• 検索結果がありません。

3.域外避難者への情報提供の課題

ドキュメント内 震災難民☆/大トビラ (ページ 86-89)

これまで三宅島での調査結果を中心に議論を進 めてきたが、最後に域外避難者への情報提供とい う視点から課題を整理したい。

域外避難者の不利益は、遠く離れているために 現地での情報が入手しにくいという点にあり、情 報を入手しやすくするための方策が重要となる。

インターネットを介した情報ネットワークは、

パソコンだけではなく携帯電話でも可能で、ホー ムページだけではなくメールニュースの配信や SNS(ソーシャルネットワークサービス)などま すます多様な情報発信の形態が登場している。パ ソコンや携帯電話を日常的に使いこなしている層 にとっては、どこからでもアクセスが可能である ため、今後の活用が期待される。だが、いくつか の課題が存在する。三宅島の調査でも明らかなよ うに、パソコンや携帯電話といった機器を配布す るのはそれほど難しいことではないが、機器を操 作できない層には、①機器の操作の仕方を教える 講習会、②ネットワーク環境の整備、③操作や設 置をサポートする人、が必要となる。さらに、①

〜③に加えて、④接続料金の問題も存在する。域 外避難者をどうサポートするか、設備、人員の配 置などを考えていかなければならない。

また、三宅島住民が避難生活中に活躍した連絡 会の世話人や情報連絡員の役割は域外避難者の支 援を考える上で非常に重要である。課題は避難者 のいるすべての地域に連絡員等を配置できるかと いう点にある。三宅島の場合、島民自らが世話人 や情報連絡員を務めた。それは、避難者が単なる 受け身の存在ではなく、主体的に活動するという プラスの面をもっているが、避難者が広い範囲で 点在しているような地域では、避難者自らが行う のには限界がある。これは当事者でなくても支援 する人がいれば同じような役割を果たすことがで きるのではないだろうか。先ほどの情報ネットワ ークも同様である。地域ぐるみの取り組みがもち ろん重要ではあるが、広域避難ともなれば地域が できることには限界がある。どこで被災し避難生 活を送っていても、同じような支援が受けられる 仕組みがあれば、状況はかなり改善されると考え る。情報ネットワーク、連絡員など被災者を支援 する人々が全国的につながり、連携していくこと が今後求められる。

謝辞

本研究は文部科学省科学研究費補助金(基盤研究 B)「首都直下地震の避難・疎開被災者の支援に関す る研究」(平成22年〜24年)の一環として行われて いるものである。また、報告内容は関西学院大学災 害制度研究所「2011年復興・減災フォーラム」での 研究報告「三宅島噴火災害における避難生活と情報 提供」に修正・加筆したものである(於:関西学院 大学2011年1月8日)。最後に、今回の調査にご協 力いただいた三宅島住民の方に感謝の意を表したい。

1 東京都災害対策本部2000年12月21日付の資料 によれば、「三宅島民情報ネットワーク」は、三 宅村が東京都労働経済局、民間企業団体、大学 などの協力を得て実施したもので、情報ネット ワーク構築の目的は、(1)他のメディアとあわ せた当面の連絡網の整備、(2)避難生活が長期 にわたる場合の島民のつながりの維持、(3)将 来の復興・再建にむけた観光産業、農林水産業 などと東京、全国を結ぶ産業振興ネットワーク

(づくり)、にあった。同事業では、パソコン貸 出希望者にPCを配布し、電子メールとインタ ーネットの利用方法を習得するための講習会も 82 第Ⅱ部 広域・長期避難の実相

開催された。

2 調査の正式名称は、三宅島噴火災害による避難 の実態と支援情報に関する調査である。

3 パソコンの支給を受けなかった理由を尋ねた項 目は、本来複数回答を意図したものではなかっ たが、複数回答しているケースも多く、複数回 答の処理をせざるを得なかった。重複した回答 のほとんどが「生活上パソコンを使う必要がな かった」「別のパソコンを所有していた」の二つ を回答しており、一見すると矛盾しているよう に思われるが、回答者自身は生活上パソコンを 使う必要はないが、家族がパソコンを所有して いるのではないかと推察した。

