上述のように、我々は、FePtの粒径
d
が少なくとも3 nm
以上あれば、ほぼ理想に近いL1
0規則状態をとる ことを明らかにした。将来の超高密度メモリーへの応用を目指す場合、次の課題はナノサイズ領域におけるL1
0FePt
粒子の磁気的性質を明らかにすることである。理想的には、集合体ではなく1
個1
個の単結晶L1
0FePt
ナノ粒子の磁気挙動を調べることが望ましい。しかし、それを可能にするには、高感度の磁化検出法の 開発が不可欠となる。 我々は、異常Hall
効果を利用した新規な超高感度磁化検出法を開発し、電子線リソ グラフィーにより加工した単一のL1
0FePt
単結晶ドットの磁気的性質を詳細に調べた。リソグラフィー加工後のHall
効果測定用試料のSEM
写真をFig.3(a)に示す。中央の輝点が直径 50 nm
に微細加工したL1
0FePt
(001)単結晶ドットである。それを覆うグレーの十字型パターンが Hall
電極である。ドット面垂直方向(紙面前後)の磁場中で、温度
10 K、300 K
で測定したHall
電圧曲線がFig.3(b)である。単一 FePt
ナノドットの磁化挙 動をクリアーに観測できていることがわかる。Fig.3(a)のFePt
ドットの総磁気モーメントは10
-14emu
であることか ら、VSMやSQUID
磁力計の検出感度 (10-4~ 10
-7emu)を遥かに凌駕している。Hall
電極幅を更に狭くするこ とができれば、一層の感度向上が可能である。このような素子を作製して、様々なサイズのL1
0FePt
単結晶ド ットの磁気特性の温度依存性、磁場掃引速度依存性、印加磁場方位依存性を系統的に測定した。その結果、電子線リソグラフィーの加工限界である直径
50 nm
以上のサイズ領域では、磁化過程は磁壁厚程度の反転 核生成⇒伝播(磁壁厚
δ~π A/K ~3.5nm, A :
交換定数、K : 磁気異方性定数) という過程で進行する ことがわかった。マイクロマグネティクス理論によれば、磁性粒子の全スピンが一斉(coherent)に振舞うか、ある いは非一斉(incoherent)に振舞うかのサイズの目安は交換結合長で与えられ、FePtの場合にはnm 35 2
ex =2q M ⋅ A N =
L / s / x
(q :
形状因子、Nx:
直交方向反磁界係数) となる。上述のように電子線リソグラフィーの加工限界は
50 nm
程度と交換結合長L
exより大きいため、非一斉の振舞いを示すものと考えら0 1 2 3 4 5 6 7 8
0 20 40 60 80 100
Ordered particles particles containing APB
Particle size d (nm)
Frequency (%)
Critical size
superpara limit
1 2 3 4 5 6
0.0 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0
Particle size d (nm)
Order parameter S
KV/kBT
25 60実用サイズ領域
Fig.1 FePt粒子の規則化確率(●)の粒子サイズ依存性.
(○)は反転位相境界(APB)の存在確率.
Fig.2 FePt粒子の規則度の粒子サイズ依存性.
