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密教研究 Vol. 1928 No. 29 002大山 公淳「進流魚山集の刊行とその得失 (一) P35-65」

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大 山 公 淳 は し が 蓉 本 文 は 本 誌 第 廿 四・ 五 の 爾 號 に 於 い て 腰 表 し 嚢 る ﹁聲 明 浩 革 史 小 観 ﹂ の 中 に 入 る べ き 項 目 と す。 然 し て 今 は 前 論 丈 第 + 三 鮪 に 出 す 斯 な 根 擦 と し て、 そ れ に 増 補 し、 更 に か く の 如 き 魚 山 集 は 如 何 に 刊 行 さ れ 來 つ れ か、 各 魚 山 集 の 得 失 等 を 考 へ て み れ い と 患 ふて 此 の 稿 な 起 す こ と ゝ し だ。 勿 論 此 麗 に 魚 山 集 と い ふ は ﹁ 魚 山 藍 芥 集 ﹂ の こ と で あ る。 一、 魚 山 集 の 刊 行 長 恵 師 が 明 懸 五 年 三 十 九 歳 の 時 ﹁ 魚 山 螢 芥 集 ﹂ 上 中 下 三 懇 を 撰 し、 後 永 正 十 四 年 に こ れ を 再 稜 し だ こ と は ﹁ 聲 明 沿 革 史 小 観 ﹂ 第 十 三 項 に 記 し た 如 く で あ る。 一 度 び 聲 明 本 が ﹁ 魚 山 董 芥 集 ﹂ と し て 一 定 の 形 式 に 編 纂 さ る、 や 次 第 に そ の 本 が 刊 行 さ れ る や う に な つ た。 記 録 に よ る に 刊 本 ﹁ 明 慮 魚 山 ﹂ が あ り、 天 文 年 間 の ﹁ 天 文 魚 山 ﹂ が あ る こ と に な つ て ゐ る。 (聲 明 大 意 略 願 丈 解 ) 天 文 元 年 は 明 鷹 五 年 を 去 る 三 十 六 年 長 惑 師 の 再 校 を 成 せ し 永 正 十 四 年 を 去 る 十 五 年 で あ る。 高 野 山 内 親 王 院 に は 次 の 如 き 聲 明 本 が 現 存 し て ゐ る。 表 題 ・ 内 題 共 に 欠、 横 綴 次 第 形 の 本 濫 流 魚 山 集 の 刊 行 と そ の 得 失 三 五

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進 流 魚 画 集 の 刊 行 と そ の 得 失 三 六 奥 に 右 板 開 者 於 高 野 山 往 生 院 藝 州 嚴 島 佳 良 舜 開 置 之 畢 干 時 天 文 十 二 月 骨 一 日、 金 剛 峯 寺 交 珠 院 藏 板 ﹁ 聲 明 大 意 略 顛 交 解 ﹂ 著 渚 の 見 た る ﹁ 天 文 魚 山 ﹂ は、 右 の 天 文 十 年 開 版 の 聲 明 集 な り し や 否 や、 今 だ し か め 難 き を 残 念 と す。 天 文 十 年 の 後 二 十 年 を 経 て 元 竈 元 年 に 復 聲 明 集 が 刊 行 さ れ 陀、 表 題 ・内 題 共 に 欠、 奥 に は 一兀 轟 元 ・年 庚 午 二 月 十 六 日 於 南 山 一染 筆 謄 訟 書 右 板 開 者 於 高 野 由 開 置 之 畢 と あ る。 猶 交 明 十 年 刊 行 の 聲 明 集 が 存 す る。 こ は 明 懸 五 年 を 去 る 十 入 年 以 前 の も の で あ つ て、 甚 だ 珍 本 と 思 は る、 奥 に は 次 の 如 く 記 す。 (京 都 帝 國 大 學 藏 ) 箪 者 龍 然 博 士 成 秀 爲 重 實 眞 仙 頓 誇 菩 提 開 此 印 板 大 願 圭 忠 義 文 明 十 ・年 六 月 廿 一 日

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徳 川 時 代 と な り て は す べ て の 文 運 復 興 と 共 に、 聲 明 の 如 き も 大 い に 研 究 さ れ、 聲 明 本 の 刊 行 も し き り に 行 は れ る 縛 う に な つ た。 ﹁ 魚 山 集 ﹂ の 名 に よ つ て 刊 行 さ れ た る も の と し て は、 三 代 家 光 の 頃、 正 保 三 年 に 先 づ 第 U 本 が 出 た。 こ れ を ﹁ 正 保 魚 山 ﹂ と い ふ。 ﹁ 姑 洗 日 ﹂ と あ る か ら 三 月 に 刊 行 さ れ 淀 も の ら し い。 版 元 は 西 田 勝 兵 衛 尉 ( 寛 保 本 記 載、 予 の 手 許 に あ る 本 は 後 を 失 し て 不 詳 ) 後 此 の 本 は 再 刻 さ れ て ゐ る。 此 の 正 保 三 年 よ り 三 年 を 纏 て ﹁ 慶 安 二 巳 丑 暦 孟 春 舌 辰 ﹂ に 一 本 が 刊 行 さ れ だ。 こ れ を ﹁ 慶 安 版 魚 山 ﹂ と す。 中 野 小 左 衛 門 刊 行。 此 の 正 保 ・慶 安 の 二 本 は 次 下 第 六 な る 寛 保 本 の 原 本 を な す も の に し て、 南 山 系 聲 明 家 の 珍 重 す る 所 な る も、 螢 行 部 数 の 僅 少 な り し 爲 め か、 刊 行 以 豪 既 に 二 百 七 八 十 年 を 経 て ゐ る の で、 そ の 間 に 漸 次 失 は れ だ も の か、 現 存 す る も の が 頗 る 少 い。 然 し て 正 保 版 は 永 正 十 一 年 長 恵 師 五 十 七 歳 の 時 に 残 さ れ た 本 を 原 本 と し て 作 り、 慶 安 版 も 亦 直 接 こ れ に よ つ て 刊 行 し た も の、 や う で あ る。 こ れ ら 爾 本 の 内 容 の 一 端 は 次 項 に 於 い て 誌 す こ と ゝ す。 今 は 唯 爾 者 の 原 本 を 黙 槍 す る の み。 第 三 は 天 和 の 魚 山 に し て、 こ れ に 二 本 あ り、 一 は 同 二 年 の 刊 と す。 奥 書 に は □ 考 校 律 呂 鮎 布 四 聲 再 入 梓 伏 翼 法 音 清 雅 時 壬 戊 多 有 良 辰 湖 牝 僧 頼 仁 村 上 勘 兵 衛 雛 刻 と あ る。 進 流 焦 山 集 の 刊 行 と そ の 得 失 三 七

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進 流 魚, 山 集 の 刊 行 と そ の 得 失 三 八 頼 仁 は 正 保 ・ 慶 安 の 頃、 智 山 聲 明 中 興 の 大 徳 と し て 幕 へ ら れ た 專 昔 房 初 名 仙 音 頼 正 の 資 に し て 江 州 海 津 の 寳 瞳 院 に 寓 し て ゐ た。 然 し 此 の 本 の 原 版 木 は 同 年 夏 七 月 智 山 の 方 丈 炎 上 の 時 に 嶢 失 し 泥。 そ こ で 璽 三 年 多 十 二 月 に 再 び 離 刻 し だ。 こ れ を 天 和 の 第 二 本 と す。 第 四 は 貞 享 魚 山 に し て、 そ の 奥 書 は、 前 の 天 和 二 年 本 の 文 に 次 い で 右 以 六 波 羅 密 寺 宗 識 房 御 本 文 字 博 士 等 再 改 之 貞 享 一、 乞 丑 冬 十 二 月 一 日 武 州 英 長 村 上 勘 兵 衛 離 刻 と あ る。 天 和 二 年 本 の 後 三 年 に し て 出 さ れ た。 こ は 智 山 の 上 座 俊 忍 房 英 長 が、 そ の 先 輩 に し て 智 山 聲 明 興 隆 の 大 功 勢 者 な る 東 山 六 波 羅 密 寺 慶 宜 和 荷 の 校 本 に 依 つ て、 前 の 天 和 魚 山 に 綾 訂 を 沸 へ て 刊 行 し た る も の に し て、 英 長 は 武 州 百 間 西 光 院 の 第 十 二 撮 と な り た る 入、 諦 経 導 師 法 恥. 四 坐 式 等 を 再 版 し ﹁ 陀。 第 五 は 正 徳 魚 山 に し て、 そ の 奥 に は 天 和 二 と 貞 享 二 年 と の 奥 書 を 認 し て 次 に, 正 徳 元 年 辛 卯 臓 月 吉 旦 銅 駝 坊 書 難 李 樂 寺 村 上 勘 兵 衛 と 記 す。 智 山 の 上 座 曾 辮 房 鏡 寛 が 前 の 貞 享 本 を 改 梓 し だ る も の と す。 貞 享 二 年 版 の 後 二 十 六 年 を 経 て 刊 行 さ れ た も の で あ る。 墾 考 の 爲 め 後 顕 を 出 せ ぱ、 夫 梵 唄 者 有 二 自 然 之 音 響 節 族 植而 不 ゾ 能 レ 已 者 也 協 二 律 呂 鱒而 唱 レ 之 期 諸 佛 必 有 レ作 二威 癒 適 挽 之 思 酬焉 故 先

