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図1 霊長類の系統樹。 一般に、ボノボ・チンパンジー・ゴ リラ・オランウータンは 「大型類人猿 (Greatapes)Jに分 類される (明和田2006より)。
GATIは、アイオワ州出身のTedTownsend氏と いう資産家の個人ファンドで運営されているプライ ベート施設である。一般に、飼育下の大型類人猿は、
一昔前の人間と同じく半世紀、 50年程度は生きると いわれているし、多くの研究者、職員らも含めた彼 らの生活、経済的基盤の責任を、営手JIを追求せずに 一生涯引き受けることは、決して容易ではないはず だ。しかし、米国をはじめとする欧米諸国では、動 物福祉、希少動物への保護活動への意識が非常に高 く、経済的基盤、人格の両方を兼ね備えていること の証、ステータスシンボルとして、こうした慈善事
業に積極的に関わろうとする者はそうめずらしくは ないらしい。実際、氏のファンド以外にも、全米か ら多くの寄付金や州政府からの補助がこの施設に寄 せられているそうだから、大型類人猿に対する一般 社会の関心の高さが伺える。
GATI
が本格的に運営されたのは、つい最近のこ とだ。1996年、施設開始向けた準備段階に入り、2004年にオランウータンやボノボ、そして彼らの研 究パートナーである研究者らが、他の研究機関から 続々と移籍してきた。いまだ建設中の建物も多く、
当初140エーカーと計画されていた敷地面積も、活 動の広がりとともに、どんどん拡大しているらしい。 現在
GATI
には、ボノボ7
名とオランウータン3
名、 そして研究者や大学院生、飼育担当、事務担当職員 などの人聞が20‑30名所属している。今後受け入れ る人数は、施設の建設が進みしだい、類人猿、人│町 ともまだまだ増やすつもりだという(図2。)図2 広大な敷地にそびえる大型類人猿研究棟。手前にみえ る池もすべてGATIの敷地の一部。写真の枠に収まりきうたEい ほど広大芯場所だ。夏から秋にかけては、野生のペリ力ン集 団が悠々と上空を飛んでいる。
オランウータン研究部門の研究部長であるロパー ト・シューメーカ一博士は、世界で初めてオランウ ータンの人工言語習得に成功した新進気鋭の研究者 である。オランウータンたちは、シューメーカ一博 士と人工言語や身ぶりを用いて日常的な意思疎通を おこないながら、日々実験に取り組んでいる。ボノ ボ研究部門の研究部長はウィリアム・フイールズ 氏。他に類をみないレベルの言語習得を果たしたこ とで有名なスーパー・ボノボ、「カンジ」の研究パ ートナーの一人である。その他に、 1971年より、世 界に先駆けてチンパンジーの人工言語習得研究をお
アメリカの大型類人猿研究施設の動向に学ぶ
こなったパイオニア、デウェイン・ランパウ博士や、
カンジの才能を見出し、 言語習得プロジェクトを牽 引してきた、スー・サページ ・ランパウ博士らがい る。
GATI
のボノボはカンジだけでなく、他の個体 も、数百にものぼる図形文字を習得しており、コン ピュータ画面やボード上に記された文字を使って、研究者や仲間らと「あたりまえのようにj意思疎通 している (図3)。 正直、この光景を目の当たりに したとき、彼らのあまりの人間くささに、鳥肌がた った。ケージ越しの私にボード上の文字を指さして、
「ボール、追いかけっこ(ボールを使って、追いか けっこしよう!)
J r
スティック、くすぐる(スティ ックを使って、くすぐって!)J
などと、必死のま なざしで訴えてくる。彼らの文字を習得していない 私は、「ごめんなさい、わかりません一」と、身振り手振りで謝るしかなかった。
図3 ボノボの「カンジJo(上図)ボノボ専用タッチパネル を使って、日常的に研究者や仲間と会話している。(下図)カ ンジの自の前にあるのはジユースの自動販売機。タッチパネ ルに提示された課題を解くことで 「お金Jを貯め、好き主主ジ ユースを好きなときに手にいれるととができる。実験をする かしないかは、彼5の自由意志に任されている。
人間文化・101
* * *
今年度、私たちが共同研究の対象としたのは、オ ランウータン3個体である。1977年生まれのオスの AZY、1979年生まれのメスKNOBI、そして1999年 生まれのメスALLIEだ (図4)。紙面の都合上、こ の研究の詳細をここで述べることはできないが、要 点だけ簡単に紹介しておこう。
図4オスのオランウータン、 Azy。人工言語を習得している 個体である。
鋭に映る自己像を自分であると認識することがで きるとはっきり分かつているのは、人間と大型類人 猿だけである(イルカやゾウも可能、という報告も ある。) ところが興味深いことに、通常の鏡像をほ ぼ100%理解できる人間の3歳児でも、 2秒ほど遅 れて自分の像が映し出される「特殊な鏡」を見せる と 、 そ の 鏡 像 を 自 分 で あ る と 認 識 で き な く な る (Miyazai & Hiraki, 2006)。つまり、自己鏡像の認 識には、時間的に完全に随伴するという手がかりが 発達の第一段階として非常に重要な役割を果たして いるのである。では、大型類人猿に、遅延した鏡像 を見せるとどうなるか。笑は、チンパンジーを対象 としたこの実験を囲内ですでに開始している。今年 度は、オランウータンを対象とした実験をおこない、
比較しようと考えたのである。
まず、 4月にGATIを訪問し、シューメーカ一博 士らと計画を具体的に練り、共同研究の内容審査を 受けた。そして9月に大学院生の田野尻七生さんを 同行し、再び渡米した。短期間に実験設備のセッテ イングを慌しくおこない、実験に着手することがで きた。私たちが帰国した後は、 GATIの飼育担当の 方、アイオワ大学の大学院生らに日々の実験継続を 102・人間文化
