㎎ ネヤ ;
kew Ⅱ ototke
五二 esiyarpok
ケ ウロ ト @ ケ
マウ クルル。
mawkuru で u. 882 マウクルル。 風がピューピュー 鳴る。
キロクアイ ネ
㎡ r0k
a)Ⅲ
e 883 キロクアイ ネそうして
イ ネ フナクク
ine h
ぐ ⅡⅠak
士 a 884 4 ネ フナ クタ どこかに過程。 854‑7 は 、 「そうして今度はほのかな 意識が回復しかかったちょうどそのとき」。 ] 863‑4 kewro 士 OOtke ノ yasrototke ケウロト t ケ
/
ヤ シロト @ ケ 神が歩くときの 物音を表す常套句。 kewrototke ケウロト @ ケ は 、 天地か大きなものでも 崩れるような 轟音を yas 「 ototke ヤ ・ ンロト @ ケ はものが裂けるような 物音を表す。 yas ヤシ は裂ける / 裂くこ
とを表す語根 (yasa ヤサ [ 単 Ⅱ @yaspa ヤシパ [ 複 ] は [ 他動 ] < …を裂く ) 、 yaske ヤシケ は 頂動 ] く 裂ける ))o ‑rotot‑ke ロト @ ケは、 昔や感覚がたてつづけに 起こっていることを 表
し 、 自動詞を形成する。 他動詞を形成するのは 了 otot‑o ロトト [ 単 ] 。 (KM) : 「すごい 昔 ( が ) して、 富 みたいな音 ( が ) して」。 す 1234 ㎡
870‑l nep kamuy 巳 /nep p 廿 uoho ネプ カムイェ イネプ ピトホ kamuy カムイ や pito ピト は通常は所属形にならず、 「
‑
の神」を表すのに、 たとえば kant0‑korkamuy カントコ。 カムイ ( 天の神 ( 天を領有する 神 )>> kakkokkamuy かソコク カムイ ( ヵツコ ウ の神 ) のように言 う 。 しかし雅語的表現で「 何神 」というときにはこのように nep ネプ のあ とに所属 形 kamuye カムイ ヱ 、 pitoho ピトホ が置かれる ( 同じことは他の 名詞でも 起こる ) 。 pito ピト は、 語源的には い ( 日本古語 ) フィ ト ] であ り、 訳文でも適訳が 見当 たらなくてやむをえず「何人」と 書いたが、 人間ではなく 神を指す。 たいてい kamuy ; ム々 との対で使われ、 kamuy カムイ を先に pito ピト を後に置いた 同義並列的対句 が、 神の美称として 使われる。872 a Ⅰ nne プ Nkehuyke ア ネイ ケ フィケ neykehuyke ネイ ケブ イ ケ は、 ここでは ( どこか わからないがどこか ) 。 872‑3 は、 ( 私の ( 体の ) どこかをつかまえた ) 。 (KK i) : 「自分の どこだかわからない」。 (KM) : 「自分の体をつかまえて 引っぱり取った、 i,esikani Ⅰ s@oetaye イイ ェ シカリ イシコ エタイ ェ という」 o neykehuyke ネイ ケブ イ ケ は 、 ( どこも かしこも ) というときにも 使われる。 r 音声 10 」 p.l0(KM 民話 ) Ⅰ neykehuykeitakkus ruweisam ネイ ケブ イケ イタク クス ルウ ヱ イサム ( どこもかしこも 申し分のない ( 美し い 婦人 )> 上ィ 金ユ集 2. Ⅱカムイオイナ )(P.431)115: 逆の櫃で「 hu@ene@e どこもかしこ
@ 」 ヰ
876‑7 た e 軒 vyarpok./anpa kane イイェ シ ャ ルポ ク ノアンパ カネ ㎏・ 引 ・ ya 印 ok‑anpa
で ・自分の・脇の 下…・を持って 運ぶ ] ( …を自分の脇の 下に抱える ( 抱えて通ぶ )) 。 (KM)
「脇の下に抱えて J 、 「 油 esiya 印 okami イイ ェ シ ャ ルポ カニ という」 . (KK i) : 「脇の下さ ( 二に ) 手入れてたないで ( 二 持って ) 飛んだ」。 語 構成から見て、 (KM) の 言 3 23 に解釈 できる。
879 i 亡 eekira イイェ キラ 発音は iyekira イイェキラ 。 [e,kira と一緒に・逃げる ]
く
を連れて逃げる ) 。 (KK j) : 「持って走ったこと、 飛んだことん881 一 22 a=ek 魚 iarsutu./mawkururu アイ キ サルストゥ
/
マウ クルル 神などが風を 切って すごいスピードで 走ったり飛んだりすることを 言 う 常套句、 風を切る大きな 音が耳元で ピ ユー ピューと響くという。 (KM) : 「すごい 昔 ( が ) して」。一 85 一
パイ エ アン コ ロ 、
paye 二 an kor) ( フン 一 ) アシキヒポ アナク
(hn:)@a=sildhipo@anak
ウ ェニ シ カ ヲポ
wemirnkarPo
キ ヒケ ki@hike ,
イネ フナ クタ
mne mmak ぬ
パイ ヱ アンコ ロ paye Ⅰ 3ankor タンイン ネ コタン
tan iine kot も
nチシ レアヌ
CIsi 「 eanu コクンノンキク
kotan noSkl ぬ
モソリ
mosirpak
バク ( チャシ(casit)ca 、
) チャシお
チシ レアヌ。
ciSl 「 eanu.
