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1.ユーロ

MTN

プログラムと格付の取得動向

ユーロ

MTN

プログラムから発行される社債は、発行の機動性を確保するために、予め発 行プログラム(基本的な契約書の雛形等、発行枠)を定めておき、経営内容についても一 定の開示を行ったうえで、発行体(あるいは保証体等)の追加的な情報として格付会社か らプログラムに対する格付を取得することが通例である。

格付会社が常時、発行体の信用リスクの動向をチェックし、妥当な格付を維持すること によって、発行時の条件決定や仕組み債の設計がスピーディに進められる点がメリットだ。

EU

の目論見書ルールでは、格付は

ADDTINAL INFORMATION

として第三者による確 認書などと同列の扱いになっている。利用可能な格付は発行者が依頼したか、あるいは格 付の調査等を受容しているものに限定され、いわゆる勝手格付は目論見書への記載はでき ない。

本報告書Ⅶ. 1 (4 )「

2007

年初から

2008

MTN

マーケットレビュー」では

2007

年の

EMTN

の格付構成比は

AA

以上が

64

%、さらに

2008

年には

AA

格以上の比率は

72

%に達してい る。

高格付の比重が極めて高いのは、世界金融危機のもとで信用リスクに対する投資家の警 戒が強まり、投資家の高格付への選好が強まったことが大きな理由だが、さらに

EMTN

市 場の性格に由来する要因もある。

まず、発行体、投資家双方にとって発行の機動性が重要であるためマーケティングしや すい高格付が好まれる。

さらに、一時は

EMTN

市場の主力であったストラクチャード

MTN

(例えば

floating-rate

step-up,equity-link

などの仕組み債)は、多くの場合、投資家側からの要請で(

reverse

inquiry

)、投資家のニーズに見合ったリスク・プロファイルを持つ証券を作るために、基盤

となる

MTN

は信用リスクによる変動の少ない高格付を必要とするためだ。

しかし、

MTN

自体は、欧米では一般的な資金調達の手段であり、

MTN

全体でみれば、

必ずしも高格付企業や地方自治体、政府系機関、電力などのインフラ系公益企業に偏って いるわけではない。

例えばロンドン証券取引所で

MTN

を上場している英国企業をみると、流通業の

TESCO

、 食品の

CADBURY

、化学の

ICI (Imperial Chemical Industries)

など

A

ゾーン下位、ある いは

BBB

ゾーンの著名企業も顔を揃えている。

MTN

の格付で注意が必要なのは、プログラムに付されている格付と、プログラムから発 行された個別の証券の格付が異なる場合がある点だ。例えば、デフォルト後の回収上の地 位(順位)について劣後特約のある

MTN

の格付は、通常の優先債・劣後債の関係と同様に

157

プログラムに付された格付より低い格付となるのが一般的だろう。またクレジット・リン ク・ノートなど、

CDS

(クレジット・デフォルト・スワップ)を使い他の発行体の信用リ スクを参照する仕組み債の場合は、仮に土台となる

MTN

AAA

だとしても、実際の信用 リスクは、参照先のリスクである。このため格付会社は、

MTN

の格付については、プログ ラムの格付とプログラムから発行される個別の

MTN

の信用力は同一ではない旨の注意書 きを

Web

サイトなどに掲載している。

参考:ロンドン証券取引所上場

MTN

の概観

ロンドン証券取引所にリスト(上場)されている

MTN

は約

1

2

千本と約

1

5

千本 の民間債の

80

%にあたる。モルガンスタンレーやメリルリンチなど、大手投資銀行の発行 本数が群を抜いて大きいが、地域的にも業種の面でも、非常に幅が広い。起債インフラが 十分に整っており、まさに欧州資本市場のハブ的な位置にあり、特に北欧諸国の銀行、企 業のプレゼンスの高さが目立つ。

ロンドン証取リスト(上場)MTNの発行体国籍上位(英国以外)

国名 本数 主な発行体(小さい字は、本数は少ないが著名な事業系発行体)

米国 1252 モルガンスタンレー、GEキャピタル、JPモルガン・チェース

ルクセンブルグ 763 メリルリンチ、欧州復興開発銀行 ケイマン諸島 541 SPE、投資会社

スエーデン 390 スエッドバンク、バッテンフォール、エリクソン

158

オーストラリア 352 コモンウエルス銀行、ウエストパック銀行、BHPビリトン アイルランド 340 アイリッシュ生命保険&パーマネント、GEキャピタル フィンランド 248 ノルディック投資銀行、フィングリッド、ノキア

オランダ 229 モルガンスタンレー、シェル、BMW

スペイン 177 テレフォニカ、BBVAシニアファイナンス、Cajaマドリッド

カナダ 143 ロイヤルバンク・オブ・カナダ、ノバ・スコシア銀行、トヨタクレジット(カナダ)

