日 てげ 大 羅
言 什
玄 「で う。54称
者 す 偏 る 処 tr
sh
を u芋 師
。
は 父 天 を 竺 鳩 国 摩 の 羅 人 瑛 なと云う︒家︑世々相国たり︒什の祖父︑達多︑伺償に
して群ならず︒名︑国に重ねらる︒父︑鳩摩羅政︑聡
明にして認節有り︒将に相位を嗣がんとす︒乃ち辞し
避けて出家し︑東︑葱嶺を度り︑亀該国に至る
﹃ 梁
僧 伝
音
義﹄
︑ 北 に 他 り
k︑ 必
は 靖 之
切︒ ﹃
名 義 集
﹂ 一 ‑
一巻
卜 五 紙
に云
わ く
︑ 文
た ︑
丘 慈
と 音
す ︒ ﹃
西
械 記 ﹂ 一
巻 五 紙 に 日 わ く ︑
﹁ 閉 山 ( 肘 勿 切 ) 支 凶
︑ (
旧 に 他
滋と 目立
︒ ﹃
前 灯
話 新
﹂の
注 に
一五 わ く
︑
亀該 国 ︑
西夷
に在
り
︒斉
の 穆
提 婆
が
一五
わく
︑仮
使い
国家
尽く
失な
えど
也 ︑
警
d円
以 南
︑ 循
お 州
地 滋
と 作
す べ
し
︒国主白純王︑其の栄を棄つる
ことを聞きて︑甚だ之を敬慕し︑自ら郊に出て迎え請
して国師とす︒王に妹有り︒年始めて二十︒才悟明敏
にして日を過ぐれば必ず解す︒一たび聞くときは︑則
ち請す︒且つ体に赤贋有り︒法︑智子生む︒諸国︑之 を縛すれども︑並びに行くことを肯えんぜず︒羅瑛を
見るに及びて︑心︑之に当たらんと欲す︒乃ち逼りて
以ちて妻あわす︒既にして什を懐く︒
什︑
胎に
在る
時︑
其の母︑恵解常に倍す︒雀梨大寺名徳既に多く又た得
道の僧有るを聞きて即ち王族の貴女︑徳行の諸尼と日
を弥りて供を設け︑請斉聴法す︒什の母︑忽ち自ら天
竺の語に通じ︑難問の辞︑必ず淵致を窮む︒衆︑戚な
歎異す︒羅漢達摩塵沙と云う有り︒日わく︑此れ必ず
智子を懐かんと︒為に舎利弗在胎の証を説く︒什が生
るの
後に
其ひ
て︑
還り
て前
言
を忘
る
︒久
しく
して
什が
母︑
出家を楽欲す︒夫︑未だ之を許さず︒遂に更に一男を
産す︒弗沙提婆
召搭 倫の 了注
ζ上
品に 云わ 勺遂 に
付と
弗沙
縫婆
を生
むと︒と名づく︒後に因りて城を出て︑遊観して塚聞の
枯骨異処縦横なるを見る︒是に於いて深く苦本を悟る︒
定んで離俗を求む︒誓いて落髪を志して飲食を咽まず︒
六
日の夜に至りて気力綿乏にして︑
旦に達せざらんと
疑う︒
夫︑ 乃ち 陥刷 れて 許す
︒未だ髪を剃らざるを以ち
て︑故に猶お嘗て進まず︑即ち人に勅して為に髪を除く
︒
『阿弥陀経随聞講録』書き下し 189
乃ち飲食を下す︒
次の
E
︑ 一 吋g Z
戒を受く︒的りて禅法
を業
とし
て︑
専精僻るに匪ず︒学︑初果を得たり︒
什 ︑
年七歳にして︑爾も倶に出家す﹃仏
像邑 に
云わら
時に 白
純玉
︑
経酷
械が
見聡明︑秀異なる害︑乃ち長公主を以ちて︑強いて之に褒あわす遂に什緩︒︑
未だ生ぜざるに︑談︑卒す︒命終の時に臨んで︑其の妻を誠めて日わく︒若し此の
艇を免れ
ず ︑
償い詑んぬ︒吾が滅後に生ず︒此れ若し走れ
男な らば
︑ 恨んで抑留す
ること勿れ︒当に出家せ
しむ べ し︒此
の子
︑
必ず能く多才にして広く人存度
さん
︒
爾然して後︑攻︑卒す︒了に経什
︑生
れて七歳︑母と共に出家す︒母︑初果事証す︒
什︑師に従
いて 経業 を受 く等
︑
是れ其の異説なり︒
師 に 従 い て 経 を 受 け
て日に千偏を諦す︒