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ニ 畳 至 二干 繊 毫 之 博 士 一盤 レ美 夷 又 鑑 レ 善 也 而 錐 レ 倉 レ 壽 レ 梓 遣 二 歳 月 之 久 一 期 漫 滅 之 失 不 レ 爲 レ 不 レ 多 故 就 加 二 是 正 一間 亦 承 二 我 師 之 豪 簿 齢探 二 諸 名 師 之 環 藻 一而 補 二 芭 之 一云 レ 爾 正 徳 元 稔 歳 次 辛 卯 臓 月 穀 旦 武 州 鴻 巣 正 法 院 奪 龍 弟 子 鏡 寛 践 以 上 の 第 三 ・ 四 ・ 五 は 智 山 の 聲 明 集 と し て 用 ゐ ら れ、 南 山 進 流 で は 他 調 を 交 ゆ る も の と し て 多 く 用 ゐ な い。 天 和 二 年 本 は 前 述 の 如 き 事 情 に て 現 存 す る も の が 少 な い。 智 山 本 と し て 最 も 多 く 見 る は 貞 亨 版 と す 然 し て 正 徳 版 は 貞 享 本 を 原 本 と し、 貞 享 本 は 天 和 二 年 本 を も つ て 本 と し て ゐ る こ と は、 夫 れ 夫 れ の 奥 書 に よ つ て 知 ら れ る。 第 六 は 寛 保 本 に し て、 ﹁ 南 山 進 流 寛 保 再 版 ﹂ の 入 字 を 表 題 に 冠 す。 繭 の 正 保 三 年 西 田 勝 兵 衛 尉 の 本 を 台 本 と し、 そ れ を 寛 保 三 年 癸 亥 七 月 に 重 訂 し て、 輕 師 八 左 衛 門 が 高 野 山 に て 校 刻 し た 本 で あ る。 跳 の 本 に は 高 野 山 に 於 け る 當 代 随 一 の 故 實 者 (故 實 に 通 じ た る 人 ) 成 蓮 院 眞 源 師 の 序 と、 第 酬 の 聲 明 家 普 門 院 理 峯 師 の 践 文 が 載 せ ら れ て ゐ る。 次 に 眞 源 師 の 序 の 一 節 を 和 讃 し て 出 す に、 ( 前 略 )、 進 流 の 墨 譜 古 今 同 じ か ら す、 叉 分 て 東 南。 豊 謹 の 二 家 と す。 其 の 畳 謹 院 の 流 に て、 五 音 の 譜 を 黙 す る も の に 正 保 慶 安 の 二 刻 あ う、 壷 に 皆 長 恵 の 集 録 す る 所 と 同 本 と す。 天 和 の 印 本 出 つ る に 及 び て 間 々 他 調 を 雑 え、 後 貞 享 の 新 刻 あ り、 多 く 所 傳 を 失 し、 却 つ て 誰 輔 を 重 ぬ。 (中 略 )、 是 故 に 今 進 流 魚 幽 集 の 刊 行 と そ の 得 失 三 九

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進 流 魚 山 集 の 刊 行 と そ の 得 失 四 〇 長 恵 の 眞 蹟 並 に 相 承 の 古 記 に 依 り、 再 び 正 保 の 印 本 を 校 し て 以 つ て こ れ を 畿 に 行 ふ ( 後 略 )。 と、 此 慮 に 進 流 と い ふ は 既 に 知 ら る、 如 く、 高 野 山 に 傳 ふ る 大 進 上 人 一 派 の も の を 指 す。 然 し て 高 野 山 の 學 徒 が 天 和 ・ 貞 享 等 の 本 を 嫌 つ た 意 趣 は 今 の 文 に よ つ て 朋 了 に 知 ら る べ く 噛 正 保 の 刊 本 を 原 本 と し 詑 こ と も 了 解 さ れ る で あ ら う。 理 峯 師 の 蹟 に は、 長 恵 の 集 成 る に 至 り て 諸 家 の 芳 順 古 今 の 難 愛 / 観 に し て 遺 す こ と な し、 然 る に 頃 ろ 猶 且 つ 原 を 知 ら ざ る も の あ り、 漫 り に 取 捨 を 致 し、 翻 刻 を し ば ぐ 礎 し、 高 租 の 遺 響 殆 ん ざ 沈 滅 せ ん と す。 幸 に 古 記 を 讃 む 着 あ り、 原 本 を 校 し て 其 奮 調 に 復 せ ん と す。 乃 ち 綾 本 を 携 へ、 楽 つ て 余 に 示 す。 余 周 覧 す る に 隙 っ て 爵暑 ぶ 云 云。 の 句 が あ る。 こ れ に よ つ て、 南 山 聲 明 史 上 に 於 け る 寛 保 版 の 位 概 が 決 定 さ れ る こ と、 な つ た。 第 七 は 天 保 版 の 本 に し て、 題 し て ﹁ 聾 明 正 律 ﹂ と い ふ。 葦 原 寂 照 師 の ﹁ 聲 朋 大 意 略 頚 文 解 ﹂ 二 十 六 紙 左 以 下 の 諸 魚 曲 目 録 中 に も 出 さヾ る 所 の も の、 表 紙 見 返 へ し に ﹁ 聲 明 正 律 ﹂ と い ふ 四 字 を 中 央 に、 ﹁ 天 保 五 年 春 三 月 上 梓 ﹂ を 右、 ﹁ 金 剛 峯 寺 報 恩 院 藏 版 ﹂ の 文 字 を 左 に し て、 三 行 に 刻 し て ゐ る。 首 に 蕊 善 の 序 あ り ﹁ 文 政 二 年 巳 卵 三 月 南 山 報 恩 院 離 善 ( 判 ご と あ る か ら、 文 政 二 年 の 頃 に 記 さ れ て ゐ た も の が、 十 二 年 ば か り を 経、 天 保 五 年 に 至 つ て 刊 行 さ れ る や う に な つ た も の と 考 へ ら る。 終 に 践 あ り、 天 保 五 年 金 剛 峯 寺 龍 生 院 杜 多 寛 洞 慈 雲 師 の 文 と す。 抄 出 す る に、 先 づ 蕊 善 師 の 自 序 に 日 く、

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夫 れ 唄 讃 聲 明 の 道 は 供 養 行 の 随 一、 そ の 本 源 は 法 身 佛 駄 萬 徳 の 一 に し て、 金 剛 歌 菩 薩 の 三 摩 地 で あ る。 大 日 経 に は 持 金 剛 殊 勝 の 歌 詠 を も つ て 佛 菩 薩 を 供 養 す と 説 き、 金 剛 頂 経 に は 君 し 此 名 を も つ て 大 持 金 剛 を 讃 じ、 正 意 を も つ て 歌 詠 す る も の 有 ら ば 持 金 剛 の 如 く な ら ん。 ( 中 略 )慮 仁 以 來 凡 て 四 百 有 鯨 歳 音 律 の 學 殆 ん ご 地 に 墜 つ。 聞 々 呂 律 の 相 生 を 談 す る 者 あ り と 難、 徒 に そ の 理 を 言 つ て 未 だ 諸 の 詠 曲 を 試 み す。 今 時 唄 曲 を 敷 ふ る 者 も 唯 音 韻 の 屈 曲 を 示 し て 呂 律 甲 乙 の 蓮 轄 を 曉 さ す、 三 曲 反 音 甲 乙 の 規 格 を 亡 ひ、 五 音 三 重 の 所 用 を 失 す。 小 俗 幸 に 濁 堕 ・ 然 章 の 爾 師 に 就 い て 唄 讃 の 奥 秘 を 學 ぶ こ と 年 あ り、 同 門 の 講 に 依 り 其 格 律 を 正 し 之 を 詠 曲 に 諮 へ て 記 し て 以 つ て 三 巻 と す 云 云。 こ れ に よ つ て 瀧 善 師 本 書 刊 行 に 鋼 す る 確 信 の 程 も 知 ら れ る で あ ら う。 寛 洞 師 の 践 文 の 一 節 に は、 ( 前 略 ) 中 世 に 及 び て 其 の 相 傳 を 失 ふ (中 略 ) 甚 き は 唄 讃 小 技 深 く 究 む る に 足 ら す と い ふ ⋮⋮ 吾 薩 善 律 師 此 の 如 き を 患 ひ、 高 明 英 題 の 資 を も つ て 一 意 古 傳 を 研 究 し、 少 肚 老 一日 の 如 く、 曲 盤 労 暢 飴 力 を 残 さ す、 遽 に 千 歳 不 傳 之 薙 奥 を 登 揮 し、 中 世 以 降 の 弊 論 を 一 新 す。 と い ひ、 又

稿

や、

る。

西

雅、

り、

こ れ を 梓 に 上 せ 以 つ て 同 好 謄 罵 之 勢 を 省 き、 柳 か 大 師 報 恩 謝 徳 の 萬 一 に 幡 ふ。 と。 即 ち 慈 雲 師 の 践 交 に 依 れ ば、 大 師 御 入 定 一 千 年 の 御 遠 忌 に 當 り、 報 恩 の 爲 め に 上 梓 し だ の が 此 の 甦 流 魚 山 集 の 刊 行 と そ の 得 失 四 一

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藏 流 魚 廊 集 の 刊 行 と そ の 得 失  四 二 本 で あ る。 然 し 現 存 す る 此 の 本 の 部 激 極 め て 少 く、 普 通 に は 殆 ん ざ 見 る こ と が 出 來 な い。 上 梓 の 最 初 よ り 登 行 部 敷 の 少 な か つ だ も の か。 或 は 次 の 如 き 事 情 も 考 へ ら る。 今 の 報 穏 院 は 高 野 山 に 於 け る 行 人 方 の 寺 に し て、 聲 明 の 本 流 を 傳 ふ る 學 侶 方 と は 古 來、 意 志 の 相 通 す る も の な く、 爲 め に、 學 侶 方 の 人 の 常 に 排 斥 す る 所 と な つ た に よ る か。 恵 毒 と い ふ 人 に 就 い て は 今 知 る を 得 な い。 け れ ご 當 時 に 於 け る 斯 道 の 大 達 人 で あ つ た ら し い。 そ の こ と は 上 來 の 所 述 に よ つ て も 知 ら れ る で あ ら う。 加 ふ る に 予 の 手 許 に ﹁ 大 原 伽 陀 私 譜 ﹂ と い ふ 一 帖 の 年 紙 形 爲 本 が あ る。 そ の 奥 書 に は 右 大 原 流 伽 陀 昔 曲 者 任 先 賢 相 承 遺 音 黙 五 音 博 士 畢 清 雅 堂 蔽 善 拝 識 則 ち、 大 原 流 の 伽 陀 譜 へ、 進 流 の 五 昔 譜 を 瓢 じ て 残 し て ゐ る の で あ る。 此 は 實 に 驚 く べ き 事 で な く て は な ら ぬ。 飴 程 の 音 律 の 達 人 で な け れ ば な し 得 な い。 復 同 本 に は 別 に 天 保 十 巳 亥 歳 春 二 月 顯 密 唄 讃 末 學 報 恩 院 蔽 善 献 針 在 判 と あ り、 前 記 寛 洞 慈 雲 師 は 此 腱 に も 奥 書 し て、 大 原 流 伽 陀 音 曲 墨 譜 與 他 之 曲 譜 異 其 形 状 初 學 見 之 不 能 詳 其 曲 節 如 何 藷 善 律 師 恐 後 來 或 失 其 傳 往 年 嘗 鮎 當 山 所 用 五 音 使 見 満 一 覧 不 失 其 眞 頃 齎 叉 更 加 稜 正 伽 陀 音 曲 依 律 師 而 千 歳 不 柄 其 功 堂 不 偉 越 濁 云 と、 以 つ て そ の 蔽 畜 の 程 を 知 る に 足 る で あ ら う。 寂 年 を 知 ら ざ る も、 天 保 十 年 六 十 有 五 と 記 す に 依 つ

