プログラムの設営には、それなりの時間、労力、ならびに費用がかかることから、自ず と、設営できる、若しくは設営したいと思う発行会社の数は、一定の規模と継続的な資金 需要が見込まれる中規模以上の会社等に限られるところとなる。
加えて、これらは、当初のみならず、毎年の年次更新時にもかかってくることから、一
51
定レベルの発行残高を維持する、または維持できる発行体でなければ、設営後に得られる
「企業グループとしての財務の柔軟性増大」ないし「リクイディティ・リスクの低減」と いうメリットのコストが高くついてしまう。
プログラムの建て付け(組み立ての仕方)に拠るところが大きいものの、概して当初設 定コスト(リーガル・コスト:弁護士費用その他)が
15-30
百万円前後、その後の毎年更 新時のリーガル・コストが5-10
百万円前後かかる。このほか、格付け関連費用も必要であ る。なお、弁護士はご存知のとおり、かかった時間によりチャージされるので、何か特殊な 事象に対応せざるをえなくなったようなときには、思いの外に弁護士費用が嵩むこともあ りえる。
(1)《コスト面の一般的な試算》
EMTN
の設定には、プログラムの建て付けによって異なるが、設定時にかかる初期費用 と、設定した後に毎年かかる維持費用がある。(標準的な
EMTN
の設定時)弁護士費用(発行体、ディーラー、財務代理人(
FA
:Fiscal Agent
))、ロンドン等の証券 取引所上場、目論見書(OC
)印刷代、会計監査(コンフォートレターの作成を含む)、財 務代理人(FA
)への期初費用(不要の場合もある)など、20
百万円~30
百万円程度。(期中費用:プログラム更新時)
弁護士費用(発行体、ディーラー)、ロンドン等証券取引所上場、目論見書印刷代、会計監 査(コンフォートレターの作成を含む)、財務代理人(
FA
)など、7
百万円~10
百万円程度。(格付費用)
プログラム設定時格付け費用
4
~5
百万円程度。毎年のプログラム見直し時
4
~5
百万円程度。このほか毎起債時に、起債額に応じた格付料が課されるケースがある。
上記で明らかなように、
MTN
プログラム方式では一定のコストが期初及び期中にかかっ てくるので、コスト対効果がよりはっきり出るようにするためには、MTN
方式のプログラ ムの標準化・マルチ化を進めることと、各発行体企業グループにおいて、市場調達の集約 やクロスボーダー・キャッシュマネジメントを進めるなど、単位当たりの調達コスト・企 業グループ全体に滞留する資金コストも含めたトータルな資金コストを低減させるような 取り組みも同時に必要となる。52
なお、
EMTN
プログラム方式に寄らず、個別方式でユーロ債を公募で発行する場合には、日系発行体の場合、現在までのところでは英国法準拠を前提とする必要があり、一回の発 行につき、英国側の弁護士費用だけで約
10
万ポンド(14-20
百万円)の支払いが、発行の 都度必要になる。大型の公募債では発行コストの一部として割り切ってしまうことも可能 であろうが、継続反復的な発行を行う場合には、個別発行の費用は無視できないものとな る。たとえば、
1-2
年に一回の割合で公募債を発行することが想定される場合や、国内債では 発行できない仕組み債を断続的に発行することが想定される場合には、EMTN
プログラム 方式は十分採算に合うと考えられる。具体的には、国内公募債とのコスト比較でいえば、例えば、
AA
格の事業会社が国内普通 社債5
年債を発行するケースと比較するとEMTN
で合計150
億円から200
億円の起債が 設定後2
年以内にされれば、ブレークイーブンと考えられる。ここで、第
2
フェーズの調査で犬飼がシンガポールにおいて入手した、シンガポール・リスティングの、シンガポールドル建て
MTN
プログラムの費用の概算を下記に示す。(2)《シンガポール・リスティングの場合の発行諸費用概算》
上段:一般民間企業の場合
下段:アジアの公的金融機関(プログラム・アマウント
20
億ドル、Reg S
付)の場合(単位:
USD’1000
)ドキュメンテ―ションに 係る費用
シンガポールドル債 シンガポールドル建てMTNプログラム費用 プログラムの
セットアップ
プログラムからの 起債
プログラムのアップデート
(基本は一年ごと)
アップ フロント
年 間
アップフロント アップフロント 年 間
アップフロント 年 間 発行体サイド弁護士 30-45 ― 30-45
As agreed
7-11 As agreed
― 7-11 As agreed
―
引 受 人 ・ ア レ ン ジ ャ ー サイド弁護士
50-75 ― 60-75 130-150
7-11 25-35
― 7-11 40-50
―
トラスティ―弁護士 0
20
0
財務・支払代理人 5 5 10
2
― 5
4
― ―
シンガポール 証券取引所リスト
18 ― 18
17
― ― ―
リスティング・エージェ ―(引受人 ― ―(引受人(アレ ―(引受人(アレ ― ―(引受人(アレンジャ ―
53
ント (アレンジャ
ー)弁護士 費用に含ま れる)
ンジャー)弁護士 費用に含まれ
る)
7
ンジャー)弁護士 費用に含まれ
る)
ー)弁護士費用に含 まれる)
印刷費用 6 ― 6
5
― ―
3以 下
6 3-5
―
上段の合計 109-149 5 124-154 14-22 5 20-28 0
(3)《本邦発行体の
MTN
発行準拠法の問題》なお、
EMTN
プログラムの設定時費用に占める弁護士費用に関しても、日本国籍の発行 体の場合に比べ、英国法準拠によらず自国法を準拠法とする外国の発行体の場合には、日 本の発行体より、現地の弁護士への弁護士費用の支払いが少ないケースもかなりあると考 えられる。今後、日本国内において関連の法制度の見直しが実現すれば、全体として弁護士費用の 節約も可能になる可能性がある。(詳しくは「Ⅷ.
