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3 月

2日 vフィリピン特使の訪マ一一フィリピン大統領の特使 Modesto Farolan 1\が クアラルンプールを訪問し,マレーシア承認問題についてラーマン首相と2日夜 と3日朝の 2回会談した。会談後ラーマン首相は「マレーシア承認問題につき積 極的な措置が講ぜられている。特使との間ではとくにサパ領有権問題が討議され た。この点につき首相はマレーシアがマニラ協定の条項を今後も遵守すると保証 した」との声明を発表した。なお同首相は2fl  Farolan特使と会談するに先立ち

「マレーシアは承認問題でフィリピンをせかせて困らすようなことはしない。急 ぐことはない。個人的には,フィリピンの用意が出来しだい

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交を正常化すれば いいと考えているJと語った C1月2日, 2日9日等を参照〉。

3日 Machinda党の書記長,脱党ーサラワク Machinda党のYeoCheng 1 Ioe (楊 清和)吉:記長は|叶党より脱退した。なお去年 12凡18日はM.Buma党首が脱党し ている。 Yeo氏はもとサラワク統←・人民党員で、あ.._,たが|司党のl,:{ij'iを嫌って1963 年に脱党し, Machinda党に参加していたもの。

6日 V統一戦線の人事一一ー労働党と人民進歩党とは統一戦線結成の準備を進めてい るが(2月13日参照),新戦線の人事として労働党のLimKean Siew委員長が 臨時委員長に,同じく労働党の V.David副委員長が臨時書記長に任命された。

8日 Vパンディ氏の訪問一一アメリカのパンディ極東担当国務次官補は8日夕刻シ

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マレーシア(3月〉 ンガFポーノレよりクアラノレンプーノレを訪問し, 9日にはラーマン首相と南ベトナム および東南アジアの全般的問題について会談した。同氏は10日に台北に向った。

なお同氏によると,南ベトナム戦線のアメリカ兵士がマレーシアへも休養をとり に来るかもしれない。ペナンで はすで にこの問題が出されており,|司州首相はこ れに賛意を示している(The Straits Times  3月2, 3,  23日参照、)。

Vクアラルンブー JI.,市街で反米デモーーパンディ次官補の到着する4時間前の 8日民すぎ,クアラルンプーノレ市街で(AmpangRoadのAlABuilding前)労 働党の組織する反米デ モが行なわれ,参加者(200人以上)は日々に反米,反パ

ンディのスはーガンを

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・んだ。

中国製品の輸入禁止 政的:は8[:jの官報で次の中凶製品の輸入をさる2片 山日より禁止したと発表した:一一砂糖菓子,非自動自転車,ストッキングQ

9日 V北部ゲターUMNO青年部の動き−北部ゲタ−UMNO青年部は9l=l夜緊急 会議をひらき, 10日の会議で決議を予定していた「UMNO本音ISに対して現ラー マン首相を最高顧問,現ラザク副首相を首相にそれぞれ任命するよう促進する」

との案件を徹凶した。なおこの件につきラザク副首相は「早すぎる」と評してい fO

10日 V部分的関税地域できる一一一Lim商工相の発表によると,特定商品を除くマレ ーシア製品のマレーシア3地域間における移動が10日以降無関税となった。特定 商品とは洗濯石鹸,炭酸水,ゴム履物, Samsu,シガレツト,石油製品,商業用 自動車,マッチなどである。マレーシアは去年8月のシンガポール分離以前は共 同市場結成を考えていたが,事態の急転により, これを関税地域CustomsArea  にあらためることになった (11月のTan蔵相の予算演説を見よ)が,今凶の措 置はその段階的なものであるO なおベナン,ラブアンは未だ自由港のため,該地 の製品はこの措置から除外される。

11日 Vムダ川総合開発計画はじまる一…マレーシア政再Iはこのほどマレーシア開発 5ヵ年計画中のひとつたるムダ川総合開発ttl'f削の第1期建設工場を鹿島建設ニ大 成建設グループに発注することに決め, 11日その本契約が行なわれたυ計陣j全体 は2億0400万ドノレにのぼるもので,このうちi億3500万ドルは世銀借款によるも のである。今回成約した第1期工事はダム二つ(PeduDamとMudaDam)とト ンネル一つの建設で,鹿島=大成グループはこれを6084万7600ドノレ(約72億円〉

で落札した。なお第2期工事は北部,中央および南部水路の建設で,入札はすで に行なわれたが建設業者はいまだ決まっていない。

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マレーシア(3月)

(注〉 ムダ川開発計画とはムダ川上流にダムや水路を建設することによって,

ケダー,ベルリス丙外|にまたがる現在の米作地13万0500エーカーを2期作地 に,また新制に13万1000エーカーの新2期作地を作りだそうというもの。こ れによって同地域の米の収穫は現在の22万9000トンから65万4000トンになる ものと期待されている。なお現在マラヤ全体の生産量は57万1000トンである。

13日 ' 「サラワクで種族的団結を最初に」一一一サラワク人民戦線BarjasaのTaib書: 記長は「マラヤ本土での前例に見ならってサラワクでもまず人種単位での凶結を 達成し,次にこれら人種組織間の協力・理解をっくりだすべきだ」と語った。な お

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司氏はサラワクの二つのマレ一人系政党たるBarjasaと国家党Panasとの合併 を主張している C1月4Ii参照)。

, Krian  Laut補欠選挙一ーさるl}j,ベラ州 Krian Laut地区選出の Abdul Rauf bin Abdul Rahman連合党下院議員が死亡したことにより,同地区で補欠 選挙が行なわれ,結果は次の通りであった。

