DI者の権利擁護―ナラティブ・アプローチによる人 権侵害からの解放―
著者 宮嶋 淳
学位授与大学 東洋大学
取得学位 博士
学位の分野 ソーシャルワーク
報告番号 甲第248号
学位授与年月日 2010‑03‑25
URL http://id.nii.ac.jp/1060/00005538/
DI者の権利擁護
一ナラティブ・アプローチによる人権侵害からの解放一
(目 次)
1 はじめに 1.
2.
(1)
(2)
(3)
3.
(1)
(2)
(3)
4.
(1)
(2)
(3)
5.
・・・・・・・・・・・・・・・・・… 1 はじめに ・・・・・・・・・・・・・・・… 1
研究の目的・課題・枠組み ・・・・・・・・・… 1 研究目的
研究課題 研究枠組み
研究の背景と意義 ・・・・・・・・・・・・… 4 研究の背景
本論の依拠する理論 本論の意義
研究で使用する用語 ・・・・・・・・・・… 5 研究で使用する用語の援用領域
本研究で使用する基本用語 本論のキーワードの解説
①ソーシヤルワーク ②ナラティブ・アブローチ
③配偶子提供子 ④人権 ⑤権利擁護
⑥ストレングス1論文0「)擢訪父 ・・・・・・・・・・・・・… 14
II 先行研究調査 ・・・・・・・・・…
1. DI者を取り巻く社会的認識
(1)
(2)
・・・・・・・・・・・・・…
@ 16
「人工授精子」誕生の時代1
1) 「人工授精子」誕生の時代 2) 「人工授精子」絶対的少数時代 3) 「人工授精」議論の多様化 日本における人工授精をめぐる動向 1)専門委員会報告書の概要 2)日本学術会議の到達点 3)日本生殖医学会の動向 4)生殖カウンセリングの動向 5)JISARTのガイドライン
… 16
2.
(3)
(1)
(2)
(3)
(4)
諸外国における人一【二授精をめぐる動向 1)先行研究にみる動向
2)アメリカ調査の結果
DI者へのアプローチ ・・・・・・・・・… 36 「r一どもの権利擁護」の視座から
1)子どもの「最善の利益」への指針
2)先行研究が想定してきたDI者の権利擁護
「出自を知る権利」の視座から 1)子の最善の利益と「出自」
2) 「出自を知る権利」の登場とその背景
「テリング(真実告知)」という視座から 1)テリング(真実告知)とわが国の動向 2)テリング(真実告知)を取り巻く国際動向
「物語る」という視座から
1)ナラティブ・アプローチとは何か 2)ナラティブ・アプローチの特徴
III.研究の方法 1.
(1)
(2)
(3)
2.
(1)
(2)
(3)
(4)
(5)
(6)
(7)
(8)
(9)
3.
(1)
(2)
(3)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・…
@ 70
研究法の選定と背景 ・・・…
質的研究の概念
本論の関心と研究パラダイム 研究法選定の規準
調査の枠組み ・・・・・・…
調査の構造 調査の構成
第1調査 第2調査 第3調査 第4調査 第5調査 第6調査 第7調査
分析の方法 ・・・・・・・…
分析ヒの留意点 分析の方法 倫理的配慮
・・…
@ 70
・・…
@ 77
・・…
@ 88
IV、 Dl者の苫:悩とは何か 一DI者等へのインタビュー調査をもとに一 ・・… 92 1. 養子縁組制度を活用した親子へのインタビュー調査 … 92
(第1調査)2 (1)調査の概要 (2)調査の結果 (3)考察 (4)結論
2.
3.
4.
養r一縁組制度を活用した親r一に関する調査(1次的利用)・・99
(1)国における親子関係比較
(2) 社団法人家庭養護促進協会の調査
(3)政策動向と関連調査の二次的利用から得た考察の結果 日本のDI者の声(第2調査):s ・・・・・・・・… 105
(1)調査の概要
(2)考察
(3)小括
DI者の苦悩とは何か ・・・・・・・・・・・… 116
V.DI者の解放のための理路の構築
一DI者を取り巻く人的環境に対する調査からの示唆一
1.
2.
3.
4.
(1)
(2)
(3)
(1)
(2)
(3)
(4)
(1)
(2)
(3)
・122
DI者の発話の変化に関する調査・… 123
日本のDI者の声の変化(第3調査)4
アメリカのDI者の声(第4調査)
ノJ・才舌 (1)
DI者の発話に対するレスポンス比較調査・… 158
日本の対人援助職のレスポンス(第5調査)
DI者の声と支援者のレスポンスの対比
アメリカの対人援助職のレスポンス(第6調査)5
/1・‡舌 (2)
DI者の発話に対する他者の認識に関する量的調査 … 168 (第7調査)6
調査の意図と対象者の選定
調査の結果
ノSx‡舌 (3)
本章の総合考察 ・・・・・・・・・・・・… 193
︶ ︶
19﹂
△間
糸
士ロー23 34
→ρFn結論を導くためのパースペクティブ ・・… 196 先行研究調査から得た結論 ・・・・・・… 196 研究から得た結論 ・・・・・・・・・・… 197 DI者の苦悩とは何か
1)1者の解放のための理路
本論の結論 ・・・・・・・・・・・・… 200 本論の限界と今後の課題 ・・・・・・… 203
… 196
参照データ ・・・・・・・・・・・・・… ◆・・・・・・・・・・… 206 ① インタビューから得た葛藤
②家庭養護促進協会の調査結果 ③DI者の発話と[名づけ]
(11) ビネットを活川したDI者の声の変化
O F村によるイギリスでのインタビュー記録(抜粋)
⑥ コードレイの声
⑦DI者の秘密開示と情報入手に関する意識調査のコメント
⑧WAIMHのワークショップでのDI者の発言
⑨専門職の概況と応答 ⑩第5調査の検討データ
⑪アメリカの専門職のレスポンス
資 *斗 ....・・・・・・・・・・・・・・・・・… ◆・・・… 251 1.DI者へのインタビュー項目
2.DI者の発話記録から作成したビネット 3.対人援助職へのインタビュー
4.オーストラリア・南オーストラリア州のパンフレット 「ドーナー受胎一子どもへの告知について一」(抜粋:翻訳)
5.配偶 r・提供で生まれた} 一の社会的認知に関する調査
1戊く1表 i彦乞
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・…
@ 263
文1猷リスト ...・・..・・・・・・・・・・・・・・・・・・・…
@ 266
初出一覧
1宮嶋 淳(2008)「わが国における人上生殖と子の福祉に関する歴史的考察一『人工授精 ∫・』誕生の時代(1949〜1978年)に着目してゴ『社会福祉学』49(1)
2才村眞理・宮嶋 淳(2003)「生殖Wli助医療に伴う子どもの権利性の社会的サポートに関 する質的研究」『社会福祉学』44(1)
i宮嶋 淳・才村眞理(2006)「非配偶者間人Il授精における人権侵害とソーシャルワーク」
『社会福祉学』 47(3)
−i才村眞理・宮嶋 淳・坂本IE子・野ヒ丈晴(2008)「生殖補助医療により生まれた子ども の社会的虐待からの解放」『アどもの虐待とネグレクト』10(2)
5宮嶋 淳(2008)「DI者の求めに即したソーシャルワーク・プラクティスに関する研究 一ナラティヴ・アフローチの適用可能性について一」『社会福祉実践理論研究』17
宮嶋 淳・才村眞理・谷口真由美・平野華織(2009)「量的調査による配偶子提供子の社 会的認知に関する一考察」『社会福祉学』50(2)
なお,本論で活用するに際して,公表時の内容に,大幅な修正・加筆を行っている.
