2. OSS ライセンスを適⽤した注⽬すべきソフトウェアのライセンス戦略
3.2 欧州における係争
3.2.5 Educaffix v. Centre National de la Recherche Scientifique 他
Centre National de la Recherche Scientifique(被告)
Université Joseph Fourier(被告)
Institut National Polytechnique de Grenoble(被告)
Université Pierre Mendès France(被告)
IUFM de l'Académie de Grenoble(被告)
訴訟内容: GPL 違反を理由としたソフトウェア譲渡契約の解消
結果: 譲渡契約の解消は認められたが、これまでに掛かった経費は両者が等分に負担 ポイント: ①GPL 適⽤下にある OSS が含まれたソフトウェアパッケージが、当該 OSS の 派⽣物としてみなされるべきであるかどうか、すなわちパッケージに GPL が適⽤されるかどうかがポイントとなったこと。
②フランスの法廷においても GPL は法的拘束⼒を持つライセンス契約である ことが確認されたこと。
係争内容
<概要>
遠隔学習ツールを開発するソフトウェア企業 Educaffix は、フランス政府⽀援の研究機関 Centre National de la Recherche Scientifique 及びその他の研究機関(以下 CNRS ら)から Baghera と呼ばれるソフトウェアの所有権を譲渡されたが、これに JATLite と呼ばれる GPL 適
⽤下にある OSS が含まれていたため、Baghera を利⽤した⾃由な製品開発が出来ないとして、
CNRS らを Baghera 譲渡契約の解消と損害賠償を求めて提訴した。Educaffix の主張は、
CNRS らが、Baghera に JATLite を含めていることを認識しながら、その配布の際に GPL を遵 守しなかった415、そして JATLite を利⽤していることを Educaffix に事前に通告しなかったこ とは、CNRS らの詐欺⾏為に当たるというもの。しかし、Tribunal de grande instance de Paris(以下、パリ⼤審院)は、Educaffix は CNRS らから Baghera の所有権を譲渡される前に、
JATLite の利⽤を認識していたとの判断を⽰し、CNRS らによる詐欺⾏為は認めていない。ま た、Educaffix が要求していた Baghera の譲渡契約の解消は認めたものの、契約解消の責任は 両者が負うべきであるとして損害賠償の⽀払いは認めなかった。
本件では、表⾯上は譲渡契約の解消をめぐる詐欺⾏為の有無を主要な争点としていたが、上 記の通り、GPL の遵守状況についての論議も持ち上がり、その際には GPL 適⽤下にある JATLite を含む Baghera が GPL 下で配布されるべきかどうかまでも争点となった。判決におい ては、JATLite を含む Baghera には GPL が適⽤されること、そして Baghera に JATLite を利⽤
している CNRS ら及び Educaffix は、Baghera を配布する上で、GPL を遵守する、もしくは GPL の伝播元となっている JATLite の OSS 開発者と別個のライセンス契約を締結する必要があ
415 CNRS らは Baghera の CD-ROM に GPL 本⽂を含めていなかった。
る、という判断が⽰されたが416、改めて GPL の伝播性の強さと共に、GPL 適⽤下にある OSS を他のソフトウェアに利⽤する際には注意深い対応が必要であることが浮き彫りになったと⾔
える。
<当事者>
訴訟に関与した企業・機関は、以下の通りである417。 原告
Educaffix: 代表の Lucien Lumbroso ⽒が 2003 年 1 ⽉に創設した遠隔学習ツールを 開発するソフトウェア企業。フランスのグルノーブル市で⾰新的な新興企業を技術・
財政⾯から⽀援する政府地域経済開発機関 Grenoble Alpes Incubation(GR-A-IN)の
⽀援のもとで設⽴された。主に、⼤学および企業の研究機関向けに、ロボット等の機 械・技術の操作⽅法を遠隔から学習するための遠隔操作技術の開発などを⾏っている。
被告
Centre National de la Recherche Scientifique(フランス国⽴科学研究センター): フ ランス政府の⽀援を受けて 1939 年に設⽴された研究開発機関418。
Université Joseph Fourier(ジョセフ・フーリエ⼤学): フランスのグルノーブルに位 置する⼤学。情報科学などの研究に携わっており、約 70 の研究所を有している419。
Institut National Polytechnique de Grenoble(国⽴グルノーブル理⼯科学院): フラ ンスの⼯科⼤学。産業技術の開発などを⾏っている420。
Université Pierre Mendès France(ピエール・マンデス⼤学): フランスのアルプス 地⽅を拠点とする⼤学421。
IUFM422 de l'Académie de Grenoble(グルノーブル教師教育⼤学院): Université Joseph Fourier 付属の初等・中等教員養成施設423。
CNRS らは、遠隔でのコミュニケーションを可能とする Baghera と呼ばれるソフトウェアを 開発していたが、その上では JATLite と呼ばれる GPL 適⽤下にある OSS を利⽤しており、
Baghera には JATLite が含まれていた。
<経緯>
416 “Educaffix / Cnrs, Université Joseph Fourier et autres”.
