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〆 翔

ドキュメント内 A  鋳造関係遺物 (ページ 30-36)

S E 1870

0

Fig。 47 SE 1867・ 1870出 Lの二器

G  施釉陶器・統一新羅陶器 ぼ

L。 43)

施釉陶器 は

,二

彩陶器

1点 ,緑

釉陶器

3点 ,自

1点

の計

5点

が出土 した。 白磁 が中世 の も のであ る他 は

,奈

良時代 の遺構及び中世 の整地上 (灰褐土

)か

ら出土 した ものであ る。

二彩小壷 (404)ヤ ま

球形 の体部下半 か ら

,高

台を もつ底部 にかけての破片。 胎土 は白色 で 軟 質

,砂

粒 をほ とん ど含 まない。釉 は淡 い緑 色。底径

3.6cmo SD1495下

層 出土。他 に緑釉 小 壷底部 のみの破片 が

SD1495上

層 と

PB49区

灰褐土か ら各

1点

出土 して い る。

縁釉椀 (403)イ ま

,平

底 で,口 縁部 が 内湾 しなが ら大 き く開 き

,端

部が丸 く肥厚す る。全面 に ロクロに よるなで調整 を ほ どこし,底部 は部分的に削 る。 白色の,砂粒 をほ とん ど含 まない精良 な胎上 で

,焼

成 の堅緻 な軟陶である。体郡全面 に薄 く釉 をかけ るが

,底

部 内外面 は露胎で残す。

釉 の色 は

,全

体 に淡緑 色 か ら淡 赤褐色 に変化 して い るが

,部

分 的 に本来 の濃 緑色を とどめ る。

口径

17.4cm,器

高 6.3cm。 十 四坪 の

,工

房関連遺物 を出土 した

SK1947の

出土。共伴遺物 か ら年代 を平城宮土器 Ⅱの時期 に限定 で き

,奈

良時代初頭 に遡 る鉛釉陶器 の例 として貴重 な も

1)

のである。 また

,多

彩陶 ではな く単彩陶 であ ることが注意 され る。

統 一新羅陶器

(405)肩

郡 と

,体

部 か ら底部 にかけての破片 が

3点

あ る。 うち

2点

は接合 し,

残 り

1点

も直接接合 は しないが胎土

,色

調

,焼

,施

文 原体 な どか ら同一個体 と認 め られ る。

底部 は平 底 で高 台を もた ない。外面 は比較 的丁寧 ななで調整 を行 な うが凹 凸が残 り

,内

面 には 粘土紐 の接 ざ日となで調整 の痕跡 があ る。基本的に,粘 土組 の積み あげ に よって形 をつ く り,そ の後 に ロクロ回転を利用 してなで調整 を行 なってい る。

  │

また

,底

部外周 は手持 ちに よる削 りを行 な う。施文 は

,  │

まず肩部 とその下 に

2条 ,体

部 中ほ ど と下半 に

1条

ず つ

 │

浅 い沈線 をめ ぐらす。そ の後 に

,器

面全体 に扇形文 を上 下 にず らして ほ どこす。 この扇形文 は

,型

押 しや棒状工 具 を回転 させて ほ どこ した もので はな く

,櫛

状工具 の両 端 を交互 に支 点 としなが ら押 し引 く手法 に よ り

,反

時計 回 りに施文 した ものであ る。焼成 は堅緻 で青灰色を呈 し,

胎土 は須恵器 と異 な る ところが ない。釉 はかか らない。

器形復原は困難だが

,お

そ らく細頸 の瓶 になる と思われ

 │

る。そ っ くりの器形は見当 らないが

,比

較 的近似 す るも のに

,高

台を除 いて

口縁部が受け 口状 に開 いた雁鴨池

2)

出上 の長頸瓶 を類例にあげ ることがで きよ う (Fig.48)。

十 四坪 の

SK 2073(平

城官土器 Ⅱ を 伴 出)・ SK 2084・

 │

OP 53区

灰褐土か ら出土 した。

1)年

代の わかる三彩陶器の 最古の例には 神亀6 (729)年 の墓誌を ともなった小治田安萬侶墓があ る。それに対 して

,川

原寺出上の緑釉水波文簿が 7世 紀後半の造営にかかわるものとみて, 日本に おける鉛釉陶の生産の開始は

,単

彩陶が先行する 可能性が指摘 されている(田中琢「鉛釉陶の生産

│││=│││

Fig 48 

雁鳴池出上 の陶器 (1:4) と官営工房J『日本の三彩 と緑釉』1967)。

2)文

化財管理局 『雁鴨池発掘調査報告書』(図版 編

)1978,図

版 217右 上 。図面 144右下。Fig 48 は東京国立博物館 。中国新聞社『新羅千年の美―

韓国古代文化展』

1983,p53に

よる。

H  特殊土製品

(PL。

44,Fig。

49)