1.はじめに
本論は,20世紀 rば以降にめざましく進展した生殖技術によって誕生した,新しい人間存在が抱 える苦悩の本質を解明し,彼/彼女らが被っている人権侵害から彼/彼女らを解放し,彼/彼女ら を取り巻く人間関係並びに社会環境に潜む社会的な不正義の構造を変革し,社会正義が全うされた 社会を構築していくための,ソーシャルワーク学による研究である.
1949年に始まるヒトに対する人一{授精は,1978年の体外受精の成功を経て「子どもを生みたい・
持ちたい」とする不妊のカップルの願いをかなえる可能性を開き,少子化への対応策としても期待が 寄せられる公的補助の対象となる生殖補助医療へと進展してきた.
生殖補助医療のうち,筆者は,非配偶者間人工授精により生まれた子が,自らの権利であると主 張する「出白を知る権利」に焦点をあて,その権利を擁護する社会的な支援のシステムの構築にとっ て,ソーシャルワークが欠かせないと考える立場から,共同研究者とともに専門委員会に対して資 料提出をそ.1い1,かつ関連学会などで発表を行ってきた2.
2003( じ成15)年4月に1司の審議会の報告書が公表されて以降,既に7年以]二の時間が経過する が,非配偶者間人工授精とそれにより生れた子の権利を保障するための国内法を制定する取り組み は進展しておらず,諸外国がこぞって社会的な仕組みを法的に構築したことと比して,わが国の対 応は遅すぎると言わざるを得ない.
こうした認識に・ /:ち,本論では,非配偶者間人工授精で生まれた彼/彼女らの苦悩の本質を解明 し,その苫:悩からいかにして彼/彼女らを解放していくことができるのかを,彼/彼女らが権利の
ll体であり, 」け渚であるととらえ,質的量的研究を重層的に積上げ考察していくものである.
本論は,非配偶者間人一1二授精で生まれた彼/彼女らの苦悩の本質とは何かという問いから出発し,
彼/彼女らの苦悩を生起させている社会状況を明確化し,彼/彼女らが被っている人権侵害から,
彼/彼女らを解放し,彼/彼女らが権利の主体として尊重される社会の創造をめざす研究である.
2.研究の目的・課題・枠組み
(1)研究目的
本論は,生殖補助医療の1つである非配偶者間人工授精(=Artificial Insemination by Donor.
以下「AID」と略す.)により生まれた彼/彼女ら(=Donor lnsernination.以下「DI者」と略す.)
が求めるDI者固有の人権,イコールDI者が求める理念的権利を擁護する,ソーシャルワークの理 論を構築することを目的とする.
(2)研究課題
本論における研究課題は,次のとおりである.
第…に1)1者が抱えている苦悩とは何かを明らかにすることである.わが国のDI者が自ら語り始め たのは21世紀になってからである.DI者の語りを通して,1)1者の思いがどのような内容・特徴を有 するものであるのかを理解するところから,本論の研究課題とする.
第1の課題は,DI者の語りによって明らかとなった,DI者の苦悩を筆者らがどのように理解した らよいのか,あるいはどのような状況として理解したらよいのかを明確にする.その際DI者の苦 悩がいかなる社会状況のドで構成されているのかを,他者に伝達するため,その社会状況を説明で きる図あるいは新たな概念枠組みを探索する.
第f,にDI者の「語り」によって新たに構築される, DI者を権利の主体とした「物語」が,他者に よりよく伝達されるための焦点を明らかにすることを課題とした.
第四にどのような理路により,DI者が抱えている苦悩からDI者を解放へと向かわせ,あるいはDI 者の苫:悩を1占淀・継続させるのか,その諸要因と道筋,さらには構造やシステムを明らかにすること
とした.
第i 11に国際的な視野に立って,第四課題の普遍性についても本論の課題として吟味していくこと
とした.
以Eのような研究課題を吟味していく中で,ソーシャルワークによるDI者の権利擁護にかかる理 路についての結論を得ていこうとするものである.
(3)研究枠組み
本論の枠組みを概念図化すると,図1−1のとおりである.
筆者は,1)1者が抱く苦悩の本質が「AIDという事実行為がなされて自らが誕生したという真実か ら閉ざされていること」に求めることができるのではないかという観点から,この研究に取り組み はじめた.筆者は,ソーシャルワーク学の研究の展開過程を[課題への洞察→仮説の生成→実証目 標の明確化一ナ仮説の実証→実証目標への到達]であるととらえた.それと並行して研究対象,ある いは支援の対象を「DI者」とし,ソーシャルワーク学にいう研究は,研究対象イコール支援する 対象であるという交互レベルに収束するものととらえた.なお,この場合においても,社会福祉等の 制度・政策を視野に入れなければ,1)1者の権利を擁護するという所期の目的を達成しえないという 側面があることを看過してはならないことは言うまでもない.
ソーシャルワーク学で実証すべきことは,ソーシャルワークの関わりによる対象の変化にあると 考える.[課題への洞察]とは,ソーシャルワークの専門価値に基づく,対象へのまなざしを出発点と することであり,対象が変化する,あるいは対象に立ち現われるかもしれない現象が,ソーシャルワ ークの専門価値からとらえた場合,対象のWell−beingにとって課題であるととらえる関心,あるい は身体感覚である3.
図1−1の解説を続ければ,筆者の立場はE記で検討したとおり,社会福祉学であるとともに人間 科学としてのソーシャルワーク学である.そして,研究の射程は本論の研究対象であるDI者に関わ
るすべてである.その・方,DI者を生み出したAIDやARTの是非を問う研究ではなく, AIDで生ま れたDI者が「今ここにいる」ことを尊重した, DI者のWell−beingを希求する研究である.
そこで,DI者にとって,擁護されるべき人権,逆に言えば侵害されている人権とは何かを探求し,
その人権侵害が生み出された社会状況と性質並びに背景を明確にするため,生殖科学や人間科学に かかる先行研究を調査することに努めた.その結果, 「社会的虐待」という観念から示唆を得て,
1)1者を取り巻く社会状況を,課題の構造として認識でき,そこからDI者が解放されることを本論 の第義の支援日標とした.
筆者は,1)1者の物語に真摯に耳を傾けるとき,その物語に人権の侵害が含まれており,DI者を解 放することが,DI者のWell−beingに欠かせないと考えた.そのような視点と目的を達成するため に,筆者はソーシャルワーク学に依拠した研究を行なうものである.
