滋 賀 県 立 大 学 人 間 文 化 学 音11
入居司玄化
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ノ... ~./ BULLETIN VOL.2
3
研 究 報SCHOOL OF HU M A N CUL TURES THE U NIVERSITY OF SHIGA PREFECTURE
止と r::J
・論文
冷えを改善するために
一冷えを予防する食品の効果一
/吉田真由子・灘本知憲
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トングウ工の人々の言語使用と言語意識
家庭内での言語使用を中心に
/藤本麻里子
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台湾における外国人労働者の現状
一家事・介護を中心に
/聾 玉 齢
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近江文化を支える太鼓製作技術とその背景
/中島順子
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彦根市における子育て支援のI
見伏
-0~3 歳児の子どもを持つ母親への質問紙調査から/丸津由美子
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-研究ノート
退官メッセージに代えて比較の事例
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高齢者問題と福祉国家のタイプ論
ーアメリ力
ドイツ・ス
ウエ デン
/小林清一
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近代デザインとしての服飾
/森下あおい
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雲南の食文化に惹かれて
地域から考える生き方
と食一
/瀬戸涼子
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・滋賀県立大学最終講義
シルクロ
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ド文化を支えたソグド人
/菅谷文則
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- 滋 賀 県 の 考 古 学 第
12
回
穴太廃寺に関する調査・研究の現状と課題/仲川
靖
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・生活デザインの現場か5
第
9
回
住居設計演習合同課題/デザイン教青
原寸の空間を考え芯がらつくる。
/佐々木一泰
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・海外研修報告
アメり力の大型類人猿研究施設の動向に学
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/明和政子
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インドヒマラヤの夏
/棚瀬慈郎
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隊商都市・パルミ
ラの家屋墓調査
/石川
│慎治
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レトの建築作品とオラン夕、建築
/佐々木一泰 一
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第21
回国際血栓止血学会に出席して
/高山博 史 一
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・人間文化通信
人間文化セミナー
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楽座報告
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目
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2007
年度卒業論文・修士論文・博士論文一覧
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編集後記
-スケッチをする人・
野外でスケッチをする時、開放的な気分も 重なり、グループになって話しを愉しみなが ら姉く人たち。グループから離れて、 一人で 対称と向き合う人たち。だれにもそれぞれの 能力が秘められている。来たしてその成果は 如何にー。 サイズ 40.0cm x 32.0cm 鉛筆・水彩.Musecubi 絵・文/安 土 優一
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巻
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学部長木
人間文化学部)
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教育基本法改正後、 1年以上が経過した。新教基法にあわせて昨年6月には教育 3法(学校教育法、地 方教育行政法、教育職員免許法)改正もなされた。変更点は多々あるが、幼・小から大学まで貫く目玉に 学校 (教員)評価のテーマが居座っている。ザンギリ頭ならぬ、平成の猫も杓子も頭をたたけば「ヒョウ カ、ヒョウカjの音が出そうな時代である。では、法律にまで方向づけられる事態にどう立ち向かうべき か。 ヒョウカは大切で、ある。しかし、いつでもどこでもヒョウカが論じられるわりには、暖昧な意味内容が 随分気になる。それが目標や活動を反省する本来の評価か、又は、「食うか食われるか」の生存競争なのか で中身がまったく違ってくるからだ。自主的目標設定(自己評価)が彊われながら、その結果(絶対評 価?)を相対評価の生存競争に使うという、意図的 ・無意図的な混同も流行している。そもそも「競争は 大事j というかもしれない。しかし、サッカー競技 (擬似戦争)と本物の戦争、あるいはスポーツ競争と ギャンブル競争が異物であるように、本来の学問競争も「食い合いJ
の生存競争とは質が違う (とくに競 争の結果、連帯が生まれるか否かという点で)。 人類が「食い合い競争Jの歴史的段階を脱していない根の 深さもあろう。大学(教員)評価も例外ではないのである。 本来のヒョウカとは目標に対するものである。まず目標を「誰が何のために何をどのように」設定する かが検討すべき出発点となる。そして、その目標設定のあり方自体や活動のプロセスすべてについての、 当事者同士の自主的 ・民主的な「反省 ・改善」に生かす点に評価活動の本来の意義がある。今日の評価論 では、これを形成的評価と呼び、総括的評価 (評定)の固定化をいましめている。 また、評価の真の実効性をめざすうえでも、当事者の納得を含む関かれた作成・改善のプロセスが担保 されねばならず、「評価は、学術の同輩が解釈する、研究、教育およびその他の学術的ないし専門的職務に おける学術的能力の基準にのみもとづくJ
(ユネスコ勧告「高等教育の教育職員の地位に関する勧告J1997 年)観点から作業は行われるべきである。もちろん教員間・組織間の共同の意見交換あるいはピア・エヴ ァリュエーションによって不断の評価の蓄積と更新がなされるはずで、あり、改めて社会的意義が問い直さ れ、教育・研究の発展を望む立場から「開かれたJ評価がなされることになる。 しかし、その評価結果を資源配分の「食い合いJ
(英国のある評価論文でもdogeat dogの表現がみられ る)に連動させる新たな事態が起こり始めている。「相対評価」の用語がそこで使われたとしても、正しく は「蹴落とし合い評定」というべきだろう。「評価」一般の英語にはevaluationやassessmentがあてられる が、「評定J
はrating,grading, appraisal, ranking等の用語で、区別される。「評定jとは社会的価値づけから みた評価用語の一種でもあり、もとより「共食い評定」に限定されるものではない。独特の受験戦争など 悪弊の結果、染み付いた体質が日本の大学(教員)評価でも受け継がれたのか。とにかく大学レベルでさ え、中期目標・中期計画それ自体について民主的で共同的かつ冷静な「反省と改善(変更を含む)Jをしに くい現実があるように思う。 資源配分に連動させる背景には評価国家政策の動向がある。うわべは自己(反省)評価が言われるもの の、実際には評価政策による統制が強化されているのである。たとえば、大学評価・学位授与機構による 次のような認証評価事例をあげてみよう。 ある大学の「教育方法及び成績評価面での取組J
項目についての機構側の評価結果では、「多様な学生構 成並びに少人数授業が多いという事情もあるが、組織として評価の公平性・厳格性の確保の観点から、評 価基準を設定し、学生に明示する取組が望まれる」と記述された。これに対し、大学側のコメントでは、「多 人間文化・授業には関心の上でも背景の上でも多様な学生が集まる。この方針の追及と、一律の評価基準を定めた上で の相対評価とを両立させることはきわめて困難
J(
平成1
6
