田 谷
・ 九
条 の
会 四
周 年
記 念
││鵠演と音楽のつどい﹀
九条の重さをしっかり心に刻む
世田谷・九条の会は︑﹁四周年記念・新蒋講演と音楽の
つどい﹂を︑二月七日(土)午後︑世田谷区民会飢で聞き︑
九百五十人が参加しました︒
このつどいは︑次のようなプログラムで行なわれました︒
①朗読
﹁眠 工船
﹂( 小林 多時 二) から 鈴木瑞秘さん(俳使)
﹁音楽から見えてくる平和︑そして未来﹂
湯川れい子さん(背柴評論家)﹃いのちこそ﹄によせて
池辺汗一郎さん(作曲家)﹁レクイエムいのちこそ﹂
(梢成一土井大助︑作曲一池辺背一郎
(指抑)山水敬一︑(ピアノ)小田柿之 ⑦鵡椀③トlク
④合削松
原汎 戸合 別問
︑
主催は︑︿世田谷・九条の会﹀四周年のつどい実行委日
会で
す︒
つどいは︑問助時間前から立ち並ぶ人たちが大勢となり︑
時間を早めて入助を始めました︒
実行委
H
長の 古原 公一 郎さ ん( 作家 )の
︑﹁ 不況 に
戦争待望論︑忠法を変えようという戸が出てくる︒危険な
励きに狩戒しよう﹂の開会あいさつで始まりました︒
続いて︑俳慌の鈴木瑞秘さんが︑小林多時二の﹁蟹工船﹄
を朗読︒最後の部分︑﹁そして︑彼らは︑立ち上がった︒
ーもう一皮!﹂と︑朗々と通る戸で締め括り︑参加者に深
い感 動を 与え まし た︒
背楽評論家の湯川れい子さんは︑音楽好きだった長兄の
戦死から音楽の迫に進んだことなど︑自らの戦争体験を交
えて︑平和を守る党情︑九条への思いを︑世界の元首脳た
ちなどの戦争と平和の発言も紹介しながら︑講演しました︒
そして︑﹁九月までには︑必ず総選挙がある︒
9
人と政党に投開削し︑戸扱しましょう﹂と訴え︑大きな共感
の拍 手に 包ま れま した
︒
作山家の池辺晋一郎さんは︑﹃レクイエムいのちこそ﹄
に寄せて︑その思いなどを酒脱な語り口で話し︑会坊を拐
かせながら︑﹁この曲が演奏されなくなる日が来るために
がんばる﹂と述べ︑会場に来られていた作詞・構成の土井
大助 さん を紹 介し まし た︒
このあと︑司会が﹁これまで登壇されたお三方は︑みな
さん︿世田谷・九条の会﹀の呼びかけ人でございます﹂と
紹介すると︑大きな拍手が初きあがりました︒
最後に︑区内の松原で誕生し︑全日本合唱コンクール全
国大会で金貨を受賞した松原混戸合唱団が︑﹃レクイエム
いのちこそ﹂)を︑歌い上げました︒澄んだハーモニーが
会場に響き︑﹁合唱にはこういう表現力があるのか﹂と
会場 の聴 衆を 魅了 しま した
︒
感動あふれる参加者の声・声
アンケートには︑たくさんの感想が寄せられました︒そ
のほ
とん
どが
﹁
9
条を 守る 運動 に元 気と 勇気 をも らえ た﹂
﹁九
条の重さをしっかり心に刻むことができた﹂など︑共感と
感動にあふれるものでした︒その一端を紹介します︒
‑鈴
木瑞
穂さ
んの
朗読
につ
いて
﹁豊かな表現力︑素晴らしい声音︑多喜ニの文章の描写
をさ
らに
深め
︑さ
すが
﹂︑
﹁と
てつ
もな
い力
をい
ただ
いた
﹂︑
﹁さ
すがの朗読で︑本とは違う迫力でした﹂︑﹁改めて団結の力
のも つ意 味が よく わか った
﹂︒
‑湯
川れ
い子
さん
の講
演に
つい
て
﹁わ かり やす く︑ シン プル で︑ 力強 いお 話で した
﹂﹁ 当時 のこ と全 く知 らな いけ ど︑ 伝わ りま した
﹂﹁
﹃ス リ
lピl・
ラグ
lン﹂の曲が入って︑とてもよかった︒涙がとまらな
かっ た﹂
﹁﹃ 右翼 でも 左翼 でも なく
︑仲 良く
﹂が
GOOD!
