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おわりに – 授業の科学的研究の意義 –

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第 5 章 ポスター発表・教材展示

5.4.3 おわりに – 授業の科学的研究の意義 –

以上,仮説実験授業の実践の風景を描いてきた.子どもたちが,「「理科離れ」などどこ 吹く風」といった調子で,夢中で科学を学ぶ姿を感じてもらえたことと思う.ただ,さら に重要なことは,上に紹介したのが特殊事例ではないということである.手元に,25年 前の5年生による《光と虫めがね》の授業記録(京都I小・愛知S小)があるので,〈問題1〉 の記録を参照すると,どちらでも活発な討論が起こっている.そして,「虫めがねに曲げ られて光が丸く集まる」,「太陽が丸く集まったから,月は月の形に集まる」など,提出さ れている考えにも同様なものがある.時代も,学年も異なる3つのクラスで,ほとんど同 じように充実した授業が展開されたということである.これは,授業書が,適切な問題や 読み物の作成・配列を研究して授業プランを準備し,実験授業をし,改訂を重ねるという

「仮説・実験」の過程を経て作成されているためである.それにより,ある主題について の一般的な認識の法則に適合した教材として授業書が完成するから,どの教室でもよい授 業ができるのである.仮説実験授業は,授業の「科学的研究」が科学教育の改革のために 大きな意義を持つことを示しているとも言える.しかし,完成した授業書が多くの教室で 実践され,歓迎される一方で,授業の科学的研究の重要性は,教育研究の世界で十分認識

されているとは言いがたい.その大きな理由の1つは,授業書を学んだ子ども達の成長過 程や,授業書の作成や実践が教師の力量形成に及ぼす作用などについて研究が蓄積されて いないことであろう.授業の科学的研究の意義を検証し,普及することは今後の大きな課 題なのである.だが,その課題が取り組み甲斐のあるものであることは,上に紹介した,

授業をたのしむ子どもたちの姿が,十分に示してくれている.

5.5 「立体モデルの作成 その意義と効果」

手嶋吉法(産業技術総合研究所 デジタルものづくり研究センター)

コンピュータのハードとソフト両面の進歩により,三次元形状をパソコン画面上で自由 自在に回せるようになった今日,実物の立体モデルなど「無用の長物」なのだろうか? 

否,断じてそうではなかろう.最前線の研究者の研究道具として,一般向けの遊び道具

(あるいは教材)として,さらには視覚障害者の為の触覚教材としても,立体モデルは益々 その存在感を増しつつある.ここでは,実際の立体モデルを見てもらい,触ってもらいな がら,その意義と効果を説明する.

5.5.1 イントロに変えて:「科学教育にルネッサンスを」に参加して個人的に想う事

今回,「科学教育にルネッサンスを」にて発表する機会を得たが,筆者が日本物理学会に 関係する研究集会にて話をするのは久しぶりのことである.学部で物性理論(特に統計力 学)を学び,大学院時代に離散幾何について研究した筆者は,大学院が終わる頃までは物 理学会にて度々発表をおこなっていた.当時の問題意識(これは今も薄れてはいないが)

は,「物理をきちんと理解するには,物理の計算以前に,土俵である3次元空間そのもの をきちんと理解する必要がある」というものだ.実際,離散幾何学の本をひもとけば,3 次元どころか2次元においてさえ,多数の未解決問題が存在する.「人類の3次元空間に 対する理解はまだ不十分」と考えるのが健全であろう.統計力学においても,イジング模 型の厳密解は3次元において求まらないままであるが,その原因も「3次元空間に対する 理解不足」にあると筆者は考えている.

話を「科学教育にルネッサンスを」に戻す.この研究集会は,「物理学会が博士号取得 者の就職難を解決する一方策として,あるいはそれを抜きにしても博士号取得者が教育 分野に就職して活躍することには大きな意義があり,それを促進する様に盛り立てて行き ましょう」という主旨のものだった.就職難といえば,筆者は前の職場(別の独法研究機 関)に居たときに,優秀な研究者が立派な成果をあげても期限が切れて失職に追い込まれ る例や,40代50代になってもなお単年度雇用の繰り返しで,安い給料のままで働くこと を余儀なくされている多くの研究者を見て,理不尽さに怒りを感じた.資源に乏しいこの 国がここまで豊かになったのは,多くの研究者や技術者が磨き上げてきた科学技術のお陰 も多分にあるではないのか,と.

