新潟県中越地震で被災した旧山古志村の復興住 宅は、一戸建てや二戸一の画期的な建築様式をと ったが、さらにユニークなのは、居住者が亡くな ってデッドストックとなった場合、仕切り壁を外 してセミナーハウスに模様替えし、都会からの企 業研修や学生の合宿に活用してもらうことを考え た設計となっていることだ。まち全体でもこのよ うな転用を想定した街区の設計がいるのではない か。
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.コミュニティの必要性セカンドタウン構想に対し、「どこに住んでも 同じだ。わざわざ町を作る必要がない」との批判 もある。新潟県中越地震の折りも旧山古志村の復 興に当たって、住民を平地に下ろしてコンパクト シティをつくった方がよいとの意見があった。中 山間地では、難視聴区域でのテレビ組合や社寺の 氏子・檀家組織、農道の下草刈りや農業用水の見 回りなどコミュニティの維持は、地域住民が生き ていくうえで欠かせない存在だ。コミュニティの 中から伝統芸能や特有の習俗が生まれ、それが地 域文化として日本を豊かなものにしてきたともい える。
しかし、これらはあくまで「ファーストタウ ン」の話だ。仮の町には、守るべき社寺も墓地も ない。住民間のネットワークを強める「町外コミ ュニティ」ならいざしらず、なぜ、セカンドタウ ンや仮の町がいるのか。いまだ前例のない事業を 可能にするには、担税能力の高い地域外、特に大 都市の学識者や政治家、官僚らに理解してもらう 理論武装が必要だろう。
第一に、広域避難している人たちにもふるさと へ帰りたいという意思が強く存在していること。
しかし、現在、政府が進めようとしている二段階 帰還方式では、帰郷を促進するインセンティブと はならないこと。中継タウン=セカンドタウンな ら、多くの人たちが帰ってくる可能生があるこ と。さらに、その方向性を福島県が強く希望して いること、などの条件を整えることが必要だろ う。と同時に、もっと大切なことは仮の町を受け 入れる自治体に相当程度のメリットがなければ理 解が得られない。その仕組みをどう設定するか。
この点の検討も重要だ。
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.寄留農園・寄留漁業による生業支援仮の町では、一次産業への対応が困難だ。そこ で、近隣県の休耕田を福島県が借り上げ、寄留農 村を建設する。借り上げ費用は、東電が汚染農地 を借り上げた費用で相殺する。漁業者も全国に似 通った漁法をしている漁港に寄留し、当面、その 海域で間借り漁業を行う。この手法は三宅島噴火 3−(3)政策提言 113
災害のとき、三宅の漁業者が下田港に寄留した前 例を参考に策定する。
いずれにせよ、大切なことは「まず帰還あり
き」ではなく、避難者たちがこの先、元の自治体 との絆が断たれ、漂流することのないよう、さま ざまな手法を検討していくことであろう。
114 第Ⅱ部 広域・長期避難の実相
Ⅰ.はじめに
災害からの避難には法的根拠のあるもの、ない ものがある。だが、問題なのは、「道理のある避 難に法的根拠がない場合」、「法的根拠はあるが、
道理のない避難」であろう。
避難には、一時的に難を逃れるための緊急避難 と災害の態様や社会的な諸条件から長期にわたっ て帰れなくなる長期避難とがある。この書で論じ るのは、後者の長期避難である。近年の災害史を ひもといても長期避難にいたった災害は少なくな い。2000年には有珠山噴火災害で北海道・旧虻 田町住民約9,300人が約1年2カ月、同年9月2 日に雄山の噴火で全島避難となった東京都三宅村
(三宅島)の避難生活は4年5カ月に及んだ。2004 年10月23日の新潟県中越地震では旧山古志村の 村民1,960人が2年5カ月、翌2005年3月20日 の福岡県西方沖地震では約700人の玄界島住民が 約2年にわたって避難生活を送った。
