票 マ /ウ
詣
井戸に投棄 された ものであろ う。切傷
,そ
の他の加工痕 はみ られない。ウマ
黒褐色粘土の包含層
(PE65区 )か
ら,複
数個 の臼歯のもの と思われ るエナメル質破 片が出土 している。破片の大 きさ,数
か らみると少な くとも3本
以上の臼歯のものである。哺 乳類の歯 は比較的残 りやすいもので,と
くにエナメル質 は腐蝕に対 して強 く,最
後 まで遺存す ることが多 い。おそ らく,下
顎骨 または,上
顎骨に生えていた ものが,土
中埋没中に他の骨質 部,象
牙質,パ
ルプ質が腐朽 した結果,エ
ナメル質だけが残 されたものであろ う。そのほかに は,井
戸(SE1530)底
部か ら,ウ
マの日歯のエナメル質吸片が1点
出上 している。土壌水洗選 別に よって採集 された ものである。ウマ
/ウ
ン不切井戸
(SE1530)底
部か らウマまたは ウシに相当する大 きさ,形
態を もった 肋骨破片が1点
出上 している。割れ 口にのぞ く肋骨の内部 の海綿質には,わ
ずかに濃青色の藍 鉄鉱 (ビビアナイ ト)が
析出しているが,録
存状態は よい。外面部の表面には鋭い金属器によ る切傷が2条 ,ほ
ば,平
行 してつけ られている。 この痕跡か ら,こ
のウマ,ま
たはウンが,当
時の人 々に よって食べ られた残滓であることは男白である。1)
今回の発掘で出土 した動7/v遺存体の大部分は
,井
戸(SE1530)の
底部の堆積土を持ち帰 り,少 しずつ水洗選別を行なって採集できたものである。井戸の推積物には
,多
くの土器その他の 生活廃棄物,呪
術関係の遺物,食
料残滓などが含 まれていることが多い。 しか し,今
回の発掘 で出土 したカエル類は,人
間が直接利用 した ものではな く,「
井 の中の蛙」が 自然死 したか,あるいは不用になった井戸を埋め立てるにあたって生 き埋めになったものであろ う。部位別の 出土量では
,俳
骨,陽
骨,大
腿骨が多いけれ ども,
これは骨本来の強度の違いに よるものであ ろ う。タイマイの出土 も興味深い。 タイマイの背甲板の外皮を磨いたものが鼈甲である。鼈甲製品
1)こ
の部分 の肉 は,俗
にい う「 カル ビ」「 スペア リブ」 にあた り,脂
肪 の よく乗 った部分 である。どJσ
1)
は
,奈
良時代では奈良県東大寺正倉院に例があ り,ま
た,平
城京 では左京二条三坊十六坪の土の
坑
(SK2338)か
らの 出土 に次いで2例
目で あ り,古
代 で も珍 重 され ていた こ とがわか る。従 来
,
こ うした小 さな破片は発掘 中に見逃 され ることが多 か った と思われ るが,土
壌 の水洗 選 別 に よって,
これ までの発掘 では報告例 の少 ない,
この よ うな遺物 を採集す ることが可能 にな った といえ よ う。 今後
,
こ うした発掘が一般的 にな ることを望 みたい。9 植 物 遺 存体
種子
,核 ,堅
果な どの大形植物遺存体は, 9基
の井戸 内堆積土から出土 した ものである。9
同定 結 果 は
,別
表 に ま とめ て示 し,学
名は北村 四郎 らに よった 。木本は ア ンズ,
ウメ,ス
モモ
,モ
モ,オ
ニ グル ミ,
ヒメグル ミ,ハ
ンバ ミ(?),
ク リ,ム
クロジ,セ
ンダ ン,ヤ
マモモの11種類 を 同定 した。ハ シバ ミ
(?)に
つ いては,遺
存状 態 が悪 い ので断定 で きない。 しか し,ハ シバ ミの可能性 が大であ るので
(?)を
付 した。草本はオナモ ミの1種
類 を 同定 した。種類 ご との出土量は モモの核が と りわけ多いのが 目立つ。木本11種類のなかで食用に利用 された と思われるのは
,ア
ンパ,ウ
メ,ス
モモ,モ
モ,オ
ニ グル ミ,ヒ
メグル ミ,ハ
シバ ミ(?),グ
リ,
ヤマモモである。 このなかで 注 目されるのは,アンズの出土である。岡田文男氏によると
,こ
のアンズの核は,わ
が国最古の出土例であると のことであ る。アンズは ウメ,ス
モモ,モ
モ等 と同様,外
来の果樹であるが,い
つ頃渡来 した かは不 明であった。 しか し,今
回の出土によって少な くとも奈 良時代には渡来 していた ことが 判明 した。万葉集,古
今集 の古歌にはいずれ もカラモその名で呼ばれてお り,ア
ンズとは言わ ない。なお,ア
ンズとは杏子の唐音である。出 土 遺 構 (カッコ内は点数) 1出上部位 ア ン ズ (バラ科)
Prunus Armeniaca L.var.Ansu W【ax.
