 科 書 の 内 容   トル コ の 公 立 学 校 で 週2時 間 の 必 修 教 科 と な っ て い る 「宗 教 文 化 と道 徳 」 の 内 容 につ い て 検 討 す る た め に,こ こで は初 等 教 育8年 生(義 務 教 育 最 終 学 年)用 の 「宗 教 文化 と道 徳 」 の教 科 書 の 内 容 を取 り上 げ る1°。 「宗 教 文 化 と道 徳 」 と い う授 業 名 か らは特 定 の 宗 教 に 偏 っ た授 業 と い う 印 象 は 受 け な い もの の,こ の 教 科 書 で は ク ル ア ー ンや ハ デ ィー スか らの 引 用 が 多 用 さ れ て お り,そ の 内 容 は 明 らか に イ ス ラー ム教 徒 を対 象 と し た も の で あ る0こ の 教 科 書 は6つ の ユ ニ ッ トか ら構 成 され て お り.そ れ ぞ れ の概 要 は 次 の 通 りで あ る。   ユ ニ ッ ト1「 運 命 」 で は,神 が 全 て の も の (物 理 的 な 法 則,生 物 学 的 な 法 則.社 会 的 な法 則)を 創 造 した こ とや 神 に帰 依 す る必 要 性 な ど が 述 べ られ,ユ ニ ッ ト2「 ザ カー ト,巡 礼,犠 牲 祭 の 信 仰 儀 礼 」 で は,ザ カ ー ト,巡 ネし 犠 牲 祭 とい った イ ス ラー ム教 徒 が 行 うべ き行 為 とそ の 意 味 に つ い て 説 明 され て い る 。 ユ ニ ッ ト3 「ム ハ ン マ ドの 人 生 に お け る模 範 的 な 行 い 」 で は,ム ハ ンマ ドの 言 葉 や 行 為 を引 用 し,ム ハ ン マ ドを模 範 と しな が ら,信 頼 され る こ とや 他 者 に相 談 す る こ との 重 要 性 が 述 べ られ て い る 。 ユ ニ ッ ト4「 イ ス ラ ー ム 思 想 に お け る 様 々 な 解 釈 」 で は,多 様 な宗 教 理 解 が あ る こ と を宗 教 思 想 の 発 農 と豊 か さ を もた らす こ と と して肯 定 的 に 評 価 した上 で,他 者 の 信 仰 に寛 容 で あ る こ と と,宗 教 を 強 制 して は な ら な い こ とが述 べ られ て い る。 ユ ニ ッ ト5「 宗 教 と美 しい 道 徳 」 で は, 宗 教 と道 徳 の 関 連 性 に つ い て 触 れ た 上 で,ク ル ア ー ンや ハ デ ィー ス か らの 引 用 を多 用 し なが ら. イス ラ ー ム に お い て称 え られ る道 徳 的 な態 度 と して 「公 正 」 「寛 容 」 「謙 虚 」 「約 束 を守 るJ「 浪

(5)