2011年3月11日の東日本大震災に絡んで発生 した東京電力福島第1原子力発電所の事故による 福島県双葉地方の避難はいまだ収束の見込みがた たず、15万人を超す人たちの避難生活が続いて いる。
ただ、避難期間・避難規模が明確になっている のは法的な措置による避難の場合だ。法的な裏打 ちのない避難は、ともすれば被災者でありなが ら、時間の経過とともに「自治体」や地域社会と のつながりが断たれる恐れを抱えている。支援情 報が届かない。復興計画に乗り遅れる。住まいを 失った人たちの多くが自主的に県外避難者となっ た阪神・淡路大震災がその代表例だ。避難者の数
は5万人とも12万人ともいわれ、いまだにその 実態は明らかになっていない。「戻りたいけど戻 れない」というキャッチコピーとともに県外避難 者の深刻な実態が社会問題となったのは、震災か ら2年もたってから。なぜ、そのような事態を招 いたのか。
一つには、県外避難者は「生活にゆとりのある 人」「転居者同然」との誤解があり、支援の対象 と気づかれるまでに時間がかかったこと。第二に は、県外に出たことから情報が届かず、しかも避 難者が各地に点在していたため、支援を求める大 きな声にならなかったこと。第三に、当初は避難 先自治体の公営住宅等で受け入れ支援があった が、災害救助法の適用期限が切れるころになる と、住民票を移すか、民間賃貸住宅へ移るか迫ら れ、元の自治体とのつながりが切れていったこ と、などが理由として考えられる。
避難した事情はさまざまだが、すべてが止むに やむを得ないものだったことは本書の検証からで も明確である。借家の倒壊により当座のつもりで 県外の公営住宅へ、震災解雇により社宅退去を余 儀なくされた。負傷の手当を受けるために県外の 病院に、闘病中に被災でライフラインが途絶し、
環境の整った県外へ転居。いずれも少しの間の仮 転居で、むしろ被災地の邪魔にならないようにと の思いもあったとされている。
しかし、復興公営住宅への入居者選定は被災地 内の仮設住宅にいる人が優先され、区画整理に伴 う借家人向け従前居住者用住宅の建設は大幅に遅 れ、賃貸住宅は再建されても賃料が大幅に上がる などして県外避難者は復興から取り残されていっ た。
まさに「道理はあるが、法的根拠のない避難」
解説 災害と避難
山中 茂樹
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がたどる二次被災の典型例であった。
一方、東電福島第1原発のメルトダウンでは、
政府から放射性物質が拡散する範囲とは無関係に 同心円状の避難指示が出され、結果として逃げ遅 れた住民が無用の被曝を招いたとの指摘がある。
原 子 力 安 全 技 術 セ ン タ ー が 管 理 ・ 運 用 す る
「SPEEDI(スピーディ:緊急時敏速放射能影響予
測)」と呼ばれるシステムが直後に試算した結果 が外務省を通じてアメリカ軍に提供され、在日米 国人には80キロ圏内からの避難が勧告されてい たにもかかわらず、福島県の住民には知らされて いなかったとして問題化した。加えて、半径3キ ロから10キロ圏内には「屋内退避指示」という
「東海村JCO臨界事故」レベルの対応しかとら ず、しかも、政府首脳が「ただちに健康に影響は ない」と繰り返すなど、政府不信の原因をつくっ た。
これなど「法的根拠はあるが道理のない避難」
というべきだろう。放射線被曝を恐れ、法的な指 示のない地域からも多くの避難者が出たが、この 人たちを自主避難と呼んで、なんら対応策をとら ないことこそ「道理がない」といわざるをえな い。
避難時の無策、避難時における対応の失敗は、
救急救命時に劣らず、被災者の生命や生活・さら には未来に大きな影を落とすことになる。しか し、長期避難に対する体系だった政策・制度はい まだ皆無に等しい。今後、首都直下地震や東海・
東南海・南海地震など巨大地震の発生が想定され ているだけに、これまでの災害避難を立体的に解 明する研究が今、求められているといえるだろ う。