1 日 Vラーマン首相のサラワク訪問一一一ラーマン首相は1日から5日間サラワクを 公式訪問した。同行者は Samban than建設相, Senu情報相, Khaw地方政府 相, Ya'acob鉱山相, Bellアメリカ大使, Tran南ベトナム大使。
Vハノイ・ハイフォン地区爆撃の反響一一南ベトナムの米空軍がさる6月29日 に北ベトナムのハノイ・ハイフォン地区を爆撃したことにつきマレーシアの政界 は次のように語っている。
(1) 外務省筋:ーベトナム紛争は会議によってのみ解決されうるもので今回 の爆撃はますます早期解決の必要性を強調するものだ。軍事によらず会議によ 一(92 )ー ‑222ー
マ レ ー シ ア (7月〉 って解決すべきだ。
(2) 統一民主党:ーアメリカの行動は非常に挑発的だ。イギリスがアメリカ 政府の無謀な冒険から手をひいたことは注目すべきである。
(3) 人民進歩党党首:一連合党政府は事態を再検討し,アメリカのベトナム での政策にもっと現実的態度をとるべきだ。今回の爆撃はさらに恥すべき,卑 劣な行動である。
(4) 民主行動党副委員長:一政府が現実的態度でいることは好ましい。さら に他の多くの英連邦諸国に見ならって,アメリカの無謀な行動から手をきるべ きだ。
(5) Mahathir連合党議員(マレーシアA A人民連帯会議委員長〉:』ーアメ リカの暴力には嫌悪を感ずる。都市の軍事目標爆撃は民間人をも死に到らせる ものだ。北ベトナム侵略の真の源が中国にあるのなら,中国の補給線や工場を 爆撃すべきで,所謂中国政策のためベトナム人の生命を犠牲にするのは非人道 的である。
,国会の会期きまる一一マレーシア国会(上院・下院〉の今後一年間における 会期がはじめて,つくられ発表された。なお従来は国会開会の日一程はそのつど決 められていた。
,‑‑, 8月22〜27日 , − − , 9月 5〜6日 下 10月24〜28日 上 11月7〜8日 院 1月19〜3月4日…(予算国会〉… 院 3月13〜16日
¥̲,I 4月24〜29日 ¥̲,I 5月8〜9日
V電話料金値上げ一一昨年11月の国会で決定された電話料金の値上げが7月1 日より実施される。方法は,最初の100回通話は無税で, 101回目以降1通話ごと に10セントである。 Tan蔵相は昨年の11月, これで年間530万ドノレほどの増収が みこまれる,と語ったo
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第3回国際スズ協定発効一一国際スズ評議会ITCは第2回国際スズ協定に 従い6月28〜30日にロンドンで最後の会議をひらいたが,その結果7月1日以降 5年間の第3回国際スズ協定が発効することになった。新協定によるとトン当り の最高価格は1400ポンド, 最低価格は1100ポンドで, 旧協定よりそれぞれ200ポンド, 100ポンドだけ高くなった。
2 日 V援助拒否の理由一一スチュアート英外相は Seato会議の後,ジャカルタを経 て2日クアラノレンプーノレを訪問し,ラザク副首相と会談したのちシンガポーノレを
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マレーシア(7月〉
経由して(Lee首相と1時間会談)帰国した。同外相はラザク副首相との会談後
「イギリスが対マレーシア経済援助を断ったのは全く経済的理由からであるJと 語った。
Vオーストラリア軍等も撤退か一一一ラザク副首相はスチュアート英外相との会 談後「イギリス軍はインドネシアがノ〈ンコク協定を批推すればすぐ撤退するまた 東部マレーシアのオーストラリア,ニュージーランド軍もfギリス軍とー諸に撤 退するだろうjと語った。
▼ペナン市議会の機能停止――ペナン州政府はペナン市議会(George Town City Council)の1958年12月31日から1963年6月11日までの行政に違法行為があ
ったとして,これを2日以降停会させ, 4日から調査委員会をひらいて公聴会を 行なった。
5 日 Vインドネシア軍撤退を確認一一一サラワクからクアラノレンプールに戻ったラー マン首相は次のように語った。
1. ボ/レネオの治安当局者からの報告によるとサパ,サラワクの国境に展開 していたインドネシア軍が撤退を開始した。
2. 現在頭痛のタネはサラワク,サパで、テロ活動を続けている数百人の秘密 共産組織(CCO)の分子である。かれらは殆どがインドネシア領に隠れており,
インドネシア政府に対する投降計画を通告せねばなるまいと思っている。
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英=マ,英軍撤退で一般的合意に達す(移特記事項参照)T FAMA,単一の稲販売庁を設置か−Ghazali農相の発表によると昨年 9月 30日に設置された連邦農産物市場販売局FAMAは,稲および米の販売を統轄す るために単一の中央販売庁の設立を計画している。新庁の仕事は,稲購入ライセ ンスの発行,稲購入価格遵守の要請,などである0
9 日 Vオーストラリアの防衛協力は変らず一一ー過去10H聞にわたってマレーシア,
シンガポーノレを訪問していたオーストラリアのFraser国防相は9日, 帰国に先 立ち,オーストラリアのマレーシア,シンガポールとの防衛協力は対決が終って
も変らないだろう,と語った。
10日 V反米デモ一一一クアラノレンプーノレで;10日約200人(殆ど青年)のデモ隊がLincoln Cultural Center (もとのUSIS図書館−MarketStreet)に押し寄せ,石やピン を投げ, 「アメリカ人帰れ,ハノイ・ハイフォン爆撃をやめよ」などのスローガ ンをかかげ,約8分間気勢をあげた。