Dl者が人権侵害から解放されるためにソーシャルワークがなすべきことは何か. AIDを否定する ことはできない.AIDを否定することはDl者の存在を否定することにっながりかねない. AIDを否 定するのではなく,1) 1者の存在を否定するのではなくDI者の存在をありのままに認めること,そ
して川者を理解すること,さらに1)1者の「求め」に応じた、社会が構成されることをめざして「物 語」が変化する理路と実践を導くこと,これがソーシャルワークに可能なことではないかと考える.
研究の射程
対象の明確化
対象の苦悩の把握
古凶の 〕旦
@ の明確化
図示,並びに解釈
支援目標
DI者の当事者性の確保
D I者
社会への非参加 社会的排除 社会的孤立
一
… … @ (真実からの疎外)
…・………・・ 梶[シャルワークによるDI者の解放
…・……@…ソーシャルワークによるアプローチの検討
当事者の「声」を聴く=ナラティブ・アプローチ(物語理論)
物語の記録
外在化/ストレングス
セルフヘルプグループ
当事者の「声」を聴くための方法・ツールの開発
カある者の理解
変化への対応 量的把握と対策
当事者自身による解放 力ある者からの解放 第三者からの解放
重層的な人権侵害からの解放
図+1 本論の枠組み
そうであれば,ソーシャルワークは,DI者が自身の人権として主張する理念的権利を擁護し,そ れを誰もが理解する社会を構築していくことを支援する役割を担う.そのためにはDI者がAIDの当
事者であることを認めていく社会状況を整えていくことが必要となる.
筆者は,D」者の当事者であることを確保し, DI者の「声」を物語として聴き,その物語がDI者
をi :体とした新しい物語として構築されている社会とは,どのような社会であるのかを,DI者の
[声」から検討し構想した.そのうえで,そうした社会にあって,1)1者が人間として自由で,解放 されていられるために,ソーシャルワークがどのような理路を構築でき,その理路を用いて,いか に機能することができるのかを明らかにしていこうとするものである.これが本論の枠組みである.
3.研究の背景と意義
(1)研究の背景
わが国におけるAII)の実施が, D正者の苫:悩を伴うpl能性が指摘され, DI者の権i利擁護に関する研 究が必要となった背景には,次のような動向がある.
1998( IL成10)年10戊1より旧厚生科学審議会先端医療技術評価部会の下に「生殖補助医療技術 に関する専門委員会」が設置され,精}・卵子・胚の提供等による生殖補助医療のあり方にっいて 検討が行われ,2000(平成12)年12月に,必要な制度整備が行われることを条件に,代理懐胎を 除く精f一卵ヂ胚の提供等による生殖補助医療を認める報告書「精子・卵子・胚の提供等による 生殖補助医療のあり方についての報告書」がとりまとめられた.その後,2003(平成13)年7月に 厚生科学審議会生玩商{1助医療部会が設置され,同部会は2003(平成15)年4月28日に「精子・卵
r・ ・胚の提供による生殖補助医療制度の整備に関する報告書」を公表し,報告書においては,DI者 の[出自を知る権利」を広く認め,この権利性を擁護するために児童相談所等による相談援助や公 的管理運営機関,医療実施機関等におけるカウンセリング機能等の充実の必要性を明確にしている。
つまり,」 ・どもの福祉を最優先にし,All)を実施するのであれば, DI者が出自を知る権利を認め,
その権利をDI者が主張する場合,その権利擁護機関が必要であるという認識である.
しかしながら,その具体的な方策は不明確であり,とりわけ児童相談所の改革等子ども家庭福祉 施策の改革の流れと連動した議論がなされるには至っていない.したがって,本論は,DI者の権利 を擁護することに焦点をあてることとした.つまり,ソーシャルワーク学の使命の1つは,対象者 の求めに即して,対象者の権利が擁護されるべき人権,すなわち人格権に属し,尊重されるべき人 間の求めであることを明確にしていくところから研究をはじめることである.もう一つは,対象者 の人権が侵害されない社会システムを構築していくことであると考える4.
(2)本論の依拠する理論
本論の依拠する理論は,繰り返すまでもなくソーシャルワーク学である.ソーシャルワーク学の 動向を総括的に論ずれば,次のとおりである.
ソーシャルワーク研究の・今後の課題とその解決法を渡部(2009:4)は,①ソーシャルワークの「使 命」の再認識とその使命達成のために必要とされている研究テーマを研究者と実践家が協力し合っ て見つけ出すこと,②研究者と実践家にとっての論理的思考の必要性,研究対象に関連する問題の 構成要素,相q関係の「概念化」を研究として認めていくこと,③研究の「概念化」や実践に最適 な介入方法を導き出すための「中理論」 「モデル」の発見・普及・応用,④複数のリサーチデザイ ンを,研究1.1的に応じて使いこなせる研究に関する力量であると述べている.2007年度の社会福祉 学界・ソーシャルワーク部門を回顧した li一塚(2008:165)は,わが国のソーシャルワークの潮流を,
次のように要約できる見解でもって示唆している.
ソーシャルワークには,2つの潮流があり,その1つが「エビデンス・ペースト・ソーシャルワ ークの動向」であり,もう1つが「ポストモダニズムの社会構成主義的観点からの批判的省察論
ナラティプアプローチ論」である.
本論は,DI者の「声」を物語として聴き,その物語を社会構造として理解しようとする社会構成 1義を標膀するナラティブ・アプローチを理論的拠り所とする、すなわち,ナラティブ・アプロー チによるソーシャルワークを展開することをめざしている.このアブm一チを選択する理由は,筆 者が木原(2009:42)のいう1当事者や利用者の発言そのものが,生きた証人」であり,この「語 り」が文献検索から得られた二次資料を分析するよりも,はるかに実践そのものの生データであり,
そこからリアリティに接近できる可能性があるという立場を支持するものであるからである.
このように本論が拠り所とするナラティブ・アプローチによるソーシャルワークの研究は,ソー シャルワークの咋今の潮流の一・一翼を担っており,ソーシャルワーク理論の発展に欠かせない領域に ある研究であるといえよう.
(3)本論の意義
本論は,20世紀半ばから実施されてきたARTにより生まれた子=DI者が,21世紀になり,わが 国ではじめて,自らのエ藻で,自らが抱えている苦悩を語るに至った,その時期に研究上の初期と 契機を有しているソーシャルワークにおける,DI者を対象とした唯一一の研究である5.
本論が研究の対象としているDI者は,これまでソーシャルワークの対象として認識されてこなか った新たな対象であり,社会福祉学による対象論からみても,まったく稀な研究である。そしてDI 者という新たな対象へのソーシャルワーク・アプローチに関する研究であり,この点からみても同 類の研究はほとんど見当たらす,オリジナリティを主張できる.
本論は, 「IIL研究の方法」で述べるように, DI者へのアプローチとして,ナラティブ・アプロ ーチによる質的研究を,重層的に連結させ,研究方法と研究の重層性・信懸性・科学性における独
自性を有している.
