川勝博(名城大学)
司会(山田):ここからはインフォーマルなセッションになります.今回,川勝先生に このイベントに来ていただき,板倉先生の講演の司会とポスター発表の講評をしていた だいたのですが,そのためだけに来ていただくのは,あまりにももったいないだろうとい う声が若手から上がりました.それでお話を本格的にしてもらいたいなと,ちょっと無理 を言ってしまったのですが,快くお引き受けいただけました.いまネット中継の向こうに も,たくさん見ておられる方がいると思うので,さっそく始めたいと思います.それでは よろしくお願いします.
川勝:はい,川勝でございます.ここに印刷物が3部ありますが,これは後で参考にご 覧になっていただければ,と思います.(文末の参考文献を参照)
今回はですね,世界が大きく変わってきた30年の話でもしようかと思います.
この30年くらいの間に,科学教育が大きく変わった.たまたま,その変わり目に,私 が出会ってしまった.そしてそれを変える役割を知らないうちに担ってしまった.その辺 の事情を,お話しようと思います.
それをとおして,科学教育の研究というのは,大変創造的な研究である.研究というこ とをある程度わかっていれば,未開拓の分野で,非常に大きな力を発揮できる,そんな非 常に面白い分野だという話を,自分の体験から話していければ,と思っております.
坂田昌一先生
私が大学にいた時,湯川先生の共同研究者で,坂田昌一先生という方がおられました.
その先生と懇談会を企画した.それなのに,何かの都合で,三人か四人くらいしか来なく て.結局少人数で,半日くらいべちゃくちゃ坂田さんと,喋ってたことがございました.
私はもうほぼだいたいその頃,教師になろうかなというように思っていました.
研究継続の希望はありました.仁科さんと一緒にサイクロトロンなんかを作ったりする 仕事をしておられた福井崇時という実験物理学の先生とか,ここ(基礎物理学研究所)に もおられたこともある,理論の早川幸男先生の所で,研究の空気は吸っていたのです.
しかし,そのころにも,やっぱり大学院のドクターのメンバーが,就職口がなくて,ポ ストが無くて,たまってたんですね.そのころはオーバードクターって言ってた.
その懇談会で,みんな素粒子やりたいとか,あれやりたいとか色々言うものですから,
坂田さんは,それもいいけれども,と,こんなことを力説していました.
「みんながやることばっかりじゃなくて,誰もがやらないことに進むことも大切だよ.
そんな分野はいっぱいあるから」確かに,坂田さんの分野も,当時は,まだ未開拓の分野 でしたね.
で,そうかーって言って,理学部で,科学に強い新聞記者になったやつもいるし,ジェッ トパイロットになったやつもいるし,水圏科学っていいまして,氷雪物理学みたいなの やった連中もいましたし,いろいろ面白いのが,友人には,いっぱいいました.
結局,私は,ああそうなのかと思いましたが,物理の高校教師になりました.割合平凡 でしたが.
教師の研究
教師になってもですね,何か研究はしたいなとは思っていたんです.最初は何の研究か は,明確ではなかったですが.科学教育の研究が,坂田さんのいう先端科学分野だとは,
そのときは知る由もない.しかし現場の先生になりまして,授業をやり始めて,そして教 育の研究会に出始めて,これはいかんと思いましたね.
これはいかんと思いましたのは,1年2年たってからなんですけれども,要するに,研 究になってないな,というふうに思いました.
それは何かというとね,研究会に出ると,研究発表といわれるものがいろいろあるんで すが,これをやりましたというのが,いろいろ並んでるだけ,なんですね.
なんでそれが上手くいったのか.その根拠がちっとも明らかでない.つまり科学教育の 研究が,科学になりえていないな,というふうに思いました.要するに,その研究には,
研究に不可欠な,証拠がないわけですよ.
それが「上手くいった」とか「よくいった」というふうに,その人が報告される.けれ ど,何故,上手くいったのか.何故,その実践で,子供や生徒がわかるようになるのか,
あるいは何故わからないようになってしまうのか,という追究がなくて,自分の主観的な 感想が多かったですね.
実験でもこんな工夫しましたとい報告.工夫したことはわかるんですよ.でも,誰がど こまで工夫して,その人がどこを工夫したか,それがない.これは今でも大多数の教師 の研究は,そうですが.それ以上に,その実験の改良が,教育的にどんな価値を持つのか が,全然はっきりしないですね.
