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評判維持戦略としての集団内利他行動 学位論文内容の要旨

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Academic year: 2021

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博 士 ( 文 学 ) 三 船 恒 裕

学 位 論 文 題 名

評判維持戦略としての集団内利他行動 学位論文内容の要旨

   本論文は、集団内への利他行動の適応基盤およぴその心理メカニズムを、最小条件集団 を用いた実験で検証した一連の研究をまとめたものである。

   社会心理学において集団内への利他行動は「内集団ひいき」あるいは「内集団バイアス」

として研究され、基本的に社会的アイデンティティ理論によって理解されてきた。その理 由は社会的アイデンティティ理論が提唱される以前の理論では説明できない現象である、

最小条件集団実験における内集団バイアスが観察され、社会的アイデンティティ理論が唯 一その説明を提出したことにある。最小条件集団実験における内集団ひいきに対して社会 的アイデンティティ理論は「人は自己の一側面として社会的アイデンティティを持つ」「社 会的アイデンティティにおける自尊心維持・高揚のため、人は内集団に対して無条件に利 他的に行動する傾向を持つ」という説明を与えた。社会的アイデンティティ理論はその後、

集団状況における心理メカニズムを説明する理論として、社会心理学において一種のドグ マ 的な 位置 づけ を 獲得 する に至 った 。そ うし た背 景を 説明 した のが 第1 章 であ る。

   適応論的アプローチを用いて社会的アイデンティティ理論とは異なる説明を提出したの が集団協カヒューリスティックモデルである。集団協カヒューリスティックモデルでは、

人々は集団内に存在する一般交換関係ないし間接互恵性への適応行動としてデフオルトで 内集団に対して協力的に行動すると説明する。このモデルに基づけぱ、集団内に一般交換 関係が存在しないことを強調すれば、相手が内集団であっても協力性は高まらないと予測 される。先行研究の結果は一貫して社会的アイデンティティ理論では無く、集団協カヒュ ーリスティックモデルの予測を支持している。それらの研究を概観したのが第2 章である。

   第 3 章ではまず、集団協カヒューリスティックモデルに対する社会的アイデンティティ 理論からの反論として提出されたFear −Greed モデルを紹介した。このモデルでは社会的ア イデンティティは「内集団の相手は協カしてくれないかもしれない」というFear を低減す る働きは無いが、「内集団の相手を搾取してやろう」というGreed の動機は低減されると予 測し、それが支持される知見が提出されている。続いてこの反論に対し、集団協カヒュー リスティックモデルを修正した評判維持仮説を新たに提唱した。評判維持仮説では、集団 内では一般交換のみならず、直接交換も含めた様々な交換が評判システムによって連結し ていると仮定した。そのため、人々は集団内で悪評を獲得してしまうことを回避するため

―24―

(2)