﹂つご まめ の曲 ぎし り︒ 結構
︒﹂
・池
辺晋
一郎
さん
の卜
Iク
につ
いて
﹁︒ 平和 への メン テナ ンス
︒に 共感
﹂﹁ ユー モア たっ ぷり
で心地よいトlク﹂﹁シュミットの言葉︒長い年月が流
れた︒しかし︑ドイツがふたたび間違いを起こさないとす
るには短すぎるヘそして谷川俊太郎さんの詩︑すばらし
い話 でし た﹂
﹁大 切な こと を軽 妙に 語っ てく れま した
﹂︒
‑合 唱﹁ れく いえ むい のち こそ
﹂に つい て
﹁す ばら しか った
︒涙 が流 れる のを 止め られ なか った
﹂﹁ 詩
も山もすばらしい﹂﹁歌でこれだけの訴えが出来る︑そ
の素晴らしさを知った﹂﹁ハーモニーの迫力と美しさに
びっくりしました﹂﹁一流の合唱団で︑若い人たちの澄
んだハーモニーに感激した﹂﹁松原混戸合唱団︑初めて
聴きましたが︑透明な響きで︑この曲を歌うのにふさわし
いと 思い まし た﹂
‑全
体に
つい
て
﹁会場渦貝︑すごい﹂﹁こんなに集められる力のすばら
しさ﹂﹁すばらしすぎる﹂﹁勇気をもらいました﹂﹁地域
でもこのような企聞とアイデアを参考に﹂﹁このような
会が世田谷で他されたこと︑地域の誇りです﹂﹁索敵な
︒つ どい
︒だ った
︒多 くの 人び との 力の 結集 だ﹂
﹁つ どい
﹂の まと め
災行委日会では︑この
まし
た︒
唱EA
﹁つ どい
﹂を
︑次 のよ うに まと め
メインの四つのプログラムが︑いずれも内容が並かで
あり︑この企岡および榔成が最適であったことを実証し
ました︒参加者は九百五十人(有料入場者八百八十二人
+山 泊者 ほか )で あり
︑会 場は
︑ほ ほ満 貝と なり まし た︒
﹁つ どい
﹂は
︑大 きな 成功 を収 めた とい えま す︒
2
︑この 成功 は︑ なに より も尖 奈良 会に 参加 した 区内 の各
︿九 条の 会﹀ の活 動の 部制 と尽 力の 紡川 端で す︒ 災行
香
U
会は 十 一回 おこ ない
︑そ れぞ れの 会の 活動 の交 流を すす めな がら
︑
とりくみました︒また︑区内団体の協力が︑成功を文え
たこ とに つい ても 強制 して おか なけ れば なり ませ ん︒
3︑
文化
・芸 術の 県た す力
︑影 特力 を示 すと りく み 山出 品引 が︑ いず れも
︿悦 問符
・九 条の 会﹀ の呼 であ ると いう 地域 の特 性を 活か した 似し でし た︒
4
︑参加賀二千円(前売り千八百円)にも現われていますが︑︿九条の会﹀迎助の中でも全国的にも例を見ない質
的に も向 い文 化の 他し であ った とい えま す︒
5
︑参加者の大きな確信として︑︿九条の会﹀迎助をいっそう ひろ げて いき まし ょう
︒ これ から の課 題
これからの課題も︑まだまだたくさんありますが︑とり
あえ ず︑ 次の こと があ げら れま す︒
1︑参加者の多数が五十代以上でした︒若い府へのひろが
りを つく るこ とが 今後 の大 きな 課題 です
︒
2
︑白術隊を容認する人や︑保守層といわれる人たちなどと﹁九条を守る一点﹂での共同を追求していくことが︑
いっ そう 大事 な課 題と なっ てい ます