チャシ トゥ 3 ロ
C き石
itUyo
Ⅰオシキル
OS
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7 フ プワノくイエ 。
ahUP
Wa Paye.( イ、 ア ) シイヱト クサムウン
(i,@a)@siyetoksam@un
インカラン ヒケ
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圭 an Ⅰ廿 ke,
オシソウンワ OSISO ⅡⅡ Wa
ポンプ / コ
Pon
menoko
ィ ャィ ヌ マレ
'""
ヴ "'"""" 。ピリカルウェ
pirka@ruwe
8H5 パイ ェ アンコ ロ、
@ ヒ
舛ポ壌レ タコタ レェ
@ ノコ ヌシ ァか g トレ イカ 一
行きながら 私の目は
いくらか見えた のだが
どこかに
行くと
とても大きな 村が
あ った。
村のまん中に
島 ほどもあ る家が
あ った。
私を抱えた神は 家の中に
向かい
入って行った。
先方に 目を見やると 古庄
に、若 い 女の人が
なんとすばらしく
美しい 人
オ カナンコラ
oka nankora
905 オ カナンコラ なのだろう。オシソウンワ
osIsoun w" 906 オシソウンワ 古庄 に
ホ ン メ / コ
Wn
menoko
907 ポン メ / コ 若い女の人がオカイ ペ
okay@pe ,
908 オカイペ二 い たのだが、ロクワオカイ ペ
rok@wa@okay@pe,
909 ロ クワオカイペ、 座っていたのだが886‑8 a, 鯨 k 面 ipo anak/weninkarpo/ki hike アシ キヒボ アナク
/
ウェニ ンカルポ/
キ ヒ ケ 直訳すると ( 私の小さな目はちょっとだけ 見えたのだが ) 。 (KK i) : 「目はなんぽか ( 二 いくらか ) 見える 上896‑7 casitIlyor/o ㎡ k Ⅱ u チャシ トゥョ D Ⅰ オシキル cfaSi は、 ( 柵 ) や ( とりで ) も 指 すが、 (( 神や大長者の ) 大きな 館 ) を 指すこともあ る。 その場合、 「 城 」と訳されることも あ るが、 話者らはしばしば「 家 」と訳していた。 (KK i) : 「 casionnay チャシ オンナイ ( 二家の中 ) のこと 丑 0s@im オシキか は№・ ゴ ・ kim ( そこ ) に・自分・を 向ける 几 (KM)
「 caasiupsorosikiru チャシ ウプソ 。 オシ キル ( 二家の中に入った ) 」。 家や城や館の 中が 立派で美しい 話とか、 家や 城 または館の中で 大切に育てられた 話のときに、 onnay オンナ
ィ のほかに、 叙事詩や伝承文学の 中ではしばしば、 (KM) が言うよ う に、 upsor ゥプソ 。 ( ふところ、 衣服につつまれた 中 ) が使われる。 この叙事詩でも、 1453,1967,1982 に出て いる。 caaSituyo 「チャシ トゥ 3 ロ は、 それとは違ったニュアンスで 言っているはずであ る 。 しかし、 tuyor トゥ ョロ の例は、 まだ少なくて、 ニュアンスまで 明らかにすることは できない。
899‑900 劫 yetoksammn/inkar シイェト クサム ン ツインカラ [ 引 ・ y.etok‑samuninkar 自 分 ・ ( 挿入首 ). の 元, の方・ へ ・見る ] 。 日常語では siyetokuninkar シイェト クサム ン イ
ンカラ ( 自分の進んで 行く双方を見る ) 。 sam サム は、 雅語でしばしば 特定の意味なく 使わ れる 語 構成要素の一 つ で、 語源は ト …の 側 / 方 ] 。 (KM) : 「 先 さ見たけ ( 二 先の方を見たと ころ ) 」。 693‑4 では別の言い 方をしている。
901 osisounwa オシソウン ワ ここでは n はけ ] ではなく「 ン 」のように発音されて いる。 906 でも同様。 この話者の場合は 、
w
の前の n は、 ときにより [n] ヌ とも「 ン 」とも発音される。
903 iyaynumare イマ イ ヌ マレ イ萱 辞典」 : 「なんとまあ 、 それはそれは」。 r 金ユ集 1 」
(p.417)6648: 「 iyainumare! 驚いた ! 」、 同法 : 「 numa r 起き上る , 驚き起つ」 、 ㌃ ya Ⅶ umare