お願いし、現在も、実験データを蓄積中である。オ ランウータンの認知能力に関する実証的データがほ とんど得られていない現状において、本研究にかか る期待は大きい。
* * *
GATIは、その成立目的と運営の方針に関して、
以下の4つの理念を掲げている。
① 大型類人猿に、十分な保護区と生活を保障する
② 大型類人猿の知性と行動に関する研究を推進する
① 大型類人猿の保護活動を進める
④ 大型類人猿に関する教育活動を展開する 今回は、わずかの時間しかGATIのメンバーらと 時間を共有できなかったのだが、それで、も日々の彼 らの活動、思考に触れる経験は、大型類人猿の知性 の解明に携わる研究者としての責任を強く自覚させ てくれるものだった。GATIでは、この4つの理念 をメンバーそれぞれがしっかりと自覚して、それぞ れに任された専門の職務を果たそうとしていること がはっきり見て取れた。①に関していえば、大型類 人猿の身体的、心理的幸福をめざして工夫された、
広い放飼場や居室、飼育施設の確保が十分なされて いるし (図5)、その運営を支えるだけの潤沢な資 金も確保されている。①では、受け入れ審査はある ものの、外部の研究者、大学院生らを積極的に受け 入れ、大型類人猿の知性にまつわる最先端の研究成 果を発信する努力を続けている。外部からの訪問者、
滞在者に対しては、施設内にコテージ (目前に美し い湖が広がっている、正真正銘のコテージ!)が建 設され、無償で提供されている(図6。)
図5 オランウータンは樹上生活者。野生下での生活環境に 少しでも近づけるよう工夫されたオランウータンの居室。高 所に登るためのロープやハンモック等が設置されている(鑓 影田野尻七生)。
また、 ①についていえば、アフリカのコンゴ民主 共和国やインドネシア共和国・スマトラ島にある野 生ボノボ、野生オランウータンの生息地にフィール ド・ステーションを設立し、研究者らの生態調査等 の活動を支援したり、保護の現状を把握するための データをオンラインで収集したりしている。また、
NPO自然保護団体の活動に専門のスタッフを派遣 し、積極的に協力している。④については、アイオ ワ州、デモインを中心とした地域住民、小・中・高 校からの学生訪問、説明会を開催したり (Public Campus Tour)、さまざまな大学と提携して学部生、
大学院生の研究活動に施設利用の機会を提供したり している。
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図6 外部からの訪問者に提供されている宿泊施設。GATIの 敷地内にあるので、研究者にとっては非常に便利だった(提 {
共 GreatApe Trust of lowa)。
4つの理念を、わかりやすいかたちで実践しそ の活動を随時外部に発信し、よりよい方向に改善し ていこうとする日々の努力。こうしたGATIの運営 は、研究者のみならず、一般社会の動物福祉の意識 を高め、大型類人猿の保護活動への賛同、協力を得 ることに着実につながっている。GATIの今後の展 開を支えていくのは、社会からの深い理解に違いな
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私個人にだって、できることはないだろうか。叩ー 界の大型類人猿研究の動向を目の当たりにして、
「誰のための研究か?
J
という意識をあらためて自 問した。大型類人猿の研究は、研究者だけのものに なってはいないだろうか。何よりもまず、大型類人 猿のためのものであるべきではないのか。大型類人 猿の多様な心を探る研究は、彼らの将来に直接的、アメリカの大型類人猿研究施設の動向に学ぶ
応用的に生かせる性質のものではないが、彼らにと っての心理的、身体的幸福とは何か、という、生き る上での本質的なメッセージを彼らに代わって伝え ることはできる。ゴリラをはじめとする大型類人猿 は、今世紀中には絶滅してしまう可能性がきわめて 高いことを、皆さんはご存知だろうか。彼らと私た ち人間は、ともに長い進化の過程を生き抜いてきた かけがえのない「隣人(松沢.1995)
J
であり、人 間らしい心が進化してきた道すじを照らし出してく れる貴重な動物種である。彼らの心をもっともっと 深く知りたい。できるだけ早い時期に再訪することを誓って、帰路についた。
[文献
1
Miyazaki. M.. & Hiraki, K. (2006) Delayed intermodal contJng巴ncya笠ectsyoung children' s recognition their current self. Child Developmenι77 (3), 736‑750 松沢背郎(1995)チンパンジーはちんぱんじん.
持波書庖
明和政子 (2006)心が芽ばえるときーコミュニケー ションの誕生と進化 NTT出版.
{付記]
本研究は、 GreatApe Trust of Iowa (GA TI)の Dr. Robert Shumaker. Dr. Karyl Swartz.林原大型 類 人 猿 研 究 セ ン タ ー ( HayashibaraGreat Ape Research Institute, GARI)の平田聡博士との共同 研究である。ここで紹介した研究活動は、文部科学 省科学研究費補助金 (若手 (A)、 #16683003・ 19680013、代表:明和政子)の助成を受けておこな われている。GATIおよびGARIの詳細については、
以下のURLを参照のこと。
Great Ape Trust of Iowa (GATI) http://wwwi.owagreatapes.org/ 林原大型類人猿研究センター (GARI)
http://www.gari.jp/
人間文化・103