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マレーシア,シンガポール
9月の概況
マレーシア政府は,さる6月に発生したサラワクの政変乞非常手段をも って解決した。この問題は,単に州政府の弱体化とか共産主義者活動の活発 化以外に,来年に行なわれる予定のサラワクチト総選挙一一一インドネシアはそ の結果によってマレーシア承認を最終的に決めるーーがマレーシア政府側に とって不利になりかねないという危険性をはらんでいたのである。同政府の 異例とも思われる強い態度は,この点からよく理解されよう。
一方,インドネシアとの関係ではマレーシアは軍事・非軍事(貿易,文化 通信など)について14日に協定に達した。この中でいちじるしい点は,ボノレ ネオのマレーシア2州およびインドネシア領における共産主義者を討伐する ため合同委員会をつくることであろう。これはとくに対決中にサラワクから インドネシア領へ入った共産系中国人青年や, 1962年のブ、ルネイ反乱の残存 グループなどを対象とするものである。
シンガポーノレもインドネシアとの聞に通商協定を結び,ささやかなから愁 眉をひらくことが出来た。ただ,インドネシア側には新事態に応ずる態勢が 十分でないためか, 9月中には依然大きな活動は始まっていない。
多サラワク政変に中央政府が終止符
マレーシア政府は,さる6月に発生したサラワク政局不安に対処するため, 9月19 日「非常事態(連邦憲法およびサラワク州憲法〉法1966年」 Emergency (Federal Constitution and Constitution of Sarawak) Bill 1960を国会に提出し,その承認を得 た。サラワク州知事はこの法律のもとに州議会を同23日に招集し, Ningkan首相の解 任,TawiSli新首相の任命を行ない,この政変に終止符を打った。経過は次の通り。
6月の政変一一与党たるサラワク連合党(Barjasa党5人, Pesaka党15人, Snap党 6人, Sea党3人, Panas党3人で構成〉は,最近の数年間,土地問題,官吏ボルネ オ人化,国語問題等々で毎年政争を繰返して来たが, この6月にもおそらくほぼ同じ ような問題で同党内に亀裂が生じたようである。ただ,今回の争いでは, 同党内の
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マレーシア,シンガポール(9月〉
反Ningkan派が中央政府の強力な後押しを受けたことが著しい。
合覚書記長兼Snap党首たるNingkan首相は6月1213,与党内の Barjasa党の頭日 Taib通信・建設相(中央政府 Yaacob土地・鉱山相の甥)を州政府転覆陰謀の理由 で解任した。これに対してBarjasa党の5人は Pesaka党の15人と共に反対派を形成 し, クアラノレンプールのマレーシア連合党本部へ赴き Ningkan更迭を要請した。
ラーマン首相ら連合党本部がダヤク族のNingkan派よりマレ一人のTaib派の方に より親近感があったかどうかは明らかではないが,サラワク連合党内で, Ningkan州 首相は従来からもノレクアランプーノレの連合党とはしっくりしないものがあったようで ある。とにかく本部はこの要請を入れ Ningkan解任, TawiSli (Pesaka党〉任命を決 定し, Opengサラワク州知事をして実施せしめた(6月17日〉。なお, この政変で州 知事は終始反対派に組みしていた。
サラワク州憲法によると,州首相更迭は州議会の不信任によってのみ実施しうるも のである。 Ningkan前首相はこの点で手続に違法があったことを理由にOpeng知事 とTawiSli新首相とを相手に訴訟を起した。
Ningkan氏再び首相にーーかくして8月22日に始められた裁判は, 9月7日になっ てNingkan側勝訴の判決を下し, Ningkan氏は再び首相に返り咲いた。 純粋な法律 問題として見るかぎり, 中央政府側が無理押ししていたことは,始めから明白であっ fこ。
一方, TawiSli派は6月当時から多数派工作を進め,判決の下った9月上旬には 州議会議員42人中25人(全部与党議員〕を獲得していた。 したがって,もしこのまま の状態で州議会が開らかれれば, かりに全野党議員がNingkan支持に廻っても,同 首相に対する不信任案は容易に通過していたであろう。
州議会の招集は,州政府閣議の要請にもとづき州知事が行なうことになっている。
Ningkan政府は当然,州議会招集の発議を行なわず,逆に州議会を解散して総選挙を 行なうことをきめた。 しかし,憲法によると, この点もまた,州政府閣議の要請に もとづき州知事が行なうことになっている。反Ningkan派に組する Openg知事が Ningkan首相からのこの要請に沈黙を守りつづけたのは当然で、あった。
中央政府の介入一一サラワ政局はここに手詰りの状態に落込んだ。クアラノレンプー ルの中央政府はこの事態を自己に有利なように解決するため, 9月15日サラワク州に 非常事態を宣言した。連邦憲法によると, 「マレーシア元首は国内に治安および経済 生活を脅やかすような事態がある場合は,非常事態を宣言できる。元首はこれにもと
‑( 128)一 ‑212ー
マ レ ー シ ア , シ ン ガ ポ ー ル (9月〉 づき, 可能なかぎり早く国会を招集し,必要な立法措置を講ずることができる。非常 事態宣言中,国の行政当局は憲法の如何なる規定にも拘らず, 州の立法権内の如何な ることにも介入出来る」とある。マレーシア政府は19日この条文にもとづき緊急国会 をひらき,「非常事態〈連邦憲法およびサラワク憲法〕法1966年」を賛成118,反対0
(野党議員は採決前に退場した〉で通過させた。 この憲法改正案の骨子は, 「サラワ ク州憲法の如何なる規定にも拘らず, 州知事に州議会開催権および州首相の任免権を 与える。これに伴う諸措置の有効期間は, 非常事態宣言中(6ヵ月〉にかぎる」とい
うものである。
サラワク州知事は9月23日,この法律にもとづき州議会を招集し,Ningkan首相不 信任案を通過させ, 翌24日にはPenghuluTawi Sli氏を新首相に就任させた。
中央政府介入の理由一一一ラザク副首相は, 19日に非常事態法案を提出するにあた り
, この政変の結果,サラワクで共産主義者の活動が「最近Jにわかに活発化し,
政変の早期解決が必要になったことをあげている。一方,政府は同日, Communist Threat to Sarawakなる白書をも発表している。
サラワク共産主義者の活動を知る資料はすこぶる少なく,とくに9月7日以降の状 況を客観的に把握することは不可能である。ただ,常識的に考えれば,インドネシア との対決が終了し,また, 同国との聞で共産主義者に対する合同の活動を始めようと している矢先でもあり, かれらが活発に動きうる時期であったかどうかは疑わしい。
マレーシア中央政府が早期解決を強力に押し進めた最大の理由は, 今回の事件がサラ ワクの地方分権的傾向を強め,来年に予想される総選挙一一インドネYアとの8月10 日の和平協定によると, この総選挙の結果で|司国のマレーシア承認が決まることにな っているーーが不利になることを避けるためであった,と忠われる。なお, Ningkan 氏は22日に次のようにいっているO
共産主義者の問題は数年前からあるものであり,現時点で非常事態をとらねば ならない理由はない。事態はクチンでも農村地区でも平静である。共産主義者は いても警察力で押えうる。わたくしと中央政府とのトラブルの主たる原因は,国 語問題に対するわたくしの態度であったと考える。マレ一語が国語になることに は同意するが,これは急くべきことではない。ダヤク人や中国人のことも考えね ばならぬ。
多非常事態(連邦憲法およびサラワク憲法〉法1966年 I サラワク憲法の改正点
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