に デ フ オ ル ト で 内 集 団 へ の 利 他 行 動 を 行 な う 行 動 戦 略 を 持 っ と し た の が 評 判 維 持 仮 説 で あ る 。 独 裁 者 ゲ ー ム に お い て 、 分 配 者 か ら 見 て 「 受 け 手 が 自 分 の 所 属 集 団 を 知 っ て い る 」 場 合 ( 相 互 知 識 条 件 ) と 、 「 自 分 の 集 団 を 知 ら な ぃ 」 場 合 (一 方 知 識 条 件 )で は 、Fear−Greed モ デ ル と 評 判 維 持 仮 説 で 異 な る 予 測 が 導 か れ る 。Fear‑Greedモ デ ル か ら は 、 独 裁 者 ゲ ー ム はGreedの み が 働 く た め 、 知 識 の 条 件 に 関 わ ら ず 内 集 団 ひ い き が 生 じ る と 予 測 さ れ る 。 評 判 維 持 仮 説 で は 、 相 互 知 識 条 件 で は デ フ オ ル 卜 の 行 動 戦 略 と し て 内 集 団 ひ い き が 生 じる が 、 一 方 知 識 条 件 で は 評 判 シ ス テ ム が 働 か な い こ と を 強 調 し て い る た め 、 内 集 団 ひ い き が 生 じ な ぃ と 予 測 さ れ る 。 最 小 条 件 集 団 を 用 い た 研 究1の 結 果 、 相 互 知 識 条 件 で は 内 集 団 ひ い き が 生 じ た が 、 一 方 知 識 条 件 で は 生 じ ず 、 評 判 維 持 仮 説 が 支 持 さ れ た 。   続 く 第4章 と 第5章 で は 評 判 維 持 仮 説 か ら 導 か れ る 予 測 を 検 証 し た 実 験 を 報 告 し て い る 。 第4章 で は 抽 象 的 な 目 の 絵 が 評 判 を 気 に す る 心 理 傾 向 を 引 き 出 し 、 内 集 団 へ の 利 他 行 動 が 促 進 さ れ る と の 予 測 を 検 証 し た 研 究2を 報 告 し て い る 。 一 方 知 識 条 件 の み を 用 い た 最 小 条 件 集 団 実 験 を 行 っ た 研 究2に よ っ て 、 参 加 者 に 目 が 表 示 さ れ て い る 時 に は 内 集 団 ひ い き が 生 じ 、 目 が 表 示 さ れ て な い 場 合 に は 内 集 団 ひ い き が 生 じ な い こ と が 示 さ れ た 。 評 判 を 気 に す る 心 理 傾 向 が 内 集 団 ひ い き と 相 関 す る こ と を 示 し た 研 究3は 第5章 に お い て 報 告 さ れ て い る 。 囚 人 の ジ レ ン マ ゲ ー ム を 用 い た 実 験 の 結 果 、 自 己 が 他 者 か ら ネ ガ テ ィ ブ に 評 価 さ れ る こ と に 対 す る 敏 感 性 や 不 安 傾 向 で あ るFear of Negative Evaluationが 内 集 団 ひ い き と 正 相 関 す る こ と が 示 さ れ た 。

  第6章 で は 囚 人 の ジ レ ン マ ゲ ー ム を 用 い た 最 小 条 件 集 団 実 験 を 日 本 人 と ニ ュ ー ジ ー ラ ン ド 人 に 対 し て 行 な い 、 い ず れ の 参 加 者 に お い て も 相 互 知 識 条 件 で の み 内 集 団 ひ い き が 生 じ る と い う 、 評 判 維 持 仮 説 を 支 持 す る 知 見 を 得 た 研 究4を 報 告 し て い る 。 第7章 で は 男 性 の み あ る い は 女 性 の み が 参 加 し て い る 状 況 で 研 究4の 実 験 パ ラ ダ イ ム を 追 試 し た 研 究5を 報 告 し て い る 。 実 験 の 結 果 、 女 性 で は 先 行 研 究 の 結 果 を 再 現 し た が 、 男 性 で は 一 方 知 識 条 件 で も 内 集 団 ひ い き が 生 じ た 。 考 察 で は 、 男 性 同 士 の 集 団 間 葛 藤 状 況 に お い て 、 自 集 団 の 凝 集 性 を 外 集 団 に 誇 示 す る 戦 略 に よ っ て こ の 結 果 が 生 じ た 可 能 性 が 議 論 さ れ た 。   第8章 で は 一 連 の 研 究 結 果 が 評 判 維 持 仮 説 を 支 持 す る も の で あ る こ と か ら 、 こ れ ら の 知 見 が 社 会 心 理 学 あ る い は 利 他 行 動 の 進 化 の 文 脈 に 対 し て 持 つ 意 義 が 議 論 さ れ た 。 社 会 心 理 学 の 文 脈 に お い て 示 さ れ る イ ン プ リ ケ ー シ ョ ン と し て は 、 社 会 行 動 の 説 明 と し て 適 応 論 的 ア プ ロ ー チ を 用 い る こ と の 有 用 性 が 示 さ れ て い る と い う 点 が 挙 げ ら れ る 。 社 会 的 ア イ デ ン テ ィ テ ィ 理 論 は 内 集 団 ひ い き と い う 社 会 行 動 を 社 会 的 ア イ デ ン テ ィ テ ィ と い う 自 己 の 一 側 面 に よ っ て 説 明 し て い る 。 す な わ ち 、 社 会 的 ア イ デ ン テ ィ テ ィ 理 論 は 基 本 的 に 「 自 己 」 に 関 す る 理 論 で あ り 、 自 己 の 働 き に よ っ て 集 団 行 動 を 説 明 す る 理 論 で あ る 。 本 論 文 に よっ て 、 そ う し た 自 己 に 基 づ く ア プ ロ ー チ で は 最 小 条 件 集 団 に お け る 内 集 団 ひ い き を 説 明 で き な い こ と が 一 連 の 研 究 に よ っ て 示 さ れ て い る 。 さ ら に 、 そ れ に 代 わ る 説 明 と し て 評 判 維 持 仮 説 を 提 唱 し 、 適 応 論 ア プ ロ ー チ の 有 用 性 を 一 貫 し て 示 し て い る 。 従 っ て 、 適 応 論 的 ア プ ロ ー チ を 用 い る こ と で 今 後 の 社 会 心 理 学 研 究 が さ ら に 発 展 し て い く 可 能 性 が 本 論 文 に よ っ て 示

