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5  ‑ (4)板 目

ドキュメント内 A  鋳造関係遺物 (ページ 45-50)

容器の内面には全面に柿渋様の塗料が塗付 されている。SE 1555出 土。外径17.1〜 18.2cm。

34は側板の下部にも う一重の籠をはめた釘結合曲物。側板の綴 じ合せは

2箇

, 2列

前上外 下内

5段

・後上外下内

4段

綴 じと

1列

3段

綴 じである。籠は 幅が

3.Ocmあ

る。 絋の綴 じ合 せは

2箇

所で

, 2列

前外

2段

・後内

1段

綴 じと

1列

2段

綴 じ。底板 との結合木釘は

7箇

,

ほば等間隔に打ち込んでいる。なお側板 との密着をはかるために

,側

板の囲側面を浅 くくばま せている(Fig.53)。 内面には全面に柿渋様の塗料が塗 られている。側板は柾 目材

,縮

は板 目材 である。

SE2020か

ら出土 した。外径17.0〜

18.2cm,高

10.9cmで

ある。

35は内面全面 と側板外面

,底

板外面の広い範囲に黒漆が厚 く付着 している。漆容器 として用 い られた釘結合曲物。伐1板の綴 じ合わせは

2箇

, 1列

上外下内

5段

綴 じと

1列

2段

綴 じで ある。底板 との釘結合穴は

,該

当部分が漆で厚 く被覆 されているので確認 しに くいが

,ほ

ぼ等 間隔に

5本

の釘が打ちこまれていると推定 され る。

SE 2070出

土。外径23.1〜

23.8cm,高

5。9cm。 この曲物の側板は,他 と同様に ヒノキの薄板が使われているが,底板はスギ材である。

36は曲物柄杓の身で

,柄

は残 っていない。側板の綴 じ合わせは

1箇

所で

, 2列

前上外下内4 段・後上内下外

3段

綴 じ。側板重ね 合わせ部分の上寄 りに

, 1.5cm四

方の方孔をあけて柄孔

とし

,対

応位置のほぼ中位に直径

0.6cmの

円孔を貫通 させている。内面全面に柿渋様の塗料 が塗付 されている。

SE2020か

ら出土 した。外径 13.6〜

14.Ocm,高

10.8cmで

ある。なお 年輪年代測定の結果

,こ

の底板の最外年輪年代は

716年

であることが知 られる。

長方形曲物 (52・

53)四

隅を丸 く切 り落 した 長方形の底板に低い側板を 結合 した もの で

,折

,折

櫃 とよばれるもの。52は側板の大部分が破損 しているが

,ほ

ば全形を復原す るこ とができる。側板は底板の周縁のやや内側に置いて樺皮紐で結合 し

,底

板の長辺に各

2箇

,

短辺に各

1箇

, 2孔

一対の結合孔があ く。側板の位置には浅い溝状のアタ リ痕跡が残 ってい る。側板の内面四隅に縦平行線のケビキがはいる。 スギ材。

SE 2020出

土。長 さ

24.Ocm,幅 19 cm以

,高

5.6cm。 53は52よ りも大型の長方形曲物の底板の破片。側板 と結合子し一対 があ り

中に樺皮紐が残 る。底板の厚 さ0.8cm。 ケンポナシ材。

SE 1315か

ら出土 した。

 

(54)円

形 の板状品で,スギの板 目

材 の木裏側 の周縁 を斜めに削 り落 して縁 端 を鋭 く つ くる。容器 の蓋 として使用 した ものだ ろ う。

SE

1917から出上 した。直径

15.6cm,厚

さ1.0〜 1.2

cmで

あ る。

大型 曲物 (55〜

62)長

径が

60 cmか

ら 70

cmに

お よが 大型 の曲物 で

8点

あ る。 その うちの

7点

はSE 1870の井 戸側縦板 として再利用 されて いた もので

,い

ずれ も縦方 向に害Jれた破 損 品 であ る。62は

SE1867か

ら出土 。側板を残す のは60・

61の

2点

だけ。底板 の加工 は

,長

径 方 向にや りが んなで削 って ととのえているが

,表

側 と比較 す る

,裏

面 の整形 は粗略 で あ る。

側板 と底板 の結合 は

,底

板 よ りひ とまわ り小 さ

直径

cm厚

cm釘

穴数 木取

うるし容器

ひ し ゃ く

 