タコ壷

(512)須

恵質のタコ重が

2点

ある。5121ま

体部は ロクロなで

把手部はなで と粗 い削 りで調整す る。把手部に円孔をあける。全高

12.Ocm, 

口径 6.4cm。 直接接合す る破片 が

,SD1500及

SD1538か

ら出上 した。

 

このはか

これ とはぼ同形で

,や

や小型の須恵質 のタコ重が

SD 1500か

1点

出土 している。

土鍾 (501〜

511)上

Aと

土錘

Bの 2種

類がある。 上錘

A(501〜 503)は

平面楕円形で,

側面に網紐を掛ける溝を もつ断面扁円形のものである。501は長 さ

4.8cm,幅 3.4cm,最

大厚

3.hm,SE 1335出

土。502は

SB 1391出

,503は QR 66区

灰褐土か ら出土 している。土 錘

B(504〜 511)は

細長い紡錘形を塁 し

,内

部に貫通する細い穴がある。

511は

須恵質で

,長

5.5cm,最

大径

2,4cm,孔

3.5mmを

計 る。両端を大 きく欠失するが

,一

端は面取 りを している。表面は

,一

部焼成後に磨いた面がある。504〜 510は上師質で

,全

体に磨滅

,折

損が いちじるしいが

,長

さ4.0〜 4.5 cln,最大径1.2〜

1.6cm,貫

通孔直径3〜

4mm,重

6〜

8g

の範囲におさまる。 貫通孔の形状か ら

棒状のものを 芯に して製作 した もの と推定 され る。

・ 0

︲ ︱ ︹ ︱ I U 0

υ

品 u o

∩ v O m

Oc

02

Fig.49特

殊 土 製 品

︵ 0

504は

両端 を断 ち切 って面 を作 るが

,他

はそ うした調整 は行 なわ ない。灰褐土

(PH 59区 ,P156

,QT59区 )か

ら各1点

,SB 1549柱

,SD 1495,SD 1500か

ら各

1点

出土 。

紡輪 (513〜

515)い

ず れ も土師 器破 片 を利用 し

周縁 を円形 に打 ち欠 いて整 え

中心 に小 穴 を穿つ。 直径 3,0〜 4.5cm。 穴 の 径 3〜

7mm。

厚 さ 5〜

7 mmo SK 1628, SD 1495, SD 1563,SE 1550,SE 1867,QS 45区

暗灰褐砂質土か ら各

1点

出上 してい る。

土製 円盤

(516)須

恵器破片 を打 ち欠 いて磨 り

不整 円形 に した もの。 長 径 4。lcm。 厚 さ

0.6cmo PA67区

灰褐土か ら出土 した。用途 は不 明。

獣 脚 (519・

520)須

恵器 の獣 脚 が

2点

出土 した。519は

5本

の指 を削 り出 しに よって表現 し た もので

,接

地部 を削 りに よって平滑 に仕上げ る。焼成 は堅緻 で

,一

部 自然釉 が降着 す る。斜 方 向の象1離面 があ り

,重 Aに

つ くものか。 現存高

3.6cmo PA 52区

灰褐 土 出土。 それ に比 し て

520は

やや形骸化 してお り

,指

の表現 を失 う。削 りに よ り10角 形面 に取 りを し

,な

で調整 は

行 なわ ない。現存 高 8.Ocm。 火舎 の足 か。十三坪 の

SK 1356出

土。

ミニチ ュア土器 (517・

518)517は

須恵 器 の蓋 で

,宝

珠形 のつ まみをつけ

口縁端部 は鋭 く 下方 に突 出す る。上面 には

,濃

緑 色 の 自然 釉 が厚 くかか る。直径

5.6cm,高

さ 1.5cm。 十三

1)