偏に
三十二字有り︑凡そ三万二千
一言︒昆曇を諦するに︑既に師︑其の義を授くるに過ぎ
て︑即ち自ら通達して幽として暢せずということ無し︒
時に亀慈の国人︑其の母︑王の女なるを以ちて︑利養︑
甚だ多し︒乃ち什を携えて之を避く︒什︑年九歳︑母
に随いて周賓に至る︒
名徳の法師︑盤頭達多に遇う
︒
即ち厨賓王の従弟なり︒
才明 博識
︑
当
時に独歩す
︒
蔵九
部︑
該博せずということ莫し︒什︑至りて即ち崇
むるに師の礼を以ちです︒従いて雑蔵の中長二含を受 く︒凡そ四百万言なり︒達多︑毎に什と論議して深く
之に推服す︒遂に声︑
王崩 賓
に徹る︒王︑即ち請じて
入れて外道論師を集めて︑共に相い攻難せしむ︒言
気 ︑
始めて交わるに︑外道︑其の幼稚を軽んじて︑言は頗
る不遜なり︒什︑其の隙に乗じて之を挫く︒外道︑折
伏憤慨して言無し︒王︑益ます敬異して︑日に鵡脂一
双 ︑
梗・
米・
題︑
各
三斗︑酔六升を給う︒此れ外国の上供なり︒
住する所の寺僧︑乃ち大憎五人︑沙弥十人を差わして
漉掃を営視して︑弟子の若きこと有り
︒其の尊崇さる
こと
︑此の知し︒年十二に至りて︑其の母︑携えて亀
認に還る︒月支の北山雪山
の 別 名
に至る︒一羅漢有り︒見
て而して之を異しむ︒其の母に調う︒言わく︑常に当
に守護すべし︒
此の 沙弥 一見 当と 若し
三
十五 に
至るまで破
戒せずんば︑当に大いに仏法を興し無数の人を度する
こと優婆趨多と異なること無かるべし︒若し戒全から
ずんば能く為すこと無けん︒止︑才明篤芸の法師なる
べき のみ
︒什
︑進 みて
沙勅国に至る︒母と倶に寺に入る︒
仏鉢を頂戴して︑心に自ら念言すらく︑鉢形甚だ大に
研究ノート
して何ぞ其れ軽ろからんや︒即ち重して勝ぐべからず︒
声を失して之を下ろす︒母に其の故を問う︒答えて日
わく︑我れ心に分別有り︒故に鉢に軽重有るのみ京宏の
疏世
に云
わく
︑遂
に万
法唯
心移
悟る
︒遂に沙勅国に停ること一
年 ︑
阿毘曇六足の諸論︑増一阿含を諦す︒亀蕗に還るに及
びて名諸国に蓋う︒時に亀慈の僧衆一万余人︑凡夫に
非ずと疑う︒戚な推して之を敬い敢えて上に居ること
莫し
︒是に由りて焼香の次に預らず︒
に遂 博く 四章 陀︑
五明の諸論︑外道の経書を覧ず︒陰陽星算究して暁ら
めずということ莫し︒妙に吉凶に達して︑言︑符契の
若し︒後に仏陀耶舎に従いて十諦律を学し︑又た︑須
利耶蘇摩に従いて大乗を諮票して︑乃ち歎じて日わく︑
﹁吾 れ︑ 昔小 乗を す学
︒誓えば人の金を識らず︑鏡石を
以ちて妙とするが知し﹂
︒是に於いて広く義要を求め
﹃中
﹂ ﹁
百﹄二論及び﹁十二門論﹄等を諦す︒頃らく有
りて什の母︑辞して天竺に往く︒亀蕊王白純に謂いて
日わく︑﹁汝︑園︑尋いで衰う
︒
吾れ 其れ 去ん
﹂
︒
行き
て天竺に至りて︑進みて三果に登る︒什が母︑去るに
臨みて什に調いて日わく︑﹁方等の深教を応に大いに真
丹に閣くべし︒之を東土に伝えんことは︑唯︑爾が力
なり︒
但し自身に於いて利無けん
︒其
れ知 何が すべ
﹂き
︒
什日わく︑﹁大士の道︑彼を利するに射を忘る
︒若し必
ず大化をして流可ミゲ一伝せしめて︑能く牒俗を洗悟せ
ば︑復た嫡鍍苦に当ると離も恨み無し﹂と︒是に於い
て亀蕊に留住し︑白純王の新寺に止る︒後ち︑寺の側
の故宮の中に於いて初めて﹃放光経﹄を得たり︒
