113
4‐3‐6 糖質構造の共晶形成抑制効果への影響
この節ではそれぞれの糖質系界面活性剤の有する糖質構造の相違が、共晶形成抑制効果 にどのような影響を与えるかについて検討を行った。糖質系界面活性剤添加による共晶形 成抑制効果はGroup II , III でも観察されたが、凍結保存や凍結乾燥保存においては完全に 共晶形成を抑制することが望ましいと考えられるため、一定量の糖質系界面活性剤x mol / kgが完全に共晶を抑制できる最大NaCl濃度y mol / kg(Group I のNaCl濃度範囲に相当)
により、それぞれの化合物が示す共晶形成抑制効果を評価することとした。
1 界面活性剤初期濃度の
共晶形成抑制効果への
影響まず初期濃度により糖質系界面活性剤の共晶形成抑制効果に相違が見られるかについて 調査した。Figure 4‐24はそれぞれの糖質系界面活性剤濃度x mol / kgにおいて、共晶形成 が完全に抑制された際のNaCl水溶液の最大濃度y mol / kg を示している。
Figure 4‐24より、3種の糖質系界面活性剤C12Raf, C12Suc, C8Gluにおいて、完全に共晶 形成が抑制された最大NaCl濃度は、調査した濃度範囲では、糖質系界面活性剤濃度に対し て正比例して増加することが認められた。これより、Group I における共晶形成抑制効果 において初期濃度の影響はなく、異なる重量であっても、mol当たりで比較を行えば糖質系 界面活性剤の評価は可能であることが示された。なお、Figure 4‐24から見てわかるように、
親水部の糖骨格が単糖から二糖、二糖から三糖と多くなればなるほど、抑制効果も増加し ていることが認められた。
Figure 4‐24 糖質系界面活性剤の共晶形成抑制効果における初期濃度依存性。
C12Suc: y = 1.74x R² = 0.999 C12Raf: y = 2.55x
R² = 0.998
C8Glu: y = 0.882x R² = 0.999
0 0.5 1
0 0.2 0.4 0.6 0.8 1
C12Raf C12Suc C8Glu
114 2 糖質構造の共晶抑制効果への影響
共晶形成抑制効果の初期濃度依存性が認められなかったことから、水と糖質系界面活性 剤の重量比を1:9とする種々の水溶液において、単位mol / kgあたりの糖質系界面活性剤に より、共晶形成が完全に抑制される最大NaCl濃度 mol / kgにより、糖質系界面活性剤の共 晶形成抑制効果 y / x の評価を行った。
親水部をラフィノース、スクロース、マルトース、グルコース、マンノース、グロース 及びガラクトースとする糖質系界面活性剤の共晶形成抑制効果について 、1 mol / kgに換 算した際の、共晶形成抑制効果について比較した結果をFigure 4‐25に示した。その結果、
明らかに、種々の糖質系界面活性剤の共晶形成抑制効果は、親水部を構成する糖質単位数 に依存していることが認められた。単糖を親水部とする糖質系界面活性剤は C8Gal を除き 0.9程度を示し、二糖のC12SucとC12Malは1.7程度の共晶形成抑制効果を示した。これら の結果から、糖質系界面活性剤が示す共晶形成抑制効果は多くの場合、糖質の単位数に依 存し、同じ糖質単位数を有する場合、糖質の種類に依存しないことが示唆された(糖質構 造についてFigure 4‐7を参照のこと)。
糖質系界面活性剤は、糖質構造の種類により溶液中で選択的に金属イオンと相互作用を 示すことが報告される一方43, 44、共晶形成抑制効果は同じ糖質構成数で比較した場合大き く変化しておらず、糖質と金属イオンとの特異的な相互作用により共晶形成を抑制してい るのではないと考えられた。すなわち、Group I では4‐3‐3, 4‐3‐4で考察したように、系全 体をガラス化することにより共晶形成を抑制したものと考えられる。なお、C8Galでは、他 の単糖類に比べ半分程度の共晶形成抑制効果を示したが、C8Gal は常温において Lβ相を形 成することが報告されており45, 46、ゲル化が共晶形成に対し不都合な結果をもたらしたと 考えられる。完全にゲル化したC8Gal/NaCl/水三成分系の試料の凍結融解過程では共晶形成 抑制効果は認められなかった。
Figure 4‐25 種々の糖質を親水部とする糖質系界面活性剤1 mol / kgにより、完全に共晶形
