• 検索結果がありません。

T こ

ドキュメント内 七戸町 町史 1巻 民族 (ページ 79-149)

︻うつぎの花よく咲ぐ年ァヨナガいい︼︿註﹀うつぎの花を米と見立てたものか ︑但し反対にヨナガワリィと

いう 人も いる

︻ガエンダガ出ハル年ァヨナガいい︼(

註 ﹀

ガ ェ

γダガは毛虫の方言︒気候のよい年は毛虫の発生も多いかも

しれ

ない

謎 ・諺

︻寒土用に雨ァ降ればヨナガいい︼

( 註 ﹀

﹁寒九の雨﹂といって全国的諺である︒

( 註 ﹀

コメノハナは土地によりそれぞれ違うが当地方の場合は︑あせ︻コメノハナよぐ咲ぐ年ァヨナガいい︼

第二章

びの花のことである︒早春に咲くから豊作を占うためには恰好なものと思うが︑そもそもは花の白さと形に名づ

けた名と思われる︒︿盛田註﹀反対のいい方もある︒昭和五五年の大冷害の年は葉が見えないほどびっしり咲い

たし ︑翌五六年の冷害の年もよく咲いた︒

︻ジョlノミァよぐなった年ァヨナガいい︼

︿ 註 ﹀

ジョlノミは ︑

すいかずら科のがまずみの実の方

であ る︒この木の花は五月半ば頃で終るから

︻田打桜よく咲く年ァヨナガいい︼

︻苗ガシンの稲ヨナガ︼

( 註 ﹀

﹁苗ガシンにケガジなし﹂ともいう︒ケガジは飢渇の義で︑凶作のこと︒苗不

足の年は豊作だというのである︒

︻茄子のいい年ァヨナガいい

(註

)

︻ナノガン日に天気だばヨナガいい︼

ある

門二十三夜様寝で出ればヨナガいい︼ ︒

︻春の早い年ァヨナガいい︼

︻日照りにケガジなし︼

︻マンサグァよぐ咲ぐ年ァヨナガいい︼ その実のつき工合で秋の作物を占ったものと思われる︒

︿註

)

田打桜はこぶしのこと︒回を打つ頃に咲く︒

﹁茄子のいい年ァ米もいい﹂ともいう︒

(註

) ナノガソピは七月七日のこと︒盆の入りであり︑七浴七食の日で

( 註 ﹀

みのりのいい程穂が垂れるからである ︑︒ (註)当地でマンサグと呼ぶのは普通福寿草のことで ︑本当のまんさ

くはキマンサグと呼んだが

︑これとは逆にまんさくのことをヒマンサグ︑

福寿草のことをツジマンサクという人

もあ

った

ここはキマンサクの花のつき方による占と思われる︒

︻水飢鐙にケガジなし

︼(註﹀水不足になやむ年は心配したようなこともなく豊作に終るということ︒

︻麦サ米ァ続く︼

﹁米ァ麦す続く﹂ともいった︒三戸郡階上地方で

(註﹀麦が豊作だと米も豊作という怠︒

﹁麦の出穂サ吹いだ風ァ︑稲り出穂サ吹ぐ﹂といった︒

︻むら雀ァ飛ぶ年ァヨナガいい︼(註﹀入内雀が群って飛ぶのはたしかに豊作を告げるものであろう︒

︻雪の多い年ァヨナガいい︼

︿註

)

﹁大雪にケガジなし﹂ともいい︑全国的に分布している︒

︻ヨナガぶどうにケガジアグγピ︼︿註﹀豊作にはぶどうがよく︑凶作にはあけびがよくみのるという諺であ

︻秋荒れァ半ケガジ︼(註﹀秋の荒れには決定的なマイナスである︒ る

︻蝉の鳴がなェ年ァヨナガ悪りィ︼(註﹀気候が悪く雨が多かったりすると蝉の声がしないのは確かである︒

︻ダ

ェゴ

・カンプァいい年ァヨナガ悪りィ︼

︻竹の花咲げばガシンになる︼︿註﹀広い地域に分布している︒

︻二十三夜様立って出ればヨナガ悪りィ︼(註﹀み入りが悪いから立つのである︒

出産に関するもの

︻おなごァ片口サくつで飲めばヒヤゲなす︼(註﹀無作法をいましめたもの︒胎教とうけとめてもよかろう︒

第二章

鉄瓶から直かに飲むこと︑皿で飲むこと︑柄杓で飲むこと ︑ヒヤゲから飲むこともやかましくいましめられた︒

ヒヤゲはひさげの説︒

︻おなごァハギ跨げばオボコもでなぐなる︼︿註﹀等が産の神というだけではなく ︑やはり無作法な行為をつ

っしめということであったと思われる︒踏みつけることも蹴とばすこともまた同様であった︒

︻おなごァふたご粟食えば双子なす︼

︿ 註 ﹀

そんなのに当った場合︑半分を誰かに与えた︒ 一粒の栗の実が二つの部屋に分れているものをフタゴといった︒

︻おなごァ山の神様に上げた物を食えば山の神なす︼

か ︑恐しい神と思われでいるかわからないが︑

︻おなごァ馬の餅食えば十二ヶ月も字む︼ ︿註﹀山の神は子どもを一二人ももっ神といわれるため

供えた楽やお供は男たちだけで食った︒

(註﹀馬の餅は牛の餅とともに小正月につくってニワやマヤなどに

つる

した

馬の妊娠期聞が十二ヶ月であるところからこのようなことがいわれたものと思う︒

︻オボコモズ時騒げば鼠に笑われる︼(註﹀産は誰でもするものであるからであろう︒

︻サントの丈夫だでァほめだもンでなェ︼

は感心出来ないという意︒

︻産後重いもの持でば子つぼァぬげる︼ (註﹀産後の保養は十分にとるべきで︑丈夫なふりをして立廻るの

(註)子宮脱の危険性をいったもの︒

︻薪をさがきにくべればさか子なす︼

( 註 ﹀

薪の本末をたしかめ ︑本の方からくべろというたとえ

o

︻七日病んでも男の子︼(註﹀どんなに痛み︑どんなに苦しんでも︑男の子がほしいという意︒男児の出生を

望む切ない願いといえよう︒

︻箕サ入ればオボコモデなェ︼

ハ註﹀めったに入ることもあるまいが:::︒

︻身モジァ火事見れば赤癒のオボコも寸︼(註﹀妊婦の禁忌事項の中の一つである︒

̲..... 