発 達 教 育 学 部 紀itti 費 を慎 む」 とい っ た徳 目が 挙 げ られ,こ れ らの 大 切 さが 述 べ られ て い る 。 ユ ニ ッ ト6「 様 々 な 宗 教 と普 遍 的 な 教 え」 で は,ヒ ン ドゥ ー教 仏 教,ユ ダ ヤ教,キ リス ト教,イ ス ラー ム を取 り 上 げ,こ れ らの 宗 教 に は 共 通 した教 えが あ る こ とが 述 べ られ,教 科 書 の 最 後 で は 「他 者 の 信 仰 に 寛 容 で あ る こ と」 の重 要 性 が 扱 わ れ て い る 。   この 教 科 書 の 特 徴 と して 次 の3点 を挙 げ る こ とが で きる 。 (1)イ ス ラ ー ム を題 材 に 現 代 的 な道 徳 を学 ぶ   第1の 特 徴 は,イ ス ラー ム につ い て 学 ぶ だ け で な く,イ ス ラー ム を題 材 と して現 代 にお い て も必 要 な道 徳 を 学 ぶ こ と を重 視 して い る点 で あ る。 こ の教 科 書 の 全 編 に 共 通 して い るの は,ク ル ア ー ンや ハ デ ィ ー ス か らの 引 用 を多 用 しな が ら,信 頼 さ れ る こ とや 謙 虚 で あ る こ と とい っ た 現 代 に も通 じる 徳 目の 大 切 さ を述 べ る,と い う 形 式 で あ る 。 例 え ば ム ハ ンマ ドに つ い て扱 っ た ユ ニ ッ ト3で は,ム ハ ンマ ドの生 涯 そ れ 自体 を 知 識 と して 学 ば せ る とい う形 態 で は な く,ム ハ ンマ ドが 示 し た態 度 を模 範 と して 現 代 に 通 じ る徳 目 を学 ば せ る形 態 を と っ て い る 。 例 え ば, ユ ニ ッ ト3-5「 他 者 に 相 談 しな が ら事 を 進 め た 」 で は,「 相 談 す る者 は決 して 後 悔 し な い 」 とい うム ハ ンマ ドの言 葉 を 引 用 し た後 で,「 現 代 に お い て も相 談 す る こ と は必 要 不 可 欠 で あ る 。 (中 略)あ る 問 題 を1人 で は な く,数 入 で 考 え れ ば,様 々 な 角 度 か ら検 討 す る こ とが 可 能 に な り,失 敗 は 最 小 限 に と どめ られ る 」 と述 べ られ て い る(II)Oユニ ッ ト3で 模 範 と さ れ て い る ム ハ ンマ ドの 態 度 は,r入 間 の 価 値 を 認 め る こ と」 「信 頼 さ れ る こ とJr寛 容 で あ る こ と」 「学 問 を 重 視 す る こ と」 「他 者 と相 談 す る こ と」 「慈 悲 深 い こ とJ「 勤 労 と助 け合 い 」 「忍 耐 と勇 気 」 「時 間 を有 効 に 使 う こ と」 「権 利 を守 る こ と」 「自然 と動 物 を愛 す こ と」 で あ り,こ れ ら は いず れ も 現 代 に お い て も大 切 と され る こ との 多 い徳 目で あ る。   また,特 に 現 代 的 な 例 と して は,ク ル ア ー ン か ら 「正 しい 道 を選 ん だ 者 が あ れ ば,そ れ は 自 分 の 善 行 の た め に 選 ん だ の で あ り,正 しい 道 か ら外 れ る者 が あ れ ば そ れ は 自分 が 損 害 を被 る べ く して 道 か ら外 れ た の で あ る。 いか な る 罪 人 も他 人 の 罪 を負 う こ とは な い 」 と引 用 し,「 自 分 の 行 為 の責 任 は 自分 に あ る こ と を認 識 す る」 こ とが 大 切 と述 べ た 後 で,そ の 代 表 的 な 例 と し て 「交 通 事 故 」 が 挙 げ られ て い る点 で あ る。 そ こで は,「 事 故 を起 こ した 人 は,周 囲 や 自分 に 及 ぼ し た損 害 の た め に,他 者 よ り も先 ず 自分 を 責 め な け れ ば な らな い 。(中 略)人 間 は そ の 行 為 に責 任 を持 た な けれ ば な ら な い」 とい う説 明 が な さ れ て い るr>e   この よ うに,こ の 教 科 書 は イ ス ラ ー ム に つ い て 学 ぶ こ と以 上 に,「 イス ラ ー ム を題 材 と して, 現 代 にお い て も必 要 な道 徳 を学 ぶ こ と」 を重 視 して い る0 (2>イ ス ラ ー ム の 教 え を単 に 教 え込 ま な い   第2の 特 徴 は,イ ス ラ ー ム の 考 え を た だ 単 に 教 え込 む の で は な く,そ れ が 大 切 で あ る こ と を 児 童 自 身 が納 得 して 身 につ け る こ とを重 視 して い る点 で あ る 。 い わ ば,宗 教 を題 材 と しな が ら, 批 判 的思 考 力 の 育 成 が 意 識 され て い る と言 え る。 この 点 は,教 科 書 に 「話 し合 っ て み よ う」 「考 えて み よ う」 「解 釈 し て み よ う」 とい う項 目が 多 い こ と か ら明 らか で あ る 。 「話 し合 っ て み よ う」 とい う課 題 が 特 に多 い こ とか らは,他 の 児 童 と の話 し合 い を通 じて,多 様 な考 え 方 に触 れ させ よ う とす る意 図 も感 じ ら れ る 。 例 え ば, 「宗 教 に 強 制 は な い 」 とい う 言 葉 を ク ル ア ー ン か ら引 用 し,こ の 言 葉 を 「人 間 の 自由 とい う観 点 か ら解 釈 して み な さ い 」 と い う課 題 が 掲 げ ら れ て い る こ と は,象 徴 的 で あ ろ うis。他 に も, ク ル ア ー ンか ら 「…食 べ よ,そ して飲 め 。 しか し浪 費 す る な 。 神 は浪 費 す る者 を好 まな い 」 と い う箇 所 を 引 用 し た 上 で,「 こ の 節 に 現 れ る 『浪 費 』 とい う言 葉 につ い て 考 え て み よ う。 考 え た こ と を友 人 た ち と話 し合 い な が ら,そ れ ぞ れ の 考 え た 方 が 異 な る 理 由 につ い て も話 し合 っ て み よ う」 とい う よ うな 形 で,「 考 え て み よ う」 「話 し合 っ て み よ う」 とい う題 材 が 提 示 され て い る1.f。こ の よ う に,ク ル ア ー ン を 題 材 に 児 童 自 身 に 考 え させ,話 し合 わせ る とい う形 を と り 一169一

(6)