したがって本論は,今後の日本のソーシャルワークにおいて,新たに支援の対象となる者の理解 並びにその対象へのアプローチの仕方,さらには対象が抱える苦悩の本質をいかに見極め,社会的 認知を得,他者に伝達していくのかを,支援の対象となる当事者の側に立ち,解明していくソーシャ ルワーク・アプローチに関する研究としての社会的学的意義を有すると考える.
4.研究で使用する用語
筆者は,本論を汎用性ある研究としていくために,関連諸科学で使用されている用語を援用する.
ゆえに,関連諸科学が用いる用語の概念を明確にしておかなければならない.例えば,新しいソー シャルワーカーの倫理綱領でも活用されている「出自1の概念については,文化人類学の概念を援 用しておくことが重要である.また,倫理的な課題には,AID自体の是非に関わる議論やその概念 枠組みも看過できない.
(1)研究で使用する用語の援用領域
本論において使用する用語について整理しておきたい.
ソーシャルワーク学は,①社会福祉学,②人間科学や生活科学,③心理学,④生殖科学,⑤法学 など,隣接あるいは関連分野の知見を取り入れながら固有の発展をしてきた人間尊重と社会正義を 価値とする学問である.その最大の特徴の1つは,ソーシャルワーク学が理論と実践の統合を,価
値基盤に基づき体系化することを目指した研究体系を有しているということである.本論では,そ の価値基盤と新しい対象へのアプローチに焦点をあてて論じようとしている.本論において使用す る用語は,少なくともヒ記の学問領域において定着している用語であり,かつ,概念が生成途上に ある用語を用いる場合には,その概念化の動静を吟味しながら使用する必要がある、
第1に,本論の基盤であるソーシャルワーク学で使用されている用語がある.
第2に,本論の対象がDI者であり,出自にAIDという科学が介在している生活者である.このこ とに依拠して,人間科学や生活科学の視座が欠かせない.
第3に,諸外国ではソーシャルワークとカウンセリングがわが国のように厳格に区分されておら ず,両実践の背景が統合されていることも稀ではないという観点から,心理学で使用されている用 語の使用が検討される.
第4に,本論で権利を擁護しようとする「DI者」という対象が,生み出された背景に生殖技術と いう生殖科学が存在していることから,生殖科学で使用されている用語を理解しておかなければな
らない.
第5に,本論はソーシャルワークによるDI者の権利擁i護iに関する研究であることから,権利や人 権にかかる概念を明確にしておく必要があり,法学における概念規定を確認しておくことが必須で
ある.
これら5っの学問領域で使用されている用語のうち,本論において,それらの用語をどのように 整理し整合性を持たせて使用していくのかを明確にしていくことが重要である、ただし,すべての 学的用語を比較対照し,吟味することがこの研究の目的ではないことから,ここではDI者を取り巻 く諸状況に関連する用語のうち,本論のキーワードに該当する用語とこれに関連する用語を以下の とおり規定しておくことにする.
(2)本論で使用する基本用語
本論における人一r.fk殖とは,2006(平成18)年9月4日に最高裁から判示された死後授精児の認 知訴訟の主文において自然生殖に対応して使用されている概念と一致しており,人工生殖とARTと の概念区分についても同様とする6.すなわち,最高裁判決(2006:2563)は「民法787条は,生殖 補助医療が存在せず,男女間の自然の生殖行為による懐胎,出産(以下,このような生殖を「自然生 殖1といい,生殖補助医療技術を用いた人為的な生殖を「人工生殖」という.)」としており,「生 殖補助医療」と表記する場合,人為的な技術であり,人為的な技術を用いるか否かによって, 「自 然生殖」と「人工生殖」とを区分している.したがって本論では, 【人工生殖〉生殖補助医療〉体 外受精+人[授精】という公式を念頭におく。
すでに略称を提示してきたが,あらためて確認しておくと,生殖科学における生殖補助医療は,
Assisted Reproductive Technology(=ARTと略す.)と称されており,人工授精・体外受精・顕 微授精・代理懐胎等の不妊治療の総体をさす.そのうち,本論で取り上げる生殖技術は,非配偶者 間人ll授精に限定しており,これをArtificial Insemination by Donor(=AIDと略す.)といい,
医療者の間では定着している.しかし,AIDはAID s/HIVと紛らわしく,使用すべきではないとい う当事者の主:張があり,当事者の側に立って研究を進めている本論においても,当事者の主張を重 視し,非配偶者一間人Il授精をDonor Inseminationと称することにする。なお,イギリスを中心とす る英語圏では非配偶者間人1二授精には,精子提供・卵子提供・胚提供が含まれていることからそれ ぞれを明確に区分している.すなわち,精子提供による非配偶者間人工授精を1)OnOr InSemination
(=1)1と略す.)とし,卵子提供による非配偶者間人工授精をDonor Conception(= ncと略す.)
としている.つまり,これらの用語は人・ll生殖に関する用法であり,あくまで行為を称するもので
ある.したがって,本論で対象としている当該生殖技術で生れた者,当事者を人間存在として標記 する川語とは区別が必要である.
そこで本論においては,1)1で生まれて成人した者をDI者と称し, DCで生まれて成人した者をDC 者と称する、また,日本の法律により成人となっていない者にっいてはDI児と称する.本論のキー ワー一 一ドで提示している配偶子提供子は,和語標記を尊重するために便宜的に使用しているが,DI者 と同義語である.なお,本論の研究対象者は,すべて精子提供により生まれた成人期を過ぎた者で あったため,本論中ではDI者で統一・しており,特段の断り書きがないかぎり, 「DI者」という表 記の中に精」㌃提供により生れた未成人は含まれていない.
「向と「イ・ども」に関する表記については,特段の配慮が必要である.子とは,生物学的な子 のことであり,r一どもとは日本の法律でいう未成年者(20歳未満の者)のことである.したがって,
本論においてはll常生活L,親が子に対して使用される「親にとって『子ども』はいつまでたって も『r ども』」という表現に代表されるような,成人である生物学ヒの子を親との関係の中で成り Ulっ通俗語である「子ども」と称することはしない.したがって,本論においては,各国で法定さ れている成人年齢を基準として,未成年者が念頭におかれていれば「子ども」と称する.本論でい
う「力とは,年齢の区分はなく,生物学的な「親」に対する「子」という独立した存在に対する
総称である.
(3)本論のキーワードの解説
本論では,①ソーシャルワーク(Social Work),②ナラティブ・アプローチ(Narrative Approach),
③配偶r・提供r−(Children Born through Donor Insemination/DI or DC),④人権(Human Rights),
⑤権利擁護(Rig卜1t Pr・tection/Advocacy),⑥ストレングス(Strength)の6っをキーワードとし ている.以下,これらについて若千の解説をしておきたい、
①ソーシャルワーク(Social Work)
ソーシャルワークとは,わが国においては社会福祉援助技術,社会福祉援助実践,社会福祉援助 活動などと和訳され,ほぼ同義として理解されてきた.その内実は複雑多義にわたり,ソーシャル
ワークという用語が登場した歴史は100年を越えている.
