DS C ( m W )
(a) 0.0 (b) 0.3 (c) 0.5 (d) 1.0 (e) 1.5 (f) 2.0 (g) 3.0
NaCl conc. [mol / kg]
20 mW
Group I
低い NaCl 濃度におい て、共晶形成が抑制さ れている領域。
Group II
中程度の NaCl 濃度に おいて、昇温過程にお いて発熱ピークを生じ る領域。
Group III
高濃度の NaCl 濃度に おいて、共晶と氷の融 解 の み 観 察 さ れ る 領 域。
99
Figure 4‐13より、糖質系界面活性剤の添加系でのNaCl水溶液の凍結融解過程は、純粋の
NaCl水溶液とは大きく異なる挙動を示した。添加剤無しのNaCl水溶液の場合では、共晶の 吸熱ピーク面積はNaCl濃度に依存して上昇したが(Figure 4‐12)、一定量の糖質系界面活性 剤存在下では、NaCl 濃度が低濃度の場合、共晶の融解ピークは観察されず、すなわち共晶 の形成が完全に抑制されたことが示された(Figure 4‐13 b )。
NaCl濃度がやや高くなったFigure 4‐13 c , d , e では、昇温熱曲線中に発熱ピークが認 められ、その後、共晶の融解ピークが観察された。このような挙動は Figure 4‐10 の NaCl 水溶液においては観察されておらず、糖質系界面活性剤がもたらした効果と理解される。
発熱ピークは、NaCl濃度の増加に伴って低温側へと推移していくことが観察された。
さらにNaCl濃度が高くなると(Figure 4‐13 f , g )、発熱ピークは観察されず、純粋な NaCl水溶液で見られるように、共晶と氷の融解ピークのみが認められる挙動を示した。
このような濃度変化に伴う DSC 熱曲線の変化は、グルコース/NaCl/水系やスクロース
/NaCl/水系においても類似の挙動を示したことが報告されている。25, 34 また、昇温過程に
おける発熱ピークについてはグリセロール/NaCl/水系や hydroxyethyl starch/NaCl/水系に おいても観察されており、発熱エンタルピーと吸熱エンタルピーの見地から、発熱ピーク は共晶の結晶化によるものであると考察されている。27 このエンタルピーの見地とは、例
えば Figure 4‐13 c において発熱ピークと共晶の融解ピークの面積が同程度であることか
ら、同物質の結晶化と融解に相当するであろうという考えである。本研究においても、こ の考えのもとで、Figure 4‐13 c の発熱は共晶の結晶化によるものと推察された。しかしな
がら、Figure 4‐13 d や e では、発熱ピークの大きさと融解ピークの大きさは大きく異なり、
この考え方は適用できなかった。その一つの理由には、相転移に伴う潜熱の温度依存特性 が挙げられる。26, 27, 33, 35 温度Tにおける潜熱L T は次の式により示される。
4‐1
4‐1 式において、L T は温度Tでの潜熱 J、L0は融解エンタルピー J、Cp l、Cp sはそれ ぞれ液相と固相の比熱を示している。NaCl•2H2O/氷共晶の結晶化エンタルピーの温度依存 挙動は‐40 oC程度までの実験値と、‐50 oCまでの近似による計算値が報告されているが24‐26、 それ以下の温度での諸値はこれまで報告されておらず、 d , f について上述した見解での 考察は行えない。Figure 4‐13について、著者は昇温挙動を以下の三つに分類した。
Group I : 低濃度のNaCl濃度試料で見られ、共晶の融解ピークが観察されない
グループ。Figure 4‐13 a , b に相当。
Group II : 中程度のNaCl濃度試料で見られ、発熱ピークを示した後、共晶の融
解を示すグループ。Figure 4‐13 c , d , e に相当。
Group III : 高いNaCl濃度試料で見られ、共晶の融解と氷の融解の二つの挙動の
み観察されるグループ。Figure 4‐13 f , g に相当。
100
4‐3‐3 共晶形成抑制挙動と脱ガラス化挙動についての XRD‐DSC 同時測定解析
4‐3‐3では、XRD‐DSC同時測定を行うことにより、Group I において共晶が形成していな
いことの同定、ならびにGroup II で見られる発熱ピークの同定を行った。XRD‐DSCは、同 一条件下の試料をDSCとX線回折により測定できる測定装置であり、熱履歴によって構造 が変化する試料の測定に特に有効な手法として知られている。36, 37 これまで Figure 4‐13 に見られるものと類似の発熱ピークについて複合測定により同定した報告はあるものの34、 同時測定において同定した研究例は他に無く、本研究が最初の例である。
XRD‐DSC同時測定の試料水溶液には、Group I の解析にあたりC12Raf/NaCl/水三成分系
試料(C12Raf/水の重量比1:3, NaCl 1.0 mol / kg 水溶液)を使用し、Group II の発熱ピーク の同定にあたっては、発熱が顕著に認められたC12Raf/NaCl/水三成分系試料(C12Raf/水の 重量比1:3, NaCl 2.5 mol / kg 水溶液)を用いた。Figure 4‐14 a , b にそれぞれのDSC‐60を 用いて測定したDSC結果を示した。特筆すべき点として、Figure 4‐14 a の‐40 oC付近と、
b の‐50 oC付近の発熱ピークの手前では、ベースラインの低下が観察され、ガラス転移が 生じていることが認められた。つまり、 a では‐40 oC以下において系内はガラス状態にあ り、 b の発熱ピークは昇温過程においてガラス転移の後に結晶化する脱ガラス化であるこ とが示唆された。ガラス転移は糖質系界面活性剤の重量比を高めることで顕著に見られる ようになり、検出されるか否かは検出能に起因すると考えられる。
Figure 4‐14 DSC熱曲線。a C12Raf/NaCl/水三成分系(C12Raf/水の重量比1:3, NaCl 1.0 mol / kg 水溶液)。b C12Raf/NaCl/水三成分系(C12Raf/水の重量比1:3, NaCl 2.5 mol / kg 水溶 液)。測定条件: Figure 4‐9記載。
-24 -18 -12 -6 0
-80 -60 -40 -20 0 20
Temperature (oC)
DSC (mW)
(a) 1.0 mol / kg NaCl aq.