Prunus Mume Sieb. et
ス モ モ (バ ラ Prunus salicina Li
モ (バラ科) SE 1385(5), SE 1530(147),SE 1550 7 ︒の Prunus Persica Batsch SE 1555(53), SE 1560(221),SE
オ ニ グル ミ (クル ミ科)
」uglans mandshurica WIaxiln. subsp.
Sieboldiana Kitamura ヒ メ グ ル ミ (クル ミ科)
翠犠諾鍛
:ξttaざ お〕 韻
anaハ ツ バ ミ
i
堅 果Corvlus hete 1la Fisher ク
リ (クアレミ帯り Castanea crenata Sieb. et Zucc.
り (クアレミ
堅 果
ndus mukorossi Gaertn. 堅 果
セ ン ダ ン (センダ ン科)
Melia Azedarach L.
ヤ マ モ そ (ヤマ モ モ
ica rubra Sieb. et Zucc.
オ ナ モ ミ (キク SE 1530(22)
Xanthium Strumarium L.
SE 1550(1)
SE 1530(4), SE 1550(3), SE 1560(7) SE 1530(3), SE 1305(2), SE 1315(1)
SE 1560(3) SE 1560(1) SE 1385(1)
SE 1385(4), SE 1560(3) SE 1335(2)
SE 1530(1), SE 1550(1), SE 1560(1) SE 1550(1)
Tab。
16
出土植物遺存体同定一覧表1)た
とえば, 奈良目立博物館 『正倉 院 展 目録』1978に「慈瑞如意」がある。
2)奈
良目立文化財研究所『 昭和57年度 平城概報』1983, p.43。
3)北
村四郎・村田源『 原色 日本植物図鑑』木本編I・ Ⅱ,1979。 植物遺存体 の同定に関 しては,
京都市埋蔵文化財研究所の岡田文男氏の助力を 得た。氏に感謝する。
′J7
10 土 器埋 納 遺構 出土 遺 物
調査 区 内において10基 の上器埋納遺構 を検 出 した。 出土時に内容物 が明 らかになった もの も あ るが
,現
場 では土器 内流入土には手をつけず,室
内でのX線
写真撮影 に よって内容物 の確認 作業 をお こな った。 その結果SX1535,SX1400,SX1578出
上 の土器に内容物 の遺存 してい るこ とが判 明 した。以下
,
この3基
につ いて埋納状況 と内容物 を報告す る。SX1535出
土遺物(Fig.65)十
四坪検 出の上器埋納遺構。 出産後 の胎盤,す
なわ ち,胞
衣 を上器 に納 めて埋納 した遺構 であ る。東西34cm,南
北21cm,深
さ18cmの平面 隅丸方形 の坑 内 に,蓋
を した須恵器杯Bを
正位 に納 め る。土器 は坑 の底面 か ら4cmほ
ど浮 き,わ
ず かに南方 に 傾 いた状態 で出土。杯・ 蓋 ともに完形 品で,蓋
は杯 を完全 に覆 っていたが,
土圧 で割れ, 1/3
ほ どに灰 色の粘質上が流入 していた。
X線
透過写真 に よ り,流
入土 の下に墨挺 と和 同開弥 の存 在 が 明 らかに な った。杯 は 口径20.Ocm器
高7.lcmの
深 めの土器 で あ る。 底面 ヘ ラ切 り後 に 体部 の下半 か ら底面 を ロクロ削 りし,高
台 の貼 付後 に高台周 囲を ロクロなでで仕上げ る。蓋 は 回径21.6cm,高
さ 2.8cm。 やや扁平 で端部 がわずかに屈 曲す る。頂部外面 はヘ ラ切 りの ま ま。 この須恵器 は,杯 BIで I群
土器 に属 し,奈
良時代中頃,平
城官土器Ⅲに属 す る。杯 の中 には
5枚
の和 同開弥 と墨挺 を納 めていた。和 同開弥 はいずれ も銭文 を上 に,相
互 に接 す る よ うに弧状 に並べ,銭
に近接 して墨を置 く。 その配置 は底面 の周縁 に沿 う形 で片側 に偏在 し,中
央 は大 き く空 いた状態 にある。和 同開蕊 はすべて隷開 の新和 同であるが,腐
朽 が著 し く 細 部 は不 男。墨挺 も崩壊 が進み,摘
出不可能 な状態 にあ ったが,X線
写真に よって形状が判 明 し,使