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で、 そ の 年 輩 も 亦 察 す る に 難 か ら す。 高 野 山 増 蘭 院 所 藏 の ﹁ 繹 迦 念 佛 ﹂ の 小 折 刊 本 を 見 る に、 最 初 に ﹁一 噸 甲 一 乙 ﹂ と 規 定 す。 こ れ 初 重 と 第 三 重 は 甲 に し て、 第 二 重 は 乙 な り と の 意 な る べ く、 終 に は、 夫 於 諸 音 曲 建 立 三 重 四 重 之 位 階 成 曲 者 皆 是 以 宮 徴 甲 乙 所 爲 則 也 其 於 甲 乙 三 重 之 建 立 上 古 有 二 種 之 差 異 謂 如 光 明 眞 言 及 繹 迦 念 佛 之 昔 曲 者 初 重 属 甲 二 重 属 乙 三 重 属 甲 是 駈 謂 甲 上 之 乙 ・ 乙 上 之 甲 而 以 三 重 之 節 譜 蛾 顯 初 重 者 也 叉 如 四 座 講 之 表 白 及 問 講 説 草 之 昔 曲 者 初 重 馬 乙 二 重 薦 甲 三 重 潜 馬 乙 是 所 謂 乙 上 之 甲 ・ 甲 上 之 乙 而 以 初 重 飾 譜 嚢 著 二 三 重 者 也 可 稗 古 賢 良 能 巧 昔 律 夷 問 二 甲 一 乙 三 甲 一 乙 如 何 ・ 答 初 重 及 三 重 者 二 甲 一 乙 也 二 重 者 二 乙 一 甲 也 三 甲 一 乙 可 准 知 焉 也 維 文 化 十 癸 酉 春 二 月 誌 之 金 剛 峯 寺 西 蓮 院 蔽 善 経 師 八 左 衛 門 薩 善 は 此 の 頃 西 蓮 院 に 佳 し 陀 る も の、 如 く、 最 初 に 三 重 と い ふ は 初 二 三 重 の こ と、 解 さ る、 も、 次 に 四 重 と い ふ、 或 は 最 後 の 三 甲 一 乙 の こ と な ら ん も、 今 理 解 し 難 い こ と を 残 念 と す。 然 し て 今 の 繹 迦 念 佛 は 初 重、 二 重 共 に 五 昔 あ り、 第 三 重 に は 宮 ・ 商・ 角 の 三 位 あ り、 即 初 重 の 宮 と、 第 三 重 の 角 と の 問 の 音 階 を も つ て 組 織 す。 普 通 に 云 ふ 初 二 三 重 十 一 位 の 音 階 と、 そ の 趣 き を 大 い に 異 に す、 恐 ら く 李 調 爲 本 の も の と し た の で あ ら う。 常 の 魚 山 集 の 初 重 は 朋 徴 の 二 位 の み と す る に 調 し、 甚 だ 趣 き の 異 な る も の あ る は、 こ れ 薙 善 の 音 律 に 封 す る 造 詣 の 凡 な ら ざ る を 語 る も の か。 進 流 魚 山 集 の 刊 行 と そ の 得 失 四 三

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て、

す。

り、

り、

り、

か、

と、

だ。

て、

す。

所。

れ、

た。

一首

り、

る。

正、

て、

西

う。

に、

年、

き、

り、

い。

調

究し、

す、

り。

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の 招 請 に 憾 じ、 敷 難 を 張 り、 講 座 を 開 く 其 敷 幾 百 回 な る を 知 ら す、 と、 以 つ て 著 者 の 衝 目 を 知 る に 足 る べ く、 復、 常 用 魚 山 印 面 磨 滅 甲 乙 を 辮 ぜ す、 老 師 深 く こ れ を 慨 嘆 し 終 に 予 に 托 す る に 校 本 を も つ て し、 新 刻 を 断 行 せ ん と す。 云 茨 こ れ に よ つ て 簡 輩 な が ら 新 刻 の 事 情 も 知 ら る、 で あ ら う。 第 十 は 古 義 箕 言 宗 な る 松 帆 諦 圓 師 の 著 ﹁ 便 蒙 魚 山 假 譜 し と す。 大 正 十 四 年 の 刊 著 着 は 現 に 淡 路 の 松 帆 村 威 懸 寺 に 佳 し て ゐ ら れ る。 首 に 高 野 山 現 座 圭 智 等 大 僧 正 の ﹁ 聾 言 即 實 相 ﹂ の 筆 あ り、 叉 大 畳 寺 現 門 圭 の 僻 を 出 し、 敷 如 和 爾 の 序 と 自 序 と を 載 す。 以 下 項 を 逐 ふ て 各 本 の 内 容 を 黙 強 す る こ と、 す。 二、 各 魚 山 本 の 特 失 叡 述 の 都 合 上、 最 初 に 貞 享 本 を 見、 次 に 寛 保 本 を 捻 し、 漸 次 に 他 本 を 見 る こ と、 す。 且 っ、 逐 條 的 に 爾 者 を 比 較 し 封 校 す る こ と は 繁 に 過 ぎ て、 返 つ て 興 昧 な き こ とヽ な る の で、 今 は 必 要 な る 範 團 に 於 い て 二 三 の 例 を 示 し 他 は 略 す る 蕩 合 の 多 か る べ き を 断 つ て 置 き た い。 貞 享 魚 山 最 初 の 三 禮 師 作 法 に 就 い て 本 書 は、 三 禮 の 時 は 一 禮 に て 登 禮 盤、 柄 香 呂 を 取 る こ と 左 手 と 一調 云、 逸 流 魚 山 集 の 刊 行 と そ の 得 失 四 五

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進 流 魚 山 集 の 刊 行 と そ の 得 失 四 六 但 し 時 の 宜 し き に 随 つ て 右 手 に て も 取 る の 一 説 も あ り、 三 禮 先 づ 踵 鋸 次 金 二 打、 次 三 禮 を 出 す。 鐘 木 の 貴 き 様 に 大 都 四 説 あ り 云 済、 下 薩 盤 の 後 鐘 木 を 酵 毫 に 懸 け る 時 は、 手 を 離 さ す 鐘 木 を と ら へ て 動 ぜ ざ る や う に 懸 く る 鐘 木 の フ ラ く と し だ る は 見 苦 し い さ て 扇 を 取 り 本 路 を 経 て 本 座 へ 蹄 る 扇 を 置 く 時 は 磐 塁 と 禮 盤 と の 間 に 置 く、 次 に 初 二 三 重 十 一 位 の 譜 を 記 し、 一 切 恭 敬 等 の 三 禮 文 と な る。 切 ・ 願 の 徴 の 譜 に は ﹁ 四 ユ 合 ﹂ の 註 を 置 く。 ( 已 下 寛 保 本 に な き 所 若 し ほ 異 る 黙 の 例 な 露 ぐ。 ) ﹁ 如 來 唄 ﹂ の 來 の 徴 ﹁ 四 ユ 合 ﹂ と し、 ﹁ 散 花 ﹂ 初 段 の 瘍、 中 段 の 激 等 皆 此 の 譜 の 初 め の 角 を ﹁ 四 ユ 合 ﹂ と す 散 花 廻 向 段 の ﹁ 成 佛 道 ﹂ と あ る 佛 の 第 二 の 朋 を 揚 朋 に す る は 此 の 系 統 の 本 に 見 る の み。 ﹁ 五 悔 渤 講 し の 蹄 命 と い ふ 命 の 宮 に も ﹁ 四 ユ 合 ﹂ と 註 す。 ﹁ 五 大 願 ﹂ の 法 門 に 就 い て、 此 の 二 字 片 ユ、 或 は 法 の 一 字 モ ロ ユ

う、

便

中、

便

る。

便

下、

﹁中

便

位、

衆、

名 ワ ル ﹂ と し て 角 の 一 位 に 作 る。 ﹁ 理 趣 経 ﹂ 勘 講 の 第 一 句 命 の 宮 に は コ ニ ュ 合 し、 第 二 句 の 染 に は ﹁ 四 ユ 合 ﹂ 重 角、 等 ﹁ 吉 慶 漢 語 ﹂ 第 三 段 ﹁ 金 剛 座 上 ﹂ の 金 に 就 い て ﹁ カ ナ 前 ニ ユ 二、 カ ナ 鵡 合 ヲ ユ 二、 少 持 タ 徴 ヘ ウ ツ ル 也 ﹂ と 註 し 冠 註 に 異 檬 の 譜 を 出 す。 ﹁ 教 化 ﹂ の 中 徴 角 の 譜 に 重 角 を 田 す。 こ れ ら は 具 源 師 の 所 謂、 他 調 を 雑 へ、 多 く の 所 傳 を 失 し て 却 つ て 説 轄 を 重 ぬ る と い ふ 所 以 か。 上 述 の 外 は 次 々 の 項