な が ら,批 判 的 思 考 力 の 育 成 が 意 図 さ れ て い る。 た だ し,ク ル ア ー ンの 内 容 自体 に つ い て批 判 的 に 考 察 させ る箇 所 は な く,あ く まで も ク ル ァー ン を題 材 に,そ こ に 出 て くる 言 葉 につ い て 考 え させ る とい う形 が と られ て い る 。 この よ う な配 慮 が な さ れ て い る とは い え,決 ま っ た 考 え 方 を ∼ 方 的 に教 え込 む の で は な く,児 童 自 身 が ど の よ う に考 え るか を重 視 し て い る こ と は確 か で あ り,ト ル コの 宗 教 教 育 は特 定 の 教 え ・解 釈 を正 しい もの と して た だ 単 に教 え 込 も う とす る もの で は な い 。   こ う した 解 釈 の 多 様 性 を 柔 軟 に認 め る と い う 点 は,次 に 挙 げ る 第3の 特 徴 と も 関連 す る。 (3>多 宗 派 ・多 宗 教 の 共 存 を積 極 的 に 認 め る   第3の 特 徴 は,多 宗 派 ・多 宗 教 の共 存 を積 極 的 に 認 め よ う と して い る 点 で あ る。 ユ ニ ッ ト4 で は,「 宗 教 は不 変 だ が,宗 教 理 解 は 可 変 で あ る」 と明 示 した 上 で,入 問 の 個 性 の違 い や,社 会 的 な 変 化 に よ っ て,宗 教 に 対 す る 理 解 は異 な っ て 然 るべ き と述 べ て い る 。 さ らに,異 な る 宗 教 解 釈 が あ る こ と は,宗 教 の 分 離 あ る い は分 裂 とい う よ り も,む しろ イ ス ラ ー ム 文 化 の 豊 か さ と して 認 識 され ね ば な ら ない と して,宗 教 解 釈 が 多 様 で あ る こ と を肯 定 的 に受 け 止 め て い る。 ま た,「 そ れ ぞ れ に異 な る 理 解 が あ る こ と は, 自分 た ち の 条 件 に合 っ た もの を選 べ る 可 能 性 を 人 々 に 与 え た。 人 々が 各 々 の 条 件 の 中 で 宗 教 的 な義 務 を果 た す こ と を 容 易 に した の で あ る 」 と い う言 葉 を用 い て,宗 教 に対 す る 理 解 が 一 致 し て い な い こ と を肯 定 的 に 捉 え て い る 。 こ の ほ か に も,虹 の イ ラ ス トを 用 い て,そ の 虹 の 中 に 「虹 を 飾 る 色 彩 が 豊 か で あ る と感 じ ら れ る よ う に,宗 教 理 解 に お け る相 違 ・多 様 性 も豊 か さ な の で あ る」 とい う文 を 記 し て い る 点 か ら も,多 宗 派 の 共 存 の 意 義 を積 極 的 に訴 え か け よ う と し て い る 意 図 が よ くわ か る0な お,「 宗 教 を 強 制 して は な らな い 」 と信 教 の 自 由 の 重 要 性 に触 れ た 上 で,世 俗 主 義 が そ の 信 教 の 自由 を保 障 して い る と して世 俗 主 義 の 重 要 性 を 強 調 して い る点 は.世 俗 主 義 国 家 に お け る宗 教 教 育 な らで は の 特 徴 と言 え る王5。   ユ ニ ッ ト6で は,ヒ ン ド ゥー教 仏 教 ユ ダ ヤ 教 キ リス ト教  イ ス ラー ム に つ い て 簡 単 に 説 明 した 上 で,こ れ らの 宗 教 が 共 通 に重 視 して い る原 則 が あ る こ とに つ い て述 べ て い る。 こ れ らの 宗 教 の 共 通 点 と して 挙 げ られ て い るの は, 正 しさ,清 潔,善 行 と親 切,年 長 者 へ の 敬 意 と 年 少 者 へ の 親 愛.動 物 愛 護,環 境 を 守 る こ と, 害 の あ る 習 癖 を避 け る こ と,他 者 へ 害 を与 え な い こ とで あ る。 こ う し た共 通 点 を挙 げ る こ とで, 他 宗 教 に 対 す る親 しみ を抱 かせ よ う とす る意 図 が 感 じ られ る 。 ユ ニ ッ ト6の 最 後 で は.「 他 者 の 信 仰 に 寛 容 で あ る こ と」 と して 他 宗 教 を見 下 す こ とな く寛 容 に接 す る こ との 大切 さ を訴 え て い る16。こ こで も,世 俗 主 義 に基 づ い て 信 教 の 自 由 が 保 障 され て い る こ との重 要性 に触 れ た上 で,他 者 の 信 教 の 自 由 を認 め,他 者 の 宗 教 に敬 意 を 払 う こ とが 世 界 平 和 に 貢献 す る と述 べ られ て い る 。 義 務 教 育 の 最 終 学 年 の 教 科 書 の最 後 が 「他 宗 教 へ の 寛 容 」 で締 め く く られ て い る点 は. 公 立 学 校 にお け る 宗 教 教 育 の あ り方 を考 え る 上 で 意 義 深 い 点 だ と思 わ れ る。   現 在 の トル コの 宗 教 教 育 は 以 上 の よ うな特 徴 を 有 して い る。 以 下 で は,こ う した宗 教 教 育 の 意 義 と問 題 点 に つ い て検 討 す る。 3.ト ル コ の宗 教 教 育 の意 義 と問 題 点 (1)ト ル コ の宗 教 教 育 の意 義   トル コ の宗 教 教 育 の意 義 と して挙 げ る こ とが で き る の は,第1に,多 宗 派 ・多 宗 教 の 共 存 を 積 極 的 に認 め る立 場 か ら他 宗 教 につ い て 学 ぶ 点 で あ る。 他 宗 教 につ い て 学 び,他 宗 教 につ い て 理 解 を深 め る こ と は,多 宗 教 の 共 存 が 求 め られ る 多 文 化 時 代 にお け る 宗 教 教 育 と して 重 要 な意 義 を有 して い る。 さ らに,他 宗 教 を 学 ぶ こ と は, た だ 単 に他 宗 教 の こ と を知 る だ け で な く,他 宗 教 と比 較 す る こ とに よ って 自宗 教 を相 対 化 し, 自分 自身 の 信 仰 や 宗 教 観 を客 観 的 に 見 つ め直 す 契 機 に もな る至7。   第2に,た だ単 に イス ラー ム の教 え を教 え込 む の で は な く,批 判 的 思 考 を重 視 した 宗 教 教 育 を行 っ て い る点 で あ る 。 宗 教 教 育 と他 の価 値 教 育(道 徳 教 育 や 市 民 性 教 育)の 大 き な違 い は,