用半 ば の墨挺 を納 めた ことがわ か る。本来 は唐墨形,も
し くは我頭船形 を した墨挺 で あ るが,ほ
ぼ中央最大部 までを使用 してお り,長
軸 に対 して垂直 に近 い使用面 を確認 で きる。復 原寸法 は,現
存長5.6cm,最
大 幅3.2c血 ,頭 部 幅1.2cm。SX 1400出
土遣物(Fig.66,Tab.17)十
三 坪検 出の 土器埋納遺構。 地鎮祭 の供物・ 祭具 を納 めた遺構 であ る。発見時に一部が遺構 か ら遊離 したため,埋
納状況 の一部に不 明な点 が残 る。小上坑 の埋上 を切 って掘 られた長軸 (南北)20 cm,短
軸16 cmの
埋納坑 内に, 4点
の上師器小 皿 を埋納 した もの。土器 の内外 か ら和 同開弥
,ガ
ラス小玉,金
箔 。鉄 片が 出上 した。埋 納坑 の深 さは 2〜6cmと
浅 いが,検
出面 のかな り上位 か ら遺物 が出上 してお り,本
来 の埋 納 坑 の深 さは15cm以
上 と推定 され る。4点
の埋納土器 は,口
径10 cm前
後,器
高2cm前
後 のほぼ 同一法量 の土師器皿Cで
あ る。いず れ も日縁部 の内外を よこなです るに とどま り
,底
部外面 は不調整。 これ らの土器 は規格性 に富 み,祭
祀用 に特別 に用意 された上器 とみ られ る。年 代は奈 良時代前半,平
城 宮土器 Ⅱ と考 え られ る。説 粥上,出
土順 に上位 か ら皿1〜
皿4と よが。皿1・2は
坑底 か ら5cmほ
ど浮 いて 出土。皿
1は
坑 の東壁面 に沿 うよ うな形 で斜 めに立 って出土 し,皿 2は
西壁 に接す るよ うに 逆位 で出土 した。皿 3・4は
ともに正位 の状態 で坑底近 くか ら出土。皿4が
坑底 の南半 に,皿 3が
北 半 に位置す る。皿4は
坑底 に密着す るが,皿 3は
坑底 か らわず かに浮 いてお り,皿 4の
口縁上 に底面 の一部が重 なる。 これ らの内容物 は土器底 に密着す るものが少 な く
,大
半 が充満 土 中に包含 されてい る。土器の外側 か ら出上 した ものには,皿 3の
直下か ら出土 した6点
の和同開 弥 が あ り
,そ
の うち5点
は2枚
と3枚
が重 な って出上 した。 また埋納坑埋上 の水洗 に よっ′
て和 同開弥 の細片17点 と多数 の金箔片
,鉄
片 を検 出 して い る。 このほかに遺構 の発見時に遊離 し,出
上位置 の不 明な14点 の和 同開務が あ る。出上 した和 同開球 は腐蝕 が進行 し
,遺
存状 態 が悪 い。 すべ て新和 同で,出
土総数 は51点 。 そ の うち完形 に近 い ものは15点 。他 は欠損 品や細片 で,本
来 の埋 納数 を特定 しがたい。 そ こで銭 文 を もつ ものにつ いて,
宇 ご との遺存数 を整理 す る と,「
和」28点,「
同」32点 ,「 開」31点,「 弥」29点 とい う数値 が得 られ る。
したが って現時点 で は
,32+α
枚 の和 同銭 の埋 納 を想定 し てお く。 ガ ラス小玉 は12点 を数 える。腐朽崩壊 が進 み,土
中か ら摘 出で きたのは5点
にす ぎな い。 いずれ も小 さ く痩せ,白
色 に変質 して本来 の色調 を失 ってい る。皿1に
は芯に銅線が通 り4点
が連結 した ガ ラス小玉 がみ られ る。十 四坪 のSE1555,SE1560出
上 の ガラス小玉や,西
一 坊坊 間路西側 溝
SD 920出
土 の ガ ラス小玉 に 近 似 し,本
来 の 大 き さは 径 0.6cm,高
さ0。4cm
前後 で
,緑
色 を した鉛 ガ ラスで あ った可 能性 が 高 い。金 箔 は土 器 の 内外 か ら特 定 の箇所 に集 中 す る ことな く出 土 した。微細 化 して お り,最
大 の もので5mm
程度 の大 き さで あ る。他 に 2〜
1.5mm大
の薄 い鉄片が40点 近 く出 上 し て い る。SX1578出
土 遺物十 四坪検 出の土器埋 納遺 構 であ る。径33
cm,深
さ約8cm
の 円 形 の 坑 内 に
,把
手付 きの0 5 1o 15cn
Fig。 65 S X 1535出土遺物
(1:2)
矢印は出土 時 の北を さす。ヽ
/J9