Sulaiman bin Haji Tail】(連合党) 11,206票 Baharuddin bin  Haji Abdul Lati旺(PMIP) 8,484票

有権者数 26,953票

14日 , PMIP党首釈放さる一一昨年1月29日に亡命政府を作ろうとした件で逮捕さ れたPMIP党首のBurhanuddin al‑Helmy博士が条件っきで釈放された。この 条件のうちには,(1)氏が政治に関与しないこと,(2)当局の事前の許可なしにベラ 州を離れないこと一一ーの二つがある。なお同氏は18日内務省に「条件っき釈放は 人権に反する。私の政治イデオロギーは前と変っていない。今後も PMIP党首 を続ける」との手紙を送った。

, Gerakan Maju発展作戦一一ー国家・農村開発計画へ一般農民の協力をよびかけ るためのGerakanMaju発展作戦がラザ、ク副首相によって開始された。その主目 標は農民が自己の努力によって生活状態を改善し,政府.との協力によって繁栄す

るマレ}シアを建I投しようというものO なおマラヤ第 2次 5ヵ年開発計画中は Gotong Royong運動が行なわれたが,あまり効果をあげなかった。

V統一戦線とDAP−一人民進歩党のD.R. Seenivasagam党首は14日次のよう に語った。

統一戦結成の主目的のうちの一つは,人種的なPMIPを除くすべての野党を 強力な団体に結集することであるO このため現在統一民主党UDP首脳に対し 打診をしている。

われわれはマレーシア連帯会議の「マレーシア人のためのマレーシア」とい 一( 16 )ー ‑110

マ レ ー シ ア (3月〉 うスローガンが末だ、非常に有意義なものであると考えている。民主行動党DAP がもし統一戦線に入らなければ野党の勢力は今後何年間も効果的なものとはな らないだろう。

以上はマレーシア連帯会議に末だ加盟している人民進歩党の見解であるが,一 方労働党のV.David副委員長(兼統一戦線の臨時書記長)は,これに反対して 翌日日次のように語っている。

DAPとマレーシア連帯会議MSCの政策は統一戦線のそれに真向から食い 違っている。 DAPは国内治安法を支持しているが,戦線はこれが個人の基本 的自由を奪うものであるため反対している。またマレーシア結成についても,

DAPはこれに賛成しているが戦線は反対している。最後にDAPとPAPとは 南ベトナムの米軍駐留を歓迎しているが,戦線はこれに反対する(2月26日参 照〉。

(注〕 統一戦線結成は2月13日より労働党と人民進歩党との間で準備されてい るが,以上のようにDAPおよびMSCをめぐる両党の見解は真向から食い 違っており,結局3月中には新戦線は正式発足しなかった。

15日 ' 「ボルネオ状勢は危険」 クチンで15日, 「サラワク・サパ合同治安委員 会」がひらかれ, 「全般的状勢は危険である。一般大衆の側も安閑としているべ きでない。絶えざる警戒が必要である」との声明をだした。なお出席者は,両州 の主要閣僚のほか, G.H. Leaボノレネオ方面司令官, Ismail副参謀長らである。

17日 Vクチンの弾組会議解散さる一一サラワク政府はクチンに本部を置く第1省労 働組合会議FirstDivision Trade Union Congress ( 5組合, 2000人からなる。

61年1月に団体法に基づき登録された〕を,共産主義者に利用された組織として 解散させた。

18日 v全国商事会社労組, MTUCを脱退 全国商事会社労働組合NationalUnion  of Commercial Workers ( 1万2000人)がマレーシア労働組合会議MTUCを脱 退した。なお65年2月12日にも全国鉱山労組 C1万4000人)がMTUCを脱退し たため, MTUCに残る大組合はプランテーション労組NUPW(15万人〉,マラ ヤ鉄道労組RUM(1万4000人)となった。

19日 V民主行動党, 3度目に登録申請認可さる一一民主行動党 DAPが3度目の団 体法に基づく登録申請でやっと認可をうけ,正式の政党となった(2月3日参照)。

D. Nair書記長は同日当面の方針を「われわれは厳密に非人種的な接近法を採用 し,忠実なる野党として,賢明な分析,清潔な政治慣行を行ない,合法的目的を

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マ レ ー シ ア (3月〉

決然として遂行する」と語った。

20日 , MCA書記長は, Khaw氏一−MCAのTan党首はさる1月30日に修正された 新党則にもとづき,同党の書記長にKhawKai Boh (地方政府相),広報部長に Tan Siew Sin,財務にQuekKai Dongを任命した(2月26日参照)。

曹ラーマン首相,シンガポールを訪問(シンガポーノレの項を参照)。

21日 V国会はじまる一一マレーシア国会がはじまった(下院3月211325日,上院3 月28日〜29日)。

26日 6ヵ月間の国語月間運動はじまる一一一マレ一語を国語とするための国語月間 運動がマラヤ全土で、はじめられた(2月24日参照〉。

30日 v合同防衛会議,統合作戦委員会,名称を変更一一一合同防衛会議と統合作戦委 員会とはシンガポーノレが双方から脱退したため,それぞれ国家防衛会議,国家作 戦委員会と名称を変更した(シンガポーノレの項参照〉。

31日 ,シンガボールと新防衛協定か−ーラザク副首相によると,マレーシアとジン ガポーノレとは両国間の新しい合同防衛会議設立のための新防衛協定を作るかもし れない。

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ドキュメント内 アジアの動向 マレーシア シンガポール 1966 (ページ 31-39)

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