高橋(1981:94)は,ソーシャルワークが19世紀後半のイギリスで萌芽し,アメリカに渡って理 論化され高度な専門技術として成立し,日本に導入されたと概観し,①イギリスにおける社会改良 運動,ボランタリズムを背景とする「人間の福祉」を高めるための社会改良的運動や活動②その 運動や活動を通して整理された社会福祉実践方法としての専門技術という2つの側面を包含した概 念であると整理し,「ソーシャルワーカーと呼称される専門的支援者と所サービスの利用者(クライ エント)との専門的対人関係を中核として,対面的・対人的,かっ継続的な関係を結ぶ独自な実践化 が,社会資源を活用して行なわれる」実践の総体的表現であると定義している.ソーシャルワーク の歴史を紐解き北島(2008:15)は,高橋同様,ソーシャルワークを専門性ととらえ,ソーシャルワ ークという専門性をもっ専門家(プロフェッショナル)をソーシャルワーカーと呼んでいる.
全米ソーシャルワーカー協会(1973)は1970年に「ソーシャルワークは,個人,集団,地域社会が 社会的機能の能力を強化又は回復し,この目標に相応しい社会の状態を創造するのを援助する専門 職活動である」と定義している.また,1981年にはソーシャルワーク実践(Social Work Practice とは,(D人々に対しては,その成長,問題解決,対処能力を強化する,(2)制度に対しては,人々 に社会資源やサービスを提供する効果的で人道的な制度を発展させる,(3)社会資源,社会サービス,
社会的機会をり一える制度と人々を連携する,(4)政策に対しては,その改善と発展に貢献すると定義 されている.こうしたソーシャルワーク並びにソーシャルワーク実践の定義を提示した全米ソーシ
ヤルワーカー協会も加盟する国際ソーシャルワーカー連盟(以下「IFSW」という.)は,ソーシャ ルワークの国際的な定義を,これまでに2回(1982年と2000年)に提示してきた.IFSWが2000年に 採択したソーシャルワーカーに関する定義は次のとおりであり,本論はこの定義を支持する.
ソーシャルワーク専門職はt人間の福利(ウェルビーイング)の増進を目指して,社会の変革を 進め,人間関係における問題解決を図り,人びとのエンパワメントと解放を促していく.ソーシ ャルワークは,人間の行動と社会システムに関する理論を利用して,人びとがその環境と相互に 影響し合う接点に介入する.人権と社会正義の原理は,ソーシャルワークの拠り所とする基盤で ある.
②ナラティブ・アプローチ(Narrative Approach)
米本(2008:658)は,ソーシャルワークにおける「アプローチ,イコール実践モデル1としている.これを 踏まえて,本論での「ナラティブ・アブn一チ」を規定する.
ナラティブ・アプローチは,認知田1輪・構築主義・物語理言命・社会構成¥Jアプローチと関連があり,社会構 築.1義を酷紺1堺†景とする7.ナラティブ・アプローチに関する先駆者には,ヴィヴィアン・バー(1997),
ジム・ランズ(1996),バトリシア・ケリー(1996),ロバート・ブランド&ロバータ・R.グリーン
(2006),ホワイト&エプストン(1990)らがおり,わが国に目を移せば,野口(1995),木原(2㎜)
らのり頗が顕箸である.筆者は,木原が指摘するナラティブ・アプローチの新たな可能性のうち,「物語とし ての自己のぼ袴築1「ドミナント・ストーリーとオルターナティブ・ストーリーの循環」「適用範囲の拡大に よるソーシャルアクションfxU)志向」という理路に注目している.佐藤(2001: 495)は,社会構成的アプロ ーチ(soc ia1 constivction approach)とiよ現実が社会的に構成されるものであって,ことばが世界を作る,
という思馴細みで,それらσ清景や,言語の意味の批判的分析を重視する接近法である,としている.
このような検討を踏まえて,本論ではナラティブ・アプローチを次のように規定しておく.
ナラティブ・アプローチとは,ソーシャルワークのアプローチであり,認知理論・構築主義・
物語理論・社会構成的アプローチを継承した,哲学的相対主義認識論である社会構成主義をメタ 理論とする対象への接近方法と理論(実践モデル)であるJナラティブ・アプローチは,人間が 複雑で多面性一文化的感性・ジェンダー・社会的経済的文脈など一をもち,その人固有の世界観 を形成していると認識し,現実が社会的に構成されるものであってtことばが世界を作る,とい う思考枠組みをもつ.したがって,ナラティブ・アプローチは,対象がいるところから出発する というソーシャルワークのアセスメント原理を支持し,検討される問題群は対象とその媒体(環 境)に関連する側面との相互な「揺らぎ」であるととらえ,そのあり方に耳を傾ける,
ナラティブ・アプローチにいう専門的な援助関係は,[学ぶ者=ワーカー][教える者=クライエ ント]であり,ワーカーはクライエントがよりいっそう探求することを促すような「無知」の姿勢 を示し,ワーカーの役割は,傾聴 疑念の表現・反省的な質問をすることによる,クライエント とストーリーを共同で創造することである.ナラティブ・アプローチの展開過程は,ワーカーと クライエント間の密接な共同作業であり, 「物語としての自己の再構築」 「ドミナント・ストー リーとオルターナティブ・ストーリーの循環」 「適用範囲の拡大によるソーシャルアクションへ の志向」という理路がある.
ナラティブ・アプローチの目標は,①対象が自らの人生を構成するストーリーを理解すること,
②そのストーリーを広げ変化させること,③真実となりうる対象の人生の別な側面を見つけ出す よう援助すること,④①〜③を通して作り出された新たな物語を,創造された価値として,ソー シャルアクションを起こし,新たな社会を創造することである.
③配偶子提供子(Children Born through Donor Insemination)
先にもみてきたように非配偶者間人1授精で生れた子のうち,精子提供で生れた子のことをさす.
なお,本論「II.先行研究調査」で詳述するように人工生殖の歴史・進展に伴い, ARTの種類や技 術が多様化しており,かつ,関連科学領域により表記の仕方と若干の意味が異なることがある.あ
くまでも本論においては,[配偶子提供子=Dl児とDI者を含む]として用いることとする.
④人権(Human Rights)
人権という用語は,慎重に検討され,吟味して使用されなければならないと考える.そこで以下 では,[人権]にかかる法律学並びに社会福祉学の議論を踏まえて,本論における[人権]の射程を明 らかにしていく.