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於 い て 随 次 に 出 す べ く、 そ の 大 略 は 寛 保 本 に 同 じ で あ る。 寛 保 魚 山 十 二 律 の 甲 乙 を 記 す る 中、 鴛 甲 勝 乙 と あ り、 寛 保 以 前 の 諸 本 は 何 れ も 鷲 を 愛 に 作 る。 こ は 今 の 本 を 正 と し、 他 の 古 本 は 誤 り 傳 へ ら れ た の で あ ら う。 何 と な れ ば 十 二 律 中 に は 鷺 鏡 あ り て、 ﹁ 攣 U 字 の も の が な い か ら。 三 磯 師 作 法 を 記 す に、 先 づ ﹁ 柄 香 焔 を 取 る こ と 右 手 云 云 但 し 時 の 宜 し き に 随 つ て 左 手 に て 取 る 一 説 も あ り ﹂ と す る こ と は 貞 享 本 と 異 つ て ゐ る。 次 に ﹁ 三 禮 金 二 打 ﹂ と い ふ に 就 い て、 眼 敏 房 の 説 に 四 種 あ り、 中 に 進 流 の 様 式 は 先 づ 香 燈 を 取 っ て 金 一 打、 次 露 鋸 し て 一 打、 三 禮 を 出 す。 是 れ 中 院 の 密 流 に 薦 し、 高 野 普 通 の 式 で あ る と 記 す。 鐘 木 の 置 き 檬 に 就 い て は 貞 享 本 と 同 じ く、 後 に ﹁ 已 上 間 答 決 疑 抄 取 意 也 ﹂ と 附 言 す。 現 在 高 野 山 に 行 は る、 所 は 此 め 式 に よ る。 ﹁ 三 禮 ﹂ 文 の 切 ・願 に は 輩 に ﹁ ユ ﹂ を 記 す の み に し て、 前 本 の 如 く ﹁ 四 ユ 合 ﹂ に 作 ら す。 ﹁ 如 來 唄 ﹂ の 豪 も 軍 に ﹁ 由 合 ﹂ と あ る の み。 色 の 下 に 前 の ﹁ 妙 は 宮 に て 留 り、 色 は 商 に て 始 る 故 に 一 位 高 く 出 す 可 き な り ﹂ と 註 す。 盤 に 付 く 譜 の 初 め 三 つ の 宮 に ﹁ ユ 七 ・五 ・ 三 ﹂ と あ り、 貞 享 本 は ﹁ 大 ユ 四 ・ 三 ・ 二 ﹂ と す。 彼 此 相 違 す と 見 ら る。 今 の ﹁ ユ 七 ﹂ に 就 い て、 ﹁ 鉢 の 入 子 の 如 し 次 第 々 々 に 短 く ユル と 云 云 但 し 七 五 三 と ユ ル こ と も 普 題 に し て、 各 々 の 息 の 長 短 に 依 る べ き だ ﹂ と 註 す。 然 し て ﹁ 巳 上 如 家 唄 勝 髭 経 文 也 勝 遜 夫 入 母 后 奉 レ請 二 如 來 一奉 二讃 偶 一也 し と。 ﹁ 云 何 唄 ﹂ の 得 成 就 乞 い ふ に 就 い て、 ﹁ 私 案 記 云 得 長 壽 三 字 一 息 云 云 ﹂ さ れ ご 息 の 短 き は ﹁ 長 し 字 に て 切 り 進 流 魚 山 集 の 刊 行 と そ の 得 失 四 七

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澹 流 魚 幽 集 の 刊 行 と そ の 得 失 四 八 て 早 く 壽 へ う つ る。 新 薦 の 時 な ご 長 壽 の 間 に 息 を 切 る は 不 吉 な り 云 云。 ﹁ 出 家 唄 ﹂ の 音 曲 は 大 都 ﹁ 云 何 唄 ﹂ の 如 く、 但 哀 傷 に 引 く を 口 傳 と す。 初 の 二 句 左 頭 を 剃 る 時 に 之 を 引 き 後 の 二 句 は 右 頭 の 時 に 引 く 一 説 に は 左 右 に 各 一 反 づ、 二 度 引 け よ 云 云 但 し 後 の 説 は 嚴 儀 の 剃 髪 時 に 用 ゐ、 初 説 は 普 通 の 儀 に 用 う 第 一 句 の ﹁ 守 し に 朋 ば か り の 譜 を 付 け 陀 る は 寳 蓬 房 の 様 に し て、 朋 徴 の 二 位 を 附 す る は 般 若 房 の 檬 と す 。 今 は 第 二 説 を 用 う。 ﹁ 散 花 ﹂ に 就 い て ﹁ 如 來 唄 時 商 徴 岡 ﹂ の 註 が あ る。 こ れ に 就 い て 双 調 第 三 重 の 商 と 剛 越 第 二 重 の 徴 と は 同 音 と な る。 傍 て 商 徴 同 と い ふ。 薗 本 に 見 る ﹁ 四 ユ 合 ﹂ を 今 は 唯 ﹁ ユ ﹂ に 作 る。 ﹁ 大 日 散 花 ﹂ 段 の 業 の 如 き は 初 め の 徴 に て ウ の 假 名 を 付 く る。 総 じ て 二 つ の 假 名 あ る 時 は 三 ユ、 一 字 假 名 の 時 は ニ ュ と す。 大 日 散 花 は ﹁ 密 立 ﹂ の 法 用 に 用 ゐ、 繹 迦 散 花 は ﹁ 顯 立 ﹂ の 法 用 に 用 う。 即 ち 顯 立 に は 如 來 唄 と 緯 迦 散 花 と を 用 う る の で、 法 華 問 答 ・ 四 座 講 ・ 地 藏 講 の 如 き こ れ に 當 る。 ﹁ 密 立 ﹂ の 時 は 云 何 唄 と す。 ﹁ 散 花 廻 向 ﹂ 段 の 道 は タ ト の 中 音、 佛 の 字 ﹁ 私 案 認 云 但 追 善ニ ハ 二 腱 (今 の 成 佛 と 中 段 の 含 那 佛 ) ノ 佛 字 ヲ 濁 リ、 三 段 ノ 供 養 佛 ノ 佛 ヲ 清 ム ﹂ 今 の 虜 の 成 佛 の 佛 第 二 の 瀦 は ﹁ 如 投 上 ﹂ と 註 し、 貞 享 本 の 如 く 揚 朋 に 作 ら す ﹁ 梵 音 ﹂ 第 一 句 の 勝、 第 二 段 目 第 一 句 の 寳 の 最 初 の 朋、 豊 勝 院 に は ﹁ 忘 突 ﹂ と 云 ひ、 東 南 院 に は ﹁ ネ ヂ 重 ネ ﹂ と い ふ。 錫 杖 を 振 る 敷 の こ と、 初 段 に 三 振、 二 條 に 二 振、 三 條 目 に 三 振、 振 る 分 量 は サ ラ く と 大 い に 三 振、 次 に 早 々 と 五 六 ば か り を 振 る を も つ て 一 振 と す、 か く て 諸 衆 の 聲 の 息 ま ざ

る。

す。

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止 み て 後 振 る 云 云 と い ふ も、 今 時 は 此 の 儀 を 用 ゐ ず、 ﹁ 劃 揚 ﹂ 謹 誠 密 激 と い ふ 誠 の 博 士 に 就 い て、 ﹁ 宮 を 二 ユ り て さ て リ、 メ キ の 暑 あ り、 唐 糸 を つ よ く 引 は り て 切 れ た る に チ ・ ム が 如 く、 リ ・ メ ク 聲 あ り ﹂ と い ふ も、 南 山 に は 現 在 此 の ソ ・ メ キ の 聲 を 失 し た る か。 智 山 に は こ れ を 傅 ふ る が 如 し。 樹 揚 入 句 の こ と あ る も 今 は 略 す。 但 伽 藍 安 穏 の 句 に 就 い て、 ﹁ 其 の 院 家 中 に 堂 塔 あ ら ば た と へ 客 殿 な り と も 伽 藍 と す る に 苦 し か ら す。 ﹁ 維 典 の 句 ﹂ な る ﹁ 甚 深 妙 典 ﹂ を ﹁ 甚 深 法 莚 ﹂ と す れ ば 顯 密 の 法 用 に 通 じ、 ﹁ 甚 深 密 敷 ﹂ と す れ ば 密 立 法 會 に 限 る。 以 上 に て 上 霧 終 る。 五 悔 は 老 偶 の 所 作 を 本 と す る 故、 若 輩 の 人 た り と も 老 俗 の 聲 に す る。 最 初 の 一 の 徴 の 聲 は、 御 影 供 表 白 の 最 後 ﹁ 廻 向 大 菩 提 ﹂ と い ふ ﹁ 菩 ﹂ の 本 角 位 に 出 す を 傳 と す。 そ は 共 に 笛 の 六 穴 に 當 る 故 と い ふ。 頭 句 は 樂 拍 子 に 非 す、 地 音 は 樂 拍 子 と 註 す。 貞 享 本 に は ﹁ 一 説 云 共 二 樂 拍 子 ト 云 云 ﹂ 但 し 第 七 字 目 は 何 れ の 句 も 皆 延 ぶ べ し。 ﹁ 勧 講 ﹂ 蹄 命 の 命、 但 ﹁ ユ ﹂ と あ る の み。 勧 講 入 句 の こ と、 ﹁ 激 合 ﹂ の 句 の 次 に 入 る ゝ に、 小 野 渤 請 集 に は 佛 菩 薩 を ば 十 六 入 供 の 次 に 入 れ、 明 王 天 等 は 激 令 輪 の 次 に 入 る と い ふ。 進 流 の 檬、 古 く は か く の 如 く な し 陀 る も、 近 代 は 共 に 教 令 輪 の 次 に 入 れ る、 こ れ は 仁 海 の 作 法 集 の 意 と す。 但 し 新 古 何 れ を 用 う る も 意 樂 に 依 る。 高 野 に は 三 國 傳 燈 の 次 に 霊 句 若 し は 所 願 の 句 を 入 れ る。 滅 罪 生 善 の 句、 正 月 若 し は 断 薦 に は 輻 壽 塘 長 と す。 五 大 願 如 來 無 に て 香 呂 を 置 く 噂 一 説 に は 菩 提 無 上 の 句 の 時 ﹁ 念 珠 を 置 く ﹂ と い ふ。 私 云 常 の 行 法 に は 腕 に 懸 け る。 ﹁ 普 供 養 ﹂ の 眞 言 は 等 分 に 拾 ひ 讃 み す る。 一 説 進 流 魚 山 集 の 刊 行 と そ の 得 失 四 九

