これらはこれまでにその名が挙げられることはあるが︑
内容の検討はされていないとして現代語訳とその解釈
が挙げられている︒
(三)日本仏教史・浄土教史における源信
源信は先述したように︑当時の貴族や地方の豪族な どに多大な影響を与え
また︑当時の天台浄土教や︑
浄土宗・浄土真宗などの後世における浄土教の流れに も大きな影響を与えたため︑日本における浄土教成立
史の中で重要な人物として取り上げている研究が多い ︒
源信は主に日本の浄土教史を専門とする研究書で注目 されるが︑仏教史の中でも注目され︑例えば辻善之助
﹃日本仏教史﹂一
・上
世 篇( 岩波 書店
︑
一九
四四
) で は
研究ノート
浄土教の発達を最もよく代表するものと
して
源信に注
目し いて る
︒
浄土教史の研究書の中で︑特に源信について詳しく
言及しているものとしては︑石田充之﹃日本浄土教の
研究
﹂
(百
華苑
︑
一九
五
二)
︑井 上光 貞
﹃新訂
日本 浄
土教成立史の研究﹄
( 山
川出
版社
︑
一九
七五 )︑ 石田 瑞
麿﹃浄土教の展開﹂
(春
秋社
︑
一九
六七
)︑
大野
達之
助
﹃上
代の浄土教
﹂
(吉
川弘
文館
︑
一九
七
二)
︑普
賢晃
寿
﹁日
本
浄土教思想史研究﹂
(永
田文
昌堂
︑
一九
七
二)
︑伊
藤真
徹
﹃平
安浄土教信仰史の研究﹄
(平
楽寺 書庖 ︑
一九
七四 )︑ 佐 藤哲 英
﹁叡山浄土教の研究﹂
(百
華苑
︑
一九
七九 ) など が挙 げら れる
︒
これ らの 研究
書
にお
いて
も︑
﹃往生要集﹂
が中心に研究されるが︑浄土教史として︑源信以前か
ら天台宗で行われていた四種三昧とその時代による変
化 や
︑
﹃往生要集﹄
が当時まわりに与えた影響︑後世へ
の影響などについて述べられている︒またその他に
勧学
会
や︑その後成立
した
二十五三昧会といっ
た念 仏
結社の成立︑それらと源信との関係などにふれている
もの が多 い
︒
(四
)論
文集
源信に関する論文集としては︑大隅和雄・速水情編
﹃源信﹄(﹃日本名僧論集﹄
四 ︑
吉川
弘文
館︑
一九
八
三)
ゃ︑往生要集研究会編﹁往生要集研究﹄
(永
田文
昌堂︑
一九
八七 )
などがある︒これらの論文集には︑源信の
伝記や︑教学︑当時の平安文化との関係に関する研究
から
︑他 宗と の関 係︑
さら はに
美術や日本文学との関
連について研究されているものなど︑非常に幅広い
注目すべき研究が多く集録されている
︒
︻研 究論 文}
源信に関する論文は非常に多く︑ここにすべてを挙
げることはできない︒しかし先ほど挙げた︑往生要集
研究会編﹃往生要集研究﹂
末の
には
︑
﹁研究文献目録﹂
とし て
一八九五年一
か月 ら
一九
八
六年九月までの研
究論文が年代順に並べられている︒ここでは内容の分
近年における浄土学研究の状況 145
類による整理はされていないが︑一九八六年までの論
文は基本的にこの﹃往生要集研究﹄を参照することと
し︑今回はその後の研究を中心にまとめてみたい︒
な お
︑
その後の研究をまとめる際に一九八六年以前の研究
と関連するものがあった場合はその都度挙げていくこ
ととする︒
(ご理信の伝記・思想