始て 披き読むに就き︑魔︑来たりて文を蔽い︑唯︑空牒を 見る
︒
什︑魔の為す所と知りて︑誓心愈固し
︒魔去りて
字︑ 顕る
︒閃りて之を習諦す︒
後ち︑雀梨大寺に於いて
大乗経を読む︒
忽ち聞くに︑空中に語りて日わく︑﹁汝
は是れ智人︑何を以ちて之を読むや﹂︒
什の 日わ く︑
﹁汝
は是れ小魔︑宜く時に速やかに去るべし︒我が心︑地
の知 し
︒
転︑ ず可 らか ざる なり
﹂
︒停住すること二年︑広
く大乗経論を諦して其の秘奥を洞にす︒亀蕊王為に金
師子の座を造り︑大秦の錦樽を以ちて之を舗く︒什を
して昇りて説法せしむ︒
什日わく︑﹁家師︑猶お未だ大
『阿弥陀経随聞講録
J
書き下し 191乗を悟らず
︒
朗を往て仰化せんと欲す
︒此に停まるこ
とを
得ず
﹂
︒
俄にして大師盤頭達多︑遠しとせずして至
る︒王日わく︑﹁大師何ぞ能く遠顧す﹂︒達多の日わく︑
﹁一には弟子の悟る所︑常に非.さることを聞く︒こ
には
大王の仏道を弘讃することを聞く
︒
故に顛危を胃渉し て遠く神国に奔る﹂と
︒
什︑師の至るを得て本懐を遂 る こ と を 欣 ぶ 思 の
E
露呈には﹁広く大 乗経 論を 請す
︒其
の秘
奥を
綱に し後 ち盟 賞に 往く
︒其
一帥 の為 に説 く﹂ と言
う 即ち師の為に具さに︒
一乗妙義を説く
︒
師︑感悟心服して即ち什を礼す
︒師
と為す︒言わく︑﹁我は是れ和上︑小乗の師︑和尚は是
れ我が大乗の師なり﹂と
︒
西域の諸国︑什の神儒に伏 して︑戚く共に崇仰す
︒
講説に至る毎に︑諸王高座の 側に長脆して︑什をして其の膝を践て以ちて登らしむ
︒
其の重んぜらること此の知し
︒
什︑既に道︑西域に流
る︒名︑東国に被る︒時に前秦の符堅︑関中に借号す︒
漢︑ 長安 に都 す ︒ 東に 函谷 関有
り ︒
南に 暁関 武閲 有り
︒西
に散 閥有 り北︒ 一 道 管 一 に 新関 有り
︒四
闘の 中に 居る 故に 開中 と
Hぅ︒建元十三年歳丁丑に次る
正月に至りて︑太史奏して日わく︑﹁星有り ︒外国の分 野に見る︒当に大徳智人有りて︑入て中国を輔くべし﹂︒
堅︑素より什が名を聞く︒
乃ち
悟り
て日
わく
︑﹁
朕︑
聞く
︑
西域に鳩摩羅什と云う人有り︒将た此に非ずや﹂︒十八
年九月
﹃ 一 型 車
﹄
二の 上
︑ 十 一 一 紙
に﹁
十八
﹂年
と 云 う ︒ 言連
三巻
十七 紙に
﹁﹃ 本信 に同 じ︑ 十八 年九 月﹂ と云 う ︒
﹃ 出
三蔵
記﹂ には
﹁十 九年
﹂と 云う
︒倣
ずる に卜 八
年を
正と
す 即ち騒騎将軍呂光等をして︑兵七万を率いて︑︒
西が亀葱及び鳥者の諸国を伐しめて︑発するに臨んで 堅︑光を建章宮に儲けし︑光に調いて日わく︑﹁夫れ帝
王は天に応じて治す︒
蒼生を子愛するを以ちて本とす
︒
宣に其
の地を貧じて之を伐たんや
︒
正に道を懐くの人
を以う故なり︒
朕聞
く︑
﹁西国に鳩摩羅什という人有り︑
深く法相を解し︑善く陰陽を閑らいて後学之宗たり﹄と︒
朕︑甚だ之を思う︒賢哲のひとは国の大宝なり
︒若し
亀蕊に魁てば即ち駅を馳せて什を送れ
﹂と︒
光軍︑未
だ到らず︒
什︑亀滋
王白純に調いて日わく︑﹁国運衰え
り︒当
に劫敵有りて︑日下の人︑東方従り来たるべし
︒
宜しく恭しく之を承けて︑其の鋒を抗するなかるべし﹂ ︒
純︑従わずして戦う
︒
光︑遂に亀蕗を破す
︒
純を殺し