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第7章 サ行イ音便における中央語規則の地理的対応

2. GAJ による検討

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方が音便化すると 4 つの記号を付した地図である。地図が煩雑になるのを避けるため、音 便形と非音便形の併用があった場合には、音便形を採用している。

まず図 1 全体を見ると、北海道・東日本の地点は殆ど×であることがわかる。北から新 潟の佐渡・富山・長野・山梨・静岡のあたりで○との境界線が引けそうである。この×は

「出す」「貸す」どちらも非音便形であることを示しており、北海道・東日本にはサ行イ音 便は現れないことが分かる。次はこの境界線以西を大局的に見てみると、中部に○、近畿 に×、中国に○、四国に×、九州に◎が分布している。もう少し詳しく見ると、◎が九州 以外では愛知・和歌山・京都・高知・島根などに現れている。また、●が九州の中程にま とまって現れるほか、山形・滋賀・大阪・和歌山・山口・鹿児島に 1 地点ずつ現れる。

凡例

×:「出す」非音便・「貸す」非音便

○:「出す」音便・「貸す」非音便

●:「出す」非音便・「貸す」音便

◎:「出す」音便・「貸す」音便

・:その他

図 1 GAJ92 図と 98 図

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次に、この図 1 の記号のあり方に地理的・歴史的解釈を与えると、次のように考えるこ とができる。北海道・東日本以外の分布を、京都を中心にして考えると、近畿・四国が×、

その外周の中部・中国が○、さらにその外側に九州の◎という周圏的な分布であるように 見える。今仮にそのグループごとに A~D の記号を付けると以下図 2 のようになる。

さらに、各地点の記号に注目すると、近畿・四国に現れた×はどちらも非音便形である が、京都中央にサ行イ音便が存在していたことを考慮すると、この×は北海道・東日本と は、記号が同じでも性格は異なるものであると言える。つまり、近畿・四国の×は古くは 音便化していたが、音便が衰退してしまった地域であると言える。そのため、図 5 では北 海道・東日本が A であるのに対して、近畿・四国を A′としている。ではその周りの中部・

図 2 図 1 の解釈

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中国の○はというと、「出す」が音便形・「貸す」が非音便形のものである。これは中央語 規則①をそのまま保存している地域であり、中央語の姿を留めている。さらにその外の九 州の◎はどちらも音便形であり、中央語規則①は保存していないことになる。●は◎の外 と言えるのかはわからないが、これは「出す」が非音便・「貸す」が音便であり、中央語の 姿とは正反対になっている。また、●が現れている地点を見ると、九州・山形・滋賀以外 の地点は海岸沿いの分布の端であることがわかる。●が現れるのは音便の変化が進んだ地 域なのではないか。これも中央語規則①を保存していないと言えるが、◎と●の違う点は、

◎は「出す」が音便形であるという点においては中央語規則①に従っているというところ である。●は◎よりもさらに独自の変化を遂げた姿であると言える。

2.2. 仮説

前節で述べたことをまとめると、GAJ での現在のサ行イ音便の姿は、以下の模式図のよ うに形成されていったものであったのではないかと考えることができる。

D C B A′ B A 九州中程 九州 中国 近畿・四国 中部 東日本 2 次変容 1 次変容 保存 中央語 保存

平安時代に成立し、室町時代に最も盛んに用いられたサ行イ音便は、語形にのって、京 都中央から東西に向けて伝播していった。比較的近畿・四国に近い中部・中国では、中央 語で用いられていた規則をそのまま受け入れて保存した。東側の伝播は中部までであり、

東日本には進まなかった。一方西側は九州まで伝播し、中央から来た語形を受け入れると、

九州内部で、イ音便を全てのサ行動詞に適用させるという 1 次変容が起こった。さらに変 化が進んだ九州中程では、本来音便形で用いられていた語を非音便形とするような、その 土地での独自の規則を作り出すという 2 次変容が起こったと考えるのである。

さらに、各地域でどのように中央から伝播した音便形を受け入れたのかを考えると、以 下の模式図のようだったのではないかと考える。

時間の流れ 段階 九州中 九州 中国 近畿・四国 中部 東日本

1 × × × × × ×

2 × × × ○ × ×

3 × × ○ ○ ○ ×

4 ○ ○ ○ × ○ ×

5 ◎ ◎ ○ × ○ ×

現在 6 ● ◎ ○ × ○ ×

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実際に仮説の模式図のように保存や変容が起きているのかを確かめるには、ABCD のグ ループの地点を一つずつ選んで記述調査を行うことが必要になる。しかし、既に第 4 章~

第 6 章で見たように、今回の調査地点の場所を確認すると、富山県は B グループ、高知県・

鹿児島県は C グループに当たり、ABCD の全てのグループを確認することはできないが、

B グループや C グループの内実を見ていきたいと考える。次の節から中央語規則①だけで はなく、全ての中央語規則が、3 県ではどのように現れるのかを詳しく見ていく。