年度東京大学大学院総合文化研究科・評価報告書、 下線部引用者)と、大学側は問題点 (相対評価)を正しく指摘した。統一基準の押し付けの不合理性を述 べているのである。 相対評価は長い経緯で批判されつくしてきた感がある。したがって、大学評価において、なぜ、選別評価 圧力がここまで執効かについては、新たな市場原理主義・成果主義の政策展開が大きな意味をもっている 点に格別の注意を払いたい。たしかに、研究費に限らず、大学における社会資源は何時でもどこでも何ら かの配分方法が求められる。しかし、成果主義の生存競争を正当化できるほど、あるいは商品生産と同一 視できるほど大学の資源配分原理は単純でない。「人権教育をすれば人権侵害がなくなる」などの笑えない 中期目標が大学で立てられたりもするが、科学的見地からも、教育で結果が決定づけられる成果主義的因 果はありえない。商品生産にたとえる「学生の品質保証Jは笑えない比聡である。 そもそも大学が民間の企業経営になじむかどうかも十分な検討を要する。「京都企業の1
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年の歴史を持 つ1
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社以上の会社が1
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通り以上の経営手法があるJ
(重本直利、2
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ように、民間企業が一枚岩の経 営であるはずはなく、成果主義ゆきづまりの現実もある。まして万能細胞発見者が研究はほぼ失敗の連続 だと言うように、教育・研究の行為そのものは売り上げの成果主義でランキング相対評価できる代物では ない。時に商品化が想定できたとしても、ただちに成果物だけで価値を計算しがたい教育・研究活動の複 雑さがある。ユネスコが注目する欧米の4つの大学連合 (計4922大学)が「高等教育は公共的利益the publicinterestに奉仕するものであり商品commodityで、はない」とした近年の宣言も、このことをふまえて の認識であろう。本質的には、因果を定量的にのみ検証しがたい対象の性質に由来するものである。 近年、認証評価機関が教育評価に力点をおき始めている。本学で開催された説明会では「教育を評価す ることの難しさJ
(荻上紘一、2
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)
について認証評価機関担当者の率直な言明もあり印象的であった。そ の通り難しい作業なのであり、そう理解するのか、又は、初めから「数値評定による格差化を」と突っ走 るかでは天地の開きがあろう。成果主義評価の信奉者は、パソコンの計算アルゴリズムよりも教育のプロ セスのほうがはるかに複雑な事態であることに想像力が働かないのだろうか。 学生への影響が気になる。とにかく市場競争の圧力と「勝ち組」と「負け組」の社会格差がすさまじい。 加藤周ーが、「国全体の情熱」をかきたてて改善すべき目標として年頭にワーキングプア対策を掲げるなど(
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年1
月、朝日)、現実の深刻さを反映しているだろう。あるスウェーデンの大学を訪問した機会があ るが、他方では、学費は大学まで無料という日本から想像しにくい現実もある。単純な制度比較は慎むべ きだが、社会連帯と公正のシステムが定着しないまま大競争に突入した日本社会で若者の困難が加重して し、る。 日本で対応が皆無だったわけではない。貧困者にも等しく教育機会は与えられるべきとの文部省方針 (47年教基法下)が戦争直後にあった事実などは忘れてはならない。返還不要の奨学金で大学院修了できた 者は多いが、現在は利子付に切り替えられている。しかし、評価を本気で行うというのなら、学費免除制 度の動向を含むあらゆる面で、未来を生きるすべての若者の能力を生かすべく社会正義と連帯の実現をは かる教育政策をこそ、「情熱をもって」評価すべき時に至っているのではないか。公共性をもっ大学の社会 的役割は大きいはずだ。 以上2
・人間文化論文
冷えを改善するために
一冷
えを予防する食品の効果-はじめに
中 医 学 に は 『薬 食 同 源Jと い う 言 葉 が あ る
。 食 べ 物 と 薬 物 は 同 じj原 で あ る と い う 考 え 方 で あ る。植 物 、 動 物 な ど を口に 入 れ る 際 に 、 空 腹 を 満たすときには「食」、病を治すときは「薬」と して用いるのである。程 度 の 違 い は あ る が 、 食 べ 物 に は 薬 理 作 用 な ど 、 身 体 の 生 理 機 能 に 影 響 を与える性質がある。その中の一つ に 体 温 に 関 わるものがある。中 医 学 で は 食 べ 物 を 、 身 体 を 温める性質のもの(温熱生)、冷やす性質のもの (寒涼性)、 ど ち ら で も な い も の (平 性)に分類 し て い る (表1。) 唐 辛 子 や シ ョ ウ ガ など 、 食 べ る と 温 かくなる こ と が 体 感 で 感 じ る も の が あ る一方、かぼちゃ や 鶏 肉 な ど 感 じ に く い も の も あ る。そこで我々 の 研 究 室 で は 食 品 を 摂 取 に よ り 、 実 際 に 身 体 が 温 ま る 、 あ る い は 冷 え る こと を 、 体 表 温 を 指 標 として確認してきた。 表1 中医学における食品の分類 温 熱 性 平 性 宰 涼 性 穀類 │もち米 うるち米 とうもろこし│l小量、大査、そli、車、 │ハトムギ 芋類 豆類 じゃがいも、さつまい│く│ず も、里芋 │ 大E、落花生黒夏、そ│ │緑E、E腐 ら豆、小豆エンドウ豆l lしいたけ、きくらげ、1:大様、きゅうり、れん 野菜類│カボチャ、にんにく 総ぎ、にら、│春菊、にんじん、キャ│こん、ごぼうもやし、 1 ~_ lベY、白菜 ト│マト、なす l なつめ、あんず、車、1 果実類 :│桃、梅、さくらんぽ1:".:"ぶどう、いちじく│ 同類│羊閃、諮問、鹿肉 │牛肉、豚問 すいか、びわバナナ、 ゆず、柿ミカン、キウィ 明間 魚 介 類 なまこ、エピ、タカツオ、さぱ コ、││コイ、クラゲ、うなぎ、カキさけ、ふな、イカ、│iカアサリ二 ハモ、しじみ、 その他 12 2 4 2 2、酢│白砂糖、酢 │調書類、師、塩 醤 唐辛子黒砂縮からし1_
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, "' 背景:冷え症 近年、「冷え症」が問題になっている。冷え症 とは、 『医学大事典.11)によると 「身体の特定の 部 分 の み を 特 に 冷 た く 感じ、耐えがたい場合を いう。部 位 は 腰 部 が 最 も 多 く 、 つ い で 足 部 が 多 1 )医学大事典南山堂1998年吉 田 真 由 子
人間文化学研究科 生活文化学専攻 健 康 栄 養 部 門灘 本 知 憲
人間文化学部 生活文化学科 食 生 活 専 攻 い。」 とされているO 症 状 が 長 期 に わ た り 、 ひ ど い場合には日常生活に支障をきたすこともある。 女 性 の 過 半 数 が 冷 え に 悩 ん で い る と も言われ ている。昨 年 度 本 学 の 女 子 学 生 を 対 象 に 実 施 し た ア ン ケ ー ト 調 査 で は 冷 え 症 の 診 断 基 準2)にお い て 、 冷 え 症 と 診 断 さ れ た 人 は68%。また、自 分 が 冷 え 症 だ と 感 じ て い る 人 は74%、そのうち 冷 え 症 に 悩 ん で い る と い う 人 は78%という結果 になった。3)若 い 女 性 か ら 中 高 年 の 方まで、年 代 に 関 係 な く 多 く の 女 性 が 悩 む 問 題 で あ る叩 ま た、冷えが頭痛、月経痛、腹痛、腰痛、めまい、 イ ラ イ ラ 、 不 眠 、 肩 こ り な ど 様 々 な 症 状 を 引 き 起こすこともある。冷えは甲状腺疾患や惨原病、 心 臓 病 な ど の疾 病 が引き起こす場合もあるが、 多 く は 自 律 神 経 や ホ ルモン バ ラ ン ス の 乱 れ 、 血 流 が 悪 く な る こ と に よ る と 考 え ら れ て お り 、 現 代の生活環境が生み出した弊害ともいえる。 冷 え し よ う に は 「 冷 え 性 」 と 「 冷 え 症」の2 種類の表記法がある。「冷え性」は「冷える性質、 体 質 的 に 冷 え や す い」と性質を表す。「冷え症」 は「冷えるという症状」を表す。そのため、「冷 え症」は 疾 病 の 一 部 と 考 え 積 極 的 に 治 療 が 行 わ れ 、 治 る も の と さ れ て い る。こ の 違 い は 、 西 洋 医学と東洋医学の考え方の違いにある。「冷え性」 は西洋医学的、 「冷え症」 は東洋医学的に考えら れるものである。 西 洋 医 学 は 、 身 体 を 数十 億の 細 胞 が 集 合 し た 器官、組織により構成されたものと考えている。 つ ま り 、 皮 膚 組 織 に 包 ま れ た 各 種 の 臓 器 や 筋 肉 組織、神経組織、骨組織などが配置されている。 病 気 に か か っ た 場 合 も 同 様 に 考 え 、 治 療 は 異 常 な 状 態 に な っ た 部 分 を 正 常 な 状 態 に 戻 す こ と に 重点をおく。人 体 を パーツ に 分 解 し 特 定 の パー ツ だ け に 外 部 か ら の 力 を加えて 治 療 す る の で あ 2 )寺津挺年 漢方医学における「冷え症jの認識とそ の治療生薬学雑誌1987年41(2.)85-96 3 )滋野珠美へスベレチン誘導体摂取が身体に及ぽす 影 響 平 成18年度卒業論文 人 間 文 化・3