/'¥ 

育児に関するもの

︻オボコァ股のぞきせばアド見る︼(註﹀乳幼児が腹に首をつっこんで後方を見るしぐさをするようになれば

次の子を字むという意

味 ︒

︻オボコァ鏡見ればオドァ近ェ︼

(註

)

オドは次の子の意 ︒このため﹁オボコの手の届く所に鏡をおくな﹂と

いったものである︒

︻オボコァの歯ァ早くおえればオドァ近ェ︼(註﹀これは科学的にも証明出来そうである︒

︻オボコァ臼サ入ればオガレなェ︼

( 註 ﹀

オガルは成長すること︒これもめったにあり得ないことではあろう

が︑前述の﹁箕サ入れば﹂と対をなしているようである︒

︻オボコサ小豆かがせればグスになる︼

( 註 ﹀

﹁三

日う

ちに

﹂と断る場合もあるが ︑理由は分りかねる ︒

は鼻がぐすぐすつまることである︒

・諺

︻オボコの髪ァ耳サかがればムシァおぎる︼

(註

)

ムシは府の虫のこと︒

︻オボコの物入れなェでおげば夜泣す︼

(註)赤ん坊の身につける物をうっかり入れ忘れて外にかけておく

第二章

と ︑夜泣をするという意である︒

︻三十三の年に生れだおなごワラシャ母親食う︼(註﹀母親の大厄といわれる三三才の年に生れた女の子は︑

母親を食うということでアグリなどと名をつけた︒父親四二才の場合も同様忌まれタリとかステという名をつけ

‑qJ

‑ o

T F J 1 7  

︻なな月児ァ育づどもや月児ァ育だなェ︼

(註﹀未熟児の場合である︒

︻八月児ァ育づども九月児ァ育だなェ︼︿註﹀こうなればどれが本当か分らなくなる︒

︻ワラシャ病むたびさがしくなる︼(註﹀子ども病むたびごとに賢さを増すという意︒

︻ンマレオボコァ七がェりも変る︼

病気に関するもの

︻赤かぶ食えば血ァ荒れる︼

(註﹀婦人の注意すべきもの︒

︻あだり物食えば古傷ァおぎる︼

(註

)

﹁鱒食えば三年前の古傷も﹁雑食えば三年前の古傷もおぎる﹂とか ︑

おきる﹂ともいう︒

︻公孫樹を家のまわりに植えれば病人が絶えない︼(註)理由は分らないが ︑

うど

(独

活﹀

の場合には﹁うな

り声が絶えない﹂といい ︑きうりの場合には﹁胸の病気になる﹂ ︑﹁きり(桐﹀の場合には﹁長わずらェす﹂と

か﹁肺病になる﹂とかいうこともあった︒

︻おなごァ便所きたなぐしておげば下の病にかがる︼(註﹀主婦の評価の対象になる意を強調したものであろ

う︒鍋釜をきれいにしておかない場合にもいった︒

︻親サ口かえせば口ァ曲る︼

﹁仏様の日に魚食ってもL

︻オンコの実食えば赤腹になる︼

い︒赤腹は赤痢のこと︒

︿註

)

﹁へントカェへば﹂とか﹁ヘントうでば﹂ともいう︒

﹁人

真似しても﹂

同様口が曲るといった︒

︿註 ﹀

オンコはオッコともいって︑一位科の常緑喬木のこと︒実は淡赤で甘

もう一つ赤痢になるといわれたものにつつじの花があった︒

﹁つつじ食えば赤腹にな

る﹂というのがそれであった︒

︻︒コツコツカリの真似へば

︻爪火サくべれば病人が出る︼

山つつじの花は甘ずっぱく子ども達の口からあまらなかった︒

ゴッコツカリになる︼

(註

)

ゴッコツカリはどもりのこと︒

(註﹀くべるものでないことを強調したものか︒炉の神がきらうという怠味

︻ハギの先ァかがれば病気になる︼︿註﹀無作法をいましめたものか︒

︻火いじれば袋小使たれる︼(註﹀勿論子ども等に対する注意であるが ︑﹁いじれば﹂を﹁チョlセば﹂とか

﹁火でワサへば﹂とかいうこともある︒皆同義であるが︑

﹁ワサ﹂わるさの意である︒

﹁ワラサンド騒ぎすぎれ

ばj﹂ということもあった︒

謎 ・諺

︻ヘッチョのゴミとれば病気になる︼

(註

)

ヘッチョは勝︑ごみはここではいわゆるへそのごまのこと︒

︻ヤマセァ頭やみへでくる︼

第二章

意味

であ

る︒

( 註 ﹀

ヤマセ風が吹き続けると体に変調をきたし ︑頭工合がおかしくなるという

︻ヨノメァ身内の人ァ死ななェうじァなおらなェ︼

( 註 ﹀

ヨノメは魚の目のこと︒その頑固さはかかった人で

ドキュメント内 七戸町 町史 1巻 民族 (ページ 79-149)

関連したドキュメント