ア)「人権」に関する諸説
芦部(1994)は「人権(human rights)」とは第1次世界大戦後, 「人間の権利」 「自然権」とい う言葉に代って登場した,すべての人の生来の権利であり,伝統的・古典的な市民的・政治的権利 だけでなく,経済的・社会的権利をも含む広い概念であると述べている.中川(1991)は,人権を「変 化しない人権」と「変化する人権」に区分し, 「変化しない人権」は実体的な権利ではなく市民的自 由のイデオロギーの宣言であるとし, 「基本的人権」が永久不可侵であるというのは「事実(〜で ある)」ではなくて「当為(〜であるべし)」を語るものであるからだとしている.奥平(1993)は,
「人権」とは哲学的,倫理的,道徳的なi三張として登場し,法律学だけでなく道徳哲学,政治哲学,
法哲学の重要なテーマの1つであり,世界人権宣言にも採用された,国際法上も実定法的な用語で あると述べている.例えば加藤i(2005)は,ヘーゲル観念論に依拠して「人間の本質は主体性を持つこ とだ]と規定し,齋藤(2008)はコモン・ロー諸国における憲法解釈の法源としての人権条約の取り扱 われ方に危慎を呈している、
佐藤(1995)は,「人権」とは「普遍的な道徳的権利」であり,国家の承認をまってはじめて存在 する権利ではなく, 「自然権」であるという.また樋口(1996)は, 「人権,イコール国家からの自 由」を意味するとし,実定法上の仕組みとして「人権」が語られるときの主題は嘔家からの自由」
であると述べている.そして辻村(2000)は,人権の完全無欠な論証は困難であり,人間の尊厳や人 間主義を基礎にして, 「人権」を人間の尊厳に基づく価値としてとらえておくことが妥当であろう
と結論付けている.
イ)「人権と権利」に関する諸説
佐藤(1995)は「人権」という場合に, 「背景的・法的・具体的権利」の明確化と展開の方向,変 化が・五要であるという.また奥平(1993)は,本来自然権的性格を持っ「基本的人権」と実定法的権 利としての「憲法が保障する権利」とを区別し, 「権利」とは「法規」によって承認され,客観と i三観との両方のコンセプトとして,個人にとってそれ自体が目的であると同時に,客観的には「制 度」が「よき制度」であるために必要不可欠な公共性を担うコンセプトであると述べている.
ウ)「憲法が保障する権利としての基本権」にかかる諸説
憲法13条にいう「幸福追求権」の解釈において佐藤(1995)は通説を支持し,「幸福追求権」は「個 人の尊厳」原理と結びっいて,人格的自律の存在として自己を主張し, 「権利イコール自由」を包 摂する包括的な1:観的権利であると解している.辻村(2000)は,憲法13条前段を「個人主義の原理」
の規定だとし,個人一}三義の原理とは「人間社会における価値の根源が個人にあるとし,何にもまさ って個人を尊iEしようとする原理」であると説明する.
辻村(2000)は,自然権と人権とは,普遍性・不{i∫譲性(」}三消滅性)・政府からの独立性という点 で共通性を有し,自然権の絶対性・超歴史性という性格が人権と異なり,人権には「より強い権利
によって乗り越えられること」や「新しい人権の胎動可能性」が措定されているとする.また,自 然人の権利としての人権の享有は,出生とともに始まり,死亡によって終了すると考えられ,人権 の始期と終期の理解は,人権ないし権利の観念のとらえ方に依拠し,意思や自律の観念を中核とし て人権をとらえ,人格的自律の程度を基準にする立場では,胎児や死者の人権は認められない.そ の・方で,国家の基本権保護義務・人間の尊厳や利益を中心に捉える場合には,これを肯定する余 地が生じるとするのである.そして辻村は,未成年者(子ども)が,人間である以上当然に人権の Ll体であることはいうまでもないとし,ただ,未だ成長段階にある存在であるために,その能力等 に関して一定の制限が加えられ,国家や公権力の介入によって過度な保護主義(パターナリズム)
が認められる.理論止二,r一どもないし未成年者の権利の実現は,その自立と成長の過程で必要な条 件を整備し,阻害要因を除去することによってなされるべきであるとしている.
エ)「輔li追求権」に内包する人格的自由に関する諸説
佐藤(1995)は, 障福追求権」の内実である人格的利益には,その対象法益に応じて①生命・身 体の自由,②精神活動の自由,③経済活動の自由,④人格価値そのものにまつわる権利,⑤人格的 自律権(自己決定権),⑥適正な手続的処遇をうける権利,⑦参政権的権利,⑧社会権的権利など を類型化することができると述べている.また佐藤(1995)は,人格的自律権,イコール自己決定権 といえ,嘩福追求権」の一一部を構成しているという.渋谷(2004)は憲法13条後段が①人格権,② 自己決定権をさし,「プライバシー権,イコール自己情報コントロール権」であるとする、自己情 報コントロール権は「知る権利」を構成し,この権利は「表現の自由(権利)」と表裏をなす.
辻村(2000)は,表現の自由とは「干渉を受けることなく自己の意見をもつ自由」と「情報及び 思想を求め,受け,及び伝える自由を含む」ものと解され,情報を求める権利としての「知る権利」
や,情報に積極的にアクセスする権利(アクセス権)などが主張されると述べている.また奥平(1993)
は,表現の自由とは,それを通じて政治過程に参加する意味合い,すなわち参政権的な性格を有す
るとした.
オ)社会福祉学における諸説
U本国憲法に規定される人権について高野(1977)は, 「国民は1 「何人も」という主語で表され ているように,人権の享有の主体となる人の範囲について示唆されたものであると解釈した.橋本
(1991:正3)は,人権とは「人間として生きる権利である」とし, 「権利」はルールの形成を通して 社会的事実となるとした.自己決定(self−determination)・参加(participation)・権限の強化
(emp・werment)を社会福祉における幅祉権」と位置づけた河野(1993:30)は,自己決定の原理に① 要援護者像の変化,②社会資源・政策手法レベルでの供給システムの多元化,③思想レベルの変化 を見出している.
グローバリゼーションの潮流の中で,ソーシャルワークにおける人権を,IFSWによる人権に関する 政策から検討してみると,20世紀末,新しいソーシャルワークの定義が採択され,それに伴い国際 社会福祉協議会や国際社会福祉学校連盟との連携が重視された.それらの協働によるソーシャルワー クの倫理と人権の声明が採択され,「環境」に関する新たな認識も示された.それと同時に,国連や アムネスティ・インターナショナルとの連携が強まる.その後,ソーシャルワークの焦点はグローバ ル化から地域化へと移行し,災害や貧困の問題に注目が集まっている.これらを受けて,2010年に向 けて,人権に関する声明とソーシャルワークの倫理原則並びにソーシャルワークの定義を一体的統一 的なものとするために準備が始められ,より一層ソーシャルワークのビジョンとミッションを明確に していく動きが強められている.その焦点に「コミュニティの開発、人権の再確認、健康の再考」が あり,地域におけるストレングス視座が課題とされている.
カ)本論の「人権」の射程
以ヒの検討を踏まえて,本論では「人権」のカタログをBZ 1−1のように整理しておくこととする、
表1−1の整理は,次に紹介する辻村・鷲江・河野らの見解を参照した.