る。外 科 療 法 、 化 学 療 法 は こ の 考 え に 基 づ い て いる。冷え症も同様に身体の一部に異常が起き、 それが原因として考える。現 状 と し て は 、 自 律 神経の障害であると診断されることが多い。 一方 、 中 医 学 を 代 表 す る 東 洋 医 学 で は 、 身 体 全体を 1つのまとまりとして考える。人間の身 体 は 絶 え 聞 な く 活 動 (変 化 ) し て お り 、 身 体 の 各部分は深くつながりあい、影響を与えている。 実際、人体のパーツはそれ ぞ れ に 結 び つ い て 活 動しており、切り離すことは不可能である。体 内のパーツがつながり合うことで全体が調整さ れ、動態的平衡を保っている。中医学における 健 康 と は 、 身 体 の 互 い の パーツの関係がスムー ズ で 、 各 部 分 が 滞 り な く 活 動 し て い る 状 態 で あ る。身 体 全 体 の 流 れ の ど こ か に 歪 み が 生 じ た 状 態 を 病 気 と 考 え 、 体 全 体 の 活 動 の バ ラ ン ス を 整 えることに治療の重きをおく。 中医学では、「気
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水」がバランスよく 体内を巡ることで健康が保たれると考える。「気」 は“生命のエネルギ一¥11
血但jは赤い液体“且血1 液 など"を表している。この流れが滞ったり、気 血 水 が 足 り な く な っ た 場 合 に 冷 え 症 や 、 そ れ に 伴う疾病だと診断される。よって冷え症はこの 流れをスムーズにすることを治療法とする。具 体 的 に は 漢 方 薬 を 利 用 す る な ど 、 食 べ 物 の 力 を 借りることになる。 香辛料 人類が香辛料を使用した歴史は古く、 5万年 以 上 前 の 原 始 狩 猟 民 族 の 時 代 に さ か の ぼ る と い われる。香 辛 料 の も つ 芳 香 が 獣 肉 の 腐 敗 臭 を 矯 臭 す る の に利 用 さ れ て き た と 考 え ら れ て い る。 ま た 、芳 香作用 、 抗菌作 用 、着色作用、抗酸化 作 用 な ど が 食 品 の 品 質 向 上 に 役 立っている。ま た、薬理効果があり、様々な面で有用に活用さ れてきた。下 記 に 示 す 香辛料 は 、 食 品 の 性 質 に よる分類では温熱性を持つものである(表 1)。 [唐辛子] 唐 辛 子 に は レ ッ ド ペ ッ パー (Capsicum annuum L.) とタノ〈スコ(c.fru tescensL.)の 2系統ある。熱帯アメリカ大陸原産で、コロン ブスの新大陸発見以後、ヨーロッパに持ち込ま れた香辛料である。ヨーロッパでは民間薬とし4
・人間文化 て 間 歌 熱 の 対 症 薬 と し て 使 用 さ れ 、 日 本 で は 感 冒、頭痛、 吐 気 、 脚 気 な ど に 効 果 が あ る と し て 用いられた。 辛味成分はカプサイシン (capsaicin)であり、 その約90%は果皮部分に存在し、残りの10%が 種子部分に含まれている。 [コショウ] コショウはコショウ科コショウの果実である。 黒コショウ (Fructuspiperis nigri)は未熟果 を 採 集 し て 乾 燥 さ せ た 果 実 で あ り 、 白 コ シ ョ ウ (F.piperisalbi)は成熟果を数日開発酵させた 後、果皮を除いて乾燥させたものである。 コ シ ョ ウ は 世 界 で 最 も 多 く 使 用 さ れ て い る 香 辛料である。ヨーロ ッパでは紀元前から知られ ていた。強 力 な 殺 菌 ・ 抗 菌 作 用 が あ り 、 冷 蔵 技 術 が 未 発 達 な 中 世 で は 料 理 に 欠 か せ な い も の で あった。ま た 、 大 航 海 時 代 に 食 料 を 長 期 保 存 す る た め の も の と し て 珍 重 さ れ て き た。日本へは 中国を経て伝来した。唐辛子が伝来する以前に、 辛 味 調 味 料 と し て 現 在 よ り も 多 く 利 用 さ れ て い た。駆 風 、 解 熱 剤 と し て 用 い ら れ 、 唾 液 分 泌 促 進 、 ア ミ ラ ー ゼ 活 性 の 上 昇 作 用 な ど が 知 ら れ て いる。 'コショウは辛味成分としてピペリン(piperine) シャピシン (chavicine)の2種類を含有する。 [ショウガ] ショウガはショウガ手ヰショウガ(Zingiber officinaleL.)の根茎である。古来、インド、中国 では調味料として珍重され、古代ギリシャ、ロー マでも使用されていた。16世紀にはスペイン人が ジャマイカに植栽している。日本料理にショウガ はなじみ深く、魚や肉の臭み消しに利用されるほ か、梅酢に漬けた紅ショウガや甘酢につけたガリ などに加工される。民間薬の代表的存在であり、 風邪、胃痛、腹痛の際に広く利用されている。漢 方薬として、頭痛、鼻詰まり、鎮咳、鎮吐、腹痛に 対して効果がある。 シ ョ ウ ガ の 辛 味 成 分 は ジ ン ゲ ロ ール (gingerol)、ショウガオール (shogaol)、ジン ゲロン (zingerone)などである。 今回NHKの取材に協力して、これら 3種 の 香 辛 料 の 体 温 に 及 ぼ す 実 際 の 影 響 を 試 験 す る こ と になった。一 般 の 方 に も 参 考 に な る 結 果 を 得 る ことができたことと、実際に放映された内容と の組断も興味深いので、ここに紹介する。実験呂的
香 辛 料 は 温 熱 作 用 の 効 果 が 表 れ や す く 、 日 常 の 食 生 活 に 取 り 入 れ やす い も の で あ る た め 、 冷 えの改善に期待できる。実際に体表温をil!1]定し、 そ の 変 化 を み る こ と に よ り 香 辛 料 の 温 熱 作 用 を 検証する。実験方法
・摂取物 対 照 味 噌 汁 味噌1
0
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8
g
、頼粒昆布だし1.0g
をカップに入 れ、湯15
0
叫でi容いた。 サンプル: 唐辛子入り味噌汁(唐辛子0
.
6
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)
コショウ入り味噌汁 (コショウ0
.
5
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)
ショウガ入り味噌汁 (生ショウガ1
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相当の 絞り汁) 唐辛子、コショウ、シ ョウガの効果をみるた めに、対照の味噌汁に香辛料を添加し、無添 加 の 味n首汁を含め4種 類 の 味n目汁を用意し た。 これらはすべて6
0
0C
に調整した0 • tsIJ定条件 [実験時期]平成1
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年1
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月 [被験者]健康な 19~23 歳の女子学生 6 名 [服装]上下スウェッ ト、Tシャツ、靴下 時 間(分). 恒 温 室 入 室 測 定 装置装着2
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1
安 静-5
測 定 開 始 O 試 験 物 摂 取 開 始2
・
試 験 物 摂 取終了 軍 一 実 験終了 図1実験のプロトコル 冷えを改善するために一冷えを予防する食昂の効果一 [実験環境]室 温21
~220Cに保たれた室内(恒 温室) -測定方法 被験者には着替えを済ませた後、恒温室に入 室してもらった。 体表温は連続的に計測できるセンサーを左首 筋、左手薬指背、左足中指背の3カ所に貼付け2
0
分 ほ ど 安 静 に し 、 測 定 値 が 安 定 す る ま で 待 って測定を開始した。測定は座位にて行い、測 定部位は動かさないようにしてもらった。 摂取する 5分前から測定を開始した。2分間 で摂取し終え、摂取後60
分間測定した(図 1。) 測定中は軽い談笑を許可し測定に影響がないと 思 わ れ る 幼 児 向 け ア ニ メ ー シ ョ ン のDVD映 像 を視聴させた。 結果 体 表 温 の 測 定 値 は 各 測 定 時 聞 か ら 1分 間 の 値 を 平 均 し 、 そ の 時 間 の 体 表 温 と し た。データは 摂 取 前5分 間 の 測 定 値 の 平 均 を 基 準 と し 、 摂 取 開始O分 から60
分 間 そ れ ぞ れ の 値 か ら 減 じ て 温 度 変 化 で 表 し た。それぞれの測定部位ごとに、 被験者6名の変化量の平均値をグラフ化した。 次 に そ れ ぞ れ の 部 位 で の 体 表 温 の 経 時 変 化 を 見て行くと、 [首] 味 噌 汁 の み の 摂 取 で は 首 の 温度 に 変 化 は ほ と ん ど な か っ た。香 辛 料 ( 唐 辛 子 、 コ シ ョ ウ、ショウガ)添 加 の 味 噌 汁 は0
.