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進 流 魚 山 集 の 刊 行 ぎ そ の 得 失 五 〇 に は 毎 字 一 ユ リ ッ、 早 々 こ い ふ も 命 は こ れ を 用 ゐ す。 ﹁ 禮 佛 ﹂ 相 鷹 院 流 に は 三 十 七 奪 共 に ナ ウ ボ と 護 み 出 す も、 今 は 第 一 句 の み を ナ ゥ ボ ざ 讃 み、 後 三 十 六 奪 は 共 に ナ 毛 ご 出 す。 第 一 句 南 は 初 重 の 徴 に し て 聲 明 集 中 最 下 の 聲 ご す。 ﹁ 幟 悔 随 喜 ﹂ は 下 座 一 薦 の 螢 音、 極 め て ヲ モ ラ カ に 唱 ふ ぺ し。 高 野 等 勅 願 寺 に は 讃 頭 こ れ を 唱 ふ。 終 大 字 に て 金 を 打 つ。 ﹁ 九 方 便 ﹂ の 文 に 就 い て、 或 は 上 の 四 字 は 只 拍 子 に て 下 三 字 は 樂 拍 子 こ し、 或 は 一 向 に 樂 拍 子 こ い ひ、 或 は 只 拍 子 ・ 樂 拍 子 字 に 依 り 博 士 に 随 つ て 交 墾 す ご い ふ。 今 ヒ ヂ ロ ヤ ウ は 第 三 の 義 を 可 こ す。 一 向 に 樂 拍 子 こ い ふ は 樹 下 の 聖 様 こ て 嫌 ふ。 ﹁ 渤 請 方 便 ﹂ の 第 三 句 ﹁ 唯 願 ﹂ 隆 然 記 に は ユ イ ご 假 名 を 付 く、 け れ ご 近 來 は 井 に し て 快 助 學 頭 既 に 重 仙 付 法 ご し て か く 井 に 傳 ふ。 胎 藏 界 供 養 法 の 法 則 に 就 い て 散 念 諦 了 つ て 理 供 ・ 事 供 ・聞 伽 を 獲 し て 燈 明、 次 に 縛 明 妃 の 眞 言 ・ 三 力。 小 所 願 ・ 禮 佛 を 唱 へ て 廻 同 を 残 し、 禮 佛 の 次 に 關 伽 を 供 じ、 關 伽 器 の 音 を 聞 い て 讃 を 幽 し、 讃 了 つ て 振 鈴、 ﹁ 所 修 一 切 ﹂ の 頭 を 出 す。 諸 衆 は ﹁ 衆 善 業 ﹂ よ り 付 く。 そ の 間 に 導 師 珠 呂 を 取 り 金 一 打、 ﹁ 所 修 功 徳 廻 向 ﹂ 等 を 唱 へ、 廻 向 了 つ て 珠 呂 を 澄 き 解 界 登 遣 等、 若 し 金 剛 界 の 如 く な ら ば 闘 伽 の 次 に 後 鈴、 次 に 讃 了 つ て 第 三 段 目 の 鉢 の 間 に 轄 明 妃 ・ 三 力 ・ 小 所 願 禮 佛 等 ご 勤 め、 次 に 珠 呂 を 取 り 金 一 打 ﹁ 所 修 功 徳 ﹂ 等 を 諦 じ、 了 つ て 後 ﹁ 廻 向 大 菩 提 ﹂ に て 李 座 の 一 鵬 ﹁ 所 修 一 切 ﹂ を 出 す。 但 し 近 代 は ﹁ 所 修 一 切 ﹂ を 導 師 出 す。 終 の 大 に て 金 一 打、 讃 頭 こ れ を 毘 す は 勅 願 寺 に 限 る。 ﹁ 後 夜 掲 ﹂ の 博 士 は 進 流 に こ れ な く 仁 和 寺 の 様 を も つ て 付 く る ﹁ 理 趣 経 ﹂ の 調 聲 は 淺 薦 の 役 な る 故、 老

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信 の 人 の 時 な り こ も 聲 を 若 く ず る。 大 曼 茶 羅 供 等 の 大 法 會 若 し は、 七 日 三 時 の 法 用 な る 時 開 臼 結 願 並 ヒ ロ イ に 中 日 の 日 中 時 に は 大 衆 も 鋤 請 の 時 よ り 立 ち 廻 向 ま で 立 ち 逸 す。 こ れ を 長 廻 向 巴 い ふ。 常 の 如 き を 袷 廻 向 こ い ふ ﹁ 弘 法 大 師 増 法 樂 ﹂ の 句 紳 前 に て は 當 所 権 現 増 法 樂、 堂 供 養 に は 伽 藍 安 樵 興 正 法、 所 疇 に は 息 災 延 命 成 善 願、 良 行 に は 自 他 法 界 同 利 盆、 追 善 に は 過 去 聖 霊 成 正 畳、 爾 乞 に は 甘 雨 普 潤 成 五 穀 ご 改 め る。 追 書 に て も 若 し 信 都 ・ 俗 正 ・法 印 ・ 法 眼 等 四 種 官 途 の 入 な ら ば 先 師 上 綱 成 正 畳 と も 過 去 上 綱 と も す る。 過 去 曾 鵡 黙 は 通 用、 高 野 ・山 の 槍 校 や 學 ・頭 は 皆 ・上 綱 と す。 高 野 の 並 旦 通 に は ﹁ 時 薄 伽 梵 無 量 無 蓬 ﹂ よ り 引 き 賎 や め て 讃 む、 田 含 に は ﹁ 何 以 故 ﹂ ま で 博 士 に 讃 み ﹁ 菩 薩 勝 悪 者 ﹂ よ り は や め て 護 む。 或 は 長 音 の 時 か く す る か。 然 し 田 含 に て も 高 野 の 風 に 順 す る が 本 意 で あ る。 善 哉 の ﹁ 書 ﹂ の 商 は 金 剛 手 言 の ﹁ 言 ﹂ の 宮 に 出 す こ れ 一 越 の 宮 ご 盤 渉 の 商 と は 共 に 笛 の 六 穴 こ な る が 故 に、 初 の 哉 の 四 ッ 目 角、 畳 讃 院 流 に は 切 ら ざ る を 誤 り こ し て 切 る。 次 に 問 答 し て 同 穴 如 何 宮 商 替 乎 答 云 呂 ヨ ソ 律 ハ 一 位 高 故 也 呂 律 不 同 也 鯨 准 之 ざ、 此 の 一 行 は 甚 だ 音 律 の 上 に 於 い て 濫 意 す 冗 き 鮎 と 考 へ ら る。 最 勝 位 の 勝 四 ッ 目 の 徴 よ う 友 音 し て ヒ ロ ヘ ン 當 不 久 ま で、 復 悉 成 就 の 成 の 四 ツ 目 の 徴 よ り 反 音 し て 信 受 行 に 到 る、 か く 爾 度 の 反 音 あ る を 諸 反 と い ひ、 後 の 一 っ の み あ る を 瑠 廊 と い ふ。 反 昔 に は 施 圭 を 敬 ふ 義 と、 調 聲 を 賞 翫 す る の 義 と、 長 座 に て 睡 眠 を 驚 す の 義 と 三 つ の 意 が あ る。 ﹁ 合 殺 し 第 三 行 目 の 佛 に 二 つ の 様 あ り、 金 剛 三 昧 院 に は 揚 朋、 一 心 院 進 流 魚 山 集 の 刊 行 と そ の 得 失 五 一

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湛 流 魚 山 集 の 刊 行 と そ の 得 失 五 二 に は 二 つ 目 の 宮 に 三 ユ し て 羽 へ 下 り 宮 ヘ ソ リ 上 る。 今 は 初 説 に 依 る。 合 殺 名 義 の こ ご あ る も 今 は 私 に 略 す。 次 に 禮 餓 交 あ り て 巻 中 終 る。 但 し 貞 享 本 は こ、 に て 上 霧 終 り こ な つ て ゐ る。 四 智 梵 語 讃 の 庵 は ウ ヲ の 中 昔、 奮 本 は 皆 ﹁ カ ド 垂 ナ ク マ ハ シ 角 ノ 中 ニ テ カ ナ ヲ 成 ス ﹂ ご あ り、 譜 は 商 角 商 に 作 る。 今 の 本 は 更 に ﹁ 古 云 本 ノ 商 ヲ ソ ラ シ 角 ヘ ウ ッ ル ト 同 時 ニ カ ナ ヲ 成 ス 崩冨 云 ﹂ と 註 し、 角 商 の 譜 を 附 し て ﹁ 記 ( 私 案 記 ) 云 理 趣 三 昧 ナ ド ノ 季 座 ニ タ ハ 角 ヨ リ 出 ス ﹂ と 記 す。 或 は 宮 商 角 商 の 博 士 を 出 し て、 宮 の 聲 を も つ は 魔 上 の 用 心 亡 も い ふ。 次 の 羅、 ﹁ 藤 の 祐 の 本 は 開 い て 末 は 次 第 な 々 に 開 か す そ の 如 く に 末 を ぱ 細 に ユ ル。 ﹂ 縛 に 就 い て、 東 南 院 に は 末 を 細 に ユ ソ ソ リ 留 む、 畳 謹 院 に は ソ ラ さ で ユ ソ 留 む、 今 は 後 説 を 用 う ご。 但 に は ﹁ ト ン ご は ね す 短 か け れ ば 自 ら は ね す ﹂。 ﹁ 大 日 讃 ﹂ 終 う の 護 角 の 譜 貞 享 本 に は ﹁ 律 ニ ナ ル カ ﹂ ざ し、 寛 保 本 に は ﹁ 律 轟 ナ ル 也 ﹂ ご 註 す。 そ し て 一妻 唯 呂 曲 こ す る 今 の 讃 に て 律 に な る ざ い ふ は 如 何 し ご し、 ﹁ 只 呂 の 内 の 節 か ﹂ ざ 出 す。 都 帝 を 律 に す る こ い ふ に も 同 様 の 註 を 附 す。 ﹁ 不 動 讃 ﹂ を ﹁ 守 護 の 讃 ﹂ こ い ふ 所 疇 ご に は 第 三 段 に こ れ を 諦 す る 追 善 な ら ば 佛 讃 を 用 う。 こ れ 成 佛 の 爲 め に 相 磨 す る に 依 る か、 そ の 調 子 唯 律 に し て 哀 傷 の 聲 な れ ば 追 書 に 彌 々 相 慮 し い。 ﹁ 四 智 漢 語 ﹂ 金 剛 ( キ ン カ ゥ ) の キ ざ カ ご は 短 く、 ン ご ウ ご は 長 し ご す る は 彌 勒 院 の 説、 或 は 最 初 の 一 句 囁 字 ま で 呂 と す る 一 説 あ り、 此 時 は 受 巳 下 律 ざ な る。 け れ ざ 今 は 初 め 三 字 を 呂 に す る。 ﹁ 心 略 漢 語 ﹂ 切 の 博 士 末 の 徴 を 由 ら す し て 朋 へ 突 き 上 ぐ る は 東 南 院 の 様、 今 は 畳 謹 院 の 流 に 從 ふ。 書 生 圭 に 多 く の 曲 節 あ り、 別 に こ