(b) 2.5 mol / kg NaCl aq.
Devitrification Glass transition
Glass transition
101
Figure 4‐15に純粋なNaCl水溶液の融解過程におけるXRD‐DSC同時測定結果を示した。
なお、この結果は株式会社リガクより頂いた資料を記載した。XRD‐DSC同時測定の結果は、
右側にDSC、左側にXRDの結果が示され、温度はDSCの縦軸に相当するが、XRDではスキ
ャンに時間を要するため、すべてが同一温度で行われているわけでは無い。XRD のスキャ ン温度領域はXRD結果の右側に添えて記載されている。なお、DSCの温度は試料が密閉さ れていないため、外気の影響を大きく受け、実際の温度から逸脱する場合がある。
Figure 4‐15の‐50 oCにおいてXRDでは氷に由来する五つの回折ピーク(22.5, 24.1, 25.8, 33.4, 39.8 deg)の他に、NaCl•2H2O/氷共晶に由来する回折ピークが30.7, 34.5, 35.8, 36.8 deg の四つの領域で認められる(拡大図における★)。それらの共晶由来の回折ピークは、
DSCにおいて共晶の融解が認められた後、完全に消失し、氷由来の回折ピークも氷の融解と ともに消失したことが確認される。これより、DSCとXRDが同時に同一試料を測定できて いることが理解される。
Figure 4‐15 1.5 mol / kg NaCl水溶液のXRD‐DSC同時測定結果。
(全体図)
(共晶の回折ピーク部分一部拡大)
は 共 晶 に由来す るピーク
102
つづいて、Figure 4‐16 a にFigure 4‐14 a を示した試料をXRD‐DSC同時測定した結果を 示した。この試料では DSC の昇温過程においてただ一つの吸熱ピークのみを示し、それは
Figure 4‐14 a と同様の挙動であった。それに対し、XRD においては氷由来の回折ピーク
(symbol: ★)のみが認められ、他の回折ピークは何ら認めることはできなかった。これよ り、吸熱ピークは氷の融解に相当することが示され、この試料では共晶が形成しないこと が明らかに示された。
つづいて、DSC測定でFigure 4‐14 b を示した試料のXRD‐DSC同時測定した結果をFigure
4‐16 b に示した。冷却後、‐70 oCにおけるXRDでは氷由来の回折ピーク(symbol: ★)が
はっきりと認められた。その後、昇温しDSCにおいて発熱ピークが観察された後のXRDは、
Figure 4‐15 で見られた共晶の回折ピークと同位置に新たな回折ピークが出現し(symbol:
★)、それは‐21 oC付近からの吸熱ピークによって消失することが観察された。この結果よ り、発熱ピークは共晶の結晶化であることが明確に示され、そして発熱ピーク以前では共 晶の形成が完全に抑制されていたことが示された。
前述したように、Figure 4‐14のDSC曲線では a , b それぞれにガラス転移が認められて いた。しかしながら、XRD‐DSC同時測定のDSC熱曲線ではFigure 4‐14と同様の吸熱挙動を 示したにも関わらずガラス転移はわずかに認められるのみであった。その理由として、DSC での測定は密閉されたアルミパンを試料としている一方で、XRD‐DSC 同時測定ではX線を 照射するためにパンは密閉にすることはできず、外部雰囲気の影響を受けるなどで検出感 度が低くなるものと考えられた。ガラス転移挙動については、DSC‐60による単独DSC測定 の結果が、より信頼できるものと判断した。
DSC単独測定と、XRD‐DSC同時測定の結果より、Group I , Group II における特異な挙動 は以下のように説明された。Group I : 冷却過程において氷のみが形成し、低温下におい てはガラス化することで共晶の結晶化が抑制された。そして、2 oC/minや3 oC/min等の昇 温速度条件下では共晶の結晶化を生じることなく融解された。すなわち、このグループで は凍結融解過程全般において、共晶形成が完全に抑制されていた。Group II : 冷却過程に おいて氷のみが形成し、同じく低温下においてはガラス化している。昇温下、2 oC/minや3
oC/min 等の昇温速度条件下においては、ガラス転移温度(Tg)を超えた後、共晶の結晶化
が生じ、共晶はさらなる昇温により融解する。このグループでは冷却過程においてのみ共 晶形成が完全に抑制されていた。
これらの Group I と II の相違が生じた原因として、NaCl の混合量の差異の影響が考え
られた。Dextran、PVP、lactose、スクロースのNaCl 水溶液では、NaCl濃度の増加がTgを 低下させたことが報告されている。38 同様に、C12Raf/水溶液における NaCl 添加に伴う Tgの低下は、Tg以上における同一温度での粘性を低下させ分子運動性を上昇させるため38、
試料 a , b を比較した時、NaCl濃度が高い b では共晶が結晶化しやすくなった可能性が考
えられた。これは、Figure 4‐14 a , b のガラス転移温度において、 b の方が低い温度を示 していることからも支持されている。