5
0 C前後温度を 上 げ 、 効 果 は 1時 間 続 い た 。 首 の 温 度 は 体 温 (熱産生)の影響を受けやすいので、香辛料摂取 によって熱産生が促進され て い る と 考 え ら れ る (図2- 1 )。 実際に、3
0
分後に摂取前より首の 体 表 温 が 高 か っ た 人 は 唐 辛 子 で は 6名中 4名、 コショウ 5名、 ショウガ6名、 1時間後では唐 辛 子6名、コショウ 5名、ショウガ5名であった。 [手指先] 味 噌 汁 の み で は一 過 性 に 体 温 が 上 昇したが、3
0
分 程 度 で 元 の 温 度 に 下 が っ た。コ シ ョ ウ , シ ョ ウ ガ で は比較 的 長 時 間 温 度上 昇 が 続いた。唐辛子の手指先への影響は小さかった。 手 指 先 の 温 度 は 変 化 し や す く 、 体 内 外 の 影 響 を受けやすい。例 え ば 摂 取 前 の 指 先 温 度 が 低 い と 、 温 め ら れ た 摂 取 物 の 影 響 を 受 け 易 い。被 験 者 6名の手指先の摂取前平均温度を比較すると、 味 噌 汁 で は3
1
0 C、 唐 辛 子 、 シ ョ ウ ガ で は2
8
0 C、 コショウでは2
6
0C
であった。コショウ摂取時の 人間文化・5
摂 取 前 温度は 他 の 摂 取 物 の 時 よ り 低 か っ たので、 温 度 上 昇 が 顕 著 に 出 易 か っ た と言える。 唐 辛子 摂 取 に よ る 温 度 上 昇 は 小 さ かった が 、 測 定 後 半 に 再 度 体 表 温 が 上 昇 し て い る 傾 向 が う か が え る (図2- 2)。摂 取30分 後 に 摂 取 前 よ り 手 指 先 の 体 表 温 が高か っ た 人 数 は 、 味 噌 汁 の み で は 1名 のみであった の に 対 し 、 唐 辛 子 で は 6名中 2名、 コショウ 4名、 ショウガ 5名、 l時間後では、 味 噌 汁 の み で は l名 、 唐辛子4名 、 コ シ ョ ウ 4 名 、 シ ョ ウ ガ3名 と 、 大 半 の 被 験 者 に 香 辛 料 摂 取による温度上昇が観察された。 [足指先]味噌汁のみの温度上昇は 1人 の 被 験 者
(
F
)に よ る も の で あ っ た
(図3
一1
)。 ま た、ショウガでの温度上昇は 2名 (C,E)による ものであった (図3-2)。唐辛 子、 コ シ ョ ウ 摂 取 で は 大 き な 温 度 変 化 を 示 し た 被 験 者 は い な か った (図2- 3)。 考察 手 足 指 先 の 温 度 変 化 は 、 実 験 開 始 時 の 皮 膚 温 を は じ め 、 体 内 外 の 影 響 を 受 け る。し か し な が ら 、 少 な く と も シ ョ ウ ガ 、 コ シ ョ ウ は 多 く の 人 で 指 先 温 度 を 上 昇 さ せ る と 考 え て よ い。これは エ ネ ル ギ ー 産 生 の 促 進 に 加 え て 、 末 梢 血1流 の 促 進効果が加わったためと考えられる。 唐 辛 子 、 コ シ ョ ウ 、 シ ョ ウ ガ の 辛 味 成 分 の 摂 取 が 交 感 神 経 を 刺 激 し 、 体 熱 産 生 を 促 進 す る こ と が 報 告 さ れ て い る。11こ れ ら の 作 用 が 今 回 は 首 、 手 指 先 に 表 れ た も の と 考 え ら れ る。唐 辛 子 で は コ シ ョ ウ や シ ョ ウ ガ ほ ど の 効 果 が み ら れ な か っ た が 、 測 定 の 後 半 に は 体 表 温 が 上 昇 し て お り、長時間の温熱作用があるものと考察される。 ま た 、 座 位 で は 香 辛 料 の 効 果 が 足 指 先 に 表 れ る こ と は ま れ に し か 認 め ら れ な か っ た。今 回 の 実 験 環 境 に お い て 、 座 位 で の 状 態 は 足 指 先 が 冷 え や す く な っ て い た こ と も あ り 、 体 表 温 が 変 化 し や す い 手 指 先 に 比 べ て 、 足 指 先 で は 全 体 的 に 変 化 が 少 な か っ た。個 人 の 微 妙 な 体 調 の 違 い に よ っ て 、 摂 取 に よ る 影 響 に差が 出 た も の と 考 え られる。し か し 、 シ ョ ウ ガ 味 噌 汁 摂 取 時 に は6 4 )河田照雄 香辛料辛味成分の機能に関する栄養生化 学的研究 日本栄養・食糧学会 1992年45(4)303-3126
・人間文化 十 十 汁 E E 噌 嗣 州 一 明 入入孔 汁 子 、 コ 山 川 噌 辛 λ t 昧 唐 己 l い ++ 十 + 目 ト E E E E E E E﹄ F 3 4 白 ' E u n u -n u ( υ 。 ) ﹄ T 制 脳 同 べ 0.5~一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一時間(分) 図2-1 摂取後の首温度変化 10 十 十 汁 官 官 噌 問 中 劇 肺 M M 引 汁子方山山 噌辛, A 町 口 昧 唐 口 し ++ 十 + 4 ι 内 , ι { U 。 ) 垣 則 問 削 四 九 。 は も 2 ド一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一 時 間(分) 4 図2-2 摂取後の手指先温度変化 十 十 汁 白 日 曲 目 増 刷刷附 川 一 川 川 十 字 a h つ方 砥辛﹂凸 昧 唐 己 し ++ ? ?。
~ 3 ムコ 扇2 世 堅 田 1 e一一 図2-3 摂取後の足指先温度変化 35 9 7 5 3 の 乙 内 ζ 内ζ 内 , ι ( U 。 ) 岡 山 明 M S 19 e一一一一 17 摂取前 摂取後10分療取後30分侵取後60分 図3-1 昧噌汁摂取時の足指先温度の変化 35 33f-一一 9 7 5 3 2 2 2 2 ( ρ ) 開制設 19f一
一
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17 摂 取 前 額取後10分 限 取 後30分 接取後60分 図3-2 ショウガ摂取時の足指先温度の変化人中2人 の 足 指 先 の 体 表 温 が 上 昇 し て い る こ と から、全く効果がないとは言い切れない。 今 回 の 実 験 で は 単 回 摂 取 を 行 い そ の 後 の 体 表 温 変 化 を 測 定 し た が 、 こ れ ら の 香 辛 料 を 日 常 的 に 食 事 に 取 り 入 れ る こ と に よ っ て 、 冷 え に 効 果 があるのではないかと考えられるG 今 回 の 実 験 で は 、 代 表 的 な 香 辛 料3種 類 を 試 験 食 と し て 用 い た。ど の 香 辛 料 も 、 対 照 で あ る 無 添 加 の 味 噌 汁 に 比 べ て 体 表j置 を 上 昇 さ せ る 効 果 を 確 認 で き た。有効成分はそれぞ、れの辛味成 分 で あ る と 考 え ら れ る。で は 、 こ の 3種 類 の 香 辛 料 の 中 で は ど れ が 一 番 効 果 的 だ ろ う か。香 辛 料 の 摂 取 量 の 設 定 は 、 日 常 に 利 用 可 能 な 量 を 目 安 と し て い る が 、 こ れ ら に 含 ま れ る 辛 味 成 分 の 量は一定 で は な い。よ っ て 直 接3種 を 比 較 す る こ と は で き な い。ま た 、 吸 収 率 の 問 題 が あ る。 ラ ッ ト を 用 い て 、 そ れ ぞ れ の 辛 味 成 分 の 吸 収 率 を計測した報告5) 6)では、腸管で大半が吸収さ れている。今 回 の 摂 取 形 態 は 成 分 の み を 取 り 出 し た も の で は な く 、 あ く ま で 食 事 の 中 の 1つの 食材である。吸 収 速 度 や 吸 収 率 が 食 品 に よ り 異 な る 上 に 、 摂 取 す る 人 自 身 の 個 人 差 が あ る。こ れ ら の 香 辛 料 に は 身 体 を あ た た め る 効 果 が あ る と い う こ と を 知 識 と し て 頭 に 置 く 程 度 が 良 い だ ろう。個 人 の 晴 好 の 問 題 も あ る た め 、 日 常 の 食 事に無理なく取り入れることが望ましい。