成が抑制されたNaCl濃度, y / x mol / kg 。
1 2
3 0
0.5 1 1.5 2 2.5 3
1 2
3 4
C8Glu
C8Man
C8Gul C8Gal
C12Mal
C12Suc C12Raf
115
4‐3‐7 疎水鎖効果の検討
1 臨界ミセル濃度の決定による集合体形成の同定
本節では共晶形成抑制効果において、糖質系界面活性剤が天然の糖質と比較してどのよ うな相違があるかについて調査した。そして、その相違の違いとなる疎水鎖の影響につい ても検討を行った。まず、それらの検討にあたっては、集合体形成の有無を考慮すること が重要と考えられたため、まず常温におけるC12Raf 水溶液, C12Suc 水溶液,および疎水鎖 長の異なる各種CnGlu(alkyl β‐D‐glucoside)の水溶液の表面張力測定を行うことで分子集合 体ミセル形成能について調べた。また、NaCl濃度の影響を調べるため、異なるNaCl濃度に
おいてC9Glu 水溶液の表面張力測定も行った。それぞれの結果をFigure 4‐26, 27に示した。
Figure 4‐26 C12Raf, C12Suc, 各種CnGluの水溶液の25 oCにおける表面張力。測定条件 : 測 定は溶液を試料容器に加え、15 min静置した後開始し、経時変化を追跡することで、1h の 経時変化が0.1 mN/m以下になった時の値を測定値とした。
Figure 4‐27 異なるNaCl濃度 mol / kg におけるC9Glu水溶液の25 oCにおける表面張力。
測定条件 : Figure 4‐26記載。
25 30 35 40 45 50 55
-5 -4.5 -4 -3.5 -3 -2.5 -2
Surfactant conc. [mol / l] Surfactant conc. [mol / l]
Surface tension [mN/m]
C12Raf
C12Suc
C5Glu C9Suc
C6Glu C7Glu C8Glu
C10Glu
25 30 35 40 45 50 55
-4 -3.5 -3 -2.5 -2 -1.5 -1 -0.5 0
C9Glu conc. [mol / l]
Surface tension [mN/m] 0
1 2 4
25 30 35 40 45 50 55
-4.5 -4 -3.5 -3 -2.5 -2
NaCl 0.0 NaCl 1.0 NaCl 2.0 NaCl 4.0
116
表面張力測定では、低濃度から濃度上昇させていく際に、cmc以上の濃度では界面活性剤 の気‐液界面への吸着はそれ以上進行しなくなるため表面張力は一定となる。そのため、
Figure 4‐26, 27における各種糖質系界面活性剤水溶液はC5Gluを除き、総じて一定値を示す
ことが認められ、その事実よりそれぞれが常温において、ミセル集合体を形成することが 示された。cmcは図示されているような表面張力 vs. 対数濃度の屈曲点として決定された。
また、cmc以下の低濃度領域における傾き δγ/δ log C と、4‐2a 式で示されるGibbsの吸 着式から得られる表面張力低下の最小値を 4‐2b 式に代入することで、それぞれの水溶液の 気‐液界面における一分子あたりの最大分子占有面積A Ǻ2 が得られる。47
γ
. RT C 4‐2a
A
N10
4‐2b
4‐2a , 4‐2b 式において、γcmcはcmcにおける表面張力値 mN/m、Rは気体定数、Nはア ボガドロ定数である。Figure 4‐26, 4‐27で得られたcmc, γcmc, AminをTable 4‐5にまとめた。
C5Gluでは表面張力値において一定値は示さなかったが、表面張力測定結果において明確な
屈曲点を示していることから、それ以上の濃度での会合体の形成が推察され、他と同様に cmc, γcmc, Aminをもとめ、それをTable 4‐5に記載した。表面張力値が一定とならない濃度領 域は、propylene oxide, ethylene oxideの共重合体の濃度変化に伴う表面張力挙動でも報告さ れており、単量体での溶解状態からのミセルへの転移領域に相当すると考えられている。48
Table 4‐5 表面張力測定結果のまとめ
※ C5Glu: 531.6 mM 0.591 mol / kg 12.9 wt%。