(7)

発 達 教 育 学 部 紀 要 宗 教 教 育 の対 象 と な る宗 教 に は多 くの 場 合,聖 典 が あ り,そ れ が 絶 対 視 され る傾 向 が 強 い こ と で あ る。 そ れ ゆ え,宗 教 教 育 にお い て 批 判 的 思 考 を重 視 す る こ と は∼ 見 難 しい よ うに 思 え る 。 この 点 に 関 して,ト ル コ の 場 合,「 宗 教 は 不 変 だ が,宗 教 理 解 は可 変 で あ る」 とい う教 科 書 の 言 葉 に象 徴 され る よ うに,聖 典 自体 に批 判 的 な 検 討 を加 え る の で は な く,聖 典 に対 す る解 釈 は 多 様 で あ っ て も 良 い と い う立 場 を と る こ と に よ っ て,批 判 的 思 考 を 重 視 した宗 教 教 育 を 可 能 に して い る 。 こ う した 特 徴 を持 つ トル コ の 宗 教 教 育 は,多 文 化 化 の 進 展 と と もに 宗 教 を 原 因 と す る対 立 が 絶 え な い現 在 の 世 界 に お い て積 極 的 な意 味 を 持 つ 。 なぜ な ら,宗 教 に 関 して は,強 い 信 仰 を 持 つ ほ ど 自宗 教 を絶 対 視 しす ぎて し ま う可 能 性 が あ り,自 宗 教 に対 す る盲 目的 な 信 頼 は他 宗 教 に 対 す る優 越 的 感 情 を もた らす こ とが 多 い か らで あ る 纈。 い わ ば  自宗 教 に 対 す る信 仰 は,他 宗 教 に対 す る排 他 的 感 情 と背 中 合 わ せ な の で あ る。 宗 教 とい う価 値 観 が 絶 対 視 され や す い もの だ か らこ そ,ト ル コの よ う に,自 宗 教 につ い て 批 判 的 に 検 討 す る と と も に,他 宗 教 に つ い て も学 ぶ こ と に よ っ て,他 宗 教 と比 較 しな が ら 自宗 教 を客 観 視 し 自 らの信 仰 と 向 か い 合 う 宗 教 教 育 は,多 宗 教 の 共 存 を考 え た場 合 に は積 極 的 な 意 義 が あ る 。 (2)  トル コの 宗 教 教 育 の 問題 点   トル コ の宗 教 教 育 に 関 して,2000年 の 教 科 書 改 訂 以 前 か ら現 在 まで 一 貫 して 問題 視 され て い る の が,第1に,ア ラ ビア 語 と ク ル ア ー ンの 学 習 が 十 分 に な され て い な い 点 で あ る 。 この 授 業 で は,ア ラ ビア 語 につ い て は一 切 学 ば な い 。 ク ル ア ー ンか らの 引 用 は教 科 書 に しば し ば用 い ら れ て い る もの の,先 述 した よ うに,あ く まで も 現 代 的 な道 徳 を学 ぶ た め の 題 材 と して ク ル ア ー ンが 引 用 さ れ て い る に す ぎず,ク ル ア ー ンそ の もの を学 ぶ わ け で は な い 。 多 くの イス ラ ー ム 教 徒 に と っ て ア ラ ビ ア語 と ク ル ア ー ンの 学 習 は 大 切 な も の で あ る た め,そ れ を扱 わ ない この 授 業 に 対 して不 満 を持 つ 者 は多 い。 そ れ を象 徴 し て い る の が,イ マ ー ム ・ハ テ イプ 校 の 発 展 で あ る。 