NHKの取材にあたって
実 の と こ ろ 、 前 述 の よ う に 今 回 の 実 験 はNHK の 情 報 番 組 か ら 依 頼 が あ り 行 っ た も の だ。テー マ は 「 発 見 1冷 え に 打 ち 勝 つ 食 事 法」である。 実 験 の 全 体 は こ れ ま で に 紹 介 し た と お り で あ る。 し か し 、 実 際 に 放 送 さ れ た も の は 、 図 2-1、 2 - 2か ら 唐 辛 子 に 関 す る 部 分 の み を ピ ッ ク ア ップしたものであった(図4
)。 放 送 内 容 は 、 唐 辛 子 を 摂 取 す る と 、 辛 味 成 分 に よ る 体 熱 産 生 の 促 進 が 起 こ り 、 首 の 温 度 が 徐 々 に 上 昇 す る ( 摂 取 後30分ごろから)。 首 温 度 の上昇が指先へのJIIl流を制御するAVA(動 静 脈 5) Kawada.T..Suzuki.T..Takahashi.M.. and Iwai.K Toxico.1App.1Pharmaco.l.72. 449 (1984)6) Kawada.T.. Sak王abe.S.-I..YamamotωO :Proc.S匂此0ωc.Exp. Bi凶0.1Med川l悶88.229(付1銘988劫) 冷えを改善するために 冷えを予防する食品の効果 〈ト・手指先
o
21
----
~一一一
一
一一一一一一
二:おあり
側 1 生H。
図2-2 摂取後の手指先温度変化 l吻合 部)を 聞 き 、 指 先j昆度が30分 以 降 に 仁 昇 し 始 め る 、 と い う も の で あ っ た。こ の 考 察 は 必 ず し も 間 違 っ て い る と は 言 え な い。首温度とAVA の関係は指摘の通りと考えられるからである。 し か し 、 香 辛 料3種 の 体 表 温 に 及 ぼ す 影 響 を 見 た 今 回 の 実 験 の 全 体 像 が 全 く 紹 介 さ れ て い な い た め 、 デ ー タ 提 供 側 か ら 見 る と 、 違 和 感 を 禁 じ得ない。我 々 が 付 け 加 え た い こ と は 、 シ ョ ウ ガ や コ シ ョ ウ に も 同 様 の 作 用 が あ る と と も に 、 冷 え の 改 善 に は 末 梢 血 管 の 拡 張 ( 収 縮 緩 和)に よる.uIl流 改 善 効 果 も 重 要 な 要 素 に な る こ と で あ る。体 熱 産 生 が 促 進 さ れ る と 同 時 に 、 手 足 な ど の 末 梢 部 位 の 血 流 が 改 善 さ れ れ ば 、 冷 え て つ ら い 部 位 に 直 接 温 か い 血 液 が 流 れ 込 み 、 温 熱 効 果 は よ り 期 待 で き る。唐 辛 子 だ け が 冷 え に 効 果 が あ る 香 辛 料 で は な い の だ。実 際 に 、 首 や 手 指 先 の 体 表 温 は 唐 辛 子 よ り 、 コ シ ョ ウ や シ ョ ウ ガ の 方が摂取後に上昇している(図2- 1,2)。テー マ に 従 え ば 、 今 回 の 実 験 で は シ ョ ウ ガ や コ シ ョ ウ の 方 が 実 際 に は 効 果 が あ っ た こ と に 触 れ る べ きではなかったか。 これまで、テレビ放送における情報の誤りや、 誇 張 し た 内 容 、 担 造 が 問 題 に な っ て き た。今回、 我 々 の 研 究 に 関 わ る 情 報 を 提 供 し た が 、 す べ て の 伝 え た い 情 報 は 放 送 さ れ な か っ た。放 送 時 間 や 視 聴 者 に わ か り や す く 説 明 す る 上 で の 番 組 制 作 側 の 都合 が あ り 、 や む を 得 な い 状 況 も あ る だ ろう。し か し 、 特 に 科 学 的 な 情 報 を 取 り 扱 う テ レ ビ 番 組 を 視 聴 す る 際 に は 、 元 々 の 発 信 者 か ら の 直 接 の 情 報 で は な く 、 人 の 手 が 入 っ た も の だ と い う 意 識 が 必 要 で あ る。私 た ち が 利 用 す る 食 べ 物 に 関 し て い え ば 、 そ れ ら が 持 つ 身 体 に 与 え る 影 響 は 小 さ な も の で あ る 。 し か し 、 常 識 で は 考 え ら れ な い ほ ど を 食 べ 過 ぎ れ ば 、 予 期 せ ぬ 健 人間文化・ 7康 被 害 に あ う か も し れ な い。ある効果を期待し て 食 品 を 摂 取 す る 場 合 、 適 量 を 日 常 的 に 続 け 、 お い し く 楽 し く 食 事 を と る こ と が 重 要 で あ る。 こ れ さ え 食 べ れ ば 、 健 康 に な る と い う 夢 の よ う な食材は存在しないのである。
おわりに
冷 え 症 の 原 因 は 現 代 の 生 活 習 慣 が 深 く 関 わ っ ている。運 動 不 足 に よ る 熱 産 生 不 足 や 、 夏 の 強 い冷房 ・冬の薄着などによる体温調節が正常に 行 え な い こ と に 起 因 す る。今 回 の 実 験 で は 、 香 辛 料 が 体 熱 産 生 を 促 進 し 体 表 温 をi
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'tめることが わかった。た だ 温 か い 味 噌 汁 を 飲 む よ り も 、 こ れらの香辛料 を 添 加 す る こ と で 、 体 表 面 の 温 か さが長時間持続する。今回は、 実 験を行いやす い味11留汁を用いたが、香辛料はどんな食材とも 相 性 が 良 い た め 、 食 事 の 中 に 取 り 入 れ 易 いo ま た 、 シ ョ ウ ガ は シ ョ ウ ガ 湯 な ど と し て 休 憩 時 に も利用することができる。こ れ ら の 香 辛 料 を 上 手 に 生 活 の 中 に 取 り 入 れ て い く こ と が 、 冷 え の 改轄につながる。身 体 を 温 め る こ と は 冷 え を 抑 制することができ、 QOL(生活の質)の向上に 期待できる。し か し 、 食 生 活 以 外 の 生 活 習 慣 に 冷 え の 原 因 が あ る 場 合 、 そ ち ら も 改 善 し て い か な い 限 り 冷 え 症 の 完 治 は 難 し い。冷 え 症 は 体 内 循 環 が 正 常 に 行 え な い 状 態 で あ る。食 習 慣 、 生 活 習 慣 を 見 直 し 体 調 を 管 理 し 、 よ り 自 ら の 健 康 に意識を持つことが大切である。8
・人間文化 参考文献 ・藤淳史子、灘本知主主、伏木亨 ・ シ ョ ウ ガ 摂 取 が ヒ ト 体 表 温 に 及 ぼ す 影 響 日本栄養 ・食 糧 学 会 誌2005年58(1)3・9 -新居裕久、{児i焼、中山佑子:薬膳で治す おい しく食べて健康づくり 時事通信社 1990年 ・徳井教考:薬膳と中医学 建吊社2003年 . httpゾ/www.yakuzenro.jp/nyumonlnyumon_top.htm -医 学 第 事 典 南 山 堂1998年 -岩 井和夫、 中 谷 延 二 香 辛 料 成 分 の 食 品 機 能 光生館 1989年 ・ リ ュ シ ア ン ・ ギ ュ イ ヨ : 香 辛 料 の 世 界 史 白 水 社 1997年 -秋葉有生、渡溢賀子 ;NHKきょうの健康2004 年11月 -中野弘一 :NHKきょうの健康2005年12月 -西 村真未 : 体 を 温 め る 飲 み も の 平成16年 度 卒業論文 r守田真由子:身体 を 温 め る も の 平 成17年 度 卒業論文.
i
寅野珠美 : ヘ ス ペ レ チ ン 誘 導 体 摂 取 が 身 体 に 及ぼす影響 平成18年度卒業論文論文
トングウェの人々の言語使用と言語意識
一
家
庭内での
言語
使用を中心に
1
.
