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〔 C群 〕

ドキュメント内 東北大学埋蔵文化財調査年報10 (ページ 77-81)

C群

に属す る窯 としては、南小野丘陵に位置す る中平横 田窯跡 と、本町丘陵の本町

A窯

跡が ある。前者 については、「瀬戸屋」 の屋号 を持つ、所有者 の横 田家が瀬戸物 を焼いていた との 伝承がある。中平横 田窯跡は保存状態 も良好で、遺物の散布量 も多 く、原町市立野馬追の里餐 料館所蔵の故竹島國基氏のコレクシ ョンには、本窯跡採集の陶片が多数含 まれている。

C群

の窯では、19世紀初頭 〜前葉 に比定 される大堀相馬系陶器、なかで も鉄絵 を持 った碗皿 類 と悟鉢が主体的であるが、小野相馬系の灰釉 を施 した碗や仏飯器、暗緑褐色 の灰釉が施釉 さ れた灯 明皿、 さらには館 ノ下焼 の特徴 を有す る甕 ・鉢等 も少量生産 されている (図 6・ 7)。

C群

は、小野相馬焼のみを生産 していた

B群

と、館 ノ下焼 の窯である

D群

の両方の様相 を部分 的 にあわせ持 ってお り、両者 をつな ぐ過渡的段階 と位置づけ られる。

相 馬市 中村本 町

A窯

跡 採集遺物

Fig,8 SMace finds from WIotomach A site of kiln at Souma city,

一 〇

64

Fuk、hiina prefecttre

以上、相馬市内の近世か ら近代の窯業生産 を整理すると次の ような推移 をた どると推定 され る。

18世紀前半 に大沢 口窯跡で、尾張・三河地方の瓦生産技術 に基づ く瓦が焼かれ、併せて小野 相馬焼の陶器生産が開始 される。18世紀 中葉 には、小野相馬焼の生産は北小野丘陵上の窯 に移 り、そこで橋鉢、片 口鉢、香炉等、大堀相馬焼 とは競合 しない器種が主に焼かれる。19世紀初 頭か ら前葉 には、南小野丘陵 と本町丘陵の窯で、伝統的な小野相馬焼 に加 え、大堀相馬焼の技 法 を用いた鉄絵碗 ・皿類 と、後の館 ノ下焼 に繋がる甕・鉢類の生産が行われる。19世紀 中葉 に は、市街地の南方 に位置するい くつかの窯で も大堀相馬焼が焼かれるが、坪田の近藤窯 を除い て、いづれ も短期 間の操業 に終わる。一方、本町丘陵の窯は、甕 ・鉢等の大型器種 に限定 した 生産 を行 うようにな り、いわゆる館 ノ下焼 と呼ばれる焼物が、今世紀の中頃まで作 られ続ける。

(3)浪

江町内の窯跡

現在の双葉郡で、18世紀代の窯跡が確認で きたのは、浪江町内だけであ り、南 に隣接す る双 葉 ・大熊の両町内に分布す る窯跡 は、いずれ も18世紀末以降の可能性が高い と考 えられる。浪 江町内では、江戸時代 、小九、大堀 、井手、小野 田、田尻、末の森、酒井、室原等、多 くの 村々で焼物が作 られていたが、この うち

18世

紀代以前 にまで陶器生産が遡 ることを確認で きた のは、小九、大堀、井手の三ケ村のみで (図 9。3)、 他 は説葉 。大熊両町の窯同様、19世紀 以降の可能性が高い。以下では、窯跡採集資料 に基づ き、18世紀代の大堀相馬焼の生産状況 を 村毎 に

4FA観

する。なお、井手村 については、19世紀初頭〜前葉の資料 について も一部紹介する。

〔十日/1ヽ九村〕

西 は手倉 山 (標

631m)を

隔てて葛尾村、南西 は田村郡都路村 、南 は十万 山 (標

448m)

を隔てて大熊町、東 は旧大堀村 に接す る。高瀬川 に沿 って集落が形成 され、江戸時代 には田村 藩領古道 に到 る街道が通っていた。耕地面積 の狭い山間部の村落で、天明の飢饉の被害は著 し

く、その前後で家数 は激減 (福島県

1965)、

街道 に設置 されていた駅舎 も廃止 された とい う。

地元 には、天明の飢饉 を境 に、村の窯屋が全て廃業 した との伝承 も残 っている。開田等で失わ れた窯 もあるが、大堀、井手 に比べて全体 に窯跡の残 り具合 は良好である。

小丸地区では鉄絵製 品を生産 した と考 え られる窯跡 は確認 されず、採集 された遺物 (図 10) は、全 て18世紀代 に位置づ け られる ものばか りである。灰釉 の碗 ・皿類が多 く、他 に鉢 ・小 郭・甕 ・水指 ・灯明皿・仏飯器等の灰釉製品や、橋鉢 ・灯明皿等の鉄釉製品が少量伴 う。大堀 や井手 と比べた場合、見込みに押印文 を有す る皿類が量的にも、種類 の点で も豊富 に見 られる。

小九下平南窯跡採集の皿 に見 られる「菊 に流水

J文

(図

10‑1〜 3)は

、類似す る文様が美濃 の18世紀前半代の摺絵皿 に使 われてお り、それを表現技法 を変 えて写 した もの と思われる。

0       1

卜す す ‐―一T―r―J km

福 島 県 双 葉 郡 浪 江 町 の 近 世 窯 跡 の 分 布 (18世紀 代 の 窯 跡 の み)

Fig 9 [)istribution of sites of kilns belonging to the 18th cenhtty at Nanlie to、 ,

Fukushirna prefecture

福 島県双葉郡浪江町の近世窯跡一覧 (18世 紀代 の窯跡 のみ)

Tab.3 List of kllns belol■ ging to the 18th centllrb/at Namie tcl■・n,Fukushinla prefectlue■

66

1〜月ヽ九下平南窯跡

6〜 104ヽ 丸下平窯跡

マ 翌 羽 ぷ 霧

呪           23       

■〜

26小

:甥

九北沢渡辺氏宅窯跡

t

0       10

27      27,28 

小丸北沢東窯跡

10 

相馬藩領 旧小丸村の窯跡採集遺物 (18世 紀代)

F遺.10 SMace intt bdonging to the 18th cen伍 from sttβ  of kihtt at Omaru area, Nanie to―, Futthilna prttctte

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