公 立 普 通 学 校 と比 較 し た 場 合 の イ マ ー ム ・ハ テ ィ プ校 の最 大 の 特 徴 は ア ラ ビ ア語 とク ル アー ンの 学 習 で あ り,イ マ ー ム ・ハ テ ィプ校 の 発 展 の教 育 的 な 要 因 は,公 立 普 通 学 校 で ア ラ ビ ア語 と ク ル ア ー ンの 学 習 が な され て い な い こ とに不 満 を抱 く者 が 多 か っ た こ とで あ る"9。こ の よ う に,ア ラ ビア 語 と ク ル ア ー ン の学 習 が 十 分 に な され て い な い 点 が,現 在 の トル コ の宗 教 教 育 ぞ 問 題 とさ れ る点 で あ る 。   第2の 問 題 点 は,信 教 の 自 由 に 関 係 した 問題 で あ る 。信 教 の 自 由 の 問 題 は,公 教 育 に お い て 宗 教 教 育 を行 う場 合 に 必 ず 生 じる 問 題 で は あ る 。 現 在 の トル コの 宗 教 教 育 は,イ ス ラー ム につ い て 固 定 的 に教 え こ む よ う な宗 教 教 育 で は な い が, ク ル ア ー ンや ハ デ ィー ス か らの 引 用 が 多 用 され て い る よ う に,明 らか に イ ス ラ ー ム 教 徒 を対 象 と した もの で あ る。 そ の た め,イ ス ラー ム教 徒 以 外 の 信 教 の 自由 が 十 分 に保 障 され て い る と は 言 え な い 。 イ ス ラ ー ム 教 徒 以 外 は 宗 教 教 育 を 受 け な い 権 利 は保 障 され て い る もの の,そ れ だ け で は,イ ス ラ ー ム 教徒 に比 べ る と宗 教 教 育 を受 け られ な い とい う点 で 公 平 で は な く,信 教 の 自 由 の 点 で 問 題 が あ る。 さ らに,現 在 の 宗 教 教 育 の 内 容 に対 して,イ ス ラー ム 内 の 少 数 派 か ら苦 情 が 出 さ れ て い る。 例 え ば,2007年 に イ ス ラー ム の 一 派 で あ る ア レ ヴ ィ ー 派 か ら 「宗 教 教 育 で 自分 た ち の こ とが 触 れ られ て い ない 」 と して 宗 教 教 育 の 内 容 を巡 る訴 訟 が 起 こ さ れ て い る雛。 この よ うに,ト ル コ の宗 教 教 育 の 内容 が全 国 民 の コ ンセ ンサ ス を得 て い る もの で は な い 以 上, 常 に 信 教 の 自由 の 問題 が つ い て 回 るc (3)自 宗 教 を学 ぶ 宗 教 教 育 と他 宗 教 を学 ぶ 宗 教   教 育   トル コの 宗 教 教 育 の 意 義 と問 題 点 に つ い て2 点 ず つ 挙 げ た が,以 下 で は,こ の意 義 と問 題 点 を別 の角 度 か ら整 理 す る た め に,宗 教 教 育 を2 つ の タ イ プ に分 け て 考 察 を進 め る。   宗 教 教 育 の2つ の タ イプ とは,① 自 ら の宗 教 に対 す る信 仰 を深 め た め の 宗 教 教 育(特 定 の1 つ の 宗 教 ・宗 派 だ け を 学 ぶ 宗 教 教 育)と,② 他 宗 教 に つ い て も学 ぶ 宗 教 教 育(複 数 の 宗 教 ・宗 一171一

