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なかぱ︑この会議の単仰に関わった実行委メンバーなどが

交わしあうメl

ル辿 絡が

︑ひ さぴ さに 賑わ いま した

ノー ベル 平和 賞受 賞者 十七 人が

︑﹁

﹃核 兵慌 のな い

(校兵時府組)に組制的に取り組むよう﹂各同指導者や市

民に呼び掛けた﹁ヒロシマ・ナガサキ宣言﹂を述名で発表

したのを喜び合ったのです︒この宣言が︑二

O O

の︿

9

条世界会議﹀で恭制演説をしたアイルランドの平和

活動家︑マイレッド・マグワイヤさんと︑核問題に熱心に

取り組んできた﹃中国新聞﹄の記者とが︿世界会議﹀を機

に出 会っ たこ とか ら実 現に 至っ たと いう 経緯 を︑

議﹀の成携が隊突に突ったのだ﹂と︑実行委メンバーの一

人が 紹介 して いま す︒

宣言は︑オパマ米大統領が︑四月五日プラハで﹁核兵器

のな い世 界﹂ を目 指す と演 説し たこ とを 背品 川に

核廃絶機運に弾みをつけることを目指しています︒オパマ

大統領のプラハ演説は︑この﹁ヒロシマ・ナガサキ

もつ なが った よう に︑ 確か に歴 史的 なも のと いえ るで 麻生 首相 も大 統領 に氾 話を かけ

︑﹁ 強く 支持 する

﹂と 同意 して いま す︒ 何よ り﹁ 核兵 器を 使っ た道 義的 責任

米国の為政者として初めて言及していることです︒

オパ マ前 説を 械に

︑日 本の 国会 では

︑﹁ 核施 絶﹂

両院決議を︑との動きも出ています︒内外ともに︑核廃絶

の機運が盛り上がるきっかけになっているのです︒

ところがです︒日本はその機運に水をさすようなことを

しています︒というのは︑外務省など︑外交・安全保障を

担呈 する 日本 政府 の部 局が

︑日 米軍 事同 盟の 要で ある

︿枝 の傘

の戚力が損なわれることを恐れ︑米国が核廃絶を進めるの

にブ レー キを かけ かね ない ので す︒ 核廃 絶は

︑米

︑館

︑中

英︑仏の核保有五カ国が核軍縮を進めることから始まりま

すが︑そのまた第一歩は︑﹁核攻撃を受けない限り核兵器を

使う こと はし ない

︑最 初に 核を 使う 国に はな らな い﹂ とい う︑ いわ ゆる

﹁先 制不 使用

﹂を お互 い宣 言し 合う こと で村

︒ しか し︑ 日本 は米 国に 対し

︑核 の先 制不 使用 の宣 言を しな いこ と︑ つま り同 盟相 手国 であ る日 本が

︑細 菌兵 器︑ 化学 兵器

などで攻撃を受ける恐れがあるときには︑核攻撃を受けなく

ても

︑核 を使 って その 恐れ を与 える 国に 立ち 向か うこ とを 求 めて いる ので す︒ こう した 日本 政府 の工 作は

︑あ から さま に なっ てい るわ けで はあ りま せん

︒し かし

︑以 下に 記す よう な やり 方で

︑米 国が 核の 先制 不使 用を 宣言 する のに 待っ たを か

けて いる こと を︑ 間接 的に 明ら かに して いま す︒

O

O

八年十二月一一二日︑外務省は︑四

O

年余り前の

一九六五年一月︑訪米中の佐藤栄作首相が︑マクナマラ米

国防長官との会談で︑日本がフランスのように独自の核兵

器を持つことはないとする一方︑﹁中国と戦争になった場

合には︑米国が先制使用も含めて核による報復を行なうよ

う﹂米政府に求めたとの故事を︑外交文書公開にこと寄せ

て発表しました︒泣い昔のことですが︑約半世紀の時差を

置いて試みた︿核の傘﹀の脅しです︒日本国内でうずき始

めた︿核﹀への街動の︑一つの現れでもありましょう︒責

任追及のしようのない故人の口を使って︑﹁核開発をする

ぞするぞ﹂の瀬戸際外交を繰り返す北朝鮮と軍備拡張に余

念のない中国に向けて︿核の傘﹀の存在を思い知らせる意

図で ある と言 って よい でし ょう

核兵器の争寸止め開発+

︿ミ サイ ル防 衛﹀

︑つ まり 飛ん でく るミ サイ ルを ミサ イル

で打ち落とすという︑絵そらごととしか思えないシステム

をつくることに︑兆という単位の国費が使われています︒

﹁北﹂の核︑ミサイルによる桐喝に対処すると称して︑

日米 両国 政府 が熱 心に 開発

・配 備を 進め

︑問 月五 日︑

﹁北

がミサイル発射実験を強行した際には︑日本側土への部下

物爆 破・ 逝幣 のた めに 使っ てみ よう と︑ はや り立 ちま した

﹁北﹂は︑しかし︑いわば︒当て馬︒で︑中国のミサイル

が︒本能守︒だと︑軍事のプロは百います︒

ただ︑このシステムの信頼性に対しては︑防衛省内にも

強い 疑念 があ りま す︒

飛んでくる刊を郎で打ち落とすなんて︑いつ︑どの経路

を飛んでくるかが分かっている宍験でさえ命中確度は十分

でないのに︑︿敵﹀が実際に映ってくるのを捉えることは

至難

と言

︑つ

わけ

です

そうした取引技術而の判断から︑次第に去に山てきたの

が︑

︿発 射器 地保 般論

﹀︑ つま り発 射し そう にな った ら待 っ

ていないで発射悲地ごと燥映してしまえという︑かなり乱

暴な