坪 の

SE 1385か

ら完形 品で出上 した。薬 壷 の蓋になる と思われ る。518は 土師器 の小 型甕 で, 口縁部 を一周 よこなで し

,胴

部 は不調整 。 内面 には調整 の際 の工 具 の先端 の圧痕 が残 る。 粘土 紐 巻上げ に よる成形 で

,外

面 に接 合痕 が観 察 され る。底部 外面 に「 大」 の刻線 があ る。砂粒 を あ ま り含 まない

,精

選 され た胎 上 であ る。

SE1867出

土。他 に

,上

師器高杯 の脚部 が

,SD 1499

か ら出上 してい る。

土馬

(521)総

286片出上 した。 全形 を知 ることがで きるのは

2点

のみで

他 は胴 部

,脚

部 の破 片 で あ る。

521は

左 の前

後 脚 と右 の前脚 の一部を欠 く他 はほぼ完形。反 りの ない頭部 で

日は竹管 の押圧

,鼻

と口は箆 に よる切 り込みで表現す る。粘上 のつ まみあげに よって鞍 と た てがみ を表わ し

,粘

土小片 を貼 り付 けて手綱 とす る。胴部 の横断面 は蒲鉾形 で

,尾

は下方 に 垂れ下 が る。 まず棒状 の粘上 に よ り胴 部・ 尾部 をつ く り

,次

いで別途成形 した四肢 を接合 し,

顔 や鞍 な どの細部 の表現を行 な った と推 定 で きる。全長

17.5cm,復

原高 10,8cm。 奈 良時代 前半 に属 す る。

SD 1500出

土。土馬 の大部分 は坪境小路両側濤か ら出土 した。

墨書人面上器

 SD 1495か

ら墨書人面 土器 と思われ る破片が

1点

出上 した。 上師器甕 の頸部 の破片で

,外

面 に刷毛 目を施 し

,肩

部上端 にわずかに墨線 の一部 が認め られ る。

製塩土器

 

製塩 土器は

,SK 1316・

1347・ 1506・ 1964・

1965か

ら多量 に出上 し

,そ

の他

,多

くの土坑 。井 戸・ 柱穴 。溝 か ら少量 ず つ 出上 してい る。 多量 に出土 した例 の うち

SK 1347は

平城宮土器 Ⅱ またはⅢ

,SK 1506・

1965は同Ⅲ の土器 を伴 ってい る。製塩 土器 はす べ て細 片 と な ってお り

,器

形 の復原は困難 だが

,全

体 を通 じて

,胎

上 に多量 の砂粒 を含み

,器

面 に粘土紐 の接 ぎ 目を残す粗製 品が最 も多 く

このほか胎土 に少量 の砂粒 を含み

,内

面 に布 目を残 す もの が少量み られ る。

1)従

この器種の呼称には 鉢C(『平城官報告

Ⅳ』),壷B(『平城宮報告IX』)な どが用い られて きた。器形

,調

整 ともに壷Bに類似す るが

,法

に明確な差があ り,ま

,壷

Bには しば しば墨書 人面を 描 くのに 対 して, そ うした 例はみ られな

い。西一坊坊間路西側溝

SD920の

調査 に よ り,

類例が多数出土 し

,小

型甑・ 小型亀 とセ ッ トをな す ことが明 らか となったので,こ こでは小型甕 と 呼んでお く。また

,平

城京内では普遍的に出土す るが

,平

城宮での出土はきわめて少ない。

陶 硯   ぽ

L。 43)

陶硯は総数16点出土 した。内訳は

,圏

足円面硯

9点 ,蹄

脚硯

1点 ,無

脚円面硯

1点 ,低

圏足 硯

2点 ,宝

珠硯 または風字硯

1点 ,羊

形硯

1点 ,亀

甲文硯蓋

1点

である。 このほかに

,須

恵器

1)