(8)

派 を 学 ぶ 多 元 的 宗 教 教 育)で あ る 。 伝 統 的 な 宗 教 教 育 と して 長 ら く行 わ れ て きた の は,前 者 の 自宗 教 につ い て 学 ぶ 宗 教 教 育 だ が,社 会 の 多 文 化 化 の 進 行 に 伴 い,1980年 代 頃 か ら後 者 の 他 宗 教 も学 ぶ 宗 教 教 育 を 重 視 す る 国 家 が 増 え つ つ あ る31iO   この2つ の タ イ プ に トル コの 状 況 を 照 ら し合 わ せ る と,イ マ ー ム ・ハ テ ィプ 校 で な され て い る よ う な ア ラ ビ ア語 や ク ル ア ー ン の学 習 を重 視 す る宗 教 教 育 は前 者 の 要 素 が 強 く,本 稿 で 取 り 上 げ て きた 「宗 教 文 化 と道 徳 」 の 授 業 は 後 者 の 要 素 が 強 い 。   ど ち らの 宗 教 教 育 もそ れ ぞ れ 必 要 な 宗 教 教 育 だ が,公 立 学 校 で 行 う場 合,問 題 が 生 じや す い の は前 者 の 宗 教 教 育 で あ る 。 なぜ な ら,前 者 の 宗 教 教 育 に は少 数 派 宗 教 ・宗 派 の児 童 ・生 徒 の 信 教 の 自由 を どの よ う に保 障 す る か とい う 問 題 が つ い て 回 る か らで あ る。 日本 で公 立 学 校 に お け る宗 教 教 育 が 禁 じ られ て い る の も,信 教 の 自 由 の保 障 の 問題 が 大 きい 。 日本 で は,自 宗 教 の 信 仰 を 深 め る よ う な宗 教 教 育 は 私 事 と し て 個 入 ・家 庭 で な され るべ きで あ っ て 学 校 で 教 え る も の で は な い とい う考 え が 強 いが 。 こ の考 え で 前 提 に され て きた の は,前 者 の宗 教 教 育 で あ る。 後 者 の 宗 教 教 育 の よ うに,他 宗 教 に つ い て 学 び, 他 宗 教 へ の寛 容 性 を育 む よ う な宗 教 教 育 は,家 庭 ・個 入 だ け で 行 う こ と は難 しい 。   つ ま り,異 な る宗 教 問 の 相 互 理解 が 強 く求 め られ る時 代 に お い て必 要性 の高 い 後 者 の 宗 教 教 育 は,家 庭 や 個 人 だ け で は行 う こ と は難 し く, む し ろ様 々 な 価 値 観 を 調 整 す るべ き公 教 育 が 担 う役 割 と考 え ら れ る。 ま た,後 者 の 宗 教 教 育 が 公 立 学 校 で 行 わ れ な か っ た場 合,逆 説 的 にだ が, 却 っ て 信 教 の 自 由が 阻 害 さ れ る 可 能 性 もあ る。 なぜ な ら,公 立 学 校 で 宗 教 教 育 が 行 わ れ ず,学 校 外 で 自宗 教 だ け を 固 定 的 に 学 ん だ 場 合,他 宗 教 に対 す る 寛 容i生が 養 わ れず,却 っ て他 宗 教 の 者 の 信 教 の 自 由 が 阻 害 さ れ る 可 能 性 も考 え られ る か らで あ る。   後 者 の 宗 教 教 育 の 観 点 か らは,ア ラ ビ ア語 や クル ア ー ンの 学 習 が 十 分 で な い こ と は 必 ず し も 問 題 視 され る もの で は な い 。 現 在 の トル コ の宗 教 教 育 は,イ ス ラ ー ム 教 徒 と して の 信 仰 を深 め るた め の宗 教 教 育 と して は 不 十 分 だ っ た と して も,多 文 化 時 代 にお け る 宗 教 教 育 と して は積 極 的 に評 価 で き る も の で あ る。   た だ し,こ う した 多 元 的 な宗 教 教 育 は,国 民 の 大 多 数 が イ ス ラ ー ム 教 徒 で あ る トル コ の よ う に宗 教 的 同 質 性 の 高 い 国 家 に お い て は,国 内 的 に は ニ ー ズ が 低 くな る こ とが 想 定 され る。 なぜ な ら,宗 教 的 同質 性 の 高 い 国家 に お い て は.主 流 派 宗 教 に基 づ い た 宗 教 教 育 に 対 す る ニ ー ズ が 高 い 反 面,少 数 派 宗 教 につ い て 学 ぶ ニ ー ズ が低 い た め,主 流 派 宗 教 に 基 づ く宗 教 教 育 を行 う方 が 問題 が 生 じに く く,国 民 統 合 の 観 点 か ら も効 果 的 だ か らで あ る 。 この こ とは,ト ル コ で世 俗 的 な 宗 教 教 育 を行 う こ とに対 して 不 満 を抱 く国 民 が 多 く,イ マ ー ム ・ハ テ ィプ 校 の 発 展 とい う 形 で イス ラ ー ム の信 仰 を深 め るた め の宗 教 教 育 を 求 め る 国民 の ニ ー ズが 明 らか に な っ た とい う 状 況 と一 致 して い る。 そ れ に もか か わ らず,ト ル コで 他 宗 教 に つ い て も学 ぶ 多 元 的 な宗 教 教 育 を 行 う こ とが で きて い る の は,世 俗 主 義 勢 力 と 親 イ ス ラー ム 政 党 の 対 立 の 構 図 の 中 で,「 世 俗 的 な 宗 教 教 育 を 行 う」 とい う方 策 が と られ た か らで あ る。 こ の よ う に考 え る と.世 俗 主 義 を巡 る 政 治 的 な対 立 の 構 図 は,教 育 を翻 弄 した だ け で は な く,結 果 的 に は,多 文 化 時 代 の 公 教 育 に 求 め られ る 宗 教 教 育 を行 う原 動 力 に な っ た と言 え る。 お わ り に   本 稿 で検 討 した とお り,現 在 トル コで 「宗 教 文 化 と道徳 」 と い う授 業 名 で 行 わ れ て い る宗 教 教 育 の 内 容 は,「 イス ラー ム を題 材 に現 代 的 な 道 徳 を学 ぶ 」 「イ ス ラ ー ム の 教 え を 単 に 教 え込 ま な い 」 「多 宗 派 ・多 宗 教 の 共 存 を積 極 的 に認 め る」 とい う特 徴 を 有 して い る 。 この 授 業 の教 科 書 は,ク ル ア ー ンや ハ デ ィー ス か らの引 用 が 多 用 さ れ た 内 容 に な っ て お り,明 らか に イ ス ラ ー ム 教 徒 を対 象 と し た宗 教 教 育 で あ る。 しか し,イ ス ラー ム の教 えそ の もの を教 え る とい う よ り も,む しろ,イ ス ラ ー ム を題 材 に現 代 的 な 道 徳 を教 え る こ と に重 点 が 置 か れ て い る。 さ ら

(9)