MTN
の法的側面 1.準拠法の役割」参 照)なお、米国国内の投資家(プロ・アマ)を含む全世界の投資家をターゲットとするプロ グラムを設定する場合には、数十万ドル単位の費用が追加で掛かることになる。
4.日系企業の調達スタイル
欧米の発行体の場合は、
MTN
プログラムからシンジケート・ディール・スタイルで所謂(いわゆる)世界中に広がる機関投資家等向けに公募債を出すことが可能なため、プログ ラム設営に係る費用は容易に回収しやすいものの、一方、本邦企業ないし日系発行体の場 合には、継続反復的に世界各地での自動車販売金融のための資金調達がそれぞれの通貨で 必要になるような自動車会社などごく一部の例外を除いて、海外現地法人等が比較的小額 なファンディング・ニーズを満たすために、限りのある特定投資家をターゲットに私募債 を出すケースが太宗を占める。
従って、日系発行体サイドにあっては、設営・更新コストを意識したファンデフィング・
コスト・ターゲットをディーラー各社に示すことが多く、ただでさえ日本物クレジットに は本邦投資家対比ではスプレッド・プレミアムを要求しがちな欧州の機関投資家層の目線 とのギャップが、さらに広がる一方となっているところである。
但し、最近
[2008
年]
ではTMCC
(トヨタモータークレジットコーポレーション)やアメ リカン・ホンダに代表されるように、サブプライム問題の影響で、ユーロ市場以外の、例 えば米国内の資金調達コストも上昇したことから、流動性確保の観点から、米国市場のみ に依存するのではなくユーロ債市場やアジアの国の国内市場等である程度纏まった金額を、54
有る程度のコストを払ってでも調達しようという動きが、日系企業グループの発行体の中 にも見られるようになってきた。
5.日系企業にとっての
MTN
プログラムの将来日系企業全般にもいえることであるが、日本企業の本体が
EMTN
プログラムを使わない 理由の一つには、これまでは外貨建てのファンディングがほとんど必要なかったことが挙 げられる。近年日本企業で公募の大型外債を出したことがあるところは、東京電力、
NTT
、東日本 旅客鉄道等の、国を代表する大型企業に限られる。しかし、今後、海外での事業投資機会の増大や
M&A
機会の増大に伴い、繋ぎ資金のパー マネント・ファイナンスの一部をEMTN
プログラムからの外貨建債券発行で賄うことは可 能性ととして考えられることから、方向性としては少し明るい部分も見えるといえるので はないだろうか。少なくとも従来のように、我国企業グループにおける、自己資金や国内銀行借入のみに 依存した国内間接金融偏重の調達は、中長期的には、財務の柔軟性の維持及び流動性確保 の向上の観点からは当然見直されるべきものと考えられる。市場調達ソースの分散・確保 の 観 点 か ら も 、 国 内 及 び海 外 の 各 国 通 貨 建 て の 市場 性 資 金 の 効 率 的 調 達 ツー ル と し て の
MTN
プログラム(EMTN
プログラムのみならずアジアMTN
プログラム)が、将来注目 されるものと考えられる。6.投資家等にもメリットのある
MTN
の価格形成が必要発行体サイドに望まれることは、
2008
年秋のリーマンショックに象徴される世界金融危 機の後の世界的な債券の発行流通市場の状況の急変の経験を踏まえて、「適正な市場価格が どこにあるか」を絶えず考えることであるといえよう。中長期的な資金調達ソースの分散や流動性確保の向上のためにも、
MTN
プログラムを持 つことには意味があるのであり、そして、少なくとも限界的なMTN
発行コストを国内公募 債並みに引き上げることができれば、もう少し幅広に投資家を探す努力を、我国のディー ラーも行うであろうと考えられる。従って、その結果、案件成約の機会が増すものと考えられる。
プログラム活用のメリットは、発行体だけで独占しようとするのではなく、投資家、デ ィーラーにもその一部を還元するような行動が、結局は、市場全体を厚く大きくしていく 原動力となりえると考えられるし、今後のアジア圏内での資本蓄積がさらに進んでいった ときに、日本以外のアジアの投資家層の育成にも資するものと思われる。