はじめに
1
-
1 タンザニアにおける国語と部族語
タンザニア連合共和国 (TheUnited Republicof Tanzania)は、 1961年に旧宗主国のイギリスから 独立した。初代大統領のジュリアス・ニエレレが 1967年のアルーシャ宣言でスワヒリ語を国語と定 め、さまざまなスワヒリ語普及推進政策が実施され た。その結果、現在では国民のほとんどがスワヒリ 語を理解し話す。他方、タンザニアにはおよそ 130 の部族が存在し、各部族は固有の言語を持つ。した がって現在、国民の多くが自らの部族語とスワヒリ 語の二言語使用者である。タンザニアのみならず、 アフリカ諸国では国語、旧宗主同の言語、部族語な ど複数の言語を話す多言語使用が一般的である (砂 野 2000; コツェー.2005;梶, 2005)。タンザニアは ヨーロッパ諸国の言語を公用語、国語とする他のア フリカ諸国とは異なり、アフリカ由来の言語である スワヒリ語を国語として囲内全域に浸透させてき た。この政策が評価される一方で、スワヒリ語によ って存続を脅かされる部族語が存在する (Legere. 1992)。いくつかの部族語に関しては、部族語とス ワヒリ語の関係が調査されている (米国.1997;小 森, 1998)。
約130ある部族の中には人口 100万を超えるスク マ、キリマンジャロ山の麓に住むチャガなど比較的 大きな部族集団もあれば、人口数万の小部族も存在 する。本研究の対象である トングウェは、タンザニ ア西部のタンガニイカ湖付近のキゴマ州およびルク ワナ│、│に居住する、人口 2万人前後の小部族である。 彼らの部族語は トングウェ諾と呼ばれ、ニジエー ル・コンゴ語族のうちのパン トゥ諸諸に分類される (Gre巴nberg,1963)。
1-2 トングウエとベンデ トングウェの人々はタンザニア西部のキゴマ州に 多く居住するが、キゴマ州の東に接するルクワ州に は、ベンデと呼ばれる部族が居住している。このト ングウェとベンデは生活様式、文化、言語のほとん どを共有しており、かつては一部族だ、ったと考えら れている(伊谷, 1984;阿部,2005)。パン トゥ諸語 は慣習的にアルファベッ トと数字2桁を組み合わせ藤 本 麻 里 子
人間文化学研究科生活文化学専攻博士後期課程 て表され、アルファベットはゾーン、数字は近縁な 言語ほど近い数字で表される。ベンデ語はF.l2、ト ングウェ語はF.l1と表される。ベンデ語とトングウ ェ語は諾棄の遠いや語尾の違いのみで、 一言語の方 言であるとの見方もされている(阿部.2003.2005)。 しかし、アフリカ諸国ではヨーロッパ諸国の植民地 政策により恋意的に引かれた国境線により民族が分 断されたり、異なった政治組織の形成などにより互 いに別部族と意識するようになった経緯があったり する。同一言語でも別の名前で呼ばれる、あるいは 彼ら自身が同一言語と認めたがらないなどの理由か ら別言語と分類せざるを得ない状況もある (梶. 2005)。トングウェとベンデは言語としては同一言 語の方言との見方が妥当であるとの意見もあるが、 本稿では彼らの自称を尊重し、前者の部族をトング ウェ、 言5昔をトングウェ語ーとl呼ぶ。トングウェE
、昔 ベンデ語ともに文字をもたない無文字言語であり、 書物や文書は残されていない。文字をもたない言語 については、その正書法の確立自体が大きな課題で ある。ベンデ語の表記法は記述言語学の専門家によ って、試案が作成されている(阿部.2006)。2
研究背景 2-1 調査地 本研究の調査地は、 主にキゴマ州のタンガニイカ 湖岸の 3つの村とその周辺の 4集落である。タンザ ニアの行政区は大きなものから州 (Region)、県 (District)、 郡 ( Division)、区 (Ward)、村 (Village)、村区 (Kitongoni) となっている。調査 した 3つの村 (Village) はKalya、Kashagulu、 Buhinguで、 2002年の人口調査の結果では、それぞ れ人口が4582人、 5323人、 4594人である (The Unites Republic of Tanzania, 2005)。これらのキすに はトングウェ以外にもハ、フィーパ、ニャムウェジ、 など多くの部族が混在している。タンザニア政府は 1967年から実施した強制移住政策(ウジャマ一村政 策)により、広野に散在していた国民を幹線道路沿 いなどの村に移住させた(雨宮, 2003)。このため 村には様々な部族の人々が共存している。他方、 4 つの集落は行政区では村区 (Kitongoni)にあたるoRufubu、lbolelo、Kanpisa、Bugalabaは、ほ lまト
ングウェのみからなり、村区の人口は不明で、あるが、 かなり小さな集落であるoこれら村区では、 トング ウェの人々が昔ながらの生活様式を維持していて、 基本的に家族のみで生活している。隣家まで歩いて
2
0
分以上、ときには1
時間近くかかることもある。 地理的にも村の中心部から離れていて、人の出入り は限られている。2
-2 調査の目的
筆者は、2
0
0
5
年から2
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6
年にかけて実施したマハ レ山塊国立公園におけるチンパンジー調査の際、調 査助手である トングウェの人々に言語使用に関する 簡単な聞き取り調査をおこなった。その結果、高年 層と中年層、若年層ではスワヒリ語と トングウェ語 の使用頻度や運用能力に大きな違いがあることに注 目した (藤本.2
0
0
7
)
。そこで、 トングウェ語がど の程度次世代に継承されているか、現状を把握する 必要があると考えた。今回の調査は、年齢層ごとの 言語使用や言語運用能力、言語に対する意識を調査 することを目的として実施した。 2 -3 方法 各年齢層の人々の言語に対する意識を調査するた め、インタビューによるアンケート調査を実施した。 質問項目は巻末の付録を参照されたい。これらのイ ンタビューは全てフィールドノートに即時記録する とともにICレコーダに録音した。村、村区ともに、 主に戸別訪問によって、 また市場等の人の集まる場 所において、 トングウェの人々のみを対象にインタ ピューを実施した。さらに、トングウェの人々の民 話、民謡を収集することも トングウェ語およびトン グウェの人々の文化を保持する上で重要で、あるた め、民話、民謡の収集も併せて行なった。3
.結
果3
-1 アンケー
ト結果3
9
6
名の自称トングウェの人々から回答を得た。 インタピュ一対象者の人数を、調査地、年齢層、性 別によって分類し、表1に示した。本稿では主に、 トングウェの人々の家庭内での言語使用とトングウ ェ語およびスワヒリ語の両言語に対する意識ついて 報告する。1
0
・人間文化 表l 調査地、年齢、性別ごとの回答者数 調査地 Kalya 写官官 11-20歳 21-30歳 31-49歳 50歳 以上 合 計 男 女 男 女 男 女 男 女 15 20 27 38 31 21 18 20 190 村 Kashagulu Buhingu 12 18 14 79 12 43 Kanpisa 15 村 Ibolelo 17 区 Rufubu 25 Buli!:alaba 27 合 計 31 37 46 70 71 50 41 50 396 i )両親とは何誌で話すか 「両親とは何語で話しますか」という向いに対す る回答を年齢別に図1に示した。50
歳以上の人々は9
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%
(
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/
9
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)
がトングウェ語のみを用いると答 えている。しかし、年齢層が下がるにしたがい、 ト ングウェ語で会話すると答える人の割合は低下し 「トングウェ語とスワヒリ語を両方使うJ