源信の伝記に関する研究としては︑速水筒﹁源信伝
の諸問題﹂(﹃東アジアと日本宗教文学編﹂︑一
九八 七)
がある︒
速水 は宮 崎円 遵﹁ 源信 和尚
の別
伝に つい て﹂
(﹃龍
谷学報
﹄三
一 八 ︑
一九三七)による研究以後︑この宮崎
の成果が十分に生かされておらず︑教学面の研究に比
して伝記の研究がはるかに遅れているとしている︒そ
の理由として諸伝記資料の成立年代や相互関係などの
基礎的研究が近年ほとんど行われていないことによる
とし︑各伝記の成立年代を考察している︒さらに伝記
研究に関する問題として︑近年の啓蒙的な源信関係の 書物は︑初期の伝記によらず︑室町時代の
﹃ 三
国伝記﹄
をはじめとする後世の伝説の類を容易に利用している
場合が多いことを指摘している︒
次に源信の戒律観については
利根
川浩行﹁恵心憎
都と円戒﹂(﹃天台学報﹄三
O
︑一九八八)があり︑浄土観に つい ては
︑内 藤円 亮﹁ 源信 にお ける 浄土 の問 題﹂
(﹃親
驚教 学
﹄七
O
︑一九九
七)
︑同
﹁源
信の
浄土
観﹂
(﹃
印仏
研究
﹂
四六
│
一 ︑
一九九七)などがある︒
乙れら︑伝記や思想に関しては︑先ほど挙げたよう
な研究書類において体系的にまとめられているため
それらを中心に参照し︑研究論文によって細かな問題
を参照していくべきである︒
(二
) ﹃
往生要集﹄諸本・引用・他経論との関係
論文においても研究の対象として主となるのは﹃住
生要集﹄はじめに﹃往生要集﹄
に関 であ る
︒
そこ
で︑
する研究をまとめておきたい︒
はじめに﹃往生要集﹂の諸本に関する研究としては
研究ノー卜
相馬
一意
﹁﹃ 往生
要集﹄遺宋本・留和本の再検討﹂(﹃印
仏研究﹄四一│一︑一九九二
)が 挙げ られ る
︒
相馬
は︑
﹃往
生要集﹄の諸本に︑宋に送った﹁遺宋本﹂と遺宋のた
めに修正加筆する以前の﹁留和本﹂という
こ系
統が
あり
︑
その相違点は一六あるとするのが一般的であるが︑実
際に諸本の校合をすると︑その区別に肯定できない事
実が認められるとして︑詳細に校合している︒校合に
用い た諸 本は 六つ あり
︑解 説は
﹃浄 土真 宗聖
典│
七祖 篇
﹄
の解説によっている︒
校合
の結
果︑
﹁遺
宋本
﹂と
﹁留
和本
﹂
との間には見かけほど相違点が多くないこと︑龍谷大
学所蔵の承元版を覆刻した室町時代の刊本(通称
﹁ 承 元覆刻本﹂)が実際は承元版の価値を持っていないとい うことを明かし︑研究の途中経過としている
︒
また
︑
﹃往生要集﹄には一六
O
部もの他経論からの引用があるが︑それらの引用から﹁往生要集﹂
の思 想
を考察しようとする研究が多い︒それらの研究として
は︑渡辺顕正﹁往生要集と釈浄土群疑論﹂(﹃龍谷教学﹂
一 二
︑一
九八
六)
︑福
原隆
善﹁
﹃往 生要 集﹂ の
別相観1﹃観 仏三昧海経﹄の影響をめぐって│﹂(﹁仏教学セミナー﹂
四三︑一
九八 六)
︑中 村恵
美子﹁往生要集古点本の訓法
について﹂(﹃松村明教授古稀記念国語学研究論集﹂
一九
八 六)
︑兼 子鉄 秀﹁ 源信 と
﹃維摩経﹄仏道品偏﹂(
﹃ 天
台学報
﹄二
九 ︑
一九八七)︑大南龍昇﹁
三昧経典と﹁往
生要集﹄
│源 信の
