板倉聖宣(板倉研究室室長)
本稿は,キャリアパス研究会での板倉先生のご講演の記録テープをもとに,参 加者の1人であった斉藤萌木が,板倉先生の承諾を得て整理したものです.
自己紹介
板倉でございます.私は科学史がもともと専門でございます.しかたなしに物理学科の 大学院を出ましたけども,物理学者ではありません.
私は物理学の大学院に行って,もっぱら物理学史の研究してたもんですから,私には先 生がおりません.学位論文を出しても,審査できる人がいませんでした.だから,自分で 私の論文が立派なものであるという事を証明しなければいけない.そこで,私は日本物理 学会の中に物理学史分科会というものを立ち上げました.大学院の学生のときです.私に 学位をやってもおかしくないということを状況証拠として証明できるようにしたのです.
みなさん,学位をとっても就職できないということは,うらやましいような気もします.
私の時代には,就職なんかできるはずがないと最初から思ってました.大学院を出ると就 職できないに決まってるから,古本屋でもやろうかと考えておりました.先生は勝手に,
「岩波書店にいれてやる」なんて話をしていましたけども,うまい具合に国立教育研究所
(現:国立教育政策研究所)に就職できました.
今日は,珍しく,学識経験豊かな方々にお話しするということで,かなり緊張しており ます.ふつう私はレジュメをつくらないんです.レジュメをつくると大体,レジュメにと らわれちゃうから,評判が悪いんです.でも,今日はどういうふうな話をすればいいかと 心配で,レジュメをつくってまいりました.レジュメをつくると私は.「すでに書いたか らいいや」というような感じになりますので,ほとんどレジュメに沿った話はしないと思 います.でも,レジュメに書いてあることは,嘘じゃありませんので,時々レジュメに戻 りながら話をさせていただくことにします.
教育研究の自由のために戦う − 「板倉研究室室長」としての誇り −
私は物理教育のことを研究してきました.国立教育研究所の<物理教育研究室長>と いう肩書きで定年を迎えました.室長というとかっこいいんですけど,室員はいません.
ただ,部屋だけは5,6つ持っていました.だから,本当の「室長」です.私は外から電 話がかかっても,「<物理教育研究室長>の板倉です」とは言ったことがありません.私
はずっと「板倉研究室の板倉」なんです.いまは,定年退職して自分で板倉研究室を立ち 上げました.しばしば「板倉研究所」と間違える人がいるので,日本はつくづく権威主義 の国だなぁと思います.「研究所」のほうがかっこいいんです.私は研究室長以上に出世し たことはないんですが,研究所長にならなかったことは,私の誇りです.
「真理を政治で決める」教育研究をしてはいけない
今日は,非常識な事をたくさん言うと思いますけど,私はもともと非常識な人間ですの で,私に合った話です.
みなさんは,もしかしたら教育のほうに参入されるかもしれない.さきほどまでのお話 では,「高等学校の教師になっても研究が命だよ」ということになってましたね.だけど,
少なくとも制度的には,高等学校の教師になると教授じゃないので,研究の自由はありま せん.だから,もし高等学校の先生になったら,研究の自由を確保する事が一番の仕事で す.そういうことをやる気がない人はやめてください.教育が悪くなります.ドクターま で出て研究の自由が確保できないような体たらくの人は,教育のほうにきちゃいけないん です.
私は,国立教育研究所というところにいましたが,一貫して「指導要領無視」の姿勢で す.「指導要領反対」ではありません.指導要領というのは,学校教育での真理を政治的に 決めているのであって,制度的におかしいのです.政治で真理が決まるようなことをやっ ては,学問がすたれます.だから,指導要領みたいなものは無視しないといけない.国立 教育研究所というのは,国の唯一の教育研究機関です.その研究所が指導要領準拠で研究 したら,お先真っ暗です.しかし研究所は,「学習指導要領の枠の中で研究しなければ日本 の教育に役に立たない,だから学習指導要領の枠の中で研究しろ」という雰囲気が濃厚で す.頭のいい人はそういう雰囲気をちゃんとさとるんです.
優等生というのは恐ろしいです.言われてなくても,言うことをきくんです.言われて 言うことをきいたら,しかたのない面もあります.でも,言われなくても言うことをきく んですから恐ろしいですよ.