れた。
次いで、より微小なサイズ領域における磁化挙動を調べるため、
MgO(001)
単結晶基板上に島状成長させたL1
0FePt
(001)
ナノ粒子を利用した。 粒径は、基板上に堆積させる正味膜厚により変化させた。Fig.4(a)
は正味膜厚
d = 1 nm
形成した場合のRHEED
像であり、このように極めて薄い膜厚領域においても良好に規則化していることが明らかである。
Fig.4(b)
はSTM
とTEM
から決定した粒径D
mと粒子厚h
mの正味膜厚(d)
依存 性である。 広い膜厚範囲に於いて、D
m~ 10 d
、h
m~ 2 d
、粒子アスペクト比D
m/ h
m~ 5
のナノ粒子が形成さ れていることがわかる。このようにして作製したFePt
ナノ粒子の磁化挙動の一例をFig.5
に示す。Fig.5(a)
の白 丸は、正味膜厚d = 1nm (D
m~ 10 nm
、h
m~ 2 nm)
の試料に対する非可逆反転保磁力の磁場方向依存性を示 す。図中の実線が、c
軸方位分散を考慮して一斉回転モデル(Stoner-Wohlfarth
SW model)
により計算した結 果である。 実測とSW
モデルに基づく計算が良好に一致することから、粒径D
m~ 10 nm
の粒子の磁化は理想 的にSW
モデルに従っているものと考えられる。またFig.5(b)
には、エネルギー障壁の実験値とSW
モデルに 基づく計算値を正味膜厚依存性に対して示した。この図より、正味膜厚d ≤ 2 nm (D
m≤ 20 nm
、h
m≤ 4 nm)
の 範囲において、エネルギー障壁、及びここでは示さないが反転磁界の大きさも理想的にSW
モデルの予測に 一致していることがわかる。更に、この図において注目すべきことは、正味膜厚d = 0.5 nm
、すなわち粒径D
m~ 5 nm
、h
m~ 1 nm
という微小粒子が、厚膜試料と同等の磁気異方性(K
eff= 5.6
×10
6erg/cc)
を保ちつつSW
モ デルに従い振舞っているという点である。以上の
L1
0FePt
ナノ粒子に関する本研究の成果を模式的に総括すると、Fig.6
のようになる。 ドット径D >
60 nm
では基本的に多磁区構造が安定であり、磁壁厚程度の反転核生成⇒伝播という過程を経て反転する。また同図に示した
D = 2000 nm
の磁化曲線を見てわかるように、このサイズ領域では消磁操作が可能で、初期 磁化曲線は滑らかな振る舞いを示す。しかし、ドットサイズが70 nm
まで減少すると、ピニングサイトの減少が顕 わになり、初期磁化曲線はステップ状の離散的挙動を示すようになる。更にサイズが低下しD ≤ 60 nm
に達す ると、もはや磁区構造自体がエネルギー的に不安定となり単磁区状態に遷移する。この状態ではもはや消磁 操作は不可能であり、ドットの磁化は常に上向きか下向きかの双安定な状態になる。 しかし、このような単磁 区状態においても、磁化上向⇔下向の遷移過程はSW
モデルのようなコヒーレントな挙動ではなく、先に述べ た反転核生成⇒伝播というプロセスで進行する。 ドットサイズが交換結合長の約半分程度( L
ex/2 ~ 20 nm)
以400nm L1oFePt (001) dot
( φ 50×t 10 nm3)
10 K 300 K 10 K 300 K
MsV~ 1×10- 14emu
(a) (b)
Fig.3 (a) 異常Hall 効果測定に用いたL10 FePt (001)単結晶ドット(φ 50nm×t 10 nm)と十字型電極のSE M像 (b) (a)の試料で測定した単一FePtドットの温度10K, 300Kにおける磁化曲線.
−73−
下に達した時に、はじめて理想的に
SW
モデルに従がうコヒーレントな磁化挙動を実現できる。以上に述べた一連の結果から、例えば究極の超高密度メモリー材料として注目を集める粒径
4 nm
のFePt
ナノ粒子自己規則化配列構造(SOMA)
では、適正な条件で処理すればほぼ理想的な規則化が可能であり、それら個々の粒子はほぼバルクに近い磁気異方性を保ちつつコヒーレントな磁化挙動を示すものと予想される。
もし、こうしたFePtナノ粒子1個1個に1ビットを記録できるようになれば、少なくとも材料的には数十Tb/in2という超高密度 メモリーの可能性も見えてくる。
100 nm 〜35 nm ~ 20 nm10 nm
Coherent (SW model) Bi-stable
single domain
~ 60 nm
Multi-domain
Incoherent (nucleation of a reversed embryo)
-10000 0 10000
D = 50 nm
-10000 0 10000
D = 70 nm
-10000 0 10000
D = 2000 nm
2000 nm 70 nm 50 nm
Exchange length Lex ~ 35 nm Diameter D
0 1 2 3 4
FePt thickness d (nm) 0
10 20 30 40
D
m(n m )
0 2 4 6 8 10
h
m(nm ) : D
m: h
mDm ~ d×10 hm~ d×2 Dm ~ d×10
hm~ d×2
0 10 20
Diameter D (nm)
Arb. unit
(d)
0 10 20
Diameter D (nm)