一25−

(3)

さ れ た と 言 え る 。 利 他 行 動 の 進 化 の 文 脈 に 対 し て は 、 近 年 、 人 間 の 利 他 行 動 の 進 化 メ カ ニ ズ ム と し て 注 目 さ れ て い る 集 団 淘 汰 理 論 に 対 し て 、 実 証 的 な 反 論 を 行 っ て い る と い う 点 が 挙 げ ら れ る 。 集 団 淘 汰 理 論 に 基 づ け ば 、 内 集 団 へ の 無 条 件 の 利 他 行 動 を 持 つ 個 人 が 適 応 的 で あ る と 考 え ら れ る 。 っ ま り 、 集 団 淘 汰 理 論 に 基 づ く 適 応 的 な 人 間 モ デ ル は 社 会 的 ア イ デ ン テ ィ テ ィ 理 論 が 想 定 し て い る も の と 同 一 だ と 考 え る こ と が 出 来 る 。 近 年 、 生 物 学 や 経 済 学 な ど の 幅 広 い 分 野 に お い て 、 人 間 の 利 他 性 が こ う し た 集 団 淘 汰 理 論 で し か 説 明 で き な い の か 、 そ れ と も 間 接 互 恵 性 な ど の 個 人 単 位 の 淘 汰 メ カ ニ ズ ム で 説 明 で き る の か が 盛 ん に 議 論 さ れ て い る 。 こ う し た 議 論 に 対 し て 、 本 論 文 で は 実 際 に 人 々 が 集 団 淘 汰 理 論 か ら 予 測 さ れ る よ う な 心 理 ・ 行 動 傾 向 を 有 し て い る の か と い う 観 点 か ら 実 証 的 知 見 に 基 づ ぃ て 反 論 し て い る 。 従 っ て 、 本 論 文 の ー 連 の 研 究 は 利 他 行 動 の 進 化 と い う 社 会 科 学 に お け る 重 要 な 問 い に 対 し て 実 証 研 究 の 立 場 か ら 重 要 な 貢 献 を し て い る と 言 え る 。

―26―

(4)

学 位 論 文 審 査の 要 旨 主 査 副 査

教授 准教 授 教授

山 岸 結 城 煎 本

学 位 論 文 題 名

俊男 雅樹      孝

評 判 維 持 戦 略 と し て の 集 団 内利 他 行 動

   本論文の目的は、社会心理学において内集団ひいきの説明原理として扱われてきた社会 的アイデンティティ理論に対して、適応論的アプローチに基づく評判維持仮説を提唱し、

最小条件集団を用いた実験研究によって両理論の妥当性を比較検証することにある。また、

社会的アイデンティティ理論で想定される人聞モデルが、近年、利他行動の進化モデルの ーっとして注目されている集団淘汰理論が想定する人間モデルと類似していることから、

集団内への利他行動の進化として集団淘汰理論が妥当であるか否かを、実験研究を通して 検証することも副次的な目的としている。本論文では研究1 から研究5 までの一連の実験 研究の成果が報告されており、これらの研究結果は、基本的に評判維持仮説を支持するも のであった。本論文ではこれらの知見を報告した上で、それらの研究成果が社会的アイデ ンティティ理論などの社会心理学に対して持っインプリケーションに関して議論すると同 時に、本論文で紹介している一連の研究が、利他行動の進化を説明する進化理論である集 団淘汰理論に対して持っインプリケーションを議論している。

