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小坂井 敏晶 著「人が人を裁くということ」 「特技懇」誌のページ(特許庁技術懇話会 会員サイト)

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2011.11.17. no.263

書籍紹介

小坂井 敏晶 著 岩波新書

「人が人を裁くということ」

 2009年日本に裁判員制度が導入された。司法に関する知 識も裁判と直接関わる経験もない私のような人間でも裁判員 に選出されるという。私が裁く立場になるだけでなく、私の ような無知な人間に私自身が裁かれる可能性もある。そう考 えると裁判員制度にある程度関心を持つようになった。そん な折手にしたこの本は社会心理学者が書いているだけあり、 裁判員制度について独特な視点から考察している。

 本書は三部からなる。第一部の「裁判員制度をめぐる誤 解」では、各国の裁判について、主にその制度面について 比較し、制度や歴史的背景の違いによる評議結果の違い、 判決結果の意味するところを論じる。第二部の「秩序維持 装置の解剖学」では、誤審の生じる仕組みを検討する。冤 罪事件はどの程度発生しているのか、なぜ冤罪事件が発生 するのか。捜査の段階における問題点、自白や目撃証言の 信憑性などから冤罪が生まれる構造を分析する。

 第一部と第二部で裁判員制度の問題点を中心にその実態 を明らかにし、続く第三部「原罪としての裁き」では、「責 任」「自由意志」「主体」をキーワードに議論の核心へと迫っ ていく。この第三部に重要なことが多数述べられている。  そもそも、人を裁くということは、人間が主体的存在であ る、つまり行為は自己の意志により生じたものであるから行 為に対して責任を負うことができる、という大前提の下に行 われる。そして責任を負うのは誰か、その責任の重さはどの 程度か、判断する基準を定める。それによって社会の秩序が 保たれる。この考えに対し筆者は問題を提起する。

 まず第一に、人間は主体的存在なのかという問題である。 人間が行為を決定する上で影響を受けるのは、文化や教育 などの社会環境による説と、個人の遺伝的要素による説と があるというが、どちらも自らの意志で選択できるもので はない以上、主体的存在は否定される。

 第二に、行為と責任を結び付けようとするとき、同じ行

為をしていながら同じ罰を受けるわけではない事実があ る。例えば、同じ動機と同じ行動で人に危害を加えたとし ても、被害者を迅速に病院に搬送できたか、優秀な医師に 診断してもらえたか等といった外的要因によって行為の結 果が異なり、罰の大きさが変わる。つまり、現在の制度で は責任と罰の大きさは同等でないといえる。このような外 的要因を踏まえて量刑を決定することは極めて難しい。  更に、もっと根本的な問題が指摘される。大脳生理学の 実験結果によると、意志や意識は行為の出発点ではなく、 すべての行為は脳内に発する「無意識信号」によって作動 するという。行為が自由意志によって生じないなら責任を 個人に追及できないのではないか。この問いについては前 著「責任という虚構」(東京大学出版会)でも詳しく書かれ ている。こちらの著書も併せて読むことをお薦めする。  常識的に考えれば、人間は自由に行為を選択できるから その行為に対して責任が発生すると思われる。それに対し 筆者は論理が逆であると主張する。つまり、「我々は責任 者を見つけなければならないから、つまり、事件のけじめ をつける必要があるから、行為者が自由であり、意志によっ て行為がなされたと社会が宣言するのである。」(159 頁)、 「責任」というのは「社会的虚構」であると。

 本書は人間が行う裁きとは何なのか疑問を投げかけ裁判 という社会制度が担う機能、その意味について考える糸口 を見出すところから出発し、第三部で人間の本質にまで深 く踏み込んだ議論の場へと読者を導いていく。本書におい て最も重要な点は、筆者の投げかけた難解な問いに対し、 読者が自ら考える点にあると思う。そして筆者も言うよう にこれらに答えはない。だからこそより一層本書を読み、 深く考え続けることに意味があると思える。

参照

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