表1−i本論における「人権」の整理 自由に対応する市民的
ィよび政治的権利
平等に対応する経済的,
ミ会的,文化的権利
友愛に対応する連帯,未来世代への継 ウに関する権利
思想・良心および宗教の ゥ由
経済的,社会的及び文化 I権利
共通遺産の共有権 平和に対する権
意見・表現の自由 生活保障の権利 自決権 環境権
結社の自山 労働権 自己情報管理権 発展の権利
身体の目山 教育を受ける権利 暴力に晒されない 移動の自由
人道主義的災害 助の権利
財産権の自由 コミュニティ開発権(居住権・共生権)
権利の平等 連合市民権
関連文書
世界人権宣言2条〜21 国際人権規約B規約「市@民的及び政治的権利
@に関する国際規約」
世界人権宣言22条〜27条 総ロ人権規約A規約「経
@済的,社会的及び文化
@的権利に関する国際規
@約」
マーストリヒト条約8条 Aムステルダム条約
潟Xボン条約 撃eSWの政策文書
辻村(2002)は,21世紀の「人権」問題には①「人権」の概念にかかる問題②「人」と「市民」
の権利の区分の問題③「人権」の主体をめぐる問題④「人権1の基本原理・指導原理の問題 が残存しているという.その視点として辻村は,マーストリヒト条約やアムステルダム条約に注目
し,地球規模の,地球市民による,デモクラシーを展望している.鷲江(2009;56)は,リスボン条 約がEU市民権や経済的および社会的権利に類される諸権利,生命倫理や児童の権利,障害者差別 の撤廃個人情報の保護,環境保護、消費者保護などの保護すべき人権の中身を明瞭にカタログ化 したとしている.河野(2007;280)は,表仁1で示したような人権の類型は相対的なもので,例えば
「知る権利」は,自由権と社会権の性格を有し,憲法11条及び13条には,個人の尊重と生命,自 由及び・ε福追求に対する国民の権利という包括的な人権が保障されていると解している.
このような視点を加味し,本論の「人権」にかかる射程を次のように規定する.
「人権」とは,人がただ人間であるということのみに基づいて当然に持っている自然権であり,
国家という権力からの自由さを獲得することをめざして,人が「人権」を宣言することで成立す る観念であり, 「理念的権利」と同義である.「権利」とは,法規によって保障される客観様式 であり,これを前提とする主観様式も内包する. 「憲法が保障する権利」とはt日本国憲法に法 規として明記された実定法的権利である.
「個人の尊厳」と「人格の尊厳」とは同義であり,不可変更性という特徴を有する観念である.
幸福追求権は「個人の尊厳」と結びつき,自己決定を内包する.幸福追求権に内包される「人 格権」とは,人間という理由だけから他者から敬意をもって接してもらえる資格があるという人 権であり,憲法が保障する権利としての人格権には「プライバシー権」が含まれ,「プライバシ ー権」と「自己情報コントロール権」は同義である.
権,②情報の開示を請求する権利,③情報の公開,あるいは情報の流通を確保する権利が担保さ れなければならない.「表現の自由」とは,個人が人格の発展のために,自分が今どのような状 況の中におかれているのかを,誰からも妨げられずに知り,自己決定の過程に参加する意味合い を含む.この意味において,「表現の自由」は「知る権利」を内包し,上記の①〜③の権利が構 成されることで成立する.
ソーシャルワークにおける人権とは,人が人間として生きる権利をさす.ソーシャルワークが 希求する人権は,暴力や貧困と対峙し,国家間の対立を超えて,すべての国で,人々の解放ある いは自由の獲得が実現することで担保される.
⑤権禾1」擁誕套 (Right Protection/Advocacy)
IFSW(2006:http)は,ソーシャルワー一クの1世紀にわたる歴史の中で,子どもの人権,とりわけ r一どものPr・tc,ction(保護)に関するソーシャルワーク実践が後退したのではないかという危惧を 示し,2005年11月にオランダ・アムステルダムで, 100years of child pr・tection と題する
専門家会議を開催した、この会議の目的は,完全に子どもを保護するための権利の実現と,その実 現に向けた専:門家の実践を鼓舞し,実践のための法則並びに原則を導き,その公式化を図ることで あるとされた.また,会議iのテーマは Child protection by means of mandatory interventions
とされ,r・どもへの義務的な保護的介入とケア・サービスのあり方について,青少年の非行問題や ケア・サービスの構造と多文化性の理解が議論されている.
このようなIFSWの専門家会議におけるprotectionという用語の使用法を参照すると,ソーシャ ルワークの対象を「r一ども」と限定的にとらえた場合,人権を擁護する対象への中核をなすソーシ ャルワーク実践が Protection であることはいうまでもない.しかしながら,本論では上記で示 してきたとおり,1)1児とDI者を配偶子提供子と定義し,本論を構成する対象はほとんどの場合,
DI者である.したがって, DI者を Protection する対象としてとらえるとともに, DI者を自ら の物語を語ることができる対象としてとらえる Advocacy に比重をおき,権利擁i護という用語 を Proteetion/Advocacy ととらえておく.以下 Advocacy について検討する.
アドボカシーに関する論者として,定藤(1985)・白澤(2006)北野(2008)・小西(2007)・高橋(2007)
や1.1本社会福祉}:会(2009:22)の見解を参照し,本論では「権利擁i護(Right Protection/Advocacy)」
を次のように規定しておく.
権利擁護とは,個人並びにシステムに働きかける専門的援助技術である.具体的には①人権救 済②代弁,③調整④行動を起こす,⑤変化を増進させる,⑥エンパワメント/ストレングス などの機能である.この機能は,ソーシャルワーカーが専門職として,支援対象をアセスメント し,ストレングスを見立て,プランニングし,エンパワメントと連動させるという展開過程を経 ることによって効果が向上する,ソーシャルワークの価値として発動されるものである.
したがって,本論でいう権利擁護とは,Dl者が被っているかもしれない,人権の侵害から, Dl 者を決して傷つけないというプロテクションという立場のもと,Dl者の意志あるいは物語を擁護 する専門的援助技術を展開させることである.そこではt援助の対象者の人権あるいは権利性(理 念的権利)と,ソーシャルワーク実践が結びつき,ソーシャルワークの価値として発動される「人 権の尊重と社会正義」の両立が希求され,最終的にはすべての国の人々の解放と自由(法的権利)
の獲得が実現されることがめざされる.
⑥ストレングス(Strength)
エンパワメントとストレングスは混同されがちな曖昧さの中で,わが国においては浸透した側面 がある.エンパワメントにかかる代表的な論者として小松(1995)・久保(1995,2007)・野口(1995)・
北野(1995)・石渡(1997)・白澤(2007)らがおり,佐藤(2007)は,エンパワメント・アプロ ーチとストレングス・アプローチを対比した考察を行っている.
翻って,ストレングスとは,1980年代の終わりから90年代のはじめに登場してきた概念である と紹介した小松(1996二46)は,その基本的な視点はリッチモンド(1922)やレイノルズ(1951)に見出 せるとし,①ストレングス支援に基づく実践は「対話」 「発見」 「進展」の3局面から構成され,
②「間題もしくは病理中心」から「挑戦(課題)もしくはストレングス中心」へ,さらに「解決中心」
へと転換がなされ,③クライエントの文化的基盤に即してストレングスを理解し,活性化していく ことが重要視されるとしている.
狭間(1999:4)は,アメリカのソーシャルワークにおける社会構成主義からストレングス視点へ の展開を整理し,ストレングス視点の特徴と社会構成主義との関連を「変化の可能性」 「主観的世
界(意味)の理解」 「意図・願望の重視」 「協働的関係」 「社会性」とまとめている.
