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CPNP A FCAC

第3節  Bの事例

□:男性    ○:

■:男性(死亡) ●・

曜・■.屠・・@離女声

B:44歳既婚女性◎

女性

.女性(死亡)

結婚

□ ○「…

ii□

 自殺

図2−3−lBの家族樹形図

1 Bの生育歴

  【両親(第1世代)から母親B(第2世代)への世代間伝達】

 Bは,8ヶ月過ぎに未熟児で生まれた。当時は,父親は郵便局員で,11人

姉弟の10番目で長男であった。父親は,22歳で結婚して若かったので,泊ま

り込みで麻雀をしたり,スキーに行ったり山登りへ行ったりとほとんど家にい なかったそうである。裕福に育った母親には,小姑がいる上に,貧乏な生活で 身体がやせ細ってしまったようである。Bが5歳の時に,3番目の子ができた が,7ヶ月で流産をしてしまい,3歳下の弟を連れて精神的な病気で入院して

しまった。Bは母親に「連れて行って」と言っても置いて行かれたことをよく 覚えている。母親は弟にはいつまでもおっぱいを吸わせていた。Bは「母親か

らかわいがってもらった記憶がない」と言う。Bは「しっかりしてるからと言 われて何でも自分一人でやってきた。」「母親は家にはほとんどいなかったの で,授業参観にも一度も来てもらったことがない」と言う。Bにとって父親は 怖い人で,幼稚園から中学まで体罰的に叩かれた。Bが幼稚園の頃,父親に叩 かれると思って逃げたけれども,父親にどこまでも追いかけてきて殴られ,地 面に顔を押しつけられた。その時おばさんに助けられたが,その時も母親はい なかった。父親から「謝れ」と言われてもBは悪くないと思っているので,反 抗的な態度をとると,雪の中に放り出されたこともあった。父親は,Bが謝る まで家に入れてくれなかった。叱った後は長い説教があった。父親は短気で手 当たりしだいに側にある物(灰皿,鉛筆削り,みかん,お箸,茶碗等々)を投げ つけた。そんな状況の中でBは,「父親からまた叩かれるのではないかという 恐怖心がいつもあった」と言う。父親からは拳で,母親からはビンタで叩かれ た。ある時,Bは父親から竹刀で叩かれて,息ができないくらい辛くて布団の 中で痛みをこらえて泣いたと言う。中学になるとBは,スキーで県の強化選手 に選ばれ,頑張って頑張って練習に耐えてきていた。自分の身体を相当に酷使

していたと言う。その合宿中に,友人から「Bさんは人に酷いことを言う」と 言われて以来,対人関係で苦しみ自分のことを他人に表現できなくなったと言

う。Bは高校大学時代も,休みのすべてを家(旅館)の手伝いをしてきた。 Bが19 歳まで祖母はいたが,「面倒は一切見てもらえなかった」と語った。父親はB の意志に関係なく結婚相手を決めて,お見合いをさせて結婚をするようにBに 迫った。Bは結婚する気持ちは全くなかったが,父親に押し切られて結婚して

しまったと言う。父親は,Bの夫が旅館の仕事ができないことを叱った。 Bは,

夫への愛情が湧かないこともあって,父親と夫の狭間で緊張の日々を強いられ

ていた。

2 エゴグラムからみた世代間伝達

  【両親(第1世代) → 母親B(第2世代)への世代間伝達】

●Bのエゴグラム

 【CCCCB】AC優位型(依存者タイプ)

 「自分一人の力で人並みの生 活を維持していくことが,非常 に困難なタイプ。肉親や身内の 者に,あなたを理解し,同情し てくれる人がいて,あなたを徹 底的に保護ないしはリードして くれて,あなたがその人の意見 を真剣に聞いていくという条件 つきならば,ある程度は,人並 みに生活を営んでいくことがで

きるでしょう」

TEGエゴグラム・プロフィール

 Bは,面接当時末期の大腸ガ

ンの手術を受け,入退院を繰り 返していた。一命はとりとめた

ものの,以前のような生活がで きない状態であった。手術を受 ける2年前から,Bは自分の身体 の異常に気づいていたのだが,

夫もH男(長男,高2)もBの身 体の異変に気づいていなかっ

た。Bは「_人痛みに耐えなが   図2−3−2 BのTEG

ら暮らしてきた」と言う。夫は,

毎晩酒を飲んでいた。Bが痛くて寝込んでいても,夫は旅館が忙しいこともあ って,Bがさぼっているとしか思わなかった。 Bは,我慢強く何でも自分一人 でこなしてきていた。そのために,我慢の限界を越えると頭痛がして動けなく なることがあったと言う。

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男女 男女 男女 男女 男女

CP NP A FC AC

1

H

皿 IV

V

●Bの父親のエゴグラム

【ACCAC】逆N型(プレイボーイタイプ)