 

き お りゅうず

33

34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51

SE1555 SE2020 SE2070 SE2020 SE1550 SE1335

SK SK

い側板を底板 の上にあてて

,底

板 に

2孔

一対

,側

板 に

1孔

を あけ

,樺

皮 で結 い合わ せ る方法 が と られてい る。 これを樺皮 結合 曲物 とよが。樺 皮結合 曲物 には

,底

板上面 の周縁 を一段 低 くつ く り

ここに側板をたてて樺皮紐 あるいは樺皮紐 と木 釘 で結合す る もの (樺皮結合 曲物

A)と ,低

い段 をつ くらず

1)

に樺皮紐 だけで結合す るもの (樺皮結合 曲物

B)力

あ る。

材質 は55が スギ

,他

はすべて ヒノキであ る。55・ 56・ 57・

62は 樺皮結合 曲物

Aで ,釘

は使わず

,底

板 の周縁 を一段 お と して

,樺

皮組だけで底板 と側板 とを結合 している。底板 の周 縁 の一段低 くした部分 は

,外

側 か ら内側 へ傾 斜す る面 につ く

って消 り

,側

板 の固定 がはか られて い る。

全体 は楕 円形 を呈 し,55・ 56・ 62で は長径方 向の両端を幅 広 くつ くって把手 としてい る。57も 同様 とみ られ る。55・ 56 は一端 の把手部分 を欠損 してい るが

,破

損面 には手斧 で切 り

目を入れ て折 り取 った形跡 を とどめ る。 また56で は

,長

辺側 樺度結合曲物

 B  

の割れ 日に沿 って

3箇

所 に補 修用 の小孔 が うがたれて い るの

Fig.54樺

皮結合の模式図。

  

,井

戸枠 に転用 され る以前 に

,す

でに破損 し

,修

復 して使 われていた ことがわか る。

58も樺皮結合 曲物

Aで

あ るが

,底

板 周縁 の一段低 くした部分 が水平面 であ る点 が55・ 56な ど と異 な り

,把

手 もつ くられ ていない と推 定 され る。 これ には側板 との樺皮結合 のための

1箇

所 に

3孔

あ く部分 もあ り

側 板 の内側 に 接 した 位置 に も

2箇

,小

孔 が うがたれ てい る。

 

また

割 れ面 に沿 った

2箇

所 に修復用 の小孔があ く。58に は長径方 向の両端近 くに長方形 のほぞ穴 が 切 り取 られてい る。

 

この方形孔 の心心間寸法 は

49.5cmあ

,切

り口は粗 い。SE 1870の井戸 粋 に転用 され た際 の加工 とはみ な しがた く

,ま

た山物製作時にあけた もの とも考 え られ ない。

59・ 60・ 61は樺皮結合 曲物

Bで ,お

おむね長方形 を呈 し

,両

端 の短辺 を弧状 につ くる。58に は 55な どと同様 に両方 の短辺に幅広 の把手がつ くりだ されている。60と61に は側板 の一部が結合 された状態で残 ってい る。 この

2点

には

,側

板 をたて る位置 にあ らか じめ施 され た刻線 が断続 的 にみ とめ られ る。59以 外 では

,底

板 の裏面 に直線状 の刃物痕 跡 が無数 に残 ってお り

,姐

(ま

ないた

)の

よ うな使われ方 もあった ことを示 してい る。 また60の 底板 の裏側 には

,小

範 囲であ るが

2箇

所 に黒漆 が付着 してい る。62が 柾 日材

,55が

斜柾 目材 であ る他 は

,い

ず れ も板 目材 が 使 われ てい る。大 きさは56が 長 さ

73.Ocm,復

原幅 48.Ocm。

59が

長 さ

70.5cm,復

原幅 55.8

2)

cm。 60が 長 さ

65.4cm,復

原幅

43.5cmで

あ る。

 