発 達 教 育 学 部 紀 要 に,イ ス ラー ム を教 え こ む の で は な く児 童 自身 が イ ス ラ ー ム を題 材 に 現 代 的 な道 徳 につ い て 考 え る こ とや,他 宗 教 に つ い て学 ぶ こ と を重 視 し て い る。 い わ ば,イ ス ラー ム の教 え を 固 定 的 に 教 え る の で は な く,イ ス ラ ー ム か ら少 し距 離 を 置 い た宗 教 教 育 と言 え る。   こ う した 宗 教 教 育 は,他 宗 教 に つ い て学 び な が ら他 宗 教 に つ い て理 解 と寛 容 を 深 め る とい う 点 や,他 宗 教 との 比 較 や 自宗 教 に対 す る批 判 的 検 討 を通 して 自宗 教 を 相 対 化 す る とい う点 で, 多 宗 教 の 共 存 が 求 め られ る多 文 化 時 代 の宗 教 教 育 と して積 極 的 な教 育 的 意 義 を有 して い る 。 そ して,こ の よ う に,自 宗 教 を客 観 視 し なが ら, 他 宗 教 につ い て 学 び,他 宗 教 へ の寛 容 性 を 育 む よ う な宗 教 教 育 は,家 庭 ・個 人 だ け で 行 う こ と は 難 し く,む し ろ様 々 な 価 値 観 を調 整 す るべ き 公 教 育 が 担 う役 割 と考 え られ る。   しか し,こ う し た トル コの 宗 教 教 育 は,国 内 で 国 民 の コ ンセ ンサ ス を 得 た もの で は な い。 自 宗 教 の 信 仰 を 深 め る た め の 伝 統 的 な 宗 教 教 育 を 求 め る国 民 は 多 く.ア ラ ビア 語 と クル アー ンの 学 習 に対 す る ニ ー ズ は 高 い 。 そ もそ も トル コは, 国民 の 圧 倒 的 多 数 を イ ス ラー ム教 徒 が 占 め る 宗 教 的 同 質 性 の 高 い 国家 で あ り,こ う し た 国家 に お い て は,少 数 派 宗 教 に 配 慮 して,他 宗 教 を 学 ぶ 多 元 的 な宗 教 教 育 を行 う必 然 性 は低 い 。 そ れ に もか か わ らず,ト ル コ に お い て,多 元 的 な宗 教 教 育 を行 うこ とが で きて い るの は,共 和 国成 立 以 来,世 俗 主 義 の 原 則 を重 視 して きた 結 果 と 言 え る 。 国 内 的 に は宗 教 的 同 質 性 の 高 い 国 家 で あ っ て も,国 際 化 ・グ ロ ー バ ル 化 の進 展 に伴 い, 他 宗 教 につ い て 学 び,他 宗 教 に対 す る 理 解 を深 め る こ との 必 要 性 は増 して い る。 世 俗 主 義 勢 力 と親 イ ス ラ ー ム 政 党 の 対 立 の構 図 の 中 で 翻 弄 さ れ て きた 宗 教 教 育 で は あ る が,結 果 的 に,多 文 化 時 代 にお い て 求 め られ る 宗 教 教 育 に な っ て い る こ とは 確 か で あ り,そ の 意 味 で は,こ の 宗 教 教 育 は積 極 的 な 教 育 的 意 義 を 有 して い る。   世 俗 主 義 を掲 げ なが ら も宗 教 教 育 を 行 う こ と は一 見 矛 盾 して い る よ う に 思 え るが,ト ル コ の よ う に,特 定 の宗 教 を教 え 込 む よ う な宗 教 教 育 で は な く,特 定 の 宗 教 と少 し距 離 を置 き なが ら, 他 宗 教 に 対 す る理 解 と寛 容 を育 む よ う な宗 教 教 育 は,家 庭 ・個 入 で 行 う こ とが 難 し く,公 教 育 が 担 うべ き役 割 で もあ る。 ます ま す 多 文 化 化 が 進 む 時代 に お い て多 文化 共 生 の観 点 か らこ う し た宗 教 教 育 の 重 要 性 は 高 くな っ て お り,日 本 に お い て も,特 定 の 宗 教 や価 値 観 を教 え こ むの で は な く,様 々 な宗 教 に つ い て 学 び他 宗 教 へ の 寛 容性 を育 み な が ら同時 に 自宗 教 ・自文 化 を客 観 視 して い くよ う な教 育 に つ い て検 討 す る必 要 性 が あ る の で は な い だ ろ うか 。 注 ω   宮 崎 元 裕 「トル コ に お け る世 俗 主 義 と宗 教 教     育 」 江 原 武 一 編 継 界 の 公 教 育 と宗 教 至 東 信     堂,2003年,277∼294頁:澤 江 史 子 『現 代 ト     ル コの 民 主 政 治 と イ ス ラ ー ム』 ナ カ ニ シ ヤ 出     版,2005年,101∼105頁 。

(2) Kaymakcan, R. "Religious Education

Culture in Modern Turkey." Marian de Souza, et al. (eds.) International Handbook

of the Religious, Moral and Spiritual

Dimensions in Education. Springer, 2006,

pp. 449-460.

(3) Özdalga, E. "Education in the Name of `O rder and Progress' Reflections an the

Recent Eight Year Obligatory School

Reform in Turkey." The Muslim World.

Vol. 89, No. 3 — 4, 1999, pp. 414 — 438; Bilgin,

B. "The Understanding of Religious

Education in a Country where there is Separation of Religion and State: The

Example of Turkey." British Journal of

Religious Education. Vol. 15, No. 2, 1993, pp.

36 — 43; Tarhan, M. Religious Education in Turkey: A Socio-Historical Study of the hnam-Hatip Schools. Ph.D. Thesis, Temple

University, 1996, pp. 1 — 153; Kaymakcan, op. cit., pp. 449 —460.