この研究集会では,博士号取得者の教育分野へのキャリアパスについて考えている.筆 者は現在,物理研究分野ではなく,ものづくり研究と呼ばれる工学分野の職に就いてい る.教育分野の職ではないものの,物理出身の博士号取得者のキャリアパスの別の一例を 示している.現在,理科教材を含む様々な立体教材を開発するプロジェクトに従事してお り,そこでの成果を披露せんが為に「科学教育にルネッサンスを」に申し込んだのであっ たが,ここまで述べてきたように,様々な意味において参加に意義を感じた.

5.5.2 もはや,パソコン上で何をやってみせようが学生達は驚かない?

筆者は某私立大学の工学部において「コンピュータ空間デザイン」という授業を数年間 担当したことがあった.そこでは,パソコンと数学の市販ソフトを用いて数学に関係する 3次元図形(例えば,正多面体や準正多面体,様々なフラクタル図形,ランダムウォーク の軌跡など)を描かせて生成された図形を楽しむと共に,図形の背後にある数理を説明し た.この授業は,学生にもある程度人気があったと思うが,もっと面白い授業にできるの ではという思いが筆者の中にあった.

その後,ある著名な大学教授の言葉を聞いて目から鱗が落ちた.彼は,物理学者である が,国立大を定年後に芸術系の大学に移り,サイエンスアート的な授業を持った.そこで は,学生達に科学の原理に基づいた様々なデザインを手作業で行わせていた.例えば,ラ ンダムウォークの軌跡は本物のサイコロを振って行く先を決めるというように.彼曰く

「学生達は,コンピュータ上でどんな凄いことをやっても驚かない.コンピュータだから 何でも出来て当たり前と思っているのでしょう.ところが,実際に手を動かしてモノを作 らせると,熱中する」と.

なるほど,と思った.筆者の授業においても,紙とハサミと糊を用いて正多面体や準正 多面体を作らせていれば,学生達はもっと夢中になったに違いないと思う.自分の手を動 かしてモノを作る,それ事自体は目新しいことではないが,コンピュータが日常に普通に 存在する時代だからこそ,人間はバーチャルに少々飽きてきて,リアルなモノを欲し始め ているのかもしれない.

筆と墨汁で,半紙に大きく一文字を書く.他方,パソコン上で好きなフォントを選び,

文字を書いて紙に印刷し,それを大きく拡大コピーすれば,書道と同じ大きさの文字が書 ける.しかし,それは誰がやっても同じ物ができ,つまらない.コンピュータを利用し過 ぎると,個性が現れず,つまらなくなってしまうことがありそうだ.

5.5.3 立体モデルの意義

筆者らの研究プロジェクトでは,積層造形法を用いて,様々な3次元形状データを実体 化し,教材を開発している.実体モデルを作成する事の1つの意義は,様々な角度から じっくりと観察できることにある.3次元形状をモニタ上に映し,観察する視点を変えた り,回転させたりすることは可能であるが,モデルを手で持って自由に好きな向きから観 察するのとでは質的に大きな違いがある.たとえば,持ったときの重さから物体の重心を 体感的に把握したり,エッジの鋭さを触感で捉えたり出来る点などが,モニタを眺めて得 られる情報との本質的な違いである.筆者らの研究プロジェクトでは,様々な立体モデル を視覚障害者の為の触る教材として開発しているが,出来上がった立体モデルは視覚障害 者でない人達にとっても,同様に魅力的なものであると分かった.

5.5.4 様々な立体モデル

以下,筆者らが作成した立体モデルのうち,幾つかを抜粋して紹介する.多面体や数学 曲面などもあるが,紙面の都合上割愛する.

惑星儀

巨大なものを触察出来るサイズまで縮小したモデルは,視覚障害者の触察の世界を豊か にするだろう.NASAなどから入手出来る星の地形データは,人工衛星によって取得され たもので,実際の地形を正確に反映している.触察しやすいように,地形の標高地に倍率 をかけ,強調している.それぞれの星に対して,球の直径が約8センチのモデルと約20セ ンチのモデルを作った.星の地形データを球面上に貼り合わせ,積層造形用のSTLデー タを作り,積層造形機3次元プリンタZ406 Systemを用いて実体モデルを作った.金星,

地球,火星,そして地球の衛星である月,以上の4つの星を作った.火星の写真を以下に 示す.

放散虫および有孔虫モデル

筆者らは,放散虫および有孔虫の微化石を試料として,X線マイクロCT技術と積層造 形法を用いることにより,実形状を精確に反映した三次元モデルを作成することに初め て成功した.これまでに造形したモデルを全て展示する.X線CT計測にはSKYSCAN 1172を用い,積層造形機には3次元プリンタZ406 Systemを用いた.これらのモデルは,

微古生物学の研究者にとっても待望のモデルであった.現時点では教材というよりも,最 先端の研究用立体モデルと言える.

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