研究の自由に殉じたガリレオを手本に
私には,「<指導要領無視>のためにクビになったらいいなぁ」という気持ちがありまし た.私は「ガリレオの弟子」を自任してるもんですから,ガリレオのようになりたかった んです.ガリレオっていうのはかっこいいですね.聖書違反で訴えられたわけでしょ?ガ リレオは何が偉いかって,聖書に違反して科学を守り通したことですよね.ガリレオがな ぜ偉大だったかという問題は,西洋の科学史家にきいてはだめです.西洋の科学史家はほ とんどキリスト教徒ですから,キリスト教に対抗してる人は気になるんです.ブッシュ大 統領だって「正義の戦い」と言って神の名のもとに戦争しちゃったりするくらいだからね.
ガリレオがなぜ宗教裁判にかけられたかは非常に明快で,「地動説の言説が聖書に反す る」ためです.それでも,クリスチャンの科学史家のなかには,「ガリレオは地動説をとな えたから宗教裁判にかけられたのではなく,正規の結婚をしないで内縁の結婚をしていた のが悪かったのだ」と言う人もいるんです.
そういう例を考えると,私も「建前としては,<指導要領に違反したから>というこ とではクビにしにくい」というので,「ハレンチ罪」で訴えられる可能性がある.私は「ハ レンチ罪でクビになった」ではなく,「教育の研究の自由を確保して,それに殉じて研究所 をクビになった」と言われたかったので,ハレンチ罪については非常に警戒しました.け れども,残念なことにクビにしてくれませんでした.そして,定年退職まで勤めたのち,
板倉研究室を立ち上げました.
国立教育研究所には,自然科学系統の研究室がいくつかあって,物理・化学・生物・地 学とそろってるんです.ふつうは,物理の比重が高くなるはずですが,私が室長になった ばっかりに(と私は勝手に思ってるんですが),物理教育研究室は私一人でした.まわり の優等生は,そういう状況の意味をわかってしまって,「板倉さんのように上の言うこと をきかないでいると,部長になれない」と.研究所の所長は文部省から降ってくるシステ ムなので,いくら教育の研究を一生懸命やっても所長にはなれないんです.部長はその次 に偉いのですが,教育の素人の所長のお守り役です.私はそういうしごとはしたくないの で,部長になることを警戒しました.もっとも,私が警戒するまでもなく,私を部長にす る気はなかったようです.<物理教育研究室長>にするときも,一悶着ありました.「板 倉君,今度,物理教育研究室というのができて,室長のポストができた.君を室長にしよ うという話があるけども,反対もある.どう思うかね?」ときかれました.私は,「室長に なりたい」とも「なりたくない」とも言いませんでした.「室長になると雑用が増えるか もしれないから嫌です.しかし私が室長にならないと,<あのように自由勝手にふるまう と室長にもなれない>という考えから萎縮する人がでてくるのが心配です.だから私は ならないとは言いません.しかし,ならなくてもなっても私は不満ですから,どちらでも いいです」と答えました.
大衆の < 御用学者 > として
数ヵ月後,ついに私は室長になりました.「勝手気ままにふるまった」と言えばかっこい いんですけど,「板倉研究室」という名前を通したのは,「物理教育研究室長」という枠組 みの中で仕事をしているのではなく,物理教育という枠を超えて研究しているという信条 のあらわれです.
著書を見るとわかりますけど,私は日本史や脚気の歴史,世界の人口の歴史など,ほと んどあらゆる領域で仕事をしております.私は<大衆の御用学者>と称しております.<
御用学者>というのは,だいたい軽蔑用語ですが,その場合はお上の<御用>ですね.
ふつう,お上の<御用>で誰かを逮捕するのが御用聞きのしごとですが,私は大衆の<
御用>をきく.でも,大衆は,「何を研究しろ」というテーマは出さないですから,あり がたい存在です.そういう人たちに役立つような仕事をするために,幅広く科学教育の研 究をしてまいりました.私ぐらい自由にやっても,国立教育研究所というのはクビになら ないんです.そういう実験データがあるんです.ところが,優等生は「板倉みたいになる と大変だ」といって,言うことをきいてしまう.もちろん「板倉は研究成果があがってな いから部長になれなかったんだ」という仮説もあるかもしれない.しかし,成果をあげて ることは間違いありませんから,そういう仮説は却下されます.