   本論文で達成された最も重要な成果は、最小条件集団における内集団ひいきが社会的ア イデンティティ理論によってではなく、適応論的アプローチを用いた評判維持仮説によっ て説明されることを一連の研究によって示した点にある。社会心理学では、集団状況にお ける人間の心理・行動傾向を説明する理論として社会的アイデンティティ理論が一種のパ ラダイムとして存在している現況を考慮すると、本論文が社会心理学に対して持つ意義は 大きい。自己のあり方によって内集団への利他行動を説明する社会的アイデンティティ理 論に対し、本論文で提示された評判維持仮説は、人間の心理・行動傾向をその主観的な側 面からではなく、(主として)社会的な環境への適応という側面から捉える適応論的アプロ ーチに基づぃている。本論文の成果は、社会心理学において自己の反映として社会行動を

―27―

(5)

説 明 す る 立 場 に 比 較 し て 、 適 応 論 的 ア プ ロ ー チ を 用 い る こ と の 妥 当 性 と 有 用性 の 高 さ を 示し て い る 。

  同 時 に 、 本 論 文 は 利 他 行 動 の 進 化 の 説 明 に 対 し て も イ ン プ リ ケ ー シ ョ ン を 持 っ も の で あ る 。 社 会 的 ア イ デ ン テ ィ テ ィ 理 論 が 想 定 す る 「 集 団 内 で 無 条 件 に 利 他 行 動 す る 個 人 」 と い う 人 間 モ デ ル の 進 化 的 究 極 因 は 集 団 淘 汰 理 論 に あ る と 考 え ら れ る 。 近 年 、 集 団 淘 汰 理 論 を 用 い て 人 間 の 利 他 性 を 説 明 す る 研 究 がScienceやNatureな ど の 一 般 科 学 の ー 流 誌 に 掲 載 さ れ て い る こ と 、 さ ら に 、 そ う し た 研 究 の 中 に は 最 小 条 件 集 団 に お け る 内 集 団ひ い き 研 究 (特 に 社 会 的 ア イ デ ン テ ィ テ ィ 理 論 に 基 づ く 研 究 ) を 引 用 し つ つ 、 そ れ ら が 集 団 淘 汰 理 論 の 妥 当 性 を 示 す 知 見 で あ る と 主 張 す る 研 究 が 増 え て い る こ と を 考 慮 す る と 、 本 論 文 が 社 会 的 ア イ デ ン テ ィ テ ィ 理 論 や 集 団 淘 汰 理 論 で は 説 明 で き な い 現 象 を 報 告 し て い る と い う 点 は 、 特 に 強 調 さ れ る べ き 本 論 文 の 大 き な 成 果 で あ る 。 っ ま り 、 人 間 の 利 他 性 の 進 化 と い う 社 会 科 学 一 般 が 解 く べ き 大 き な 謎 に 対 し て も 、 本 論 文 は 大 き な 貢 献 を な し て い る と 言 え る 。   上 に ま と め ら れ た 本 研 究 の 成 果 は 、 集 団 内 へ の 利 他 性 の 説 明 に 、 社 会 的 ア イ デ ン テ ィ テ イ 理 論 や 集 団 淘 汰 理 論 に 代 わ る 説 明 原 理 を 提 示 し た と い う 点 に お い て 、 心 理学 の み な ら ず、

社 会 科 学 全 体 に 対 し て 大 き な 意 義 を 有 し て い る 。 審 査 の 過 程 で は 、 特 定 の 状 況 が 評 判 に 関 す る 心 理 メ カ ニ ズ ム を 活 性 化 す る 状 況 で あ る か ど う か を ア プ リ オ り に 決 定 で き な ぃ の で は な い か と い う 点 に つ い て の 指 摘 が な さ れ た が 、 そ う し た 指 摘 は 今 後 の 研 究 の 中 で 明 ら か に さ れ る べ き 点 で あ り 、 本 研 究 全 体 が 持 つ 意 義 を 損 な う も の で は な い と い う 点 で 、 審 査 委 員 の 意 見 は 一 致 し て い る 。 本 審 査 委 員 会 は 、 本 論 文 に 示 さ れ た 申 請 者 の 研 究 の 成 果 を 高 く 評 価 し 、 全 員 一 致 で 、 本 論 文 を 博 士 ( 文 学 ) の 学 位 を 授 与 さ れ る に ふ さ わ し い も の で あ る と の 結 論 に 達 し た 。

―28―

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