 「独りよがりの理想や使命感 に振りまわされながら,それを 錦の御旗と錯覚して強引に他人 へ押しつけているようなところ があります。あなたは,クール なところと傍若無人なところが 同居していて,しかもときどき 激昂することがありますので,

周囲の人々は非常に当惑してし まうでしょう。何事に対しても 命令調で,他人の立場を少しも 理解してやろうともせず,強烈 な自己顕示欲を発揮します」

 Bの父親は,旅館の後をBに

継がせるために,Bの気持ちを 無視して婿養子を選んできて結 婚をさせた。Bは「父親が婿養 子が何もできないと批判する毎 日だった」と言う。Bの弟も教 員になりたいと大学へ行ったの

に呼び戻されて,父親の起こし た民芸屋の事業の跡継ぎを無理 矢理押しつけてきた。

TEGコ=ゴグラム・プロフィール

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男女 男女 男女 男女 男女

CP NP A FC AC

1

H

皿 IV

V

図2−3−3Bからみた父親像

●Bの母親のエゴグラム

【ACBCC】逆N型(孤高の人タイプ)

 「他人の人情をふみにじる のはむろんのこと,自分の本 能的な欲望までどこかへ押し こめてしまい,無味乾燥で頑 迷な理屈と打算に明け暮れて いるタイプです。周囲の人々 からみると,何を楽しみに生 きているのか,理解に苦しむ ようなライフスタイルをして います。感受性が極端に鈍く,

きわめて平板で底の浅い冷や やかな心をもつにいたった」

 Bの母親は,「自分の言うこ とが一番正しい」と言って,

人の話を聞かないと言う。身 体はどこも悪くないのに,寝 たいときに寝ていた。Bは,「母 親は都合が悪くなると寝てい た」と言う。母親は,旅館に 居づらくなると,息子を連れ て出ていってしまった。母親 は,口うるさく,何から何ま で言わないと気がすまない。

TEGコニゴグラム・プロフィール

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男女 男女 男女 男女 男女

CP NP A FC AC

1 皿 IV

V

図2−3−4Bからみた母親像

●〈東大式エゴグラムにみる考察〉

 Bの父親も母親も攻撃性が高かったことをCPが父親14(93パーセンタイ

ル),母親13(92パーセンタイル)で高いことで表現している。その反面NPは

かなり低く父親9(13パーセンタイル),母親4(0.7パーセンタイル)である。

このことは母親の母性がかなり低い状態であったとBは感じていたことを表現 している。Bが大腸ガンの大手術のあと,入退院を繰り返しているときのイン タビューであったため,全体的にエネルギーが低い状態であったと推察される。

BのCPが1(4パーセンタイル)は病気の影響が大きかったと思われる。B

はH男に過干渉的に関わってきており,病気(ガン)がBの生きるエネルギー(A C以外はすべて20パーセンタイル以下)さえも奪ったとも考えられる。その中 でもAC 10(60パーセンタイル)を示したことは,両親からの圧力にずっと耐 えながら,いい子を演じてきたBの生き方に起因するところが大きいと推察さ れる。病院でのインタビューで,Bは医師から「Bさんが少しでも苦しいと訴 えるときは,普通の人にとっては相当のひどい状態のことだからね」と言われ たそうである。普通の人なら動けない状態のときにも,Bは必死に旅館を切り 盛りしてきた。家族がBがガンだと分かったときには,最悪の状態であったこ

とを家族の誰も気づかなかった。B自身が病気で苦しんでいるときに, Bが父 親の看病に奔走している事実には悲しいものが感じられた。

3 H男の生育歴

  【母親B(第2世代)からH男(第3世代)への世代間伝達】

 H男は,家族にとっての唯一の子どもであった。BはH男を父親に預けてお けば機嫌がよかったので,Bは「夫婦でH男をお風呂に入れたことがなかった」

と語った。BはH男を理想の子どもにしたかった。 Bは「H男はスポーツがで きて勉強もできることが私の理想であった」と言う。しかし,H男は私の理想 通りは育ってくれなくって,ひ弱で引っ込み思案であった。H男は幼稚園頃か らチック(目をパチパチする)が出るようになった。Bは小児科医に相談すると,

医師は「チック症だ。そのうちに治るだろう」と言われた。その後も,BはH 男のチックを注意することが多くなった。Bは親戚の子がスイミングスクール に行くの見て,H男にも強制的にスイミングへ行かせるが,あまりに可愛そう なH男の様子を見て通うのを諦めた。小学校に入学する頃には,H男のチック の症状がさらに悪化していた。Bは「H男は学校では大きな声が出なくてこそ

こそとしか言えなかったが,家に帰ってくると『ただいま』と大きな声で言え た」と語った。その頃Bは先生にチック症の相談するが,何のアドバイスもも らえなかった。Bは「H男は最初から他の子より一歩遅かった。何をやっても できない」と語った。H男が逆上がりができないとわかったとき, BはH男を

ドキュメント内 世代間伝達理論による虐待事例の分析 (ページ 38-45)

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