木原(2004:12)は,パワー(権力)の問題に着目し,強者と弱者の対峙の前で,ソーシャルワーク が「健康で正常な理想像」を糸佳持すること,対峙するパワーの構造を是IEするにはクライエントの
「語り」を言語化し,語られないストーリーを語ってもらう必要があるという.木原(2007:614)
は,ストレングスがポストモダンを理論的背景とし,パワーに関する関心を内包し,クライエント の文化的基盤に留意したアプローチであるとし,その意味で,ストレングス・アプローチは,エン パワメントの視座を発展させていると指摘する.ストレングス・アプローチは,人間の変化,すな わち「物語」の変化を長所とみなしているのである.したがって,本論でのストレングスを次のよ
うに定義しておく.
エンパワメント・アプローチは,セルフヘルプにルーツを見出せる,抑圧されている個人・グ ループあるいはコミュニティが求めているニーズを満たす,統合的で全人的なアプローチである.
この理論は,エコロジカルな視点に立ち, 「抑圧」を個人やコミュニティに影響する構造的に形 成された現象であるととらえ, 「救済ではなく解放」という実践を強調する.また,抑圧からの 「解放」と{よ個人やコミュニティが自分自身の環境をコントロールできるようになることであ り,パワーが獲得されることを通じて変革を進めようとする.
ストレングス・アプローチとは,エンパワメント・アプローチを発展させ,ポストモダンの系 譜一認識論t物語理論,社会構成主義アプローチに位置する理論である.人間とは,いかなる現象 形態の中においても,成長・変化・学習する能力があるという人間観に支えられている.その人 間観をもって,利用者の①支援を必要とする人のもつ力・可能性を信じ,②その力を引き出すた めに,強さ・長所・魅力などに着目し,③利用者と援助者のパートナーシップを尊重し,④「地 域」を「社会資源の宝庫」として重視し,⑤地域ケアの重要性を認識した理論である.また,ス トレングスは,利用者の「長所・強さ」 「能力・意欲・嗜好等」を活用し,利用者の能力に着目 したアセスメント並びにケアが,結果としての利用者のQOLの向上につながると仮定している.
5.本論の構成
本論は,上記のような研究課題を実証していくために,全6章で構成している.
第一「1.はじめに」において本論の全体像を鳥敵し,本論の背景と意義,研究で使用する 用語とその概念,研究枠組みやソーシャルワーク学における位置づけ並びに社会的学的貢献に ついて言及した.
続く 「rl・.先行研究調査」では,配偶子提供子が誕生した時代に歴史を遡り,生殖科学で誕 生した配偶子提供子が社会的にどのように認識されてきたのかを明らかにしながら,DI者の出 自を知る権利が登場するまでの時代を手繰り寄せた.また,DI者の出自を知る権利が登場する 時代の探索においては,わが国の議論のみでなく,諸外国の議論を本論の射程におくことにし た.さらにDI者の出自を知る権利が登場することにより,ソーシャルワーク学にいう対象への 権利擁護が展開できる可能性が示され,その示唆に乗じて何を擁護するのかを探求し,当事者 へのアプローチを模索した.
第三に「m.研究の方法」では,調査の対象やデータの収集方法,調査の枠組みと調査項目 の策定,データ入力とデータ・クリーニング手法,分析の方法など研究方法を明確にした.
第四に「IV.1)1者の苦悩とは何か」では,第1・第2調査の結果をまとめ, DI者の苦悩に関 する,本論における結論を規定している.
そして,第五に「V.DI者の解放のための理路の構築」として,5つの調査から得た結果を もとに,1)1者の権利を擁護するための考察を行っている.
第六に「W.結論」では,DI者が求める人権としての権利を擁護することに関する考察,と りわけDI者のナラティブの再構築に対してソーシャルワークが果たす役割を吟味し, DI者の 解放の理路を明らかにしていく,次の研究への課題を提示している. d
このような論文構成は,図卜1のような研究枠組み整理に基づき展開しているものである.
すなわち,本章で展開してきたように,本論がソーシャルワーク学における研究論文であるこ とに鑑み,学問上の基盤であるソーシャルワーク学について吟味し,研究の射程を明確にする ことに努めた.その上で,本論の研究対象をDI者とし,これまでソーシャルワーク学で対象と 認知されてこなかった対象への接近を,ソーシャルワークでいかに行い,その妥当性を理路と
して構築するのかを考察していくこととした.このことは見方を変えると,ソーシャルワーク を標榜する実践者や研究者が,当事者から新たな洞察を得ることにより,ソーシャルワーク並 びにその学における対象が拡大し,それに即した対象論とアプローチが必要になるという議論 を提示することも企図したものである.
本論の体系とは,図仁1で示した「課題への洞察一仮説の生成一実証目標一仮説の実証一実 証目標への到達」というプロセスとその循環・広がりを経て,特定領域における汎用化・普遍 化させられる理路を構築し,ソーシャルワークの理論として提示された構造とシステムである
と考える.
ソーシャルワーク学の体系の中で,本論の位置は,人類がはじめて直面する新しいニーズを 持って当事者となった者への支援論であり,DI者が求める新たな人権を,理念的権利として擁 護するところから出発する,ソーシャルワークの実践理論を構築していく研究である.
本論の成果は,今後の科学技術が生み出す,新しい人間の苦悩,DI者と類似した構造を有す るニーズ,あるいは同質の苦悩を有する者へのソーシャルワーク・アプローチとして汎用性,
普遍性あるいは再現性のある研究成果を示唆できたことにあると考える.
今後の研究課題と展望は「W・結論」で詳述することとしたい.
(注)
1才村眞理・宮嶋淳(2002. 7.26.)「生殖補助医療に伴う子どもの権利擁護とソーシャルワーク」
第16回 厚生科学審議会生殖補助医療部会
2才村眞理・宮嶋淳(2002.10.)「生殖補助医療に伴う子どもの権利擁護とソーシャルワークシ ステムの必要性に関する質的研究」日本社会福祉学会第50回記念全国大会報告要旨集,442 3この感覚については横山(2008)による研究成果がある.
4例えば,秋山(1983)はクライエントの問題が社会適用外の相互作用を抜きに考えられない と指摘し,人と社会の相互作用に働きかえる「統合ソーシャルワーク」の構想を論じている.
「)本論は,帝塚山大学才村眞理教授と筆者が共同で取り組んできた複数年にわたる研究の成果 を土台としており,才村教授の研究の一部を含めて「唯一」と称した.
b人工授精に関する最高裁判決(06.09.・04.)は,凍結保存された男性の精子を用いて当該男性 の死亡後に行われた人工生殖により女性が懐胎し出産した子と当該男性との間における法律 上の親子関係の形成は認められないとした.
7千田(2001:2)によれば,社会構築主義はいくつかの類似語と混同されて使われてきており,それを 言語レベルで区別しておく必要があるとする.すなわち,「構築主義(construetionism)」と「構成 主義(constructivism)」と「社会構築主義(social constructionism)」とである.