http://www.celog.fr/expertises/new_exp/2007/som0607/Educaffix_Universite_Grenoble.pdf (本件 の判決⽂)
417 “Educaffix / Cnrs, Université Joseph Fourier et autres”.
http://www.celog.fr/expertises/new_exp/2007/som0607/Educaffix_Universite_Grenoble.pdf (本件 の判決⽂)
418 CNRS. “Presentation”. http://www.cnrs.fr/en/aboutCNRS/overview.htm (Retrieved on September 15, 2009)
419 Université Joseph Fourier. http://www.ujf-grenoble.fr/37654972/1/fiche___pagelibre/ (Retrieved on September 15, 2009)
420 Institut National Polytechnique de Grenoble.
http://www.grenoble-inp.fr/1121430962033/1/fiche___article/&RH=INPG_EN (Retrieved on September 15, 2009)
421 Université Pierre Mendès France.
http://www.upmf-grenoble.fr/65729946/1/fiche___pagelibre/&RH=U2EN&RF=U2EN-RECHERCHE (Retrieved on September 15, 2009)
422 Instituts universitaires de formation des maitres(教員養成機関)の略。
423 フランスでは⼤学区ごとに教員養成機関が設置されている。
訴訟に関する⼀連の出来事の経緯は以下の通りである424。
2003 年 6 ⽉ 4 ⽇: CNRS らは、CNRS らが開発中であった Baghera の情報を求めた Educaffix に対して、Baghera パッケージ425についての詳細情報を提供すると共に、
Baghera パッケージには作動上の必然性から(GPL ライセンスが適⽤されている)
JATLite を若⼲改変したプログラムを統合していることを説明。
2003 年 9 ⽉ 23 ⽇: Educaffix と CNRS らは、Baghera の所有権を CNRS らから Educaffix に譲渡する契約を締結。Educaffix は CNRS らに対して、同ソフトウェアの 所有権の譲渡に 7 万ユーロ、著作権料として 8 万ユーロを⽀払う。Educaffix は同ソフ トウェアをもとに、⼤学および企業の研究機関においてロボット等の機械・技術の操 作⽅法を学習するための遠隔操作ツール、Educaxion を開発する予定であった。
2004 年 7 ⽉ 29 ⽇: Educaffix は CNRS らに対して、Baghera パッケージの基本機能 は、⽶国 Stanford University が開発し、GPL 下で配布されている JATLite というソフ トウェアを基にしているが、CNRS らは JATLite を利⽤する上で GPL に従っていない
(GPL 本⽂を成果物の CD-ROM に同梱していない)ことを指摘。Educaffix は、
Baghera は JATLite のソースコードなしでは機能せず、GPL 違反の状態で譲渡を受け た Baghera を利⽤して Educaxion を開発することはできないとして、CNRS らを追及 する。これに対して CNRS らは、Baghera パッケージから JATLite を削除することを 提案(CNRS らの提案に対する Educaffix の対応は不明)。
2004 年 9 ⽉ 17 ⽇: CNRS らは Educaffix に対して、①Baghera パッケージにおいて JATLite を利⽤する部分は、2003 年 9 ⽉に締結した Baghera の所有権譲渡契約には含 まれていない、②Educaffix が今後 JATLite を⽤いずに Baghera パッケージを開発でき る可能性はある、といった内容を記した書簡を提出。
2004 年 10 ⽉ 19 ⽇: Educaffix はパリ⼤審院に対し、Baghera パッケージには JATLite のプログラムがどのように利⽤されているか、について、専⾨家に詳しい調査 を⾏ってもらうよう依頼。
2005 年 5 ⽉ 10 ⽇: パリ⼤審院は上記の調査結果として、①Educaffix が譲渡を受け た Baghera の CD-ROM には、全部で 1,750 のプログラムフォルダが含まれていたが、
そのうち 177 のフォルダが JATLite のものである、②Baghera パッケージの作動には JATLite の利⽤が不可⽋である、③Baghera の CD-ROM には、GPL 本⽂を掲載したフ ァイルは含まれていなかった、ことを指摘した。
2005 年 10 ⽉ 24 ⽇: Educaffix は、2003 年 9 ⽉ 23 ⽇付の CNRS らとの契約の解 消、損害賠償⾦として 100 万ユーロの⽀払い、法廷での弁護⼠費⽤として 1 万ユーロ の⽀払い、の 3 点を求めて CNRS らを提訴。
2007 年 3 ⽉ 28 ⽇: パリ⼤審院は Educaffix の訴えに対し、Baghera は JATLite の派
⽣物であるため、Baghera の配布には GPL の遵守もしくは独⾃のライセンス契約を JATLite 開発者(Stanford University)と締結する必要があると指摘した。その上で、
Educaffix が求めていた譲渡契約の解除は認めたが、⼀⽅で CNRS らに対する損害賠償 は認めなかった。
原告・被告はともに、上記の 2007 年 3 ⽉ 28 ⽇の判決に対して控訴しておらず、本件は両 者が判決を受け⼊れた形で決着した模様である。
424 “Educaffix / Cnrs, Université Joseph Fourier et autres”.