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れ を 記 す る。 ﹁ 文 珠 讃 ﹂ は 所 學 の 録 に も 載 せ ら れ、 聲 明 集 中 の 秘 讃 と す。 或 は こ れ を 清 凍 山 の 讃 と も い ふ。 こ れ 白 樂 天 が 文 珠 を 嘆 徳 し て こ れ を 作 り、 清 凍 山 へ 進 献 し だ と い ふ 故 實 あ る に 依 る。 そ の 時 文 珠 返 報 に 秘 讃 を 作 り 出 し 給 ふ と 傳 ふ。 猶 文 殊 讃 に 就 い て は 古 來 の 秘 説 が 多 い。 行 基 菩 薩 が 山 城 國 男 山 八 幡 宮 に て 此 讃 を 説 じ 給 ふ に、 入 幡 鯨 り に 御 域 あ り、 錦 帳 の 内 よ り ﹁ 願 當 來 母 ﹂ を 今 一 度 と 御 所 望 あ り、 立 ち 蹄 つ て 博 士 を 少 し 替 へ て 諦 せ ら る 云 蓉。 當 の 字 大 原 に は 濁 り、 進 流 と 相 慮 院 に は 清 む。 ﹁ 吉 慶 漢 語 ﹂ の 第 二 行 繹 に 就 い て、 セ ッ ・ セ キ ・ セ イ と い ふ 三 様 の 讃 み 方 あ り、 今 は セ イ と 護 む。 金 剛 三 昧 院 に は セ ン、 大 原 に は セ キ。 同 第 二 段 第 二 行 の 沐, 濁 る は 相 鷹 院 と い ふ も 近 來 は 濁 り て 讃 む。 第 三 段 第 一 句 座、 讃 蓮 房 の 様 は 初 の 徴 を 短 く 後 を 長 く す る。 今 衆 徒 方 の 相 傳 は 初 の 徴 を 長 く 後 を 短 く す る。 ﹁ 吉 慶 梵 語 ﹂ の 第 一 段 藁 婆、 上 を 濁 る は 相 雁 院、 下 を 濁 る は 進 流 と 傳 へ て ゐ る。 ﹁ 阿 彌 陀 讃 ﹂ に 就 い て ﹁ 此 の 韻 曲 は 高 野 御 室 の 示 黙 ﹂ と 記 す。 最 後 の 三 字 に 反 昔 の 高 聲 あ り。 こ れ に 就 い て 反 暑 の 時 は 取 上 陀 る 鉢 を 下 へ 置 く、 田 舎 に は 衆 僧 悉 く 同 音 に 反 音 を 説 じ、 或 は 衆 僧 悉 く 聲 を 止 め て 頭 人 猫 り 蒲 す る こ と あ ) こ れ ら は 共 に 相 傳 な き の 風 儀 に し て 不 足 の 事 と す。 頭 入 高 聲 に こ れ を 諦 す れ ば、 衆 僧 は 地 盤 に 連 れ て こ れ を 諦 す。 頭 人 能 ﹁音 な れ ば 其 聲 衆 僧 の 助 音 に 融 會 し て 甲 乙 蝋 律 の 調 子 を 成 す。 大 塔 の 如 き 廣 座 な れ ば 雨 人 或 は 三 人 計 隣 座 の 衆 連 れ て 反 晋 す べ き で あ る。 古 は 頭 人 反 音 を 諦 す る も、 今 は 隣 座 或 は 座 中 の 奪 宿 返 へ す。 此 の 阿 彌 陀 讃 の 博 士 は 相 懸 院 流 の も の に し て、 當 流 進 様 の 博 士 は 別 紙 に 有 り。 能 畳 法 印 進 流 魚 山 集 の 刊 行 と そ の 得 失 五 三

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進 流 魚 山 集 の 刊 行 と そ の 得 失 五 四 ご 大 澹 上 人 と は 岡 朋 の 故 に か く 聾 明 博 士 を 互 に 用 談 せ ら れ し に よ つ て 彼 此 混 入 す る の で あ ら う。 ﹁ 東 方 の 讃 ﹂ を 幽 す に は 先 づ 口 を 能 く く ヅ クロ イ す ま し て バ ン と 假 名 の フ ザ ぐ 聞 ゆ る 程 に す。 叉 隣 座 の 入 の 驚 く 程 に 出 す。 こ れ 遽 疾 に 初 地 の 満 徳 を 圓 備 す る の 習 で あ る。 ﹁ 南 方 の 讃 ﹂ 頭 句 第 二 の 羅、 相 慮 院 に は ア ラ と す。 當 流 に は 上 の 羅 に ア の 音 あ る 故 別 し て ア の 音 を 出 す に 及 ぱ す。 ﹁ 西 方 の 讃 ﹂ 最 初 の 縛 を ハ ネ ズ ざ い ふ 一 説 あ る も、 今 は 通 途 に 約 し て ハ ネ ル。 ﹁ 佛 名 し の 命 ・ 日 ・ 敬。 弘 等 の 二ッ 目 の 角 は い か に も 早 く 急 に し て 商 へ 下 す。 謂 は ゴ 徴 よ り 直 に 商 へ 下 る こ い ふ も 可 な る が 如 く に す。 か、 る 慮 を ﹁ 有 位 カ タ ク モ ロ ク 無 聲 ﹂ こ い ふ。 諸 表 白 の 佛 名 は 皆 こ れ に 順 す。 魚 山 集 に 出 す 普 通 の ﹁ 敷 化 ﹂ を 片 句 の 敷 化 こ い ふ。 諸 句 の 敷 化 こ い ふ は 乞 戒 聲 明 に 出 つ る が 如 く、 片 句 の も の が 二 つ 集 まり て 饗 句 に 成 れ る を い ふ。 以 王 魚 山 集 本 文 に 附 く べ き 寛 保 本 の 註 記 を 列 暴 す そ の 多 く は 貞 享 本 に も 通 す。 然 し 幾 鎗 は 寛 保 本 に の み あ り て 貞 享 本 に 無 き も の も あ る。 今 は 唯、 近 盤 に 行 は る 野 山 聲 明 本 の 基 礎 的 口 傳 の 一 端 を 知 ら ん 蕉 し て 繁 を 厭 は す 掲 出 し た。 猫 詳 細 に は 本 文 を 見 る べ き で あ る。 魚 山 集 に は 上 遽 の 外 に 猶 多 少 の 口 傳 類 ざ 附 鋒 ご を 墨 ぐ。 以 下 こ れ を 檜 し や う。 ﹁ 室 調 子 ﹂、 ﹁ 四 種 由 ﹂ ﹁ 五 音 三 重 圖 ﹂、 ﹁ 諸 流 聲 明 調 子 譜 事 ﹂ は 諸 本 の 覇 校 に 於 い て 異 岡 を 見 す、 今 は 暑 す る。 ﹁ 音 律 開 合 名 目 ﹂ こ い ふ 附 録 題 號 の 下 に ﹁ 巳 下 聲 決 書 附 ﹂ ご あ る も 貞 享 本 に は 此 の 六 字 な し。 五 昔 表 中 宮 の 下 十 二 律 黄 幡 鶯管 ご あ る は 黄 鐘 管 の 誤 り な る べ く、 五 調 子 表 中 一 越 の 下 に 笙 九 竹 は 古 本 何 れ も 笙 凡

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竹 に 作 る。 同 腱 十 二 律 黄 鍾 管 は 黄 鐘 の 誤 り な る べ く、 黄 鐘 の 下 十 二 律 林 鍾 管 も 林 鐘 と す べ く、 五 章 反 音 表 中 の 黄 鍾 も 上 に 同 じ く 以 下 此 の 字 誤 り は 皆 こ れ に 順 じ て 正 す べ き で あ ら う。 四 種 反 昔 表 の 第 一 ・七 聲 反 の 中 に 次 の 如 き 相 違 が 見 ら れ る。

(寛

)

調

調

調

調

第 三 甲 乙 反 の 下 ﹁ 黄 鍾 李 反 順 一 反 逆 ﹂ は 古 本 に な く。 且 つ 今 の 本 の 第 三 が 古 本 の 第 四 こ な り、 今 の 第 四 が 古 本 の 第 三 ざ な つ て ゐ る。 次 の 入 音 異 の 表 中 笛 圖 あ b、 今 の 本 は ﹁ 律 準 調 時 惣 開 下 ﹂ と 註 記 す る も、 他 の 古 本 は 何 れ も ﹁ 惣 開 上 ﹂ に 作 る。 然 し て ﹁ 朋 六 ﹂ は ﹁ 羽 下 ﹂ ざ な る。 ﹁ 五 調 子 各 具 五 調 子 ﹂ 表 に 於 い て は ( 寛 保 版 ) 李 調 宮 李 商 双 角 黄 徴 盤 朋 一 盤 捗 宮 盤 評周 一 角 李 徴 双 朋 黄 進 流 魚 撫 集 の 刊 行 と そ の 得 失 五 五

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溝 流 魚 山 集 の 刊 行 毘 そ の 得 失 五 六 黄 鐘 宮 黄 商 盤 角 一 徴 李 勿 双 一 越 宮 一 脚固 挙 角 双 徴 黄 朋 盤 讐 調 宮 双 商 黄 角 盤 徴 一 朋 李 (貞 享 版 ) 李 調 宮 李 商 下 双 角 黄 徴 盤 一朋 上 一 盤 渉 宮 盤 商 上 一 角 拳 徴 下 朋 鳥 黄 い黄 鐘 宮 黄 曲岡 憩 盤 角 一 徴 李 朋 下 双 一 餓 一 宮 一 商 軍 角 下 徴 黄 朋 盤 讐 調 宮 双 商 黄 角 榊 徴 一 朋 挙 爽 の ﹁ 竹 之 圖 ﹂ 中 第 二 圖 に ﹁ 墜 甲 一 乙 ﹂ ご あ る は ﹁ 讐 甲 乙 し、 ﹁ 宮 上 甲 見 乙 ﹂ ご あ る は ﹁ 宮 上 見 乙 し に し て、 同 徴 下 に ﹁ 亦 云 龍 吟 し の 註 あ る も 他 古 本 に は こ れ な し。 第 三 圖 に ﹁ 一 甲 黄 乙 ﹂ こ し て、 そ の 右 に ﹁ 讐 ﹂ を 書 く も 他 古 本 に は 州, 一 黄 ﹂ 其 の 右 側 に ﹁ 甲 乙 ﹂ と 書 け る の み、 同 じ 圖 の 下 な る 解 説 に 次 の 如 き 相 建 を 見 る。 寛 保 貞 享 季 富 之 甲 黄 鐘 調 李 宮 反 乙 黄 鐘 調 讐 調 甲 乙 紳 鍵 調 反 乙 紳