す われ自身を驚き 起たす」 、 "Iyainumare!" 「あ あ お ど ち いた
@
」。 r 金ユ集 5 Ⅱ p.214)4504 iyo 舘 erker ( 編者 注 :iy0 ㏄ erkere の誤植 か 、 本文中では iyoshserkere ト iyainumare「大したことだ」 (S) 。 「 金ュ集 6] (p.107) 1944‑6: Ⅱ yainumare/pon menok0/0kai nanko ド za 驚くべし !
/
年若 い 乙女が/
居たのだったろ うか ! 」司法 : 「 俺 嘆の語気で、 そ の 意は『まあ こんな乙女が 世にあ ったのか」」。 『大群 稿 」 : Ⅱ yainumare 驚いた物だ、 たま げたものだ 驚くべし 我 自身を起たしむ ‑ ㍉ pon ainu pon kur. an nan kor,a.,, 二lyos
㏄
rekere? 」 ( 編者 注 : 「.」は原文のまま ) 。一 87 一
ウ
‑ ム
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ro ウ 0 口 k.l
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イオス ラ コロ 、
・ Ⅰ 圭 osu Ⅰ a k o で @
「タン ベ
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ソモエシクヌレ
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ⅡⅡ ア エライケa ニ e 二 Ⅰ " ay k e
ネ ナ 」 セコ ロ
kus@ne@ na"@sekor
ハウェアンコ ロ
hawean@ kor,
77
na ナ ク k ・ Y l クン tan
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℡Ⅰイオスラク
Ⅰ
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ネ ロ クアワ ・
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オヨヨ トウラ
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Ⅰ イム ℡ 1mマ コシマオカ ケ
makosma
ake unン LA ウ O
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ス /O オ ・Ⅱ イ Ⅰ ア a
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廿 アエコンラムa Ⅰ ek6nramu
p
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コ皿 ツ
ム m 一︶ ウ O
捌抽翔朋捌 助郷 描
ムゲ
コラ ウス ﹂ ツ ナ 8 8 カ ぺ
そのひざの上へ 向かって 上から ドサリと 投げおろしながら
「こいつを 生かせ。
生かさなければ
お前を殺してやる
からな」と 言いながら
ずっと高いところから
女の人のひざの 上へ向かっ て
私を投げ下ろそうと すると、
その若い女の 人は
キヤ一 と声を上げて
イム をしながら
後ろへパッと 下がったその
あ とへ
私は投げ落とされて 痛さに気が
遠くなり
エネ アシク ニプ
ene あ
Sk
Ⅱnip
930 エネアシク ニプ わからなくアアッタライ ェ
a 圭 atta Ⅰ aye 931 アアッタライ ェ なった。
オロ ワ /
orowano 932 オロワ / それから
ライ ヘネヤ
ray@he@ne@ya
933 ライ ヘホ ヤ 死んだのか9l0 temn@oroun テ ムニ コ ロ ウ ン tem ㎡ koro テム ニコ ロ は [tem‑ ㎡ kor‑o 手 ・くる まれる 中 ・ ( 所属 形 語尾 )] 、 た きかかえられるような 腕の中を言 うが、 子どもをだくような
「ひざの上」もこの 語で言う。 n@kor 二コ n [ 概 Ⅳ An@koro 二 コロ M 所 ] の語源は ト nik.nr ひ だ ・の中 ¥ (nik 二ク [ 概 ]/nik Ⅱ Ihi) 二キヒ [ 所 ] は ( ひだ )) だが、 この語は必ずしも 折り日の
