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Physics Alliance

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そういうような教材を選び,テキストを作ろうとすると,私達のサークルのような高校 教師の研究グループだけでは出来ません.明らかに,大学教師との関わりが大切になって います.車がかりの協力がいります.

その協力関係を,イギリスや,アメリカは,どういう風に作ってきたか.

私たちの高校教師物理教育研究グループ名は,英語で<Stray Cats>というのですが,

<Stray Catsに学べ>運動というのが,1990年代の初期に全米で組織された.そしてこ

のような教師グループを,物理学会がささえて作ろうとした.そのためのニュースもで き,私のところにも送られて来たし,取材もされました.

アメリカの場合でしたらPhysics Allianceといって,Feynmanもそうでしたけれど,各 地域ごとの,例えば物理学会のカリフォルニアなんとか支部は,1年間高等学校の先生と,

付き合うというポストを作った.研究に影響あるから,ずっと貼り付けると可哀想だから,

1年交替ですが,1年間は頑張って,他に優先して貢献せよと.

Feynmanなんかは,そんなこと言わんでも,勝手に出てきて,ずっと参加していた.出

るのが,大好きだったっていう話です.高校の先生に張り付いて,その人達に対して貢献 しながら育てていく,ということをずっとやっていた.全米では,地域の何百,何千とい う,Physics Allianceというのができたんですね.

当時のアメリカでは,ずっと物理は下降気味で,昔,世界中が学んだ『PSSC物理』も 失敗しちゃったという.

白書で「PSSCは失敗した」と書いている.何故失敗したか,二つの理由がある.まず,

ひとつ.生活との関連を断ち切った.場とか粒子とか,原子核や素粒子に繋がるような 基本概念のことばかりやって,毎日の日常生活の話題は,ほとんど出さなかった.あれは やっぱり失敗だったろう.

実は当時,そのことを指摘した人がいたのです.それは高校の先生で,「すごくいい本で す.でもこれでは授業にならん」と言ったんですよ.「いい本だけど,これがわかるのはた ぶん少数だ」って言ったんです.

ところが,「うん,でもそうだけど,がんばってやってね」大学の先生が,言ってしまっ たんです.それで,突っ走っちゃった.

そこで教訓ですね.二つ目.教科書を作るときには,ただ単に高校の先生の言うことを 聞くだけではダメで,高校の先生にも,決定権を与えなきゃいけない.決定をするときに,

これじゃ授業にならんというのを,無理矢理やらせたからいけなかった.「授業にならん のは,その先生に力量がないからだ」と言われれば,高校の先生は下を向くだけですよ.

だからその二つの,修正がいる.じゃあどうしたらいいか.そこで,はじめて,Physics

Allianceというのを作って,大学の先生が,謙虚に,学ぶ側の生徒の感覚や認識の実情を,

高校の先生から謙虚に学んでいった.

今は二十何パーセントまで物理の選択率は回復してきました.それが報告されたとき,

みんなダーって拍手してあげましたけれど.国を挙げての,努力の成果ですね.

生徒の実態は,アメリカは日本の比ではないですよ.もう英語もわからないで,スペイ ン語が飛び交う.鉄砲を持ってたり,ナイフを持ってたり,けんかも起こりますし,生き 死にが危ないようなところもありますよ.そんな中でやってるわけですから,日本なんか まだいい方ですよ.そこで一生懸命やってるから拍手ですね.

イギリスはどうか.イギリスの場合は,高校に,もともとドクターがいっぱいいるん です.

イギリスは伝統的に,教育の世界は,紳士の仕事だと思ってる.お金儲けは汚い仕事だ と思ってるかどうかは,わかりませんけれども,ハイスクールの先生は,ジェントルマン とか,立派な人が,みんな先生になってるんですよ.そしてドクター持ってて,平気です.

それをノーブルな仕事と考えてまして,それが地域の小学校,中学校,高等学校をリー ドしてますね.教会が地域ごとにあって,そこの地域の学位を持ってる先生や高校の先生 が,ケンブリッジやオックスフォードなど,様々な大学とつながりながら,小学校の先生 のテキストなんかも作ったりして,ずっと努力して協力してるんですね.

だからイギリスの場合,そういう素晴らしい伝統があって,まさにこの『Advancing

Physics』っていうのは,大学の先生達と,高等学校の先生達とが協力して,作られてい

る.イギリスのナショナルテストの問題を,僕は翻訳したんですけれども,もうそれを見 てびっくり仰天したのは,絶対に大学の専門の研究者が関わっておらなきゃできんという 問題が出ていますね.