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上 無 甲 乙 龍 見 鐘 上 無 甲 乙 罷 鷺 鏡 鶯 宮 之 甲 即 断 金 鶯 宮 甲 反 即 噺 金 猶 ﹁ 初 心 探 調 子 口 傳 ﹂ 中、 何 と な く 勿 徴 角 商 宮 と 吟 じ 下 す 時 の 調 子 を 初 重 の 五 音 と す る は 今 の 本 に し て 第 二 重 の 五 音 と す る は 古 本 の 何 れ も 同 一 な る 所、 聲 明 四 由 の 中、 ﹁ 反 晋 之 曲 樂 家 除 之 ﹂ と あ る は 今 の 本 に し て、 ﹁ 樂 家 除 之 ﹂ の 四 字 な き は 亦 古 本 の 一 致 す る 所、 ﹁ 七 聲 各 具 ﹂ 表 の 終 に ﹁ 巳 上 聲 決 書 附 ﹂ と あ る も 他 本 に は 何 れ に も 此 の 文 字 な し。 悲 下 本 文 の 絡 り に 永 正 十 四 年、 長 恵 師 六 十 歳 の 時 に 勢 遍 圓 深 房 に 書 き 與 ふ る の 奥 書 あ り、 そ の 中 に 此 書 造 畢 明 鷹 五 丙 辰 五 月 十 二 日 也 春 秋 三 十 九 歳 と い ふ 一 行 を 書 き 加 ふ る は 今 の 本 に し て、 古 本 何 れ に も こ れ な し。 上 述 の 如 く つ 音 律 開 合 名 目 ﹂ の 附 録 に 於 い て は 寛 保 ・ 明 治 の 二 本 の 一 致 を 見 る の み に し て、 他 古 本 の 何 れ に も 一 致 せ す。 こ れ に 反 し、 ﹁ 他 調 を 難 臨 所 傳 を 失 し 却 つ て 詑 縛 を 重 ね ﹂ と い ふ 貞 享 本 が 正 保 や 慶 安 の も の に 一 致 す る 鮎 が 多 い。 そ の 何 れ が 是 な る か、 研 究 者 の 嚴 密 な る 批 判 を 得 る に 非 す ん ば 噺 定 し 難 い。 今 の 本 は ﹁ 音 律 開 合 名 目 ﹂ の 次 に、 理 趣 経 切 々 経 の 頭 句、 大 原 の 相 傳、 十 二 調 子 甲 乙、 七 聲 甲 乙 の こ 圖 解 を 附 記 す。 ﹁ 理 趣 繹 頭 じ に は 長 恵 の 奥 書 あ り。 遙 流 魚 山 皿集 の 刊 行 と そ の 得 失 五 七

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遙 流 魚 山 集 の 刊 行 と そ の 得 失 五 八 ( 猶 寛 保 本 の 特 失 に 就 い て は、 次 々 の 條 に も 夫 れ < 樹 比 し て 出 す こ と が あ る の で、 彼 此 合 し て 照 合 せ ら れ だ い ) 正 徳 魚 山 正 徳 魚 山 は 最 初 に ﹁ 魚 山 螢 芥 ﹂ こ い ふ 字 の 名 義 繹 を 出 し、 次 に 五 聲 八 音 圖、 陽 律 律 呂 相 生 之 圖 を 出 す こ れ ら は 他 本 の 何 れ に も 無 き 所 で あ る。 十 二 調 子 ・呂 律 事 等 以 下 は 貞 享 本 に 大 約 同 じ い、 今 貞 享 本 ご 異 る 所 二 三 を 抄 出 せ ん に、 ﹁ 三 禮 ﹂ の 願 字 に 就 い て ﹁ 願 ノ 羽 喉 ヨ リ 出 ル 様 ニ 云 也 ﹂ ご 註 し、 次 の 切 法 常 佳 に 到 り て 常 の ﹁ 徴 博 士 法 ノ 聲 色 ニ タ 可 云 ﹂ ﹁ 如 癖 唄 ﹂ の 色 の 註 に ﹁ 古 本 妙 ハ 宮 二 ラ 留 リ 色 ハ 商 ニ テ 始 ル 故 一 位 高 ク 出 ス ベ キ 也 ﹂ ご あ る は 寛 保 本 に 同 じ く、 世 の 始 め 三 つ の 宮 に 就 い て、 ﹁ 宜 師 の 本 に は 七 五 三 ご あ り、 六 四 二 ご も あ る、 仙 音 晦 の 御 本 に も 七 五 三 な り ﹂ と。 宜 師 こ い ふ は 慶 宜 師 の こ ご で あ ら う。 仙 昔 や こ れ ら の 入 の 相 傳 を 記 し、 も つ て 後 學 に 便 せ ん こ す る 貼 は 貞 享 本 以 上 で あ る。 初 の 宮 の 七 由 ﹁ 古 本 云 鉢 入 子 ノ 如 ク ﹂ 蓉 云 ご あ る は 寛 保 本 に 同 じ い。 ﹁ 出 家 唄 ﹂ 割 愛 の 制 の 音 に 就 い て ﹁ 或 云 醍 醐 山 宥 雅 櫓 正 ノ 仰 云 割 字 ケ ッ ノ 音 ナ ケ レ ド 塁 ケ ッ ノ 音 ヲ 用 井 家 レ ジ 醍 醐 不 共 也 ﹂ と。 ﹁ 封 揚 ﹂ 四 方 四 佛 の 博 士、 初 の 朋 ・ 宮 商 ﹁ 三 位 の 聲 替 り 聞 る 様 に 云 ふ べ し 宜 師 仰 ﹂ 九 條 錫 杖 に 就 い て ﹁ 口 云 九 條 錫 杖 は 高 野 山 燈 燈 堂 供 養 之 時 用 之 又 佛 名 會 之 時 用 之 し ﹁ 五 悔 ﹂ 臓 悔 段 の 終 り 我 今 の 打 カ ケ の 聲 は 反 宮 こ す。 是 れ は 初 の 我 の 末 に キ の 聲 を 成 し て や が て 徴 へ う つ

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る 意 な れ ば、 キ ご 打 ち つ け て 徴 へ う つ る べ き で あ つ て、 寛 保 本 に も 此 の こ ご を 沙 汰 す る の で あ る が、 貞 享 本 に は 此 の 註 を 出 さ す、 今 の 本 は 此 の 註 記 を 出 し て 更 に、 ﹁ 仙 師 ノ 本 鵠 此 打 ヵ ケ 今 ノ 一 流 二 不 用 也 し と あ る こ ビ を 沙 汰 す。 徴 位 ﹁ ユ ニ 合 ﹂ を 宜 師 の 魚 山 に は ﹁ ユ 囲 ﹂ こ す。 ﹁ 至 心 勧 請 ﹂ 三 界 圭 に シ ユ の 假 名 を 入 れ て ワ ル ざ す。 慶 宜 の 本 に は シ ウ ご あ り, 或 は ワ ラ ズ ざ も い ふ、 最 後 廻 向 の 時 ﹁ 幟 悔 随 喜 ﹂ 憲 出 す。 導 師 は 大 の 金 こ て、 大 の 字 に て 金 を 打 ち 來 っ て ゐ る、 爾 る に 醍 醐 に て の 仰 せ に は 大 の 金 霊 い

く、

す。

句、

曾。

怒。

尊。

薦。

は、

光。

は、

鮮。

畳。

﹁ 滅 罪 し の 句 は、 瘍 合 に よ り て は ﹁ 恵 命 長 遽 ﹂、 叉 は ﹁ 悉 地 成 辮 ﹂ ご す。 天 下 法 界 同 利 釜 の 同 字、 古 魚 山 に は カ ナ の 後 に 由 る、 或 は ユ 合 こ す。 寛 保 版 に も 此 の 説 を 出 す。 今 の 本 は 更 に ﹁ ウ に 合 ふ て ソ ル、 但 し 進 流 魚 山 集 の 刊 行 巴 そ の 得 失 五 九

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逡 流 魚 出 集 の 刊 行 巴 そ の 得 失 六 〇 ソ リ 様 悪 け れ ば 未 に 角 の 博 士 を 生 す、 用 心 す べ し。 ﹂ ﹁ 五 大 願 ﹂ の 法 門 に 存 す る 徴 の 位、 或 は ッ キ ユ と 漁 し て ゐ る。 菩 提 の 提 の 角 開 田 御 室 は ﹁ 突 カ ズ 静 に ﹂ と、 寛 保 ・ 貞 享 共 に 此 の 註 を 記 す。 開 田 御 室。 は 開 田 院 御 室 の 一 代 法 助 准 后 の こ ごゝ す。 普 供 養 の 言 等、 前 讃 の 了 り に 唱 へ、 又 後 讃 の 終 り に 唱 ふ。 或 は 庵 阿 の 所 よ り 助 音 す、 信 盛 僧 正 は 但 他 以 下 を 助 昔 す ご 示 す。 後 來 よ ろ し き に 随 ふ べ し。 但 し 高 野 な ご

い。

す。

ふ。

便

便

徴、

便

及、

一 位 に ﹁ ユ 一 ﹂ を 附 す、 盤 し 是 は 私 案 記 の 説 に 依 る。 随 喜 方 便 段 の 第 一 句 の 下 な ざ 中 は、 寛 保 版 に て は 徴 の 一 位 に 見 ら る、 も 今 の 本 は 朋 徴 の 二 位 に 作 る。 奉 講 法 身 方 便 段 第 二 句 の 速 は 徴 一 位 ﹁ 廻 向 大 菩 提 ﹂ の 露 に、 灌 頂 の 時 は 導 師 殆 に て 後 夜 の 偶 を 出 す。 宜 師 の 御 本 に は 後 夜 の 偶 後 鈴 の 次 に 出 す 蓬 o ﹁ 後 夜 掲 ﹂ の 衆 は ﹁ 假 名 ワ ル ﹂ と し て 角 の 一 位 に 作 る。 ﹁ 勧 請 入 句 ﹂ 消 除 無 明 等 の 四 句 は、 灌 頂 後 夜 胎 藏 界 の 時 ﹁ 三 國 傳 燈 ﹂ の 句 の 次 に 入 れ る。 此 の 時 は ﹁ 護 持 受 者 除 障 難 ﹂ こ す。 ﹁ 合 殺 ﹂第 二 句 の 佛、 口 内 に て 突 く 意 あ り、 本 に 色 あ り 口 訣 あ る べ し な ご 寛 保 ・ 貞 享 の 二 本 共 に 記 す。 今 の 本 亦 然 り、 然 し て ﹁ 或 云 根 に 宮 を 付 く る ご 意 得 て 云 ふ べ し、 宜 ご 仙 こ の 御 本 に 此 の 椿 博 士 あ り ﹂ と。 ﹁ 理 趣 経 廻 向 ﹂ の 第 一 句 修 に、 ﹁ 運 激 僧 正 の 御 本 仙 ご 同 じ ﹂ と て、 徴 の 一 位 に ﹁ ユ 一 ﹂ の 註 を 付 し た る 博 士 を 畢 げ て ゐ る。 第 四 句 の 消 除 ﹁ 不 可 濁 ﹂ と 註 し て、 更 に 或 は ﹁ 濁 ル 仙 ノ 本 ﹂ と 出 す。 不 可 濁 は 他 本 ご 一 致 す る 所。