︒
3︑区内の各︿九条の会﹀との述携と協力を︑いっそう緊
密に 深め てい くこ とが 求め られ てい ます
︒ (﹁ 世田 谷・ 九条 の会
﹂事 務局
高
ありがとう︿世田谷・九条の会﹀四周年のつどい ││裏方の記
北風に押されて街の角々にポスター貼りゆく﹁九条のつどい﹂
﹁九条のつどい﹂のチラシをすれ違う人に手渡し礼を言われる
開演を二日後に控え夢を見る千二百人の会場にまばらな観客
楽屋番のわれに届きし良き知らせ開場待つは長蛇の列と
楽屋番はモニターで聞く耳澄まし舞台を想う胸熱くして
八十歳を幾っか越えし鈴木瑞穂さん﹃蟹工船﹄を力強く読む
瑞穂さんと池辺晋一郎さん頬染めて旧交温める姿微笑まし
﹁右翼でも左翼でもなく仲良く﹂と湯川れい子さんの話に笑いが起きる
平和にもメンテナンスが必要と池辺さんかたるそうよと領く
﹁いのちこそ﹂唱いし人らに拍手して互いに交わすありがとうの言葉
(﹁
世田
谷九
条の
会﹂
事務
局
原田慶子)
中園長春の高校生たちの歓迎会
二月七日︑京京・新柿にある詩隣会館五附会議室は︑中
国高 校生 代表 三名 を迎 え︑ 和や かな 雰聞 気に 包ま れて いた
︒
来日したのは︑長非市︑希望同等中学・向二男子
L
君 ︑
第十一中学・尚二女子
L
さん︑第八中学・町二女子Z
さん
の三
名︒
昨夏
︑
NPO
中国背少年との交流を推進する会(略胤期称背少年交流会)(理事長・磯部羽子日本長森会会長兼務)
の代表団が日中の間枝問交流で長者市を訪れた折︑現地教
育局と共他して行なった日本間弁論大会で入賞した生徒た
ちで
ある
︒
官少年交流会は︑二
O O
‑ ‑
年より日中高校生の相互訪問
事提を開始し︑今年で九四日となる中国高校生招聴活動を
行ない︑この目︑向校生代表を迎えることができた︒
歓迎会は︑磯部の歓迎挨拶に始まり︑参加した会日と関
係者が倣迎の言葉を述べ︑続いて向校生代表が訪日の挨拶
とス ピー チを 行な った
︒
スピーチは︑昨夏行なった日本語弁論大会の発表内容を
リピートしたもので︑日本の参会者に︑彼らの日本語レベ
ルを ご披 僻す る機 会で もあ った
︒
同校生たちは一掠に︑はっきりした日本間で白己紹介
し︑
﹁こ れか ら始 まる 日本 での 生活 をよ ろし くお 願い
と挨拶し︑次のような要旨のスピーチを行なった︒
希望高等中学劉君
﹁私は毎日一生懸命勉強をしています︒オリンピックの
スポーツマンと同じように︑祖国のため自分のために︑頑
張っています︒昨年聞かれた北京オリンピックには︑たく
さんの感激がありました︒オリンピックには哲学がありま
した︒ーーより深く︑より強くなる︒このことから︑世界
が︑より協調的になることを阿っています﹂
第十一中学李さん
﹁北京オリンピックが間航されましたが︑小さい時はオ
リンピックの体操選手になることが夢でした︒でも小学生
の時に怪我をしたので無理でした︒今︑私はボランティア
になることが夢であり日開にしています︒環境を考え地球
人と して 頑張 ろう と思 いま す﹂ 第八中学越さん
﹁生 活の 便利 さ︑ 車の 便利 さは
︑生 活を 乱し
︑排 気
騒音︑交通事故など︑問題もあります︒環境に大きな影特