例えばミツバチに刺されたときと,アシナガバチに刺されたときと,どういうような薬 を付ければいいかという問題なんかでも,ハチのpHのデータがちゃんと書かれていたり ですね,あるいはコンクリートと鉄筋の強さの数値的データが,非常にしっかりでてい て面白いんですね.様々な,研究者でなければわからない内部情報もいっぱい出てるんで す.そういうようなのはすごいなと思いました.

そういう意味では,イギリスにしても,アメリカにしても,研究者が教育の視点に立っ て教師と組んだり,あるいはちゃんとした先生になって,教材やカリキュラムを作ってい くということが行われています.

教育法則

今言ったこういうテキストを作るときに,どういうテキストを作ればいいか.日本のよ うに文部科学省の学習指導要領に準拠すればいいというわけではないでしょう.

それはどういうことかというと,教育のプログラムを作るとか,カリキュラムを作ると か,教育の研究をするというのは,ただ単にわかりにくいものをわかりやすいものにする という,言葉の工夫をする事じゃないんですね.それがわかってないと,本当の意味での 教育研究の面白さと創造性と素晴らしさがわからないんです.

教育っていうのは,非常にオリジナリティ,あるいは創造性を必要とするんですね.そ の一例を挙げます.

これは確か,広島の先生だと思いますが, 小学校での,最も重要な物理の概念形成は,

導体の概念の形成です.電気を教えようと思ったときに,何が電気を通し何が電気を通さ ないかということが理解できないといけない.それがわからないと電気が怖くて触れられ ないですよ.

何で回路を作ったらいいかわからんですし,導体,不導体の概念がわからない限り電気 は何もわからないです.だから導体が,どうやったらわかるかというのは,国際的な大き な問題なんです.

ところが,導体というのは理化学辞典にどう書いてあります?「電気を通すもの」って 書いてあるでしょ.(笑) それだとやってみなきゃわからんわけですよ.結果主義になる じゃないですか.

科学の良さは,予測可能性でしょ? 導体とは,何かがわかってることによって,何が 電気を通し,何が電気を通さないかっていうことが予測できないと,いけないわけです よ.そうしないと科学教育にならないわけです.科学教育っていうのは,子供達にこの予 測可能性を付けるっていうことです.そういう予測可能な概念をどう形成するのが教育の 研究です.

すると導体概念を,小学生に教えるにはどうするか.その時にですね,導体にはプラズ マもあれば電解質もあれば,金属もあればいっぱいあるわけですよ.全部含めて,成り立 つ正しい概念を教えようとすれば,電気を通すもの,という事になりますよね.これでは 小学生に,予測可能でない.

そうしたら,どこかを限定しないといかんですよ.どんな予測可能性のある法則でも,

適用限界があります.だからそれを教育的にどう定めるかです.全ての場合に一括して成 り立つ定義を教えたら,子供はわからんですよ.だから低学年では,まず範囲を限定しま す.そして中学,高校とだんだん拡張していく.ここに教師の創造性が入りこむのです.

例えば,小学生の低学年では,まずプラズマとか,電解質はいったん目をつぶる.極端に 伝導性のある,金属と非金属の違いを,導体,不導体の違いとして教える.これで生徒は 回路が実践的にくめます.

まずは金属かそうでないか.これが導体.そうでないかを見分ける鍵です.

金属かそうでないかの電気伝導率の差は決定的ですから,まずこれをはっきりさせま しょう.金属の特徴は,ピカピカしていること.ピカピカしているということは,金属光 沢を持つということです.金属光沢を持つということは,自由電子を持つということで しょ.

自由電子を持っていれば,必ず電気を通しますよね.

「ピカピカしてるものはね,金属なんだ.金属だけが,電気を通すよ.豆球を光らせら れる」まず最初の段階は,そうはっきり教えます.

「それは本当なの?」っていったら,じゃあ,「これはテカテカだしな」とか(笑),「ピカ ピカはこれだな」とかね.あるいはお菓子の袋の裏側はピカピカしてますが,豆電球と1. 5Vとでやってみるとつかないですよ.ピカピカしてるのに.でも,あれは表面がコーティ ングしてありますから,すーっと中をアセトンで,こすりますと….不思議や不思議とい う風にしてですね,あぁやっぱりそうか,というようにして,わかることになります.

また生徒は鉄のさびは電気を通すと思います.でもこれは豆球ではつかない.だってピ カピカしていないから.金属でない.金属結合してない.自由電子は酸素原子にとりこま れて束縛されているでしょう.

ピカピカしてるのは金属だからです.このピカピカしてる<金属光沢>と<電気を通す

>豆電球を光らせる,この二つの性質が統一されて,概括されて概念になるわけです.概

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