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で開

催さ

れた

ニ三日非公式会議︒各国からの活動報告とこれからの

行動の討論︒第八団連帯会議からの一年あまりで国際的に

は画 期的 な運 動の 進展 があ った

︒米 国下 院︑ カナ ダ︑

EU

韓国︑台湾などの説会で﹁慰安婦﹂問題解決のための決議

があがり︑団連人権理事会・自由権規約委員会でも勧告が

あり︑国際社会で世論は大きく盛り上がった︒

しかし日本の状況は︑九

0

年代から相次いで起こされた

日本政府を相手に性暴力被害者への謝罪と保障を求める裁

判が

︑一

O

件のうち九件は最高裁で請求が棄却され︑唯一

﹁海南向性暴力被害補償請求裁判﹂だけが東京高裁で係争

中と いう あり さま

日本政府は︑依然﹁慰安婦﹂問題について﹁サンフラン

シス コ条 約・ 二国 間条 約で 解決 済み

﹂︑

﹁﹃ 女性 のた めの ア

ジア平和国民基金﹄で道義的責任は果たしている﹂﹁河野

談話 を踏 襲す るが 閣議 決定 はし ない

﹂︑ とい う方 針で 臨み

被害者の要求や各国の決議も無視している︒

一方︑明るい兆しもある︒近く行われる衆政院

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地併

で政縮交代があれば﹁戦時性的強制被何者間間の附決の促

進に関する法作集﹂が成立する可能性がある︒また︑東京

都消瀬市︑兵即県宝塚市︑札幌市など︑各地の議会で︑謝

罪と保附を求める決議がなされ︑神戸市︑大阪府堺市など

でも 耶仰 が進 んで いる と報 告︒

韓国挺身隊対策問阻協誠会が発足してから十八年︒被

告者が尚齢化して亡くなる中で︑毎週︑在開日本大使館前

で水附デモを行ない︑各国に議会決議案採択活動︑団連人

柿理事会での報告件採択のための働きかけ︑

ILO

への

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活動 など を展 開中

中国慰安婦制度の調査を

O

六年から始め︑多くの慰安

所に日本軍がかかわっていたことを明らかに︒

台湾生存者のケアを続けながら︑国会でも﹁慰安婦﹂

問問 解決 のた めの 決訴 を︑

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年二 月に 採択

フィリピン被告者一七四人のうち︑すでに五九人が死

亡︒ 国会 決刊 酬を 促進 して いる が︑ 日本 政府 の干 渉を 受け て

いるという︒文扱団体﹁ロラマシン・ネットワーク﹂は︑

団連﹁女性に対する暴力﹂特別報告官との専門家会議に参

加して︑報告持に﹁慰安婦﹂問問を拘椛︒

東チ モ

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ル O

五年から別査が行われ︑公聴会︑日本で

のス

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キングツアーをとり組んでいる︒他の同ほどの進

展はないものの︑雌尖に制査は進んでいるとの報告が︒

アメリカアメリカ下院説会では︑

O

七年 七月

婦問阻決議

121

﹂が成立して﹁本の根民衆迎励

合﹂が結成された︒同述合のアナベル・パクさんは︑﹁こ

の成果は︑日本でも生かせる︒今こそ謝那を求めよう︒謝

罪決議は新しい世界を拓くだろう﹂と報告︒

カナダアジア第二次大戦史学習保存会は︑アジアの歴

史教科世に﹁慰安婦﹂問題を盛り込むことに成功︒被害者

四人による証言ツアーが大きくメディアに取りあげられ︑

国会で﹁慰安婦助鵠

291

﹂が 可決 した

︑と 報告

ニ四日公開集会は︑イト

l

・タリーさんによる﹁亡く

なられた被害者の迫仲﹂のパフォーマンスから始まり︑海

外か

らの

O

人の被告者と在日の宗神道さんの証言︒

最初の中国の郭喜早さんは﹁辛い﹂﹁これ以上何を語れ

ばいいのか﹂と涙にむせび﹁日本政府には謝罪し︑賠償し

てほしい﹂と訴えた︒純国の李秀山さんは関されて中国の

牡丹江に辿れてゆかれ︑逃げようとすれば殴られ︑妊娠す

ると 子宮 ごと

︑胎 児を 摘出 され た︒ 解放 後も 故郷 に

帰国できたのは

O

四年と報告︒フィリピンのファナリア・

ガラン・ガルシアさんは︑今回来日した中では最年少の七

五歳

︒一

O

歳で被害に遭い︑﹁日本兵は悪腿です﹂と涙︒

久ぴさに束京の集会に参加した在日の宗神道さんは八六歳

の年齢を感じさせない元気な姿で︑﹁戦争は︑いけない︑

戦争は︑いけない﹂と繰り返し訴えた︒

午後にはフィリピンの被害者トマサ・サリノグさんを描

いたミュージカル﹁ロラ・マシン物語﹂が︑有志五

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人の

参加で迫力ある舞台を展開︒紙智子(共産党)︑谷部郁

子(民主党)︑福島瑞穂(社民党)各議員からも︑力強い

メッ セー ジが 寄せ られ た︒

外国議会での﹁慰安婦﹂決議採択に尽力してくれた各国の