(63)心

持 ちの丸棒 の一側面 を平 坦 に削 り落 した芯材 に

,幅 3mmの

樺皮組 を 斜格子状 に編 みつけた もの。現状 では樺皮紐 がか な り緩 んで い る。

SE1335か

ら出土 した。 芯

1)奈

良国立文化財研究所 『木器集成図録 近畿古 代篇』(前)p.48。

2)類

品が奈良県桜井市大福遺跡で出上 している。

井戸枠に転用 されていた もので

,底

板には55や56 と同 じように

,精

円形の長辺の両端に把手部分を σ

つ くる。法量 も69 cm× 48 cmと 共通 している。

ただ し底板 と側板 とは樺皮結合B方式に よって結 い合わされてお り

,今

回報告するものの中にはみ られない。 桜井市教育委員会『桜井市大福遺跡・

西之宮黒田地区発掘調査報告書』1987参照。

樺 度結 合 曲物

 A

樺皮結合曲物

 A

材 は ム ラサキシキブで

,直

0。

7cm

である。

漆器鉢

(64)九

条条間小路の南 側溝

SD 1495か

ら出土 した 漆器の 破 片。漆器は木質部が腐蝕 して失われ,

内外面 の漆膜だけが遺存 している。破 片 は 口縁部のもので

,日

17.5cm,

器高

8cmほ

どの鉢形の器であった と 推定 される。 日縁部は全体にゆるやか

に内湾 し、端部は丸 くおさめる。漆膜

Fig.55 

大福遺跡出上の大型 曲物復原図

の裏側には木地であるケヤキ材の組織痕 が切瞭に残 ってお り

この ことか ら布着せをせずに素 地に直接黒漆をかlrjたことが知 られる。漆膜の厚 さは内外面 とも

0.4mm前

後で

,均

質に塗 ら れている。素地は挽物で

,心

を避けた材の側面か ら器を ロクロで挽 き出した横木取 りの製品。

素地は

lmm強

の厚 さに復原でき

,き

わめて薄い。

E  食事具  cL.50)

杓子形 木器 (65・

66)65・

66は 扁平 な ヒノキの板 目材か ら しゃもじ″に似 た形 をかた どった もので

, 2点

とも同 じ形態。身は維長 で狭 く

,先

縁 はゆ るや か な弧形 につ く り

,刃

の よ

うに薄 くしてい る。身 の側縁 も表裏両面 か ら斜 めに削 る。柄 は身 との境か ら駿状に幅を狭 め, 末端 は尖 る。65・ 66ともSE 1550掘形 出土。65は 全長

28,7cm,身

の長 さ

10.Ocm,同

幅 3.6

cm,同

厚 さ 0.5cm。 66は 全長25。

lcm,身

の長 さ

8.7cm,同

3.6cm,同

厚 さ 0.5cm。

(67・

68)ヒ

ノキの木片を小割 りに したのち

棒状 に整形 した もの。671ま一辺 0.5

cmの

角棒 につ くるが

,68は

角 を削 り落 してやや痛 平 な丸棒 につ くる。 68に は柿渋様 の塗料 を 塗 って い る。平 城宮6AAB EXI土坑

SK820出

上 の完形 品

302点

の計測値 をみ る と

,い

ずれ も直 径 は

0.5cm内

外 で

,最

大 の長 さ

24 cmか

ら最小 の長 さ 14 cmま でば らつ きがあ るが

,そ

うち長 さ 17〜

22 cmの

箸 が全体 の

80%を

占めて い る。 したが って

67,68も

箸 とみ な して よか ろ う。

2点

とも

SE 2020か

ら出土 した。67は 長 さ

21.lcm, 68は

長 さ

21.3cm,直

径 0,4〜

0.5cmで

あ る。

し ゃ も じ

F部 材

cPL。 50)

多足机 の天板

(91)SE1375の

井戸側板 に転用 され ていた もの。 本 来 の天板 の長辺 の 両側

 

 

 

え を欠 き

,短

辺 の両端 に丼戸枠組みのための仕 口が切 り取 られてい る。 ヒノキ板 目材 の木表を机

の天板 の表面 に

,木

裏 を裏面 に使 ってい る。板裏 の短辺寄 りに厚 さ

lcm,幅 7.9cmの ,断

面 が台形 を呈す る脚座 をつ くり出 し

,脚

を さし込む柄子とを あけ る。現状 では

4.8cm間

隔で各 5

1)奈

良国立文化財研究所『平城宮報告 Ⅶ』1976, p.120。

2)東

大寺正倉院に伝わる多足机には18,22,26, 28,32足 の例がある。

ノイ7

ドキュメント内 A  鋳造関係遺物 (ページ 45-50)

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