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﹁ 四 智 讃 ﹂ の 庵、 ウ ヲ の 中 音 な る こ ご は 他 本 ご 同 じ く、 庭 讃 二 度 目 に 出 す 時 は こ の 一 字 を 除 く。 根 に 宮 普 を 持 つ は 庭 上 の 用 心 と す る 所 に て 他 本 に 同 じ く、 今 の 本 は 吏 に こ れ を も つ て 英 長 師 の 義 こ し、 宜 師 は 然 ら す、 庭 上 の 時 も や は り 常 の 博 士 に て 一 位 高 く 出 す の み こ。 達 磨 の 達、 商 の 位、 假 名 巳 後 に ユ リ ソ ル こ と は 寛 保 本 に 一 致 し、 貞 享 本 は そ の 上 に ﹁ 或 ハ 假 名 已 後 片 ユ 三 ﹂ こ し、 今 の 本 は ﹁ 宜 師 云 力 ナ ニ ア フ ラ ユ ー ツ マ ワ シ ユ ナ リ、 後 ニ ユ ン 三 ッ 四 ッ ﹂ ざ。 終 の 櫓、 折 上 テ ン ル ペ カ ラ ズ ざ す る は 寛 保 本、 押 上 は 貞 享 本 今 の 本 は 更 に ﹁ マ ロ ク ソ リ 上 グ ル ﹂。 ﹁ 大 日 讃 ﹂ 素 藁 多 よ り 巳 下 高 く 云 ふ は 宜 師 の 習 ひ な り ざ。 ﹁ 四 智 漢 語 ﹂ の 受 に 古 本 打 懸 あ り 當 世 幡 こ れ を 用 ゐ す ご は 記 の 読 な り ご 示 す、 こ れ は 寛 保 本 に あ り て 貞 享 本 に な き 所 こ す。 ﹁ 吉 慶 梵 語 讃 ﹂ 第 一 段 恨 の 宮 ユ ル グ ご い ふ に 就 い て。 ﹁ 宜 師 云 短 ク ユ ル ベ シ 自 下 ノ ユ ノ 如 キ ハ 不 レ 爾 ﹂。 ﹁ 金 剛 業 ﹂ (北 方 ノ 讃 )第 一 行 の 壌 字、 寛 保 に は ニ ヤ の 假 名 を 附 し、 貞 享 に は シ ヤ の 假 名 を 入 れ、 今 の 本 は ユ ヤ こ し て、 ﹁ 古 本 如 レ 是 宜 師 爾 也 仙 師 の 本 爾 方 也 ﹂ と。 附 録 ﹁ 五 調 子 五 昔 ﹂ 表 の 黄 鐘 の 下、 貞 享 及 び 其 他 の 本 に は ﹁ 徴 干 李 ﹂ こ な り、 今 の 本 の み は 徴 下 李 に 作 る。 其 他 は 二 本 大 同 こ す 附 録 ﹁ 暑 律 開 合 名 目 ﹂ 等 の 最 後 に、 永 正 十 一 年 長 恵 五 十 七 歳 の 時 に 記 し 陀 こ い ふ 奥 書 が 寛 保 本 に 出 て ゐ る け れ ご、 貞 享 ・ 正 徳 ・ 天 和 の 三 本 に は こ れ を 脱 す。 以 上 正 徳 魚 山 を 貞 享 本 に 豊 校 し、 更 に 寛 保 本 を 墾 照 す。 纒 流 魚 山 集 の 刊 行 と そ の 得 失 六 一

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蓬 流 魚 山 集 の 刊 行 遷 そ の 得 失 六 二 天 和 本 概 し て 貞 享。 正 徳 本 に 比 し 丈 字 が 明 了 で あ る。 ﹁ 如 來 唄 ﹂ 色 の 末 に ﹁ 散 花 師 立 座 ﹂ の 註、 正 徳。 貞 享 本 に 存 す る も 今 の 本 並 に 寛 保 ・ 正 保 ・慶 安 等 に は 鉄 す。 ﹁ 散 花 し 繹 迦 段 第 四 句 の 無 に ﹁ コヽ ヲ ハ メ ル 律 ヘ ゥ ッ ル 故 ニ ﹂ ご あ れ ご、 他 本 は 皆 ハ ヌ ル に 作 る。 ﹁ 鋤 揚 ﹂ 所 願 成 辮 の 句 を ﹁ 封 告 衆 の 句 ﹂ こ い ふ。 然 る に 今 の 本 ご 貞 享 本 ご は 共 に 樹 苦 衆 に 作 る。 全 く 交 字 の 誤 り ご 考 へ ら る。 ﹁ 五 大 願 ﹂ 法 門 の 徴 二 つ は 共 に ﹁ 或 モ ロ ﹂ ご 沙 汰 す。 ﹁ 胎 藏 界 ﹂ 九 方 便、 蹄 命 頂 禮 の 句 に 於 け る 蹄 を 羽 の 一 位 に 作 る 他 本 は 皆 朋 徴 の 二 位 で め る。 奉 講 法 身 方 便 段 第 二 句 の 最 初 な る 速 に 徴 の ︼ 位 を 附 す る こ ご は 正 徳 ・慶 簑 ・寛 保 に 同 じ く、 正 保 ・ 貞 享 は 共 に 徴 角 の 二 位 に 作 る。 か く の 如 き 二 三 の 鮎 を 除 き て は 殆 ん ご 貞 享 本 に 一 致 し、 大 差 の 在 る を 認 む る こ ご が 出 來 ぬ。 ﹁ 理 趣 経 ﹂ 善 哉 々 々 の 下 第 八 句 の 一 切 諸 魔 雪 試 と い ふ 切 に 就 い て 譜 の 異 説 を 記 す。 然 し て ﹁ 此 博 士 ヲ 云 時 の 一 ノ 徴 ヲ ユ ラ ズ ﹂ ご 附 言 す。 此 の 附 言 は 天 和 ・貞 享 ・ 正 徳 の 三 本 に 限 う て 他 本 に は な き 胱 こ す。 金 剛 手 言 の 言 に 別 譜 を 出 し て、 ﹁ ユ ニ 諸 ﹂ こ す る は 貞 享 本 に て 天 和 ・ 正 徳 に は 存 し な い。 か く の 如 く 天 和 ・ 貞 享 ・ 正 徳 の 三 本 を 比 較 す る に 正 徳 本 最 も 新 し く、 當 代 に 於 け る 多 く の 師 傳 を 記 す る こ ざ に そ の 特 長 を 見 出 す。 然 し て こ れ ら の 三 本 は 共 に ﹁ 祭 交 月 日 博 士 し を 敷 化 の 後 に 附 け、 寛 保 ・慶 安 ・ 正 保 等 は 何 れ も 附 録 の 後 に 附 す。 祭 交 月日 博 士 に 於 い て、 正 月 を 角 徴 角、 六 月 を 徴 角、 廿 二 日 を 徴 角 角 徴 角 こ す る は 寛 保 本 に し て 他

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の 古 本 は 何 れ も 正 月 を 徴 角 徴、 廿 二 日 を 徴 角 徴 々 に 作 る。 刊 本 魚 山 集 に し て 四 聲 を 黙 す る は 此 の 本 を も つ て 最 初 ざ す。 貞 享 ・ 正 徳 本 は 皆 こ れ に 順 じ て 共 に 四 聲 を 鐵 じ て ゐ る。 正 保 本 ﹁ 如 來 唄 ﹂ 色 に、 今 の 本 は ﹁ ウ ノ 響 し ご 註 す。 寛 保 及 び 他 本 に は ﹁ ヲ ノ 響 ﹂ に 作 る。 ﹁ 大 日 散 花 ﹂ 段 演 説 の 説、 最 後 の 朋 に ﹁ 舌 内 ッ ヨ ク ス。 ﹂ 寛 保 本 は ﹁ 舌 突 ﹂ こ す る の み。 ﹁ 藥 師 散 花 ﹂ の 頭 な る 師 に 徴 博 士 あ り、 今 の 本 は そ れ に ﹁ 此 徴 勲 ハ メ ル 也 ﹂ ご あ れ ご、 こ れ に て は 意 蓮 替 す。 寛 保 本 の 如 く 勲 字 を ﹁ 動 こ に 作 る べ き で あ ら う。 ﹁ 彌 陀 散 花 し 第 二 句 の 足 に 就 い て、 寛 保 本 は ﹁ 案 記 ニ 清 ム ﹂ ご 記 せ ざ も 今 の 本 に は 右 の 沙 汰 な し。 佛 字 に 就 い て の 案 記 の 沙 汰 は 寛 保 本 に 出 す の み に し て 今 の 本 に は こ れ な し。 梵 普 の 初 め に ﹁ 商 よ り 宮 へ 下 る 博 士 は ソ ル ご 錐 少 し ソ ル 也 ﹂ こ す る こ ご は 寛 保 本 に 存 し て 今 な し。 錫 杖 第 二 段 の 最 後 ﹁ 寳 ﹂ の 徴 に ウ の 假 名 を 成 す。 寛 保 本 に は ﹁ 末 ヲ ソ ラ シ テ カ ナ ヲ ナ ス ﹂ 錫 杖 の 後 の 佛 名、 ﹁ 三 尊 ﹂ の 尊 に 徴 角 商 等 の 譜 が あ る が、 寛 保 本 に は ﹁ 衆 徒 方 尊 の 初 徴 角 商 ノ 三 位 了 レ バ 止 ム ﹂ こ い ひ、 今 の 本 に は 此 の 註 な し ﹁ 五 悔 ﹂ 至 心 ? 命 段 の 初 句 十 方 に も ﹁ 此 商 勲 ス レ バ 宮 へ ず カ ル ﹂ ご あ る も ﹁ 動 ス レ バ ﹂ に 改 む べ き で あ ら う。 第 三 段 首 句 の 下 に ﹁ 記 云 惣 シ テ 五 悔 ノ 句 ノ 末 二 假 名 ア ヅ テ 博 士 朋 徴 ナ ラ バ 皆 徴 ノ 末 エ 假 名 ヲ ナ ス ﹂ ( 寛 保 本 )。 正 保 に は 此 れ を 附 せ す。 ﹁ 五 悔 勧 請 ﹂ 敷 命 の 敷 ・ 三 國 の ﹁ 國 ﹂ に 切 音 不 切 息 の 星 識 を 付 く る は 寛 進 流 魚 田 集 の 刊 行 建 そ の 得 失 六 三

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