Arb. unit
(d)
D
mh
m0 1 2 3 4
FePt thickness d (nm) 0
10 20 30 40
D
m(n m )
0 2 4 6 8 10
h
m(nm ) : D
m: h
mDm ~ d×10 hm~ d×2 Dm ~ d×10
hm~ d×2
0 10 20
Diameter D (nm)
Arb. unit
(d)
0 10 20
Diameter D (nm)
Arb. unit
(d)
D
mh
m● : 基本反射
○ : 超格子反射 000
112
222 002
113
223 003
112 -222 -113
-223 -114
224 004 114
-224
-000 112
222 002
113
223 003
112 -222 -113
-223 -114
224 004 114
-224
-d = 1 nm
(a) (b)
Fig.4 (a) L10 FePt (正味膜厚d = 1nm)からのRHEED像と逆格子(b) 粒径Dmと粒子厚hmの正味膜厚(d) 依存性
0 30 60 90
Field direction θH (deg.) 0.4
0.6 0.8 1
hr
10 K d = 1 nm
: Pt coated : Ag coated
∆θ50 = 6o
∆θ50 = 0o
MgO (100) θH H SW model
0 30 60 90
Field direction θH (deg.) 0.4
0.6 0.8 1
hr
10 K d = 1 nm
: Pt coated : Ag coated
∆θ50 = 6o
∆θ50 = 0o
MgO (100) MgO (100)
θH H SW model
0 1 2 3 4
FePt thickness d (nm ) 10-13
10-12 10-11 10-10
Eb(0) (erg)
: Pt coated : Ag coated SW model
KV
incoherent coherent
(a) (b)
Fig.5 (a) L10 FePt (正味膜厚d = 1nm)の非可逆反転保磁力(規格値)の磁場方向依存性 (b) エネルギー障壁の正味膜 厚依存性.両図における実線はStoner-Wohlfarthモデルに基づく理論計算.
【研究活動報告】
無機系応用システム研究分野 (2004
.4
〜2004
.12
) 教 授:杤山 修助 教 授 :佐藤修彰
博 士 研 究 員 :杜金州(H16.4〜11) 研 究 留 学 生 :Hu, Yung-Jin(H16.4〜8) 大 学 院 生:北野博之, 佐藤哲也, 篠原元輝
学 部 学 生:大西由子, 松本恭介, 小澤孝彦, 大西貴士
本研究分野は,
2004
年4
月に杤山教授が東北大学工学研究科より配置換により担当し,また,佐藤 助教授が本研究所再生プロセス研究部より配置換となり,院生等の指導にあたっている.工学研究 科における研究室のメンバーである,博士研究員杜金州,短期留学生Yung-Jin, Hu, 博士課程前期 2年の北野博之,同1年佐藤哲也,学部4年大西由子,同松本恭介が研究所内に机を移し,さらに 博士課程前期1年の篠原元輝,学部3年の小澤孝彦と大西貴士を新たにメンバーに迎えた.本研究 分野では,原子力の利用において発生する放射性廃棄物による環境負荷を低減するため,放射性廃 棄物の発生量を抑制するための,効率的な使用済燃料の再処理,廃棄物処理の研究,および放射性 廃棄物地層処分の安全評価のための,地水圏環境下での放射性核種の移行過程解明の研究を行って いる.2004
年の研究活動としては,以下のように概括される.
1.核種の地中移行に及ぼす天然有機物の影響の評価
高レベル放射性廃棄物やTRUを含む廃棄物の地層処分の安全評価においては,遠い将来,長半減期の 放射性核種がガラス固化体から溶出し,地下水を媒体として生態圏へ移行するプロセスの評価が特に 重要となる.本研究では,地水圏環境に広汎に分布する組成の不均質な高分子有機コロイドであるフ ミン物質を対象とし,放射性廃棄物中の放射性核種について,溶液の
pH,
イオン強度,金属イオン濃 度と錯生成との関係を調べている.今年度は,地下水中に共存して反応に強い影響を及ぼすプロトン(
H
+)およびカルシウムイオン(Ca
2+)
を取り上げ,フミン物質との相互作用を、特にフミン物質の組成 不均質性がどのように影響するかに注目しつつ検討し,相互作用を一般的に表すモデルを提唱した.
2. 金属イオンの錯生成エンタルピーの熱量滴定法による決定
放射性廃棄物を処分する際,放射性核種がガラス固化体から溶出し,地下水を媒体として生態圏へ 移行するプロセスにおいては放射性核種の溶解や地下水中に含まれる諸物質との種々の収着分配や錯 生成が問題となる.これらの反応は数百から千メートルの地下で起こるため,高温(35〜90℃)での 相互作用定数が必要であり,微小熱量変化が測定可能となる等温型マイクロカロリメーターによる熱 量滴定法により,アクチノイドと重要物質(有機酸塩)との錯生成における熱力学量(平衡定数,エ ンタルピー,エントロピー)を求めている.今年度は,Eu(Ⅲ)とマロン酸,グリコール酸,マレイン 酸,リンゴ酸等の有機酸との錯生成反応について調べ,錯生成定数エンタルピーに及ぼす有機酸の配 位子の効果や,水和水の効果について明らかにした.