、もしくは 「スワヒリ語で会話する」という回答の割合が高く なる。父母で別言語という回答は、父がトングウェ、 母が別部族の場合に、父とはト ングウェ語、母とは スワヒリ語などの回答の場合である。「わからない」 は、幼いときに両親が亡くなったのでわからないと いう場合だ‘った。 図中には反映されていないが、父親がトングウェ で母親が別部族の場合、その年齢層が高いほど 「両 親とも トングウェ語で話すJという回答が多かった。 しかし年齢層が低い人々で父がトングウェ、母が別 部族の場合 「父とは トングウェ語、母とはスワヒリ 語」などの回答が見られた。 50歳 以上 91 31-49厳 121 21-30腹 11-20歳 。% 25% 50% 75% 100% 図1 u)兄弟とは何語で話すか 「兄弟とは何語で話しますか」との質問に対する 回答も、i )と同様、年齢層が下がるにつれスワヒ リ語の利用割合が高くなった。「わからない」は兄トングウ工の人々の言語使用と言語意識←家庭内での言語使用を中心lこ 弟がいない、もしくは幼いときに亡くなった場合だ った (図 2。) 50歳以上 91 31-49歳 21-301量 11-20歳 。% 25% 50% 75% 100% 図2 ili) トングウェ語をしっかり話せるか 「トングウェ語をしっかり話せますか」という質 問に対しては、 50歳以上の人々は、ほほ全員「よく 話せる」との回答だ‘ったが、年齢層が下がるにした がって 「すこし話せる」ゃ「話せない」の割合が高 くなった (図 3)。 50歳以上 │11引 31-49慮 〈/ノラ']""1121 21-301量 11-20臆 //////パ111111111111111 0% 25% 50% 75% 100% 図3 iv) トングウェ語を開いて理解できるか 「トングウェ語を聞いて理解できますか」という 質問に対する回答を表2に示す。この質問に対して は、どの年齢層の人も95%以上が「よく理解できる」 と回答し、 「少し理解する」ゃ「理解できない」は ごく少数だった。また調査中に、「子供に対してト ングウェ語て、話しかけてもスワヒリ語で答える」と 話す人がとても多かった。これらから、 トングウェ 語を話さない、または話せない若年層でも、開けば 理解していることがわかる。 表2 トングウ工語を聞いて理解できるか よく理解する 少し理解する 翠盤できない 金量 11-20歳 21-30歳 31-49歳 50歳 以 上 65 111 120 90
o
2 o 0 68 116 121 91 v)何語が好きか 金主土 386 3 396 「何語が好きですか」という質問に対しては、ど の年齢層の人も 「トングウェ語が好き」という回答 が多く、年齢層による違いはあまり見られなかった。 これは日頃あまりトングウェ語を使用しなくなりつ つある若年層でも、 トングウェ語を好む気持ちを持 っていることを示している。この質問のあとに 「な ぜですか?J
と尋ねるとトングウェ語が好きと答え た人のほとんどが 「私の言語 (部族語)だから。」 と回答した。中には 「あなただって日本語が好きで しょ。だってそれがあなたの部族 (アイデンテイテ ィ)だから。私たちだって自分の言語が好きなのよ。」 と言い返す人もいた。 50歳以上 31-49歳 21-30歳 11-20歳 。% 25% 50% 75% 100% 図4 vi)なぜ若者はトングウェ語を話さないのか 「なぜ若者はトングウェ語をあまり話さないので すかJ
との質問に自由に回答してもらった結果を図 5に示す。最も多かったのは「部族が混じって住ん でいる環境のせい」というものだった。次に、 「ス ワヒリ語が国語となったから」ゃ「スワヒリ語に力 があるから」という、スワヒリ語を原因とする回答 だった。「両親」という回答には高年層の人は 「両 親が子供に教えないからjと回答し、若年層は 「若 者は両親といっしょにいる時聞が少ないからJ
や 「両親といっしょにいるのが好きじゃないからJ
な どがあげられた。"少数派"の項目には 「トングウ 人間文化・1
1
ェの人数が少ないから」という回答が含まれる。ま た、“その他"の回答には「トングウェ語を知らな いから。jや「ラジオや音楽の影響」が含まれる。 この質問から多くの人が、多部族が混じって住ん でいることを理由に挙げた。しかし、 トングウェの みからなる村区に住む人々の中には、「若者もトン グウェ語を話す」という回答が時々みられた。村区 で、多かった回答は、「学校に行くから」だ、った。村 区には学校がない場所もあり、村の学校までは遠い ことや、農作業などの家業の人手のために学校に行 かない子供が多いことが影響している可能性があ る。この質問は調査地 (村か村区か)や、学歴によ って回答が変わる可能性が高いので、今後回答者の 属性による分析を行なう。 50歳以上 31-49歳 21-301賓 11-201瞳 。% 25% 50% 75% 図5 . 部族混合 211仁コ国語語 Q学絞のせい l"2l両親のせい 日】好きじゃ主い 16
1
[
沼小型漏 にコ若者も話す 囲 わからない 6sl[コその他 100% vij)もしトングウェ語が消滅したら問題だと思うか 「もしトングウェ語が消滅したら問題だと思いま すか」という質問に対する回答の結果を図6に示す。 この間いに対しては、どの年齢層の人々も問題であ るという回答が多かった。話せるかどうか、日頃使 用するか否かに関わらず、 トングウェ語が消滅した ら問題だと考える人が多かった。ただ、これは調査 者が質問したからこのような回答となった可能性が ある。なぜなら、質問の意味を理解してもらうのに かなりの時間を要し、そんなこと考えたことがない という人が多かったからである。筆者が時間をかけ て質問の意図を理解させた結果「問題だ」と答える 人が多かった。また、トングウェのみからなる集落 では「そんなことあり得ない」という人に何度も出 会った。全体の人数は少ないが、村よりも小集落に 住む人々はトングウェ語を日常的に用いており、消 滅するなどあり得ないと考える傾向があるようだ。 12・人間文化 50歳以上 31-49歳 21-30歳 11-20歳 図B3-2
民謡の収集 今回の調査で約90曲の民謡を収集した。全てにつ いて、 トングウェ語の歌詞、スワヒリ語訳(日本語 への翻訳可)、歌の背景、意味などを開き取り調査 した。それらのうちの多くは彼らの伝統儀礼である ンゴマの際に歌われる。ンゴマとは太鼓を用いた歌 と踊りによる儀礼で (藤 本,2007)、病気の治療、 結婚式の宴、悪霊被い、などその儀礼の目的によっ ていくつかのジャンルがあり、各ジャンルに適した 歌が歌われる。また民話と対になった民謡もあり、 民謡自体にストーリーのあるものも存在する。これ ら民謡中にはスワヒリ語はほとんど登場しなかった が、明らかにスワヒリ語の単語が登場するものが数 曲存在した。伝統儀礼は部族語の使用領域として比 較 的 最 後 ま で 残 る 領 域 と い わ れ て い る ( 小 森 。 1998)。しかし、今回収集した民謡は、すべて60歳 以上の高齢者から得たものだ、った。若年層の人々か らは民謡を収集するのは困難だ、った。トングウェ語 の民謡については、これまでにもその歌詞が紹介さ れたことはある(西田, 1973)。しかし、前述のと おりトングウェ語自体が文字をもたないこともあ り、 トングウェ語の歌詞が詳細に記述されたことは ない。そこで、本稿では今回収集した民謡から1曲 について、 トングウェ語の歌詞とその意味を紹介す る。ただし、これは筆者がアルファベットにより便 宜的に記述したもので、正確な表記法および、阿部 (2006) に則っているわけではない。 邪術師に関するある民謡 [トングウェ語]※1 Walekakutonga wanduwala walila no mungu benoobe wakafwa bengi
(※ l、 2回繰り返し)
トングウェの人々の言語使用と言語意識一家庭内での言語使用を中心に
noonoe mikulija kubuukila
(※2、2巨│繰り返し)