(4) Tarhan, op.cit., pp. 127 —139; SIS (State Institute of Statistics Prime Ministry

Republic of Turkey), Statistical Yearbook of

Turkey 2001. SIS, 2002, pp. 156— 159. (5)宮 崎,前 掲 論 文,2003年,288∼289頁 。 (6)  Tarhan,  op. czt., pp.127‐139. (7)宮 崎,前 掲 論 文,2003年,277∼294頁;澤 江     史 子 槻 代 ト ル コ の 民 主 政 治 と イ ス ラ ー ム 書     ナ カ ニ シ ヤ 出 版,2005年,101∼105頁 。 (8) Özdalga. op.cit.,Pp.424-425;丸 山 英 樹 「 ト ル コ の 教 育 改 革 一 欧 州 水 準 を 醤指 した 量 的 拡 大 と世 俗 主 義 維 持 の 機 能 」 『国 立 教 育 政 策 研 究 所 紀 要 悉 第135集2006年,137∼151頁; 村 上 薫 「トル コの 教 育 制 度 改 革 一 イ ス ラ ム勢 一173一

(10)

    力 に た い す る 危 機 感 一 」 『ア ジ 研 ワ ー ル ド ・     トレ ン ド』 第29号,1997年,28∼29頁 。 (9? Kaymalccan,  op. cit., pp.449‐460.

(10> トル コ の 教 科 書 は,国 民 教 育 省 作 成 の も の と     民 間 作 成 の も の の2種 類 に 大 き く分 け られ る     が,教 科 書 検 定 が あ る た め,内 容 が異 な る余     地 は大 き く な い 。 こ こ で は 学 校 で の採 用 率 が     高 い 国 民 教 育 省 作 成 の 次 の 教 科 書 を取 り上 げ ⑪ (lzj (13> (14) (15) (16) (li)

る 。 Akgül, M. et al. Din Kiiltürü ve Ahläh Bilgisi Ilhögretim 8. Sznzf. Feza Gazetecilik

A.$,2007.(日 本 語 訳 に つ い て は,新 実 誠 訳 ・宮 崎 元 裕 監 修 「宗 教 文 化 と 道 徳 初 等 教 育 第8学 年 」 大 正 大 学 宗 教 教 科 書 翻 訳 プ ーー ジ ェ ク ト編 継 界 の 宗 教 教 科 書 』 大 正 大 学 鐵 版 会,2008年) zbid.,  pp.57-58. ibid.,  pp.17-18. ibid.,  p.20. ibid.,  p.%6. ibid.,  PP.74--78,  pp.84-87. ibid.,  pp.133‐134. 複 数 宗 教 を 学 ぶ 意 味 に つ い て は, 江 原 武 一 (18) (191 (20) (21) 「ア メ リ カ の 公 教 育 に お け る宗 教 の 位 置 」 江 原 武 一 編 『世 界 の 公 教 育 と 宗 教 雲 東 信 堂, 2003年,46∼50頁 も参 照 の こ と。 ヒ ッ ク,J.(間 瀬 啓 允 訳)『 増 補 新 版   宗 教 多 元 主 義 一 宗 教 理 解 の パ ラ ダ イ ム 変 換 一 蚕 法 蔵 館,2008年,87∼120頁 。 イマ ー ム ・ハ テ ィ プ 校 と公 立 普 通 学 校 の カ リ キ ュ ラ ム の 違 い に つ い て は,宮 崎,前 掲 論 文, 2003年,287∼290頁 で 詳 し く扱 わ れ て い る。 Milllyet紙 の ウ ェ ブ サ イ ト"1(itaplarda anlattik, daha da anlatacagiz http://www.milliyet.com.tr/2007/02/22/ guncel/gunO6.htm1を 参 照(ア ク セ ス 日2008 年1月11日)。 藤 原 聖 子 「英 米 の 事 例 に 見 る 宗 教 教 育 の 薪 た な 方 向 性 」 国 際 宗 教 研 究 所 編 ㌶現 代 宗 教 2007』 秋 山 書 店,2007年,209∼233頁;宮 崎 元 裕 「価 値 観 の 多 様 化 と宗 教 教 育 ・道 徳 教 育 」 『ア ジ ア教 育 研 究 報 告 』 第6号,20◎5年, 17∼27頁;津 城 寛 文 「宗 教 教 育 一 新 時 代 へ の 模 索 一 」 間 瀬 啓 允 編 綜 教 多 元 主 義 を学 ぶ 人 の た め に』 世 界 思 想 社,2008年,281∼296頁 。

参照

関連したドキュメント

Goto-Jones, Political Philosophy in Japan: Nishida, the Kyoto School, and Co-Prosperity, in Japanese Journal of Religious Studies.. David Williams, Defending Japan’s Pacific War:

“Media Ijime and New Religious Movements: Violence or Virtue?” Panel on “Rethink- ing Violence in Japanese New Religious Movements,” xix World Congress of the Inter-

  The aim of this paper is to find out that the Religious Knowledge education ( hereinafter called RK ) in Denmark and the Moral Education ( hereinafter called MR )

According to the results of the survey on international social work courses in Japanese schools of social work education, any of the international or multi- cultural

「The Sabbath and Religious Education in Public Schools : Two Case Studies regarding the Protestant Attempt to Christianize Nineteenth Century America ─ A Study in the Social

As a formal subject, moral education must be conducted employing government authorized textbooks which meet the national curriculum standards.. In this paper these standards

secularization theory, religious transformation theory, religious market theory, religious practice, religious beliefs, new religion/spirituality/the meaning of life. October 2015

However, in spite of the differences between these two countries in their cul- tural and religious backgrounds, people in both countries engage in similar relig- ious practices