参考文献

干川剛史「有珠山噴火災害と三宅島噴火災害におけ

るデジタル・ネットワーキングの展開」『デジタ ル・ネットワーキングの社会学』晃洋書房、2006 年。

曽根英二『限界集落』日本経済新聞出版社、2010 年。

田中淳・サーベイリサーチセンター『社会調査でみ る災害復興−帰島後4年間の調査が語る三宅帰 島民の現実(シリーズ災害と社会)』弘文堂、

2009年。

東京大学廣井研究室「三宅島噴火による住民の避難 行動と避難生活に関する調査」電子資料、2001 年 。http : / / www. hiroi. iiiu − tokyo. ac. jp / index − chousashu−miyake−hunkahtm

東京都三宅村『三宅島噴火2000−火山との共生』2008 年。

2−(1)域外避難者に対する情報提供 83

災害で全国に散った人たちにとって、情報は命 綱だ。政府や自治体、NPOなどからの支援情報、

職場やPTA、町内会といった仲間の消息など、

これからの行動を決めるうえで欠かせないデータ となる。東日本大震災では、中間支援組織や300 を超える支援団体・グループ、さらには避難者自 身が立ち上げた組織まで、ネット上にホームペー ジをアップし、仲間内は携帯メールやFace book で連絡を取り合う。阪神・淡路大震災の折、九州 に避難した人が震災の避難者仲間を捜すため、交 差点に立って、神戸ナンバーの車を一台一台呼び 止め、ネットワークを広げていったエピソードを 聞くと、隔世の感がある。しかし、依然、個人情 報保護の壁は厚く、避難者を受け入れている自治 体に支援団体や避難者が名簿の公開・提供を求め ても応じてもらえるケースは少ない。一方、避難 者を受け入れている自治体も被災自治体と名簿を 共有している例はあまりない。国は個人情報保護 法が阻害要因となっているわけではないとする が、同法が成立して以降、自治体の保秘の姿勢は よりかたくなになっている。今後、首都直下地震 や東海・東南海・南海地震など、巨大・広域災害 の発生が懸念されており、広域避難支援と個人情 報保護をどう折り合いつけるかといった問題は、

大きな課題となってくることは必至だ。IT( infor-mation technology=情報技術)や SNS(social net-working service)が、被災者支援にかかわってき た歴史を振り返るとともに、個人情報保護にどう 向き合うかという課題を考える。

■わが国の災害史上、インターネットでSOSが

発信された最初のケースは阪神・淡路大震災だ。

「We had a severe earthquake(われわれは大きな 地震に遭遇した)」──地震当日の1995年1月17 日午前11時過ぎ、神戸市西区にある神戸市外国 語大のホームページに当時、ネットワーク管理者 だった芝勝徳・助教授(現教授)が英文でこう書 き込んだ。神戸市のホームページが被災映像を世 界に伝えたのは、その翌日のことだ。

ワシントン・ポストは「ネット上の地震」とい う見出しを掲げ、「アメリカ人にとって、歴史上 初めてインターネットを通じて大災害の現場を見 ることができた」と紹介した。

1月末日までの接続件数は世界60カ国から45 万件。だが、わが国でインターネットが、一般市 民が自在に使えるツールとなるのは同年11月、

米マイクロソフト社のパソコン用基本ソフト「ウ ィンドウズ95」の日本語版が発売されてからだ。

阪神・淡路大震災の年は「ボランティア元年」

と呼ばれ、全国から延べ130万人もが被災地の救 援に駆けつけた。ほとんどが、物資の運搬や炊き 出しなどで被災者の直接的な救援をする「災害ボ ランティア」だった。パソコンを抱えた「情報ボ ランティア」もいたが、「避難所では片隅に追い やられていた」と当時、被災地へ情報支援に入っ た大学教員はふり返る。災害ボランティアから

「パソコンで遊んでいる暇があったら、荷物の一 つでも運べ」と叱声を浴びたという。たまたま避 難所でおしめが必要と知り、インターネットの掲 示板にアップしたところ、何百というおしめが届 き、困り果てたこともあったという。

■しかし、炊き出しなどの従来型の災害救援を目 的とする災害ボランティア自身が、情報面からの

────────────

災害復興制度研究所

情報支援と個人情報

ドキュメント内 震災難民☆/大トビラ (ページ 86-89)