cmc γcmc Amin
mM mN / m Ǻ2 C5Glu 531.6 38.1 63.2 C6Glu 232.2 34.4 49.4 C7Glu 59.3 32.0 45.0 C8Glu 12.9 30.6 47.9
C9Glu 5.0 29.0 44.3
C10Glu 1.3 28.0 48.4 C12Raf 0.49 40.2 72.8 C12Suc 0.16 33.9 46.1 C9Glu cmc γcmc Amin
NaCl [mol / kg] mM mN / m Ǻ2
0 5.00 29 44.3
1 3.80 28.4 43.4
2 1.58 28.1 45.2
4 0.42 27.7 42.3
117
Figure 4‐28にC5‐C10の疎水鎖を有するCnGluの分子占有面積を縦軸に、疎水鎖の炭素数
Nを横軸にプロットした。図から見て明らかの様に、C6からC10の疎水鎖を有するCnGlu は、偶数と奇数の相違により偶奇挙動を示した。また、その際の分子占有面積はアルキル 鎖の増加に伴い低下していく挙動を示した。C5GluではC6以上の疎水鎖長で見られる偶奇 挙動から大きく逸脱する挙動を示し、さらにその分子占有面積も顕著に大きい値を示した。
Gibbsの吸着膜の偶奇に伴う挙動の相違について、Fazioらは赤外線を用いた周波数発生
分光法(SFG : Sum‐frequency generation spectroscopy)や表面第2 高調波発生(SHG : Surface second harmonic generation)法によりn‐alkyldimethylphosphine n 8 ‐12 について調べ、
偶奇の相違により分子占有面積が異なるのは、アルキル鎖のゴーシュ欠陥の総量が増加す ることに起因していることを報告している。49 また、そのゴーシュ欠陥の量は、界面に吸 着する分子の数が増加することにより、減少していくことも報告されている。49 本研究で も偶奇挙動が観察されていることから、界面に吸着しているCnGluが形成する単分子膜中 でのゴーシュ欠陥の量が分子占有面積に大きく影響を与えていると考えられる。
特別な場合を除き、アルキル鎖の上昇は疎水性相互作用を増大させるため、その結果、
エネルギー的に不利な構造であるゴーシュ欠陥の量は減少していくことが考えられる。す なわち、偶奇の解消は見られずとも、C6GluとC8Glu、C7GluとC9Gluのように、同じ系列
のCnGluを比較した場合、炭素数の上昇とともにゴーシュ欠陥の総量は減少し、結果より
密なパッキング構造を有するトランス構造の増加により分子占有面積は低下すると考えら れる。それは、界面に吸着する分子数の増加により、ゴーシュ欠陥の総量が減少していく 傾向と同様と考えられる。C8GluとC10Gluでは大きく分子占有面積に変化が見られないの は、それぞれ十分な長さの疎水鎖長を有することから、ゴーシュ欠陥による影響は減少し、
結果、単分子膜の疎水鎖構造のわずかな変化は親水部の分子占有面積に相違をもたらさな かったと考えられる。
大きく逸脱を示したC5Gluではゴーシュ欠陥の量が極端に多いことが考えられるが、
octaethyleneglycol n‐alkyl etherではC9からC15の間の分子占有面積は連続的な変化を示し ていることから50、 C5Gluのみ極端な値を示した理由はcmcに到達していない濃度であり、
飽和吸着時に得られた分子占有面積ではないためと考えられる。すなわち、C5Glu水溶液で
は531.6 mM以上で会合体形成は示唆される一方で、その濃度はcmcには満たない濃度で
あると考えられた。
Figure 4‐29はNaCl濃度変化に伴うC9Glu水溶液のcmcの変位を示したものであるが、
NaCl濃度の上昇に伴いcmcは顕著に低下していることが認められた。非イオン性界面活性 剤水溶液では、NaCl の存在により、単一分子として溶解している界面活性剤分子の疎水鎖 は塩析し、結果その水溶液でのcmcは低下することが知られている。51, 52 C9Glu 水溶液の 表面張力測定においてもそれらと同様の挙動を示したものと考えられる。他の糖質系界面 活性剤も非イオン性であり、特別な電荷を有さないため、高濃度NaCl存在下ではミセル形 成が促進されると推察された。