※3 Walekakutonga walekakutonga wanduwala walila no mungu benoobe wakafwa bengi [日本語訳] ※1苦しむのはやめろ。泣くがいい、神とともに。 お前はすでに多くの人々を殺してきた。 ※2お前が殺した人々の御霊が目覚め、犠牲者が 一体何人にのぼるか数え始めた。 ※3苦しむのはやめろ、苦しむのはやめろ、泣く がいい、神とともに。お前はすでに多くの人 を殺してきた。 [歌の背景] この歌は、 トングウェの人々の閥で強く信じられ ている、邪術師に関するものである。邪述師は草木 などから作る様々な薬品や、あらゆる手段により 人々を病気にしたり、人々の命や持ち物、金銭など を奪ったりする力があるとされている。この歌は、 邪術師が病気になり苦しんでいる様子を見た人々 が、その邪術師に対して言っている言葉を歌った歌 である。トングウェの人々の邪術や伝統医療に関し ては、これまでに多くの研究がなされている(掛 谷, 1974, 19
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1984. 1994; Kakeya, 1982)。今後さ らに民謡、民話を記述し保持していくことがトング ウェ語およびトングウェの文化を保持する上で重要 である。4
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考察 4 - 1 トングウェ語の使用状況と年齢層 アンケートにより、若年層ほどトングウェ語の会 話能力が低く、両親や兄弟との会話にもトングウェ 語よりスワヒリ語を用いる人が多いことがわかっ た。Batibo(1992) は、タンザニアの言語状況を、 1 )部族語 (L1)の単一言語使用段階、 2)部族 語 (L 1)が優勢な2言語使用段階、 3)部族語以 外の言語 (L2)が優勢な 2言語使用段階、 4)L Iの使用と運用能力が限定される段階、 5) L 1が L 2の下層となる段階の 5段階に分けている。今回 の調査で、 トングウェ語は恐らく第4段階もしくは 第5段階にあることが示唆された。米国 (1998)は、 家庭内で年配者とは部族語の使用頻度が高く、中年 層とは頻繁にスワヒリ語と部族語のコード・スウイ ッチが起こり、若年層との会話ではスワヒリ語の使 用頻度が高いことを報告している。筆者はKalya村 において、一家の主人がトングェの40歳代の男性で、 40歳代のハ族の第一婦人、 20歳代のトングウェの第 二婦人と9人の子供たちからなる一家のお宅に2ヶ 月ホームステイした。この家に、 主人の母親でトン グウェの高年層の女性が訪ねてきて2週間滞在した 時期があった。この時期には、家族内の会話中にト ングウェ語の利用頻度が高くなり、この女性が滞在 していなかった時期には毎朝スワヒリ語によって交 わされていた朝の挨拶が、 トングウェ語で、行なわれ た。このように、家庭内に高齢の年配者がいる場合 といない場合で、 言語使用が大きく変わると考えら れる。 また、先に述べたとおり、 トングウェ語とは方言 程度の違いであるといわれるべンデ語についても、 その言語状況が報告されている(阿部.2005)。ベ ンデの人々もトングウェの人々と同様、都市部や多 部族が共存する村の中心部より、山の中での生活を 好む傾向がある。そのため、原野で伝統的生活を維 持している人々が比較的ベンデ語の運用能力が高 く、都市部では1968年のアルーシャ宣言以後に生ま れた世代でベンデ語を自由に扱える人は皆無に近い とされる (阿部.2005)。今回の調査で、ベンデと 同様トングウェでも、 50歳以上とそれ以F
ではトン グウェ語の運用能力に大きな遠いがあることがわか った。ベンデ、 トングウェに限らず、スワヒリ語の 普及・推進政策が強力に推し進められたタンザニア では、多くの部族誇がこのような状況にあると思わ れる。特にトングウェ、ベンデなどの小さな部族は 多部族が共存する都市部や村落では少数派となり、 その部族語の維持が困難になると考えられる。 4-2 部族語に対する意識と民族的アイデンティ ア イ 言語使用や会話能力とは関係なくトングウェ語が 消滅することは問題であると感じている人々が多 く、また多くの人がトングウェ語を好んでいること が示唆された。その理由として多く挙げられたのが、 「部族を尋ねられてトングウェだと答えても、 トン グウェ語を話せなければトングウェとは認められな い」。 という意見だ、った。民族的アイデンテイテイ と部族語は不可分であり、 トングウェの人々にとっ て、 トングウェであるというアイデンテイテイが重 要であることがうかがえた。また、部族語が話せな くて困る原因として、「外国からの難民扱いされる」。 人間文化・ 13などが聞かれた。これは数ヶ国に接するタンガニイ カ湖畔に住む彼らにとって、隣同からの難民問題が 身近なものであり、政府役人から「難民ではない かリという疑いをかけられることへの恐れも影響 していると考えられる。タンガニイカ湖を隔てて、 内戦が絶えないコンゴ民主共和国と接するキゴマ州 には、難民キャンプがいくつか存在し、国連難民高 等弁務官 (UNHCR)事務所や同連オフィスが設置 されている。この点で、 トングウェの人々の言語に 対する意識、態度はタンザニアの囲内問題に加えて 隣接する諸外国の影響も無視できないと考えられ る。 他方、 トングウェに限らず部族のアイデンティテ イが希薄化している側面があった。元来トングウェ の人々にとって自らの部族は父親の部族を継承す る。ところが、インタビューに入る前に「あなたは トングウェですか?
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と質問すると「トングウェだ」。 と回答しながら、父親は別部族で母親がトングウェ であったり、「トングウェではない」。 と答える人の 中に、父親はトングウェで母親は別部族であり、自 分は母親の部族だと答える人がいたりした。トング ウェの人々も前述の強制移住政策により、タンガニ イカ湖岸の村に移住させられた。強制移住政策以前 は音1¥族問の結婚は少なかったが、今日、多部族が共 生する村では通婚は普通に見られる。父母が別部族 の場合、高年層では両親同士がトングウェ詩で話す と回答する割合が高く、若年層ではスワヒリ語で話 すと回答する割合が高かった。これは、強制移住政 策前にトングウェ単一部族で、形成される集落に嫁い だ女性はトングウェ語を習得することを余儀なくさ れたが、スワヒリ語が流布し、多部族が集まって住 んでいる村では、 トングウェの家庭に嫁いでもスワ ヒリ語で事足りるという現状が示唆される。このよ うな状況で、独立から半世紀が経とうとしている今 日、 トングウェに限らず部族のアイデンティティに 替わってタンザニア人としてのアイデンテイテイが 強くなりつつある可能性がある。 言語の消滅、すなわち言語の死は、ある言語から 別言語への言語交替が原因で起こり、その過程では “放棄される言語 (AbandonedLanguage、以下AL) から、ターゲット言語 (TargetLanguage、以下T
L)への交替が徐々に起こると考えられている (稗田.1999)。さらに稗田(1999)はALとTLは共 存するパイリンガルの時期を経て、やがてTLが優 勢となり、 ALが消滅すると主張している。現在、 14・人間文化 トングウェの社会で:'1;土部族話のトングウェ語がAL、 国語スワヒリ語がTLとしてパイリンガル期にある が、このまま若年層のスワヒリ化が進めば、 トング ウェ語の消滅は免れないと予想される。 さらに、今回の調査で別の憂慮すべき事態が確認 された。Bugalabaはトングウェのみで生活してい る集落で、昔ながらの伝統儀礼や風習が数多く残っ ている地域である。人々も日常的にトングウェ語を 話し、 10歳未満の子供たちも流暢にトングウェ語を 話す。しかし、この地域はマハレ山塊国立公園とカ タヴイ平原因立公園の間にあたり、象やバッフアロ ーなどの通り道となることが多々ある。そこで、Tanzania NationalParksの役人がBugalabaの人々 を村に移住させ、この地域をゲームリザーブや保護 区にしようと計画していることがわかった。もし Bugalabaの人々が湖岸の村に移住させられたら、 トングウェ諾およびトングウェの伝統文化の消滅は 一気に加速するものと恩われる。言語を人類共通の 財産でLあり、野生動物と同様、保護の対象にすべき であることが議論されており(宮岡 ・崎山.2003: クリスタル.2004)、タンザニア政府にも理解を求 める必要があると考える。