(注) The Straits Timesを見ると,このデモに対し警察は特別の取締まりを
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マレーシア(7月〉 しなかったようである。
l 1日 Vルノーなど3社,自動車組立がきまる一一Lim商工相は11日夜約1ヵ月間の ヨーロッパ旅行からシンガポーノレに戻り次のように語った。
フランスのフ。ジョー,ルノーおよびイタリアのフィアットの3社がプタリン ジャヤに組立工場をつくることになった。来年8月には最初の車が完成する。
なおドイツのフオルクスワーゲンやBMWも組立工場設立で交渉中である。
(注i) マ政府はすでに7月4日にもスエーデンのボルボに対してパトゥ・テ イガに組立工場建設を許可した。また日本の東洋工業(マツダ)もマレーシ ア側から具体的に進出をすすめられているといわれる。
(注2) さる6月13日の自動車に関する関税諮問委員会公聴会で,次の点が業 者側から発表された。
l. 組立工場設立申請は19社から行なわれている。
2. 経済的操業を行なうためには最低年間3000台を組立てる必要がある。
3. マレーシア・シンガポールを合せた市場は年間3万3000台で,このうち シンガポールの市場は25%8250台である。マレーシアの市場は現在組立中 のトラックの割引販売を考慮に入れると年間1万9000台にすぎない。
15日 マレーシアニシンガポール共通入国制度廃止(シンガポーノレの項参照)
T Ningkan氏, Lee首相を訪問一一シンガポーノレ政府の発表によると, 6月に サラワク州首相の地位を追われたS.K. Ningkan氏は15日午後Lee首相を訪問 し15分間会談した。
V開発公債発行一一マレーシア政府は第1次5ヵ年計画の資金調達のため次の 公債(5500万ドノレ)の発売をはじめた(発売期間6週間〕。
1969年7月15日満期,利子5Ys%
1986年7月15日満期,利子5%'%
18日 T MCA党首, 「英単語をマレ一語の中にJ ‑‑Tan MCA党首(蔵相)はマ ラヤ大学学生連合会主催の国語運動週間の開会式に出席し,次のように語った。
英語の単語を導入することによってマレ一語を単純化すべきだ。ラーマン首 相が私によく言うことだが,ケダー州ではマレ一語が行政用語として長年使用 されているが,この場合英単語が何の変形もなしに使用されている。このケダ ーの例を見ならうべきである。
19日 T Osman中将,大将に昇格一一国防省の発表によると,マレーシア軍首脳陣が 次のように昇格した。
Tengku Osman bin Tengku Mohd. Jewa,総司令官中将から大将へ
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マレーシア(7月〉
Tan Sri Abdul Hamid bin Bidin参謀長,少将から中将へ Dato Ibrahim bin Ismail副参謀長,代将から少将へ
(注〉 マレーシア軍の最高司令官はマレーシア元首である。
20日 Vスモール・ホールダーのゴム植替え助成計画を制限か一一Lim商工相は閣議 後「来年からスモール・ホーノレダーのゴム多産種植替えの助成金交付を年間4 万5000エーカ程度にかぎるかもしれない」と語った。 1952年から始められたゴム 樹植替え計画は, 1962年まではスモール・ホールダーに対しエーカー当り600ド ル,1963年からは750ドル(6エーカー以上の土地を持つもの, 5エーカー以下は 800ドノレ〉の植替助成金を与えていたが,今年は助成金申請が19万6358エーカー にのぼったため,制限を講ずることになったものらしい。 (65年7月31日参照〉
(注1) マレーシア第1次5ヵ年計画(66〜70年〉では, 5年聞のマラヤのス モール・ホールダーの植替面積を30万エーカーとし,現在の50%から65%に ひきあげようとしている〈エステートの場合は現在の78%から89%へ〉。
(注2) Rubber Statistical Bulletin 1966年2月号によると, マレーシアの ゴム栽培地面積(エーカー〉は次の通り.一
エステート スモール・ホール夕、一
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マ ブ ヤ 州 1,893,166 2,210,000 1964年 シ ン ガ ポ ー ル 5,855 II サ ラ ワ ク 8,350 351,188 1962年 サ ノ、守 80,913 137,772 II 21日 V世銀, 国立電力庁!こ借款一一一NationalElectricity Board国立電力庁の発表
によると,世銀は同庁に対し1億1100万ドル(1970年10月15日以降20年間で償還,
利子6%)の償款を与えることに同意した。近く協定調印の予定これで同銀かち 得た借款は全部で3億5250万ドルになる。同庁の発表ではこの借款は次の計画に っかわれる予定。
(1) Port Dicksonに12万キロワットの火力発電所建設。将来は60万キロワ ットに拡大の予定。
(2) Batang Padang水力発電計画としてWoh水力発電所に5万キロワット 発電機設置。 Odak水力発電所に1400キロワット発電機設置。
(3) Johore Bahm火力発電所に3万キロワット発電機2機設置。
(4) 送電線建設その他。
22日 Vボルネオ共産テロに投降作戦開始一一マレーシア政府は22日,ボルネオ2州
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