3. 乾式湿式ハイブリッド型硫化物再処理法の開発
核燃料サイクルにおける使用済核燃料の再処理法について,従来の湿式法に代わる乾式法として,
硫化物を用いる新しい再処理法の開発を進めている.ここでは,ウランを再利用する際に除去すべき 希土類元素とウランとの分離について検討した.使用済燃料からボロキシデーションにより得られる
U
3O
8を二硫化炭素(CS
2)
と反応させることにより低温においてU
3O
8はUO
2へ還元し,Nd
やEu
など希土類元素はオキシ硫化物(R2
O
2S)や硫化物(Nd
2S
3, EuS)を生成する選択硫化できることを明らかにした.選択
硫化後のUO
2および希土類硫化物について,磁気分離あるいは酸浸出により希土類を分離除去する方法 を検討し,磁気分離においては希土類硫化物を生成するCS2による選択硫化が,また,酸浸出において はりオキシ硫化物を生成するH
2S
による選択硫化が望ましいことが分かった.得られた結果より,乾式 湿式ハイブリッド型再処理法について検討した.
4. イオウ循環におけるイオウ固定と水素製造
イオウの自然および人間活動による地球循環を勘案して,需給サイクルにおけるイオウあり方を研 究している.含イオウ資源や廃棄物からのイオウの固定・無害化ならびに有効利用を図ることを目的 として,スラッジ等金属系廃棄物を利用して硫化水素からのイオウ固定および水素生成に関する基礎 的検討を行った.ゲーサイト(FeOOH)と硫化水素を低温にて反応させることにより,パイライトとして イオウを固定し,一部水素を生成することを明らかにした.また,素材製造プロセス等おける
SO
2ガス からハロゲンを利用して低温にて硫酸製造と水素製造を行うプロセスについて検討した.
5. 硫化物ならびに部分硫化素材の開発
イオウの有効利用を図るために,イオウを含む機能性素材の合成と評価を行っている.希土類元素 を含む複合硫化物を合成し,電気的,熱電特性等を評価した.また,チタン等を含む複合酸化物の一 部をイオウに置換した部分硫化素材を作製と機能評価を行った.具体的には水熱法により合成した
ABO
3微粒子(A=アルカリ土類元素,B=遷移金属)をCS2により500℃以下の低温にて処理することによ り,硫化物を生成することなく,イオウと酸素が置換した部分硫化物を合成できることを明らかにし た.また,CS2雰囲気におけるレーザーアブレーションにより内部までイオウが置換した,部分硫化物 薄膜を合成し,光機能性について評価した.6. レアメタルのハロゲン化プロセスに関する研究
レアメタルの場合にはハロゲン化物の金属還元により金属を製造するものが多く,最終的に高純度 の金属素材を製造する.したがって,高純度素材を二次資源と考えた場合,その純度を低下させるこ となく,再利用することが必要であり,高純度プロセスとして開発する.本研究では,ハロゲン化物 から,高純度の他金属を還元剤として用い,高純度レアメタルを製造するプロセスについて検討した.
7. フッ化物揮発再処理プロセスに関する研究
原子力発電開発における軽水炉,革新炉,高速炉サイクルへのフレキシビリティを有し,かつ核拡 散抵抗性,廃棄物低減に対応しうる次世代再処理法として,乾式フッ化技術を用いるフッ化物揮発プ ロセスの開発を,日本核燃料サイクル開発機構,日立製作所,東京電力,三菱マテリアル,埼玉大学 と進めている.本年度は,ウランフッ化物を用いるプルトニウムトラップにおけるウランフッ化物の 安定性,反応性について検討した.
8. 放射性廃棄物の溶融処理に関する研究
原子力関連施設において遮蔽材等にされている鉛について,低レベル放射性廃棄物としての処理・処 分が考えられているが,放射性核種よりも鉛の毒性が影響する可能性があり,高度な鉛の除染が必要 である.本研究では,鉛の溶融除染法を取り上げ,鉛製錬技術を応用して,溶融鉛への吹込やスラグ 剤の最適化により鉛の高度な除染とリサイクルについて検討した.