あ るようなひだの 中ではなく、 ふろしきの中、 前掛けの中、 包み紙の中などに、 ものを く る むことを言うときにも 使われる語であ る。 otanikor オク ニコ ロ № ta‑nikor 砂浜・の中 ] といえば、 (S) : 「海岸の砂浜で、 まあ るく陸がひっこんで か るところの 陸側 」。
912 1=osura ィョスラ ( 私を投げおろした ) 。 (KK i) : 「ふだんなら i‑anu kor イヤヌ コロ というんだけど、 i,osura kor イョスラコロと 言うからやっぱり 投げたんだな」。
920 %emnikoro un テムニコロ ウエア す 910
926 makosma マ コシマ ㎞ ak.osma 後ろ・に突進する ] 投げ落とされるのをよ けてパッ
と 後ろへ下がった。 そのため少女は 床の上に落ちる。
928‑9 a 臣 eekonramu‑/mukkosanpa アニコンラム
/
ムッコ サンパ 気が遠くなるほどこ わかったりひっくりしたりすることを 表す。 (KM) : 「ひっくりした J 。 (KK i )mukkosanpa ムッコ サンパ「よけい 痛かった」。
930‑l ene as kuni p ノ a 二 a 七七 ;araye こ Ⅱ ネ アシ ク ニ二 プノアアッタライ ェ Ⅰ 金 虎杖Ⅰ ワかレ パ 406 社 99: よく似た文脈で「 eneashkunipaattaraye あ と如何にしたりけむ / われ おぽ
え なし」。 同法Ⅰ a ( 我 ) ar( 金 )ta ( そこに ) 「 aye( 死なす ) 」。 r 金ュ集 l 」 p.134: 「 nekon
ne ya anattaraye. どうしたのか
/
わたしは気を 失ってしまう」、 次には、 表現は違うが 本 資料のここと 同じく、 「眠っていたのか 死んでいたのか」という 意味の句が続く。 r 大祥 稿 」 : 「 anattaraye 更にわからず」。 r 知分 大 」 245: 「 atta 「 aye [<a ㎡全く )+ta ( うつつの 状態、 意識 パ ( を J+raye( 押しやる )] (( 木 ロベツ,サルー ュ研 1I, p.466))( 編者 注 : この 出典は上掲の ィ金 虎杖」ワカルパ 4068‑9 であ る ) 。 「 金 虎杖」金成まつ 伝承 5554‑5 : 少し 違 うが 類似、 「 ene ashpe ka akoetaraye 如何にせしものかも/
われ覚えずなりき」。 『 金 ュ集 lJ (p.245) 3522‑3: 「 nekon ne ya/anattaraye どうしたのか / あ とわからなくなり 」。 「 同割 (P.157)1913‑4: 「 eneashbeka/ko@ataraye ど う こ う あ ることも
/
ぅわ の 空で過ごすことを」、 同法 : 「 ko. 「それに対して」 ika.ta 「それの上・に J 「 aye 「やる」」。この表現は、 近年の話者には 知られておらず、 つぎのように、 日常語に引きつけて 解釈し ている。 (KM) :eneasku ㎡ p エネ アシ ク ニプ は「 eneanku ㎡ p と言う 、
‑
よく 死 んだもの持ってきて 助ける、 そういうくせのあ る人だ」。 (KK i) : 「そうなると 巴 ったこと eneankunip エネ アン ク ニプ という、 そういうようになると 再 ってまた投げられ て …」。 (HHa) : 「そういうことになるなと 思った 上
933‑7 rayheneya ソ ‥ /tanakkane ライ
ヘネ
ヤノ …/
タナク カネ 気絶している ときや、 死にかかって 意識不明のときや、 死んでから他界のものとしてよみがえるまでの一 89 一
モコロヘホ ヤ
mokor@he@ne@ya
アエコンラム
a=ek6nrgam
Ⅱ シ @ ネ カネsitne@ kane
タナク カネ
伍 nak kane
キ ルウェ ki@ruwe ,
セクク / ネヤ
㏄
takno
neyaオ ホン / ネヤ
ohonno@ne@ya,
モコロヘ タ フ
mokor@he@tap
ライ ヘ タ フ
rayhe ぬ
p アキカトゥフa=kl katu Ⅲ u
ネ ロクアイ ネ
nerokay Ⅰ
eフナ クパキク
hunak@pakita
