生体は微生物をどのように認識し、排除するのか?
大学院歯学研究科 教授
柴田
しばた
健
けん
一郎
い ち ろ う
(歯学部歯学科)
専門分野 : 微生物学,免疫学
研究のキーワード : 生体防御,免疫,細菌,マイコプラズマ,Toll-like receptor HP アドレス : http://www.den.hokudai.ac.jp/saikin/index.html
微生物が侵入するとなぜ赤くなって腫れるのか?
私達の体に細菌、ウイルス等の微生物が侵入すると、侵入部位が赤く腫れあがり、時に は発熱し、いわゆる炎症が惹起されます。発赤、腫脹、発熱等の炎症は細胞が放出する低 分子タンパク質(サイトカイン)により誘導されることは約60年前から明らかにされてい ました。しかしながら、このようなサイトカインがどのようなメカニズムで産生されるの かについては1997年になるまで明らかにされていませんでした。1996年にTollというタ ンパク質がショウジョウバエに侵入してくる真菌(カビ、酵素類)を認識する受容体(レ セプター)であり、感染防御に重要な役割を果たしていることが明らかにされました。1997 年に、この報告が引き金になり、ヒトにも同様なタンパク質があるのではないかという仮 説を基に調べたところ、Tollに似たタンパク質が発見され、細菌のもつ内毒素(リポ多糖) を認識することが報告されました。このレセプタータンパク質は「Tollに似たタンパク質」 ということで Toll-like receptor(TLR)と名付けられました。その後、多くのTLRが発見 され、細菌、ウイルス、真菌等の有する独特の構造を認識し、そのシグナルが細胞内の種々 のタンパク質を介して核に伝達され、
炎症の発症に係わるサイトカインの産 生を制御していることが明らかにされ ました(図1)。TollならびにTLRの 発見により、微生物が感染する初期の 生体防御(自然免疫)の分子機構が明 らかにされ、その発見に関与した研究 者は2011年のノーベル医学・生理学賞 を受賞しました。
私達はこれまでマイコプラズマと
いう微生物の種々の生物活性を調べ、その活性物質を単離し、その構造を明らかにしまし た。マイコプラズマは細胞壁を有しない細菌で、一般細菌に比べてゲノムDNAの大きさ が約1/6で、遺伝暗号も異なり、最小の生命体として注目されています。また、一部のマ イコプラズマはヒトにマイコプラズマ肺炎を惹起します。私達が同定したマイコプラズマ の活性物質は、細胞膜に存在する分子量44kDaのリポタンパク質(LP44)で、その活性 発現部位はN末端のリポペプチド部分であることを明らかにしました。その活性部分リポ ペプチドの構造を決定し、化学的に合成し、FSL-1と名付けました(図2)。
出身高校:長崎県立島原高校 最終学歴:京都大学大学院農学研究科
病理
図1 微生物は Toll-like receptor(TLR)で認識され、炎症を惹起 するサイトカインが放出される
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微生物のリポタンパク質・リポペプチドは TLR2 で認識され、種々の生物活性を
発揮する
現在では10数個のTLRが発見さ れ、種々の微生物の侵入を感知して、 免疫系を活性化しています。そこで、 私達は、マイコプラズマ由来FSL-1 がTLR2で認識され、TLR2依存的 に以下のような生物活性を有するこ とを明らかにしました。
1. 癌細胞を含む種々の細胞に細胞死(アポトーシス)を誘導する。
2. In vivo(生体内で)で癌の増殖を抑制する。
3. 上皮細胞、線維芽細胞、血管内皮細胞等の種々の細胞を活性化し、炎症性サイトカイ ンを産生する。
4. リポタンパク質は肺炎マイコプラズマの重要な病原因子の一つである。
なお、FSL-1はいくつかの試薬会社から、TLR2とTLR6のリガンドとして市販され、世 界中の多くの研究で使用されています(医学・生物学分野の学術文献検索サービス
「PubMed」で、現時点で約60の国際的な論文に使用)。
微生物の認識シグナルは貪食シグナルを抑制する
微生物が感染する初期の生体防御(自然免疫) 機構では、微生物を貪食し、分解して排除する食 細胞が重要な役割を果たしています。食細胞は微 生物の侵入をTLR で感知した後は、貪食レセプ ターを介してその微生物を貪食・分解して排除す るが、TLRによる認識シグナルと貪食シグナルが どのように関連しているのかということは不明な 点が多く残されていました。そこで、私達はTLR による認識シグナルと貪食シグナルがどのように関連しているのかについて、TLR2のリガンドであるFSL-1を用いて研究し、TLRによ る認識シグナルは貪食シグナルを増強するが、逆に貪食シグナルはTLRによる認識シグ ナルを抑制することを明らかにしました(図3)。すなわち、私達は、食細胞は微生物の貪 食を開始すると、微生物の侵入を感知する能力が低下することを明らかにしました。
参考書
(1) 柴田健一郎(総説),「微生物由来リポタンパク質・リポペプチドの免疫生物学的活性 と自然免疫系による認識」,『日本細菌学雑誌』,62(3),pp.363-374(2007)
(http://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/bitstream/2115/43935/1/shibata%20review%20saikin.pdf) 図2 ジアシルリポペプチド FSL-1 の構造
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