http://www.celog.fr/expertises/new_exp/2007/som0607/Educaffix_Universite_Grenoble.pdf (本件 の判決⽂)
425 本報告書では、CNRS らが独⾃に開発したプログラムを Baghera、Baghera と(Baghera の作動に不 可⽋な)JATLite を含むプログラムを Baghera パッケージと呼ぶ。
争点・ポイント
本件では上記の通り、表⾯上は譲渡契約の解消をめぐり詐欺⾏為の有無が争点となっていた が、OSS ライセンスという視点からみた本質的なポイントは、Baghera パッケージを GPL 適
⽤下にある JATLite の派⽣物としてみなすべきかどうか、すなわち Baghera パッケージに GPL が適⽤されるかどうかであった。そのため、Baghera に GPL を適⽤しないまま譲渡した CNRS らの責任を問うたわけであり、Educaffix にとっては Baghera パッケージに GPL が適⽤される かどうかは⾮常に⼤きな争点であったと⾔える。
この点について、Educaffix は 2004 年 10 ⽉ 19 ⽇、上記の通りパリ⼤審院に対して専⾨家 による調査を求めており、2005 年 5 ⽉ 10 ⽇に以下の結果を得ている。
Educaffix が譲渡を受けた Baghera の CD-ROM には全部で 1,750 のプログラムフォ ルダが含まれているが、そのうち 177 フォルダが JATLite のものである。
Baghera パッケージのアーキテクチャは以下の 3 層から構成される。
o 最下層: インターネット・ネットワーク上でのメッセージ交換を実現する JATLite
o 中層: Baghera アプリケーションと JATLite とのリンク o 最上層: Baghera アプリケーション
CNRS らが開発した Baghera とは、Baghera パッケージの中層と最上層であり、
JATLite とは独⽴したプログラムとなる。しかし、Baghera と JATLite はリンクして おり426、Baghera パッケージの作動には JATLite の利⽤が不可⽋である。
ライブラリファイルの検証では、ツリー構造においてどのファイルが Baghera でど のファイルが JATLite かを特定することは不可能であった。
パリ⼤審院はこの調査結果に基づき、まず、CNRS らが開発した Baghera(Baghera パッケ ージの中層と最上層)は JATLite から独⽴したプログラムとして、その所有権は CNRS らに帰 属することを認めた。しかし同時に、Baghera と JATLite はリンクしており、Baghera の作動 には JATLite の利⽤が不可⽋であることから、JATLite が含まれた Baghera パッケージは合理 的には JATLite から独⽴したプログラムではなく JATLite の派⽣物であると指摘した上で、
Baghera パッケージの利⽤には GPL の遵守が必要であるとの判断を下している。
また上記の調査報告によって、Baghera の CD-ROM に GPL 本⽂が同梱されていなかったこ とが判明し、Baghera は JATLite を利⽤しながらも、JATLite を利⽤するためのライセンス要件 を満たしていなかったことが明確になっている。Educaffix はこの結果に基づき、①Baghera は Stanford University が保有する JATLite に対する著作権を侵害した偽造ソフトウェアである、
②CNRS らは Baghera に JATLite を利⽤しているという事実を隠匿しており、この⾏為は詐欺 に相当する、といった 2 点を主張し、Baghera の譲渡契約の解消と損害賠償の⽀払いを求めた。
⼀⽅の CNRS らはこれに対して、譲渡契約を締結する前に JATLite の利⽤について Educaffix に説明しているため詐欺⾏為は⾏っていないと反論していた427。
426 判決⽂には、Baghera と JATLite のリンクが静的であるか動的であるかに関する明確なコメントはな かった。
427 “Educaffix / Cnrs, Université Joseph Fourier et autres”.
http://www.celog.fr/expertises/new_exp/2007/som0607/Educaffix_Universite_Grenoble.pdf (本件 の判決⽂)