だからそういう意味で,まだまだだなぁと思いまして,そこで最初に始めたのは,ここ にございます.これです.「物理ノート」という実践です.
これを新任の2年目から始めました.いまは心ある先生は実践しておられますが,当時 は,まだごく少数の先生だけしかやっていませんでした.うわさでは三重県の先生が始め たとのことですが,定かではありません.しかし私は,これだ! と思い,これを,ずっと 高校の教師の時代続けてきました.1回も欠かさず,全部の授業の記録が,私はあります.
人に貸して帰ってこないものがあるので,欠損がありますが,生徒に書いてもらわなかっ たことは一度もありません.
これは授業の生の実践記録です.教育実践の基本記録.物理の実験で言えば,実験ノー トに相当します.これが無い実験報告は意味がないでしょう.要求されたときこれが出せ なければ,その論文は捏造ではないかと,価値を疑われるでしょう.生の記録の存在は,
科学的な研究の基本ですね.通常教育界で,いまでも,これがないのです.それがおかし いと思います.大学で教えるようになった今でも,小さなシートですが,200人の講義で も,感想と講義の要約は書かせて回収します.
実践記録
物理ノートは,生徒が書いた私の生の授業記録です.これをご覧になればわかるとおり,
「面白くない」とか「くだらない」とか「わからない」とかいうことがいっぱい書いてあ る.一生懸命授業やったなーって思って職員室に帰ってきて,翌日提出された授業記録 ノートを見ると,「わからなかった」とか「難しかった」というのを見ると,がっくりしま すよね.
しかし,そういうふうに,半分泣きながらですね,格闘して何十年実践を重ねたと言え ます.実験がない科学はない.実践によるチェック,生徒によるフィードバックを受けな い教育の研究は,科学の研究とはいえないでしょう.
これがあれば,完全な記録ですから,それを毎年毎年繰り返していくとですね,毎年毎 年わからんでは,困るじゃないかと思います.そこで,どこを変えればいいのかと,当然 考えるでしょ.あるクラスでわからないという感想がでれば,つぎのクラスで工夫するで しょう.
したがってこのクラスと,次のクラスとでは,違うことが起こるんですね.生徒がなん か発言し,そっちのほうに,ダーっと授業が行く.そんなことも,結構あるんです.そう すると,このクラスとあのクラスで,進行が変わってくる.
すると,次の授業はどこから,どうやればいいか,何が何だかわからなくなってしまっ たりするので,絶対に,このノートがいるんですよ.
このノートの表紙にはこう書いてあります.「授業中にメモを取り,あとで本ノートに授 業内容の記録とその吟味感想をレポートとしてまとめなさい」つまり授業記録…クラスの 標準ノートとして授業の完全記録を作れと言っているのです.だから生徒はしっかり書く.
これがちゃんとあるから,自分のノートは,そんなにちゃんと取らなくてもいい.だか ら全員が,黒板を写す必要はないよ,と言ってある.だから,このノートをコピーして,
教室の引き出しの中に入れておきます.したがってみんな,それぞれ適当にこれを持って 行って,写してますね.それで授業中は,討論なんかに,専念できる.
欠席した人,聞き落っことした人らが,完全に理解できるように,板書したことや話し たこととか,見せた実験,図など,よく再考してまとめなさい.このあと自分の感想も ちゃんと書きなさい.分量は4ページ以上.授業の翌日の朝,物理準備室の私の机の上に 返しなさい.
職員室に持っておいでといえば,楽ですが,私は準備室に行く機会を,つい逸してしま います.しんどくても,バタバタ実験室と職員室を往復しています.物理の人間が,物理 の実験装置のある所に行かなければ,実験しなくなっちゃいますから.実験がおっくうに なってしまいますから.
先生はいろんな学校の中の仕事を抱えていまよね.私は,生徒会顧問の仕事をしたり,
総務の仕事をしたりして,職員室にいなければならない.けれども,このノートを生徒が 出すのは,物理準備室ですから,絶対に私は物理準備室に,授業の前には行かなければな らない.なまかわな人間に対する自己統制ですね.これは.