杯蓋 内面

,杯

身 内外面

,あ

るいは甕体部破片 を利用 した多数 の転用硯 があ る。

圏足 円面硯 (527〜

529)輪

状 の高 い台脚 を有す る もの。527は 陸の周縁 に堤 を設 けない無堤 式 で

,溝

状 の深 い海 を もつ。外堤 の端部 を欠 くものの

,ほ

ぼ全形を知 る ことがで きる。外堤部 下端 に

1条 ,台

脚 の下端 に

2条

の突帯 をめ ぐらし

,長

方形 の透 しが あ る。外径

27.4cm,硯

面 までの高 さ

8.9 cmo SK1376出

土。529も 無堤式 だが

,海

は溝状にはな らず

,陸

か らゆ るや か に移行す る。長方形 の透 しを もつ 。

QT57区

灰褐土 出土 。

528は

陸 の周縁 に堤 を設 けて陸 と海 を 区別 す る有堤式 の圏足 円面硯 。

3点

ともに硯面 に墨 が残 り

,陸

は使用 に よ り平滑になってい る。

SD 1495出

土 。

蹄脚硯

(530)硯

部 に獣脚 の退化形式 で あ る三 角柱状 の脚柱をつけ る。硯部 と脚柱 は別 々に 成形 し

,後

に接合す る。脚柱 と陸の大部分 を失 うが

,無

堤式 であろ う。脚柱 の数は28前後 に復 原 で きる。海 に は墨 が残 る。復原径

22.8cm,現

存 高 は

4.5cmo QT 57区

灰褐土 出土。

無脚 円面硯

(525)円

盤 の外周やや 内側 に突起 を一周 させて硯面 を区切 った もので

,有

堤式 に あた る。海 と陸 を区別 しない。全面 ロクロなで調整。外径 11.6cm。 全高 1.8cm。 硯面 は 使 用 に よ り摩耗 して い る。

PQ45区

暗灰砂 質土 出上 。

低 圏足硯

(526)中

央 の上 げ底状 に水平 な部分 を硯面 とし

,そ

の外側 に一段下が る海 を設 け る。 この型式 は大小

2点

あ り

,526は

復原外径

18 cm前

後 で

,QG62区

灰掲土 出土。 も う

1点

は外径

12.6cm,高

1.4cmで ,SD 1495出

土。

宝珠硯 または風字硯

(524)硯

面 の上端 に桜花形弧状 の く りこみがあ り

,宝

珠硯 もし くは風 字硯 と思 わ れ る。断面 が八角形 の短 い脚 台 が

1箇

所 残 る。脚台 は宝珠硯 であれば

4箇

,風

宇 硯 で あれ ば

2箇

所 であろ う。底面 には濃緑色 の 自然釉 が厚 くかか る。硯面 は

,脚

部 よ り内側 は 使 用 に よって著 し く摩耗 してい るが

,外

縁 部 には摩耗 はみ られ ない。 また

,脚

台の接地部 も摩 耗 して い る。

SD 1412出

土。東海地方 の製品か。

羊形硯

(522)羊

頭形 の装飾 をつけた形象硯。頭部 のみが残 り

,硯

部 を欠失す る。角 は基部 と先端 のみが残 る。 目は突起に よ りあ らわ し

,別

途成形 した耳・ 角 を貼 りつけ る。 日には箆 に よる切 り込みを入れ

,鼻

・ 角 は沈線

,顔

面 の獣毛 は刺突 に よ り表現す る。頭部 には

1条

の沈線 を入れ る。焼成 は堅緻 で

,青

灰 色を呈 す る。全面 を丁寧 ななでで調整 してお り

,顔

面左半分 に は 自然釉 がかか る。坪境小路南側溝

SD1495上

層 出土 。左京 四条四坊九坪 に類例が あ る。

亀 甲文硯 蓋

(523)上

面 に沈線 に よる亀 甲文

,及

び花弁状 の毛 の表現 を もち

,亀

形硯 の蓋 と み られ る。横断面 はかな り湾 曲 し

,端

部 を鋭 く突 出 させて硯部 とのかみ合わせを良 くす る工夫 を して い る。 前縁部 は面取 りを行 ない

稜 を もつ。 上面 には黒灰色 の 自然釉が薄 くかか る。

SK 1398出

土。類例 は

,和

歌 出県大 日山

I遺

跡 か ら出土 してい る。3)

1)陶

硯の分類名称は

,奈

良目立文化財研究所『埋 蔵文化財 ニュース41』 1983に 従 った。

2)奈

良目立文化財研究所『平城京左京四條四坊九

′θ7

坪発掘調査報告』1983,p.24。

3)和

歌山県教育委員会『近畿 自動車道和歌山線埋 蔵文化財調査報告』19紀,p.80。

ドキュメント内 A  鋳造関係遺物 (ページ 30-36)

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