2.日本企業の

MTN

利用と格付

(1)プログラムの形態

格付を取得するプログラムの保有者(あるいは保証体等)、プログラムの形態の変化は、

そのまま日本企業の資金ニーズの変化を映し出している。

1991

年~

1992

年にかけて過去のワラント債の償還資金対策としてユーロ円債の発行が 急増、主に日本企業が欧州の金融子会社との間で円滑な財務運営を支援・指導するキープ ウエル契約を締結して、金融子会社が

MTN

を発行する動きが広がった。

さらに

1993

年には大蔵省がキープウエル契約のついた公募債の引受を規制する「

3

局指 導」を撤廃、邦銀を中心に引受競争が活発になり、市場が一気に膨らんだ。

しかし当時は、かつて有価証券等の購入のために、ワラント債で調達した資金の借り換 え債の発行に過ぎず、事業会社であっても、実質は有価証券等への投資目的の資金調達に 過ぎなかった。

その後、金融機関や総合商社が香港や米国の子会社に

MTN

の発行枠を設定する動きも出 たが、基本的に

MTN

は事業資金というよりは、金融事業のためのファンディング・ツール として利用される構図に変わりはなかった。

日系企業が

MTN

を事業資金の調達のために利用する動きは、むしろ

90

年代中盤の米国 で広がった。北米事業の拡大と、金利上昇を見越した前倒しの資金調達などを目的とし、

この時期にトヨタ自動車、小松製作所、三井東圧化学、東レなどが調達枠(プログラム)

を設定した。

その後、邦銀の経営体力の低下など、いわゆるジャパンプレミアムの時代に、日系企業 の

MTN

の利用は、一部の金融機関とごく一部の高格付の事業会社に限られるようになった。

かつての欧州で複数の金融子会社で

MTN

を発行していた大手電機などで、プログラムに関 与する金融子会社の数を減らすなど縮小・整理が進んだ。

様相に変化が出始めたのは

2000

年ごろからである。徐々にグローバル・ファイナンス戦 略の一環として、海外金融子会社間の資金効率を高めるために、マルチ・イシュアーの

MTN

159

プログラムを利用する企業が増えた。

ファンドの隆盛や金融取引の複雑化により、投資資金が市場間をめまぐるしく移動する ようになり、特定の市場への依存度が高いと市場に大きなショックが加わり流動性の問題 が生じるような財務上の危機対策としての役割を担い始めているとも言えるだろう。

最近では、投資のグローバル化や資源価格の上昇などを受けて、豪州の金融子会社をマ ルチ・イシュアーの

MTN

に加える例が増えている。

実需の資金手当て、流動性の確保など、事業会社にとっては、新たな財務上の課題が生 じており、

90

年代後半以降、販売金融などで多額の資金ニーズの生じる自動車や建設機械 などが中心であった海外での

MTN

利用も、アジアや中南米における投資家層の地域的拡大 や、決済システムの整備等、経済成長が見込め実需の資金ニーズの期待できる地域で市場 の環境整備が進めば、利用が広がる可能性はある。

(2)海外金融子会社に対する信用補完

日系発行体、とりわけ事業会社の場合は、海外金融子会社が親会社による保証、あるい は親会社とキープウエル契約を締結して発行体となり、格付を取得することが多い。

ユーロ

MTN

を発行する日本企業の海外金融子会社は、親会社との間でキープウエル契約 を締結する例が多い。

親会社は発行会社に対する契約のなかで、

①親会社の直接・間接の支配権を確立、

②正味有形資産(資本から無形資産を控除した額)を一定水準以上に維持、

③支払いに必要な流動性を維持し不足があれば補填する、

④資金提供は資本または劣後性の負債として供給する、

などの条項を通例、定める。

この契約は、あくまで契約当事者は親会社と子会社であり、保証契約とは根本的に異な る。法的効力としては、第

3

者のためにする契約としての有効性を持つかどうかがポイン トとなる。英国法のもとでは、

Deed Pole

(信託宣誓証書)を差し入れることで、この有効 性が確立されているが、日本法のもとでは、その有効性が十分に確立されている状況には ない。

特に、親会社の財務構成や業績、資金繰りが悪化した場合に、この義務を履行するイン センティブを維持させられるかどうかは、他の取引慣行や、法の運用と合わせてとらえる 必要がある。

英国法のもとでは、

Deed Pole

を差し入れることで、キープウエルの有効性が確立されて いるほか、米国では子会社の健全性維持に関する責任論として法人格否認の法理を適用し、

ドイツにおいては資本的貸付といった概念で、子会社の債権者に対する保護を行っている。

日本法のもとで、こうした手法と同様の構成が可能かどうかは検討の必要があろう。