﹃観
仏
三昧経
﹄観
│﹂
(往生要集研究﹄﹃︑
一九
七八 )︑ 大南 龍昇
﹁
三昧経典と﹃往生要集﹄│所引
の﹁般舟三味経﹄・
﹁ 念
仏三昧経﹂について│﹂(﹃仏教論
叢﹂
三
O
一︑九八 六)
︑福原隆善﹁
仏典 にお るけ 白毒 観﹂
(﹃印仏研究﹄四
O
ー一︑一九九
一)
辻︑ 本俊 郎﹁
﹃往生要
集﹄
に引用される
﹃無
量寿 経論
﹄に つ
いて
﹂(
﹃印仏研究﹄
五
O
ー一︑二O O
二︑福原隆善﹁﹁往生要集﹄における
﹃観仏三昧海経﹄
の受容﹂(
﹃香川孝雄博士古稀記念論集
教仏
学浄土学研究﹂︑二
OO
一)
柴︑
田文
彦﹁
﹁往
生要
集﹄
における仏身観│﹁
観仏
三昧海経﹂の引用を中心とし
て
駒 沢 大,>14
寸
仏 教 学 部 論 集
四 0 0
が挙げられる︒様々な引用経論からの考察がなされて
いる が︑ その 中で も︑
﹃往生要集﹄の中で最も引用回数
など
近年における浄土学研究の状況 147
が多 い
﹃観
仏
三昧海経﹂との関係を検討している研究
が多 い
︒
(三
)﹃
往倖
若草
需﹄
の念
仏
﹃往
生要
集﹂における念仏に関する研究は︑その他の
研究に比べて最も数が多い︒その中で一九八六年以
降の 研究 に比 べ︑
それ以前の研究が圧倒的に多いので
あるが︑先述したように一九八六年以前の研究は基本
的に﹃往生要集研究﹂にある﹁研究文献目録﹂による
こととし︑近年のものを中心に注目していきたい︒念
仏について説かれているものとしては︑藤本佳男﹁源
信浄土教にみる念仏と浄土往生思想﹂(
﹁ 二
葉憲香博士
古稀 記念
日本 仏教 史論 童︑
一九
八六 )︑ 福原 隆善
﹁
﹁往
生要集﹂における観相について﹂(﹃印仏研究﹂三
五
│
二︑一九八七)︑藤堂恭俊﹁往生要集にみられる五念門
説の独自性│五念門の創説とその展開│﹂(﹁往生要集
研究﹄一九
八七 )︑ 高橋 弘次
﹁
﹁往生要集﹄における念
仏と 見仏
﹂(
﹃往生要集研究﹂︑一
九八
七)
︑久
米原
恒久
﹁
﹁往 生要集﹄に於ける五念門の歴史的意義再考﹂(﹃印仏研
究﹄三
七
│一九八九)︑坪井俊英﹁法然以前の諸師二︑
をめぐって﹂(﹁
浄土
教文
化論
﹂︑
一九九二︑福原隆善﹁叡
山浄土教の念仏思想﹂(﹃浄土教文化論﹄︑一
九九
一)
︑同
﹁﹁往生要集﹄別相観の四十二相について﹂(﹃村上速水
先生喜寿記念
親邸
周教
学論
叢﹄一︑
九九 七)
︑高 田文 英
﹁源信における称名念仏について﹂(﹃宗教研究﹂
七六│
四 ︑
二
OO
三)などが挙げられる︒藤本は﹃往生要集﹂
の分析はそのまま日本浄土教の原点を明らかにするこ
とでもあるとして︑源信における浄土教思想の歴史的
位置を明らかにしようとしている︒
次に 福原 は別 相観
・
総想観
・雑 略観 のこ
とばの規定や︑それらが何に基づ
いて定められたか︑またその理由などについて解明し
ょうとしている︒次に藤堂は︑世親における五念門創
設の意義と︑その中国・日本における展開として
︑曇
情・源信に注目している︒
次に
高橋
は︑
﹃往生要集﹄に
説かれる観仏と見仏に注目し︑それによって︑﹃
往生 要
集﹄の念仏についてその行法が一つの型に定まらな