訴で

す︒

さらに︑核などの大武破壊兵器に対しては日本も自前の

核を持って対抗し︑抑止するという核武装論も︑聞をもた

げています︒要するに︑米国の︿核の傘﹀に頼ってばかり

はいられないというわけです︒ ︿

9

条﹀の平和主義を大きく外れた物騒な前になってい

ます︒そうしたなかで︑日本の問必︿非核三以則﹀や︑米

国との灯頼関係の枠を逸脱しない限度でという配慮から︑

︿核の寸止め開発﹀という︑冗談みたいなことが︑その方

面のプロによって大其而日で考えられています︒

﹁寸 止め

﹂と は︑ 格闘 技︑ 空手 の言 葉で す︒ 有段 者

死にも至る一般を︑相手の体に当たる﹁一す手前﹂で止め

ることを言います︒核兵器についても︑兵器として完成さ

せる一歩手間で止め︑保有直前の段階にまで核開発を進め

る( 寸止 め開 発)

︑﹁ 核の 桐喝

﹂を 受け そう にな った

週間程度で核兵器を完成させるようにしておくという構想

です

唯一の核兵器使用回米国と︑唯一の被爆国日本とが︑核 ︒

廃絶に向けて︑主容を逆転させ︑日本は皮肉にも廃絶の脚

を引っ張る存在ともなっているのです︒これは︑憲法

に深く関わるとともに︑忠法上の争点から外れてしまって

いる感のある抵大事です︒﹁部法の空洞化﹂というべきか

もしれません︒どうしたらよいでしょうか︒

七 O にして初体験

本誌

320

号の

︿

9

条世界会議﹀特集で︑わたくしは﹁体

で動かす

9

条 ︑

9

条で動かす体!﹂と題する小論を書きま

した︒頭でっかち︑知ったかぶりの患法論に立てこもった

りせ ず︑

︿世 界会 議﹀ 開催 準備 で一 緒に なっ た若 者に なら い︑

暴力・軍隊に頼らず平和を創るために自分の体を動かそう

と︒宣言︒したのです︒

ものの弾みというか︑いきがかりというか︑丑年の初め

にデモ行進をしました︒日比谷公凶︿年越し派遣村﹀で助

っ人を務めた︿9条世界会議﹀の同志から送られたボラン

ティア活動報告に刺激され︑また同じく︿世界会議﹀の仲

間から送られた﹁ガザ虐殺抗議デモ﹂の述絡で︑﹁牛に引

かれる﹂ようにして参加したのです︒

還暦をはるかに過ぎた︒いいとし︒で︑デモは初体験︒

少し気恥ずかしいくらいです︒東京・新宿の目抜き通りを

デモ行進しながら︑一緒に歩いている中東出身の若者たち

の︑同胞アラブ人たちへの懸命な思いを︑ひしひしと感じ

ました︒それに比べると︑﹁ガザ﹂は︑わたくしにはやは り他人事であることに思い至ります︒そして思い出したのは︑以前︑市民活助の仲間たち三五人ほどで﹁中京市民文化交流﹂と銘打って︑イスラエル︑パレスチナを訪問した後の報告書に︑次のように書いたことです︒

﹁﹃ 平和

﹄を 大切 とは 思う が︑ その

﹃運 動﹄ には

︑ほ とん ど

ご縁がなかった︒物見遊山半分の訪問であった︒あとの半

分は︑世界各地で︑就中パレスチナで︑平和が破壊されて

いることに対して無為のままでいることへの後ろめたさを︑

多少なりとも和らげようとする︑いわば︿人道へのアリバ

イ作り﹀であった︒﹂年初めの﹁ガザ・デモ﹂参加も︑︿六

年半前の中東訪問で試みたアリバイ作り﹀に一脈通ずるか

と︑やや自明的な思いにもなりました︒

三月 末に は︑

﹁許 すな

l

忠法 改悪

・市 民連 絡会

﹂﹁ アジ ア

太平洋平和フォーラム﹂などが一体となって呼びかけたデ

モにも参加しました︒中東問題に加えて︑アフガニスタン︑

イラ クか らの 米軍 など 撤退

︑ソ マリ ア沖 への 海上 自衛 隊派 遣︑ 自衛 険海 外派 兵恒 久法 民対 など がス ロー ガン にな って いま す︒

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八 年五 月の

︿

9

条世界会議﹀のためのグッズ売りなど

で一 緒に なっ た仲 間た ちも 四︑ 五人 いて

︑声 を掛 け合 いま す︒

日本回出法

9

条を 活か すキ ャン ペー ンと いう 点で

︑﹁

︿附 則介 会議

﹀に 続く もの だ﹂ と︑ 仲間 の一 人は 司っ てい ます

︒デ モ

が︑どことなく板につかない新参者の居心地の惑さをおぼ

えながら︑東京都心を行進します︒それでも︑とにかく﹁体

を助 かす のだ

﹂と いう 自分 の

百︒

に従

おう

とし

たわ

けで

す︒

今全国行脚+

年度が改まった四月以降︑わたくしは創立から五年を経

た︿ 非暴 力平 和隊

・日 本﹀

( N

P J

)

という平和活動団体

の事務町長として︑活動のこれまでを省み︑今後の展望を

得る

ため

NPJ

が主似する前前と討論の会を全国各地で

開制 する 耶仰 に当 たっ てい ます

︒暴 力( 軍耶 力) によ らず

平和的手段で平和を創ることを目指す日本国鼠法第

9

条を

紛争地で活かそうとする非暴力平和の活動につき︑多くの

ひとびとに知っていただき︑ご支扱を伴ょう︑というのが

集会 の主 旨で す︒

ニ O

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