ネプ フ 3 ヒ
nep
hum
Ⅱ 廿 Ⅱi
ネ プハウェ ヘ
nep@hawehe
オロ サ ムコン ナ
oroSam konna
コ ヤイ モソソ
koyaymoSoso
アキ アイ ネ a 二 Ⅰ け ayne
( インカランルウェア )
(inkar
芸 !anruwea)
インカランルウェ
"
ln k a""an ⅠⅡ we
エ ネオ カヒ 、
eneokahi,
934 モコてへネヤ 935 アエコンラム 936 シ ト キ カネ
937 タナク カネ 938 キールウェ 、
939 セタク / ホ ヤ 940 オホ、 ノ / ネヤ、
941 モコ r ヘ タ フ
942 ライ ヘ タ フ
943 アキカトゥフ 944 ネロクアイ ネ 945 フナ クパキタ 946 ネプフミヒ 947 ネ プハウェ ヘ 948 オロサ ムコンナ 949 コヤイモソソ
950 アキ アイネ ( インカラン ル ウェア )
951 インカランルウェ 952 エ ネオ カヒ 、
一 90 一
眠ったのか 私の心は
もつれ
夢 うつつに なっていて、
少しの間 か 長い間か 、
眠ったのか 死んだのか していて しばらくして、
ふと
何かの物音
何かの声が
聞こえたような 気がして 目がさめた。
そうして
見ると
その光景は
タンポロチャシ
tan poro
casi
953 タンポロチャシ こんな大きな 館 ( やかた ) がオ カナンコラ
Oka nanko 「 a 954 オ カナンコラ あ ろうか
アペエトクタ 、
a
㎎ etokta,
955 アペエトクタ、 横座@
エアシリ;
e 養 Irka 956 エアシリ; それこそ
カムイ ネ クス
kamuy
nekusu
957 カムイネクス まるで 神 コラチアンクルkoraci@
an@kur
958 コラチアンクン のような人のナノ ロカシ
nano Ⅰ㎎Ⅰ
k .
959 ナノルカ シ 顔が( アコシクマ ク )
(a=kosikmak)
( アコンクマ ク )ア コシクマ カ ;
a Ⅰ kos 無 makaka 960 々コシクマ カ ; 見えた
キ ヤクアラム
ki yak
a 二で am 丘 961 キ ヤクアラム と 思ったホント モクスイ
hontomo@ta@say
962 ホント モ タス イその途中でまた
モコンルスイ ペ
mokonrusuy@pe
963 モコンルスイ ペ 眠くなった人の間 のときなどに、 まだ意識がすっかりもどらず、 なかばもうろうとしている 状態を描写す る常套表現。 (KM) : 「眠ったんだか 死んだんだか、 わからない、 ときになればまた 思いつ いて ( 二気がついて ) 」。 0851 円
945 hunakpaktta フナ ク パキク hunak フナ ク くどこらは、 ここでは時を 表している。
pakita パキク は ( ちょうど…のときに ) 。 (KK
@
: 「いつなんだかわからない」。 r 幸 神 謡 j p.52: 「やっと J 、 p.54: 「あ るとき J 、 p.142: 「とうとうあ る時間に」、 p.58, 60 , 120 ,130: 「ふと」。 [ 補 K : 気を失ったものが 正気にもどるときの 描写によく使われる 常套句。 ] 946 づ nep humihiZ ‥ /koyaym0s0s0 ネプ フ 3 ヒ
/
…/
コヤイモソソ (KKi): 「何の音なんだか、 何の声 ( が ) したんだか、 そこ さ ( ニ そこへ / に ) また 目 ( が ) さめた」。 (KM) :
「 neptahawtum/a,e0swa/ 巨 n 。 anpekor/yaynu,an ネプ ク ハウトゥム
/
アェウシヮ ノ アナン ペ コロイヤ ィヌ アン という、 人声が聞こえたように 居、 って気いついた ( 二気がつい た ) 」。 orosamkonna オロサ ム コンテ は ( そこ ) ( 二 oro オロ ) 。 「大神聖」神謡 33(7) 注 :「 or‑sam‑konnaor ( 強勢接辞「そこ」 ) sam ( 例 ) konna ( 語尾に添える 修飾 辞 ) ; 側に、
四辺に」。
959‑60 nanorkasi/a,kosikmakaka ナノルカ シ ノアコシクマカオ 直訳すると <( 彼の ) 顔 の上に向かって 私は目をあ けた ) つまり、 ( 目をあ けると彼の顔が 見えた )
。 (KM):
「顔が一 9 Ⅰ 一