国会議員からのビデオメッセージは︑日本政府への猛省を

促し︑闘い続ける被害女性たちの勇気を讃えるものだった︒

中国の康健弁護士は﹁日本の裁判は敗訴に終わったが︑ A Z

日本寧の加害の事実は認定しており︑そのことが重要﹂と

述べた︒フィリピンのネリア・サンチョさんは︑﹁とにか

く日本政府の態度を変えさせ︑法律をつくらせよう︒これ

は皆さんの活動にかかっている︒日本の皆さんは︑もっと

頑張 って くだ さい

﹂︒ ずっ しり と重 い言 葉︒

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二五日午前中は︑郭貞淑韓国国会議員︑被害者︑支援

者が︑新党日本︑共産党︑民主党と内閣府に要請行動を︒

υ ‑ u ' A T Z

内閣府審議官との面会では︑台湾の鄭陳桃さんが証言︒

最初は泣いて言葉にならなかったが最後に﹁日本軍さえ来

なければこんなことにはならなかった﹂と︒審議会は﹁河

野談話の踏襲﹂﹁アジア女性基金による解決﹂という返答︒

一三 時か らは 参議 院議 貝会 館前 でス タン ディ ング

・デ モ︒

右翼の︑﹁慰安婦は︑ただの売春婦だ﹂などの野次が飛び交

うなか︑約一五

O

人が 参加

︑﹁ 慰安 婦﹂ 問題 の解 決を 訴え た︒ 一五 時か らは 参議 院議 貝会 館で 院内 集会 を実 施︒ 民主 党︑ 社民 党︑ 共産 党か ら一

O

の議 員ほ か︑ オラ ンダ

︑カ ナダ

インドネシアの各大使官及び

EU

︑駐日欧州委員会代表部

からの参加もあり全貝が見守るなか︑被害女性たちは︑自

分が求めることを︑ひと言で書いたプラカードを掲げ︑韓

イヨンス国の李容沫さんは﹁最初で最後のお願い││今年中に法制

定を

﹂︒ 束テ ィモ

lルのエスペランサさんは﹁謝罪と生活

支援

﹂を 訴え た︒

各党の議員から﹁﹃慰安婦﹄問題解決に向けて取り組む﹂

とのメッセージ︒全党派・国会議員がこの問題に真剣に取

り組み﹁最後の願い﹂を早期に実現したい︒

( M

)

ニ OO

八年国際女性の地位協会国際シンポジウム

OO

八年十一月三十日︑女性と仕事の未来館ホl

ルに

おいて︑国際女性の地位協会国際シンポジウム︑﹁あなた

も使おう

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の?

ぇ︒

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女性差別撤廃条約がつなぐ

韓国と日本﹂が開慨された(女性と仕事の未来館︑鮒ガー

ルス カウ ト日 本述 即と の共 催)

シンポジウムの初めに︑赤松良子名将会長から︑第十二

回赤松良子貨が時間大学女性協会刷会長のイ・ヨンスクさ

んに︑赤松良子ユlス貨が︑オーストラリア出身で青山学

院大学大学院生のステファニ

l

・ ク

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プさ んに 附呈 され た︒

侮れた若い研究者を対象に二

OO

七年に創設されたユlス

貨は︑クープさんが初の受賞者となった︒

妨二郎の︑ィ・ヨンスクさんの赤松良子賞受賞記念訴前

では

︑﹁ 開国 の女 性た ちは

︑︒ 魔法 の? ぇ︒ をこ う使 った

!﹂

と旭して︑韓国の女性たちが女性控別撤廃条約を使って︑

戸主制度の廃止や︑政党法を改正して国会議日の比例代表

部分の半分を女性に割り当てることなど︑数多くの成果を

生み出し︑韓国社会を変えてきた活動が熱く語られた︒

人は誰でも四重・五虫の差別を受けているもので︑それ をいかに克服していくかが人生であり︑乗り越えるために活動することは思いことばかりではない︑というイ・ヨンスクさんの経験に基づく信念は︑非常に印象的であった︒

また

︑﹁ 女性 発展 器本 法﹂ を制 定し

︑五 か年 計岡 で 性政 策基 本計 四﹂ を策 定し て推 進し てい るこ と︑ さら

家財政法﹂制定時に︑予鮮が男女に与える効果を評

くみを導入することによって︑予算の裏づけを確保したこ

とな ど︑ 韓国 での

︑女 性の 地位 向上 のた めの 取り 組 て具 体的 なお 話を うか がい

︑多 くの こと を学 ぶこ とが

韓国や日本では︑特に女の子は自分の意見をはっきり述

べることを奨励されない文化的な傾向が見られるため︑女

性差別撤廃条約の考え方を学んで発表させることで自分の

考え を表 現す る訓 練や

︑ガ ール スカ ウト のキ ャン プ

女性リーダーの育成に必要だと強調された︒

さらに︑会場に集まった韓国の女性団体関係者や日韓の

ガールスカウトの方々と︑クイズで女性差別撤廃条約を紹

介するコーナーを楽しんだり︑質疑応答で意見交換をした

りと︑今年の国際シンポジウムは︑アジアの隣国の女性た

ちと交流する紫附らしい機会となった︒

(国 際女 性の 地位 協会 会貝

柏原恭子)

﹁アイヌ先住民族国会決議﹂を考えるシンポジウム

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